えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八十六話 ゲーム

 

 

 

 ふと感じるのは、なんだか懐かしいな、という気持ち。思えば、こいつらと初めて出会ったのも、今と同じ夏の暑い季節だった。あれからちょうど一年という月日が過ぎ、それなりに成長できたとは俺も思っている。正臣さんから近接戦の指導を受け、アザゼル先生から神器の指導を受け、メフィスト様とラヴィニアから魔法の指導を受け、アジュカ様から概念の指導を受け、とたくさんのヒト達から教えをいただくことができた。

 

 自分よりもはるかに格上からの指導であり、成長を比べ合う同期やライバルがいない俺は、自分が強くなっているという実感があまり湧いていなかった。だけど、こうして一年前の自分と比べる機会ができたことに、じわじわと胸に込み上げてくる嬉しさが、思わず口元を綻ばせる。あんまり浸っているとタンニーンさんに弛んでいるって怒られるから、すぐに気持ちを切り替えたけど。

 

 そんなことを考えながら、俺は自らに迫り来る火球を避け、同時に横合いから放たれた銀閃を魔法の簡易結界で軌道をずらしておく。相手の伸びた爪は結界に当たり、そのまま俺の横の地面を抉るだけで終わった。それに不平不満を言う相手に、「当たったら、こっちが大怪我するだろうが」とこっちも多少文句を言っておく。

 

 それなりに余裕はあるけど、相手の体力は俺とは比較にならないぐらいあるのだ。こっちの配分を間違えると、途端に追い詰められてしまうだろう。相手の動きに対処できるように、さらに距離を取っておいた。

 

「相棒」

 

 俺からの短い呼びかけに、紅に光り出す神器。移動した俺の背後からタイミングよく火炎が迫ってきたが、そこは仙術もどきの気配察知で気づいていたので、消滅の能力を神器に纏わせて炎を振り払う。ついでに、相棒に消滅による事象の解析を行ってもらった。すると、後二、三回ほど解析結果が欲しいと思念で伝えられたので、あえて相手の火炎を避けずに、消滅の能力で消し去っていく。相手もムキになっているようで、連続で火球を放ってきた。

 

 だが、そのおかげで準備が整った。

 

ベクトルの消去(デリート)

 

 俺に向かっていた火球の一つに魔法力を纏わせながら神器を突き刺し、炎の動きを物理的に止める。俺の眼前で止まった炎に驚く周りへ小さく噴き出すが、このまま放置すればこの炎はすぐに消えてしまう。俺はいたずらっ子のような笑みを浮かべると、魔法力を神器に通して目の前の炎に注ぎ込んでいく。本来のあるべき事象を消し、異物に対するあらゆる抵抗を消し、俺の魔法力が入ったこの炎が完成系であるように、世界へ認めさせる。

 

書き換えろ(リライト)

 

 相手の炎を、俺の力にする。消えかけだった炎が俺の魔法力によって再び燃え上がり、俺の意思に従ってくるくると炎が躍り出した。自分が放った炎が俺のものになったことに驚いて硬直した相手へ向け、先ほどのお返しとばかりに手の中の炎を撃ち返してやる。慌ててもう一回火炎を放ってそれを相殺しようとしてくるが、俺は魔法力で炎の軌道を操って上空へ逃がし、そのまま直下させて顔に直撃させた。

 

「ぶはぁッ!? ちょっと、痛ッ、目に入ったッ!!」

「自分の炎だろうが。お前ら炎に耐性あるし、普通にぶつけてもそこまで意味がないと思うから、そういうところを狙うしかないだろ」

「うぅぅ…、鬼っ! 悪魔っ!」

 

 なんか最近、色々なヒトから悪魔って言われることが多い件。俺、まごうことなきか弱い人間なんですけど。本物の悪魔が存在する世界で、なんで悪魔呼ばわりされないといけないんだ。しかも、大部分はその悪魔の皆さんから言われているのがおかしい。俺の名誉のために、『悪魔』の二つ名は返上したい。

 

 

「だったら、数で押してやる!」

「……あっ、それ悪手」

 

 消滅の力で解析し、さらに一度でも『書き換え(リライト)』を成功させることができた能力や異能や魔法。それらは、……もう俺には効かない。俺は迫り来る炎の連弾を、魔法力を纏わせた神器でなぞる様に一掠りさせる。すでに理解した事象に時間をかける必要はない。

 

 神器の能力が効率よく必要な該当箇所のみを消し去っていき、俺の魔法力が一瞬で相手の炎を奪っていく。形式や威力などは相手が放ったものそのままで、主導権だけを奪って、維持のための魔法力を与えるだけでいいので、俺自身の消費は大変低コストなのである。

 

 そうして結果として、二十以上もの火球が俺の思うままに手に入った。俺の周りに集まっていた全員が、唸り声をあげながら後ずさり出す。自分の技が相手に奪われ、更には自らに牙を向けてくるのだ。それによる精神的な衝撃は、かなり大きいと思う。さすがにこれを一気にこいつらへ当てたら、怪我するだろうからやらないけど。

 

 とりあえず、ノリで炎を奪ってみちゃったけど、この後どうしよう。この炎をただ消すだけなのは勿体ないから、有効的に処理しないといけない。俺はちょっと考えて、二十以上の炎弾を上空で一ヵ所に集めて巨大な太陽のような熱の塊を作り出す。そして神器で重力を消して跳び上がると、炎の塊より上空へ移動して体制を整え、下でポカンと口を開けているチビ達に声をかけた。

 

「今から十カウントしたら、これを地面に撃つぞー! 吹っ飛ばされたくなければ、ちゃんと逃げろよっー!」

「えっ」

「悪魔がいる」

「僕たちを攻撃しちゃいけないルールギリギリを攻めた方法に、開いた口が塞がらない」

「逃げ役が、鬼役を逃げさせる件」

 

 好き放題言っているが、俺の言う通りに全力で逃げだすチビ達。俺はちゃんと怪我をさせないように配慮しているのに、悪魔の二つ名がだんだんと定着してきていることに遠い目になる。おかしいな、俺の先生達から教わった通り、効率よく動いているだけのはずなのに…。逃げ役が鬼役を撃退している時点で、もはや鬼ごっこじゃなくなっているような気はしていたけど。

 

「去年はあいつらに、泣きながら逃げ回ることしかできなかったのにな」

 

 後でお菓子でも渡して、チビドラゴンたちの機嫌を直さないといけなさそうだ。俺は魔法力で地面に向かって火炎を操ってぶつけ、轟音と爆風が辺り一帯を包み込んだ。それに鬼たちが混乱している内に、立ち上った煙に身を隠しながら姿や気配を消して、仙術もどきで周辺に子竜達がいない場所を目指して逃げることにした。

 

 こうして、去年と同様に行われた子竜十二匹との鬼ごっこは、俺に確かな成長を感じさせてくれたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「カナのくせにー」

「カナのおにー」

「カナのこのやろうー」

「ほぉーれ、ディハウザーさんがみんなにって送ってきてくれた、冥界の高級お菓子だぞぉー」

『わーい!』

 

 うん、やっぱり子どもにはお菓子だな。ディハウザーさんは、以前この火龍さんの遺跡に来たことがあるので、俺がそこへ行くとわかると、わざわざ前回場所を貸してくれたお礼にとお土産をいくつか渡してくれたのだ。さすがは皇帝、気配りが行き届き過ぎである。先ほどまでの機嫌を直し、嬉しそうにお菓子を頬張る子竜達に、俺はおかしくて笑ってしまった。

 

 タンニーンさんとの模擬戦を終え、しばらく休憩した後、せっついてきたチビドラゴンたちと約束通り遊ぶことになったのだ。ラヴィニアは神滅具の操作でかなり消耗していたので、しばらく休む必要もあったしな。もちろん、遊びは修行込みだった。ルールは前回と同じ三時間鬼ごっこで、最初は俺よりもデカくなったドラゴン複数に追いかけられてビックリしたが、スピードなら正臣さんの方が速いし、十五メートル級と戦ってすぐだったので、そこまで混乱することはなかった。

 

 ちなみにメフィスト様は、魔法でラヴィニアの体力を癒し、少し話をした後、「それじゃあ、頑張るんだよ」と俺達へにっこりと笑顔を向けてから、魔方陣の転移で帰ってしまった。容赦のないドラゴンと調子に乗る堕天使を、唯一止められる保護者が行ってしまったことに、ちょっと肩を落としてしまう。忙しいんだから、当然なんだけどさ。それから鬼ごっこが終わった後、チビドラゴンになったタンニーンさんと一緒にヒト型用のスペースへ集まり、さっき俺が見せた能力についての話が始まった。

 

「お前が見せたアレは、アジュカ・ベルゼブブの技だな。魔法だけでなく、ドラゴンの炎にまで作用できるようになったとは…。それなりの実戦レベルにも、使えるようだな」

「俺の場合、相棒の能力の効果が届く範囲で、という条件がありますけどね。複数をまともに相手していたら、こっちが不利でしたから。まぁ、今回みたいに上手く決まる場合の方が、少ないんですけどね」

 

 アジュカ様との修行では、魔方陣への干渉だけでなく、この世界の様々な事象にも効果を及ぼせるように訓練をしただろう。ちなみに、相手の能力を奪うにはそれなりに条件が必要なので、誰にでも効果がある訳じゃない。相棒の力で、その現象を消滅させると同時に解析を行わなければならず、数回ほど攻撃を受けなければならないのだ。つまり、俺が受けきれない、または消滅仕切れない現象には使えない。

 

 また、相手に複数の手段があるとあまり意味がない。例えば、ラヴィニアの火の魔法を解析完了できても、今度は水を、氷を、風を、それこそ別の魔法式の火を、と魔法の形式を変えられたらどうしようもない。俺に複数同時に解析できる技量はまだないため、すぐに封殺されてしまうだろう。アジュカ様みたいにさらっと干渉できたら、カッコいいだろうになぁー。

 

「でも、カナくん。魔王さんの『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』は、この世に存在する現象を数式や方程式で操ることが出来る方だから使える技ですよね。魔法は数式で出来ているので私も理解できるのですが、この世の現象や異能などを消滅解析するのは難しくないでしょうか?」

「あぁ、そこなんだけどさ。俺も最初は無理だと思っていたんだけど…。なんというか、アジュカ様の趣味と俺の趣味が合致したおかげ、って感じかな」

「カナくんと魔王さんの共通の趣味というと、……もしかしてゲームですか?」

「あははっ、正解」

 

 ラヴィニアがすぐに答えを導き出せたことに、やっぱりクイズにするにも簡単すぎたか、と頬を掻いた。この時代にはまだ早いかもしれないが、俺の前世ではMMORPGというゲームがあり、小説だけど自分自身の意思でアバターを自由に動かせる世界があることも知っている。

 

 主人公を動かしてゲームの世界を疑似体験するのではなく、自分がゲームの世界に入って直に体験する。俺はその認識に理解を示すことができたおかげで、ゲームの世界を簡単に受け入れることが出来たのだ。

 

「レーティングゲームは、プレイヤーがゲームの世界に入って試合をするだろ。ゲームの世界だからこそ、この世界では起こりえないはずのことを起こすことが出来る。その原理を使って、簡単に言うと『アジュカ様が見ている世界』をゲームとして俺に見せてくれたんだ」

「アジュカ・ベルゼブブが見ている世界だと?」

「はい。さすがに魔王様とそっくりそのまま同じ世界を見たら、最悪発狂しちゃうので、えーと…パズルゲーム感覚で見せてもらったんです」

 

 俺の頭じゃ、数式をズラーと並べられても、ちんぷんかんぷんだ。でも、ゲーム的なパズルに置き換えて視覚から見せてもらったことで、それを並べ替えたり消したりすることで法則がだんだんとわかってくる。

 

 例えば、ゲーム世界でさっきの炎が現れたとする。それに槍を刺して能力を発動させると、その現象を構成するパズルが目に見えるので、それを法則に則りながら魔法力で解いていくのである。現実世界じゃパズルは見えないけど、書き換える法則はゲーム世界と同じだから感覚でだんだんとわかってくるのだ。

 

「一応、アジュカ様から『書き換え(リライト)』の補助用に魔導具をもらったので、その助けも借りていますけどね」

「お前が耳につけている物か。……単一の能力しか持たない者にとっては、お前に能力や異能を奪われた時点で詰む訳だな。初見の相手にとったら、嵌め技もいいところだ」

 

 まぁ、タンニーンさんの言う通り、ちょっとズルい手かもしれないですね。確かゲーム世界でなら、ステージレベル4までクリアしたと思う。アジュカ様がパズルゲーム世界みたいなのを俺用に作ってくれて、まるでゲームのプレイヤー感覚で概念消滅の勉強ができたのだ。ぶっちゃけ言わせてもらえば、めちゃくちゃ楽しかった。

 

 あと、アジュカ様と二人プレイの時は、一瞬で難解なパズルを解いていく魔王様に戦慄したのも記憶に新しい。何より一番嬉しいのは、俺がちょっと飽きてきた頃合いに、必ずアップデートによる新要素が加わるのだ。俺の魔王様への尊敬度は、鰻登りである。

 

 

「うむむ、パズルゲームはよくわからんが、概念に干渉できるお前達だからこそ通じるものもあるのかもしれないな」

「えー、タンニーンさんもゲームをやりましょうよ。今みたいに魔力で小さくなったらできますよね?」

「俺はあんな細々したものは好かん」

 

 それは残念。原作の蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)さんは、空を飛びながらピコピコやっていたから、やろうと思えばドラゴンもできると思ったんだけど。好みなら仕方がない。ゲームは楽しむものだからな。

 

「カナー、パズルゲームって小さくなったらできるの?」

「えっ、あぁー、うん。俺が今持っているゲーム機は人型用で小さいから、お前らの指……爪? えっと、とにかくそれだとボタンを押すことができないからな」

「ふーん」

 

 ふと、俺の隣でお菓子をもぐもぐしていた一匹が、俺を見下ろしながら聞いてきた。こいつらテレビにも興味津々だったし、ドラゴンの若い世代は最新機器に敏感らしい。だが、残念ながら俺よりも大きなドラゴンが遊べるゲームは、今のところ聞いたことがない。ドラゴン用のPCゲームとか、アジュカ様に言ったら作ってくれたりするのだろうか。

 

「じゃあ、小さくなるー」

「そうそう、お前らはタンニーンさんみたいに小さくなれないんだから、仕方が……、えっ?」

 

 仕方がない、と諦めてくれるかと考えていたら、斜め上の回答が来た。聞き間違いかと思って振り向くと、タンニーンさんが変化する時と同じように、赤い光が現れ出す。俺よりも高かった全高が、だんだんと光と共に縮んでいく。そして、ポンッと気の抜けるような音と一緒に、ぬいぐるみサイズの赤いドラゴンがパタパタと飛んでいたのであった。

 

 俺は呆然と目を瞬かせる。あれ、ドラゴンってこんな簡単に小さくなれるの? タンニーンさんから前に、大型の転生悪魔は、魔力を使って変化することができると教わった。あと事例があるとすれば、人型に変化できるらしいティアマットやクロウ・クルワッハぐらいだろうけど…。どうしよう、マジで混乱している。

 

「ほぉ、だいぶ変化が上手くなったな」

「うん、練習したのー。小さい方がお菓子をいっぱい食べられるから」

「理由がお菓子かい。いや、ツッコんでいる場合じゃなくて…。もしかしてここにいるドラゴンは、みんな小さくなれるのか?」

「できないよー。できるのは、火の子だけ」

「火の子?」

 

 初めて耳にした聞きなれない呼び方に、俺は首を傾げる。今までこいつらのことを一緒くたにして呼んでいたから、まさか個別の呼び方があるとは思わなかったのだ。実際、ここにいる大人の赤龍さんたちもあんまり識別しているように思わなかったから。個別には名前がない、と去年に教えてもらったし。

 

「あっ、なるほど。そういうことですか」

「えっ、ラヴィニアわかったの?」

「察しが悪いぞ、倉本奏太。忘れたか、ここは俺の眷属の一体が治めている集落だ。そいつはここでは「族長」と呼ばれ、その子どもだけは見分けのために「火の子」や「水の子」と種族の特徴を取った名で呼ばれることがたまにある、というだけだ」

 

 タンニーンさんからの説明で、ようやく理解が及んでいく。あぁ、なるほど。つまりこいつは、あの一番大きな火龍さんの子どもって訳か。でも、族長の子どもだから変化できるっていうのも、ちょっと理由としてはしっくりこないなぁー。……ん、待てよ? タンニーンさんの眷属ドラゴンさんの子ども、ってことは…。

 

 

「もしかして、こいつ悪魔とドラゴンのハーフ?」

「眷属悪魔のドラゴンと純粋なドラゴンの間から生まれたため、ほぼドラゴンだがな。それでも、転生悪魔を父に持つため、少量だが魔力は使える。だから、悪魔となった眷属の子どもには、見分けのための名がついた、という訳だ」

 

 それで「火の子」という名前があったり、魔力で身体の大きさを変えたりできたのか。変化で小さくなったそいつは、ふらふらと小さな翼を動かして飛び、目的地だったらしい俺の肩の上にガシッと掴まった。おい、ちょっと重いんだが。俺は某マサラ人ほど怪力じゃないんだぞ。

 

「こら、降りろ。小さくなってもそれなりに重いんだから、肩の上に乗るのは止めなさい」

「むっ。女の子に重いなんて、カナはデリカシーがない」

「…………えっ、お前メスだったの?」

 

 思いっきり頭突きされた! 涙が出た。マジで痛い。いやいやいや、ドラゴンの性別なんてわかる訳がないだろっ!? しかもお前ら、ほとんど同じような行動していたじゃん。俺に容赦がなかったじゃないか。優しさもなく、ボロ雑巾のように毎回遊びに引っ張られた記憶しかないからなっ! 女子的な要素が、今までに一つもなかったぞッ!?

 

「倉本奏太。オスなら他種族の男の肩に止まるなど、絶対にせんぞ」

「……この一年間、全員から手厳しい扱いをされてきたから、てっきり全員オスなのかと」

「それは、お前が弱すぎたからだ。ドラゴンの子どもは特に、自分より弱いものを認めたりせん。今回の鬼ごっこで、ようやく認められたということだろう」

「カナ、褒めてやるー」

 

 タンニーンさん、本当にこれって認められたんですか? すごく上から目線なんですけど。ペシペシと俺の頭を叩いてくるちびっ子の首元を掴み、とりあえず膝の上に持って来る。「おー」と暴れることなく、大人しく運ばれてくれたのは助かった。どうやら、メスはこいつ一匹だけらしい。そりゃあ、オスだらけの中で育てば、行動もそっち寄りになっても仕方がないか。

 

 お菓子はちゃっかり自分の分を確保し終えていたようなので、早速ゲームコールが来た。俺はリュックから携帯ゲーム機を取り出して、画面を支えてあげながらボタンの押し方を教えていく。ボタンを押すたびに画面が変わっていくことが面白いのか、夢中になってやり始めた。悪魔の血がちょっと入っているからか、ゲーム画面の音声も聞き取れるから大丈夫らしい。片手でポチポチ押すだけだが、意外に呑み込みが早いな。褒めてやると、嬉しそうに喉を鳴らしていた。

 

「ここに連れてきた時からいつも思っていたが、面倒見がいいな。ドラゴンの子は上位種である自負を生まれながら持つ者が多く、よほど気に入った者でなければ、他種族の子相手には尊大な態度を取りやすい。今までも、だいぶ振り回されただろう?」

「まぁ、かなりは…。でも、年下の子どもにムキになっても仕方がないですからね。悪いことをしたら叱りますけど、それ以外は別にいいかなって」

「カナー、ここはどうするのー?」

「あぁー、はいはい。ここはな」

 

 現在進行形で振り回されている俺を見て、周りはくすくすと肩を揺らしていた。ラヴィニアも隣に来て、「ここを繋げると、連続コンボが決まるのです」とさらっと上級者アドバイスをしている。修行のために冥界へ来たのに、ゲームをしていていいのかな。タンニーンさんは子どもには甘いから、すごく楽しんでいるちびっ子の邪魔をする気はないようだ。やれやれと肩を竦めていた。

 

 他のチビ達は、鬼ごっこで運動して、お菓子を食べて満足したのか、お昼寝タイムに入ったようである。とりあえず、俺の膝の上に乗っているちびっ子が飽きるまでは付き合うことにした。しばらくすると、片手から両手でボタン操作ができるまでになり、子どもの学習能力ってドラゴンでもすごい、と感心する。ふと気が付くと、今のタンニーンさんと同じ大きさの赤いミニドラゴンが飛んでいて、俺達を興味深そうに見ていた。

 

「娘が世話になる」

「あっ、いえ」

 

 お父さんの公認いただきました。あなたの娘さん、立派なゲーマーになりだしていますけど、いいんですか? ラヴィニアが隣でどんどん上級者向けの知識を与えるから、高速連打も習得しだしましたよ。俺はなんとも言えない笑みを浮かべながら、夏休みが始まるまでは思いもよらなかったほのぼのとした時間を過ごすのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』 ~プロローグ~ 【動き出した影】

 

 

 

「……そうか。まさか、我らが『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』でも屈指の戦士たるキング・サーモンですら、魔法少女に届かなかったとはな…」

「あの、首領。サーモン・キング様が確か正しいお名前のはずで…。と、とにかく現在、『渦の団』の療養施設で休んでいますが、前線に復帰するには時間がかかるようです」

 

 日本近海にある小さな孤島。誰にも存在を知られていないその秘密基地に、アジトを構える秘密組織があった。結成から約四十年という長い歴史を持ち、世界中で人知れず悪の行為を行い、世界征服のための戦力を集めている。それが、由緒正しき悪の秘密結社、『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』であった。

 

 しかし、ここに来て予期せぬ敵が出現する。今まで国際刑事警察機構(ICPO)に気取られないように注意を払ってきたが、それとはまったく違う別勢力の介入が起こったのだ。そう、悪の組織があるのならば、必然的に現れるだろう存在。悪と対抗する正義の味方――『魔法少女』が彼らの前に立ちはだかったのであった。

 

「……正直、正義の味方(ヒーロー)と言えば、戦隊とかライダーとか巨大ヒーローとかロボとかが来るかもしれぬと懸念を持っていたが、まさか魔法少女(ヒロイン)が現れるとはな。正義の味方と悪の組織の関係とは、やはり奥が深いものだ…」

 

 しみじみと呟く組織の首領――カイザー・ヴォルテックスは、懐かし気に目を細める。彼がこの組織を立ち上げたのは、もう四十年以上も昔。当時まだ幼い少年だった子どもは、テレビに映る悪役たちに憧れ、その夢を追ってここまできた。何度も特撮番組を見ては、興奮に胸を躍らせてきたのだ。顔がパンのヒーローに毎回星になる勢いでパンチをされても、即復活して全くめげない敵役に尊敬の念を抱き、いつも応援をしていた。

 

 宇宙怪獣の襲来が初めてテレビに映った時なんて、興奮して眠れもしなかっただろう。カラーテレビが普及し、色付きの怪獣たちを目にした時なんて、もう感動で涙が止まらなかったほどだ。その後の妖怪ブームや変身ブームなど、多くの時代をこの目で見て、そして悪の組織について本気で考えた。最初はみんな馬鹿にしてきた。だけど、どうしてもこの目で見たかったのだ。悪の組織が、光り輝く姿を絶対にこの手で叶えたいと願った。

 

 だから、そのために必要な知識と力をつけた。裏の世界を知り、何度も挫けそうになりながらも仲間を集めていった。優秀な者なら、熱意がある者なら、それが誰であろうと構わない。共に悪の組織として輝く夢を持てるのならば、魔物や獣人、人間の異能者、変人変態動物魚類昆虫だろうと手を差し伸べてきたのだ。怪人を揃え、カッコいい怪獣を暴れさせ、この世界に混乱を起こす渦の中心となりたい。そう願い、男はひたすら走ってきたのだ。

 

 組織の集会場に集まった戦闘員たちは、くつくつと楽し気に笑う首領に緊張から唾を飲み込む。禍々しい装飾の施された椅子に座り、ドラゴンを思わせるデザインの兜を被った初老に差し掛かった男性に、全員が畏怖の目を向けた。

 

 その姿に弱弱しさなど微塵もなく、あるのはどこまでも力強い意志を感じさせる、決して夢を忘れることのない……純粋で無垢な少年のような瞳。その目があるからこそ、四十年も構成員たちは彼の後ろをついて行くことが出来たのだから。

 

 

「よかろう、認めようではないか。我が組織の前に立ちはだかるヒーローとして、相応しい逸材の登場を」

 

 首領は椅子から優雅に立ち上がると、集まった構成員全体が見える場所まで歩き、壇上からゆっくりと見下ろした。邪悪な笑みを浮かべるトップの姿に、集まった者たちは興奮に胸が震える。カイザー・ヴォルテックスは、くわっと一層目を見開き、天高く両手を大きく広げると、Vの字を形作って叫んだ。

 

「皆の者、聞くのだッッ! この時より、『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』を我が『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の倒すべき好敵手と見なすっ! 我が組織の精鋭たちよ、我らの前に立ちはだかったことを、魔法少女に後悔させてやるのだァァッーー!!」

『ヴォルテーーックスッッ!!』

 

 最高潮にまで高まった気合いが、組織全体を揺らしていく。この組織でも指折りの強者だったサーモン・キングを倒してしまえるほどの実力者が相手だ。だが、それがどうした。自分達が憧れた悪役たちは、正義の味方が強大だからと諦めたか? そんな訳がない。彼らはどんな時だって、己の思うままに突き進んでいた。

 

 悪の業界からは、悪の組織なのに考え方が古いやら、時代から遅れている、と昭和風味な悪の組織のやり方に嗤う者も数多くいただろう。だが、これこそが自分達が憧れた悪の道なのだと決して迷わなかった。今更、何が来ようと膝を折るつもりはない。ならば進もう、(混沌)の中心へと。

 

 邪悪な渦巻きマークの旗印の下、悪の組織の想いは一つとなる。例え、魔法少女なのに魔法じゃなくて、破壊の拳がとんで来ようとも! この世の者とは思えない、恐ろしい覇気を放つ存在だとしても! その魔法少女の年齢見た目その他諸々というか全てに対して、ものすごくツッコミたい気持ちがあろうともっ! 『打倒、魔法少女ッ!』と首領と共に戦闘員たちもVの字を作り、互いの戦意を高め合った。

 

 こうして、謎の悪の組織がひそかに動き出す。魔法少女と悪の組織の戦いは、熾烈を極めていくのであった。

 

 


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