えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

80 / 225
第八十話 仕事

 

 

 

「ごきげんよう、カナくん。遊びに来たよー」

「ごきげんよう、カナタさん。お邪魔して、大丈夫でしょうか?」

「こんにちは、クレーリアさん、ルシャナさん。はい、ちょっと散らかっていますけど、大丈夫ですよ。あっ、正臣さんも仕事が終わったら、すぐに来ると思いますから」

 

 正臣さんとの修行が終わって、俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で用意してもらっている自室に戻っていた。彼は協会での実績作りのために、護衛依頼や警備に積極的に参加している。今日はクレーリアさんが俺の部屋に来る日だから、早めに切り上げてくるだろうけど。俺はテーブルの上に広げていた道具を、とりあえずベッドに移動させておいた。

 

 仕方がないとはいえ、クレーリアさんと正臣さんが気兼ねなく会えるのが俺の部屋ぐらいだしな。二人が恋人同士なことは、まだ公表できない。さすがに冥界から預かることになった悪魔貴族の令嬢を、簡単に元教会の戦士である正臣さんと会わせる訳にはいかないからだ。正臣さんの実力が協会内で認められ、メフィスト様が契約を持ちかけるまで、普段は我慢してもらうしかない。彼が精力的に活動しているのだって、早くクレーリアさんと堂々と一緒にいたいからだしね。

 

 だけど、さすがに恋人が近くにいるのにずっと会えないのは辛いだろう、と思ったので、俺の部屋を集合場所に決めたのである。俺やラヴィニアの部屋は、メフィスト様が管理するフロアであるため、一般の魔法使いは入れないような仕組みになっている。二人の密会の場所には、打ってつけという訳だ。

 

 さらにいえば、俺は東洋人繋がりから、正臣さんと親しくなったことになっているので、友達を部屋に呼んでいるだけという理由になる。悪魔であるクレーリアさんは、冥界について研究する魔法使いたちの興味関心の的になっているが、悪魔政府からの大切な預かりということで、メフィスト・フェレス様の秘蔵っ子であるラヴィニアとついでに俺が、彼女たちの対応をすることになっていた。そのため、彼女たちが俺の部屋を訪れるのも、そこまで違和感がない。色々周りの目を気にしないといけないのが、微妙に大変だけどね。

 

「飲み物を用意しますけど、何か飲みたいものはありますか?」

「それじゃあ、日本茶をお願いしてもいいかな。『灰色の魔術師』に来て、まず困ったのが日本系統の食があんまりないことだよね。今まで日本暮らしだったから、慣れるまでは大変かも」

「私も同じものをお願いします。よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「あっ、それじゃあ…。お茶を取ってくるので、そこの棚に入っているコップの準備をお願いします」

 

 唇を尖らせるクレーリアさんに小さく噴き出してしまったが、確かに日本食はこの辺りにはない。今から用意するお茶も、俺がわざわざ日本から持ってきたものだしな。俺の場合は、放課後や休みの日にだけ転移で協会に来るので、そこまで日本食が恋しく感じたことはない。でも、ここで暮らすことになった彼女達にとっては、難しい問題だろう。俺も将来はここで働くことになるんだし、そのあたりは考えておいた方がよさそうだな。

 

 とりあえず、部屋に備え付けられている冷蔵庫から麦茶を取り出して持っていく。ルシャナさんがコップを用意してくれていて、クレーリアさんがお土産なのかお菓子をテーブルの上に用意してくれていた。クレーリアさん達は料理が上手だから、時々こうやってお菓子を作っては持ってきてくれるのだ。

 

 あと、俺やラヴィニアのご飯もよく作ってくれたりする。特にラヴィニアは、毎日一緒に食べているらしい。協会の飲食関係は、とんでもないものもあるため、迂闊に口にするととんでもない目にあう可能性がある。そのため、こっちに来る時は日本でお弁当をわざわざ買ってから、いつも訪れていたのだ。

 

 だけど、クレーリアさんたちが協会に来てからは、手料理をごちそうしてもらえるようになった。これが、本当に嬉しかったりする。成長期に栄養のあるおいしい食事が食べられるし、メフィスト様も保護者としてクレーリアさんにお礼を言っていた。

 

 それと、魔法の研究やうっかりで、携帯食のみやご飯を食べ忘れることがあったラヴィニアのために、毎日三食作ってくれているのもパートナーとしてありがたい。ラヴィニアは、あんまり食事にこだわりがないから、ちょっと心配だったのだ。俺の気にし過ぎなだけかもしれないけど、食事にうるさいのは、日本人の特徴なのかもしれない。

 

 

「ふぅ、お茶って癒されるよねー。そういえば、さっきまで何かやっていたの? 慌てて片付けさせちゃったけど」

「あぁ、大丈夫ですよ。メフィスト様から頼まれた仕事だったんですけど、期限はまだまだありますから」

「えっ、メフィスト会長からのお仕事だったの? それなら、中断させちゃってごめんね」

「……もし差し支えなければ、どのようなお仕事をされているのですか?」

 

 クレーリアさんとルシャナさんの好奇心を含んだ視線に、俺は少し考えたが、二人なら教えても問題ないだろう。俺は先ほどベッドに移した道具の一部を、テーブルの空いたスペースに置く。それを、彼女たちは興味深そうに眺めていた。

 

「他の人には言っちゃいけないんですけど、クレーリアさん達なら俺の神器のことを知っているから、教えても大丈夫だと思います」

「……それって、カナくんの神器を使ったお仕事ってこと?」

「はい、例えばこの石をですね…」

 

 俺はテーブルに広げていた黒褐色の石を左手で持つと、相棒を使いやすい長さに設定して右手に呼び出す。そして、スプーンぐらいの大きさで現れた神器を、石に突き刺した。

 

Remove(リムーブ)

 

 能力を発動させ、この石を構成している要素の一部を消滅させる。すると、石はだんだんと縮んでいき、最後には穴がポコポコ空いた黒っぽい塊に変わっていった。それに目を見開くクレーリアさん達に、変形した石を手渡すと恐る恐る手で触れる。俺も最初は驚いたけど、今では慣れたものである。

 

「もしかして、これって鉱石?」

「まさか、本来なら高熱によって分解させる結合部分や不要な脈石分のみを、神器の能力で消滅させたのですか…」

「うん、必要がない部分だけを選択して消せば、純度100%に近いものを作れるよ。一番依頼が多いのは、やっぱり水晶関係かな。アレは不純物が少ないほど価値が高まるし、魔術の媒介なんかになるから。あんまり質が良くない水晶ってただ同然で手に入るので、不純物を取り除いて集めるだけでもいいお小遣い稼ぎになりますね。あとは……」

 

 そう言って、次は袋に包んである紫色の毒々しい色をした植物を取り出す。それにクレーリアさん達は、目をギョッとさせた。ルシャナさんが、さっき作った鉱石を落としそうになって、慌てて持ち直している。クレーリアさんは、パクパクと口を開くと、俺が持っている袋に指を差した。

 

「カナくん、その植物。私の見間違えじゃなければ、それって冥界に生えている毒草じゃない?」

「はい、口に誤って入れるとかなりヤバいらしいですね。でも、上手く加工できれば、良薬にもなるらしいですよ」

「しかし、かなり癖のある毒のため、それを取り除く技術は、それこそ医療の最先端とされるシトリー領レベルでなければ……、あっ」

 

 ルシャナさんが口を開くと同時に、クレーリアさんも思い至ったのか、ポンッと納得したように手を打っていた。まぁ、そういうことです。俺は袋ごと槍で植物を刺し、『毒』の要素だけを消滅させた。毒を取り除くために加工すると、どうしても毒以外の部分も取り除く必要が出てくる。全体の三割ほど使えたら大成功らしいけど、そもそも毒そのものを消しちゃえば、材料を丸々使うことが出来る。さらには、毒を取り除く過程がいらないので、時間も出費も必要なく、しかも純度の高いものが仕上がるという訳だ。

 

 他にも、液体関係や食べ物関係も依頼が多いな。あと薬や魔法薬の材料製作のために、質が良いものを欲しがるお得意様は多い。だから協会の魔法使いさん達からの依頼が、たぶん一番多いだろう。この前なんて、先生が「酒のつまみにフグを取ってきたから、毒だけ消してくれ」とか言って、ビチビチ跳ねているのを持ってきたことがあった。夏休みに冥界へ行って、トカゲを食べる時に俺が人間に毒となる要素を消したことを覚えていたらしい。なんだか便利屋みたいに、結構使われているような気がするなぁ…。

 

 

「……なるほど、メフィスト会長が他の人には言うな、と言及した訳がわかりました。本当に色々なことができる神器なんですね…。しかし、そこまで大っぴらに力を使って、大丈夫なんですか?」

「うーん、俺自身はあんまり表に出ないし、一応神器の気配は常に消しているし、対外的には俺の固有魔法? みたいなのでなんとなくできるよー、って周りには伝えているみたい。魔法使いが独自の技術を独占するのは、よくあることらしいですので」

「す、すごくアバウト…」

 

 ここって魔法使いの協会ですから、それが一番怪しまれにくいんですよ。実際に成果は出しているので、周りも納得はしてくれているみたい。良い意味でも、悪い意味でも、才能や実力主義なのが、魔法使いというものだと前に教えてもらった。俺の場合、魔法じゃなくて、神器だけど。

 

 あと、基本依頼はメフィスト様が選んで持ってきてくれるので、お客さんと直接やり取りすることがないから、らしいとかみたいとしか言えないんだよな。とりあえず、俺はメフィスト様に言われた依頼だけを受けて、頼まれた仕事をするだけである。

 

 誰からの依頼とか、依頼料とか、詳しいことはよくわかっていないけど、メフィスト様が選んだものなら信用できる。何より、上司の仕事を請け負うのは、部下として当然のことだろう。最初は失敗することもたくさんあったけど、何回も似たような依頼を受ければ上達するし、少しずつ俺がレベルアップできるように依頼の内容を精選してくれているのもわかった。メフィスト様や協会に恩を返したいので、俺に出来ることがあるのなら大歓迎だ。

 

「そういえば、カナくんって協会内でもフードを被っているし、ショウくん呼びなんだよね? こっちに来て、最初はびっくりしちゃったよ」

「あぁー、はい。俺の場合、日本に住んでいますし、家族もいますから。念には念を入れた方がいい、ってメフィスト様に最初に言われたんです。俺も初めは戸惑いましたが、魔法使いって日常的にフードを被っている人もいるから、そこまで浮かなかったみたいですね。メフィスト様からの指示だって言えば、大抵みんな納得してくれました」

「……組織のトップが、そこまで気を配るなんて普通ならありえません。カナタくん、ちなみにどれぐらい依頼を受けているのですか?」

 

 ルシャナさんが難しい顔でこめかみに手をやり、頬を引きつらせながら聞いてきた。それに首を傾げるが、俺は顎に手を当て、今までのことを思い出す。最初に仕事を始めたのは、正月が過ぎて少ししてからだから、もうすぐ四ヶ月ぐらい経つのかな。メフィスト様から、神器を使った依頼を受けて欲しいと言われ、とにかく頑張ったと思う。メフィスト様はアザゼル先生とよく相談していたし、たぶん俺の神器修行も入っていたのだろう。実際、この依頼のおかげで、効率よく色々消せるようになってきていると思う。

 

 協会に来た時は、数十件ぐらい大きなものや危険物の除去、同じ品を複数個用意してほしいって依頼が多いかな。あと、細かいものや小さいものは、日本の自宅でやっていた。ミルキー魔法使いさんと悪魔さんが、協会からの依頼品を定期的に届けてくれて、納品も一緒にしてくれるから、大小かなりの数は出来たと思う。同じ依頼がまた届くこともあったから、お得意さんもできていたのかな。なんかいっぱいやりすぎて、数とか途中から抜けていたかもしれない。

 

「えーと、色々たくさん?」

「……依頼料などは」

「メフィスト様が、全部管理してくれています。俺は子どもだし、あんまり大きなお金を持っていても仕方がないですから。欲しいものがあったら、ちゃんとお小遣いをくれますし、別に貯金もしてくれているみたいです。だから、それならここにはお世話になっていますので、稼いだ分の半分ぐらいは協会でぜひ使って下さい、って言っていますね」

 

 最初に依頼を受けた頃は、依頼の値段とか色々気になったけど、少ししたらいちいち考えるのが正直めんどくさくなってしまった。あと、大金を持っていても、小市民なので堂々と所持している方が怖い。0の桁が後ろにどんどん増えていく現象は、最初は嬉しいけど、途中から恐怖の方が勝る。最近は、俺の貯金の額を確認することが、一番怖いです。

 

 俺の場合ゲームや漫画を買ったり、協会の魔道具の費用に使ったり、お土産を用意したりするぐらいで、安上がりな趣味しか今のところないのである。それに、俺的にこの仕事は修行感覚でやっちゃっている部分もあるから、それでお金をいっぱいもらってしまっていることに少し引け目もあった。こういう庶民感覚は、なかなか抜けそうにないかも。

 

 あとあるとすれば、ミルたんへのお給料ってことになるのだろうか。彼は『灰色の魔術師』に正式に所属している訳じゃない、所謂フリーの魔法少女(傭兵)扱いになっている。だから、ミルたんがどこで魔法少女活動をしようと、組織は一切関係ないため、個人の裁量に任せることになったのだ。一応、他の組織には気を付ける様に注意はしてもらっている。

 

 ただ、さすがにそれだと裏の世界に誘った俺が申し訳ないし、彼の契約者として無責任だろうと思い、スポンサー的な立場として彼の魔法少女活動に必要な経費全般を俺が支払うことにした。その代わり、普段のミルたんは謎の魔法少女となって野を駆けているが、緊急時には俺の固有戦力として、時々助けてもらえる契約を交わしたのだ。友達としての関係は、今後も普通に継続することになるだろうけど。

 

 そういう訳で、本当にそれぐらいにしか、お金を使う予定は今のところない状態だった。それに俺は協会にお世話になっている身だし、メフィスト様にはたくさん恩があるし、俺自身はそこまで労力がかかっている訳でもない。それなら、メフィスト様や協会の魔法使いたちのために、使ってもらった方がいいと思った。みんなの役に立ってくれたら、やっぱり嬉しいよね。

 

「えーと、ルシャナ。もしかして、カナくん……相当稼いでいたりするの?」

「……あの毒草の毒の除去だけでも、それなりの金額が飛ぶらしいわ。だから、薬の数は必要数だけ作っている、って前に聞いたの。それを、鮮度を保った状態で丸々使えるようになるなんて、多少依頼料が懸かってもお願いするでしょうね。他にも、除去や摘出が必要なものはたくさんあるから、リピーターの数が今後さらに増えるのは間違いないわ。更に言えば、カナタくんの神器には、他にも応用できる力がまだあります。たぶん、将来的に『灰色の魔術師』の財源の何割かは、彼一人で賄えてもおかしくないかも…」

「……どうかしたんですか?」

「う、ううん! あっ、カナくん。絶対に怪しい人について行っちゃだめだよ! あとこの前、私がお菓子をあげるよって言ったら、ホイホイついてきちゃっていたけど、知らない人には絶対にダメだからねっ!」

 

 いや、確かにお菓子にホイホイつられましたけど、それはクレーリアさんだったからで、さすがに知らない人だったら警戒します。あと俺、もう中学生ですよ。さすがに小学生時代に教えられた、「いかのおすし」ぐらいわかりますから。

 

 

「はぁー、さすがはカナくん。毎回、斜め上に驚かせに来るわね…」

「そして、それにだんだん慣れてくる私たち」

「人をビックリ箱みたいに言わないで下さいよ」

 

 俺は自分にできることを頑張っているだけなのに、なんか理不尽である。とりあえず、さっきまでテーブルに広げていた道具を手に持ち、邪魔にならないように移動させておく。そんな俺の様子を眺めていたクレーリアさんは、ふと俺の部屋の棚の方へ目を向ける。協会の部屋だから、日常で使う物や魔法の道具とかばっかりだけど、女性に部屋の中をマジマジ見られるのは少し恥ずかしい。正臣さん、早く来ないかな…。

 

「やっぱり、魔法使いの組織なだけあって、魔道具が多いね。ちょっと触ってみてもいい?」

「危険なものはないからいいですけど、発動には気を付けてくださいね」

「わかったわ。表向きな理由ではあるけど、魔法の技術について学んでくるために、悪魔の政府から留学生としてここに送られて来たんだもの。色々勉強して、しっかり貢献はしていきたいんだよね」

「魔法は悪魔の魔力を解析して作られたものですから、そもそも魔力が使える悪魔にとっては、魔法は魔力の下位互換と思われていたこともあったそうです。しかし、人間の発想によって、悪魔の魔力では実現が難しい魔法を開発する者や、魔力が低い悪魔にとっての攻撃手段になれる可能性もあります。ここに来て、色々勉強になることは多いわ」

 

 なるほど、二人共勉強熱心なことである。棚の中にある魔道具を覗いては、手に取って調べるクレーリアさんとルシャナさん。一応発動しても、怪我をするような代物はないはずなので、うっかり誤作動しちゃってもそこまで問題にはならないだろう。俺は興味津々に観察している彼女たちに肩を竦めると、仕事道具を簡単に片付けちゃおうと再び手を動かした。

 

「あら、変わった形の魔道具ね。まるでおもちゃみたい」

「本当ね。カナタくん、これはどういった魔道具なんでしょうか?」

「えっ? あぁ、それですか。それ、前に俺の先生が協会に忘れていったものなんですよ。修行の時に隅っこに置いたまま、持って帰るのを忘れていたみたいで、とりあえず俺が預かっているんです。この前、協会で大掃除をしている時に見つかって、今度会ったら返しに行こうと思っています」

 

 クレーリアさんが手に持つ物を見て、簡単にだが説明をする。水鉄砲のような形で、色合い的に見ても子どものおもちゃのような代物。実態は魔道具というより、科学的な技術なのかもしれないけど。道具の効果が効果だったため、迂闊に他者へ使う訳にもいかない、ちょっと困った道具であった。

 

「へぇー、カナくんの先生のものなんだ。これを撃ったら、どうなるの?」

「性転換します」

「――ヒッ!?」

 

 クレーリアさんが引きつった悲鳴をあげて銃を放り投げ、ルシャナさんが全速力で壁際に寄った。二人の反応に、俺は思わず目を瞬かせる。なんだか二人共、すごい冷や汗をかいて性転換銃(試作品)に目を向けている。そこまで驚かれるとは、思っていなかった。

 

「な、なななっ、なんで、そんな怖いものを普通に部屋の中に置いているのかなっ!?」

「銃口を向けられたら怖いですけど、別に引き金を引かなきゃ、何も起こりませんし」

「性転換するんだよッ!? 普通、ありえないから! なんでそんなにあっけらかんとしているのっ!?」

 

 だって、あのアザゼル先生の私物だし。むしろ、性転換銃でそこまで反応されるとは、こっちが驚きだよ。原作でおなじみの道具だったから、この世界にあることにそこまで驚きはなかったんだけど、実は地元民もびっくりの代物だったらしい。そうか、性転換ってありえないレベルだったのか…。

 

 そう考えると、紫藤さんのところへ「少女になりたい」という願いを持ったミルたんを行かせてしまったのは、……やっぱり俺がやらかしたということになるのかなぁー。ミルたんだから、で受け入れちゃっていたので、あんまり深刻に思っていなかったんだよね。あれ、そういえば、この銃の使い道に困っていたけど、もしかしてミルたんのお願いに使えそう? 別に彼は魔法少女になりたいのであって、女になりたい訳じゃないかもしれないけど…。試してみる価値はある? 今度遊びに行くときに、ちょっと試してみるか。

 

 頭の中で次の予定を考えながら、俺はいそいそと落ちた性転換銃(試作品)を拾い、一応彼女たちの目に入らない棚の奥に入れなおしておく。それにホッとするクレーリアさん達は、何故か俺に畏怖が籠った目を向けてきた。大した事は、何もしていないんですけど…。俺の場合、相棒がいるから状態変化系の能力は無効化できるし。

 

「ふぅ、ごめんごめん。つい取り乱しちゃった。改めて何か良さそうな魔道具は、……あっ、カナくん。この可愛らしいコンパクトみたいなのは?」

「それですか? 知り合いから、クリスマスプレゼントだってもらっちゃった魔道具です。えーと、確か『ミルキーマジカル☆スタンドアップ』」

「みるきーまじかる、すたんどあっぷ?」

「――ってそれを持ちながら言うと、自動で魔法少女に変身しま……あっ」

「えっ、……うそォォッ!?」

 

 ミルキー魔法使いさん達から、これでいつでもどこでも魔法少女になれるよ、と魔法少女の変身セットをもらってしまったのである。あの粛清事件の時に着た、ミルキー衣装と杖がコンパクトの中に収納されていて、さらに魔法の力で伸縮自在なので、成長してもぴったりフィットするらしい恐ろしい仕様。あんなにもキラキラした笑顔で言われたら、さすがに断れないし、捨てるのも気が引けたので、部屋の中へ置きっぱなしにしていたのだ。

 

 その封印が、うっかりで解かれる。クレーリアさんは慌ててコンパクトを投げ捨てようとしたが、それよりも早くキラキラエフェクトが巻き起こり、彼女の身体を包み込んだ。傍で見ていたルシャナさんが、涙目で震えている。クレーリアさんの見事なプロポーションに、ハートマークの光の粒子が溢れ出した時、俺の部屋の扉がノックされ、ガチャリと開かれた。

 

 

「ごめんみんな、遅くなっちゃってっ! クレーリア、ルシャナさん、お久しぶりで……」

 

 そして、抜群のタイミングで部屋に入ってきた八重垣正臣さんの目の前に、突如一人の魔法少女が現れる。灰色の髪が二つに束ねられ、紅色の衣装に包まれた彼女は、マジカルステッキを片手に呆然と立ち尽くしていた。というか、もう泣きそうになっている。正臣さんは、そんな変身した恋人の姿を見て。

 

「紫藤さん、天国(エデン)はここにありました…」

 

 勢いよく鼻血を噴き出し、出血で意識が朦朧としたのか、幸せそうな顔でそのまま扉の後ろへと倒れ込んだ。俺の部屋の前が、殺人現場のような血まみれに…。あまりの出来事の連続に、誰もが動けずに立ち尽くすしかなかった。

 

「……事件なのです? こういう時、現場を保存するのが大切だと日本の漫画で見たのです」

「いや、正臣さん生きているから。事件現場の保存と、氷を出して物理的に保存するのは違うからねっ! ラヴィニア、杖を下ろして! 神滅具で凍らせたら、さすがに正臣さんが永眠しちゃうよッ!?」

「……ひっく、えぅぅッ…、ふえぇぇぇ……」

「だ、大丈夫よ、クレーリア! まだ年齢的にセーフだと思うから、傷は浅いわっ!」

 

 みんなと一緒に俺の部屋で過ごすために、正臣さんの後ろからくっ付いてきていたラヴィニアの無差別氷姫(ディマイズ・ガール)宣言に、全力ストップをかけるために奮闘する俺。そして、意識が戻ってきたクレーリアさんは羞恥の限界が訪れたのか泣きだしてしまい、ルシャナさんがクレーリアさんの肩を掴んで、励ましと一緒にもらい泣きをしている。果てしなくカオスだった。この事態に気づいて、様子を見に来てくれたメフィスト様の引きつった顔が、印象的でした。

 

 ちなみに、俺の部屋に入る時は迂闊に物には触らないことが、みんなの共通認識となってしまった。俺、そんな危険物を扱っている訳じゃなかったんだけど…。運やタイミングが悪かったのもあるが、やっぱり先生とミルキー関連が全ての混沌の元凶だと思いました。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日のお子様たち 日常編』

 

 

 

「あっ、イッセーくん! 今日はママがね、きょーかいの集いでクッキーを焼くみたいなの。よかったら、あとで一緒に食べよ?」

「えっ、本当に? イリナん()のおばさんのりょーり、すごくおいしいもんな。絶対に行くっ!」

「うん、ママに言っておくね」

 

 小学校の下校時刻となり、ピカピカの黒いランドセルを背負った兵藤一誠は、同じく赤いランドセルを背負って傍にやってきた少女の言葉に元気に返事を返す。それに嬉しそうな笑顔を向ける幼馴染の姿を目に映すと、やっぱり随分変わったよなー、と心の中で思った。

 

 去年までは同じ男だと思っていた友達は、まさかの異性だった。しかも小学校に入学してから、ズボンからスカートに変わり、栗色の髪も後ろに一つ括りしていたものから、横に二つ縛りになっている。さすがの一誠少年も、この姿を見れば幼馴染が女の子であったことに納得がいく。クリスマスの日に、来年はサンタを襲撃してプレゼントをたくさんもらおう! と提案して、約束してしまうアグレッシブ女子ではあるが。

 

「それにしても、イリナ少しだけ変わったよね。木登りもあんまりしなくなったし」

「木登りはもうそつぎょーしたの! す、少しは女の子らしくなった方がいいかな、って思ったんだもん」

「体育のドッジボールで、相手コートを全滅させる女の子…」

「あれは、相手が弱かったの!」

「男の子に喧嘩をいどんで、一発KOさせる女の子…」

「だって、女の子にひどいことしていたもん」

「拳で語っては仲直りさせ続けて、一年のガキだいしょーに見事になった女の子…」

「ミルたんさん直伝の愛の拳だよ!」

 

 女の子らしくって何だっけ? と思いながらも、一誠少年はとりあえず頷いておく。ちなみに、彼女のお母さんは何回か小学校に呼び出され、一誠は彼女のフォローに回ることが日常風景になっていたりする。伊達に幼い頃から紫藤イリナの幼馴染をやっていないので、やっぱりイリナはイリナだな、と普通に本人は納得していた。

 

「でも、どーして女の子らしくなろうと思ったの?」

「えっ、だって、その方がイッセーくんにいいって…。ママがそう言っていたからで……」

「ふーん? そういえば、おじさんの病気のちょーしはどう。まだ帰って来れない感じ?」

「あっ、うん。でも、前にお手紙が来たんだよ。私もお手紙にイッセーくんや学校のことを書いて、あとパパの代わりにミルたんさんと駒王町の平和を守っているよ、って教えてあげたの。この前は、ですとろい? こーこうの人達が悪いことをしていたから、愛の拳でてんちゅーしたんだ」

「へぇー、まほうしょーじょの拳ってやっぱりすごいんだなぁー。まぁ、イリナが元気でやっているって、きっとおじさんもわかってくれただろうね」

 

 なお、そのおじさんは、娘の手紙に治りかけの胃を追撃され、吐血したらしい。彼が駒王町に戻って来れる日は、まだ先のようである。

 

 ちなみに、奏太の説得で魔法関係や裏関係に子ども達は関わらせない約束を、ミルたんはちゃんと守っている。だから、彼は魔法少女の衣装を着ながらも、駒王町の表の治安維持を拳のみできちんと行っていた。今のところ、子どもたちには「まほうしょーじょって、すげー」の影響ぐらいでなんとか収めている。これで収めているのであった。

 

 

「うん、そうだといいな。パパがいないのは寂しいけど、……でも大丈夫っ! だって、イッセーくんが『俺がイリナの傍にずっといてやる』って約束してくれたもん」

「……だってあの時、イリナ泣いていたじゃん。だから、俺が一緒にいれば、少しは寂しくなくなるかと思って」

 

 紫藤トウジが海外の医療施設に移ることになった時、当然紫藤イリナは大泣きした。そして、家を飛び出した彼女を一誠が見つけ、彼なりに必死に慰めたのだ。大好きな祖父曰く、「女は強いぞ。俺もばあさんの尻に敷かれまくったからなぁー。……だけどな、ずっと強い訳じゃない。いいか、イッセー。女が弱っている時こそ、男が守ってやらなきゃいかんぞ?」とイリナに振り回される孫の頭をぐしゃぐしゃに掻き撫でながら、告げられたことを思い出した。

 

 ついでに、「あの子は、きっと将来いいおっぱいになる。大事にしなさい」とせっかく良いことを言ったのに、台無しにするのが一誠の祖父であるが。その後に、「孫に何を教えているの」とおばあさんに軽く頭を叩かれるまでが、兵藤家のテンプレであった。

 

 笑顔で告げられた新しい約束に、頬を赤らめる幼馴染の少年を見て、少女は嬉し気に目を細める。栗色の髪を揺らし、くるりと振り返ったイリナは、早く家に帰ろうと一誠の手を引いた。それに笑って、子ども達は一緒に並んで、帰り道を歩いて行くのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。