えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八十九話 依頼

 

 

 

「よっと。……おっ、あそこが一番良さそうかな」

 

 相棒の力で空へと跳び上がった俺は、ちょうどいい岩場を見つける。そこまでの距離を目算しながら、跳び上がった勢いそのままに木を踏み台にしていき、一気に空を駆けていった。足場が悪いから気をつけないといけないけど、正臣さんから教えてもらったバランスや重心の取り方を思い出しながら、これも修行だと最短距離を詰めていった。

 

『カナくん、どうですか?』

「あぁ、ちょうど良さそうな岩場があったから、まずは先行して安全確認をしてくるよ。方向は大丈夫?」

『はい、カナくんに術式のマーキングを施しているので、位置は問題ないのです』

 

 耳元に現れた魔方陣から聞こえてきたパートナーの声に、俺も片耳へ施した魔方陣を手で押さえながら返事を返す。やっぱり便利だな、この通信機みたいな魔法。こうやって耳元に手を当てるだけで、手軽に仲間と連絡ができるのだ。戦闘中だと片手が使えなくなるから危ないけど、こういう探索や索敵中は非常に助かる魔法である。

 

 それにしても、タンニーンさんの冥界修行が始まってもう五日経つのか。龍王様のことだから、イッセーの時みたいな戦闘訓練をさせられるのかと冷や冷やしたけど、まさかこういう形の修行になるとはね。でも、確かに俺達……というより特に俺には必要な修行だろう。魔法使いの組織や先生やアジュカ様と行う修業ではできない、冥界という地を最大限に利用した修行だ。

 

「……ん」

 

 ふと、仙術もどきの反応から、進行方向に生物の気配を察知する。俺は移動を止めて身を隠し、相棒に意識を通しながらより鮮明に相手の気配を感じ取っていった。俺が感じ取った気配の主のオーラに変化が感じられなかったため、こちらの接近は気づかれていないようだと判断する。オーラの質や量からだいたい相手の力量がわかるから、この程度の相手なら問題なく倒せるだろう。赤龍帝みたいに途中からオーラ量が膨れ上がるとかだったら、素直に泣くしかないけど。

 

 アザゼル先生との修行で、特に念押しされて鍛えられたのが、この気配の察知とオーラの感知だった。昔師匠に言われたけど、力が足りない者が真っ先に身に着けるべきことは、危機に直面した時の対処法ではなく、危機に直面しないようにするための対処法だと教わったと思う。俺は特に仙術もどきの感覚と合わせ、神器を通した感覚の鋭敏化もできるため、かなり高い精度を発揮することができると言われたな。

 

『せんせーい。俺の攻撃手段が未だに『消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)』しかないんですけど、神器の能力修行が感知ばっかりでいいんですか?』

『漫画やゲームを知っているお前なら、感知といった補助系統の重要性はわかるだろ? お前はどっちかというと、前線で戦うタイプじゃなくて、裏方で戦うやつらを支える方が向いている。それにお前の『概念消滅』と感知を組み合わせれば、さらに凶悪なことができるようになるだろう』

『きょっ、凶悪……?』

『そのためには、もっと感覚を研ぎ澄ませられるようになってもらわないとな。ほれ、今日のメニューを送っておくぞ』

 

 駒王町の事件後から、アザゼル先生の仕事が忙しくなったみたいで、なかなか直接会うのが難しくなってしまった。それでも、通信を通して修行メニューを色々やらされたな。先生が俺用に発明してくれた電撃トランプとか、感知調整された電撃人形とか…。あれ、毎回本当に神経を使うし、失敗したら痛いからしんどいんだけど。

 

 神器の感知の精度が最も上がるのは、『宿主が危機に直面した時』だと教えてもらった。そのため、感知に失敗したら、俺が痛い目を見る修行になってしまったのだ。電撃トランプは、例えば数枚のトランプの中からjokerを抜いたら感電させられたり、1~13までのトランプを順番にめくらないと感電したり、といった傍から見たらマジックの練習かと思う。運の要素もあるだろうけど、俺の持つ感覚を鋭敏化させ、「これを引いたら、まずい」という感覚を磨くためらしい。

 

 一番嫌なのが、電撃人形という名の暗殺人形。もう呪いの人形だと俺は思っている。簡単に言えば、気配を消して俺に電撃を浴びせてくるのだ。この人形には微量のオーラが籠められているらしく、俺がちゃんと人形の気配を察知すれば、相手は何もしてこない。だけど、俺が気を抜いて、相手の接近に気づかなかった場合はビリビリさせられるのだ。

 

 最近はオーラ量も変えられるように調整されたらしく、近づいてきた人形のオーラ量の測定もちゃんとやらないと電撃を浴びるようになってしまった。俺よりオーラ量が下の場合は、見つけ次第迎撃態勢を見せる。同じぐらいなら警戒。上の場合は、即離脱。といった即座の行動まで求められる。今は修行時間だけだけど、今後は協会内での日常生活や睡眠中もやるぞ、と予告されているので泣きそうだ。必要性は理解できるからやるけど、感知タイプの修行はかなり精神的な疲労が強いものが多かった。

 

『危険を事前に察知し、周囲の様子を的確に感知できるかによって、お前や仲間の生存率は大きく変わる。お前は運良く『実力者』に恵まれている。なら、今お前が伸ばすべきは、その周りにいる実力者が十全に実力を発揮できる場を作ってやることだろう』

 

 俺や仲間の生存率。そう言われてしまったら、生半可な覚悟ではいられない。たぶん、俺が一人で行動することはあんまりない気がする。基本ラヴィニアか、または正臣さんと一緒に動くだろう。アザゼル先生曰く、二人共実力はあるが、その分攻撃力に傾いているため、感知や索敵といったサポート系統はできないことはないが得意でもないらしい。なら、そこを俺が補うことが出来れば、二人は周りを気にせず実力を発揮できるだろう。

 

 まだまだ弱い俺が、みんなのためにできることがある。それに、ちょっとした嬉しさが起こる。一年前に冥界へ訪れた時は、気配を察知することすらあたふたしていたのにな。

 

 

「ラヴィニア、進行方向に四体の魔物がいる。オーラは小さいけど、空を飛んで集団行動をしていて、なんだかうろうろしているみたい」

『何かを探しているのでしょうか?』

『それ、たぶん『ハルピュイア』の偵察部隊だと思うよー。この辺りに生息していたはずだし、様子からして餌を探しているんじゃない?』

「ハルピュイア、って半人半鳥の魔物の?」

 

 通信越しに聞こえてきたのは、ラヴィニアと一緒に行動をしている、俺の使い魔になったリンの答え。さすがは冥界生まれの冥界育ち。俺達よりも魔物の知識に詳しいから、色々助かっている。それにしても『ハルピュイア』までいるとは、さすがは冥界。ゲームをしている俺的には、別名である『ハーピー』の方が有名だろう。記憶的にはギリシャ神話の魔物だったと思うけど、彼らもドラゴンのように人間界から冥界に移り住んだ子孫なのかもしれないな。

 

『……『略奪する者(ハルピュイア)』ですか。カナくん、少し様子を見てみましょう。偵察部隊なら、同じ場所に長い時間留まることはないでしょうから』

『えー、燃やさないの? 羽の軟骨をむしゃむしゃしたい』

「やめて。見た目が鳥なら怪鳥でも食べる気力はなんとか出るけど、半人を食う勇気はさすがにねぇよ。食べている姿を見るのも却下」

 

 ドラゴンだらけな普段ならいいけど、人間の俺達がいる間は我慢してくれ。さすがに人型がむしゃむしゃされているところは、夢に出そうだから見たくない。魔物は恐ろしいけど、その中でも最強格のドラゴンなだけあって、リンにとってはほとんどが食料に見えているらしい。たぶん、ハルピュイアを食べたこともあるのだろう。ドラゴン達の教育のおかげで、「知能の高い人型や獣は(後々面倒なことになるかもしれないから)食べないように」と言われているので、人間である俺達に食欲は湧かないのが救いだろう。

 

 それからラヴィニアの考察通り、ハルピュイアの群れは森に食料となるものがないとわかったのか、しばらくしてパタパタとここから遠ざかっていった。それにホッと息を吐くと、ラヴィニア達に連絡を入れておく。せっかく休めそうな場所を見つけたのに、戦闘なんてして他の魔物を呼び寄せたら本末転倒だからな。必要のない戦闘は今後も避けるべきだろう。

 

「うん、周辺に魔物の気配はなし。岩場も問題なさそうだ。ラヴィニア、リンに乗ってこっちまで来てくれ」

『わかったのです。リンちゃん、変身なのです!』

『任せろー! ドラゴンマジカル、スタンドアッープ!』

 

 ちなみに、魔力でぬいぐるみサイズから元の大きさに戻っただけである。ドラゴン達がテレビ番組に夢中になったのは、周知の事実。セラフォルー様の魔法少女番組だって、子竜達はしっかり視聴して影響を受けまくっているのだ。リンの性別は女の子なので、冥界唯一の女子アニメである『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』を当然楽しみにしている。俺の周りは、必然的に魔法少女関係で囲まれる運命なのだろうか。どこで道を踏み外したんだろう、俺。

 

 とりあえず、夜になる前に今日の寝床は確保できた。いつも通り、ラヴィニアに結界や寝る準備をお願いし、俺とリンで食料調達と情報収集だな。早く対象が見つかればいいんだけど、今のところ見当たらない。この辺りが怪しいって教えてもらったけど、何か痕跡が残っていればいいなぁ…。

 

「うおっ!?」

 

 そんなことをぼんやり考えていた俺の目の前に、ラヴィニアの魔法で姿隠しをされながら飛んできたリンは、土煙を舞い上がらせながら着地してきた。思わず目を瞑り、砂が口に入ってゴホゴホと咳が出てしまう。もっと穏便に飛んできなさい。

 

 ちょっと文句が出そうになったが、嬉しそうに「カナ、褒めろー」とすりすりと顔を押し付けてくるので仕方がないな…、と何だかんだで受け入れてしまう。見た目は2、3メートル級のドラゴンなのに、やっぱり行動はまだまだ子どもっぽい。リンのお願い通りに褒めると、喉をぐるぐると上機嫌に鳴らしていた。

 

「カナくん、偵察ご苦労様です。暗くならないうちに、いい場所が見つかってよかったのです」

「高台にあるから、周りも見渡しやすいしな。ここを拠点にして、周辺の探索に当てるのも良さそうだぞ」

「そうですね…。リンちゃん、他の魔物の臭いなどはありますか?」

「うーん…、強い臭いは残っていないから、この場所を巣にしたり、定期的に使っている魔物はいないみたいだよ。たぶん、原因はそこに生えている植物だろうねー」

「植物?」

 

 リンが嫌そうに顎で示す場所を見ると、確かに毒々しい色をした植物が岩場に張り付いていた。俺はリュックから、メフィスト様から借りた冥界植物図鑑を取り出す。どうやら表面に毒があって触ると移るらしく、しかも長い時間臭いをかいでいると、あまり身体にも良くないものらしい。だから、他の魔物も近づいてこなかったのだろう。この植物をどかそうにも、切ったり千切ったりしたら、毒の汁が飛び散るため、下手にどかすのも難しいそうだ。

 

「じゃあ、遠距離から燃やして、冷やそう。リン、岩場の周りを軽く燃やしてきて。飛び火しないように、ラヴィニアにすぐに凍らせてもらうから。レッツ、ファイヤー!」

「ラジャー、ミルキー・ファイヤー!」

「二人共、息がぴったりに躊躇がないのです。……『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』」

 

 リンという火力を手に入れた俺は、遠慮なく使えるところはどんどん使っていく。さすがはドラゴン、火力があるって素晴らしい。俺自身が一番欲しいものである。今までの道中でも、面倒なところはリンのファイヤーで文字通り蹴散らしてきた。もちろん、ラヴィニアがしっかり火消しをしてくれるからできる戦法だけど。なるほど、これがごり押しか。癖になりそうだぜ。

 

「さすがはリンとラヴィニア。ありがとうな」

「これぐらい、朝飯前さー。……カナは何もしないの?」

「何を言っているんだ、ちゃんとあるぞ。ここで快適に過ごすために必要な、掃除と消臭という重要な仕事がな。これが適材適所ってやつだ!」

「おぉー、てきざいてきしょ? なんかすごそう!」

 

 俺の説明にぶんぶん尻尾を振るリンと、まるで慈しむかのような目で俺達へ微笑みを浮かべるラヴィニア。年下の女の子に生温かく見守られるような状況だが、リンの主としてさすがに仕事をしていない(ニート)扱いは嫌なので、見逃して欲しい。その代わり、しっかり掃除は頑張りますので。

 

 俺は相棒を壁や床に突き刺して、せっせと働く。……相棒、快く能力で掃除をすることを許してくれて助かったけど、何で君まで生温かい思念を送ってくるの。俺、ちゃんと頑張っているからね? すごく地味だけど。

 

 それから、夜になるまでにお互いにやるべきことをやろう、と行動を開始する。道中で見つけた果物はあるので、今日はいい獲物が取れるといいな。相棒を突き刺せば大抵何とかなる、という神器頼みな冥界サバイバル生活五日目。今日も俺達はたくましく頑張っています。

 

 

 

――――――

 

 

 

「修行って、討伐依頼ッ!?」

「そうだ、お前達には冥界の地に潜伏しているはぐれ悪魔の討伐をしてもらう」

 

 あれから、先生からの神器説明が終わり、タンニーンさんからの修行内容を聞いた俺達は、驚きに声をあげた。冥界での修業と言われて、また恐怖の鬼ごっこかと思っていた俺にとって、まさかの展開である。魔物と戦うを通り越して、はぐれ悪魔の討伐。さすがに、ラヴィニアも目を瞬かせていた。

 

 はぐれ悪魔。それに俺は、思わず息を呑んだ。なんせ、俺が本格的に裏の世界に足を踏み入れるきっかけとなった相手なのだから。初めて触れた裏の世界での出来事は、今でも消えることなく記憶に残っている。気持ち悪く淀んだ空間、悪意という殺気、命を弄ぶ異形の存在、そして救うことが出来た小さな命。どれも忘れることはないだろう。

 

「どうやら、俺の領地を隠れ蓑にしているらしいはぐれ悪魔がいるようでな。魔物を食い殺しながら、隠れて力を溜めているらしいと情報を得たのだ」

「悪魔が、魔物を食い殺す…。でも、俺達もトカゲ肉とか食べたことはありますけど、それとは違うんですか?」

「生まれが異形だったのならともかく、さすがに悪魔や堕天使(俺達)だって、魔物は調理や処理をしてから食うぞ。生で骨ごと、それこそ魂すら糧にするヤツは、もはや獣と同類だろう」

「うわぁ……」

 

 アザゼル先生の答えに、ちょっと引いてしまった。確かにそんな獣みたいな食べ方は、人間も人型の異形だってやらない。魔力を暴走状態にすることで、理性よりも本能を強め、己の欲望を満たすために最適な姿や思考を魔力でイメージすることで、悪魔は獣へと変わる。サーゼクス様も昔、黒猫に変身したことがあるみたいだし、悪魔はヒト型以外にもなれるらしい。つまり、はぐれ悪魔の人型からかけ離れた姿は、魔力によるイメージの暴走だろうと考えられていたと思う。

 

「……そのはぐれって、転生悪魔ですか?」

「いや、一般の下級悪魔らしい。はぐれエクソシストやはぐれ魔法使いと同様の扱いだな。冥界で犯罪を起こし、冥界の組織に不利益だと判断された悪魔のようだ」

 

 つまり、俺が初めて戦闘をしたはぐれ魔法使いのような危ない思想を持った悪魔ってことか。はぐれになる前は下級だったけど、魔物や同族から力を奪っているため、それなりに力はつけているかもしれないらしい。これ以上、はぐれ悪魔が力をつける前になんとかしないといけないのは間違いないだろう。

 

「でも、ドラゴンが治める領地にわざわざ隠れるなんて」

「いえ、タンニーンさんの領地は多くのドラゴン達のために広大ですし、餌となる魔物や魔獣を自然のままに放置しています。それでいて、最上級悪魔であるタンニーンさんの領地に、侵入しようと思う悪魔は普通いません。追手を回避するために、あえて潜伏するという選択がないとは言い切れないでしょう」

 

 さらに言えば、ドラゴン達のために危ない魔物がいないかを上位ドラゴン達が定期的に回っているため、下位中位ぐらいの魔物にとって、住みやすい領地となっているのだ。それなりの実力があるはぐれ悪魔なら、上位の魔物がいないタンニーンさんの領地は、ドラゴンに見つかりさえしなければ、安全に餌が取れる隠れやすい場所だろう。

 

 そう考えると、かなり頭が回るはぐれ悪魔だと思った。狙ってタンニーンさんの領地に入ったのか、偶然なのかはわからないけど、ここまで逃げ回れていることから、俺が最初に遭遇したはぐれ悪魔より厄介なのかもしれない。それとも、完全に堕ちていない状態だから、まだ理性が残っているとも言えるのかもな。

 

「そのはぐれ悪魔を追っていたらしい悪魔から、こちらに連絡が来てな。俺の領地に逃げ込んだのは把握したのだが、いかんせん土地が広大であり、多くの魔物がうろうろしている危険地帯だ。虱潰しに探すにも、ドラゴン達の機嫌を損ねる可能性もある」

「まぁ、好き好んでドラゴンの巣になんて入りたくないですよね…」

 

 それで、依頼としてはぐれ悪魔の討伐を領主であるタンニーンさんにお願いした経緯らしい。タンニーンさん的に、本当は俺達に魔物の討伐などをさせようかと考えていたようだけど、ある意味でタイミングよく俺達の実力的にも悪くない相手だと考え、この依頼を俺達にやらせてみようと考えたようだ。そんな軽い感じでいいんですかね…。

 

 

「倉本奏太。子竜との契約の時に話したと思うが、俺の領地で暮らすドラゴン達はお前に恩を感じている。お前とそのパートナーであるラヴィニアなら、協力関係を結ぶことも、この領地を巡ることにも否を告げる者はいないだろう」

「なんか、俺が知らないところで出来た恩なんで、全然実感が湧かないんですけどね…」

「自覚がなかろうと、お前の行動の結果で得た成果だ。もらえるものはもらっておけ。それに、お前達に任せたい一番の理由は、倉本奏太の感知能力とラヴィニアの魔法の腕を買ってのことだ」

「私達のですか?」

 

 思わず、ラヴィニアと目を合わせる。確かに、俺は仙術もどきと神器による感知がある。ラヴィニアは様々な魔法を操ることが出来る。そんな俺達の様子に、肩を竦めて話を聞いていたアザゼル先生が、何でもないように説明を入れてくれた。

 

「タンニーン達でも、そいつを探し出すのには時間がかかるだろう。ドラゴンは細かい作業より、ド派手な作業の方が種族的に向いているからな。だいたいの居場所は把握できても、個体を見つける労力をかけるより、さっさとその一帯を薙ぎ払って更地にした方が楽なんだよ」

「えっ、でもそれって…」

「だから、お前たちに討伐依頼を代わりにやらせようとしているんだろう。誰だって、自分の領地を自分でぶっ壊したいとは思わんさ。それにそのはぐれ悪魔も、ドラゴンが自分を本格的に探し回っていると気づいたら、この領地から逃げ出す可能性も高い」

 

 あれ? それならタンニーンさんの領地にドラゴンを適当に飛ばしておけば、この依頼は解決するんじゃないか? 元々ドラゴンの領地に逃げられてしまって危険だから、ということでこちらにお鉢が回ってきた依頼だ。対象が勝手にこの領地から逃げ出すのなら、あとは元々の依頼主である悪魔に任せてしまう手もあるだろう。

 

「だが、もう魔物を喰うまでに堕ちちまった悪魔だ。ここで逃げられて、今度こそ追っても振り切られてしまったら、……次に向かうのは、餌が豊富にある人間界だろうな」

「――ッ!?」

「はっきり言えば、俺達ドラゴンにとってそのはぐれ悪魔は小物だ。悪魔の領主として依頼は受けたが、わざわざ相手にしてやるほど、俺達の炎は安くはない。依頼として見つければ討伐するが、小物を血眼になって探すのは『ドラゴン』には無理だ。そいつが俺達の逆鱗に触れたのなら、まだしもな」

 

 先生が告げた可能性は、到底無視できない内容だった。だって、俺は知っているのだから。人間界へと逃れたはぐれ悪魔が、あの港で行っていた所業を。間接的にとはいえ、俺はそのはぐれ悪魔を殺した。そして、それに俺自身が納得できるほどに怒りを持っていたのだから。

 

 そのはぐれ悪魔がドラゴン達に対して不利益を及ぼしたのなら、ドラゴン達も本腰を入れるだろう。だけど、やっていることは豊富にある魔物()を隠れてつまみ食いしているだけ。傲慢にも捉えられるが、そんな小物相手にやる気を見せるのは、ドラゴン的に馬鹿らしいと思われるのだそうだ。タンニーンさんが常識的な方だから忘れそうになるけど、本来ドラゴンって滅茶苦茶プライドが高かったり、超マイペースだったりするもんな。

 

 タンニーンさんの影響を受けた真面目なドラゴンさん達は、しっかり探すかもしれないけど、数は少ないだろう。そして、そういうしっかりしたドラゴンさん達には、別に色々な仕事がある関係で、長い時間捜索ができない。それにドラゴンはその巨体や身に纏う強大なオーラの所為で目立ってしまい、対象に気づかれやすい。まず間違いなく身を隠されるため、感知能力が高くないと見過ごしてしまう確率が高くなりやすいのだ。

 

 ドラゴンとは、力の象徴だ。だからこそ、細かい作業が苦手で隠れた者を見つけづらく、力が強いために適当に探して領地を更地にする訳にもいかない。捜索系の仕事は、ドラゴンには向いていない。それがよくわかる依頼だった。

 

「悪魔側もそれはわかっているだろう。だから討伐依頼とは言っているが、実際はタンニーンの領地に侵入したはぐれ悪魔を領から追い出して欲しい、ぐらいの内容だと思うぞ」

「あぁ、だが一度ははぐれ悪魔の逃走を許した連中だ。二度目がないとは限らん。決着が着くのなら、俺の領地で片づけるべきだろう。転生したとはいえ、悪魔となったからには堕ちた者をそのままにはできん。新たな被害者を出す前にな」

 

 不遜な態度を崩さず、堂々と告げるタンニーンさんは、王としての威厳に溢れていた。他の悪魔がはぐれ悪魔を逃がしてしまった不始末の尻拭いを、最上級悪魔である彼は当たり前のように請け負おうとしている。こういうところが、さすがは王様だと感じ入るものがあった。

 

 

「俺達ドラゴンが動けば、対象を逃がしてしまう可能性がある。それならば、俺が認める優秀な異能者であるお前達に任せたいと考えたのだ。下級悪魔なら、例え力をつけていたとしても、お前達が負けるような相手ではない。むしろ、俺に一撃を入れるよりも楽だろうな」

「まぁ、そう言われればそうですけど…」

 

 最上級悪魔の元龍王様に一撃を入れる課題と比べたら、だいたいのことは楽に決まっていますよ。俺だって、一年前と比べたら間違いなく成長したと思うし。そう考えると、タンニーンさんが最初に考えていたモンスターハンター修行よりもマシなのかもしれない。もしかしたら、上位レベルの魔物と戦うことにだってなっていたかもしれないのだから。

 

 そして、タンニーンさんが俺達に討伐依頼を頼む理由もわかった。討伐できるだけの実力があるとタンニーンさんが認め、高い感知能力があり、自由に動き回れる俺達が適任なのもわかる。そして、そのはぐれ悪魔が本当に危険な存在ならここで逃がしちゃいけないことも。

 

「気負う必要はない。例え討伐できずとも、お前たちが対象を見つけ、足止めしていてくれるだけでも構わない。後続には俺達が控えているからな」

「……なんか、逆に言わせてもらうと失敗のしようがない依頼ですね」

「そうでもねぇぞ。特にカナタ、お前にとっては今回の討伐依頼はかなり危険だろう。ラヴィニアはそれなりに経験はあるが、お前は『人型』と殺し合いをしたことがないからな」

「殺しっ……」

 

 あまりに直球過ぎる先生の言い方に、俺は絶句するしかない。いや、うん…。でも、アザゼル先生の言う通りだ。討伐依頼ってことは、相手だって死ぬ気で抵抗して来るに決まっている。そいつが危険な奴だったら、俺達だって戦わなくてはならない。人間界にだけは、絶対に逃がしてはいけないから。そして、今後『人型』相手にここまでお膳立てされた状況で戦える確証はないのだ。むしろ、今後俺が敵対する可能性が一番高いのは、圧倒的に『人型』なのだろうだから。

 

 ラヴィニアは戦えるだろう。初めて彼女に会った時、はぐれ魔法使い相手に一歩も引くことなく、相対していた姿を思い出す。今思うと、俺は『人型』と殺し合いをしたことがなかった。ラヴィニアや正臣さんのように、神器や実力を前面に押し出すことで抑止力を働かせる方法は俺には逆効果となるため、二人のような討伐依頼を請け負えなかったのも関係あるだろう。

 

 それに、今までを思い出してみると…。はぐれ悪魔の時は、一方的な蹂躙。はぐれ魔法使いや紫藤さん達は、俺を殺そうとはしていなかった。ちなみに、公園で戦ったバアル派の悪魔は、魔法少女アドレナリン成分という名の自棄の所為で、全く戦った実感がないというひどい状態である。

 

 去年の冥界の夏休みに、色々な魔物と戦ったことはある。正臣さんやアザゼル先生に、修行としてボコボコにされたことはある。言い換えれば、俺は異形相手としかまともにぶつかったことがないということだ。

 

 

「もっとも殺し合いどころか、お前は悪意すらまともに受けたことがないだろうけどな。ある意味で、お前が裏の価値観に染まらず、表の価値観をずっと持つことが出来たのも、裏の毒や汚いものをその目で見る機会が少なかったのも理由の一つだろう。……半年前にお前が関わった駒王町の事件だって、悪意の一端でしかなかったんだからな」

「普通なら、悪意など当たり前のようにある世界だ。だが、お前は『偶然』にも、強い悪意を受けずにここまで歩いてきた。わざわざ俺が、『悪意ある者』と対峙する場を用意しなければならないほどにな」

「それは、みんなのおかげだと思いますけど…」

 

 アザゼル先生とタンニーンさんの話に、戸惑いと確かな納得はあった。隣で聞いているラヴィニアは、普段のぽわんとした雰囲気はなく、二人の会話を静かに聞いている。きっと俺が悪意を受けてこなかったのは、メフィスト様といった大人に守られてきたからだろう。俺の存在は隠されているし、後ろ盾としていてくれるヒト達がたくさんいる。タンニーンさんが言う通り、偶然というか、運が良かったんだろうな。

 

「……それだけでは、ないのかもしれないのです」

「ラヴィニア?」

「カナくんの神器さんに意思が本当にあったのなら、カナくんが悪意に触れないように誘導していた可能性はあるのです。神器は宿主の危機に敏感ですから。カナくん、言っていましたよね。カナくんが嫌な予感がする、と感じた時の的中率は100%だって。たぶんですが、カナくんは無意識の内に悪意の有無を選別していると思うのです」

「えっ…?」

 

 悪意の選別って、マジで? 全然そんな自覚はなかったんだけど。なんとなく、「このヒト、嫌な感じだなぁ…」って思ったヒトには近づかないように気を付けた記憶はある。もしかして、そういう感覚のことなんだろうか。

 

「あり得なくはないな」

「うそぉ…、そんなこと本当にできるんですか?」

「お前、今までを振り返ってみろよ。初対面だった神滅具持ちと普通に友達になる。初対面だった最古参の悪魔の庇護下に入る。初対面だった堕天使の総督の羽をモフモフする。初対面だったドラゴンの王様におっぱいミサイルをぶち込む。初対面だった悪魔や聖職者と友達になる。初対面だった魔王に鼻水を拭いてもらう。初対面だった皇帝にストライキを唆す。どれ一つとっても、悪意のあるやつが相手だったら、殺されているぞお前」

「改めて羅列されると、なんでこいつが今でも能天気に生きていられるのか、さっぱりわからない所業の数々だな。許している俺達も俺達だが」

 

 タンニーンさん、そんなしみじみと遠い目をしながら言わないで下さいよ。それに、今あげられたヒト達のほとんどが原作に登場していたおかげで、ある程度心情を理解していたから抵抗が少なかっただけだと思うんですけど。でも、確かに今あげられたみんなに嫌な感じが働いたことはない。俺が大変な目に合いそうな嫌な予感なら、何度かあったけど。主に大人組や魔法少女関係の思いつきやノリで。

 

 だけど、改めて考えてみると悪魔とか堕天使とかドラゴンとか前世ではおとぎ話とされる存在と、実際に邂逅して普段通りでいられたのは、『彼らなら大丈夫』という直感のような感覚があった気もする。原作知識のおかげだ、とずっと思っていたから気にしていなかったけど、マジで善悪センサーみたいなのが俺にはあったりするんだろうか。相棒、そこんところどうなの? ……いや、意味深に光って誤魔化そうとするなよ。さすがに付き合いが長いからわかるぞ、俺だって。

 

「まぁ、あり得るってだけで確証はねぇぞ。本当に悪意からお前を遠ざけているのが神器だったら、はぐれ悪魔やはぐれ魔法使い、駒王町の事件といった悪意にだって関わらせないようにお前を誘導していたはずだからな」

「……あるいは、倉本奏太自身が強い意思を持って関わることを選んだ場合や、お前の成長に必要だと判断した場合は、お前の意思に任せている可能性もあるだろうがな」

「…………」

 

 はぐれ悪魔と出会ったから、俺は裏の世界を歩く決意が出来た。はぐれ魔法使いと出会ったから、俺はラヴィニアやメフィスト様に出会えた。駒王町の事件に関わったから、俺は原作の楔を振り払うことが出来た。俺は自分が臆病で、決意ができるまですごく優柔不断な性格だと知っている。もしこれまでの『悪意』に関わらない道を選んでいたら、未だに悩んで足を止めていた可能性もあったと思う。

 

 俺はそっと自分の胸に手を当て、相棒の鼓動を感じてみる。俺がこの世界に生まれた時から、ずっと一緒にいる半身。神器に目覚めてから今まで、相棒に意思があったらいいのに、と思いながら接してきたと思う。それは、原作の兵藤一誠とドライグのような宿主と神器の関係に憧れがあったのもあるだろう。たった一人、相棒以外に誰も頼ることができなかった四年という孤独な年月が生み出した願いでもあったと感じる。

 

 もし、本当に相棒が悪意に対する誘導を俺に行っていたのなら…。俺が危なくならないように、こうしてみんなに出会えるようにしてくれていたのなら……。あれ、別に困ることってなくないか? むしろ、あった方がいい感覚なのは間違いない。俺、悪いヒトに会ったら騙される自信がマジであるぞ。策謀とか全然わからないし…。

 

「善悪センサーが本当にあるのなら、俺って実はラッキー?」

「そう単純に思える思考回路だから、お前とその神器は良好な関係が築けているんだろうな。普通の人間なら、疑心暗鬼になっている頃だぞ」

「えっ、だって便利だし、実際に助かっていますよ?」

 

 不思議だと首を傾げる俺に、アザゼル先生の目がすごく優しい。「お前はある意味、それでいいのかもな」と言われ、頭を軽くポンポンと叩かれる。すみません、そのアホの子を見る目はやめてくれませんか。

 

 だって、相棒を拒絶する理由が特に見つからない。たぶんだけど、俺が嫌がったら相棒はやめてくれると思う。だけど、わざわざ大変な方を選ぶより、お願いする方が俺的にはぶっちゃけ助かるのだ。むしろ、「これからもよろしく」と言いたいぐらいである。

 

「お前がお前らしくあるならば、その感覚はこの世界を生きる上で重宝するだろう。時には、悪意の中を突き進むしかない時だってある。悪意から逃げることは間違っていない。だが、いずれ向き合わなければならない時は来るだろう」

「その時はどうすれば?」

「悪意にも種類がある、まずはそれを知っていけ。そして、信頼できるヤツをたくさん作れ。お前の消滅の能力が知られれば、間違いなく注目を受けるだろう。そこには、負の感情を持つ者だって当然いて、お前の力を利用しようと接触を図りに来る。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』…。いずれはその名を、お前自身が背負えるようになっていけばいいさ」

 

 名を背負うか…。まだ俺にその実感はないけど、イッセーのように『おっぱいドラゴン』を背負う感じなんだろうか。彼だって、最初からヒーローを名乗ってはいなかった。だけど、自分から周りの期待に応える道を選び、ヒーローを実現してみせたのだ。

 

 死亡フラグ満載な世界で注目されたくない、が正直な本音だけど、そうも言っていられないのが現実なんだよなぁ…。経験値を積んで、少しでも成長していくのが、今の俺がやるべきことなんだろう。

 

 

「ついでに、去年ドラゴン達に鍛えられた冥界サバイバル技術も磨いてこい。はぐれ悪魔討伐と並行して、探索技術や敵の捜索なども学んでくるといい」

「……えっ、日帰りじゃ終わらない感じ?」

「まぁ、無理だろうな。ドラゴンには見つかりたくないはぐれ悪魔が、火龍の巣の近くに潜伏する訳がない。追っていた悪魔達が見失った場所から、秘かに魔物の巣の痕跡を探った結果、ある程度潜伏しているだろう場所は割り出している。ドラゴンなら一日もかからないだろうが、人間の足なら急いでも五、六日はかかるだろう距離だな」

 

 大人のドラゴンに乗って行くと、相手に逃げられる可能性があるらしい。それに、追手を振り払うだけの力をつけるためには、相手も魔物の捕食をまだ行う必要があるだろうと考えられる。とりあえず、急いで向かった方がいいのは間違いないだろう。

 

「ちなみに、領の地図とかはあるんですか?」

「……ないな。誰も使わん」

「魔物が溢れるドラゴンの領地に踏み入るヤツなんていないから、必要なかったんだろう」

 

 おい、それじゃあどうやって俺達は目的地に向かえばいいんだよ。広大な領地を目印もなしに進むなんて、迷子確定なんですけど。

 

「そこは運よく問題ないだろう。案内人としては幼いが、族長の娘としての教育で、領内の地理は把握しているだろう。餌の位置や他龍との交流で必要だからな」

「それって、リンも一緒に行くってことですか?」

「使い魔としての初めての仕事という訳だな」

 

 子どもらしくてマイペースな性格だから忘れそうになるけど、リンって龍王の眷属に選ばれた火龍さんの娘である。他の子竜達と違って魔力を持つリンは、次期火龍の族長としての勉強もちゃんとしているらしい。ふと、「任せるがいいー」と尻尾をブンブンする姿が思い浮かぶ。まぁ、ちょっと心配ではあるけど、タンニーンさんが大丈夫と太鼓判を押しているのだから大丈夫なのかなぁ…。

 

「今日はもう夜も深い。朝まで身体を休めておけ」

「俺も伝えることは伝えたから、朝になったら一旦組織に戻る。終わった頃にまた来るから、『神の子を見張るもの(グリゴリ)』に来る心の準備はしておけよ」

「わかってはいたけど、俺のスケジュールが過密すぎる件。……そういえば、俺が『神の子を見張るもの(グリゴリ)』に行っている間、ラヴィニアはどうするんだ?」

「私は、……メフィスト会長から許可をもらったので、彼女の家に一度帰るつもりです。一年ぶりですから、少し長めに滞在しようと思っています」

 

 彼女の家。そう告げるラヴィニアの声は、どこか嬉しそうだと感じた。一年ぶりという言葉は、俺が『灰色の魔術師』に加入した時期と被ることから、おそらくそれも関係がありそうだと察する。少なくともこの一年間、ラヴィニアがどこかへ里帰りした記憶はない。なんせほぼ毎日、俺は彼女から魔術の授業を受けていたのだから。

 

 もしかしたら、俺の情報をその『彼女』に渡さないように、メフィスト様とラヴィニアで事前に話し合っていたのかもしれない。アザゼル先生も言っていたけど、ラヴィニアにはもしかしたら別に進める道があったかもしれないのだ。俺の神器の情報を持つ彼女を、どっちの立場に立つのか明確になっていない状態で、安易に家へ帰せなかったのかもしれない。もしそうだったとしたら、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 

 そんなことを考えていた俺に、ラヴィニアは意を決したような目を俺に向けていた。

 

「あの、カナくん…」

「えっ、何?」

「……今日、メフィスト会長が帰られる時、カナくんに私の過去を話す許可をいただいたのです。おそらく、カナくんの神器の真実について知ることが条件だったのでしょう」

 

 彼女は小さく息を吸い込むと、胸の前で祈る様に手を重ねた。

 

「……私の話は、あまりいいものではないのです。それに、『灰色の魔術師』と『彼女』の関係について、まだ全てを話すことはできません。それでも、話を聞いてくれますか?」

「もちろん、聞くさ。でも、今日は色々あってお互いに疲れているだろうから、少し落ち着いてからでも大丈夫だよ。まだ時間はあるみたいだし、ラヴィニアが話しやすいと思った時でいいから」

 

 さすがに、龍王と模擬戦をして、使い魔契約をして、神器の真実を知って、と今日一日で随分と内容が濃すぎたと思う。ラヴィニアだって、神滅具の操作や使い魔の契約で大変だったんだ。それに、俺の神器のことを聞いて、一番動揺していたのも彼女の方だったと感じる。俺も今日は疲れたし、お互いに休んだ方がいいだろう。

 

 俺が笑顔で告げると、ラヴィニアも小さく頷き返してくれた。そして、やはり疲れていたのだろう。彼女は先に休むと俺に告げ、タンニーンさんと先生に頭を下げて、寝室へとゆっくり歩いていった。なんだか、少し思いつめているような気がする。たぶん、それだけラヴィニアにとって大事な事なんだろう。

 

「……カナタ」

「何ですか、先生?」

「ラヴィニアに関しては、俺はメフィストから話を聞いただけでしかない。偶然だが、お前はラヴィニアが一番望んでいたものを、そしてあいつに一番足りないものを持ち合わせている。だから、お前の存在はあいつにとっては、非常に(まぶ)しく映っているだろう。それこそ、思わず(くら)んでしまうほどにな」

 

 ラヴィニアが望んでいたものと、足りないものを俺が持っている? いつも彼女に助けてもらっているし、どっちかというと俺の方がラヴィニアより足りないものがいっぱいあると思うんだけど…。疑問を浮かべる俺に、アザゼル先生は仕方がなさそうに笑ってみせた。

 

「ラヴィニアは、途轍もなく頑固だ。それでいて、芯が氷のように固い。だがな、そういうやつはその軸が崩れた時、誰よりも(もろ)くなることがある」

「ラヴィニアが頑固なのは知っていますけど、脆い…?」

「覚えておけ、カナタ。ラヴィニアには、拠り所が必要だ。そしてお前の存在は、あいつを繋ぎとめる楔に……唯一になってきている。あいつが閉じた世界から『灰色の魔術師』に預けられたのも、それが原因の一つだろうからな」

 

 たぶん、先生の話していることは、おそらくラヴィニア自身も気づいていない彼女の本質なんだと思う。それをアザゼル先生が俺に伝えたのは、選択を間違えるなって意味が込められている気がした。

 

「メフィストが許可したってことは、魔女っ娘のことはお前に託したってことだ。お前にとっては寝耳に水で、訳も分からないことだろう。それでもお前は、ラヴィニアの抱えるものを受け止める覚悟はあるか?」

「……正直に言えば、覚悟があるかと聞かれたらわからないです。だけど、ラヴィニアが何を抱えていたって、俺がやることは変わらないと思っています」

 

『カナくん、私はあなたを助けたい。どんな小さなことでもあなたの力になりたいのです。だから、私も一緒にカナくんの問題へ巻き込ませてください』

 

 あの時のラヴィニアの言葉に、俺はすごく救われた。彼女が支えてくれたおかげで、俺は俺が進みたい道を迷わず進むことができたのだ。だったら今度は、俺が彼女を助ける。どんな小さなことでも力になって、彼女の問題にだって自分から巻き込まれてやるさ。それだけの想いを、俺は彼女からもらっているのだから。

 

「彼女の手を放しません。それが、傍にいる俺に出来ることですから」

 

 そう笑って俺が告げると、アザゼル先生とタンニーンさんも小さく笑っていた。単純だけど、俺にはこれぐらいの気持ちの余裕がある覚悟の方がいいだろう。あんまり思いつめても、俺の場合は事態が好転しないような気がするし。

 

 ラヴィニアがどこかへ行こうとしていたのなら、一緒に行くにしても、引き止めるにしても、その手を握っておけばいい。少なくとも彼女は、握られたその手を無造作に振り払うことはないような気がするから。

 

 はぐれ悪魔の討伐に、ラヴィニアのこと。裏の世界に入って一年経ち、今まで俺に隠されていた現実が少しずつ目に映っていく。大変だけど、一歩ずつ頑張っていくしかないのだろう。本当にこの世界、色々あり過ぎて鬼畜だわぁ…。俺は薄く笑いながら、肩を竦めたのであった。

 

 


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