えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

88 / 225
第八十八話 真実

 

 

 

「あっ、先生。こんばんは。えーと、……生きていてよかったです」

「こんばんは、総督さん。その、……生きていてよかったのです」

「龍王の逆鱗を前に久々に死を覚悟したぞ、マジで…。お前ら本気で何をやらかしてんだよ」

「性転換銃などと、ふざけたものを作ったお前の自業自得だろう」

 

 金と黒の髪のところどころが乱れ、焦げた臭いを漂わせる先生と、多少の怪我も気にせず大変すっきりした様子で酒を用意するドラゴン様。魔力でチビドラゴンになり、早速豪快に酒を飲み干している。どうやらストレス発散は無事にできたらしい。実に半日以上戦い続けていたけど、お互いに大きな怪我はないようだ。さすがはラスボスクラス、戦闘力に関してはさすがとしか言いようがない。

 

 外の破壊のBGMを聞きながら冥界の夜も更け、リンは子竜達と一緒に眠ってしまった。俺達もそろそろ寝ようかと考えていた頃に、タイミング良く二人は帰ってきたのだ。逆鱗の事情を聞いた先生はものすごくやつれた顔で、俺の額にデコピンを食らわせてきてかなり痛かったが、さすがに今回は甘んじて受け入れる。組織のトップを、間接的にめっちゃボロボロにした原因を作ったのは事実なので。だって、性転換銃が便利過ぎてさ…。

 

「氷姫に聖水ぶっかけて、悪魔涙目な極悪フィールドを作り、更には性転換銃を戦術に組み込んでゲリラ戦法するとか…。趣味で好き勝手に発明する俺も人のことは言えんだろうが、お前って本当に天才的なアホだよな」

「アホって…。だって、先生が言ったんじゃないですか。俺達の武器や強みを最大限に生かせって。タンニーンさんはすごく常識的で、立派なドラゴンの王様で、優しさも気高さも強さも全てを兼ね備えた完璧な方です。だからこそ、性転換銃による精神的な攻撃が効くと思ったんですよ」

「……タンニーンの良識を逆手に取った戦法だったわけね」

「さすがに、これを対策するために常識を捨てる訳にはいかんしな…」

 

 今回の俺が考えた方法に、大人組は頭が痛そうに溜息をつく。そう、性転換銃による攻撃への対策は簡単だ。俺のように状態異常を無効化できる能力を持つか、「性転換しても別にいいじゃない」と思えることだ。性転換することに忌避感がない相手には、この戦術は効果がない。何故なら、相手の常識を攻撃することで、物理的に隙を生み出すのがこの戦術の要だからだ。

 

 なのでこの性転換銃攻撃は、開発者であるアザゼル先生の理不尽さをよく知る、常識的な方にしか通用しないのである。たぶん、アザゼル先生にはこの戦術は効果がないと思う。開発者だからではなく、このヒトなら別に女になっても高笑いして、元に戻るまで勝手に楽しんでいそうだからだ。ラヴィニアもそのあたり寛容で、後で元に戻るのなら男になることに忌避感を持たず、そのまま戦闘を優先するだろう。氷姫の操作を見ていた感じ、全く遠慮がなかったからな。いやぁー、タンニーンさんが常識のあるドラゴンでよかったよ。

 

「アザゼル、お前の生徒が常識人キラーになってきていることに、弁明はあるか」

「おい、俺だけの所為にするんじゃねぇよ。第一、メフィストがカナタを見て、『めんどくさいから、敵にしたくない厄介な相手』になれる素質はある、って初見で見抜いていただろうが。戦う相手によって、その相手の最も戦いづらいフィールドへ引きずり堕としてから叩く。実に人間(変人)らしい戦い方だと思うぞ」

「……精神攻撃を常備してくる面倒な相手なら、確かに率先して戦いたいとは思わんな」

 

 俺だって、龍王様なんてラスボスとわざわざ戦いたいとは思いませんよ。あと、変人扱いしないでください。むしろ、性転換銃なんて便利アイテムを死蔵する方がおかしいだろう。原作では短編のギャグシーンに出てきたのみで、本編に登場はなかったけど、アレがあるだけでかなり戦闘を有利に進められるだろう場面がいくつかあった。

 

 俺が考えただけでも、イッセーと性転換銃を組ませたら、たぶん最強だぞ。敵として出てくる男を全員性転換させてしまえば、『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』と『乳語翻訳(パイリンガル)』で無双完了だ。英雄派のジークフリートが、「恥辱にまみれても戦い抜く鋼の精神が必要」とまで言ってのけた技だぞ。

 

 女にしか効かないという制限があるのなら、みんな女にしてから戦えばいい。倫理観的に多用はできないかもしれないけど、テロ組織とかが相手だったら特に何も問題がない。中には性転換で女になっても、裸になっても戦い続行なバトルジャンキーもいるかもしれないけど、相手の胸の声が聞こえる予知を駆使すれば、有利に戦えること間違いなしだ。ヤバいな、これはイッセー(エロ無双)の時代が来たぞ!

 

 

「よし、これはいける。アザゼル先生! お願いがあるんですけど、性転換銃の改良をお願いしてもいいですかっ!?」

「ふんッ!」

 

 タンニーンさんに尻尾でぶっ飛ばされた。

 

「お前、これまで以上に道を踏み外す気か」

「痛い、ちょっと今、マジで目の前で星が飛んだ気が…。いや、だって、俺は人間で弱いんですから、有効な武器が欲しいと思うのは何もおかしくないじゃないですか。タンニーンさんで、有用性は証明されましたし」

「アレを武器認定するのは、お前ぐらいだよ。あと、性転換ビームをぶっ放してくる魔法使いを協会で保有しているとか噂が流れたら、さすがにメフィストが泣くぞ」

 

 製作者であるアザゼル先生に呆れた目で見られることに、釈然としない気持ちになる。ラヴィニアにも、ちょっと乾いた笑みを浮かべられた。まぁ、確かに性転換ビームを撃って来るような相手と戦いたくないというか、関わりたくないと思うのは当然か。俺は状態異常系を無効化できるから普通に使えるけど、それを相手にもわかってもらうのは難しいだろう。

 

 つまり、あんまり大っぴらに銃を使うのは、止めておいた方がいいということか。世間体も大切なものだしな。ただ、武器にするしないに関わらず、性転換銃の改良をぜひともお願いしたい理由はちゃんとあるのだ。

 

「あの、先生。俺が使うのかは置いといて、性転換銃の改良をお願いすることはできますか?」

「……そりゃあ、俺が作ったものだしな。それは試作品だから、まだまだ改良の余地はあるにはある。しかし、なんでそこまでして性転換に拘るんだよ?」

「友達を性転換させようとビームを撃ったら、謎の現象が発生して跳ね返ってきたもので」

「お前、さらっととんでもないことしてるなっ!?」

 

 あのアザゼル先生にツッコまれた、だと…。

 

「ほら、半年前の事件で、先生と一緒に悪魔とエクソシストさん達をフルボッコにしていた『ミルキー・イエロー』っていう魔法少女がいたでしょ。俺の友達なんですけど、彼の夢は『魔法少女になる』ことなんですよ」

「あぁー、いたな。あの謎の巨大魔法少女クリーチャーか」

「いったい何と友達になっているんだ、こいつは」

 

 遠い目をするアザゼル先生とタンニーンさんに、ラヴィニアが魔法の映像でミルキー・イエローの姿を映す。タンニーンさんが、色々な意味でミルたんに戦慄している。ドラゴンの王様の目をギョッとさせられるとは、相変わらずミルたんの存在感はレベルが違うと感じた。

 

「それで、俺の伝手でミルたんは魔法少女魔法を使えるようにはなれたけど、夢のためにまだまだ頑張っているんです。半年前に助けてもらった恩だって返したいですし、何よりも俺は友達の力になりたい。だから、まずはミルたんの性別を変えてみたら、夢を叶えるための突破口になれないだろうかと思ったんです!」

「カナくん、ミルたんさんのためにそこまで考えて…。総督さん、私からもお願いします。私もお友達の夢を叶えてあげたいのです!」

「落ち着け、お前達。理由はわかったが、性転換銃が常識破壊兵器なことを思い出せ」

「こいつらの怖いところは、全部善意でやらかしていることなんだと、改めて実感したわ」

 

 とりあえず、人外の研究者として人間(?)のミルたんにビームが跳ね返されたのは、ちょっと思うところもあったらしく、先生は改良を考えてくれるとのこと。タンニーンさんには、大変呆れられながらも無言の了承を戴いた。「頼むから自重はしろよ」と頭が痛そうに言われたけど、武器としての有用性は認めるらしい。ちょっとダメもとだったんだけど、やっぱり言ってみるもんだな。先生と龍王様の優しさに感謝した。

 

 

 

「さて、相変わらずのカナタのぶっ飛んだやらかしは置いといてだ。こっからは俺の本題に入るぞ」

「先生からの本題ですか?」

 

 先ほどまでの雰囲気を正し、先生は腕を組んで俺に目を向ける。タンニーンさんも酒を飲む手を止め、アザゼル先生の言葉に頷くように目を細めた。二人の真剣な空気に、俺とラヴィニアも姿勢を伸ばしておく。さっきまでのプライベートな雰囲気ではないのはわかったので、俺も『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとして聞くべきだろう。

 

「修行のためだけなら、通信で今のところは事足りるからな。こうして俺が、わざわざお前に会いに来たのは、直接伝えた方が良いと判断したからだ」

「……伝えるって、俺にですか?」

「あと、パートナーであるラヴィニアにもな。……ラヴィニア、お前が今後どっちの道を選ぶにしても、カナタの性格的にお前を切り離すことはできないだろう。だから、ここが境界線だ。お前は『灰色の魔術師』の魔法使いとして、カナタのパートナーとして、話を聞く覚悟はあるか?」

 

 アザゼル先生がラヴィニアを射抜くように見据えることに、その視線を受け入れるように拳を握りしめるラヴィニアの様子に、困惑が起こる。たぶん、俺が知らないラヴィニアの事情を、先生は知っているのだろう。そして、それを踏まえて覚悟はあるのか聞いている。俺はどう声をかけたらいいのかわからず、ラヴィニアをただ見つめるしかない。

 

 少しすると、彼女は握りしめていた拳をゆっくりと解き、力強い光を宿した碧眼を先生に向けて、静かに頷いてみせる。それから俺の方へ視線を合わせると、にっこりと笑みを見せた。

 

「私は、カナくんをこちらの世界に引き込んだ責任があります。カナくんのパートナーとして、守ることを選んだのは私です。私と私の神器すらも、当たり前のように受け止めてくれた初めての友達なのです。覚悟なら、一年前にすでにできています」

「あっちに戻るつもりはないんだな」

「……彼女の弟子であることを捨てるつもりはありません。あそこは、私にとって第二の故郷ですから。でも、一年前に彼女も言ってくれました。『私が進みたい道を選べばいい』と。共に歩むことはできなくても、共に在ることはできるって。私が元気なことや、魔法や私の神器の研究について時々成長を教えてくれるだけでも嬉しいから、と背中を押してくれましたから」

 

 二人の会話は、俺が全く入り込むことが出来ない内容だった。ラヴィニアが言う『彼女』にも、心当たりはない。たぶん、俺の周りにいたヒト達は、ラヴィニアの過去についてあえて俺に教えてこなかったのだろう。だけど、一つだけわかったことがある。俺が『灰色の魔術師』に所属し、ラヴィニアのパートナーになったことで、彼女の中にあっただろう未来()を定めてしまったらしい、ということだ。

 

 原作にはいなかっただろう俺という存在が、彼女に何かしらの影響を与えていた。それが良い変化なのかどうかはわからない。わかるのは、ラヴィニアにとってパートナーである俺の存在が、予想よりも大きくなっているのかもしれないということだろうか。

 

 

「……ごめんなさい、カナくん。ずっと隠し事をしていて、何も話すことが出来なくて」

「えっと、気にしていないと言えば嘘になるかもしれないけど、責めるつもりは元々ないよ。他の人に言えないことなんて、たくさんあるもんだろ。わからないことがありすぎて戸惑いはあるけど、大切な事なら慎重になるのは仕方がない、って理解だってできるし」

 

 アザゼル先生への宣誓の後、ラヴィニアは俺の方へ振り向き、申し訳なさそうに頭を下げた。それに慌てて、別に怒ってはいないことを告げる。怒りよりも、戸惑いの方が大きいだけなのだ。俺だって、原作知識とか転生とかみんなに隠しているんだから、隠し事をされていることに怒る資格なんてないだろう。きっと、俺に必要なことだったら、いつか教えてくれるはずだ。

 

「だから、ラヴィニアが話せる時に話してくれればそれでいいし、俺に話せないのならそれでもいいさ」

「でも、それは…」

「もちろん、気にはなるよ。それでラヴィニアが悩んでいたら、どうした? って聞くぐらいはすると思う」

 

 そこは仕方がない。ここまで耳にして気になることに嘘はつけないし、考えていることが表情に出やすいことも自覚している。話してくれないことに、歯がゆさだって感じるかもしれない。

 

「でも、ラヴィニアだったらいつまででも待てるし、例え知らないままでも構わないよ」

「……友達なのにですか?」

「えっ、友達だからこそだろ? どんな話を聞いたって、俺がラヴィニアの味方であることは変わらないんだから。俺は知らない方がいいとラヴィニアが判断したのならそれを信じるし、ラヴィニアの性格的に話せる内容なら、いつかは俺に話してくれるだろうからさ。だから、そんなに思いつめなくてもいいぞ」

 

 たぶんだけど、今回の件に関しては近い内にラヴィニアの方から話してくれそうな気はするんだよね。どちらかというと、俺よりもラヴィニアの方が罪悪感でいっぱいそうだし。それなら、俺が言うべき言葉は友達の(辛い気持ち)を軽くしてやることだ。ぶっちゃけ、タンニーンさんから能天気だと言われるような性格だから、あんまり気に病まなくていいんだけどな。

 

 さすがに危険があったり、人命とかがかかったりした隠し事なら追究するかもしれないけど、そうじゃないなら俺は待てるぞ。というか、絶対に待つ。この世界の過去エピソードとか、ほぼ鬱フラグだからな。もうお約束かと思うほど、マジで暗い過去の持ち主が多すぎるというか、トラウマがヤバい。下手に突けるような要素皆無なのだ。原作のはっちゃけ具合って、過去の反動もちょっとありそうだし。

 

 グレモリー眷属とか、よく原作までにあそこまで持ち直せたと思うほどヘビーだよ。リアスさん、実はカウンセリングの才能があるんじゃないかとすら思う。イッセーの明るさで好転した部分もあっただろうけど、少なくとも彼女は『ちゃんと待っていてくれるヒト』であり続けていた。できないことを責めず、でも怒る時はしっかり怒って、できた時は涙を浮かべて一緒に喜んだ。俺はそれをすごいと思う。

 

 俺には辛い過去なんてない。波乱万丈ではあるが、平穏な生活をずっと送っている。そんな俺が、辛い過去を持つ人を励ませられるような言葉なんて思いつかない。愛されて育ってきたリアスさんも、きっとそうだったのだろう。だからこそ、彼女は待つことを選んだ。受け止めることを選んだ。行動としては消極的だと思われるかもしれないけど、俺も賛成だ。同情も共感も励ましもできないのなら、大切な人が立ち直れるのを最後まで待ち続けて、しっかり受け止めて支えるしかないと思うからな。

 

 

「クククッ…。ラヴィニア、これはお前が折れるしかなさそうだぞ。こいつは本心からそれを口にしている」

「カナタらしい、ってところだな。まっ、二人共難しく考えすぎるな。色々複雑な事情はあるが、お前らはお前らの進みたい道を選べばいい。過去はどうあれ、これから進む方向は一緒なんだ。ゆっくり歩きながら、考えていけば問題ないだろ」

 

 先生は椅子から立ち上がると、俺とラヴィニアの頭を笑顔でぐしゃぐしゃに掻き撫でてきた。俺は修行の時とか先生にこうやって乱暴に撫でられたことが結構あるから慣れたものだけど、ラヴィニアはきょとんと驚きに固まっていた。そういえば、先生がラヴィニアを子どものように扱う姿を直接見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

 遠慮がないアザゼル先生の手に、ラヴィニアは顔を徐々に赤くし、俯いて肩を縮こませている。たぶん、どう反応したらいいのかわからないのだろう。メフィスト様は、こんな豪快なやり方なんてしてこないからな。凄腕の魔法使いで、神滅具の所有者であるラヴィニアだけど、天然で仕事熱心な普通の女の子だ。俺は「ちょっと痛いですよ」と先生の手をペシペシ払いながら、笑って肩を揺らした。

 

 たぶん、アザゼル先生は空気を入れ替える意味でやってくれたのだろう。こういう大人の気づかいをさらっとしてくれるから、本当に頼りになると思う。髪が跳ねるから、あんまりぐしゃぐしゃにして欲しくないのが本音だが。お互いにぼさぼさになってしまった髪をラヴィニアと見合い、小さく噴き出す。これは後で相談して、髪をぼさぼさにしたアザゼル先生への報復を考えないとな。

 

 俺が小さな声でラヴィニアの耳元でそう告げると、目を見開きどこかホッとしたように楽し気な笑みを見せてくれた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さて、そろそろ本題に戻らせてもらうぞ。俺がここに来た訳は、カナタの神器である『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』についての真実を、お前に教えるためだ」

「えっ、相棒についてですか?」

「総督さん…」

「なるほど、メフィストも腹を括った訳か」

 

 神器の研究をしている先生らしい話だろうけど、いつもと違って固い口調が不安にも思う。隣でラヴィニアがどこか俺を心配そうに見つめた後、先生へ複雑そうな視線を向けている。タンニーンさんは瞬時に内容を把握したのか、静かに静観の姿勢を取った。今までに先生や魔王様に俺の神器を調べられてきたけど、それについてだろうか。

 

「カナタ。率直に聞くが、お前は自分の神器のことをどこまで理解している?」

「どこまでって…。消滅の能力が使える神器、ってことぐらいですけど」

「そうだな。この一年間、お前にはその能力の幅を広げることのみに注視させてきた。それがメフィストの願いであり、お前が自分の神器の異常性に気づかないようにするための措置だった」

「い、異常…? 確かに消滅の能力は珍しいから、気をつけろって言われてきましたけど」

 

 今までを振り返ってみればわかるけど、メフィスト様から用心すぎるほど神器について注意を受けてきている。未だに俺の神器の能力について知っているのは、数えきれるほどしかいないという徹底ぶりだ。疑似回復技や術式の書き換えなど、希少な能力が世間にバレたらアーシアさんのように崇められたり、排除されたりするかもしれない、と言われれば俺だって嫌だから気を付けるさ。

 

 だけど、希少性と異常性は意味が違う。俺の能力を隠していた真実が、能力の希少性を隠すためだけでなく、さらに神器そのものの異常性を表に出さないためだったとしたら。俺は、俺の中にいる相棒に意識を向けてみるが、何も応えは返ってこない。それがどこかアザゼル先生の言葉を肯定しているようで、不安を抑えるように胸のあたりを手で押さえた。

 

『神器本来の力が歪んで――いや、これはシステムとの境界そのものにまで影響しているな。能力そのものが変質するほどの異質(イレギュラー)によって、起こったバグのようなものか』

 

 アジュカ様と初めて邂逅した時に告げられた『異質(イレギュラー)』という言葉。あの時はさらっと流されたし、そのまま何も言及がなかったから、俺も気にしないようにしていた。正直に言えば、神滅具のような神を倒してしまえるほどの壊れ性能なんてないんだから、俺の神器にいくら珍しい能力があっても、この世界のレベル的に大したことはないだろうと思っていたのだ。

 

 しかし、相手は神器研究のエキスパートであるアザゼル先生である。何百、それこそ何千年と前から神器に触れてきた彼の口から、『異常』という診断を受けたのだ。さすがに、楽観的に考えるのはまずいかもしれないと思うぐらいはする。

 

「総督さん。先ほどの言葉から、メフィスト会長がカナくんの神器について、本人には教えないように配慮してきたということですよね?」

「いずれ話すつもりだったみたいだがな。もうちょっと奏太が成長して、こっちの世界や神器について理解してからのつもりだったらしい。だが、さすがに色々とあったからな…。今後のことを考えれば、こいつが自分の神器について無自覚なままなのは危険だ、と判断したまでだ」

「……以前から話し合われていたという訳ですか」

「そういうことだ。メフィストも真実を告げていいのかは悩んでいたが、……カナタなら受け止められるだろうと信じたんだよ」

 

 ラヴィニアと先生の話を聞いて、メフィスト様の判断で秘匿されていた内容があったと察する。そしてそれは、下手したら俺が精神的に潰れるかもしれないと思われたからこそ、隠されてきたのだろう。確かに俺は弱いし、精神的にもそこまで強いとは思わない。メフィスト様達が配慮していたというのなら、それに怒るつもりはない。たぶん俺のためを思って、考えてくれていた部分もあったと思うから。

 

「あの、先生。ちなみに、なんで俺なら大丈夫って思えたんですか?」

「初めの頃は、お前が神器の真実を知って、神器に対して恐怖心や抵抗感を芽生えさせる危険性があったからだ。お前の能力は、かなり神器に依存した微妙なバランスで成立している奇跡みたいなもんでな。お前の意識一つで、崩れて暴走するかもしれない危険性があると判断されていたんだよ」

 

 それはまたなんとも…。実感がなかったけど、俺ってそんな微妙なバランスのまま神器を使い続けていたのか。普通に当たり前のように使っていたんですけど。

 

「それ、本当に真実を知って俺は大丈夫なんですか? 暴走とかヤバいんですけど」

「あぁー、本来ならな。だが、この一年間を見てきて、お前なら問題なさそうだと思えたんだよ。万が一何かあっても、この場なら対処しやすいしな」

 

 あっけらかんとそう言うと、アザゼル先生は肩を竦め、にやりと笑みを浮かべた。

 

「カナタ、正直に答えてみろ。お前は自分の神器が例えどんな力を宿していたとしても、……これまで同様に神器を受け入れて、信じ続けることは出来るか?」

「えっ、受け入れるも何も……相棒がいないと俺、あっさり死ぬ自信がありますよ? 神器は一蓮托生なんですし」

「お前の神器は、『お前の意思に関わらず、概念消滅を自立して行うことが出来る』神器だ。もしかしたら、ある日突然お前の意思を消して、乗っ取ってくる可能性だってあるかもしれないぞ」

「――ッ、待ってください総督さん! それってっ!?」

 

 ラヴィニアがアザゼル先生に詰め寄る様に、大きな声をあげる。だけど、先生はじっと俺の目を見て、俺の答えを待っているようだとわかった。なるほど、確かに相棒は俺の胃痛を勝手に消していくところがあった。胃薬を飲んでいると、「自分じゃ満足できないのか」と不貞腐れたような思念を送られたこともある。

 

 あと、俺が時間を忘れてゲームに嵌まっていると、「早く寝ろ」と意識を落とされたこともしばしばあったな。さらに、怪我をしたら即座に回復してくれるし、運動して汗臭くなっても綺麗にしてくれるし、クレーリアさんのお菓子がおいしくて甘いものを食べ過ぎたら、胸やけや余計な脂肪を消してくれるし、うっかり日焼けしてヒリヒリしていたら黒くなった色素をさっさと消してくれるしで……。

 

 あれ? 今思うと俺、かなり相棒に色々と弄られていないか。冷静に今までを振り返ると、日常生活から普通に干渉されまくっているんだけど。しかも、めちゃくちゃ甲斐甲斐しいレベルの気配り全開である。そういえば俺、病気とか全くしないんだよな。もう健康優良児並みに、常に元気だ。……もしかして俺、相棒に健康状態を全部管理されているとかないよね? 否定できないところが、ちょっとヤバいんですけど。

 

「先生、今気づきました。俺の生活習慣が、規則正しくなるように相棒に管理されている可能性があるということにっ……!」

「もうお前の神器、完全にオカンじゃねぇか、このダメ息子。というか、そこまで弄られていながら怖くないのかよ」

「えっ、うーん、別に怖くはないですけど…。相棒には今までずっと助けられてきていますし、むしろ俺が見捨てられないかどうかが心配ですよ。アザゼル先生によく言われますけど、自分でも馬鹿やっていると思いますから」

 

 いや、マジで相棒に捨てられたら俺がヤバい。かなり甘えていたことが判明した。うっかり夜更かししても、相棒にお願いしていたらいつの間にか意識がとんでいるし、学校に遅刻しないように眠りを消して起こしてくれるからな。しかも、眠気もしっかりとばしてくれるので、意識もすっきり覚醒できる。俺の相棒が、ラブコメでお馴染みの世話焼き幼馴染のレベルをすでに超えている件。

 

「その、上手く言えないですし、単純かもしれないですけど。相棒はずっと俺の願いを叶えてくれました。あんまりにも無茶ぶりをするとバッサリ断られますが、多少の無茶ならなんだかんだで力を貸してくれたんです。俺がここにこうして立っていられるのも、俺が俺らしく進むことが出来たのも、相棒がずっと俺を支えてくれていたからです」

 

 改めて口にするとちょっと気恥ずかしいけど、俺の中に変わらずある本心である。頬を指で掻きながら、真っ直ぐにアザゼル先生と目を合わせた。

 

「そんな俺が、相棒に返せるものがあるとすれば、信じることだと思いました。神器が宿主の想いに応えるというのなら、俺が一番に相棒を信じて力を貸すんです。相棒に相応しい使い手になることが俺の目標で、こいつを使いこなすことができるのは俺しかいない、って堂々と言えるように」

 

 そういえば、この目標を持ったのも一年前のこの火龍さんの巣だったな。アザゼル先生からいきなりドラゴン修行をやれって言われて、混乱したことを覚えている。俺には兵藤一誠やヴァーリ・ルシファーのような、強い願望がない。だから、自分の誇りになれるような目標を作ったのだ。それを俺は、自分と相棒に誓った。正臣さんが自分自身とクレーリアさんに誓っていたように、俺もやってみせると誓ったのだから。

 

 だからこそ、弱い俺にできるのは、ただ信じることだけだ。相棒は俺を裏切らない。俺は相棒を裏切らない。一瞬だけ、紅い光が俺の中を駆け巡ったような気がした。

 

 

「……本当に普段はどうしようもないやつなのに、神器への同調や共鳴に関しては文句がないどころか、もはや才能だな。俺が見てきた使い手の中で、神器の深奥(しんおう)へ至る道に最も近いかもしれない」

「神器の深奥ですか?」

「真の(ことわり)とも呼ばれる、聖書の神しか知らないだろうブラックボックスだよ。何人もの使い手を見てきた俺でさえも、そこまで至った神器使いはまだ見たことがないけどな」

 

 神器の深奥か…。もしかして、兵藤一誠やヴァーリ・ルシファーが神器の奥にいた歴代の怨念さん達を浄化、屈服させた先にあった力のことだろうか。それとも、リゼヴィムをぶっ飛ばす時に使った、赤龍帝や白龍皇に封じられていたという力を解放した時かな? 聖書の神が記憶を弄っていた、とかドライグが言っていたような憶えがある。実はもっと奥があるのかもしれないが、一誠たちが歴代の神器所有者の中でも、かなり深く潜った使い手であることは間違いない。

 

 なんかシリアス風味に笑みを浮かべているアザゼル先生には申し訳ないけど、深奥ってろくでもないような気がする。だって、歴代赤龍帝さん達へのおっぱい洗脳とか、歴代白龍皇さん達へのお尻洗脳とかが記憶に焼き付いて離れないから。おっぱいとお尻というか、金髪美少女のパンツで真の理にたどり着けそうな未来が、すでに暗示されているのだ。俺やだよ、おっぱいと尻でたどり着ける境地と同じ位置に逝くの。健全なパワーアップを所望します。

 

「……カナくん」

「ラヴィニア? ……どうしたんだ、ちょっと顔が青いぞ」

「…………」

 

 先ほどまでのアザゼル先生の言葉に声を荒げていた姿から打って変わり、俺の服の裾を彼女の震える手が強く握っている。何かに迷っているような、どう言葉にすればいいのか不安そうな、普段のラヴィニアとは違って、どこか憂いを帯びるとともに恐怖が目に宿っているように感じた。

 

 俺の神器に『俺の意思に関わらず、自立した意思があるかもしれない』とアザゼル先生が告げた瞬間、彼女の纏う気配が変わったように思う。ラヴィニアの持つ神器は、独立具現型神器だ。先生からの授業で、独立具現型神器が真価を発揮するのは、自分の分身であるセイクリッド・ギアと一体化を果たすことが出来た時だと教わった。独立具現型は、神器の中でも自立意思を持つことが多い。その神器と一つになるという感覚は、俺にもよくわからない。

 

「ラヴィニア。奏太の持つ神器は色々と謎は多いが、お前の持つ神滅具とは根本的なところが違う。奏太のようになれとは言わないが、こいつをお前の秤で考えるのは止めておいた方がいいぞ。前例がなさすぎる。まっ、お前やメフィストの心配はわかるから、こいつの神器に宿る意思に関しては、今後も俺達の方で研究するさ」

「……先生、今さらっと重大なことを明言しましたよね。相棒に意思がある、ってマジで確定なんですか? 先生にも魔王様にも、神器には何も宿っていないって言われていたのに」

「それがお前に伝える真実の一つだな。まず、神器には何も宿っていないのは事実だ。神器に封印された魂や、独立具現型神器のような自立意思が芽生えているという訳でもない。……お前の神器の意思は、神器システムの壁の向こう側から干渉されている結果だ」

「……はい?」

 

 どうしよう、アザゼル先生が言っていることがよくわからない。神器システムって、さっき先生が言っていた聖書の神様が作ったものだよな。確か天界にあって、世界中に散らばる全ての神器を管理しているシステムのことのはず。でも、聖書の神にしかそれを動かすことが出来ない代物だった。元天使だったアザゼル先生でも、一切触れることができなかったブラックボックス。そんなシステムの向こう側から、俺の神器が干渉されている?

 

「システムって、えーと、もしかして神様的な力とか何かですか?」

「神は……。理由は言えないが、たぶん違う」

 

 あっ、うん。聖書の神の死は、秘匿されているもんな。神器システムに関しては、かなり謎が多い。

 

 

「先に言っておくが、俺も訳が分からないぞ。何でそんなことになっているのか、皆目見当がつかん。わかっていることは、お前の神器に干渉できる何らかの意思がいること。そして、そいつの干渉の影響か、それともまた別の影響かはわからないが、お前の神器の能力は本来の能力を逸脱し、神滅具紛いなことまでできるようになっている、ってことだ」

「……せんせーい。新情報が多すぎて、頭が痛くなってきましたー。あと、神滅具って十三個しかないんじゃ」

「今現在の世界で十三の種類しか、確認されていないだけだよ。お前、概念消滅なんて世界の理に干渉できる力を持っていて、超越者と似たようなことが出来て、神器の能力を自分が望むように変革しておきながら、今更普通の神器です、なんて理屈が通ると思っていたのかよ。俺の中じゃ、もう準神滅具級ぐらいには考えていたぞ」

 

 ものすごく呆れたように、溜息を吐かれた。いやいや、確かに相棒にお願いして色々やらかしてきましたけど、神様なんて絶対に倒せませんから。準神滅具級だって、確かギャスパーが持っていたバロールの闇の力と融合した『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』ぐらいのレベルだろ。神滅具の能力を無効化して、さらには邪龍をぶっ飛ばしていた。ものすごく俺なんかとは釣り合わないぐらいに、超常の存在なんですが。

 

「んな微妙な顔をするなよ。お前の能力と同じように、概念にすら影響を及ぼせる神器がある。――『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』。こっちは術を、魔術を、概念すらも切り伏せることが出来る神滅具だ。お前の力が概念すら消滅させる力なら、向こうは概念すら斬り割く力。力の方向性は違うが、ある意味似た者同士でもあるな」

「……黒き狗神」

 

 ふと、何か記憶の端に引っかかりを覚える。紅い目を持った、黒い犬。どうしてだろう、原作の知識以上に不思議と既視感があるような気がする。理由は全く心当たりがないのに。

 

 先生は大きく肩を竦めると、俺の目の前に手帳のようなものを投げてよこしてきた。『面白ネタ神器集』という、なんともひどいタイトルのものだ。俺の訝し気な視線を気にせず、読んでみろと顎でしゃくられる。素直にパラパラ読んでいくと、意外としっかりした研究レポートなことに気づく。初めて知る神器も多いけど、なんだかロマン方面に突き抜けた神器が多い気がした。

 

 そして、あるページで俺の手が止まる。そこに書いてある内容に目を通したことで、俺はようやくアザゼル先生が言っていた『本来の能力から逸脱している』という意味を知った。思えば、アジュカ様だって最初に俺の神器を見た時は、ネタ神器扱いしていたような記憶がある。面白半分で調べられるような、誰が持っていてもおかしくないとされる、量産型の一般カテゴリーに入る普通の神器。それが本来の『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の姿。

 

 心の中で、疑問には思っていた。そして、真実を教えられたことで、ようやく俺は自分の神器の異常性が理解できたのであった。

 

 

「概念消滅は、本来の神器の能力にはなかった…」

「さらに言えば、『お前だけにしか』今のところ発現していない異能だ。俺の組織に今、お前と同じ神器を宿した使い手がいるが、そいつは物質消滅しか使うことが出来ない。今後発現するのかはわからないが、お前のようなシステムからの干渉が起こっていないあたり、可能性は低いと考えている」

「…………」

 

 なるほど、これは確かに訳が分からないことだし、俺に真実を隠していたのも頷ける。先生が最初に俺の意思を確認したのは、このためだったのかと素直に感じられた。たとえどんな真実を知ったとしても、変わらず相棒と共に歩く覚悟があるのか。恐れることなく、立ち向かう意志を持ち続けることができるのか。

 

 解明できない未知の力に、既存から外れた力に、俺が異質だと突きつけられた事実に。逃げることなく、向き合うことが出来るのかを。

 

「お前の神器を観察し続けてきたが、全く前例がなさすぎる。神滅具の多くは元々領域を越えるような力を有している場合が多いが、お前のは既存の枠に当てはめられていたはずの一般神器からの逸脱だ。メフィストが一番心配していたのは、そこだな。ただ単に新しい神滅具が誕生、または新たに発見されたのとでは訳が違う」

「……そうか。こいつの神器の逸脱は、進化とも捉えられる。禁手(バランス・ブレイク)で一時的に領域を超えるのではなく、神器そのものを領域外へと至らせた。もし倉本奏太の神器と同じように、一般的な神器を準神滅具級、それこそ神滅具級へと至らせられることができるとなれば、世界は間違いなく混乱する」

「研究者視点で言わせてもらえば、カナタの神器の存在はとんでもない爆弾であり、是が非でも調べたいと思わせるほどの研究対象だよ。文字通り、研究結果によっては世界を変革させかねない。もしサタナエルのやつが知ったら、喜々として研究するだろうな。あいつ、神滅具には並々ならぬ情熱を注いでいるし…」

「――アザゼル」

「いくら俺が研究馬鹿な堕天使でも、ダチの秘蔵っ子を、自分の生徒をモルモットにするほど、堕ちぶれちゃいないさ。だが、何も手を打たないままなのは愚策だ。カナタの神器を知ることは、危険であると同時にこいつを守る力にもなるからな」

 

 二人が真剣に語る内容に、俺とラヴィニアは呆然と聞き続けるしかない。俺が考えている以上に、俺の相棒はとんでもない神器だったらしい。今こうしてメフィスト様に保護されていなかったら、下手したら実験動物のような未来だってあったかもしれないということだ。

 

 原作が始まっていたら、俺のような一般神器からの逸脱はそれほど珍しい訳じゃなかったのかもしれない。原作の先生も言っていたけど、今までにない事態ばかりが起こる、って神器に関して愚痴っていた。木場祐斗さんの『魔剣創造(ソード・バース)』が、聖剣の因子を取り込んだことで相反する属性を持った『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』へと至ったように。兵藤一誠という特異点を中心に、敵も合わせて次々と既存の枠をぶち抜いていっていた。

 

 だけど、今この時代は原作よりもずっと前だ。神器の研究だって、まだまだ発展途上だろう。そんな不具合がまだ表面化されていない中で、俺という不具合(異質)が先に芽を出してしまったのだ。世界中で不具合が表面化していた原作だから、「あぁ、またか」というノリで済まされていただけなのである。メフィスト様やアザゼル先生、それにおそらくアジュカ様という超常の存在が、人間の俺への扱いに慎重になっていた理由を、今更ながら俺は痛感した。

 

 それにしても、アザゼル先生の口から出た……サタナエルさん? そんなヒト、原作にいたっけ? よくわからないけど、アザゼル先生の口振りからあんまり関わらない方がよさそうな堕天使さんっぽい。神器大好きマッドは、アザゼル先生一人でもうお腹がいっぱいです。

 

 

「おい、カナタ」

「えっ? ……あっ、はい」

「いきなり情報がたくさん入ってきて、混乱しているだろ。すぐに全てを理解しろとは言わないが、少しずつ飲み込んでいけ。お前がその神器を持って生まれた以上、お前が生涯背負って行かなきゃならない力だ。外野に関しては、こっちでも手を打っておく。だから、お前はお前のことに目を向けておけ」

 

 そうだよな、先生の言う通りだ。逃げることなんてできないんだから、向き合うしかない。それに、俺には理解者がたくさんいるのだ。俺のために動いてくれるヒト達が、助けてくれるヒト達がこんなにも大勢いてくれる。それは、間違いなく恵まれたものだろう。こうやって納得できる時間だって、ちゃんと与えてくれるのだから。何より、俺がやるべきことは何も変わらない。

 

「お前は、その神器に相応しい担い手になってみせるんだろ?」

「はい、もちろんです。俺が決めた目標ですから」

 

 真実を知ったって、今までの事実や目指す道は変わらない。相棒と一緒に最後まで諦めず、俺が俺らしく進みたい道を選ぶだけだ。もちろん神器について、しっかり考えていかなきゃならないだろうけどな。今は教えてもらった情報をきちんと整理して、今後のために生かしていけるようにするべきだろうから。

 

 そう言って、キリッと決意表明を浮かべる俺の肩に、満面の笑みを浮かべたままのアザゼル先生の手が突如置かれた。

 

 

「と、いう訳でだ。お前も自分の神器について、知る必要があるって認識した訳だよな。しかも、あの半年前の事件でお前は俺に借りだってあるはずだ。そこでカナタ、おじさんからちょぉーっと相談なんだがな?」

「……あの、先生。怖いです。目が血走ったままの笑顔が、マジで怖いです」

「お前の神器をしっかり調べるためには、『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ俺と一緒に来てもらいたいんだが、もちろんいいよなぁ? ちゃんと安全は保障するからな。なっ! 消滅の能力の詳細を記録できるし、システムからの介入によるデータも取れるし。あー、あとあの実験や、アレやソレやコレやもやっておきたいし…。何だったら、グリゴリの最先端改造手術のサービスだってつけてやろう。もう憧れのロケットパンチだって夢じゃないぜェッ!」

「ラヴィニアぁぁーー! タンニーンさぁぁーーん! 助けて下さい、マッドに深淵へ連れて行かれるゥゥッーー!!」

 

 半眼のドラゴン様が尻尾で総督の頭をパーンし、ラヴィニアが俺を後ろから引っ張ってくれたことで、俺は無事に救出された。ありがとうございます、二人共。そうだよ、アザゼル先生だって他の研究者と負けず劣らずのマッド思考だったよ。鉄球と改造手術がデフォルトという、人間にとっては恐ろしい組織の長だった。自分の失った左腕を、笑いながらロケットパンチにした有言実行犯なのだ。何だよこれ、安心要素がどこにも見つからないだとっ……!

 

 神器について知ることは重要だろうけど、そのためには『神の子を見張る者(グリゴリ)』に行かないといけないらしい。なんというひどい選択肢。うっかりで俺が改造される未来が見えそうで、ガクブルなんですけど。油断した瞬間、匙さんとギャスパー同様の改造コースへご案内だ。力を引き出すためとか理由をつけて、鉄球をブン投げられるのだ。俺は人権の尊重を訴えたいっ!

 

 とりあえず、まずは冥界での修業が先だとタンニーンさんが仲介してくれたことで、数日の猶予ができる。堕天使の組織へ行くことは仕方がないから諦めろとのことだが、少しの間だが心の準備ができたことにホッとする。冥界の修行も修行で厳しいだろうけどね…。わかってはいたけど、俺には平穏な夏休みは訪れないらしい。ちょっと泣きそうです。

 

 裏世界に足を踏み入れて一年以上経ち、改めて自分が定めた目標を達成する困難さに肩を竦めながらも、俺はゆっくりと世界へ目を向けるのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。