えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八話 目標

 

 

 

 『ハイスクールD×D』は、「学園ラブコメバトルファンタジー」と銘打たれた作品である。熱いバトルに、可愛いヒロインがたくさんいて、さらにそこまでしていいのかと思うほどのエロに溢れた物語であった。始まりからして、主人公死亡から始まるあたり、弱肉強食の世界観が現れすぎだと思う。

 

 主人公は煩悩に忠実な普通の高校生、兵藤一誠。彼は神滅具『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宿主で、ドラゴンの覇と煩悩と優しさで世界を駆け抜ける人物だ。主人公の目的が「ハーレムを作る」というあまりにあんまりな理由だが、それで命を賭けられるぐらいの強い思いを抱くって、単純に凄すぎる。それに、物語が進んでいくにつれ増えるヒロインとのやり取りに笑い、彼と彼女たちだからこそ素直に応援ができた。前世の俺も、この作品が好きだったらしいからな。

 

 彼の敵は、最初は自身と友達を殺した堕天使が敵として現れ、次に転生悪魔となったことで同じ悪魔とのレーティングゲームとしての戦い、教会勢と宿敵白龍皇との邂逅、そして和平を結んだのにそれが気に食わないと暴れ出したテロ組織組と様々である。

 

 ちなみに俺が一番会いたくない旧魔王派は、このテロ組織の一部だ。この人たちってコンプレックスの塊だから、俺の神器を見たら「なんか、気に食わない」とかいちゃもんつけてきそうなんだよな。否定できないのが嫌だ。さらにそれで終わらず、何故か北欧の神様とも戦いだし、旧魔王の息子なんて狂ったやつがさらに狂ったことをし出し、邪龍なんていうものまで現れる。

 

 心底思うが、俺の神器にドラゴンが宿っていなくて本当によかった。龍の気は、異性と騒乱を呼び込むらしいからな。主人公は男もホイホイしていたが。可愛い女の子は大歓迎だが、こんな死亡フラグのオンパレード、プラマイゼロどころじゃない。まぁどうせ俺じゃ、複数の女の子に好意を持たれるなんてありえないだろう。俺自身、その甲斐性もなさそうだ。自分の恋人になる人には、やっぱり幸せになってほしい。

 

 ちょっと考えが逸れたが、結論から言って、この作品はとにかく弱肉強食なのだ。力がない者は、彼らと同じステージにすら上がれないほどの明確な線引きがある。弱かったらすぐに死ぬか、噛ませ犬コースだ。主人公のような神滅具や、種族的な力の特典や、英雄派たちのような立派な血筋や、命を賭けてでも貫きたいほどの強い意思がなければ、生き残ることなんて到底できない。

 

 俺も必死に頑張れば、もしかしたら主人公たちと一緒の目線に立てるのかもしれないだろう。

 

 

「でもそんな覚悟、俺にはないしなぁ」

 

 原作について覚えているだけの知識を書き起こしたメモ帳をパラパラと読みながら、俺はこの世界について改めて考えていた。原作に関わってみたいという気持ちが、全くないとは言わないのだ。

 

 登場人物たちには会ってみたいし、スイッチ姫ことリアス・グレモリーさんの世界を揺るがすほどのプロポーションをこの目で拝んでみたい、という煩悩ぐらいは俺にだってある。公式設定である、バスト99の大きさを現実で見られる機会なんて早々ないだろう。俺だって男だから、気にはなるさ。

 

 それでも、やっぱりその程度の気持ちしか俺は抱けないのだ。野次馬根性で遠くから傍観者になる手もあるが、俺の神経はぶっちゃけ細いと思う。いつプッツンと切れても、おかしくないほどに。原作を楽しむために、巻き込まれるかもしれないことにビクビクしながら過ごすなんて、俺にそんな被虐趣味なんてまったくない。

 

 何より、俺は約束したのだ。最後まで諦めずに生きるって。笑顔で生きていくんだって。俺はまだ手に残っているように感じる、人を貫いたあの時の感触を思い出す。痛みで悲鳴をあげそうになりながら、必死に堪えた彼女の横顔も覚えている。刺した腕から血が溢れ、痛みから気を失った彼女をすぐに治療した。痛みを一緒に消せればよかったけど、記憶の消去だけしか設定する余裕がなかった。

 

 その後俺は、彼女を病院に運ぼうとしたが、さすがにこのまま連れて行くには色々不審すぎる。そのため、またしても申し訳ないが、ごり押し神器作戦を決行した。ぶっちゃけると、事故に見せかけて、彼女が怪我をしたように見せかけたのだ。昨日の港の事件で、爆音や地響きの被害がそれなりに起こっている。今ならそれに、彼女の怪我を紛れ込ませることができるだろう。

 

 俺は急いで人気のない場所へ行き、神器で地震によって負傷した現場をつくりあげ、病院に連絡して救急車で彼女を運んでもらった。彼女には襲われた夜からの記憶がない。この事故で記憶が混乱して抜けてしまった、と彼女自身も周りも納得するだろう。恵さんはもう、何も覚えていないのだから。そして、もう二度と思い出すこともない。

 

 

「……原作には、きっと関わらない方がいいよな。状況を調べるために、一度駒王町には行くつもりだけど。駒王学園の敷地内に入るのは、危険かもしれない。裏にもあまり関わるべきじゃないのはわかっている。だけど……」

 

 『ありがとう』、そう言って笑ってくれた彼女に、俺自身もまた救われた。死ななくてよかった。助けられてよかった。彼女は俺がいなかったら、きっともうこの世にはいなかった。俺がいたことで、変えられる運命がある。そのことが、俺の中に強く残っていた。

 

 俺は弱い。だけど、弱いなりに力がある。何もできない訳じゃないのだ。こんな俺でも、壮大な世界の中で名もなく死んでいく人を、助けられるかもしれないぐらいの力ならあった。世界を救うなんて、ヒーローになるなんて、きっと俺にはできない。それは、主人公や力がある人に任せる。だから俺は、そんな裏で華々しく頑張る主人公たちの影で、うっかりこぼれてしまった表の世界への脅威を、取り除いていきたいと思ったのだ。

 

 彼女たちのように、突然非日常に巻き込まれ、無残に殺されるかもしれない人を少しでも減らしたい。裏なんて関わらず表の世界で、友達と笑って、馬鹿なことをして、仕事に追われて、家族を作って、そんな平凡な人生を歩んでいってほしい。そんな当たり前を、俺自身も望む当たり前を、守ることができたらって思ったんだ。

 

「だけど、俺は死にたくないから。だから守ると言っても、神器の力で情報集めや隙を見て逃がせるか倒せるか考えるとか、強そうなら退治のプロに連絡を入れてすぐに対処してもらうとか、本当にそんな些細なことしかできないかもしれないけど」

 

 パタンッ、と原作メモを閉じ、机の引き出しの奥にある手作りの隠し場所に入れる。もしも見られた時のために、精神的ダメージは食らうが一般人には「僕のカッコいい厨二病ノート」的な感じに見えるような書き方にしている。裏の関係者が俺の部屋に入ってきた場合は別だけど、そんなことになったら、もうすでにチェックメイトみたいなものだろう。不安になっても、仕方がない。

 

 救急車で運ばれる彼女を遠くから眺めた後、俺は家に帰って泥のように眠った。おかげで昼食を食べ損ない、さらに晩御飯まで食べ損ないそうになったが、姉が俺を頑張って起こしてくれたことで事なきを得た。ご心配をおかけしました。

 

 おかげで俺はかなり快復できたのだが、家族からは「念のためもう一日だけ休みなさい」と言われ、今日を過ごしている。神器を使えば、街をフラフラできるだろうけど、隣の市には裏の関係者がまだ大勢いる。意味もなくふらつくのは、よくないだろう。そのため、こうして原作知識の確認と、今後の俺の行動を考える時間にしていた。

 

 

 そうして、ゆっくり考えたことでようやく俺は、自分がやりたいことを決めることができたのだ。俺はこの世界で、自分が何をしたいのかをずっと考えてきた。先が見えない不安から、ただこの世界に怯え、裏の世界に関わることを恐れて、ずっと逃げ続けてきたんだ。今だって怖いのは変わらないけど、……それでも関わるだけの決心はついた。

 

 表と裏を中途半端に歩くような生き方になるだろうけど、臆病で中途半端な俺にはお似合いだろう。だからせめて、やるなら全力でやる。インフレ世界に一緒について行くことはできなくても、世界を救うなんて脚光を浴びることなんてできなくても、小さな命を守るぐらいなら頑張れると思ったから。

 

 命のやり取りもできないような、考えの甘い一般人の戯言なのかもしれない。自ら危険に突っ込む、馬鹿な目標だと自分でも思う。だけど、俺はもう目を逸らして、日々を怯え続けたくなんてないんだ。

 

「だから、これからは裏の世界へ踏み込んでいこう」

 

 手のひらよりも小さな相棒を握り締め、なんとなく勇気をもらった俺は、今日こそは用意してくれていた昼食を食べよう、と部屋の扉を開けた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さて、早速問題が発生。どうやって安全に裏の世界へ入ったらいいんだろう?」

 

 この『安全に』が、俺の前提条件である。俺って、本当にしまらない人間だ。よし、俺の先輩たち(仮)でもある、二次小説のオリ主さん達を思い出してみよう。そこに、もしかしたらヒントがあるかもしれない!

 

 一番目、兵藤一誠が悪魔に転生する時に巻き込まれてみる。ちなみにこの案は、即行で廃止した。理由は先ほど考えた通りである。原作に介入しまくる前提の入り方だ。リアスさん達は俺の事情を話せば、転生悪魔にもしないだろうし、匿ってもくれるかもしれないけど、これはもう本当にどうしようもない時だけの案だ。とりあえず、原作登場人物のフラグからはなしで。

 

 二番目、三大勢力にスカウトされる。テロ組織からのスカウトは、剛速球で投げるもの。よく見かけたのは、悪魔陣営と堕天使陣営のオリ主である。特にトップのアザゼルさんは、神器の研究大好きな話の分かる人だから、関わる人が多かっただろう。優しさやユーモアもある。しかしながら、本質はトラブルメーカーで、マッド思考だから研究として、人造人間コース(例、ヴリトラの宿主)がありえるかもしれないのがネックだ。人間やめたくありません。

 

 何より今がいつの時期かわからないが、堕天使陣営である『神の子を見張る者(グリゴリ)』は神器所有者への殺害も行っている。俺が生かされるのかわからないのだ。アザゼルさんと直接コンタクトが取れるのなら、彼に保護されながらちょっと仕事をして、時々原作のことを遠くから助言でもして手伝う程度の薄い関係になれたら最高だ。自分でも、それはご都合主義すぎると思うけど。槍持ちの幸運値のジンクスが怖い。総合的な検証の結果、やはり自ら関わりに行くのはご遠慮したい人物である。

 

 悪魔だと、神器持ちの俺は眷属コースを勧められるだろう。天使がいる教会側は安全牌そうで、情報の少なさから迂闊に踏み込めない。原作でも、教会陣営は他の二つの勢力よりも情報が少ないからだ。

 

 初期の頃のヒロイン、ゼノヴィアやイリナのような思考が当たり前な場所だと、俺はやっていける自信がない。フリードやジークフリート、木場祐斗(きば ゆうと)のような環境ってこともある。どこの陣営も、上司はいい人が多いのに。忙しいのはわかるけど、もっと下への教育を頑張って下さい!

 

 そんな訳で、危険度と情報の少なさから、やっぱり三大勢力の陣営に入るのはやめておこうと思う。少なくとも、俺から行動に移す必要性はない。関わることはあるかもしれないが、深く入り込むのはもっと情報を得られてからか、安全を確保できてからにするべきだ。何より、今回のはぐれ悪魔事件の後始末を全部任せちゃった手前、ばれた後がちょっと怖いです。

 

 

「三番目は、フリーの裏関係と関わりをもつか」

 

 事前の情報がないのは痛いが、俺の神器は情報収集をするだけならなかなかの性能だ。はぐれ悪魔の結界にも気づかれることなく侵入でき、逃げる時は空の彼方へ跳んで逃げられる。気配も消せるから、一度見失ったら追いつかれないだろう。もし誰かに気づかれそうなら、やりたくはないが神器で記憶消去をすることもできる。俺はいったい、どこのアサシンなんだろう。

 

 俺の記憶では、フリーで活動して賞金稼ぎをするオリ主が何人かいたと思う。彼らははぐれ悪魔やはぐれエクソシストを狩ったりして、生計を立てていた。第四勢力を作るオリ主もいたが、さすがに俺はそこまでアクティブに防衛手段は作れない。

 

 しかし、フリーから入るのは悪い案ではない。どうせ俺は裏関係について調べることになる。三大勢力を遠くから実際に見て、これからを考える時間もほしい。何より俺の目的である「表の世界を守ること」で一番自由に動けるのは、後ろ盾は無くなるが、組織のしがらみのないフリーがいいはずだろう。

 

 そうして情報を集めて行けば、フリーの賞金稼ぎみたいな人を見つけられるかもしれない。確かヒロインの一人である姫島朱乃(ひめじまあけの)さんは、フリーの除霊師や雷の力で幼少期を過ごしたらしいし。そうなれば、芋づる式でそういったフリー相手に依頼を頼む場所が判明するはずだ。

 

 そこに神器と足で集めた情報を売り、まずは情報屋から始めてもいいかもしれない。表に仇なす者を俺は探し、その情報を売り、俺よりも強い人に討伐を任せる。他力本願だが、適材適所だとも思う。

 

 それから時間をかけて信頼を築き、そして信頼できそうな裏関係の人を見つけて、戦い方を教えてもらおう。我流や独力じゃ、すぐに限界が来るに決まっている。ちゃんと実戦として使える方法を教わらなくてはならない。そこでたくさんのことを知って、たくさんのことを学んでいこう。それからまた俺の今後を考えていく、が今の俺の行動方針であった。

 

 

「という訳で、やってきました。俺がやらかしちゃった港の倉庫街付近!」

 

 これからの方針をまとめ終わった俺は、早速行動を開始した。まずは、どうやって裏関係のフリーの人を見つけるかだが、それは今なら成功する確率が高い場所があった。現在、裏の関係者の多くが修復作業や隠蔽作業を行っているだろう所。そう、俺がごり押し騒ぎを起こして、表も裏にも大変ご迷惑をかけた隣の市の港であった。

 

 さすがに港の中の倉庫街に行くのは、三大勢力の息が強くかかった者しかいないと思う。だから俺が探すのは、港の中に入るだけの権力や力がない人物たちだ。きっと今回の騒ぎを調べようと、どこにも所属していない者たちも集まって来ているはず。それが、情報屋ならおいしい。ここで得られた情報を持ち帰るために、目的の場所へ案内してくれるかもしれない。港に入ることができない力量の者なら、気配を消し、姿を消した俺に気づくこともできないだろうから。

 

 そんな訳で、昼の間は準備をしっかり行い、晩御飯を食べてすぐに俺は隣町へと足を踏み入れた。さすがに夜中だから、人気がほとんど感じられない。事件からまだ数日しか経っていないから、警察や見回りの人を時々見かけるぐらいだ。

 

 俺には誰かの気配を察知するとか、そんなカッコいいスキルはないので、自分の足で港周辺を探し回るしかないだろう。今日見つけられなかったら、また明日頑張ればいい。焦る必要なんてないからな。一週間ぐらい粘っても見つからなかったら、作戦を変更しよう。

 

「さてと、それじゃあ頑張りますか!」

 

 軽くストレッチをして筋肉を解すと、真っ直ぐに夜の港を見つめながら、気合を入れるように俺は決意を口にする。俺はこの世界に転生した。そして、今までずっとスタートすら切れず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。だけど、今は叶えたい新しい目標ができたんだ。だから、ここから始めて行こう。俺なりの生き方を目指して。

 

 片足だけを突っ込んでいた境界線。俺は紅の槍を片手に、ゆっくりと足を踏み入れていった。

 

 


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