えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八十二話 予定

 

 

 

「あぁー、もうすぐ地獄の夏休みがくるよぉ…。どうしよう、俺、今年も無事に生きて帰ってこれるのかなぁ……」

「カナくんが送ってくれたロボットアニメは全て視聴しましたし、あの方の協力もあって、知識や指導などはいただけました。しかし、前回のように果たしてタンニーンさんへ通用するのでしょうか…」

「夏休みがくることにわくわくする子ども達はたくさん見てきたけど、ここまで夏休みがくることに憂鬱な声を出す子ども達を見ることになるとは、お姉さんびっくりだよ」

 

 穏やかに季節は流れ、気づけば日差しがだんだんと眩しくなってきたこの頃。夏休みは裏側の用事で使うため、GW(ゴールデンウィーク)や休みの日の間に、親戚やばあちゃん家に顔を見せたり、師匠に会いに行ったり、魔王様とゲームセンターへ行って、歴代の最高記録をまさに魔王の所業のごとく塗り替えていく姿を呆然と見たり、色々としたなぁ…。その後に、修学旅行を楽しんできた姉の話も聞き、それなりにイベントはあったものの平和な毎日を過ごしてきたと思う。

 

 ちなみに、アジュカ様のところへ行ったときには、あの事件のお礼として俺からハンカチと最高級菓子、メフィスト様から一緒にとお願いされた超高級ワインを頭を下げてお届けしました。微妙に遠い目をされながら、受け取ってくれたなぁ…。本当にご迷惑をおかけしました。魔王様とは、『概念』を焦点に置いた修行をすることになり、『概念の書き換え(リライト)』を使いこなせるように指導をしてくれている。

 

 魔王様曰く、正式に弟子を取るのは初めてのことらしい。確かに、彼の能力である『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』は、概念に干渉できる彼にしか使えない絶技だ。サーゼクス様の能力も隔絶した力を持っているけど、『バアル家の滅びの魔力』が基礎としてあるため、血縁者なら使える可能性が高い。だが、アジュカ様の力は、アスタロト家といった血の力が一切関係ないため、誰にも真似ができないのである。

 

『サーゼクス以外、俺と同等の領域に足を踏み入れられる者はいなかった。まさか、人間から疑似的にとはいえ、俺の能力を継承できるかもしれない者が現れるとはね』

 

 そう言って、小さく肩を竦めて笑っていた姿を思い出す。その後、「アジュカ・ベルゼブブの後継者とでも、これからは名乗ってみるかい?」と含み笑いで告げられた内容には、全力で首を横に振ったけど。そんな恐れ多い事を、人間の俺に言わないでくれませんか。物理的に寿命が縮む未来しか見えませんので。こんな感じで、魔王様との不思議な関係は今後も続いていきそうです。

 

 

「今年もいつもの赤龍……朱炎龍(フレイム・ドラゴン)さん達のところでお世話になるのかな?」

「えっと、最初の数日はそうみたいですね。私も去年の卵さんが無事に孵ったと聞いて、会ってみたいですし、子どものドラゴンさん達にもご挨拶したいのですよ」

 

 それで、いつものみんなで俺の部屋に集まって駄弁っていたら、たまたま夏休みの話になったのだ。クレーリアさんが作ってくれたお菓子を食べていた俺とラヴィニアの目が、その単語を聞いて自然と遠くなる。去年から特大のフラグを打ち込まれてしまった俺達にとって、夏休みは禁句になっていた。絶対に大変な目にあうことは決定しているんだから、それまでは現実逃避したいのだ。

 

「ふーん。あいつら、またデカくなっているんだろうなぁー。……人間と遊ぶ時の手加減とか、そろそろわかってくれているのだろうか」

「……まだまだやんちゃ盛りですからねー」

 

 ラヴィニア、その解答ってつまり、遠回しに諦めろってことだよね。俺、またドラゴン的に遊ばれることは確定ですか。一年間修行してきたとはいえ、俺だって痛いのは当然遠慮したい。だけど、どうせ俺の先生達は容赦してくれないんだろうなぁ、とガクッと肩を落とした。ドラゴンや堕天使に関わるとだいたいひどい目にあい、大悪魔様の傍が一番安全なのだ。俺、『灰色の魔術師』の所属で心から良かったと思う。

 

 部屋のテーブルに俺は上半身を力なく倒れ込ませ、刻々と近づいてくる夏休みへのカウントダウンに、思わず溜息が出てしまった。どんよりとする俺とラヴィニアの様子に、頬を引きつらせるクレーリアさんと正臣さん。メフィスト様曰く、何故か半年以上も前から龍王様が俺達への修行メニューを考えてくれているらしい。タンニーンさん、何でそんなにもやる気満々なの? 飲酒量が増えた八つ当たりとか、入っていないですよね? 前に魔方陣からお礼の言葉を届けた時、「夏休みが楽しみだな…」とすごく邪悪な笑みを見せたことを俺は忘れない。

 

 

「えっと、確か最上級悪魔でドラゴンの王であるタンニーン殿と冥界で修行するんだっけ? メフィスト会長の『女王(クイーン)』という繋がりがあるのはわかっているけど、相変わらずすごいお方とすごいことをしているよね。奏太くんって」

「……正臣さんも来ますか? 修行ですので、強くなれますよ? 一緒にドラゴンと鬼ごっこをしましょう」

「ねぇ、奏太くん。それって、善意によるお誘いなのかな。それとも、自分への被害を分散させたいというか、生贄を増やしたいという魂胆はないよね?」

 

 なんということだ、あの騙されやすい正臣さんに疑われた。魔法使いの協会に来て、偏屈な魔法使いたちに揉まれまくったおかげなのか、彼もレベルアップをしているようだ。確かに被害分散的な目的で言ってみただけだけど。子竜の相手を半分でも受け持ってくれないかな、とか考えちゃっていたけど。でも、ちょっぴりの善意はあるよ。とりあえず俺は、いい笑顔でビシっと親指を立てた。

 

「もちろん、善意『は』ありますよ。正臣さんが強くなりたい、って知っていますからね!」

「あっ、そっか。ごめんね、疑っちゃって」

「正臣、このカナくんの笑顔は確実に、被害分散の目的が大半の誘いだって私でもわかるよ。こういう時のカナくんは、すごく強かだから気をつけないと。疑うことも、時に大切だよ?」

「何より、人間が冥界に行くのはおすすめできません。私やカナくんのような異能がないと厳しいのですよ。カナくん、気持ちはわかりますができないお誘いをするのは、感心しないのです」

『すみませんでした』

 

 女性陣からダメ出しを受けてしまった。クレーリアさんはさすがは悪魔として人の感情に敏感だからか、俺の冗談をあっさり看破する。正臣さんって戦闘中の駆け引きや悪意の嘘には引っかからないのに、こういった冗談にはよく引っかかる。教会時代も、その性格でよく仲間内で揶揄われていたそうだ。今はクレーリアさんがいるから、色々見極めてくれるらしいけど。

 

 学生である俺は夏休みがあるけど、駒王町組はいつも通りにお仕事をすることになる。正臣さんの下っ端根性がだんだんと認められてきたのか、彼は仕事に精を出すみたいだし、クレーリアさん達は魔導具の勉強をするそうだ。ベリアル家の持つ『無価値』の能力には、相手の特殊な能力を一時的に消し去る力がある。呪具や曰く付きの道具を調べる時、色々と役に立つらしい。俺の『消滅』の力と似ているから、工夫のしがいもあるのだろう。

 

 ちなみに、正臣さんの転生相談に関しては、メフィスト様にも時々話を聞きながら考えている。クレーリアさんにも少し前に転生のことを伝え、一緒に勉強を頑張っているらしい。転生する意志は彼の中でそれなりに固まったようだが、人間の内にできることはやっておきたいのだそうだ。

 

 例えば、原作で京都に修学旅行へ行くための手続きが大変だったように、人間なら問題なくても、悪魔になると入れなくなる一部地域はある。そういったところを改めて回ってみたり、調べ物をしたり、聖水のストックを予め作っておいたり、今だからこそ出来る準備を進めていた。

 

 

「ははっ、まぁ例え行けたとしても、今回は遠慮しておくよ。さすがに立場が不安定なうちに、冥界に長期間いるのは厳しい。それに奏太くんのおかげで、『仙術もどき』の感覚も少しずつわかってきたから、こっちでその修行を頑張ることにするよ」

「あぁー、アレ、本当に大丈夫ですか? 毎回相棒でオーラをちょこっと消しては、ぶっ倒れて吐いてましたけど」

 

 あと、人間の内に出来ることの一つに、仙術もどきの修行もあったりする。悪魔よりも人間の時の方が、おそらく感じ取りやすいとメフィスト様に言われ、それを習得するために正臣さんは『オーラの消滅』を時々受けていた。たぶん、悪魔になると『魔力』という要素が外から加わるから、内にある力を引き出すのがさらに困難になるからだろう。悪魔に転生する前の能力は、そのまま継承されて転生できるし。

 

 以前、正臣さんとの修行の時に不意打ちの警戒について話をしたことを思い出して、アザゼル先生に『仙術もどき』のやり方を正臣さんに教えてもいいか尋ねたのだ。それに先生は、「まぁ、いいんじゃね。戦闘センスや技術はあるようだし、頑丈そうな人間みたいだからな。実験の検証データはあるに越したことはない」とあっさりと許可を出してくれた。先生、正臣さんを研究者視点で見ていないですよね。メフィスト様の眷属になったら、色々と付き合わされそうな未来がちょっと見えた。

 

「仙術もどきの修行中は、私が必ず正臣の傍にいるからね。危なくなったり、悪い気を取り込んだりした時は、すぐに『無価値』の力で消せるようにしているよ」

「クレーリアが傍にいないと、安全に使用するのがまだまだ難しくてね。自分の気と外から取り込んだ気の区別がわからなくて、よく混乱するから」

「あぁー、なるほど。俺の場合、相棒が外の気だけを選別して消してくれるからなぁ。神器を通して感覚を伸ばせば、集中もしやすいですし」

「カナくんの神器さんは、やっぱり頑張り屋さんですねー」

 

 先生から、「神器を過労死させる気か」とツッコまれるレベルみたいだからね。いつも感謝しています。俺の場合、俺以上に俺の身体や精神、魂などに敏感に反応する相棒が常にいるから、どうしても頼りにしてしまうのだ。間違いなく、相棒がいなかったら俺は何もできない自信がある。まぁ、『神器がなくなる=死』という、一蓮托生のものだから、相棒が消える心配だけはしなくていいのは助かるけど。

 

 ちなみに俺は、相棒のおかげもあって、仙術もどきで取り込んでしまった悪い気をさっさと消してくれるため、人間でありながらほとんどノーリスクで術が使える。さすがに仙術の知識がないため、気配察知やオーラの流れを感じるぐらいにしか、現在適用できないけど。それでも便利だから、日常的に使っていることも多い。

 

 今のラヴィニアの言葉を聞いて、「相棒にあんまり頼らないで、自分で頑張った方がいい?」とちょっと心の中で神器に問いかけてみると、「無駄な努力」的な結構辛辣な思念を受け取る。いや、事実だけどさ…。容赦なさすぎて、泣くぞお前。すると、「今まで通りで問題ない」的な思念も受け取った。なんだかんだでフォローも入れてくれるので、やっぱりツンデレなんだろうか、俺の相棒は。

 

 

「あっ、そうだ。次にカナくんに会えたら、話しておこうと思っていたことがあったんだった。ねぇ、カナくん。夏休みの前に、一日ぐらい時間は空いているかな?」

「時間ですか? 一日ぐらいだったら、大丈夫ですけど」

 

 ほのぼのとした時間を過ごし、それぞれの仕事の進行状況について話していたら、クレーリアさんが何かを思い出したように声をあげた。その内容に俺は少し首を傾げるが、問題はないので頷いておく。俺の返事に彼女は笑顔を浮かべると、嬉しそうに報告をしてくれた。

 

「実はね、ディハウザー兄様のご予定がようやく空きそうなの。去年のストライキから、ずっと予定が詰まっていて大変そうだったんだけど、やっと一息つけそうだって。それで、メフィスト会長にお兄様から話をして、人間界へ私に会うという名目で、ここに足を運べるかもって話をしてくれたの」

「えっ、本当ですか。でも、レーティングゲームの王者が人間界に来て、大丈夫なんですか?」

「うん、だから非公式みたい。一応、魔王様や上層部に許可はもらうし、こちらに迷惑はかけないようにするって」

 

 クレーリアさんから告げられた内容に、俺は驚き、そして嬉しさに思わず笑みを作る。ディハウザーさんとは、あの火龍の巣での会合以来、直接会うことはできなかった。通信でなら何回かあったけど、やっぱり冥界のヒーローとなった彼の仕事はとんでもない量になってしまったらしい。半年以上経って、ようやく休暇が取れそうな忙しさって、人気者すぎるのも大変だとしみじみした。

 

 冥界でのストライキや交渉、そして今後もヒーローとしてゲーム改革をしてもらうなど、彼には本当にお世話になり、助けてもらえた。ディハウザー・ベリアルという悪魔がいなければ、古き悪魔達から俺は友達を救うことができなかった。彼は冥界のヒト達や俺自身にとって、一番のヒーローなのだ。お礼だって改めて言いたいし、色々な話もしたい。

 

「……あぁ、そっか。お義兄さんとついに、直接対面するんだね…」

「正臣さん、通信でディハウザーさんと話はしたんですよね?」

「したよ。もう土下座したよ。必死に謝ったよ。お礼も言ったよ。クレーリアの良さについて、一時間ぐらい語り合ったよ!」

 

 正臣さん、意外に神経図太いですね。ディハウザーさん、お休みがあんまり取れないはずなのに、クレーリアさん語りならバッチコーイなのか。皇帝は二人の仲を認めてくれたけど、兄としてはそれはそれ、これはこれな部分も当然あるだろう。そこは、頑張ってください。

 

 

「えっと、そういうことなら。俺もディハウザーさんに会いたいので、予定を空けておきますね」

「うん、ありがとう。……それと、あともう一個。お兄様からね、カナくんに聞いてほしい事があるみたいなの。ベルゼブブ様とメフィスト会長には事前に話をしたんだけど、カナくんの意思に任せるって」

「えっ、俺の意思?」

 

 クレーリアさんのどこか戸惑うような口振りから、彼女も少し困った内容なのかもしれない、と察した。とりあえず、続きを聞こう、と頷いて話を促す。すると、どうやらディハウザーさんのストライキに対して、疑問を持った悪魔(プレイヤー)がいたようで、その人物の協力を得るためにある程度の真実を話すことに決めたらしい。その時、ディハウザー・ベリアルを唆した黒幕に会ってみたい、とその悪魔から要望があったそうなのだ。

 

「黒幕って、おい…。その悪魔さん、色々勘違いしていません? 実際に頑張ったのはみんなで、俺はみんなにお願いをしに行っただけなのに」

『…………』

 

 ねぇ、なんでみんな突然無言になるの? 確かに、あの騒動を引き起こした原因は俺かもしれないよ。ディハウザーさんのやる気スイッチを、うっかりで押し抜いちゃった気もするよ。駒王町の教会勢力を、うっかりで阿鼻叫喚な目にあわせてしまったかもしれないよ。

 

 でも俺、マジでストライキをやってほしいとお願いして、泣きながら魔法少女をやっただけである。それで黒幕とか言われても、困惑するしかない。むしろ混沌具合が増した最大の原因は、大人組の悪ノリもあった、と声を大にして言いたいと思うんだ!

 

「えーと、それでねっ! その方はゲームの革命を進めるお兄様の参謀として、今後も協力していくみたいなの。だからお兄様から連絡で、もしカナくんがいいのなら、そのヒトに会ってもらえないだろうかって。無理強いはしないから、嫌なら断ってくれてもいいんだけどね」

「クレーリアさん。今、露骨に話を変えましたよね」

「とにかくです。魔王さんとメフィスト会長がカナくんの判断に任せたということは、魔王や魔法使いの関与といった、あの事件のかなり深いところまで相手はすでに知っているのでしょう。だから、カナくんの好きな方を選んでいいと思いますよ」

 

 友達からの話題の方向転換に、ちょっと納得いかない部分もあるが、しぶしぶ受け入れる。どうせ黒幕疑惑とか、俺を見ればただの勘違いだったって、すぐに払拭されるだろうしな。それにしても、その悪魔さんと会うか会わないかは好きに選んでいいって、いきなりそんなことを言われてもなぁ…。俺は頭を掻き、とりあえず考えを巡らせてみる。

 

 あのストライキの時点で、その悪魔さんはディハウザーさんの行動に違和感を持ち、交渉をしながら協力関係を築いたらしい。皇帝や魔王や理事長から許可を得て、改革の参謀としてあの古き悪魔達と戦うことを選んだのなら、信用もできるのだろう。確かに、ディハウザーさんと不正組だけが中核では心配だし、同じ志を持つ優秀な仲間が必要なのは当然か。

 

「ちなみに、その方は誰なんですか?」

「リュディガー・ローゼンクロイツさんよ」

「えっ、マジで!? 会えるのっ! だったら、サインが欲しいッ!」

 

 好きな方を選んだらいい、って言われたから即答したのに、みんなから生温かい目で見られた。なんとなく、理不尽だと思いました。

 

 

 

――――――

 

 

 

「アザゼル、とりあえずいくつか服のサイズを用意しましたが、どれを届ければよろしいでしょうか」

「おっ、わりぃな、シェムハザ。うーん、あいつどっちかというとチビだから、小さいのでいいんじゃね」

「確か、中学生ですよね。身長だってこれから伸びていくと思うので、一回り大きいものの方がいいと思いますよ。その方が、後々の採寸もしやすいでしょうから」

「……聖書に載っている堕天使の幹部なのに、そういう細かいところを気にするから、みんなから陰でオカンなんて呼ばれ――」

 

 そこまで軽口を言いかけたアザゼルへ、シェムハザはにっこりと微笑みを浮かべた。

 

「おや、それでは私たちもいい年ですので、今後は健康と予算を考えて、グリゴリ内での飲酒量の規制にでも精を出してみましょうか」

「申し訳ありませんでした」

 

 聖書に載っている堕天使の総督様は、副総督様へ向けて一片の迷いなく頭を下げて謝罪をした。この友人は、やると決めたからにはやる。そして、その結果みんなから怒られるのは、規制をするシェムハザではなく、彼を怒らせたアザゼルになるのだ。プライベート時のヒエラルキーは、あまりにも無慈悲だった。

 

 そんな上司を見ながら、シェムハザは仕方なさげに肩を竦めると、手に持っていた服をテキパキと選んでいく。彼が手にしている服は、青を基調とし、藤色の袖に黒地の身頃(みごろ)という、学校の制服のようにも見えるが、一般の制服のデザインとは少々逸脱したもの。一見コスプレのようにも見え、どこかの特殊機関の制服と言われた方がしっくりきそうな服であった。

 

 シェムハザはズボンと合わせて二着ほど選び、ワイシャツと一緒に丁寧に紙袋へと詰めていく。それを頭を掻きながら眺めたアザゼルは、待っている間仕事でもするか、と書類に自ら手を伸ばす。こちらの我儘を聞いてもらっているのだから、多少は仕事で返すべきだろう。

 

「そういえば、『神の子を見張る者(グリゴリ)』に人間が来ることを不審に思われないように、こちらの制服を用意しましたが、その子は『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』のことを知っているのですか?」

「あぁー…。たぶん、知らねぇと思うぞ。こっちの組織のことは、あんまり教えていないからな」

「でしたら、制服を渡す時にでもちゃんと説明してくださいね。他組織の者を堕天使の組織に招くなど、本来ならあり得ないことです。その子には、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとしてではなく、『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の生徒という架空の身分で、ここへ招くことになっているのですから」

 

 呆れたような目で忠告を述べるシェムハザへ、アザゼルは溜息を吐きながら頷いてみせた。魔法使いの協会の理事長であるメフィスト・フェレスとアザゼルの交友関係は、当然ながら公にされていない。メフィストと繋がっていることを知っているのは、幹部の中でもさらに少数なのだ。そのため、メフィストの預かりという名目で、奏太を連れてくることが難しかったのである。

 

 そこでアザゼルは、堕天使の組織が管理している施設――『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の名を借りることにしたのだ。グリゴリが保護した神器所有者の少年少女達が集う学び舎。裏の世界の学校もどき、とも呼ばれる場所であった。対外的には奏太をそこの生徒の一人だと思わせ、神器を詳しく調べたいからと学び舎から組織に呼び出した、という風に見せることにしたのだ。

 

 多くの堕天使は、人間など気にかけていない。神器学校の制服を着ている子どもがいる、とは思っても、関わり合いになろうとは思わないため、すぐに記憶から消えてしまうだろう。本当に『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の生徒なのか、とわざわざ調べるような者もいない。奏太の身分を誤魔化し、自分達の組織の人間だと認識させる二つの役割を果たせると考え、二人は制服の準備をしたのであった。

 

 

「……倉本奏太くん、でしたか。メフィスト・フェレスの秘蔵っ子であり、半年前にあなたが手を貸したという少年の名前は」

「ん、あぁ。前に話した通りだ。俺はちょいと手を貸しただけに過ぎないがな」

「悪魔と聖職者の恋ですか」

「収穫はあったぜ。悪魔……少なくとも、魔王側は三大勢力との和平をすでに考えている。そうじゃなきゃ、その二人をわざわざ協会にまで預けて、安全を確保する理由がないからな。昔の四大魔王共は話し合いなんてできそうになかったが、現魔王連中は話がわかりそうだ」

 

 半年前の駒王町事件の全容を、アザゼルは副総督であるシェムハザだけには話していた。彼は、自分が最も信頼する右腕であり、長年連れ添ってきた親友である。そして、彼自身も悪魔の女性と秘かに情を通じていた。さらに言ってしまえば、この堕天使の組織を実質的に回しているのは、彼だろうと断言できるほどに、仕事ができる人物であったからだ。

 

 アザゼルが総督として組織をまとめられるのも、フォローが上手い副総督がいるからである。そのため、さすがに今回の独断の結果を彼に説明しない訳にはいかなかった。なんせあの事件は、三大勢力全てに影響を与えた、と言ってもいい出来事だった。その中でも、悪魔社会は特に大きな変貌をすることになっただろう。

 

「悪魔側は今、新しい時代に向けた大きな変革期が訪れようとしています。同じ冥界に住む堕天使が真っ先に、それを敏感に感じ取ることになるでしょう」

「だから、お前には話しておいたんだよ。悪魔側が騒がしくなれば、こっちも少なからず影響を受ける。本格的に和平へ向けて行動をするのなら、悪魔側の変化で揺れるこの時期に乗り遅れる訳にはいかねぇからな」

「……変わられましたね。最初の頃は、あなたが趣味を楽しむ時間を削って、仕事や下への関わりを増やすなんて、アザゼルに優しいミカエルぐらいあり得ないことだと思いましたよ」

「おい」

 

 その例えはさすがにひどいだろ、とアザゼルのこめかみが引くついた。人格者として有名なミカエル様が、唯一容赦なく毒を吐くのはアザゼルだけだった。アザゼルがまだ天使であった頃からの因縁の仲である。ちょっと自分に優しく笑いかけるミカエルを想像してみたら、総督様の腕に蕁麻疹が出来た。ちゃんと仕事をしたのに、全く褒められている気がしなかった。

 

「ヒトがせっかくやる気を出して頑張っているっつうのに、何て言い草だよ…」

「ふふっ、すみません。……きっかけを作ってくれたその少年には、私も感謝しているんですよ。今のあなたは、以前に比べてどこか生き生きとしていますから」

「別に…。俺はただ、……またあんな風にみんなで麻雀をしながら、楽しく馬鹿騒ぎがしたいと思っただけだよ」

 

 それには、和平が一番の近道だと改めてわかっただけだ、と気恥ずかし気にそっぽを向くトップに、シェムハザは柔らかな微笑みをつくる。あの麻雀大会は、混乱中の悪魔領を刺激しないための堕天使側の足止めが目的だった。しかし、アザゼルやシェムハザにとっては、自分達が目指すべき未来の一欠けらに見えたのだ。時間はかかるだろうが、少しずつでも変わっていけるように、諦めずに手を尽くす道を彼らは選んだのであった。

 

 

「さて、雑談はここまでにしましょう。服の件と一緒に、ご報告したいことが一件あります。アザゼル、あなたに探す様に頼まれていた例の神器が見つかりましたよ」

「――ッ! アレが見つかったのか!?」

 

 ガタリッ、と音を立てて椅子から立ち上がったアザゼルは、待ち続けていた報告を聞き、驚きに目を見開く。約一年ほど前から、シェムハザを通して捜索するように伝えていた、とある神器の存在。剣呑な光を宿した赤い瞳が、シェムハザへ続きを促す様に真っ直ぐに見据えられた。

 

「えぇ…。数日前に発見できたようで、所有者の保護にも成功しました。その時に、能力の効果も密かに調べることができたのですが……」

「問題でもあったか」

「……逆です。何も問題がありませんでした。残念なような、安心したような心持ちですが、結果的に例の神器は、『既存の枠』を超えることがありませんでした。もちろん、今後も経過を見ていくように努めますが、現時点では危険性を感じることはできません」

 

 既存の枠を超えなかった。シェムハザから告げられた内容に、アザゼルは肩の力を抜くように深く息を吐き、疲れたように先ほどまで座っていた椅子へと身体を倒す。この報告によって、少なくともいくつかの懸念は解消された。それと同時に、新たな疑念も生まれたことになるが。

 

「しかし、そうか。アレは元々量産型の神器だったから、同じ時代に複数個存在する可能性があると考えて、奏太の神器を知ってからすぐに捜索をしていたが…。かなり希少な能力だから、他にもいれば手元に欲しかったんだけどなぁ。まっ、『概念消滅』なんて危険な力が、ポンポンと出現するなんて悪夢にならなかっただけよかったと思うべきか」

「今のところ、新たな所有者は『物質消滅』の能力のみ発現できるようです。また、『概念』に干渉できるのかをこちらから指示しましたが、『やり方が分からない。できる気がしない』と困惑していたようでした」

「できる気がしない、か。神器所有者特有の勘かもな。宿主の思いや価値観、発想も必要だが、神器は魂を封印されているものを除けば、基本的に己の性能を宿主へ伝えるものだ。出来る範囲、出来ない範囲も含めてな」

 

 アザゼルはとある可能性を考慮し、一年前に知った神器の所有者の捜索をシェムハザに指示していた。倉本奏太が所有する神器、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』。『概念消滅』という、本来の能力とは逸脱した新たな力を持つ神器。その能力の危険性は、ある意味奏太が色々やらかしてくれたおかげで、十分に理解している。ただ幸いなことに、彼を保護しているのが偉大なる大悪魔(保護者)様であったため、悪用や敵対の心配はしなくてよかったことだろう。

 

 問題は、彼以外の所有者の存在の有無だった。神をも滅ぼすことが可能とされる神滅具は、一般的な神器とは外れた特殊な力を持っている。それ故に、各勢力は神滅具の所有者の動向を常々監視してきたのだ。しかし、その稀有な能力だからこそ、持ち主が所持しているか、または「生きている」限り、同じ能力を持つ神滅具は同時代に複数個存在しないとされていた。

 

 ところが、奏太の持つ『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は、一般神器のカテゴリーに入る代物とされ、決して珍しくない神器だったのだ。それも、同じ時代に複数存在していてもおかしくないほど、ありふれた神器の一つ。それにアザゼルが危機感を抱いたのは、当然の事であろう。もし、あの『概念消滅』が神器そのものの変質だとしたら、奏太のような能力者が複数誕生することと同意なのだから。それ故に、アザゼルはメフィストに許可を取り、シェムハザには神器のことを伝え、最優先で探させていたのだ。

 

 

「ふぅ、とりあえず、報告ご苦労だったな。念のため『消滅の紅緋槍』の所有者は、今後も優先的に捜索してもらうことになるが、危険度が多少下がったのは朗報だろう」

「逆に、倉本奏太くんの神器の謎が深まった、とも言えますね。『物質消滅』という単一の能力の神器に、『概念消滅』という新たな力が加わった。『二種類以上の能力をあわせ持つ』という特徴は、神滅具(ロンギヌス)によく見られるものです」

「俺の中でアレは、もう準神滅具級とは考えているぜ。奏太の能力自体は、神なんて殺せもしねぇまだまだ発展途上なもんだが、一般の神器と神滅具を隔てる力の片鱗はすでに見せているからな」

 

 疲れたように告げるアザゼルの言葉に、シェムハザは思わず口を噤んだ。今世は今までの時代に比べ、神滅具の発見や特定が難航している中、まさか現在確認されている十三種の特別な神器に次ぐ、新たな準神滅具級が現れたかもしれないことに、無言で眉根を寄せた。

 

「アザゼル。一般の神器と神滅具を隔てる壁、とはいったい…」

「可能性」

「えっ?」

「神滅具は言い換えれば、『可能性の塊』なんだよ。所有者の意思や想いを『全て』汲み取り、それを実現させるために神器が進化したり変化したりすることで応え、新たな力を持ち主に与える。それが、神滅具の最大の特徴だ。だいたいのやつは、強い能力ってところだけに注目するが、そんなもん強さの一部でしかない。俺が長年神器を研究しているのだって、この可能性に興味が尽きないからだからな」

 

 メフィストからの報告で知った奏太と神器の関係は、あまりにも神滅具の特徴と似ていた。駒王町の事件に介入していた時、奏太は目の前の困った状況を打破するために、様々な新しい能力を神器にお願いし、それを槍さんは必死に叶えてきたのだ。奏太はなんとなくで無自覚にやらかし、神器は宿主のために頑張り過ぎるが故に、というひどい背景だが。それでも、彼らは結果としてこの世界に示してみせたのだ。

 

 奏太が開発した『概念の書き換え(リライト)』や、神器の能力の分配などは、明らかに一般的な神器の枠をすでに超えてしまっている。それが実現したのは、奏太の願いを受けとった神器が、宿主が望む最適な状態へと変化・進化することで新たな能力を作り出したからだ。あの神器はすでに、神滅具まがいなことまでやらかしている。その持ち主自身は、自分の神器がやらかした事実に、全く気付いていないが。

 

「なんと言いますか…。そこまでのことができるのに本人は無自覚というか、にぶいというか、自分がやっていることがどれだけ非常識なのか、わからないものなのでしょうかね……」

「あいつ、変なところで思い切りがいいというか、アホな事を平然とやらかしてくるからなぁ。それでいて、自分の評価自体は低いしで。言葉では伝えづらいんだが、なんかズレているのはわかる、としか今のところ言えねぇな…」

 

 十数年しか生きていない少年の感性に、最古参の人外二人は揃って首を捻る。無機物の神器へ普通に語り掛けたり、神器と神器を合体させてロボを作ったり、四大魔王様ごっこをいつの間にかしていたり、冥界全土を混乱させたりなど、まさにやらかし放題である。しかも、性質が悪いことに本人にとっては、真剣に考えて行った最善の方法だった。

 

 倉本奏太には、この人外蔓延(はびこ)る魔境な世界で、指針とも呼べるほどの力がある魔法の言葉を持っていた。『大丈夫、イッセーよりはやらかしていない』、という本人にしかわからない思い込みを。原作の主人公の行動と、それによる結果を知っているが故に、「これぐらいならいけるだろ」と自分の行動と比べてしまうのだ。またイッセーの強さや努力を理解しているからこそ、「自分はそこまでできそうにない」と自己評価を低く見積もる癖もあった。

 

 そんな『この時代にはまだ存在していない主人公(ヒーロー)』を、本人さえ無自覚に軸として考えているのだ。奏太のおおよその性格を掴めているアザゼルでも、その深層心理を察しろというのは酷だろう。逆に、だからこそ彼が何をやらかすのかわからない、という楽しみの一つにもなっていたりするが。二人はいくら考えても答えが出ない問いに肩を竦めると、どちらともなく話を元に戻し、グリゴリで得られた情報について報告を交わし合ったのであった。

 

 

 

「そういえば、アザゼル。報告にあがっていなくて気になったのですが。……例の半年前の事件で堕天使の組織(グリゴリ)の者だとバレないように、人間界へ助っ人に行ったはずですよね。いったい、どのような方法で介入を?」

「――うっ!? ッ、げふんッ、ゴホォッ…、ゴホンっ!!」

「……アザゼル?」

「なっ、何でもないぞー、シェムハザ! 素晴らしい大団円になれたんだから、細かいことは気にせず、終わりよければ全てよしだろっ!」

「いや、何をやったんですか…。まぁ、昨年度のグリゴリの決算報告書は特に問題なかったので、大目には見ますけど」

 

 言えない。「グリゴリの研究費用を勝手に使って、巨大ロボットをノリで作りました」なんて言ったが最後、確実にオカンの雷が落ちる。そして、使った費用を誤魔化すために、メフィストに組織の仕事の依頼を一部、奏太にお願いし、彼の神器の能力で浮いたお金をロボ開発で使った分の補填金にした、など更に言えなかった。

 

 一月頃には、すでに奏太へ頼んでいた組織の依頼を、二月ぐらいに始めたとシェムハザには伝え、一ヶ月分の金額を確保することに成功したのだ。奏太は依頼の詳細を知らないため、メフィストさえ告げ口をしなければ、たぶんバレないはず…。アザゼルは乾いた笑みを浮かべながら、必死に誤魔化した。

 

 あともう二つ、アザゼルに心配事があるとすれば…。それは現在総督様のプライベート倉庫に鎮座している巨大ロボット(物的証拠)が、副総督様に見つからないように祈ることだろう。それと、奏太をここへ連れてくるときに、あの時のロボットについて口止めをしておかなければならない、とじっとりとした冷や汗を流す。自身の生徒から、「どうせ和平が成立したら隠してもばれるだろうに、駄目だこの先生」という目で見られる未来が確定した。

 

 仕事はやるようになっても、根底のところでアザゼルはアザゼルなのであった。

 

 

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