えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
クレーリアさんに話を聞いてから、数日が経った。変わらぬ日常はあっという間に過ぎていき、ついにディハウザーさん達と会う約束の日になったのだ。皇帝とは非公式の会合になるため、場所は協会が保有している無人の建物を借りている。クレーリアさんたちと一緒に、簡単にだが掃除をし、ディハウザーさんとリュディガーさんを迎え入れる準備を先ほどまで行っていた。
ルシャナさんもさっきまで一緒にいたんだけど、自分は冥界へ戻れるため、裏方として作業をしておきます、とキッチンでみんなの分の食事を作ってくれている。俺達は彼女の言葉に甘え、二人が来るのを部屋の中で待つことにした。リュディガーさんとは初対面だから緊張するけど、仲良くなれたら嬉しいな。ディハウザーさんに会えるのも楽しみだ。
「そのリュディガーさんという方は、人間の転生悪魔さんなのですか」
「そうそう。実力で上級悪魔に昇格して、そこからレーティングゲームで怒涛の勢いでトップ陣に名を連ねたすごいヒトだよ。ゲームのランキングでは、第七位という好成績を残していたはず。ゲームもすごく面白くて、クレーリアさんとよく試合を見ているんだ」
「なるほど。ローゼンクロイツという名から、魔術結社である『
「確か、前にクレーリアさんに見せてもらった冥界のゴシップでは、既婚者らしいよ。その『薔薇十字団』に所属している魔法使いの女性と結婚した、とかなんとか書かれていたっけ?」
ちょっとうろ覚えな部分もあるが、レーティングゲームをあまり見ていなかったラヴィニアのために、簡単ながら俺は彼について知っている知識を教えておこうと思い、口を開いた。四大魔王様や著名な悪魔の名前なら彼女も知っているだろうけど、さすがに冥界のスポーツ選手の詳細まではわからなくて当然だろう。俺の話に興味深そうに、ラヴィニアは頷いていた。
「うん、カナくんの言う通り。悪魔貴族の中には、転生悪魔だとしても実力者である彼を取り込もうと婚姻を申し込む悪魔も多かったらしいんだけどね。そういった申し出を全部蹴って、ローゼンクロイツさんは人間の女性を選んだみたいなの。ゴシップ紙には、悪魔貴族の慣習や序列、政治に自分は関わりたくない、って一蹴していたと思うわ」
「なかなか我が強いというか、悪魔貴族相手にそこまで自分を通せるってすごいですね」
「そうね。でも、貴族としての特権はあれど、彼の言う通り煩わしいと感じる繋がりは確かにあるわ。彼に野心があれば貴族になる道もあったのでしょうけど、ゲームのプレイヤーとしての地位なら今でも十分だからね。ゲームと政治が絡むことはよくあったから、余計な火種をゲームに持ち込みたくなかったんじゃないかな」
俺の話に補足を加えてくれるクレーリアさんは、さすがは貴族令嬢であり、レーティングゲーム関連の情報が豊富なだけはある。こういったプレイヤーの裏話とかに、すごく詳しくて勉強になるのだ。そして、リュディガーさんが悪魔貴族と結婚しなかった理由も、なんだかよくわかるような気がした。原作でも、レーティングゲームと政治が複雑に絡み合い過ぎて、正々堂々とした試合をすることが困難な場合だってあったからだ。
リュディガー・ローゼンクロイツさんは、原作にも出てきた登場人物の一人である。確か、グレモリー眷属とバアル眷属によるレーティングゲームの時の
原作では、冷静そうなヒトっぽかったけど、残念ながら俺の覚えている知識ではこれぐらいしかわからない。だけど、この世界に転生してからの方が、おそらく彼に関する知識はあるだろう。なんせ、俺がディハウザーさんのファンになったきっかけである、去年の『皇帝ベリアル十番勝負』の対戦相手がそのリュディガーさんだったからだ。クレーリアさんが『最高』と評すだけあって、ものすごく白熱したゲーム内容であったと今でも覚えているぐらいである。
ディハウザーさんの試合は、見ていて当然面白い。皇帝と呼ばれるだけあって『華』があるし、何より観客への見せ所をよくわかっている感じがした。ゲームで魅せながら、ファンサービスも怠らない生粋のエンターテイナーであろう。
一方でリュディガーさんの試合には、『上手い』という印象を俺は受けた。最初はわからなかった伏線が、後でこの結果のために繋げていたのか! とハッとさせられることが多く、思わず興奮してしまうようなゲームメイクなのだ。クレーリアさんのおかげで、過去の試合とかも色々見ることができたし、楽しかったなぁー。
「それにしても、人間の転生悪魔で、しかも悪魔と人間との結婚か…。なんだか他人事には思えないよ」
「あぁー、確かに。そう考えると、正臣さんにとってもリュディガーさんとお話ができるのは、貴重な時間かもしれませんね」
「うん、人間から転生した時のこととか聞いてみたいかな。ただ、今回は奏太くんへのお客さんだし、僕は僕でお義兄さんと話し合うことがあるから、時間があればいいんだけど…」
皇帝と同様に、リュディガーさんも色々忙しいだろうしね。ちなみに、彼は今回皇帝とは別枠でやってくることになる。ディハウザーさんが協会に来る理由は、クレーリアさんがいるからと弁明できるが、彼の場合は俺のことを表ざたにできないため理由が作れないのだ。そのため、人間の奥さんと人間界で休暇を過ごすためという名目でこっちへ来て、後でこっそり皇帝と合流することになったらしい。どこか行くだけでも周りの目を気にしないといけないなんて、有名人って大変だと改めて思った。
そんな風に会話をしていた俺達の目の前に、白色に光り輝く魔方陣が突如浮かび上がる。それに俺達は立ち上がり、魔力の質や紋章を確認すると、ベリアル家の転移魔方陣であると判断する。次の瞬間、眩い光が部屋を包み込み、眩しさから閉じていた目を開けた先には、灰色の髪と瞳を持った男性が朗らかに佇んでいた。
「っ、ディハウザー兄様っ!」
「おっと、久しぶりだねクレーリア。元気そうでよかったよ」
いつもの皇帝としての衣装ではなく、品のありそうな私服を着ているディハウザーさんは、普段と違って気のいいお兄さんのような雰囲気がある。優し気に微笑む彼に向かって、クレーリアさんが感極まったように駆け寄って抱き着いていた。通信で会話は出来ても、実際に会うのは一年ぶりなのだ。兄妹のように仲良く過ごしてきた相手で、しかももしかしたらもう二度と会えなくなっていたかもしれない事件を経ている。正臣さんも安心したように、二人の様子を見ていた。
「……直接は初めまして、ディハウザー・ベリアルさん。僕は八重垣正臣です。通信でもお話しましたが、半年前は本当にありがとうございました」
「あぁ、直接は初めましてだね。あと、私のことは
「は、はい。よろしくお願いします」
正臣さん、めっちゃガチガチである。理解はできるけど。妹のためなら、マジで世界を敵に回せるヒトだからな。ディハウザーさんはクレーリアさんの頭を優しく掻き撫ぜながら、新しい義弟の様子におかしそうに笑っている。そして、次には笑顔のまま俺の方へ視線を向けた。
「ごきげんよう。久しぶりだね、カナタくん。半年前は、本当にありがとう。こうして二人に会うことが出来るのは、キミのおかげだよ」
「こちらこそ、お久しぶりです。俺の方こそ、色々ご迷惑をおかけしましたし、ありがとうございました。あと、試合見ました! すごく面白かったです」
「あぁ、特にタンニーン殿とのゲームでは、いい試合をさせてもらったよ。さすがは冥界でもトップクラスのパワータイプだ。魔王級の炎と相対するのは、なかなか苦戦させられたよ」
楽し気に笑い声をあげるディハウザーさんに、俺も肩を揺らした。『皇帝ベリアル十番勝負』の最終戦として行われた魔龍聖との戦い。当然、俺達はクレーリアさんの家で声を張り上げて観戦をした。結果は皇帝の勝利であったが、タンニーンさんの強さも改めて実感できるすごい試合だっただろう。
まさかのドラゴン五体による連携炎弾でフィールドを焼け野原にする光景は圧巻だったし、それに立ち向かったベリアル眷属達の連携がまた上手く決まっていた。あの試合以降も、タンニーンさんとは時々一緒に飲んでいるらしい。夏休みは修行を頑張ってね、と皇帝から応援をもらえて嬉しいような、泣きたくなるような…。死なないように頑張ってきますけど。
そうして、ディハウザーさんと積もる話をしながら、ソファーへと座り、みんなで談笑をし合う。ゲーム初心者のラヴィニアにも、皇帝は話しやすいようにトークを交わしていて、強くてカッコよくて優しいお兄ちゃんだよなぁ、と改めて男としての憧れを抱いてしまった。俺も彼みたいにできる男になりたいものだ。
「そうだ、カナタくん。以前、キミからお願いされていた件なんだけどね」
「えっ、俺からディハウザーさんにお願いしていたことですか?」
「あれ、覚えていないかい。ほら、成人男性が魔法少女になれる伝手があれば教えて欲しい、って言っていたお願いさ」
ディハウザーさんが、さらっと爆弾を投下してきた。やべぇ、忘れていた。そういえば、あんまり深く考えずに、そんなことをお願いしたような記憶がある。クレーリアさんと正臣さんが、皇帝にそんなことをお願いしたの!? とすんごい目で俺を見てきた。すみません、今思うとすんごいことを言っていました。まさか真面目に考えてくれていたとは、ディハウザーさん生真面目すぎである。
「それでね。実はこの前、サーゼクス様とセラフォルー様とプライベートな飲み会が出来たんだ」
思わず、むせる。正臣さんは噴き出し、クレーリアさんは目を引ん剝く。ディハウザーさん、さらっと魔王様と交友を深めていた。しかも、あの事件で知り合ったアジュカ様ではないお二人と。何があった。
「あの、例のストライキで関わりができたのは、わかるんですけど…。なんで魔王様達と、プライベートな飲み会ができるレベルまで仲良くなっているんですか? しかも、サーゼクス様とセラフォルー様と」
「いや、お二人とはたまたま話があったというか、意気投合できたというか…。サーゼクス様とクレーリアの留学処置のことで相談をしていたら、いつの間にか妹談義が始まってしまって、これは改めてゆっくりと語り合いたい、と時間を作っていただけてね。その時、セラフォルー様も『私のソーたんダイアリーが、火を噴く時よ!』と気づいたら参戦を表明されていて、これは負けられないとみんなでアルバムや映像記録を持ち寄って熱弁を振るっていたら、いつの間にか夜が更けていたんだ」
照れたように笑うディハウザーさんと、真っ赤になった顔を手で隠すクレーリアさん。ご愁傷さまです。あぁ、なるほど。そういえば、ディハウザーさんはシスコンだったわ。そして、シスコン魔王様の名を冠するサーゼクス様とセラフォルー様と仲良くなれて当然か。いつも家名呼びをしている皇帝が、名前呼びをしているのだから、かなり親しくなれたのだろう。まさかゲームのストライキの後に、シスコン同盟が出来上がるとは…。因果関係がひどいな。
最初はみんな普通に仕事の話をしていたようだが、だんだんとシスコン自慢になっていき、最後の方には遠慮なく愚痴を言い合えるぐらいには親しくなったようだ。何でもサーゼクス様が、「うちのリーアたんが、前は魔王業を頑張るおにーさま素敵! ってキラキラした目を向けてくれていたのに、最近はディハウザー殿のことばっかり褒めているんだ。私はどうしたら、お兄ちゃんとしての威厳を取り戻せるんだ!」と涙ながら詰め寄られたらしい。完全にプライベートというか、私情が混ざりすぎである…。
古き悪魔側の上層部としては、皇帝と魔王が親密になるのは避けたかっただろうけど、シスコン談義の邪魔をする度胸はなかったのであろう。地位や立場を超える、シスコンという名の絆。やばいな、あまりにも強固過ぎて勝てる未来が浮かばない。ゲーム関係であるアジュカ様と皇帝の繋がりだと、周囲の権力者からの邪魔が入りそうだったけど、シスコンという繋がりからだと他者は介入が難しい。というか、関わりたくない。これは、魔王勢力と皇帝勢力が手を結ぶのが、もしかしたら早まるかもな。
「その時に、セラフォルー様に例の件について相談をしたんだ。それで、これをカナタくんにって」
「……すみません、あえて聞きます。これは何ですか?」
「セラフォルー・レヴィアタン様の魔方陣。
そう言って、俺の手に青色の魔方陣が記されたカードが乗せられた。どうしよう、またとんでもない連絡先をいただいてしまったよ。確かに、魔法少女関連の伝手があればと思いましたけど、それで
「カナタくんなら、それを悪用することはないし、信用できるからね。セラフォルー様も、『ディハウザーちゃんが信頼する子なら、もちろんいいよ! 魔法少女の素晴らしさを分かち合える同士が増えるのは大歓迎だから、いつでも連絡してきてね☆』とおっしゃられていた。時間がある時にでも、あまり気負わずに、お話してみたらいいさ」
「……あの、ディハウザーさん。連絡先までいただけて恐縮というか、俺みたいな子どもが魔王様と気軽にお話をするなんて、恐れ多い気がするんですけど」
「カナくん、日常的に
「奏太くんの交友関係に、魔王様が一人追加されるぐらいなら、もう驚かなくなってきているしね」
ラヴィニア、正臣さん、なんで驚きよりも、もはや呆れたような口調なんですか。むしろ、諦められているような気がする。俺としては、これ以上お腹が痛くなりそうな人脈は欲しくないんですけど。俺の迂闊なお願いを聞いて、善意で連絡先をもらってきてくれたディハウザーさんに突き返す訳にもいかないから、セラフォルー様の連絡先はもらいますけど。どうしよう、とりあえず暫くは保留にしよう。急がなくてもいい、って言ってくれたし。
俺は懐に手を入れ、アジュカ様からいただいたカードケースを取り出す。俺の魔法力でケースのロックを解除し、青色の魔方陣のカードを入れておいた。俺が持っている連絡先が、ちょっと洒落にならない立場の方も多いから、防犯も兼ねて俺の魔法力を鍵にしたケースを作って下さったのだ。覗いてみると、魔王(青)、魔王(緑)、総督、師匠、理事長、魔龍聖、皇帝、神滅具、駒王町組、ミルキー、と錚々たるメンバーだ。師匠だけ、なんだかほっこりした。
そんな会話を交わしていた俺達の視界の端に、新たな魔方陣が現れる。それに全員の視線が床へと向かい、銀色の輝きと見たことのない紋章が目に入った。その紋章に皇帝は目を細めると、ソファーから立ち上がりゆっくりと歩み寄った。
「ごきげんよう、ローゼンクロイツ殿。無事にここへ辿り着けたようで、安心したよ」
「ごきげんよう、ディハウザー。遅くなってしまい、申し訳なかったね」
「構わないさ。こちらも積もる話があったから、それほど待っていない」
俺の目に映ったのは、銀色だった。薄く笑みを浮かべて挨拶をする男性に、思わず俺は釘付けになる。テレビで見るのと、本物をこの目で見るのは、やっぱり違うと改めて思った。ディハウザーさんに初めて会った時も、緊張して大変だった記憶が蘇るようだ。
なんというか、気品があるというか、一つひとつの動作が洗練されている。男性に言うのはアレかもしれないが、綺麗なヒトという印象を受けた。彼は皇帝といくつか話をすると、そのまま視線をずらし、俺達の方へと目を向けてくる。暗緑色の瞳はどこか興味深そうな光を纏い、微笑みを携えながらこちらに会釈をした。慌てて俺達も立ち上がり、リュディガー・ローゼンクロイツさんを迎い入れたのであった。
「ごきげんよう、皆さん。初めまして、リュディガー・ローゼンクロイツです。実はお土産を持ってきていてね。妻からおすすめされた、人間界の有名菓子店のものなんだ」
「あっ、はい。初めまして、ローゼンクロイツさん。俺は、『
慌ててリュディガーさんから差し出されたお土産を俺は受け取り、しどろもどろに返事を返してしまう。そんな俺の様子に、彼は優し気に目を細めると、小さく肩を揺らした。
「そう畏まらなくても、大丈夫だよ。今回私がここに来たのは、私の我儘でもあるんだ。キミたちのことは、ディハウザーや魔王様から、ある程度聞いている」
「その、ある程度っていうのは…」
「あのストライキが、ディハウザーの従姉妹を救うための前座であり、そして古き悪魔達を魔王と理事長が喜々としてフルボッコにしていた、という程度には」
あの事件の全容を、ほぼ知っていますね。あと、その言い方だと魔王と理事長が悪魔すぎるんですが。悪魔だけど。リュディガーさんは、楽し気に笑みを浮かべると、俺達の向かい側のソファーへと腰を下ろした。クレーリアさん達も順々に自己紹介をしていき、それに人当たりのよさそうな笑みで朗らかに返事を返してくれた。
「そうですか…。マモン家の『僧侶』として悪魔に転生をし、そこから錬金術や魔術の研究成果を冥界へ提供し続けたことで、上級悪魔に昇格を」
「えぇ、私が所属していた『
「ローゼンクロイツ殿の研究は、今でも重宝されていてね。レーティングゲームのトップランカーとなり、地位や資金を持った彼は自ら研究所を作り、優秀な研究員を雇ったり、素質のある者を育てたりして、今も冥界に技術を貢献してくれているんだ」
正臣さんの転生相談を聞いたリュディガーさんから、自分が悪魔に転生した時や、それからどのようにして今に至ったのかを、簡単に教えてもらった。それを聞いて分かったのは、このヒトがものすごく有能だということだ。今でさえ、まだ転生悪魔に差別がある悪魔社会で、転生悪魔でありながら実力や有用性を遺憾なく発揮し、成り上がってみせた。その背景には、悪魔側の負の側面を最大限に利用しているのもわかる。
彼が雇っている研究員のほとんどが、有能だが地位や魔力が低い悪魔だったり、古き悪魔達上層部が煙たがるような性格をした優秀な人材だったり、といった悪魔側にとってはマイナス要素がある人材ばかりなのだ。つまり、悪魔社会で爪弾きにされていたヒト達を彼はその情報網で見つけ出し、自分の陣営にどんどん勧誘していったという訳である。
研究員として働くのに最高の場所を提供してくれるリュディガーさんに、当然今までひどい環境にいた者達は、恩を返したいと献身的に働き、恩義から裏切りの心配もない。そんな彼らの研究成果を冥界へ提出し、ローゼンクロイツさんの功績がさらに積まれていくことになる。それによって、さらに彼の地位や足場を固め、後押しすることで研究者達の環境がもっと整っていく、という好循環システムの確立。
それを周りは理解しても、悪魔社会的に古き悪魔達の顔色を窺うしかない冥界の情勢的に、ほぼ身一つで成り上がった彼の真似をすることも、止めることもできない。精々嫌がらせをするしかできないが、彼らの開発した技術が冥界のために使われているため、表立って邪魔をすれば冥界の民からバッシングを受ける。うん、ストライキの時、彼が皇帝側へついたことに項垂れていた上層部関係者の気持ちが、なんとなくわかったような気がしたよ。
「悪魔に転生して数十年は、主のためと冥界のための研究に使いましたが、己の眷属を持てるまでになれば、かなり自由に動けるようになれましたね。冥界で得た知識を、今度は人間界の組織に還元することもできるようになりました。私は悪魔になりましたが、『
「『
「それは、光栄だね。メフィスト・フェレス会長のように、古今東西の魔法使いを保有するほどの勢力はないが、その分こちらは組織全体で一つの分野に取り組み、更なる発展を目指すことができる。お互いに良いところを組み、刺激し合い、今後も成長していけたら嬉しいと思うよ」
人間の転生悪魔であり、レーティングゲームのトッププレイヤーであり、優秀な魔法使いでもある彼は、あらゆる話題に精通していて、ただ話を聞いているだけでも面白かった。ラヴィニアが魔法使いとして、キラキラとした目で魔法知識について語り合っている姿も見れたし、リュディガーさんと交流することを選んでよかったと思う。俺自身も、冥界での活動などを掻い摘んでだが、彼らから聞くことが出来た。
リュディガーさんは、皇帝ベリアルの参謀として、現在も運営側……古き悪魔達の動向を探っているらしい。彼は自分が持つ情報網を駆使し、運営側の動きを素早く掴み、それを皇帝を介して伝達する。ディハウザーさんでも、リュディガーさんの情報網の全容は把握できていないようだ。彼曰く、改革の同士ではあるが、同時にゲームのライバルでもあるからね、とミステリアスにくすくすと笑っていた。
なるほど、ディハウザーさんが味方だけど、油断ならない人物だと評していた理由がよくわかる。ゲームのことや当時のことを語る姿は紳士的で、会話のテンポも話しやすく、サインだって快くもらえて、こちらの口も思わず軽くなってしまう。別に彼に探られても、特に何も困ることはないから普通におしゃべりを楽しむことはできた。一応、アザゼル先生のこととかがあるので、それなりに気をつけはしたけどさ…。
しばらくすれば、最初は少しぎこちなさがあった距離が、普段通りに話せるぐらいには肩の力を抜くことが出来るようになった。とにかく、せっかくの貴重な機会なのだから、しっかり自分の力にしていこうと思う。
これからの冥界を動かすことになるだろう、レーティングゲームの改革組の中核を担う二人との会合は、こうして始まったのであった。
――――――
『今日の子ども達 親子丼編』
「く、くそぉっ…!」
兵藤一誠は、悔しさに拳を握りしめる。自分はなんて無力なのか、とこの状況をどうすることもできないことに歯を食いしばった。唇を強く噛みしめ、せめて男として涙だけは見せるもんか、と必死に感情を抑え込んだ。
今日は家族みんなで、楽しい食事会になるはずだったのだ。久しぶりに定食屋へと足を運んだ兵藤一家は、和気あいあいとした雰囲気で来店する。今日の一誠少年は、甘いお肉が食べたい気分だったので、迷わず親子丼を注文した。
そして、周囲から漂う美味しそうな匂いでお腹をさらに空かせながら、わくわくとした心持ちで暫くの間じっと待った。そのため、ようやく自分のテーブルの前に置かれたアッツアツの親子丼の登場に、歓喜に震えたのは言うまでもない。
プリップリの鶏肉に、卵のトロッとした見た目が合わさり、食欲がさらに湧いた。ゴクリっ、と唾を飲み込み、端においてあった割り箸を丁寧に割った一誠少年は、勢いよく手を合わせて、最後に日本人としてのマナーを添えた。
「へへっ、いっただきま――!」
「シャーケッケッケッケッ! この鮭の怪人『
その直後、鮭の変人が現れた。思わず、箸が止まる。
『ヴォルテーーックスッッ!!』
さらに、黒ずくめの不審者達が怪しい叫び声とポーズ込みで、いきなり登場した。思わず、箸を落としてしまう。
「あらあら、もしかして何かのショーが始まったのかしら?」
「いやー、なかなか迫真の演技だねぇ。あの鮭の被り物なんて、まるで本物みたいだよ」
突然の不審者の乱入に、一誠の両親は驚くことなく、いつも通りのマイペースさでのほほんと感想を述べ合う。待って、普通に感想を言っている場合じゃないよ! と、落とした箸をしっかり拾いながら、一誠少年の口元が引きつった。目の前でいつもと変わらぬ平常運転な空気を纏う両親と、鮭の頭に王冠を乗せ、銛を持って高笑いする変人との寒暖の差。もうどっちの空気に寄り添えばいいのか、わからない。
「い、いやいや、慌てよぉーよ! アレ、怪人だよ! 絶対に悪い奴らだよ、きっと本物だよッ!!」
「こら、イッセー。お店で大きな声を出してはいけません。ショーを見ているお客さんの迷惑になっちゃうでしょう」
「俺が悪いのッ!?」
それでも、お母さんに言われた通り、大人しく椅子へ座りなおす。他のお客さんは、両親と同じようにイベントか何かかと思っているのか、あるいは驚き過ぎて反応ができていないのかのどちらからしい。そりゃあ、特撮番組に出てくるような敵キャラが、現実の……しかも普通の食事処に現れるとは思うまい。むしろ、何で食事処に来た。
「キング・サー……いえ、サーモン・キング様! この少年、親子丼を食べようとしています!」
「ナァニィィッーー!? 肉ばかりでは栄養が偏る、魚を食うのだガキども! この我らが、本物の親子丼というものを教えてやるっ!」
さっき叫んだのが悪かったのか、矛先がこっちに来た。一誠少年はどうしようか、と困惑するが、両親を放って自分だけ逃げる訳にはいかない。ちなみにその二人は、「やったな、イッセー。ご指名が入ったぞ」と喜んでいる。
平和を崩しに来たはずの悪の組織が現れたのに、何でうちの両親はこんなに平和なんだよ。怪人なら周りを置いてけぼりにしないで、ちゃんと危機感を持っている自分と同じところまで、みんなの空気を揃えてから行動してほしい。一誠は、切実に思った。
「隙ありッ!」
「あっ!?」
「シャーケッケッケッケッ! 鳥と卵の親子丼など、偽りの存在にすぎぬ! 真の親子丼とは、この鮭とイクラをふんだんに塗した親子丼のことを言うのだァァッーー!!」
「おっ、俺の鳥と卵の親子どぉぉんッ!」
そして、油断した瞬間、彼の目の前から黄色と茶色の親子丼が消え、赤色とピンク色の親子丼が置かれていた。楽しみにしていたお肉は、目の前で鮭の変人のお腹の中へと消えていく。それに、一誠の中で怒りがふつふつと湧いた。
「な、なんてことをするんだよッ! せっかく楽しみにしていた、親子丼をっ!」
「だから、鮭を食うのだッ! 我がアムール川付近で、自ら泳いで摑み取りしてきた新鮮な鮭とイクラである! ありがたーく食って、鮭の美味しさに酔いしれるがよいッ!!」
「――ッ、誰が、お前たちの思いどーりになんてなるかッ! 別に鮭もイクラも嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、今日は鳥と卵の気分だったんだッ!! 大事なんだぞ、気分ってぇ!」
さすがにここまでやられて、大人しくできる訳がない。一誠少年は立ち上がると、真正面から鮭の変人と相対する。きっと周りのみんなも、これで彼らが危ない奴らだと理解してくれただろう、と思って周りを見渡すと。
「あっ、おいしい。この鮭とイクラ…」
「ア、アムール川の鮭と言えば、まさか
「七百円程度の肉の丼が、十数万の丼に変わる、だと…。こいつら、なんて恐ろしいことを平然とッ……!」
「釣りが趣味だからこそ、お父さんにはわかるッ……! この鮭の怪人役さん、とんでもない力量を持った鮭の掴み取り名人さんだッ!!」
「気前がいいわぁー」
「ちくしょうっ! 味方がいねぇッ!!」
みんな、この不審者達に別の意味で恐れを抱いていた。違う、そっちじゃない。しかも、知らない怪人からもらった食べ物を食べちゃダメだよ! 学校では、怪人からものをもらっちゃダメとは教わっていないけど、このヒト達が不審者なのは間違いないからッ! 色々な意味で、涙が出そうになっていた。
「さぁ、少年よ。お前も鮭を食い、我らの同士となるのだぁ…」
「くッ……!」
赤い親子丼を片手に迫り来る鮭の変人に、一誠少年は一歩足を後退させる。黒ずくめの不審者達も、荒ぶる鮭のポーズを取りながら迫ってきていて、そっちも別の意味で足を後退させていく。ついに壁際まで鮭に追い詰められた一誠は、悔しさに拳が震えだす。
そんな、一人の少年のピンチの前に、それを阻止するべく希望の使者が入店した。
「イッたん、もう大丈夫だみにょ」
ピンポーン、と来店を知らせるチャイムと共に、突如巨漢が現れた。日差しが眩しい夏が近づいてきたということで、夏の涼やかなミルキーバージョンに衣装をチェンジしていた。黄色とオレンジのハワイアン風のヒラヒラフリルに包まれ、鍛え上げられた肉体美が惜しげもなく晒されている。
「魔法少女ミルキー☆カタストロフィー! 魔法少女は子どもに涙じゃなくて、笑顔を届ける存在みにょ。だから、イッたんに悲しい思いをさせる悪者さん達は、この『ミルキー・イエロー』が許さないんだみにょォッ!!」
ゴオォォゥッ! と目を爛々と光らせ、覇気を発する魔法少女。その圧倒的な
鮭の怪人であるサーモン・キングは、その魔法少女の周りに漂うオーラの密度に、一瞬言葉を失う。だが、悪の組織の中でも、屈指の戦士たる一人に数えられている実力者なだけはあり、すぐに体勢を立て直す。そして、巨漢を静かに一瞥すると、深く頷いた。
「シャーケッケッケッケッ! 報告通りようやく現れたようだな、魔法少女よっ! ここ最近、我が組織の悪事が、
「……ミルキー・イエローに用件があるのなら、何故イッたんを悲しませる必要があるみにょ」
「報告では、お前の目撃例はここ駒王町に多かった。故に、お前を探すついでに、この街の食事処を鮭で征服してやろう、という一石二鳥の素晴らしき案という訳だ。見事に誘い出されたようだなっ、魔法少女よッ!!」
「ミ、ミルキー・イエロー…」
一誠は心配そうに、小さな声をあげる。正直よくわからないが、自分の所為でミルキー・イエローが誘い出されてしまったらしい。友達のピンチを作り出してしまった事実に、泣くのを我慢していた少年の目が悲し気に揺れた。
「イッたん、ミルキー・イエローは言ったみにょ。大丈夫だみにょ、って」
「えっ…」
「魔法少女は、正義の味方みにょ。悪いやつらなんかに、絶対に負けないみにょ。だから、……ミルキー・イエローが、極悪怪人を撲殺するのを安心して待っているみにょ」
「……うん」
一誠の脳裏には、今まで魔法少女の拳で築いてきた屍の山(死んではいない)が思い出されていた。だから、その言葉が決して嘘ではない、と思えたのだ。そんな一誠の様子に、仮面越しだが彫りの深すぎる顔を弛めて、魔法少女は微笑んだのであった。
そして、そのまま拳を握りしめ、真正面から鮭の怪人に突き出すと、それだけで拳圧が後ろにいた一誠の髪すらも揺らす。サーモン・キングも、先ほどまでの軽口を止め、静かに銛を突き出し、いつでも戦える構えを取った。
一触即発のピリピリとした空気の中、誰もが口を挿めない。黒ずくめの不審者達も、自分達の戦士の勝利を信じて、鮭魔法かっこいいポーズを取りながらジッと耐える。そんな中で、比較的魔法少女に耐性があった一誠少年は、早くに冷静さを取り戻し、一言告げた。
「でも、ミルキー・イエロー。ここは、ご飯を食べるところだから、喧嘩はダメだよ。やるなら、外でやらないと。お店の人、ちゅーぼーのところで本気で泣きそうな顔をして、こっちを見ているからさ」
「……ふっ、少しばかり命が延びたようだな。ここで我が、本能に逆らって三十年間海で泳ぎ続けたことで手に入れた奥義を繰り出していたら、確かにせっかくの親子丼(鮭)が台無しになる。鮭として、食べ物は粗末にできん」
「お店やお食事の邪魔をするのは、いけないみにょ。なら、ミルキー・イエロー達の戦うべき戦場へ行くみにょ」
「よかろう」
お互いに譲れぬ誇りを持つ戦士であるが故に、一誠の一言に素直に頷いた彼らは、揃って店を後にする。黒ずくめ達も、奇妙な踊りを踊りながら一緒に去っていく。嵐が嵐と一緒に消え、静寂が定食屋を包み込む。店員もお客さんも、結局今のは何だったのかさっぱりわからないまま、鮭の親子丼と鮭の匂いだけが取り残されたのであった。
一誠は、「ミルキー・イエローが大丈夫って言うのなら、大丈夫かな」と安心したように再び席へ座る。さっきは混乱していたが、なんとなく魔法少女なら負けない、と強く思えたからである。だって、彼女たちは正義の味方で、何よりも魔法少女なのだ。鮭の変人になんて、負ける訳がない。揺るがぬ魔法少女への信頼と共に、少年は心の中で友達を応援した。
とりあえず、目先の問題として。
「かーさん、とーさん。俺の親子丼、どうしよう…」
「特に食べても大丈夫そうだったし、勿体無いから、これはお父さんが代わりに食べよう。鳥の親子丼を、もう一回注文するか?」
「うんっ!」
そうして、一誠少年は念願の鳥と卵の親子丼を口いっぱいに頬張り、幸せそうに食べた。今度外食をする時は、鮭でもいいかな、と思いながら。そして、よくわからないけど、とりあえずおいしい鮭が食べられた、とお客さんもそのまま満足して、一番災難だったお店側は事なきを得る。
こうして駒王町の平和は、今日も守られたのであった。
※『