えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 『神の子を見張る者(グリゴリ)』編の導入部になりますが、神器編の山場にも入るため、内容は結構真面目な感じになっています。


第九十三話 対面

 

 

 

 堕天使陣営の中心的組織である『神の子を見張る者(グリゴリ)』。先生や堕天使幹部の皆さんは、かつて『聖書の神』の陣営にいたけど、神様の意思に逆らって人間に知識を与えたことで堕ちてしまった天使達なのである。あとは邪な心を持って、普通に堕天したケースもあるだろうけど。堕天使は天使から堕天した者もいれば、堕天使同士で種を増やす場合もある。

 

 あと天使は制限が多いけど、堕天使になると制限がほとんどなくなるから、全体的にはっちゃける傾向にあるらしい。あれかな、大学生の頃に就職活動のために必死に勉強してきびきび頑張っていたけど、内定をもらったから残りの大学生活をエキサイティングする感じ? うん、なんか違うな。とりあえず、超厳しい職場から緩い職場になったから、羽目を外しやすいのだろう。種族も変わっているし。

 

 そういえば、天使は子孫を残すことが難しいんだよな。本来は神様がいれば天使を増やせるらしいけど、この世界では神様が死んでしまっている。天界陣営は教会を通じて動き、基本的なことは人間の信徒に任せていた。天使が人間界へ無暗に降りてこないのも、天使の数を減らさないために安全を優先した結果なんだろう。そのため、原作でもほとんど出番がなかったように思う。

 

 子孫を残すには、当然その……エロい事をしないといけない。でも、エロい事を考えすぎると堕天する。子作りを神聖なものと考え、「欲」を一切出さずに「愛」の想いのみを心に映し、常時賢者モードで行わなければならないのだ。失敗すれば堕天するんだから、天使にとって子作りって下手したら命懸けだよな。そんな訳で、天使は数が増えづらいらしい。

 

 つまり、天使として高潔に生きるか、堕天してはっちゃけるか、の二択という訳か。ちょっと極端すぎないか、天使と堕天使の関係。その中で天使の頃の真面目さを忘れられない方が、シェムハザさんみたいになる訳か。副総督様の苦労が目に浮かぶようだった。

 

「ここがグリゴリの施設…。ここで働いているのは、みんな堕天使さんなんですか?」

「あぁ、ここは冥界にある本部に近い研究施設だからな。堕天使以外は、被験者ぐらいしかいないだろう」

 

 アザゼル先生の後をついていきながら、俺は施設の中をきょろきょろと眺める。転移魔方陣からジャンプして、しばらくの間は無人の廊下を歩き続けていた。そこから少しして、研究施設の中を上から見渡せる窓のようなものがあり、覗くとたくさんの機械や映像が溢れ、白衣を着たヒト達が忙しなく働いていた。さすがに精密機械が置かれている場所で翼は出していなかったが、堕天使なのは間違いないだろう。

 

 どうやら俺達が通っている通路はお偉いさんの視察用に作ったものらしく、こうやって仕事場の風景を見ることが出来るようだ。向こうはこちらが見えないようになっているし、この通路を使う一般のヒトもいないから気は楽である。人間の俺がここの仕事風景を見ても、彼らが何をしているのか意味不明なので、こんな風に見せても問題ないのだろう。巨大な機械類に圧倒されながら、一本道を進んでいった。

 

「今日はバラキエルと顔合わせをしたら、まずは身体検査を受けてもらうぞ」

「えっ、身体検査ですか?」

「血を採取したり、全身をスキャンしたり、人間界でもやるだろ。その後は個別で神器を検査したいんだが、ちょっと様子見だな。明日はシェムハザが来るはずだから、神器の精密検査は明日に回して、先に神器の実験の方をやってもいいかもしれないか」

「はぁ…、わかりました」

 

 先生の中では、すでに予定は出来ているらしい。危険がないのなら、俺は問題ないからいいけど。先生曰く、俺の相棒はアジュカ様が調べた時に、『概念消滅』を使って調べられるのを拒否した経緯があるようだ。何で拒否したのかはわからないけど、今回も同じようなことが起こる可能性もあるため、相棒の検査に関しては慎重になるみたい。一応俺からも、「消しちゃだめだぞ」と相棒に注意はしておくけど。

 

 それにしても、ついにバラキエルさんとの対面になる訳か。うわぁー、すごく緊張する。俺、ちゃんと挨拶とかできるかな。タンニーンさんやディハウザーさん、アジュカ様やリュディガーさんと対面した時なんて、めっちゃガチガチだった記憶がある。悪魔の皆さんって、優雅で気品があるヒトばっかりだったから、庶民の一般人としては気後れしちゃうんだよね。

 

 堕天使であるアザゼル先生との初対面でも緊張したけど、あれは最初がひどすぎたからな…。研究根性を隠すことなく、全く遠慮もなかった。そのすぐ後に、至高の堕天使様の翼をモフモフさせてもらったし。ある意味で、欲望に忠実な堕天使らしい初めましてだったのかもしれない。二人目の堕天使の知り合いになるバラキエルさんは、武人気質な渋いヒトだから、しっかり挨拶をしたいものだ。

 

 

「この研究施設は、異能や超能力の研究を主目的とする機関でな。今は専ら神器(セイクリッド・ギア)関連について研究している場所だ」

「へぇー。……あれ、先生。あそこの机に置いてあるのって、もしかして神器ですか?」

「ん、おぉ。あれは『白炎の双手(フレイム・シェイク)』っていう炎属性系神器で、隣の神器は『赤光矢(スターリング・レッド)』だな。両方とも汎用型の炎属性系神器だから、火力の違いやオーラの消費量なんかを比べているんだろう」

「なるほど…」

 

 さすがはアザゼル先生、見ただけで何の神器なのかがパッとわかるらしい。ラヴィニア以外で初めて見た神器に興味が湧き、俺と同じ神器所有者の様子が見てみたくなった。どこにいるのかな、とじっと覗き込んでみたけど、その二つの神器の宿主らしき姿は傍に見えない。不思議に思って部屋全体を眺めてみたけど、全員白衣を着たヒト達ばかりで、たぶん人間は見当たらなかった。

 

 訝し気に見ていると、白衣を着た研究員らしきヒトがさっき先生に教えてもらった神器を手に取って装備すると、計測器みたいなものを片手に炎を出していた。それに、思わず首を傾げる。おかしいな、あの研究員のヒトは何で神器が使えるんだ?

 

「先生、あのヒトは何で神器が使えるんですか? あの神器も俺の分離槍みたいな感じなんですか?」

「あれは、宿主がすでに死亡している神器だ。普通は宿主が死ねば、神器は次の宿主を求めて消えるが、……グリゴリでは人間から神器を抜き取り、現存させる技術を持っている。ここでは宿主がいなくなった神器を研究し、保管していたりもする」

「う、えっ…」

 

 さらっと答えられた内容に、頬が引きつる。神器所有者の俺からしたら、当然ながら他人事じゃない。原作でレイナーレがアーシアさんの神器を抜き取っていたし、ハーフヴァンパイアのヴァレリーの神滅具だって抜き取られていた。そういえば、匙さんがヴリトラ系神器を四つ合体させていたけど、それだって他の所有者が三人いたはずなのだ。おそらく、ここに保管されていた神器を使ったのだろうな。

 

 宿主と神器は魂で繋がっているため、神器を抜き取られるということは、魂も抜き取られることと同意なのだ。だから、神器を抜き取られた宿主は死んでしまうのである。俺は二つの神器を観察している研究員の様子に、そっと目を逸らす。あんまり見ていたい気分にはならなかった。

 

「一応、あれらは組織に敵対した人間から抜き取ったり、暴走や危険があった者から抜き取ったりしたものがほとんどだ。だが、中には神器の性能に目が眩み、技術を乱用するやつもいないとは言い切れない。使える人間の神器を片っ端から抜き取って研究しよう、なんて事を考えたアホもいたぐらいだ」

「それは…」

「当然止めたぞ。色々理由はあるが、一番は神器を使いこなせるのは本来の宿主だけだからだ。神器と魂で繋がっているからこそ、神器の全てを引き出せる。横から掻っ攫った俺達に、宿主を奪われた神器が積極的に力を貸す訳がないだろう? どれだけ力のある神器でも、最大出力を出せない状態じゃ意味がない」

「な、なるほど…」

 

 そう言われると、抜き取った神器を使って戦闘する敵なんていなかったな。赤龍帝のコピーを使ってくる敵はいたけど、かなり燃費も悪い上に、性能に関しては本物の方が優れているとか言っていたっけ。あとリゼヴィム達が『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』を乱用している場面はあったけど、あれも規格外の性能を聖杯が元々持っていたのが原因だし、神滅具は一般の神器とは一線を画す物が多いからあんまり参考にはならないか。

 

 そういえば、アーシアさんの神器を手に入れたレイナーレは、イッセーの攻撃を回復しきれていなかったな。アーシアさんの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の効果は、アザゼル先生が最高峰だと絶賛していたのだ。本来の能力が引き出せていたのなら、イッセーの攻撃を治癒できていたはずだろう。

 

 だから研究のために抜き取ることはあっても、大量には必要ないという訳らしい。それに並みの能力しか出せない神器をわざわざ使って戦闘するより、光の槍をブン投げる方が攻撃力があるため、わざわざまどろっこしい手を使う必要性がない。神器の能力を開花させるには人間を育てないといけないし、せっかく育てても寿命が短く脆い。コカビエルが神器に否定的だったのは、こういった理由もあるのかもしれないな。

 

「俺が単独で行動するな、って言った理由にはそういった思想を持つ研究者もいるからだ。他にも、色々と面倒なヤツも多い。特にここはグリゴリの中でも設備が整っている分、研究熱心な変人が数多く働いているからな」

「は、はぁ…。あの先生、いきなり俺の神器が抜き取られたりはしないですよね?」

「安心しろ、神器の抜き取りには面倒な術式や儀式が必要だ。それに、前にも言ったがお前の神器は自立した意思を持っている。万が一術式を発動されても、お前を気に入っているその神器が反抗しない訳がない。片っ端から自発的に害のある術式を消滅させていくだろうさ。お前に限って言えば、神器を取り出される心配はほぼないに等しいかもな」

 

 アザゼル先生に、ものすごく呆れた目を向けられながら肩を竦められた。まさかの相棒の過保護のおかげで、神器所有者が持つヤバい死亡フラグが一個折れたらしい。俺も喜んでいいのか微妙な気分だけど、助かるのは事実なので乾いた笑みを浮かべるしかない。それでも、安全のため一人になるのは避けるべきだと言われ、それには全面的に同意なのでしっかりと頷いた。

 

 多くの堕天使にとって、人間の価値はきっと低いのだろうな。それに少し気持ちは落ち込んだが、俺にはどうすることもできないだろう。原作までには多少の意識の向上はしているだろうけど、三大勢力同士で睨み合っている緊張状態の中で、弱者側である人間のことも考えるのは難しいのかもしれない。納得はしたくないけど、理解はできる。たぶん人間だって、もし人間同士で戦争している時に巻き込まれる動物達のことを考えてあげて! とか言われても、そんな余裕なんてないって思うだろうからな。ゆとりを持つ、って大切だよね。

 

 それにしても、原作まであと九年ぐらいか…。やっぱり長いよなぁー、とぼんやり考えてしまう。同盟前の裏の世界って、本当に余裕がないんだなって改めて思った。それからも研究しているヒト達の様子を何気なく眺めながら長い廊下を進んでいくと、ふと広々とした部屋が目に映った。

 

 そしてそこには、先ほどまでの最先端な技術に溢れたものは一切なく、磔台や拘束具に手術台、鞭や鈍器やドリルなどの拷問器具が大量に並んでいた。

 

 

「――ぶほっ!?」

「おい、いきなりどうした?」

「いやいや、どうしたじゃないですよね!? さっきまで凄い技術を使った機械だらけだったのに、いきなり中世あたりにありそうな拷問器具を目にするなんて思わないでしょうっ!」

「ん? あぁ、神器所有者用のトレーニング器具のことか」

「訂正を求めます! 神器所有者として、あれがトレーニング器具という認識に訂正を求めますッ!!」

 

 最先端の神器の研究所なだけあり、神器所有者のための器具開発にも力を入れているらしい。俺が先生からもらった腕輪もここで作られた物のようだ。へぇー、そうなんですか。それよりも堕天使の皆さんに、トレーニング器具への認識をなんとかできませんか。あれとか、血がついていませんか? 怨霊が取り憑いていても不思議じゃない雰囲気があるんですが。

 

 そんな数々の拷問器具に冷や汗が背中に流れていると、奥の方に誰かがいるのを目にする。なんか怪しい研究員風なヒト達が装置みたいなものをカチカチしていて、それと連動してクレーンに吊り下げられている物がゆらゆらと動いている。それを目にした俺は、自分の目が遠くなっていくのを感じた。やっぱりあったよ、グリゴリが誇る最悪の名物。

 

 

「……先生、あれ鉄球ですか」

「あぁ、堕天使の技術を最大限に使って作り上げた至高の鉄球だ。神器所有者にとっては、最初の登竜門だからな。絶対に手は抜けないさ」

 

 ものすごく真剣な表情で、真面目に告げるアザゼル先生。なかなか良い鉄球だな、と満足そうに頷いている。俺は先生の横顔を見ながら、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の所属にならなくてよかった、と心の底から思った。

 

「どうやら、新作の鉄球の試験テストをするようだな。見ていくか?」

「嫌ですよ」

 

 一切の迷いなく即答した。トレーニングじゃなくて、拷問にしか見えない光景を、健全な中学生に見せようとするんじゃねぇよ。それにしても、テストってことは被験者もいるってことか? 大丈夫なんだろうか、そのヒトは。テストなんだから、さすがに人間じゃないよね。堕天使も至高の鉄球のために、一応身体を張っているんだな。

 

 俺はちょっと心配になって、鉄球をぶつけられるらしいヒトの方に目を向ける。少し遠いけど、魔法で遠視すれば見えるだろう。魔法を発動して目を細めると、磔台に両手と両足を縛られているヒトが見えた。そこにいたのは、すごく筋肉がムキムキのおじさんだ。歴戦の猛者と言われても違和感がなく、オールバックにまとめられた黒髪と威厳のある顎髭がすごく渋くてカッコいい。まさに武人って感じである。

 

 ……おかしいな、俺の記憶に一人だけ同じような特徴を持っているヒトがいるんだけど。さすがにヒト違いだよね? そうだよね?

 

「おっ? あれはバラキエルか。あいつ、俺達を待っている間暇だったから、さてはテストがあると聞いて、暇つぶしに鉄球を受けに来たんだな」

「まさかの堕天使の幹部と、この状況で一方的なファーストコンタクトッ!? 暇つぶしに鉄球を受けに行くヒトに、これから俺は護衛されるんですか!」

 

 あっさり暴露された鉄球の被験者の正体。やっぱりか! あの渋いおじさん、やっぱりバラキエルさんかっ! なんてところで出会うんだよっ! 覚悟を決めて会おうとすごく緊張していたのに、これはひどすぎるだろう。俺はこの後、どんな顔をしてバラキエルさんに会えばいいんだよ!?

 

「おーい、バラキエル。もう来ちゃったぞー」

『むっ、この声はアザゼルか。予定ではもう少し遅くなると聞いていたから、軽く汗を流そうと思っていたが、しまったな…。すまん、少し待ってもらってもいいか。ここまで準備させた部下の実験に付き合ってやりたいんだ。そこまで時間はかけん』

「はいよ、相変わらず部下思いなこって」

『ハハハッ、素晴らしい鉄球が出来たと報告を受けてな。上司として、部下の頑張りを一番に確かめてやりたかったんだ』

「この状況でさらっと通信を繋げて、世間話を始めちゃったよ! 自由すぎるだろ、この大人達!」

 

 なんでナチュラルに会話が進むんだよ。堕天使の幹部が鉄球テストを受けていることに、何で誰も疑問を持っていないんだ。アザゼル先生が目の前にあるパネルに指を走らせると、拡大モニターが俺達の目の前に現れる。大画面に映る、磔られたおじさんの図。すごい、アザゼル先生の初対面を越えたぞ。ここまでひどい初めましては、ランキングがあったら堂々のトップを飾ったと断言できた。

 

『ん、アザゼル。もしかして、今そこに例の子がいるのか?』

「おぉ、今隣にいるぞ。向こうには音声しか繋がってねぇが…。ほれ、カナタ。とりあえず挨拶してやれ。他のやつらには聞こえないように配慮してやったからよ」

「もう一回言いますけど、本気でこの状況で自己紹介をしろとっ! あと配慮の意味ってわかっていますか!?」

『今はこんな姿で済まないな。私は堕天使の幹部の一人、バラキエルだ。後で改めて顔を出すが、よろしく頼む』

「……なるほど、これが堕天使のマイペースさか。えっと、倉本奏太です。すでに堕天使クオリティに今後もついていけるのか不安になりましたが、どうぞよろしくお願いします…」

 

 音声のみみたいだけど、俺は深々と頭を下げて挨拶をしておく。あと、一応こんな姿で挨拶することに関しては、普通じゃないってことは理解してくれているらしい。それだけでもよかったと思うよ。それにしても、さすがは先生のご友人だな。キャラが濃すぎる。まさかグリゴリに来て数十分で、すでにお家に帰りたくなってきたよ。

 

「バラキエル。護衛の件はそこまで急いでいないから、先にこいつの身体検査をやっておく。護衛はその後でも問題ねぇから、ゆっくりシャワーを浴びてからでもいいぞ。最近は外仕事を任せていたからな、久しぶりの部下との交流を大切にしな」

『どうやら気を遣わせてしまったみたいだな。では、お前の言葉に甘えさせてもらおう。しばらくの間は、部下の試作品の実験に付き合うよ。済まないな、少年。こちらの都合で振り回してしまって』

「いえ、気にしていないのでどうぞごゆっくり…」

 

 たぶん、俺の目は虚空を向いていることだろう。他に何を言えばいいんだよ。すぐに顔を合わせるのは俺も気まずいから、時間を置いてくれるのは素直に助かります。バラキエルさんはお忙しいヒトだからね、部下のヒトとの交流の機会は取るべきだと思う。俺のことは後でも全然大丈夫です。交流の取り方はアレだけど、満足いくまでゆっくりしていって下さい。

 

『では、また後でな。……さぁ、テストを始めるぞッ! 今までの鉄球を越える素晴らしい成果を期待する。いつでも始めるといいっ!!』

「……先生、バラキエルさんっていつも鉄球を受けているんですか?」

「そうだぞ。あいつは新作の鉄球ができたら必ず威力を試すんだ。その身に数え切れぬほどの鉄球を受けてきた、鉄球のスペシャリストだからな。あいつの頑張りが、今後の神器所有者達に還元されていくのさ」

「……へぇー」

 

 俺、堕天使の組織を嘗めていたわ。今、改めて心を強く持たないといけないとわかった。なんかよくわからないけど、堕天使クオリティに精神が呑み込まれかねない。今更だけどすごかったんだな、イッセーって。この堕天使の組織で自分をしっかり保ちながら、ツッコみ続けられたなんて。俺はその難しさが、痛いほど理解できたよ。

 

『――ッ、うんほぉぉぉぉぉぉっ! ぐっ! この突き抜けるような絶妙な痛み、腕を上げたなお前達! だが、まだまだこれでは私を満足させられないぞッ! 来い、全身に痺れるような痛みをおっほぉぉぉぉぉっ! ――いいぃぃぃぃぃぃっ!!』

「あのバラキエルの喜びよう…。今回の鉄球は大成功のようだな」

「冷静に考察をしないで下さい」

 

 とりあえず、モニターは消してくれたので助かった。ドMの堕天使幹部様の声が、まだ耳に残っている。知識としてはあったけど、知りたくなかったよこんな世界…。ラヴィニアとリンを堕天使の組織には絶対に連れてこないことを、俺は固く誓った。

 

 

「あぁー、カナタ。バラキエルはああいう性癖はあるが、普段は表に出さねぇし、真面目で良いやつだからな」

「はぁ、大丈夫ですよ。ちょっと驚いたというか、反応に困っただけですから。先生が信頼しているご友人ですし、ちょっとしか話していないですけど優しそうなヒトでしたから」

 

 知識としては知っていたし、ドラゴンや魔法少女で鍛えられた精神力は伊達じゃないですよ。むしろ、さすがは堕天使と納得できた。思わず笑みを浮かべて肩を竦めながら話すと、先生もなんだか嬉しそうに笑って、俺の頭をわしゃわしゃと搔き撫でてきた。それに戸惑うが、髪が跳ねるのでやめて欲しい。俺がじろりと見ると、止めてくれたのでよかったけど。

 

「お前のそういうマイペースなところは、さすがだと思うよ」

「あの、それって褒めています?」

「ちゃんと褒めているだろう。ほれ、ここで止まっていても仕方がねぇから先に進むぞ」

「あっ、待ってくださいよ!」

 

 さっさと通路を歩いていく先生に慌て、俺も急いで後に続いて行く。隣の鉄球ゾーンだけは絶対に見ないように気を付けて、文字通り前だけを見て歩きました。気分転換に身体検査の内容などを質問し、バラキエルさんの普段のお仕事のことなどを簡単に聞かせてもらう。検査の方は結構大掛かりな器具を使うみたいだから、ちょっと緊張するな。

 

 バラキエルさんとは予想外のファーストコンタクトになってしまったが、これなら次に会う時は肩の力を多少抜いて話すことが出来そうだ。明日会うらしいシェムハザさんは、叶うなら普通に対面が出来ることを祈るしかない。堕天使の初邂逅が、毎回ドッキリ満載だと心臓に悪すぎる。

 

 こうして、俺の『神の子を見張る者(グリゴリ)』の初訪問は、堕天使らしい洗礼を受けながら始まったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』 ~第三十五話~ 【負けられぬ戦いがそこにある】

 

 

 

「ついに我ら『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』と『魔法少女と駒王町の愉快な仲間たち』との決戦の日が来てしまったようだな…」

「愉快な仲間たち…」

「いや、首領の言うとおりだろ。あっちは何でか知らないけど街中を首なし騎士が闊歩しているし、忍者が忍んでいるし、白いゴリラ(雪女)と魔法少女がタッグを組んで肉弾戦してくるし、足のついた大型魚類(人魚)とサーモン・キング様が魚の頂点を決めるために海へ泳ぎに行ってしまってそのまま行方不明だし、商店街では『尻子玉マジカルバラード』という謎のラップが響き渡っているらしいからな」

「最近は小学生も怖いぞ。何でも栗色の髪の少女と三つ編み眼鏡の少女が近隣のスーパーキッズ達をまとめ上げ、魔法少女達が幹部との戦いに集中できるように『アーメン!』と言いながら拳とステッキを振るい、構成員の急所を的確に狙って沈めてくるらしい。あれは天性の才能があると首領も褒めていたな」

「駒王町の愉快な仲間たちヤバいな」

 

 魔法少女との戦いのために駒王町の近郊にアジトを作った『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』は、日々駒王町征服を狙って突き進んでいた。最初はターゲットである魔法少女相手に数の有利もあったが、いつの間にか駒王町の一般市民の抵抗も加わっていたのだ。四十年の歴史を誇る悪の組織が相手なのに、抵抗力があり過ぎて「あれ、一般市民じゃねぇよ」と構成員たちは心から思っている。

 

 ざわざわと不安の声をあげる構成員たちに、首領であるカイザー・ヴォルテックスは鎮まる様に手に持っていた杖の先端で強く地面を叩き打ち、響き渡った音に静寂を生ませる。確かに彼らの不安は最もだろう。カイザー・ヴォルテックス自身、相手を侮っていた訳ではないがここまで抵抗されるとは…、と驚いたのだから。だが、部下を不安がらせないために決して口には出さず、刻一刻と近づいてくる決戦に向けての準備を進めていたのだ。

 

 故に、焦りはない。あるのは、揺るぎない自信。己が作り上げてきた悪の組織を信じ、混沌の渦の中心となれるように突き進むだけである。

 

「次の戦いには、儂自らが出よう」

「なんと、ついに首領自らがっ!?」

「首領が出られるのならば、あの魑魅魍魎の溢れる町を暗黒に包むことが出来るかもしれない!」

「おぉっーー!!」

 

 首領が前線に立つことに最初は驚愕を浮かべる戦闘員たちだったが、希望が見えたように期待を高まらせる。彼らもこの戦いの終わりが近いことを予期していたからだ。カイザー・ヴォルテックスの落ち着きようを見て、彼らは自分達が信じるボスをお守りすることに忠誠心を燃やす。首領の纏う厳かなオーラが、組織を一つにまとめ上げていった。

 

 

「ふふふっ、我が陰陽道の業にて、駒王町に超大凶の嵐を振りまいてみせましょうぞ!」

「にゃっにゃっにゃっ! ついに魔法少女との決着となる訳やなっ!」

「ぶっひっひっ! 我の伝説の湯切り――『終末の豚落とし(ラスト・ブタリオン)』で蹂躙し、彼らの兵糧を攻め落としてみせましょうぞ!」

 

 首領の傍に控えていた覆面とマントで覆われていた男たちも闘志を漲らせながら、その姿を現す。褐色肌に陰陽師の衣装、そして顔面に五芒星が描かれた男――ペンタグラム伯爵。大阪タイガースのユニフォームを着たトラの獣人――タイガー監督。ラーメン屋の恰好をした豚の怪人――豚丸骨(げんこつ)大将。名立たる幹部たちの一斉の登場に、構成員たちの緊迫感も増していく。

 

「おぉっ、やってくれるか。我が『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』が誇りし、『四覇将(よんはしょう)』よ!」

「当然、私めも行かせてもらいますよ。首領をお守りすることが、私めの役目ですから」

「なんと、お主も共に来てくれるか。――彷徨大元帥(ほうこうだいげんすい)ファイナル・デスシーサーよ」

 

 そして、悠然と進み出る最後に現れた大幹部。その正体こそ、黒い毛並みを持った子犬サイズのシーサー。『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』が誇るマスコットキャラであるが、その守護結界の防御力はまさに鉄壁。さらにシーサーとしての魔除けの力が含まれているため、魔法少女の魔法力を大幅に削ることができるのだ。

 

 ファイナル・デスシーサーこそ、魔法少女に対する最大の切り札。相対すれば魔法力を削られ、拳では砕けぬ結界に阻まれる。そこに首領による無慈悲な攻撃が加われば、相手はなすすべもないだろう。

 

「くくくっ、ファイナル・デスシーサーの鉄壁と儂の破壊の力が合わされば、我らの歩みを止められる者など皆無となるだろうっ!」

「な、なんということだ。これほどの総戦力になるなんて…」

「これは勝てるぞっ…! ファイナル・デスシーサー様は美少女や美女が弱点とされているが、魔法少女がアレだから問題はなしっ! 我々が例の金的幼女軍団さえ足止めできていれば、女子どもが荒れ狂う戦場に現れることはない!」

「あぁっ! なんせ駒王町の最前線には女が一人もいないからな! 相手は魔法少女のはずなのにっ!」

 

 首領と四覇将による絶対布陣に、戦闘員たちもかつてないほどにテンションが上がっていく。一応、雪女や人魚は前線にいるのだが、彼らの中でアレは女のカウントに入らなかったようである。そう、魔法少女と駒王町陣営には世紀末覇者や魑魅魍魎といった強敵がどれだけたくさんいても、ファイナル・デスシーサーを突破できる道がないのである。その容赦のない戦術に、誰もが首領の本気に慄きを表した。

 

「さぁ最終決戦だ、魔法少女達…。行くぞ、我が同志たちよッ!」

『御意、必ずや『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』に勝利をッ!』

『ヴォルテェェェエエエエックスッ!!』 

 

 正義の味方と悪の組織による総力戦。互いに負けられない決戦が始まるのであった。

 

 


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