えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

87 / 225
第八十七話 契約

 

 

 

「パパー、ゲーム買ってー」

「冥界はゲームを売っていない」

「うばぁー」

 

 ゲームをいっぱいやって予想できた結果に対するお父さんからの答えに、ちびっ子はあえなく撃沈する。そういえば、冥界ってゲーム会社とかないよね。ゲームと言えば、レーティングゲームに変換されるぐらいにはこの一強しかない。アニメも実写動画ばかりだし、悪魔の文化ってかなり極端な印象だ。人間界の方が進んでいる文化もあれば、人間ではできない最先端の技術が使われているところもある。

 

 ちょっとデータが勿体ないけど、俺のゲーム機やソフトを譲ってあげようかな。あまり実感がわかないけど、かなりお金はあるみたいだから、物に関しては問題ない。俺の貧乏性の所為か、あんまり大きな買い物をする機会がなく、ずっと貯まる一方なのだ。これ、経済的にすごく申し訳ない気持ちになる。でも、必要ないものや無駄なものは買いたくない。こっちの使い道も、色々と考えないとなぁ…。

 

「あの、俺の持っているゲーム機やソフトならあげますよ。人間界でいつでもできますので」

「カナ、ふとっぱらー! でも、他のゲームや、最新のゲームもやりたい」

「わがまま言わない。冥界と人間界を行き来するのだって、すごく大変なんだぞ」

 

 こればっかりは、納得してもらうしかない。本来なら、冥界と人間界を跨ぐには色々と取り決めがあって、簡単に行き来することはできない。俺達は強者の協力のおかげで、それをこっそり抜けているだけなのだ。魔法使いの中でも、かなり高位の実力者じゃなければ、界を越えるほどの転移なんてできないのだから。

 

 俺の注意に、ちびっ子は「むー」と不貞腐れながらも文句は言わなかった。さすがに、そのあたりは理解しているみたいだ。旧魔王や神にすら疎まれたドラゴンが、こんな風に平和に暮らせるのはタンニーンさんのおかげである。外の世界に行く危険性は、きっと勉強しているのだろう。だけど、せっかくゲームを楽しめたのに、これでおしまいなのはちょっと可哀想な気もした。

 

「……ねー、カナー。人間界はもっと面白いゲームある? お菓子もたくさんある?」

「えっ、そりゃあ、あるけど…」

「ドラゴンは、人間界に行っちゃダメなの?」

「えっと、さすがにそれは……駄目だ。ドラゴンが人間界に来たら、きっと大騒ぎになっちゃうから。それにここはドラゴン用の領土として守られているけど、人間界にはそういった取り決めがなくて、人間以外にもたくさんの種族がいる。だからドラゴンが人間界に現れたら、危険だからって最悪討伐対象になってもおかしくないんだ。ドラゴンにとって、人間界は……すごく危ない場所なんだよ」

 

 子どものこいつにもわかりやすいように掻い摘んで説明し、しゃがんで目線を合わせながら、ゆっくりと伝えていく。厳しいことを言うけど、人間界はドラゴンにとって決して優しい場所ではない。人間界で暮らせなくなったドラゴンの多くが生き残るために、冥界へ移り住んだ歴史が実際にあるのだから。

 

 こういう大切な話の時、子どもだからと煙に巻くのは一番やっちゃいけない。本当に危ないことに関しては、嘘や誤魔化しより、しっかり本当のことを話しておいた方がいい。それで泣かれてしまうかもしれないけど、少なくとも俺は、子竜達が危険な目に遭うのは嫌なのだ。この子の夢を壊すのは申し訳ないけど、ここを譲る気はない。

 

 俺の目を見るちびっ子は、しばらくふらふらと赤い尻尾を揺らし、しょんぼりと首を下に落としたが、最後には小さく頷きを返してくれた。ちゃんと聞き分けてくれたことに、「よくできました」と小さな頭を優しく撫でておく。それに気恥ずかしさからか、俺の手を甘噛みしてきてビビったけど。

 

 

「……王よ」

「ふむ、そうだな。お前とその子がいいのなら、俺から口を出すつもりはないぞ」

「タンニーンさん?」

 

 紫と赤のミニドラゴンが、互いに目配せをし合うと、俺達の方へ振り向く。疑問符を浮かべる俺とちびっ子に、タンニーンさんは腕を組んで静観し、赤龍さんが小さな翼からパタパタと音を立てながら近づいてきた。

 

「娘よ、人間界に行きたいか?」

「パパ?」

「えっ、でもそれは……」

「まぁ、待て。倉本奏太が先ほど説明していた通り、ドラゴンが人間界に現れれば混乱が起きるだろう。見つかれば討伐の対象になり、常に狙われることになる。だが、それらを解決できるだろう方法が、今回は運良くあるという話だ」

 

 タンニーンさんからの説明に、俺は目を瞬かせる。赤龍さんはちびっ子を手招きして呼ぶと、何やら説明をしているらしい。それに目をパチパチするちびっ子は、何故か俺の顔と父親を交互に何度も見比べながら、何かを真剣に考えているようだった。いったい何を話しているんだろう。

 

 ドラゴンが人間界に現れることは、この時代ではあり得ないこととされている。一般の人間の間では、龍なんて神話時代のおとぎ話のような存在なのだ。だから、ドラゴンなんて現れたら、確実に教会関係者が許さないだろうし、素体として優秀な龍を狙う者だって大勢出てくるだろう。冥界にいけない者にとったら、本物のドラゴンなんて喉から手が出るほど欲しいと思うし。

 

 実際に、タンニーンさんが保護しているドラゴン以外は、冥界で野生と化しているか、討伐や封印などの処置が行われている。龍王レベルやオーフィスぐらい強くなければ、ドラゴンが普通に生きていくのは無理だろう。それだけ、人も人外も神すらもドラゴンを危険視しているのだから。

 

 唯一、討伐も封印もされずに生き残った邪龍の中に、クロウ・クルワッハがいる。彼はドラゴンでありながら、人型となって人間界に紛れることが出来たから生き残れた。本来なら、ドラゴンが人間社会で生きていくなんてありえないレベルなのだが、彼の場合はその強さとマイペースさ、そして他のドラゴンにはなかなか持ちえない冷静さを持っていた。彼には慢心や驕りという感情がないため、客観的に自分の立ち位置を把握し、最適な行動を選択することが出来たのである。人間を見過ぎたドラゴン、と確か言われていただろう。

 

 

「でも、タンニーンさん。本当に解決できる方法なんてあるんですか?」

「簡単だ。野生のドラゴンが人間界に現れるのがまずいのなら、確かな身分証明を与え、人間界には一時的に過ごすだけ、という条件を設定すればいいだけだ」

「えっ、そんな都合のいい条件なんて」

「だから言っただろう、運が良いと。たまたまだが、この条件に合致しそうな者がここにいるからな」

 

 そう言うと、タンニーンさんは俺の方を見て、ニヤリと笑った。

 

「倉本奏太。悪魔の使い魔システムは知っているか?」

「はい、そりゃあ、知っていますけど…。確か、悪魔の仕事を手伝ったり、情報伝達や追跡をしたり、多種多様な用途があるんですよね。主となる悪魔と契約すると、好きな時に呼び出せるようになるって」

「そうだ。だが、この契約システムは、何も悪魔だけの特権ではない。他の種族や人間も契約の形は違えど、似たようなことができる。もっとも一般的なのは、対価を支払うことで契約を交わす方法だな」

 

 そういえば、アザゼル先生やアーシアさんは、龍王ファーブニルと契約をするために対価を支払っていたな。先生は金銀財宝などのお宝で、アーシアさんはパンツだった。他にも正式な契約をしたのかはわからないけど、英雄派のゲオルグがサマエルを召喚する場面や、魔女の夜(ヘクセン・ナハト)が邪龍を召喚する場面もあったと思う。

 

 なるほど。わざわざ冥界から人間界へ直接来なくても、召喚という形なら、人間界で一時的に呼び出してゲームをするぐらいならできるだろう。契約者という名の保護者がいるのなら、周りも事を荒立てようとする危険性が減るかもしれない。

 

「つまり、ちびっ子の契約者を見つけるということですか?」

「人間が上位クラスのドラゴンと契約するのなら、並みの術者ではまずい。それこそ裏の事情に精通する組織に所属し、手を出すことに躊躇するほどの実力や後ろ盾を持ち、基本安全な場所で過ごしている。尚且つマイペースなドラゴンの子の手綱が握れ、親が安心して預けられると判断できる者でなければならない」

「それなら、ラヴィニアがいいんじゃ…」

「いえ、それでしたらカナくんが適任です。ドラゴンのオスがメスに懐きやすいように、メスはオスが近くにいる方が安心しやすいのです。それに後ろ盾という意味なら、カナくんが『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』で最も『安定』しています。魔王さんや皇帝さんとの繋がりも深いですから」

 

 ……あれ、今のラヴィニアの言葉はどういう意味だ? 俺よりも前にメフィスト様に保護され、秘蔵っ子として名前のあるラヴィニアより、俺の方が安定している? 訝し気な俺の視線に、ラヴィニアはどこか気まずそうな笑顔を見せた。たぶん彼女も、俺が違和感を持ったことに気づいたはずだ。

 

 詳しく聞くべき、なのだろうか。でも、どこまで踏み込んだ質問をしていいのかが判断できない。メフィスト様が、ラヴィニアを大切にしているのは俺がよく知っている。だけど、どうしてラヴィニアが協会へ来たのかは知らない。もしかしたらそこに、この違和感の答えがあるのかもしれないだろう。

 

 ……とにかく、このことに関しては今は置いておこう。後でもう一度、じっくり考えてからの方がいい。その問題が自分や相手にとって大切な事なら、なおさらだ。俺はラヴィニアからそっと視線を外し、小さく息を吐くとタンニーンさんへと真っ直ぐに向き直った。

 

「でも、俺そこまで強くないですよ? あと、召喚魔法も知らないです」

「子竜相手なら、契約の対価もなんとかなる。あとで召喚魔法を勉強してもらうことになるが、この契約自体は俺とラヴィニアが間に入る。それに今回は召喚の契約だけを結んでおき、実際に呼び出す時はメフィストの補助があれば可能だろう」

 

 これは、マジで俺が契約する流れなのか? そりゃあ、今はちびっ子だけど、ドラゴンの上位種と契約できるなんて、棚から牡丹餅どころじゃない成果だ。実際にちびっ子がもう少し成長して、色々知識や戦い方を知っていけば、十分に即戦力になれるだろう。炎のドラゴンは剛胆な性格の者が多く、特に戦闘向きとも言われているし。

 

 あと、魔法使いのステータスとして、魔物や悪魔との契約は重要視されている。その中でも特にドラゴンは、全ての生物の中で最強と称され、何よりもものすごくマイペースな性格の者が多いため、契約が成功できただけでも快挙なのだ。でも、人間界でたくさんゲームやお菓子に触れたいから、という理由で契約するのもどうかと思う。

 

 

「娘と話をした。契約をしたいそうだ」

「えーと、お父さんはそれでいいんですか? 娘さん、ゲームとお菓子に目がいっただけですよ。それで俺と契約するとか、色々と…」

「……む? こちらとしては、ありがたい話だと思っている。小さき者のことは、この一年間で見てきた。それに我らの王が認めた人間であり、後ろ盾も申し分ない。何より、小さき者にはドラゴンの食料事情の改善で助けられた恩もある。……むしろ、打算的に考えるのならば、今後の小さき者の成長を考慮し、我が娘が先んじて契約できるのならば、こちらとしては嬉しい限りだ」

 

 驚くぐらい好意的な意見だった。というか、ドラゴンの食料事情の改善って何の話だ? どうも話が見えなくて混乱したが、それを察してくれたタンニーンさんから説明をもらう。どうやら俺の協会での仕事のことらしい。その仕事にタンニーンさんからの依頼がいくつか混ざっていたようで、彼はドラゴンの食事関連で毒となる要素を俺に取り除かせたり、配合しやすいように種の品質をあげさせたり、と様々な依頼を俺に出していたようなのだ。

 

 そのおかげで、配合に成功した品種がいくつかあり、ドラゴン達の間ではかなり有名らしい。俺、全く知らなかったんだけど。俺に依頼したことをタンニーンさんが説明したようで、彼に保護されているドラゴン達は俺のことをなんとなく知っているようなのだ。いつの間にか、有名人になっていたよ。

 

 ちなみに、俺の名前とか出自は出回っていないみたいだけど、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』という名前で、俺のことが少しずつ広まっているようだ。へぇー、……って嘘だろっ! 本当に俺が知らない間に、なんか二つ名っぽいのまで出来て、しかも広まっているんですけどッ!?

 

「というか、『変革者(イノベーター)』って…。なんかそれと似たような名前の神滅具が、なかったでしたっけ?」

「『蒼き革新の箱庭(イノベート・クリア)』だな。アレは己だけの世界を創り、疑似的な天地創造を可能とすると言われる『神を騙る神器』とも呼ばれた神滅具だ。そういう意味で言えば、お前のは既存の法則を消すことで、新しく変革(チェンジ)する力だな。『己の理想を創り上げる力(革新者)』と、『己の理想に創り変える力(変革者)』、似ていてもおかしくはなかろう」

 

 ふーん、あの神滅具ってそういう能力だったんだ。二十巻までの原作知識では、氷姫と一緒で名前だけしかわからず、能力の詳細は全然わからなかった。さすがは神滅具、相変わらずのぶっ壊れ性能である。そして、そんなとんでもないものと似ていると言われた俺は、泣いていいですか。なんなの、『変革者(イノベーター)』って。変な名前をつけられたら嫌だけど、名前負けしそうな名称だって、精神的にきついです。

 

「俺、ただ消しているだけなのになぁ…」

「お前の能力の詳細を、周りには秘匿しているのだ。なら、他者へ発信するための表の名は、事実を表しているが、真実とは遠いものが適している。冥界の『革新者(イノベーター)』とされるアジュカ・ベルゼブブの弟子、としての側面もあっただろうがな」

「……えっ。俺がアジュカ様の弟子、って広まっているんですか?」

「今のところ、上層部にだけだがな。半年前のあの事件の裏取引として、表向きメフィストと魔王のみで交わした契約のため、詳細は一切伏せられている。しかし、さすがに全ては隠せないだろう。魔王が定期的に人間界へ赴き、誰かに教えを授けている。最近名前の挙がってきたお前の存在と、結びつける者がいてもおかしくはなかろう」

 

 幸いであるが、アジュカ様固有の能力である『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』に関する弟子とは思われていないらしい。アレ、簡単に真似できるもんじゃないもんな。その冥界の上層部さん達は、アジュカ様が魔法使い側へ何か技術的なものを教えているのではないか、と考えているようだ。周りは詳しく知りたくても、取引相手が大悪魔であるメフィスト様で、しかも冥界側の不祥事が原因だったから、下手に首を突っ込むことができないのだろう。

 

 思えば、定期的にアジュカ様と会って修行していたけど、普通に考えれば魔王である彼が『定期的に』時間を取れる方がおかしいじゃないか。冥界側だって、いつもやっているゲーム以外で、アジュカ様が個人的に動いていることに気づくだろう。あの時の事件の表向きの取引として、メフィスト様が冥界側へ魔王の時間をもらい、尚且つ情報の制限をしたと考えれば、悪魔側は何も言えないって訳か。

 

「……なるほど。だから前に、修行が終わったのに冥界へ帰らず俺とゲームで遊んでいた時、『魔王の仕事は大丈夫なんですか?』って聞いたら、『急ぎのものは終わらせている。それに、これが俺の公務だから問題ない』って返されたのか」

「お前の修行が終わったら、早く帰って別の仕事もしろと言っておけ」

 

 魔王様相手にそんな無茶な。

 

 

「さて、だいぶ話が逸れてしまったが。倉本奏太、契約に関して異存はないか?」

「えっと、じゃあ最後に確認だけはさせてください。……なぁ、お前は本当に俺と契約していいのか? 俺より優秀な魔法使いとか、たくさんいるんだぞ。それに、危険な目にだってあうかもしれない」

「会った事のない魔法使いより、カナの方が遊んでくれるからいい。それに、冥界でじっとしているより、色々なところを見る方が楽しそうだもん」

「……娘の性格は、おそらく我に似ている。ドラゴンとしてこの冥界の狭き世界で生きるより、王の眷属となり、例え悪魔になるとしても広い世界を見たい、と請うた我と同じでな」

 

 そう言って笑みを見せる赤龍さんは、自分とよく似た娘の性格を誰よりもわかっていたのだろう。タンニーンさんが管轄している区域からドラゴンが出てしまえば、それはもう野生と判断され、自己責任で安全の保障は何もない状態となる。冥界には堕天使勢力だっているし、凶悪な魔物だっている。悪魔だって使い魔や素材として、ドラゴンを狙ってくる可能性があった。

 

 タンニーンさんは、保護を頼む者なら快く受け入れるが、彼の手から離れた者を助けるほど、博愛精神を持っている訳じゃない。ドラゴンとして、己の力で生きていくことを選んだ者に対してはその意思を汲み取り、弱肉強食の世界のルールに則って接するだろう。それを理解していたからこそ、赤龍さんとしては娘を預けられる人材をさがしていたのかもしれない。それが、たまたま俺だったという訳だろう。

 

「わかりました。お願いします」

「よかろう。それでは、契約のための魔方陣を書く。ラヴィニア、ドラゴンとの契約用の魔方陣の書き方を教える。頼めるか」

「はい、もちろんなのです」

 

 タンニーンさんがラヴィニアを呼び、指先に魔力を集めて術の手順を教えている。召喚魔法の知識がない俺は手持無沙汰なので、とりあえず俺のドラゴンになる予定のちびっ子と遊んでおく。ドラゴン式じゃんけんゲームで、あっちむいてほいをして楽しんだ。

 

 

「そういえば、倉本奏太、火の子よ。使い魔契約と盟友契約、どちらにするのだ?」

「盟友契約?」

「簡単に言えば、対価を求めない契約が使い魔契約であり、ギブアンドテイクとして対価を求める契約が盟友契約だ」

 

 へぇー、そんな風に契約は分けられているのか。俺とちびっ子なら、どちらでも問題ないらしいけど。

 

「対価って言ってもなぁ…。なんか欲しいものとかあるか?」

「お菓子!」

「まぁ、お金はあるからそれでもいいけど。でも、召喚の毎にお菓子を渡していたら健康に悪いし、……太るぞ」

 

 ちょっと声を潜めて言ったが、ペシンッと軽くドラゴンパンチをされた。でも、さすがに毎回お菓子をもらう契約は、自分でも困りそうだと理解はしたようだ。

 

「じゃあ、遊んでもらう?」

「それって対価に入るのか? それに、遊びたかったらいつでも遊んでやるぞ」

「えー、うぅー。じゃあ、わかんない!」

「……もう使い魔契約でいいな。大きくなったら、改めて盟友契約を行うこともできるぞ」

『じゃあ、それで』

 

 俺とちびっ子が声を揃えて言うと、タンニーンさんから疲れたような溜息を吐かれる。「この能天気共め」とぶつぶつ言われたけど、何だか俺、チビドラゴンと同じような扱い方されていないか?

 

 隣にいた赤龍さんから、使い魔契約だと主の権限が大きくなるため、使い魔は下僕と判断されることが多いらしい。なるほど、つまり年上の俺がしっかりしろってことね。ちなみに、「カナに汚されちゃう?」と何のテレビ番組に影響されたのかアホな事を言うちびっ子には、教育的指導(くすぐりの刑)をしておいた。

 

 

「あと、その子どもの名を考えておけよ」

「……えっ、名前? ちびっ子の?」

「当たり前だ」

 

 突然の事態に呆然と目を見開き、動きを止める俺。最後にとんでもない置き土産を残し、タンニーンさんはラヴィニアを連れて、さっさと契約の準備に行ってしまった。恐る恐るちびっ子の方を見ると、「名前くれるの?」とすごくキラキラとした純粋な目を向けられた。

 

 咄嗟に助けを求めてお父さんの方を振り向くが、「ひ、火の子では駄目か?」とあわあわしながら言われ、俺が真剣に考えるしかないと結論。まさかのここで、名づけイベントですか。ネーミングセンスとか、ぶっちゃけないぞ俺。

 

「……なぁ、カッコいい名前とか可愛い名前、どういうのがいい?」

「カッコよくて、可愛いの!」

 

 なるほど、そりゃあそうか。迷わず両方の選択肢を選ぶとは、こやつできるな。って、そうじゃなくて…。俺の聞き方も悪かったけど、さらっと難度が上がってしまった。正直先生達みたいな厨二心を擽るようなセンスはないので、長い名前は無理。可愛らしさなら響きが大切だろうし、せっかく俺がつけるのなら、漢字にも当てはめられる名前がいいかな。

 

 あと、ドラゴン的にカッコいい感じだと…。そう思って赤い鱗を見て思い出すのは、やはり『ハイスクールD×D』で最も印象深い、主人公の相棒である赤き龍帝。天龍『赤龍帝ア・ドライグ・ゴッホ』だろう。そういえば、赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)って元々はウェールズの伝承だったな。そのお話に、確か魔法使いにとっては開祖とも呼ぶべき人物も関わっていたと思う。

 

 赤龍帝と関わりを持った、始まりの魔法使い。赤龍帝や始まりの魔法使いとは比べ物にならないぐらい、俺とこいつはまだまだ未熟だけど、赤き龍と魔法使いとの契約と考えるとなんだか感慨深い思いにもなる。

 

 なら、赤き龍と関わりのあったその大魔法使いの名前から(あやか)り、そしてドラゴンらしい漢字も当てはめてみよう。

 

 

「――倉本奏太の名において命ず! 汝、我が使い魔として、契約に応じよ!」

 

 赤色の魔方陣が展開され、その中心に朱炎龍(フレイム・ドラゴン)の子が佇む。俺はタンニーンさんから教わった言葉を復唱し、ラヴィニアがサポートしてくれているのを視界の端に映しながら、俺も自分の魔法力を陣に向けて注いでいく。契約のためにかなりの魔法力を使用することになったが、なんとか無事に儀式は成功したようだった。

 

 契約の陣が徐々に狭まっていき、ちびっ子の中を駆け巡る様にドラゴンのオーラと魔法力が行き届くと、俺の中で何かが繋がったような不思議な感覚が起きる。それにちょっと感動していると、「おー!」と掛け声をあげながら、俺に何故か突撃して来る赤いドラゴン。慌ててキャッチをして受け止めたが、楽しそうに笑い声をあげる元気なちびっ子の様子に、先が思いやられそうだと肩を竦めた。

 

「カナー。名前、名前なにー?」

「はいはい、落ち着け。んーとな、赤い龍でカッコいいと言えば、やっぱり赤龍帝だろ。その赤龍帝と関わりを持ったとある始まりの魔法使いは、俺達にとっては開祖と呼ばれるぐらいすごい人なんだ。悪魔の魔力を解析して、魔法力という新しい力を生み出した稀代の天才」

 

 アンブローズ・マーリン。アーサー王伝説にも登場する、謎多き魔法使い。その名前から、響きが良さそうな一部をもらおうと考え、そこに俺だけのドラゴンとしての名前を決めた。

 

「お前の名前は『(リン)』、意味は美しい()だ。ドラゴンは自分の宝物を守る、って言うだろ。それと合わせて、俺にとってもお前は、初めて契約をする大切な宝物みたいなもんだからな。響きも綺麗で可愛いし、カッコいいだろ?」

 

 そう言って、飛び込んできたちびっ子を持ち上げてみる。結構ちゃんと考えてみたつもりだけど、どうだろうか。俺からの名前を聞き、何度も「リン」と口の中で繰り返し呼んでいたちびっ子は、ぶんぶんと尻尾を振り出す。一年も一緒にいたからわかるけど、この尻尾の振り方から考えて、どうやら気に入ってくれたらしい。

 

「うん、リンはこれからリンになるのー!」

「おぉ、改めてよろしく。あと、人間界に呼んだ時は、今みたいなぬいぐるみサイズで頼むな。大きいままで部屋に召喚したら、下手したら床が抜けて大変なことになるから」

「わかったー」

 

 まずは、人間界のお菓子をたくさん食べるの! と最初の目標を決めたらしい。冥界から帰ったら、クレーリアさんにドラゴンも食べられそうな世界のお菓子作りをお願いしよう。最近は食事やお菓子作りに凝っているようで、ルシャナさんと一緒に色々な料理に挑戦しているのだ。前に日本食が少ないことに残念がっていたので、それなら自分達で作ればいいじゃん、と思い至ったみたい。いつもごちそうさまです。

 

 契約のサポートをしてくれたラヴィニアとタンニーンさんにお礼を言い、赤龍さんに頭を改めて下げておく。お父さんの方も、「(リン)」という名前は気に入ってくれたらしい。ちなみに、俺達が冥界にいる間は、リンはお父さんと人間界や他種族について猛勉強をするようだ。結構その場の流れで、契約しちゃったもんな。今後のお勉強タイムに「うばぁー」とどんよりしていたが、そこは頑張りなさい。

 

 まさかドラゴンと契約することになるとは思わなかったが、なんとも賑やかな仲間ができたものだ。ラヴィニアも「リンちゃんと遊ぶのが、楽しみなのです」と嬉しそうに笑っていた。俺もタンニーンさんから、ドラゴンと契約する時の注意事項を聞きながら、主として気を付けていこうと思う。召喚魔法とかすごく使いたいし、今後も精進していかないとな。

 

 

「ん、どうやらようやく来たようだな…」

「タンニーンさん?」

「倉本奏太。今日は、自分のドラゴンとの交流を深めておけ。ラヴィニアも、神滅具と契約のサポートによる疲れが残らないように、しっかりと休むといい。明日からの修行は、人間界では体験できない冥界特有のものになるだろうからな」

 

 クツクツと邪悪な笑みを浮かべるドラゴン様に、俺とラヴィニアの目が自然と遠くなる。これ、絶対に大変なやつだ。冥界に来る前から、そうなるってわかってはいたけどさぁ…。そんな俺達の様子に、「がんばれー」と俺の足をポンポンとリンが叩いてくる。うん、ちょっとやる気が出た。すごくしんどいだろうけど、頑張ってくるよ。

 

 それから、タンニーンさんは意気揚々と赤龍さん達の遺跡から離れていき、その途中で「ちょっ、待てっ、タンニーンッ! なんでいきなり激おこモードなんだよォッ!?」という悲鳴にも似た叫び声が遺跡の中を反響したと思った瞬間、溢れんばかりのドラゴンオーラが迸り、外からものすごい爆音が響き渡ってきた。

 

 そのオーラや破壊音にお昼寝をしていたチビドラゴン達が一斉に飛び起き、あわあわと王様のご乱心に動揺しているのを、赤龍さんがのほほんと宥めている。確かに度胸が据わっているというか、肝が太いわ。

 

 もしかしたら、明日にはこの辺一帯の景色が変わっているのかもしれないなぁ…。そんな少し離れたところで行われているのだろう、ドラゴンの王様と堕天使の総督によるミニ終末(ラグナロク)……この場合、悪魔と堕天使だから終末(ハルマゲドン)か? をしり目に、人間の俺は大人しくラヴィニアとリンと一緒にゲームで遊ぶことにした。

 

 ごめんなさい、アザゼル先生。やらかしたのは俺だけど、そもそもきっかけを作ったのは先生なので、タンニーンさんのストレス発散に付き合ってあげて下さい。俺、頑張って怪我は治しますので。

 

 大音量の爆撃が鳴り響き、ラスボス同士の戦いの激しさを肌で感じながら、俺はゲームを起動する。ラヴィニアの結界で防音対策をしてくれたので、これならちょっと地響きがあるけど、問題なくできるだろう。俺達は結界で多少マシになった外の悲鳴や怒号をBGMに、心の中でちょっと謝りながら、楽しく交流を深めるのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。