えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五章(上) 神の子を見張る者編
第七十九話 交友


 

 

 

 『神滅具(ロンギヌス)』とは、神すら滅ぼすことが可能な力を持つ、とされる特殊な神器のことである。現時点では十三種ほど確認されており、古来より三大勢力のいずれかの監視下におかれていることが多かった。神滅具は一つだけでも、世界の事象が歪むと言われる。その能力も様々であり、多岐にわたるものであった。

 

 その中の一つに、『波長の合った神器を呼び寄せる』という神滅具がある。今世でその神滅具を所持している少年は、その力も業も、何も知らない普通の子どもだ。しかし、彼と関わった者、または無意識に彼の神器に引き寄せられた者達は、間接的にその力の影響を受けていた。

 

 その神器は、『(いぬ)』は、望んでいたのかもしれない。『(まが)いものの神』を冠する己を、そしてそんな神器を宿し、更には生まれながらにして禁じられた領域にまで至ってしまった異端の主を受け入れてくれる者を。その願いは、その歪みは、偶発的に一つの異端を生み出してしまう。『狗』も『世界』も『影響を受けた者』も、誰もが予想していなかった方向に、「それ」は起こってしまったのだ。

 

 

「姉ちゃん。母さんたち、今日はいつ帰ってくるの?」

「うーん、お父さんは残業らしいけど。お母さんも少し遅くなる、って朝に言っていたよ」

「えー、また晩御飯が遅くなる…」

「文句言わないの。お母さんたちは、お仕事なんだから」

 

 姉に手を引かれながら、黒髪の少年は不貞腐れたように唇を尖らせた。少年の両親は共働きで、いつも帰りが遅い。小学二年生のやんちゃ盛りだった少年にとって、晩御飯が遅いのは非常に問題であった。お菓子はあまり食べ過ぎてはいけない、という家の方針で間食はそんなにできない。あんまり遅い時は作り置きがあるのだが、家族みんなで食べられるのは休日ぐらいしかないのだ。それに少し寂しさを感じながら、学校の帰り道を二人の姉弟は歩いていた。

 

 何でもない通学路。当たり前のようにあった日常の風景。こんな毎日が、ずっと続いていくのだろうと信じていた世界。しかし、たった一つの偶然の邂逅が、この世界の事象を歪ませてしまった。

 

「ほらほら、こっちだよ!」

「待ってよ、紗枝(さえ)っ!」

 

 姉としゃべっていた少年は、向かい側から駆けてくる少年と少女の声に反応して、そちらに思わず目を向ける。理由はわからないが、自分の中にある何かが、彼らに『惹かれた』ような気がしたのだ。それに視線を向けると、いたずらっ子な笑みを浮かべる女の子を、黒髪の男の子が追いかけているところだった。身長的に、おそらく年下だろうけど、そこまで年齢が離れているとは思わない。少年は不思議と、彼らを目で追っていた。

 

 そして、当然ながら彼らは少年のことなど気にした素振りもなく、そのまま横を通り過ぎていった。知り合いでも何でもない赤の他人なのだから、それは当然だろう。それでも、胸の奥にある何かがドクドクと脈動を打つような気がしたのだ。少年は姉に手を引かれながら、彼らの後ろ姿を眺めてしまった。

 

「……えっ」

 

 そして、目で追いかけた先で、後ろ姿の少年の影が歪んだように見えた。そこから、紅い目が、犬のような形をした何かと、目が合ったような気がする。その瞬間は本当に一瞬で、幻覚のようにすぐに消え失せてしまった。呆然と今見たものが信じられなかった少年は、姉に手を引かれるまま足を進めるしかない。気づけば、彼らの姿はとっくになくなっている。だが、混乱する思考と止まらない動悸に、無意識な震えが起きていた。

 

 黒い犬。紅い目。吸い込まれそうなほどの漆黒と、底が見えない不気味さ。それでも、目が離せなかった。自分の中にある何かが、紅く染まり、震えたのだ。アレに『呼び寄せ』られ、そして唐突に引き上げられる。幼すぎる少年の精神では、力の奔流によるオーラに飲み込まれかねなかった。

 

 それに内に眠る力は、宿主の危機を察する。故に、目覚めたばかりの力は宿主を救おうとした。『狗』という超常の(オーラ)が起こしてしまった、偶発的な歪み。その歪みを抱いたままだった神器は、宿主のために力を抑えようとする。だが、正常な状態ではなかった神器の能力は、少年の中を駆け巡り、……偶然一つの壁を消し去ってしまった。だが、それにより、幼かった少年の魂が刺激され、『前世』を思い出すことで精神の安定を図ることに成功したのだ。

 

 

「……あれ?」

「奏太、どうかしたの?」

「えっ、ううん。なんでもないよ、姉ちゃん」

「そうなの、変なかなたー」

 

 あまりに唐突な情報量が少年の記憶を圧迫したことで、先ほどまでの記憶を彼は失う。突然のことに困惑を浮かべ、この世界へ順応しようと必死になっていた少年は、思い出したきっかけを気にする余裕もなかった。あの黒髪の少年のことも、黒い犬のことも、全てが泡沫の夢のように消え失せる。それが、超常的な存在を目にした少年が、無意識に自己防衛をした結果の処世術だったのだ。

 

 この後、狗を持つ少年はその能力の全てを祖母によって封じられる。彼が7歳になった時に、その封印術の完璧さに、堕天使の総督ですら感嘆の声をあげたほどだった。ヒトを終えるほどの力を宿してしまった、一人の人間の少年。少しでも幸せに生きて欲しい、と願ったその少年の祖母の想い。そして、その少年の物語が始まる前に起こってしまった、一つの予期せぬ物語。

 

 異端は惹かれ合う。紅き槍と黒き狗が再び邂逅する時は、そう遠くないことだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 紅の槍を手に、俺は能力を発動させる。踏み込んだ足に力を入れ、消滅の力で瞬間的に加速し、迫り来る凶刃を避けた。そのまま相手の側面に回り、相棒を横薙ぎに振るうが、その攻撃はあっさりと躱されてしまう。それでも諦めずに追撃にと槍で突いたり、はらったりと相手に追いすがる。ところが、俺の隙をついて、踏み込んだ足を相手の武器の先端で引っかけられ、盛大に転んでしまった。変な呻き声をあげながら、地面にダイブする。思いっきり鼻を打って、痛みに涙が目に滲んだ。

 

 それでも、止まる訳にはいかない。相棒の力で痛みの感覚を消去し、お返しに『Analyze(アナライズ)』で分解した槍を相手に向けて投擲する。しかし、それも見事に回避されてしまう。だが、彼ならそれぐらい当然だろうとわかっていたので、とにかく体勢を立て直すために慌てて距離を取った。この程度の間合い、彼にとってはあってないようなものかもしれないけどさ。

 

「……うん、少しずつ動きの無駄が少なくなってきたね。相手との間合いの測り方も、だんだんわかってきたようだし」

「今さっき、盛大に転ばされましたけどね」

「攻撃に集中しすぎると、足元が疎かになりやすい。槍を振るうには、足腰が重要だ。そこの重心を崩せば、簡単に相手を無力化することができる。そこも近接戦で、気を付けるべきところだね」

 

 そう言って戦闘態勢を解いた相手を見て、ようやく俺は安堵から息を吐いた。肩で息をし、頬に流れてきた汗を服の袖で拭い取っておく。ぜぇぜぇ、とどこか粘つく喉に咳き込む俺へ向けて、汗一つかいていない涼しい顔で、傍にあった飲料水を投げてよこしてくれる俺の修行相手。力量にすごい差があるのはわかっているけど、やっぱり男としてちょっとぐらい悔しい気持ちはある。せめて、もうちょっとぐらい動けるようにはなりたいと思った。

 

 さて、俺が今いる場所は、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法訓練所に使われる一室だ。そこを、俺の修行場所として借りさせてもらっているのである。一応、神器のことや近接戦の訓練なので、他の魔法使いたちが間違って入ってこられないように、メフィスト様がわざわざ用意してくれた場所らしいけど。

 

 ここを使うようになって、そろそろ四ヶ月ぐらい経つだろうか。俺が武術初心者なこともあって、よく痛い思いをした思い出ばかりが浮かんでくる。今までまともな戦闘訓練なんて受けたことがないんだから、仕方がないことなんだけどさ。なんだか、あっという間に過ぎていった気がするなぁ…。

 

 アザゼル先生は神器修行がメインだったし、他組織のヒトだからあんまりこっちに来られる訳でもない。更には、ここは魔法使いの協会なので、体術や武術の修行ができる相手がそもそも少ない。俺の神器のことがあるから、下手に情報を与えることもできなかった。だから、修行に時間がかかる近距離は後回しにして、俺の修行は中・遠距離が中心だったのだ。

 

 だけど、その問題は少し前に解決することが出来た。俺の神器について知り、魔法使いの協会に所属する戦士であり、そして初心者への訓練を快く引き受けてくれるようなお人好し。ある程度息が整った俺は、同じように水分を補給している友達へ視線を向けた。

 

「……今さらですけど。正臣さん、槍の使い方も上手いですよね」

「一通りの武器は、教会の修練でね。刀が一番使いやすいから使っているけど、槍も使えるよ」

 

 訓練のために、俺と同じように槍を手にしていた八重垣正臣(やえがきまさおみ)さんは、片手でくるりと柄を回して自由自在に槍を操っていた。いいなぁ、それ俺もやってみたい。槍をくるくる回すって、なんかカッコいいし、強者感みたいなものが出るよね。俺も部屋でバトンを回す練習から、頑張っています。

 

 それにしてもこの人、相変わらず戦闘に関しては器用な人だと改めて思う。普段の日常生活での駄目っぷりを知っていると、戦闘関連に能力を極振りしたんじゃないかとすら感じた。ちょっと失礼なことを考えてしまったけど、それでも彼の存在は俺にとって非常にありがたいことである。正臣さんは異形相手に戦う、人間の元教会の戦士だ。人間としての戦い方を教わるなら、彼以上の適任者はいなかった。

 

 アザゼル先生やメフィスト様からも、戦闘での体捌きや武術の訓練をするのなら、正臣さんに教わるのが一番いいと言われたな。やっぱり人外と人間では、戦い方が根本的に違うらしい。それに、純粋な武術を習うのなら、魔力や光力といった術系統を混ぜて戦う悪魔や堕天使より、変な癖がつかないだろうとも言われた。今みたいな実戦形式では神器の能力を使うけど、普段は槍の突き方や、間合いの取り方とか足運びの仕方を主に教えられている。

 

「はぁー、近接戦はやっぱり自信がないなぁ…。正臣さんの姿だって、ほとんど目で追えていないし」

「そこは、要修行だね。でも、目で追えていないにしては、奏太くんの回避能力は目を見張るものがあるよ」

「あぁー、そこは相棒が教えてくれるので。攻撃が来るって、なんとなくわかるんですよ」

「相変わらず、不思議な神器だね…」

 

 正臣さんが、しみじみとした声音で、俺の持つ紅の槍へ視線を向けてくる。神器は宿主の危機に反応する、ってアザゼル先生から教えてもらっているし、こんなものなんじゃないのかな。ちなみにラヴィニアからは、「カナくんと神器さんは、特に仲良しさんだからなのです」って言われたけど。こういった感覚的なところは、よくわからない。俺は神器との信頼関係が高い、って前に先生から教えられた。それが関係していたりするのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、先ほど打ち付けた鼻を手で擦り、相棒の力で怪我を消しておく。俺自身の訓練のために、相棒にばかり頼らずに感覚を磨こうと頑張っているけど、なかなか難しいものだ。俺には治癒能力っぽい力があるから、模擬槍である以外は修行も結構本格的なものである。そのため、怪我や脱臼、骨折は当たり前なレベルだけど、本当に大けがをしそうな攻撃に関しては、相棒が教えてくれていた。

 

 

「宿主の危機を察するって、不意打ち対策としては心強そうだね。奇襲の警戒は、常に僕も気を付けているから。ちょっと羨ましいよ」

「はい、相棒にはいつも助けられています。でも、俺としては、戦う才能がある正臣さんが羨ましく思いますけどね」

「ははっ、お互いに隣の芝生は青く見えるって感じかな」

 

 そう言って、正臣さんは肩を震わせた。俺への修行の時、彼はかなり力をセーブをした状態で行ってくれている。実際、この四ヶ月で協会での実績作りのために彼が行った任務の戦績を聞く限り、かなりすごいものらしい。俺が昔苦戦したはぐれ魔法使いなんかを、刀一本でバシバシ捕縛したそうだ。相手も人間で異能の力がない正臣さんだから、侮った部分もあったのだろうけど。それでも、ほぼ無傷で対処してしまうあたり、教会でも名の知れた戦士ってやっぱり強いのだな、と改めて思った。

 

 本来、人間は人外や異形と戦おうなんて考えない。それだけ種族的な地力の差があり、特殊な能力を相手は持っていることが多く、危険なのだ。だから、そんな魔の者と戦うことを専門にしていた正臣さんが、魔法使いが相手であろうと当たり前のように戦えることに、そこまで驚きはない。何より、魔法使いとの戦い方を協会で学びながら、彼なりにこの組織に貢献しようと努力する姿も見られた。元々真面目で一途な人だし、一歩ずつ実績を積み上げているのだ。

 

 この調子なら、問題はなさそうだろう。最初は教会の戦士が、魔法使いの組織に来て大丈夫なのかと心配したが、正臣さんの適応力は思った以上に高かった。気難しい魔法使いたちに必死に合わせ、彼らに振り回されてもしっかりと仕事をこなす。思えば、彼は悪魔であるクレーリアさんと恋人関係になり、更に悪魔で女の子だらけなベリアル眷属達の中でも普通に馴染んでいたのだ。彼の柔軟性は、たぶんピカ一であろう。

 

 そんな感じでのほほんと会話をしながら、俺の修行のポイントやアドバイスも一緒にいただいておく。一回りぐらい年上なんだけど、やっぱり正臣さんとの会話は話しやすい。彼の立場は協会に保護されている俺と似たような感じだし、年下の俺とも対等に接してくれる。あと、あやふやだけど前世の年齢と近しいこともあるかもしれない。俗な話題もノッてくれるし、この前はゲームを一緒にやって楽しかったな。

 

「そうだ、この前奏太くんに教えてもらったゲームで、面白そうな剣技があったんだ。せっかく『灰色の魔術師』に所属したんだし、剣と魔法を組み合わせることってできないのかな? って考えていてさ」

「魔法と剣を両立する職というと、魔法剣士ってやつですか? 何それカッコいい」

「だよね。意外に魔法と剣を組み合わせて戦う人って少ないんだ。魔剣を扱うヒトはいたけど、手元にないものを今考えても仕方がないし。僕の場合、色々手札を作っていかないといけないからさ。それなら、剣と合わせられそうな魔法から学んでみようかな、って思っているんだ」

「おぉー」

 

 確かに、原作でも魔法剣士的なヒトはいなかった気がする。魔剣使いはいたけど、やっぱり剣士という枠組みが強かった感じだ。ドラゴンスレイヤーとか、光食いの魔剣とか、その剣の性能を使って戦っていただろう。剣士と魔法使いは別物のジョブって感じで、住み分けられているような気がしたな。

 

 魔法使いって、自分の研究に熱心な人が多いし、色々こだわりが強い。剣士も自分の剣術を磨いていく感じで、頑固な人が多いイメージがある。それに、他の魔法が出てくる漫画と違って、この世界の魔法は数多ある技術の一つって感じで、必須という訳じゃないのもあるだろう。何より、一番有能な剣士を輩出しているのは、やはり教会だ。聖職者が魔法技能と組み合わせるなんて、確実に教会上層部から睨まれるだろう。ただ単に両立が難しいだけな理由もあるかもしれないけど。

 

 でも、正臣さんの魔法力は平均的な値らしいが、彼の場合戦闘センスがずば抜けている。細かい作業も得意だし、器用な面もあるから、魔法と剣を両立させられる可能性はあるかもしれない。それにしても、俺の趣味で周りの人達に漫画やゲームを勧めているけど、予想以上に影響を受けている気がする。趣味仲間が増えるのは嬉しいんだけど、大丈夫なのかな……これ?

 

 ちなみに、ラヴィニアは天然でどんどんえげつないコンボを繋げてくる天才肌で、アザゼル先生は役割理論全開な全力で極めて凝り出すマニアで、アジュカ様は常に最善の手を打って来る超常のゲームマスターで、メフィスト様はこちらに気づかせることなくじわじわ侵略して最後にひっくり返してくる盤上の奇術師である。そんな面々に囲まれてゲームをする俺。

 

 このヒト達、負けず嫌いだから容赦がないんだよな…。いつか和平が成立したら、魔王VS総督のゲーム対決は個人的に見てみたい気もするけど。とりあえず、普通にいい勝負をしてくれる正臣さんは、俺の中では大変ありがたかった。だって、頑張ったら俺でも勝てるから。俺が弱いんじゃなくて、周りがおかしいだけなんだと正しく認識できる。俺が遊んでいる面々が、そもそもおかしいというツッコミもあるかもだけど。でも、みんなと協力プレイしてる時の頼もしさは、マジで半端ないです。

 

 

「そういえば、奏太くんって中学生になったんだよね。中学はどんな感じだい?」

「えっ、うーん。まぁまぁ、ですかね…。小学校に比べると、やっぱり生徒数が一気に増えるので、色んな人がいます。今はまだ、小学校時代の友達と付き合いながら、中学校での立ち位置を考えていますね。中学の先生の印象もよくありたいですし、まずはクラスメイトや委員会の関わりから少しずつ新しい人付き合いの輪を増やしていこうかな、って考えています」

「……奏太くんって、意外と将来設計はちゃんと考える子だよね」

「こういうのって、大事ですからね。非日常でもういっぱいいっぱいなので、日常でぐらいは肩肘張らずにのんびり過ごしたいんですよ。俺の場合、協会の仕事で休むことがあるので、内申点は良くしておかないと家族に心配をかけてしまいますから」

 

 まぁ、一番は前世の記憶っぽいのがあるからだけど。俺自身は初めてだけど、感覚的には二度目のような気分なのだ。中学の制服である学ランを実際に着てみて、ちょっと感動してしまったほどだ。だから、ある程度の対策を立てられるし、どうするのがいいのか参考にもできる。正直、非日常側の知識を覚えることだけで大変な状態なので、日常側は友達とバカなことをやって笑いながら、まったり平凡に過ごしたいのだ。表は表、裏は裏である。

 

「そっか…。やっぱり僕も、将来についてそろそろしっかり考えないといけないよね」

「えっ、正臣さんの将来ですか? ここで働くんじゃ」

「そうなんだけどさ。ほら、今の僕って、立場的にはかなり不安定な感じだろう。裏では、魔王様やベリアル家、メフィスト理事長が後ろ盾になってくれているけど、表向き僕はただの元教会の戦士という肩書きしかない。クレーリアは分家とはいえ、悪魔貴族の令嬢だ。彼女の恋人として、周りから見られることも考えるとね。それに将来的なことを考えると、ベリアル家に恩を返せるぐらいの立場は築きたいと思っているんだ」

「なるほど…」

 

 タオルで汗を拭きながら、近くにあったベンチへ二人で座る。今までは正臣さん自身、じっくり考える暇がなかったけど、今はそれを考える時間ができた。クレーリアさんとも通信で、一緒に色々話し合っているみたい。

 

 確かに、正臣さんは教会を追放されているし、孤児だから家の後ろ盾もないし、特殊な能力も特にないらしいからなぁ。剣の腕しかない、というのは不安なのかもしれない。俺も神器以外平凡だし、彼の悩みがわからないでもないかな。俺が頷いていると、正臣さんは考え込むような仕草を見せ、どこか不安を浮かべた表情で俺の方へ顔を向けた。

 

「それで、なんだけど。えっと、その…。実は、メフィスト理事長から今後のことで選択肢をもらったんだ」

「えっ? 選択肢ですか」

「あぁ、クレーリアを助けに行く直前にね。……表向きの後ろ盾や僕自身の能力の向上、それと悪魔であるクレーリアと生きていくことを考えるのなら、メフィスト理事長から、僕の眷属にならないかなって」

「…………えぇッ!?」

 

 正臣さんからの話に、驚きに目を見開く。最古参の悪魔の眷属になる。つまり、タンニーンさんと似たような立場になるってことなのか。彼自身も何とも言えない表情なので、あまりの内容に困惑している部分が強いのかもしれない。確かに俺が正臣さんの立場だったら、彼が戸惑う気持ちはよくわかる。本当にいいのか、ってまずは思っちゃうし。

 

「メフィスト理事長にとって、悪魔の駒はそこまで重要なものじゃないから、僕が悪魔に転生したいと望むのなら、使ってもいいって言ってくれてさ。正直、身に余り過ぎるというか、僕なんかが本当に眷属になってもいいのか、不安もあるしね…」

「そ、そうですね。でも、メフィスト様の眷属になれば、正臣さんの言う通り、かなり色々なことが解決するのは間違いないです。最古参の悪魔の眷属というステータスは、実際にとんでもないだろうし」

「うん、そうだよね。ただ、人間から悪魔になる、っていうのもあんまり実感が湧かなくて…。だけど、僕にとって必要であることには間違いない。実際、人間の僕じゃこれから先、大切なものを守っていくことができるのかわからないから」

「……ちなみに、クレーリアさんにそのことは?」

「まだ。クレーリアにとったら、僕が悪魔になった方が嬉しいだろうけど、きっと彼女なら僕の決断に任せるって言うだろうし。だから、ごめん。このことについては、奏太くんが相談相手としては初めてなんだ」

 

 マジでか、俺が初めての相談相手ですか。彼の立場や現在の交友関係を考えると、俺以外には確かに相談しにくいことだけど。正臣さんも言葉にしながら、煮え切らない態度であることを自覚はしているみたいだった。彼が言う通り、メリットはたくさんある。もちろんデメリットも色々あるだろうけど。

 

 それにしても、そっか…。悪魔に転生かぁ……。メフィスト様は悪魔の駒(イービル・ピース)を持っているし、タンニーンさんという女王(クイーン)だっている。悪魔の眷属にしようと思えば、できなくはないもんな。ただ彼は自分の領地を持っておらず、悪魔としての体裁なんかを気にしてないだろうし、レーティングゲームにも興味がないから、眷属をわざわざ揃える必要性がない。

 

 タンニーンさんを転生させたのだって、彼がドラゴンを救うためにどうしてもと懇願されたからだろう。魔龍聖なんてとんでもない存在を眷属にしても、ほとんど干渉せずに自由にさせていた。タンニーンさんも、メフィスト様を主と敬っている感じじゃなかったし、お互いに対等に接しているように感じた。メフィスト様にとって、悪魔の眷属システムは、他の悪魔ほど重要に思っていないんだろうな。

 

 

「うーん、相談してもらったからには力になりますけど…。転生するか、しないかの判断は、絶対に正臣さん自身で決めた方がいいと思いますよ。例え、どれだけ時間をかけて、悩んだとしても」

「そう、だよね…。それにしても、人間が悪魔になったらどうなるんだろう。想像できないなぁ……」

「そこまで大々的に変化は感じないようですよ。人間だった時と、ほぼ同じように過ごせます。ただ、日光を浴びると怠く感じるようになって、その代わり、日が沈むと力が増してくるようです。あと蝙蝠のような羽が生えて、夜目も利くようになって、魔力が扱えるようになります。容姿や肉体年齢も魔力で変えられるようになって、あらゆる言語を理解できて、自動で翻訳もできるようにもなりますね。弱点として、聖なるものやお祈りは苦痛に感じるようになるので、元教会の戦士だった正臣さんはこのあたりを気を付けた方がいいと思います。うっかりお祈りしちゃって、頭痛でアイタタな目にあう教会関係者はお約束ですから」

「奏太くん、悪魔に転生したことでもあるの? あと、最後のあたりは、かなりありえそうな例えで怖いんだけど」

 

 正臣さんの頬が、盛大に引きつっていた。あれ、悪魔の特徴ってそこまで認知されていないのか? イッセーとアーシアさんが転生した時の様子を、なんとなく言ってみたんだけど…。でも、そっか。普通悪魔側の視点じゃないと、こんなことわからないか。俺の原作知識とこの世界の一般常識との差異は、やっぱりめんどくさいなー。気をつけないと。

 

 とりあえず、「頑張って勉強しました!」と言ったら、正臣さんは「そうなんだー」と感心して、あっさり納得してくれたけど。正臣さん、俺が言うのもアレですが、悪いヒトに騙されちゃダメですよ。誤魔化しが効いて助かったのは俺ですけど、すごく心配になります。

 

「でも、奏太くんが悪魔について詳しくて助かったよ。また時間がある時に、色々聞いてもいいかな?」

「えっ、い、いいですけど。もしかしたら、うろ覚えだったり、変な知識も混ざっていたりするかもしれないですので、あんまり鵜呑みにしないでくださいよ。あっ、異種族からの転生についてなら、クレーリアさんの眷属さんに聞けるのが一番だろうけど、……相談となると難しいか。なんだったら、今度別の転生悪魔さんに相談してみますか?」

「えっ、ベリアル眷属以外の転生悪魔が知り合いにいるのかい?」

 

 首を傾げる正臣さんに、俺の方が首を傾げる。正臣さんには、前に俺の交友関係は教えたはずなんだけどなぁ…。俺が知っている転生悪魔と言えば、当然この方だろう。

 

「何言っているんですか、正臣さん。タンニーンさんのことですよ」

「……ちょっと待って、奏太くん。それ、龍王様だから。さらっと出していい名前じゃないよ」

「えっ…。じゃあ、アジュカ様なら、駒の製作者だし詳しいですよ?」

「その方、魔王様だからっ! 本気で恐れ多いから!」

 

 えー、なんか俺の方がおかしいみたいな扱いである。だって、その龍王様とは、今度の夏休みに修行という名の地獄の訓練をする予定がぶち込まれているから、近々話し合う機会があるし。魔王様とは、通信ゲームだけどたまに一緒に遊んでいるよ。神器をまた見せて欲しい、って言われているから、今度ゲームをしに行くついでに正臣さんのことも相談できると思う。お二方とも時間がある時なら、なんだかんだで優しいから、肩を竦めながら相談ぐらい聞いてくれそうだけどな。

 

 

「奏太くん、キミの交友関係ってどうなっているの?」

「……そうは言いますけど、正臣さん。メフィスト様の眷属になったら、正臣さんもこれが平常運転になってもおかしくないんですからね?」

「うわぁ…」

 

 素で引かれた。たぶん、もし彼がメフィスト様の眷属になったら、アザゼル先生のことも知ることになるだろう。正臣さんの真面目な性格的に、先生に振り回されて、迷惑をかけられまくる未来しか見えない。そうなったら、なんとか強く生きてほしいものだ。

 

 ……あれ? そう考えると、メフィスト様の眷属ってかなり苦労すること確定なんじゃ…。今後のことを思って、良い胃薬のお店でも正臣さんに紹介してあげようかな。アレ飲んでいると、ちょっと精神が安らぐ気がするんだよね。ちなみに、俺の場合は本気で痛くなった時、だいたい相棒がいつの間にか消しちゃっていることが多い。

 

 それに助かってはいるけど、別に胃薬に対抗意識を出さなくてもいいんだよ? そう心の中で思うと、ちょっぴり不貞腐れたような思念を感じた。その後に、でもいつも感謝しているから、と付け加えておくとコロッと機嫌が直る相棒。本心から思ってはいるけど、五年も一緒にいるとだいたいわかってくるもんだなー。それに、少し笑ってしまった。

 

 そんな風に、いつも通りのんびり会話を交わしながら、友達との時間を過ごすのであった。

 

 


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