えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八十四話 攻め方

 

 

 

「さて、倉本奏太くんだったね。今日は無理を言って、すまなかった。是非とも、ディハウザーに影響を与えた人物と直接会ってみたかったんだ」

「えっ、いやぁー、そんな大げさな。俺もローゼンクロイツさんに会えて嬉しかったです。サインだって、もらえましたし」

「はははっ、それぐらいだったらお安い御用さ。あと、家名呼びだと少し長いだろうから、私のことは名前で呼んで構わないよ。……それにしても、あの事件の詳しいことを聞かせてもらったけど、なかなか大胆なことを考えたものだ。悪魔社会をあそこまで振り回した人間は、キミが初めてだろうね」

 

 しばらくの間はみんなで話をしていたが、それぞれ個別に積もる話があるだろう、ということで、ベリアル側とローゼンクロイツ側に分かれて話をすることになったのだ。もともとリュディガーさんは、俺と話をするために来たのはわかっていたので、ちょっと緊張するが、対面しながらの会話が始まった。

 

 皇帝は正臣さんとクレーリアさんに兄としての話が始まったようで、半年前の事件でどれだけみんなを心配させたかと腕を組み、二人がペコペコと頭を下げている姿が見えた。ちなみにラヴィニアは俺の隣に座って、リュディガーさんからお土産にもらったお菓子を美味しそうにもぐもぐ食べている。大変幸せそうであった。

 

 俺とリュディガーさんの会話は聞いているみたいなので、聞き役になるつもりなのだろう。目が合うとにっこりと笑って、俺の手にお菓子を乗せてくれた。ラヴィニアの顔を見ていたつもりだったんだけど、お菓子が欲しいと思われたようだ。えっと、ありがとうね。あっ、これ本当に美味しい。向かい側で、リュディガーさんが俺達の様子にちょっと笑っていた。

 

「その、それで。えっと、リュディガーさんは、俺と話をしたいとのことでしたが、何を話せばいいんでしょうか。みんなから、俺がやったことはすでに聞いていると思うんですけど」

「そうだね。キミの行動を聞いた時は、腹を抱えて笑わせてもらったよ。あんなに笑ったのは、本当に久しぶりだった。もちろん、良い意味でね」

「はぁ…」

「キミの性格もこうして直に話したことで、だいたい掴むことはできた。だからこそ、まずは感謝を。新しい風を待つことしかできなかった私たちに、レーティングゲームを改革するきっかけを作ってくれたことを。そして、ディハウザーを救ってくれたことを。キミが彼女たちを助けようとしてくれなければ、私は一番の好敵手(とも)を失っていたかもしれなかった」

 

 頭を下げてお礼を告げるリュディガーさんに、多少ドギマギしてしまいながらも、俺も頭を下げて彼の気持ちを受け取ることにした。確かに、もしクレーリアさんが助からなかったら、原作のように皇帝は運営や古き悪魔達へ復讐を誓い、犯罪者としてゲームの世界から去ってしまっていたかもしれない。彼もディハウザーさんと同じ気持ちを持って、ゲームに挑んでいた。皇帝が去ってしまったゲームに取り残されてしまった原作での彼の心境は、きっと複雑であっただろう。

 

 今回上手くいったのは、駒王町の粛清事件の根幹が、冥界のゲームや古き悪魔達の業に関係していたからだ。そして、それを崩せるかもしれない伝手と、彼らが油断してくれていたタイミングが、たまたまかみ合ったのもあるだろう。原作では過去として終わってしまった出来事だったけど、駒王町の粛清事件はかなり大きなターニングポイントだったのかもしれないな。

 

「……事件の詳細を聞いた時は、どれだけ奇跡的な確率だと思ったよ。理事長や元龍王と関わりを持ち、魔王や皇帝をも動かす行動力。しかも、悪魔や教会と相対した理由が、ただ友達を救いたいからというだけのありふれたもの。倉本奏太くん、キミには野心とか野望とかないのかい。悪魔側の不祥事がそもそもの原因であり、結果的に冥界側は利益を得ているんだから、色々謝礼を要求してもいいぐらいだよ」

「いやいや、俺も散々ご迷惑をおかけしましたので。俺自身は十分に見返りをもらえましたから、これ以上もらったら罰が当たりますよ」

 

 粛清されそうだった友達を救ってくれて、平和に過ごせる居場所を作ってくれて、今だって俺の修行を見てもらえて、これ以上を求めるなんて、強欲すぎて俺が破滅する未来しか見えない。過ぎたるは猶及ばざるが如し、である。俺の答えにリュディガーさんは、「悪魔のようなことを提案するのに、本人は欲がないね」と笑っていた。あれ、貶されたわけじゃないだろうけど、褒められた気もしない。

 

 

「倉本奏太くん。キミに質問してみたいことがあるんだけど、構わないかい?」

「えっ、俺にですか?」

「あぁ、キミは人間でありながら悪魔について詳しく、それでいて冥界の常識に囚われない。だから、キミならどう答えるのか気になってね」

 

 穏やかな口調で、優し気に語り掛けてくるリュディガーさん。俺は困惑しながらも、頷いて彼の質問を待った。俺自身、自分の性格はそこまで複雑でも何でもない、かなり単純思考だろうと自覚はしている。大したことを言えるとは思わないけど、彼が満足するのなら別にいいかな。

 

「私達は現在、レーティングゲームの改革を進めるため、運営が正しく機能するように大本である古き悪魔達の介入を少しでも削れるように努めている。魔王様達は政治から、私たちはゲームから、それぞれ攻めているんだ。でも、これがなかなか大変でね。向こうもこちらを警戒して、自分達の尻尾を掴ませないように必死に隠されてしまっている」

「……確か、バアル大王が主導で引き締めを行っている、って教えてもらいました」

「そうだ。大王の介入によって、今まであった証拠もどんどん消されてしまっている。こちらの手を読む手腕は、さすがだと改めて思ったよ。これまでは、こちらを油断してくれていたおかげで証拠も揃えやすかった。しかし、守りに入った彼らは古参組としての繋がりを使って、中立だった貴族達も牽制してきているんだ」

 

 肩を竦めるリュディガーさんの様子に、改革も早々上手くは運べていない、ということが窺えた。さらに、古き悪魔達の一手として、バアル大王はあえて皇帝の行いを是とする流れを裏で冥界に送り、民衆の関心を皇帝へ一点に集めさせることにしたらしい。

 

 民衆の関心は大切だが、何事もありすぎたら問題にもなる。連日スクープを求めるメディアや、多くの民衆たちの目によって、皇帝側の動きを意図的に鈍らせ、その隙に相手は防御を固めているようだ。ディハウザーさん達が、半年経っても休暇の一つもなかなか取れなかったのは、その所為もあるらしい。

 

 あちらは民衆の熱を利用し、特番やインタビューなどを改革組へ作為的に組ませる。皇帝も改革のために自分の支持率を下げる訳にはいかないため、誘いを断り続けることができない。古き悪魔達は、その間に証拠を隠し、完璧な守りを敷く。

 

 しばらくは改革の熱気が続くだろうが、数年経っても相手の尻尾が掴めないまま、ゲームにそれほど変化が起こらなければ、民衆の思いも次第に皇帝から離れていくだろう。バアル大王の狙いは、そこらしい。

 

「あのご老人は、意外と柔軟な考えができたみたいで驚くよ。半年前に皇帝がストライキをすることで民衆を味方にし、古き悪魔達へ牙を届かせた。そのやり方を、今度は自分達のものにしたんだ。民衆を煽ることで、無意識に皇帝の足枷にした。こちらが民衆(ファン)に強く出られないことを逆手に取ってね」

「古き悪魔達は、皇帝達を攻めるのではなく、守りを固めて時間を味方にすることにした、という訳ですか」

 

 これ、結構深刻な問題じゃないか。ストライキでは、運営を追いつめたはずの時間が、今度は皇帝に牙を向け始めている。長命種である人外らしく、数年単位の計画へ彼らは移したのだ。少しずつ、こちらの勢いを削いでいくやり方。彼らは皇帝にしてやられたことに怒りを向けるのではなく、冷静に皇帝の背中を押していた民衆の熱を標的にした。皇帝ベリアルを希望の象徴から、ただの理想論家へ貶めるために。

 

 これだけ頑張りました、じゃ駄目なのだ。ちゃんと結果として実現させなければ、民衆はついてこない。華々しくゲームの改革を進める皇帝に夢を見たから、みんな皇帝ベリアルについて行っているのだ。そうじゃなきゃ、冥界で雲の上の存在とされる古き悪魔達に、歯向かうような真似なんてできないだろう。

 

 もし運営側――古き悪魔達へ、何も有効的な手立てを立てられなければ、精々今の勢いを利用した少しの変化しか及ぼせないであろう。それで、皇帝を信じた者達が果たして納得するのだろうか。今後もディハウザーさんを信じて、力を貸してくれるのだろうか。

 

 どうしよう、このままじゃディハウザーさんが危ないんじゃないか。俺達の願いを受け取って、冥界のヒーローになってくれた王者が堕ちてしまう。

 

 

「このままの状態が続けば、数年後の結果は語らずともわかるだろう。だからこそ、私たちはなんとしてでも、古き悪魔達の勢力を崩す一手を考えないといけない。彼らへの突破口を見つけられなければ、食い殺されるのはこちらだろう」

「…………」

「さて、ここまでがキミに与えられる情報(もの)だ。それでは最初に話した通り、問いかけさせてもらおう。そんな状況で、キミならどこから攻めてみる?」

「えっ…」

「キミなら皇帝(大切なヒト)を救うために、どこから切り崩そうとする?」

 

 ニコニコと俺の目を見て笑うリュディガーさんを、呆然と眺めてしまう。いきなりそんなことを質問してくるとは、全く考えていなかった。しかも、表情や口調とは違い、内容はあまりにも只事ではない状況だ。メフィスト様やアジュカ様から、冥界の状況を簡単には教えてもらっている。だけど、冥界の政治体制やそれぞれの派閥など、俺にはさっぱりである。

 

 あの古き悪魔達を真正面から切り崩す綻びなんて、そんな簡単に見つかるはずがない。しかも、相手はこちらを警戒して、尻尾を隠してしまっている状況だ。魔王勢力と皇帝勢力が自分達に対して何か行動すれば、当然相手は注意を向けてくるだろう。この状況をどうにかするなど、できるのだろうか。冥界のことなんてほとんど知らない俺にこんなことを聞いてくることだって、無茶ぶりもいいところだ。

 

「……鉄壁の守りで身を固める相手に、勝つ方法」

 

 それでも、俺の思考が止まることはなかった。ディハウザーさんが、俺の一番のヒーローが負けるだなんて、そんなの認められるか。だいたい古き悪魔達に『真正面から』挑むなど、そもそも前提からして無謀すぎる。だったら、その前提からまず崩してみよう。

 

 ゲームに例えてみると、わかりやすい。『防御力999』とか、頭のおかしいボスがいたとしよう。普通に戦って、勝てる訳がない。だったら、相手にこっちの攻撃が届くように『仕込み』をする。相手の防御を崩す、または崩れさせる『弱点』を狙うのだ。だけど、もし『弱点』がなく、相手を崩す方法すらもなかった場合は、……相手の方から崩れさせるように仕向けたらいい。

 

 それこそ、原作のように和平をすることで、騒動によって集中できなくさせるとか、別の勢力の目を増やしてあっちの動きを封じてみるとか。改革組には、和平までなんとか持ち堪えてもらってさ。なんせ原作は世界の転換期として、多くの問題が勃発した。王の駒や駒王町の粛清事件だって、その問題の一部だったのだ。他にも悪魔側の原作の問題は、色々あった気がする。

 

 『クリフォト』関連は、ぶっちゃけ今はどうしようもない。だけど、ちょっと待てよ。もしかして、あそこなら……。

 

 

「……旧魔王派を、ですかね」

「……あそこを?」

「えーと、旧魔王派って、古き悪魔達にとっても扱いが難しい方々ですよね。古き悪魔達だって命令できないし、相手も命令を聞くような方々じゃないって、えっと、アジュカ様が言っていました。半年前の事件だって、旧魔王派の所為にしたのに、古き悪魔達は口出しができなかった。旧魔王派の血に恭順する者も、未だにいると聞いています」

 

 俺の答えに、初めて笑み以外の意外そうな目が向けられる。答えがあっているのか、間違っているのかはわからないが、俺なりに考えたことを話すしかない。不安げに語る俺を安心させるように、リュディガーさんは相づちを打つように微笑み、続きを促すように勧めた。

 

 原作でリゼヴィムが現れた時、確か古き悪魔の何人かが彼に協力をしていたと語られていたような気がする。さすがに、リゼヴィムがこの世界を崩壊させて、異世界へ行こうとしていたとは知らなかったかもしれないけど。もしかしたら、彼が現政権を倒し、正統なる悪魔の王(ルシファー)として戻ってきてくれたのかもしれない、という夢を見てしまっただけなのかもしれないな。あり得ないけど。

 

 つまり、そんな夢を見てしまうほどに、彼らにとってルシファーの血は、真なる魔王の息子の存在は無視できないものだった。頭で考えるよりも、悪魔の祖である古き魔王の血にのみ、恭順したかったのだ。自分の命の危険があるにも関わらず、利用されているだけだとわかっているはずなのに、それでも彼らは従順に従ったのである。

 

 もちろん、バアル大王やその他の多くの古き悪魔達は、古き血を優先して、自分達の権威を崩壊させるなど到底許容できず、全員が従った訳じゃないだろう。テロへの関与がバレたら最後、反逆者として連鎖的に処罰されてもおかしくないため、むしろ「関わるな」と命令だってしていたはずだ。

 

 なんせ原作で、ディオドラ・アスタロトがテロに関与した事実が発覚したことで、アスタロト家は魔王を輩出する権利を失ったほどなのだから。この権利の剥奪は、悪魔的にかなりの大打撃であろう。まず、アスタロト家の嫁、婿になろうとする悪魔は、かなり少なくなると思われる。貴族階級ほどその傾向が強いだろうから、純血や上級悪魔との婚姻はもしかしたら絶望的かもしれない。

 

 さらに、嫁、婿の貰い手もきつい。他家なら魔王になることはできるだろうけど、元アスタロト家というだけで、どれだけ才能がある悪魔を他家で産んだとしても、確実に難癖をつけてくる悪魔がいるからだ。それこそ、転生悪魔や他種族と交わって細々と血を繋ぐか、他家に頭を下げて血を入れてもらうか、下手したら緩やかな断絶か…。

 

 原作の時代ではさらっと流されているが、後々のアスタロト家を思うと憂鬱になるな。悪魔貴族の中で、『唯一魔王が輩出できない家』のレッテルは重いよ。しかも、実力者で人格者なら、序列関係なく魔王になれるかもしれない実力主義の風潮の中じゃ、特に。魔王以外の道なら自由だし、魔王自体そう簡単になれるものでもないけどさ…。

 

 ちなみにアジュカ様は、あのヒト魔王として冥界の民を守るために動いてはくれるけど、基本的に自分や友達が問題なければそれで良いヒトだから、自業自得なら自分の家でも見捨てるだろうなぁー。アジュカ様、もう何十年も実家に帰っていないらしいし。実家に帰るぐらいなら、ゲームをしている、って真顔で言うヒトだ。ある意味で、スゴイ大人である。

 

 ちょっと話が逸れてしまったが、つまりそれだけの罰を与えるほど、テロ組織の存在は世界の情勢的に重く見られていたという訳である。だから、テロに参加する旧魔王派へ表だって手助けをするような愚行は、誰だって起こさないだろう。だけど、それだけのリスクがあるとわかっていたとしても、確実に数人は動くと思うのだ。

 

 原作での彼らの動きからして、禍の団(カオス・ブリゲード)にいた旧魔王派に、情報をリークしていた者もいたであろう。あと、旧魔王派の不審な動きを隠し、魔王様達がテロ組織の存在に気づかないように手も回していたはずだ。古き悪魔全体が動いていた訳じゃないだろうが、それでも彼らのためなら独断だとしても動く可能性がある者はいる。

 

 殻にこもる相手を切り崩すのが大変だと言うのなら。こもっている相手が無視できない者を煽ることで、殻にこもる相手の方から出てきてもらえばいいのだ。

 

 

「旧魔王派は、現魔王派を恨んでいます。今までにも、政府を混乱させようといくつもの嫌がらせをしているようですからね。そして、今までは彼らのやらかした証拠を古き悪魔達が揉み消し、彼らの血を守っていました。しかし、現在の古き悪魔達はバアル大王主導の下、皇帝勢力という新たな敵に対して隙を見せないように守りを固めています。なら、味方ではないけど敵ではない旧魔王派への監視の目は、たぶん減っているんじゃないかな、と思うんです」

「……なるほど。特に今は、相手側も今までの証拠を消すことに必死になっている。今まで出来ていた範囲に、穴ができてもおかしくはないだろう」

 

 俺の考えていることを補足するように、リュディガーさんは顎に手を当て、同意するように頷いてくれた。

 

「つまり、古き悪魔達(彼ら)が今までやってきた証拠を押さえるのではなく、これから起こり得るだろう証拠を押さえるために、布石を打つ訳だね」

「旧魔王派が現魔王派に悪事の証拠を掴まれるような事態が起これば、それを守るために殻から飛び出してでも、それこそ独断でも動くだろう悪魔がいると思います」

「そこを事前に網を張って押さえることが出来れば、古き悪魔達が旧魔王派と繋がって冥界を陥れようとしている、と糾弾できるわけか」

 

 えっと、そんな感じかな。アジュカ様やアザゼル先生といったトップ陣をこの目で見ているから、原作と同じように「このヒト達なら、和平のために動くだろう」と確信ができた。それなら、和平など認められない旧魔王派が、近い内に動きを見せると思うのだ。和平を築こうとする今の時代だからこそ、打てる布石。

 

 魔王派とゲーム改革派が、手を組むことでできること。それは、それぞれの方向からのアプローチや、ヒトの手が増えることだ。前政権をクーデターし、恨まれている魔王様達や、彼らを守るために動いている古き悪魔達にとっては、旧魔王派は気になる存在だろう。だが、一般の悪魔や政権に関わりがない悪魔にとっては、すでに過去のものと思われ、意識を向けられることがなくなった存在なのである。

 

 だからこそ、旧魔王派に注目されていない、旧魔王派に注目するはずがないゲーム改革組が秘かに動く。古き悪魔達の見落とした穴を掻い潜り、時間をかけて旧魔王派に潜り込み、そこで手に入れた情報を魔王様へリークするのだ。

 

 それによってピンチになった旧魔王派を、古き悪魔達が今更見捨てられるだろうか。もしかしたら、過去にもみ消したはずの件が旧魔王派側から発見されるかもしれない。自分達や悪魔貴族の周辺の証拠は握り潰せても、旧魔王派を探ったり、命令したりなんてできないため、可能性はゼロではない。

 

 つまり、旧魔王派を彼らが見捨てても、見捨てなくても、魔王側と改革組にとってはどちらでもいいのだ。切り崩す順番が、ただ変わるだけのことなのだから。

 

 

「なので、これからも古き悪魔達を『真正面から』切り崩す姿勢を、改革組は積極的に見せていきましょう。彼らの目をこちらへ釘付けにしながら、裏で旧魔王派を秘かに見張っておくんです。古き悪魔達も旧魔王派に今は動くな、と言っているでしょうけど、彼らがそれを大人しく聞くかはわかりませんからね」

「ははっ、まるで我慢比べだね。それに、旧魔王派は魔王派の悪魔に敵意を向けはするだろうが、それ以外の悪魔は眼中にない可能性がある。それこそ、現魔王を『偽りの魔王』だと肯定することで、内に入り込めるチャンスもあるかもしれないだろう。あそこは不可侵というか、関わり合いになりたくない、と私たちは目を逸らし続けていた。だからこそ、今更自分達に注目する悪魔がいるとは思わず、彼らも油断してくれるかもしれない」

 

 俺としては、旧魔王派の方々に好き勝手に動かれるのは非常に怖いので、見張っていてほしいなぁー、という気持ちもあった。テロ組織に彼らが介入するのがいつかはわからないが、和平に向けて冥界が動いているのなら、数年の間に確実に動くのはわかっている。ならば、古き悪魔達の監視の目が少なくなっているだろう今の内に、独自の監視体制を築くことができればどうだろう。

 

 今は古き悪魔達に、他に目がいかないぐらい守りをとにかく固めてもらう。皇帝達はその殻を破るために必死に足掻くが、届かせることができずに悔しさを滲ませ、相手側はそれに勝ったと思わせる。その数年後に、隠れて監視をしていた旧魔王派が勝手に暴走するだろうから、そこで確実に仕留めるのだ。

 

 もし皇帝たちが旧魔王派の不審な動きに気づき、それを魔王様達に伝えることが出来れば、テロの危険性を早期に知ることだってできるかもしれない。もしかしたら、原作で起こった旧魔王派による悲劇を、事前に止められるかもしれないのだ。可能性は低いかもしれないけど、アザゼル先生の腕や魔獣騒動といった被害を減らせたら…、と考えてしまった。

 

「それにしても、倉本奏太くん。きちんと利益はあるけど、大変な作業をすることになるだろう魔王様達を、本当にさらっと巻き込む計画を平然と立てるよね」

「あっ、あははははっ……」

 

 まぁ、当然問題点も色々ある。監視をする悪魔さんは危険な役目だし、古き悪魔達や旧魔王派だって一筋縄でいく相手じゃない。この案は長い目で見る必要があり、失敗したらこちらが危険になる。それに、俺は原作知識で彼らがテロ組織を築くだろうと思っているが、もしかしたら復讐なんてやめて、何もアクションを起こさずに無駄骨になる可能性だってないとは限らない。決して、確実性がある方法ではないだろう。

 

 それに、リュディガーさんの言う通り、ゲーム改革組だけでなく、魔王様達もめっちゃ巻き込む案だということだ。さらに俺の考えは、旧魔王派を利用することが前提にある、……彼らを犠牲にする方法なのである。自業自得な部分もあるだろうけど、そんな彼らの復讐心を踏み台にしたひどいやり方だとも思う。

 

 俺は、彼らが原作通りの『悪』であることを望みながら、リュディガーさんに方法を話した。もしかしたら、改心してくれる可能性だってあるかもしれない、と心の奥底では考えている。でも、改心されてしまったら、ディハウザーさんを救えなくなる。ひどいジレンマだ。それでも、これしか俺に思いつく方法はなかった。

 

 俺は、現魔王派と旧魔王派のどちらに正義があるのか、とか難しい問題はわからない。本当はこの問題に、悪なんていないのかもしれない。どっちのやり方だって、人間に被害はあっただろう。それでも俺は、人間の俺と真っ直ぐに目を合わせて話をしてくれた現魔王派(アジュカ様)を信じたい。これからも俺は、彼と一緒にゲームがしたい。

 

 そのアジュカ様が信頼する四大魔王様達なら、きっと人間(俺達)にとっても良い方向に向かってくれるはずだと信じたいのだ。そんな自分でも「それでいいのか」と思うような答えであるが、それが素直な気持ちなのだから、それでいっかぐらいには緩く考えている。俺はただ、大切だと思うヒト達とこれからも一緒にいたいだけなんだから。

 

 

「ふふっ、面白い着眼点だ。守りを固めている相手を崩せないのなら、別の方向に火種を撒き、それに気を取られた相手が崩れるのを狙う。戦いの定石だね。人間らしい、非常にえげつない手だ」

「……えー」

「おや、褒めたつもりだったんだけどね。他者を評する時、私は辛口だと有名だよ」

 

 いや、例えそうだとしてもですね。えげつない、と言われて喜ぶのは人としてどうかと思うのですが。

 

「私もこの状況を打破するために、様々な手を考えていた。私が注目していたのは、ゲームのプレイヤー側でね。相手が守りに入って時間を味方にするのなら、こちらは時間すら敵にならないぐらいに皇帝の勢力を固めようと思っていた」

「……つまり、リュディガーさんは古き悪魔達を『真正面から』相手にする気が、最初からなかったと」

「あぁ、彼らの狡猾さはよく知っているからね」

 

 このヒト、結構いじわるだ。俺に質問する時、わざわざ「どう攻めるか」と言っていた。言葉の捉え方というのは、かなり重要である。あんな風に質問をされたら、攻める以外の方法を無意識の内に切り捨ててしまうものだ。「攻め方」という限定的な質問をされてしまったから、俺は旧魔王派をわざわざ引っ張ってきたというのに…。守りもOKだったら、そっちでもちゃんと考えたぞ。

 

「ははっ、すまない。そう不貞腐れないでくれ。確かにいじわるな質問をしたよ。正直、答えられないか、質問の誘導に気づき、私のように「攻め方」とは違う方法を思いつくかもしれない、とは考えていた。だけどまさか、本当に「攻め方」を考えて、答えてくるとは思っていなくてね」

「じゃあ、俺。引っかけ問題に正面衝突する勢いで引っかかった、という訳ですか」

「引っかかった上で、斜め上に飛び越えていったけどね。……予想を崩されるなんて、ディハウザーのストライキ以来だよ。まぁ、アレもキミの発案だったわけだけど」

 

 そう言って、リュディガーさんはおかしそうに笑い声をあげた。アザゼル先生みたいな爆笑ではないが、お腹を押さえてぷるぷるとしている。引っかけ問題にあっさり引っかかったとはいえ、人が真剣に考えたことを、笑うのはひどいと思う。それでも、このヒトの纏っているキラキラオーラが全く減った気がしないとは、さすがはイケメンである。そういえば、結婚もしていたな。爆発してもいいですよ。

 

 

「こちらに寝返った第二位や第三位以外にも、今まで運営と関わりを持っていただろう(キング)はいる。それらの動向を探り、怪しい動きをする者の証拠を押さえる。運営側は守りに入っているため、彼らを助けることはできないからね。そして、自軍の浄化と一緒に、そんな彼らを民衆のガス抜きのための見せしめとして晒し、こちらが改革のために動いていることを常にアピールするのさ。やり過ぎないように、タイミングを見計らいながらね。古き悪魔達(彼ら)が守りに時間をかければかけるほど、逆にゲームのプレイヤーの意識は運営の手から離れ、彼らでは制御できなくなるだろう。他にもいくつかの計画を、実行に移そうと考えているよ」

「マジですか、さすがは参謀様ですね…」

「……その前にまず、キミの考えた案を検討する必要があるけどね。リスクもあり、ものすごく大変なのはわかっているのに、理屈は一応通っている。しかも、成功した場合のリターンの大きさがわかるからこそ無碍にもできない。なるほど、ディハウザーや魔王様も、こういう気持ちだったのか…」

 

 それから呼吸を整えた参謀様は、俺に詳細を話してくれた。部外者の俺達に話してもいいのか、とも思ったが、「ディハウザーの損となることを、キミたちは口外しないだろう」とあっさりと告げられる。これは、それなりに俺達のことを信用してくれたということなのだろうか。どことなく、疲れているような気もするけど。

 

「カナくん、また色々なヒトにご迷惑をかけるのです?」

「いやいや、ラヴィニア。聞いていたと思うけど、俺は思いついたことを言ってみただけだよ。実際にやるのかを決める判断は、リュディガーさん達や魔王様達だからね」

「……なるほどな。こうやっておいしい人参だけをぶら下げて、食いつくかの最終的な判断をこちらに委ねることで、完全に逃げられないようにする。そして、本人は対岸の火事の如く、のんびりとそれを眺める訳か。この悪魔め」

「リュディガーさんっ!?」

「冗談だ」

 

 今の声のトーンは、冗談に聞こえなかったんですけどっ! 俺の慌てようにからかいが成功して満足したのか、彼はまた楽し気に肩を揺らした。冷静沈着そうなヒトっぽかったけど、意外とお茶目な部分もあるみたいだ。お腹を押さえて笑うリュディガーさんに、向こう側にいるディハウザーさんの方がびっくりしていたけど。どうやって笑わせたのか、とか知りませんよ。むしろ、なんで笑われているのか、俺の方が聞きたいです。

 

 

 それからは難しい話は終わり、レーティングゲームのことや休日の過ごし方、悪魔貴族の上手な振り回し方に、奥さんとの馴れ初めのこととか、もうすぐ赤ちゃんができることなど、色々な話を聞くことができた。ついでに、魔王級レベルの方々から連絡先をもらって困っていると話したら、「じゃあ、私からもあげよう」とニッコリと連絡先を渡された。リュディガーさん、完全に俺をおもちゃだと思っていますね。今さっき、困っているって言ったばかりなんですけど。

 

「そうだ、最後に一つだけ聞きたい。倉本奏太くん、キミは自分のことを弱者だと思うかい?」

「えっ? そりゃあ、弱いと思いますけど…」

 

 いきなりの問いかけに驚いたが、これに関しては悩む必要すらなく即答できる。俺は間違いなく、この世界では弱者だろう。情けないけど、数えるのが億劫なぐらい、俺より上の実力者が溢れかえっているような世界なのだ。きっと俺はどれだけ頑張っても、原作のヒーロー達のように、正々堂々とカッコよく敵を倒すことは難しいと思う。それでも、強くなることを諦めるつもりはないけど…。

 

「うん、キミはその方がいい。その在り方が、キミを間違いなく強くするだろう」

「強く、って弱いのにですか?」

「弱いからこそ、力がないからこそ、人は考える。大切なものを守るために、勝つために必要なものをかき集めようと貪欲になれる。大事なのは、どんなに小さな可能性だろうと諦めないことだ。キミが先ほど、ディハウザーを救うために必死になって考えたようにね」

 

 弱いからこそ、勝つために人は考えるか…。なんとなく、リュディガーさんの言いたいことはわかるような気がした。強敵と真正面から戦うなんて、俺は絶対にごめんである。確実に勝てる方法を教えてくれるのなら、強い誰かが代わりに戦ってくれるのなら、喜んでお願いするだろう。それでも、いずれ逃げられない、逃げてはいけない戦いがきっと俺にも起こる、と予感のようなものがふと胸を過ぎった。彼の言葉を忘れないように、心にとどめておこうと思う。

 

 それから、また機会があれば、とお互いに挨拶を交わし、ディハウザーさんとリュディガーさんは冥界へ帰ることになった。ほんの数時間程度の会合だったけど、なかなか濃い時間を過ごした、とホッと息をつく。クレーリアさん達も、かなりこってり心配性のお兄ちゃんに絞られたようで、疲れたようにソファーに倒れていた。悪魔のルシャナさんが、思わず二人に十字を切るレベルの憔悴具合だったようだ。お疲れ様です。

 

 こうして、夏休み前の大きなイベントであった、ディハウザーさんとリュディガーさんとの話し合いが、無事に終わりを告げたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 転移魔方陣を起動したことで、目の前に映る景色が一変する。先ほどまでの楽しかった時間の余韻に浸りながら、ディハウザーは口元に笑みを作った。クレーリアと正臣の未来を、自分はこの手でちゃんと守ることが出来たのだと、この目で二人の幸せそうな姿を見て、ようやく心から安心することが出来たのだ。

 

「それにしても、ローゼンクロイツ殿。随分楽しそうにされていましたね。あんなに笑い声をあげるあなたを見たのは、初めてでしたよ」

「えぇ、楽しい時間を過ごさせてもらいました。本当に彼は、面白い考え方をする」

「面白い考え方、ですか?」

 

 多少横目でリュディガー達の様子を伺っていたディハウザーは、奏太達が冥界のことについて話していたのを、うっすらとだが聞いていた。まさかリュディガーが、奏太へあのような質問をするとは思わず、そしてそれに少年も応えられるとは思わなかった。前回は旧魔王派に濡れ衣をかぶせたのに、今度はこっそり監視をして餌にしよう、とは相変わらずぶっ飛んだことを提案する。

 

 旧魔王派は、冥界に住む誰もが話題に出すことすら憚られる存在だった。特別忌避している訳ではないが、それでもどこかで彼らは自分達とは見ている視点が違う、と一線を引いている。同じ悪魔でありながら、彼らの価値観がディハウザーにはわからない。理解ができない。だからこそ、あえて考えないようにしてきた。それは、きっと冥界に住む悪魔達も同じ感情であろう。

 

「面白いですよ。あれだけ感情豊かで、情に流されやすく、考えていることが顔に出るぐらいわかりやすい子は、久しぶりに見ました。裏表もないようですので、ディハウザーが気に入るのが分かります。そんな子なのに、彼があの考えに至った過程が、私にはわからなかった。これでも、人間観察には自信があったんですけどね…」

 

 奏太はディハウザーのために、と必死に考えていたため気づかなかったが、リュディガーはその様子をじっと観察していた。彼の表情を読み取りながら、「攻め方」についての話をしながら、どのようにしてあの答えにたどり着いたのかを考察し続けていたのだ。だが結局、確信を持てるほどの成果は得られなかった。

 

 だからこそ、彼は面白いと思ったのだ。こちらの予想を、どのようにして超えてくるのかがわからない。普通に会話をするだけなら、彼の次の答えが手に取るようにわかるほど簡単だというのに。ディハウザーを救うために思考の海に潜っていたあの時だけは、貪欲に強欲に答えを求める黒い瞳の奥を読み解くことができなかった。

 

「あの子はどこまでも悪意なく、淡々と客観的に思ったことを口に出しているだけでした。思考力を持つ生き物の多くは、自分が目にした事実や価値観、感情を起点にするものです。しかし彼の場合は、己の培ってきた知識や価値観、感情を考慮せず、まるで紙面に書かれたような図や関係性から全体を考察しているようにも感じました」

「…………」

「そして一番に面白いのは、その紙面に書かれたような関係性だけでなく、どこか深く相手の本質を見透かしているところでしょう。さらには、人間らしい、臆病さがよくわかる。真正面から勝てないのならば、相手を油断させ、気づかれないようにゆっくりと自分のフィールドへ引きずり落としてから、初めて逆転の一撃となる己の牙を見せてとどめを刺す。あの子は大切なものがかかった負けられない戦いの時、最も苛烈になり、一切の容赦がなくなる。自分が弱いとわかっているからこそ、相手を確実に仕留められるまで徹底的にね」

 

 だからこそ、最後に奏太へあのような質問をしたのだ。弱さを武器にするように、考えることを決して諦めないように、リュディガーが面白いと思ったその考え方を曇らせないように。趣味が人間(悪魔)観察である彼にとって、これほど楽しい時間はないだろう。レーティングゲームのトップ争いの時のような、何が起こるか予想できない時に感じるあの高揚感。思わず、笑い声をあげてしまったのは、仕方がない事であろう。

 

 一方でディハウザーは、なんとも言えない表情を浮かべる。彼にとって奏太は、クレーリア達を救ってくれた恩人であり、弟のように可愛がっている子だ。あそこまで純粋に皇帝としてだけでなく、ディハウザー・ベリアルという一人の悪魔を慕ってくれているのだから、嬉しく思うのは当然だろう。

 

 だからこそ、リュディガーのようなどこか捻くれた感性の持ち主に気に入られてしまったことは、ちょっと申し訳ない気持ちになる。彼を紹介したのは、自分なのだから余計に。

 

「……カナタくんに、そのことは」

「もちろん、言っていない。あの子にとって、私が気づいた部分はきっと触れられたくないところだろうからね。口に出したら、怖がらせて警戒されてしまうだろう。大切な私のファンを、みすみす失くすような真似はしないさ」

 

 だからこそ、とリュディガーは口角を釣り上げた。

 

「これからは、近所のちょっと悪いお兄さんぐらいの立ち位置を確保して、時々面白くなりそうな助言をしたり、手を貸したりしながら、彼の行動を楽しく見守るとするよ」

 

 天然の災害に、悪知恵を与える悪魔。それ、一番性質が悪い組み合わせじゃないか。皇帝の口元が、ぴくぴくと引くついた。理事長や魔王様といい、なんで自分の周りには悪魔過ぎる悪魔が多いのか。くすくすと微笑む己の参謀の様子に、だんだんと目が遠くなっていく。疲れたように額に手を当て、ズキズキとしてきた頭痛にディハウザーは眉を顰めた。

 

 半年前から色々な意味で気苦労が増えた皇帝は、とりあえず懐から『水なしでいつでも助けてくれる、あなたの素敵な相棒』という謳い文句に惹かれて買った、アガレス産のお薬を気休めに飲んでおいたのであった。

 

 


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