えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第九十七話 光力

 

 

 

「おや、初めまして。私は『神の子を見張る者(グリゴリ)』で副総督をしているシェムハザと言います」

「あっ、こちらこそ初めまして。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に所属している倉本奏太です。よろしくお願いします」

「キミのことはアザゼルから聞いています。突然環境が変わって、昨日はよく眠れましたか? 何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくださいね」

「ありがとうございます。昨日は疲れていたからか、ぐっすり眠れました」

 

 朝、目を覚ました俺は身支度をテキパキと済ませると、迎えに来てくれたバラキエルさんと一緒に研究所の中を歩くことになった。昨日とは違う場所に行くみたいだけど、幹部専用のルートとかで誰ともすれ違うことはなかった。それにホッとしながら、向かった扉の先にアザゼル先生と銀色の髪をした初対面の男性を見つけた。

 

 少し短めに切り揃えられた銀色の髪に、寒色でまとめられた衣装。ちょいワル風なアザゼル先生とは正反対な雰囲気を纏う、真面目な風貌。今はアザゼル先生と同様の白衣に身を包んでおり、見た目は知的な先生って感じだ。不思議と姿勢を正したくなるな。入り口から入ってきた俺達に気づいた彼は、こちらに振り返ると優し気に微笑みを浮かべてくれる。それに俺も、ふぅと小さく緊張の糸を解いた。

 

 普通だ。ものすごく普通に初対面の挨拶が出来ている。それに俺は思わず感動し、ちょっと涙腺に来る。本当によかった。これから先、堕天使関連の初めましては毎回何かがヤバいんじゃないか、と心の中で思っていた予想が無事に外れたのだ。頭をぺこりと下げて、突然涙ぐみだした俺に、シェムハザさんの方が困惑してしまっているけど。

 

「えっと、どうかしましたか?」

「いえ、すみません。つい、感動しちゃって…。堕天使の方とこうやって普通に挨拶が出来たことに、何だか嬉しくて涙が……」

「……アザゼル、バラキエル。ちょっとこっちに来なさい」

「待て、シェムハザ。『手をワキワキしながらにじり寄り(アレ)』はメフィストが途中で止めに入ったから、ノーカンということに…」

「いや、『鉄球大興奮(アレ)』はだな…。新作である作品の素晴らしさに、つい我慢が出来ず……」

「来なさい」

『はい』

 

 すごすごとシェムハザさんに連れられて、俺から見えない位置に移動する総督様と雷光様。この組織の副総督様のヒエラルキーの高さに、思わず感心する。それにしてもすごいな、リアル笑顔の圧力をこの目で初めて見たよ。メフィスト様とは、方向性が違うニコニコ具合である。ラヴィニアの笑顔も、アレはアレで俺には逆らえないけど。

 

 長年友人のメフィスト様ですら、アザゼル先生に説教するのを諦めている節があるのに、シェムハザさんはやっぱり真面目なヒトなんだろうなぁ…。俺が着ている制服も彼が用意してくれた、と先生から教わったし。さすがは原作で、アザゼル先生から「シェムハザに総督を任せておけば大丈夫」と豪語される訳だ。たぶん本当に彼がいるおかげで、この堕天使陣営は正常に回せているのだろう。先生だけだと、成果はしっかり出すけど、気づいたら突拍子もない方向に突き抜けていそうだし。

 

 そういえば、シェムハザさんとバラキエルさんは、俺のことをある程度知っているんだよな。昨日、バラキエルさんと二度目の挨拶をした時、俺が魔法使いでメフィスト様に保護されていることを彼は知っていた。ただ、半年前の事件の詳細については総督と副総督しかまだ知らないみたいだから、ちょっと気をつけないといけない。昨日の内に、いくつか先生と約束したことを頭に思い浮かべながら、暫く待つことにした。

 

 そんなことをのんびり考えている間に、お説教は終わったみたいで三人が帰ってくる。そして俺の近くに来ると、無言でアザゼル先生に頭をぐりぐりとされた。いや、余計な事を言いやがって…、的な視線をもらわれても俺は悪くないだろ。むしろ、シェムハザさんにチクれるネタが豊富過ぎる先生の方がおかしくね? と頭に乗せられた手を叩き返しながら、視線に乗せて訴えてみる。そんな無言の応酬をする俺達に、シェムハザさんから呆れたような視線と一緒に、くすくすと笑われてしまった。

 

 

「ふふっ、随分アザゼルと仲がいいですね」

「えっ、えーと。その、先生には一年ぐらいお世話になっていますし…。ちょっと馴れ馴れしかったですか?」

「いえ、気にしなくて構いません。こちらこそ、笑ってしまっては失礼ですね」

「人間にとって堕天使は、邪悪な存在として畏怖され、……嫌悪されるものだ。特にアザゼルは、神話にも登場する堕天使組織の総督。自然体で接することが出来る者は、同族とて少ない」

 

 バラキエルさんの説明で、シェムハザさんが珍しがっていた理由になるほどと頷く。そういえば意識しないと時々忘れそうになるけど、アザゼル先生ってすごいお偉いさんだもんな。メフィスト様にツッコむなんて恐れ多くてできないけど、アザゼル先生なら遠慮なくツッコミを入れられる。この一年の付き合いで、先生のノリを理解させられた所為だな。遠慮していると、どんどん先生のペースで進められるし。

 

 それに、俺の中の堕天使のイメージは『邪悪』というより、言い方はアレだけど『変人』の方がしっくりくる。アクが強いとも言う。完璧にアザゼル先生の所為である。そりゃあ、レイナーレ達やコカビエルのような人間にとって邪悪と思えるようなヒト達もいるけど、俺にとってそれは種族というより性格の範囲だ。偉大で恐ろしいとされるドラゴンが、乳や尻でカウンセリングを受け、最後にはパンツを食う世の中である。固定概念なんか持っていると、この世界ではマジでやっていけない。普通に疲れる。

 

「俺にとって、アザゼル先生はアザゼル先生ですしね…」

「胡散臭い、とよく周りから言われていますが」

「それは否定しないですけど、それを含めても先生かなって」

「おい、生徒として先生をもう少しフォローしろよ」

 

 だって、副総督様に嘘なんて言える訳ないじゃないですか。それに先生だって、自分が胡散臭いって思われるのは狙ってやっていますよね。俺がそう言い返すと、先生は一瞬驚いた顔をした後、ふいとそっぽを向いて口笛を吹き出した。それでいいのか、堕天使の総督様。あと、無駄に口笛が上手いな。

 

 俺の主観だけど、アザゼル先生ってさらっと相手の懐に入るけど、自分の懐にはあんまり入れないようにしている気がするのだ。自分ではなく、相手から一歩距離を取らせるように仕向けているみたいな感じ。俺より早くアザゼル先生と面識があったラヴィニアが、そんな様子だったからな。捉えきれない――、底が把握できず、思惑が掴めない感覚。悪いヒトではないが、本当に信用していいのかわからない不安。それを煽るのが、アザゼル先生は上手いのだと思う。

 

 ただ俺の場合は、原作知識もあっただろうけど、不思議とこのヒトは信頼できると思えた。信頼には信頼を返してくれるヒトだと、これまで接してきて感じられた。俺は元々難しいことを考えるのが苦手だから、それならもう素直に信じることにしようと決めたのだ。実際、俺が先生に接する態度を見て、ラヴィニアもようやく少しずつ距離を詰められたみたいだしね。

 

「……あなたを簡単に殺せる力を持っていても?」

「あぁー、そうですね。その自慢じゃないですけど、俺は自分が弱いって知っています。アザゼル先生含め、今まで会ってきたヒト達が『その気』なら、とっくに俺は死んでいますよ。だったら、そんな杞憂を一々考えてビクビクするぐらいなら、めんどくさいのでそういうことは考えないようにしています」

 

 能天気な考えだと思うけど、実際に俺一人じゃどうしようもない。それだけ、人間と人外の間には個体差があるのだ。抵抗はするけど、真正面から勝てるとは思えない。弱者にとって、裏の世界は本当に危険極まりないのである。ずっと気を張り続けていたら、心身ともにすぐに消耗してしまうだろう。

 

 だからこそ俺は、自分が大丈夫だと思った相手のことは信じることにした。裏切られる心配より、信頼関係を築けるように前向きに頑張る方が気持ち的に楽だ。それに俺には頼れる善悪センサー持ちの相棒がいるからな。なんかあったら、思念で教えてくれるだろう。人はそれを、他力本願と言う。

 

「おい、カナタ。信頼を向けてくれるのは嬉しいが、俺も組織の長だ。時の情勢によっては、組織のためにお前と敵対する可能性がない訳じゃない。信じるのは大事だが、疑う目を養うのも必要だからな」

「えー、信頼してるって答えたのに、何でそういうことを言うんですか」

「そりゃあ……」

 

 俺が不貞腐れながら告げると、アザゼル先生は俺の胸のあたりを思いつめたように一瞬見つめ、すぐに小さく首を振って霧散させた。言葉の続きはないみたいだけど、先生の中で何かが消化しきれない雰囲気は感じられる。それに不思議な気持ちが湧くけど、素直に忠告だけは受け取っておいた方がいい気がした。

 

 アザゼル先生なら、何だかんだで裏側から助けてくれそうな気はするけど、彼の言う通り堕天使の長であることも事実なのだ。組織という視点については、一応気をつけておくか。

 

「ちなみに、カナタくん。アザゼルがいい笑顔で「ちょっと薬を作ってみたから、飲んでくれ」と薬を渡してきたら飲みますか?」

「えっ、そんなの絶対に飲みませんよ。先生が作った作品なんて、ろくでもないものが入っているに決まっているじゃないですか」

「おい、さっきまでの信頼云々はどこにいったっ!?」

「ある意味で、それも一種の信頼の証なんだろうな」

 

 先ほどまでの俺の回答にどこか安心したように笑ったシェムハザさんが、空気を入れ替える様に発した質問に、俺は全力で否定を返した。アザゼル先生が隣で五月蠅いけど、先生がノリで作った作品に対する信用度は残念ながら底辺だ。ゼロじゃないのは、ひとえに性転換銃のような有用な武器も時々あるからぐらいである。真面目に研究しているものならいいけど、先生の場合はノリで作ったものとの落差が激しすぎるのだ。自己防衛して何が悪い。

 

 そんな先生と俺を見て、ムスッとした顔が常備だったバラキエルさんの表情が僅かに緩んだのがわかった。堕天使の皆さんも、俺と同様の意見らしくて安心しました。シェムハザさんとバラキエルさんに最初は緊張したけど、アザゼル先生が間に入ってくれているおかげで色々と話すこともできただろう。二人共真面目なヒト達だけど、アザゼル先生のご友人なだけあって雰囲気は柔らかいように感じた。

 

 グリゴリに訪れて二日目。俺の神器の研究を兼ねながら、新たに堕天使組織のNO.2とNO.3との交流を深めるのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっ、今日は修行をするんですか?」

「修行兼、研究も混ぜてな。実際に神器の能力を使用している時の能力値やオーラとその変動、ついでに天界や堕天使の術式を改変できるのかの実験も含めてな」

「天界の術式も?」

「私たちは元天使ですからね。堕天使用に陣を改良していますが、その元となる術式を扱うことも出来ます」

 

 なるほど、確かに堕天使の攻撃方法は天使と同じように光の力だ。別に堕天使になったからといって、天使の頃の能力が制限されるという訳じゃないのか。原作の運動会で、アザゼル先生が堕天使だから堕天も天使の光の攻撃も怖くない、って高笑いしていたし、翼の色が変わったぐらいで体質は天使の頃とそれほど変わらないのだろう。だから、天使の頃に使っていた術式も問題なく使えるのかもしれない。

 

 その代わり、神関連に関する術式の補佐は受けられなくなっているらしい。例えば天界に行くためには、聖書の一句を謳いながら術式を発動することで、天界門を召喚する必要がある。このシステムは神様が創ったものだから、天使は恩恵を受けられるけど、堕天使はその術式に干渉できる権限がない。そのため、門を召喚できない堕天使は天界に攻め込む手段がなく、冥界に移住するしか道はなかったという訳だ。

 

 それにしても、天使や堕天使の術式か…。今まで魔法力や魔力で出来た術を消したり、改変したりすることはできたから、たぶん不可能ではないと思うけど。一年前に、アザゼル先生の光力を消す実験だってしたし。きっと要領自体は、そこまで変わらないだろう。

 

「……それにこの実験で、その神器の立ち位置も少しはわかるかもしれねぇからな」

「相棒の立ち位置ですか?」

「神器の中には、神の信徒にしか扱えない、または効果を及ぼさないなんてめんどくさい神器もあってな。もしお前の神器が神に関する影響が強いものなら、天界の術式への干渉をその意思が拒絶する可能性もある訳だ」

 

 そうか、第三者である俺が天界の術式を勝手に改変できてしまったら、天使のヒト達は困るかもしれないからか。天使は神様のために働いているんだし、神様の影響の強い神器だったら、天界の術式の改変を拒むって訳だな。相棒には、自分の意思がちゃんとあるんだし。それに俺も、相棒が嫌がるのなら無理強いはしたくない。魔王様からも、正当防衛や事情がある時以外、むやみに悪魔の術式を改変することは禁じられているしな。

 

 ただ、アザゼル先生が心配するその可能性は、ぶっちゃけ低いと個人的に思っている。だって俺、神様がこの世界ではすでに死んでいることを知っているのだ。そして、俺の思考を理解できる相棒は、俺の持つ『原作知識含め』そのことを知っていると思う。未来の知識と神様がいないという特大の爆弾を抱えている俺を、相棒は見捨てずに助けてくれた。それが、なんとなく答えのような気がした。

 

「カナタくんは、その神器の先にいる者に心当たりはないのですか?」

「うーん、心当たりと言われましても…。神器に関しては、先生たちの方が詳しいぐらいですし。ただ天界云々はわからないですけど、相棒は悪魔や堕天使を特に嫌っている感じはないような気はしますね」

「そうなのですか?」

「たぶん。というより、種族とかあんまり気にしていないというか? 俺と関わりがあるヒト達への好感度みたいなのはなんとなくわかりますけど、それ以外は何も感じないですから」

 

 相棒がやってくれている善悪センサーだって、悪魔とか堕天使とか関係なかったからな。そのあたり、誰であろうと公平に見定めているような気がする。ちなみに相棒の評価でも、さっきのシェムハザさんの質問に出てきたアザゼル先生の薬は、一考する価値すらないレベルの清々しい却下であった。

 

 なんというか、言っちゃなんだけど相棒の意思の基準って、俺のような気がするのだ。俺を通して、外の世界を感じているような…。相棒の思念って基本は受け身で、自分からこうしたいって意思はなんだか薄い。頭の中で「いつも俺の我儘を聞いてくれているから、俺にやって欲しいお願いが相棒にあるなら聞くよ?」と考えてみると、「冥界に持ってきた残りの夏休みの宿題、そろそろやったら?」的な思念が返ってきた。ヤバい、うっかり忘れてた。教えてくれてありがとう、相棒。あとそれ、お願いとは言わないから。

 

 

「これは、一般的な下級天使や堕天使がよく用いる防御障壁です。そしてこちらが、光力を使った結界術ですね」

「へぇー、光力を使った術式って悪魔の魔術みたいに魔力を変換するのとは違って、光力の質や形状を変えるのが主なんですね」

 

 そして現在、俺はアザゼル先生からもらった能力値などを測る腕輪を身に着け、シェムハザさんの光力講習会を受けている。術式関連に関しては、シェムハザさんが三人の中で一番長けているらしい。ちなみに、グリゴリで一番術式に強いのは幹部のアルマロスさんらしいけど、アンチマジックに嵌まって物理方面に突き抜けていった関係で、色々困ってもいるみたい。生粋の術式研究者が、物理主義に転換。さすがは堕天使だと思った。

 

 なお、バラキエルさんの戦い方は、全身に雷光を纏った状態で光力の武器を手に接近戦をするもので、アザゼル先生も近接・中距離戦が主のようだ。光力は使い手の資質によって威力や武器に籠められる力の量が上がるため、上位の者ほど光力をそのまま用いた戦い方をする。防御も身に纏った光力で行うことが多く、戦闘ではわざわざ術を使う者は少ないらしい。

 

「光力は魔力と違って、別の物質に変換することが難しいのです。だから、攻撃系のウィザードタイプは少なく、逆に支援系のウィザードタイプの方が多いでしょう。遠距離で戦闘をしたいのなら、光力を矢にして弓を用いて放つのが一番威力が出ますからね」

「自身のオーラと光力を混ぜ合わせて、身体に纏うのが一般的だ。攻防一体の技として扱いやすいため、単独での戦闘なら障壁よりもこちらを使う者の方が多いだろう。光力を持つ者と相対する時は、相手が纏う光のオーラを削り取れる威力が不可欠という訳だ」

「魔法力は解析と計算式による現象の再現、魔力はイメージによる物質の変換、光力は操作性による形状の変化、一般的な解釈としてはこうなっているな」

 

 おぉー、そうやって分けられているんだな。さすがは堕天使のトップ達によるラスボス講座である。すごくわかりやすい。シェムハザさんからは術式関係、バラキエルさんからは光力を使った主な戦闘方法、アザゼル先生からは教養関係、とそれぞれの分野ごとに話をまとめてくれる。他にも光力の出力の調整の仕方やその特徴、投擲にも貫くタイプと爆散するタイプがあるなど、本場ならではのことがわかった。

 

 原作でも、天使や堕天使のヒト達が術を使った攻撃をしている姿はなく、だいたいが光力を使った槍や弓矢によるものだったと思い出す。転生天使やアザゼル先生みたいに人工神器を用いるみたいな別の手段がない限り、戦闘で術式を使うことは少ないらしい。逆に拠点の防衛や結界術、付与や回復などの支援系の術が豊富みたいだけど。そのあたりは魔法と似た感覚で構築されているみたいだから、『概念消滅』が使えるだろうって教わった。

 

 ただ魔力のような多彩さがない分、光力による術はどちらかというと魔法力寄りになるみたい。光力による術式は、機械のプログラムのような感じらしいから、ちょっと慣れは必要かもしれないな。そういえば、魔法力も元は悪魔の魔力を解析した結果だけど、神が起こす奇跡を再現したものでもあるのだ。初代魔法使いであるマーリンは、魔力による多彩さと、光力のプログラム的な方程式を上手く取り入れて、魔法力を作ったんだろうな。

 

「なるほど…。そう考えると、天使や堕天使は結構シンプルな戦い方になりますよね」

「そうだろうな。悪魔や魔法使いのような多彩さには欠けるかもしれん。だが、それ故に弱点も少なく、堅実で崩されにくい」

「天使は遠距離・中距離が主流だが、堕天使は血の気が多い分、中距離・近距離がメインだな。天使や悪魔と比べて数が少ない俺達が戦い抜けたのも、攻撃こそ最大の防御的な感じだったからだ。その分、あの大戦で生き残れた武闘派のやつらは、ほとんどいなかったけどな」

 

 アザゼル先生の声は、少し寂しそうな響きを含んでいた。実際、武闘派と言われる幹部は少人数であり、あとは研究や後方での支援に長けたヒト達の方が多いのだ。アザゼル先生がずっと神器を研究していたのも、新しい切口を手に入れることで、堕天使のヒト達が少しでも生き残れるように考えていたのかもしれない。

 

 さて、三人の先生によってある程度の光力の知識を手に入れることが出来た。という訳で、ここからが本番だ。俺は神器を手の中に呼び出すと、光力によって作られた術式に照準を合わせる。アザゼル先生からのアドバイスで、魔法力ではなく自分のオーラを神器に纏わせ、槍の先端を魔方陣に突き刺した。

 

『……術式の書き換え(リライト)

 

 俺の能力は、何の抵抗もなく発動する。この時点で、相棒が天界の術式でも拒絶の意思を示すことはないとわかった。魔力でも魔法力でも光力でも、俺が望むのなら相棒は力を貸してくれる。それを理解し、次は実際にこの術式を自分のものに出来るのかを試してみる。不思議と魔力で作られた術式と比べて、抵抗感が少ない気がした。消滅の力も通りやすく、魔力や魔法力に比べて道筋が見つけやすい。

 

 アジュカ様の修行で『概念消滅』のスキルは鍛えていたつもりだし、今やっているのは簡単な術式だからだろうけど、気づけばするすると書き換えが完了していく。なんていうか、俺のオーラと光力が馴染みやすいというか、同調する手間があんまりかからない感じなのだ。それから十数秒ぐらいで、無事に光力でできた術式を再構築することに成功したのであった。

 

 

「えっと、普通に出来ちゃいました」

「……すごく手際が良かったですね」

「自分でもびっくりするぐらい能力が通りやすかったです。魔力や魔法力と比べて、抵抗感が少ないから消去に使う分を節約できましたし。俺のオーラとも混じりやすかったから、構成や制御もやりやすかったかもしれないです」

 

 術を作った本人であるシェムハザさんが、驚いたように声をあげる。俺自身もこの結果には驚くしかない。正直に言わせてもらえば、魔力や魔法力よりも光力を書き換える方が楽だった。もう少し高度な術式でも、問題なく書き換えが出来そうだと思える。

 

 今まで教会や天界関係の術式と、関わることがなかったからな…。正臣さんは教会関係者だったけど、普通に物理主体だから術は使わない。先生は槍ばっかり投げてくるし。魔法使いの組織に所属しているから、教会に近づく危険なんて冒さない。そのため、光力を使った術式を見る機会さえなかったのだ。

 

 しかしである。ここに来て、まさかの特効効果が発覚。周りから散々才能がない、と言われまくっていた俺の中にまさかの眠れる才能があったのかもしれないのだ。もしかして、ついに俺TUEEEの時代が来たのかっ!? やべぇ、ちょっと俺わくわくしてきたぞ!

 

「そういうことか。お前のオーラは、神器の神秘のオーラと似ている。神が創った神器のオーラと、神が創った天使の光力との親和性が高いのはおかしいことじゃない。神器の奥にいる意思がカナタに協力的なら、より効果を発揮できるだろう」

「……えーと、先生。つまり?」

「神器SUGEE」

「ちくしょう! やっぱりそんなオチだと思ったよッ!」

 

 相棒が俺のオーラを書き換えていたおかげかい! 俺と光力との相性がよかったのは、ある意味で(起源)が同じだったからか。確かに神器の神秘のオーラも、天使や堕天使が使う光力も、元をただせば聖書の神に繋がるのだ。魔力や魔法力よりも馴染みやすくて当然だ。昨日の今日で忘れていたよ…。一つぐらいみんなが驚くような才能が欲しいと思うのは、贅沢な悩みなんだろうか……。

 

「落ち込んでいるところアレだが、お前本当に天界側にその神器の能力がバレるようなことをするんじゃないぞ」

「えっ?」

「理由はどうあれ、お前は光力を用いた術式に強い。そしておそらく光力を使う相手との戦闘でも有利に働く。特に教会側は魔法関係を嫌っているから、天使から授けられる聖なる力を主力にした戦闘が当たり前だ。神器所有者や生粋の戦士以外だと、後方支援系は下手したら詰むな」

「つまり、相手の使う光力をカナタくんが掌握出来た時点で、本来の実力を発揮できなくなるという訳ですか」

「……私のように光力を主体にして戦闘する者にとっても、あまり相手にはしたくないタイプだろうな」

 

 顔を上げてお三方を見ると、なんだか頭が痛そうに佇んでいる。あっ、溜息を吐かれた。そういえば、堕天使も光力を使った戦闘が主流でしたね。バラキエルさんの戦闘スタイル的に、確かに光力を封じられたら辛いだろう。もっとも俺のオーラ量と出力じゃ、バラキエルさんの光力を掌握できる気がしないけど。むしろ、素の拳一発で沈む自信がある。

 

 それに、俺が神器の書き換えで能力を掌握するには、どうしても何回か相手の攻撃を槍で刺す必要があるのだ。相手の力量によっては、時間がかかるし、実力的に掌握できない可能性だってある。実力者が相手だと、解析が完了する前にこちらが倒されてしまうだろう。戦闘以外だと色々できそうだけど、相変わらず俺の戦闘能力が貧弱なのは変わらないな…。

 

「うーん、そこまで言われるほどですかね…?」

「お前、自己評価を低く見積もる癖をそろそろなんとかしておけよ。第一、お前自身でその弱点は克服しているだろうが」

「何のことですか?」

「お前がノリでやらかした『分離(セパレーション)』だよ。仲間の実力者に分離した槍を持たせて、相手の攻撃を代わりに解析させればいいんだろ。そうすれば、お前は安全な後方でサポートに徹せるだろうが」

「……あっ、本当だ!」

 

 アザゼル先生に指摘されて、ようやく納得がいった。思わず、ポンッと手を叩いてしまう。なるほど、『分離(セパレーション)』は他者に俺の能力を託す技であり、大本である相棒ともしっかりラインで繋がっている。フェニックスの涙や万能薬的なつもりだったけど、そんな使い方もできるのか。

 

 それなら、何本か分離させた槍を仲間にもたせて、相手の能力の解析に使ってもらってもいいだろう。解析さえできれば、俺が掌握できる可能性もグッと高まる。すげぇー、こんな方法があったとは! 気づいていなかったけど、実はすごい能力を作ってしまっていたんだな。イッセーが使っていた『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』を参考にしてみただけだったんだけど、結果オーライだよね!

 

 ……そういえば、半年前に『分離』を創った時、メフィスト様と正臣さんがどこか遠い目をしていたのって、もしかしてこのやり方に気づいていたからとかってないよね? 協会に帰ったら、さりげなく謝っておこう。ノリでやらかしてしまって、本当にすみません。

 

 

「まぁ、こんな感じで。だいたいいつも無自覚になんかやらかすやつだと覚えておいたらいい」

「つまり、自覚がないアザゼルという訳ですか」

「なるほど、さすがは師弟だな」

『どういう意味だ(ですか)』

 

 あれ、シェムハザさんとバラキエルさんの俺に対する評価がひどい。ほぼ初対面なのに、アザゼル先生方面の人間だと思われてしまった。俺、そこまで周りに迷惑をかけたつもりはないんだけどな…。いや、冥界や教会、あと魔法少女関係は素直に謝るしかないが。むしろ俺だって、何でそうなったのか予想外すぎて困惑しているんだけど。清く正しく生きようと頑張っているつもりなのに、人生って不思議なものである。

 

「とりあえず、下級は問題なさそうですから、次は中位クラスの術を試してみましょう。術式のパターンを覚えるなら、数をこなすのが一番ですからね」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 

 パンパンと軽く音を立てて、気持ちを入れ替える様にテキパキと副総督様は進めてくれる。たぶん、脱線した空気を戻すことに慣れているんだろうな。何事もなかったように、授業がステップアップした。でも、最初はグリゴリに行くことにびくびくしていたけど、意外と普通で助かったな。検査は疲れるけど、これぐらいなら許容範囲だ。

 

「んじゃあ、それが終わったら。次は戦闘データを取りたいから、バラキエルと手合わせな」

「ほら、油断していたらこれだよっ!? ラスボスレベルとさらっと模擬戦をやらせないで下さいッ!」

「神器の能力の質を上げる一番の方法は、尋常じゃない戦闘経験だって教えただろう。普通の所有者にとっては命がけだが、お前の場合は強者との繋がりがある。それを使わない手はないだろう?」

 

 ニヤリと笑いながら言われたけど、むしろ強者としか戦闘経験がないぐらいだよ。真正面から勝負して勝てたのって、たぶん子竜達ぐらいしかない。さっき自己評価が低い云々言われたが、ここまで負けっぱなしだと仕方がない気もする。継続的にみんなから鍛えてもらっているし、間違いなく強くなっているとは思うけど。コツコツと頑張るしかないのかなぁ…。

 

「……ここで文句を言っても変わらないと思うので、わかりましたよ。死なないように頑張ります」

「おっ、素直だな」

「結局は自分のために必要ですからね。なら、前向きに考える方がいいですよ。どうせ嫌がっても、別の地獄が待っているような気がしますし…」

 

 うん、俺の直感がものすごく警告を発している。相棒からの危機察知がめっちゃ働いている。バラキエルさんフラグを断ったら、例の堕天使名物フラグが立つような予感がする。それだけは絶対に嫌だ。バラキエルさんの興奮した声がフラッシュバックしてくる。ちょっとトラウマになっているよ。

 

「バラキエルさん、どうぞよろしくお願いします。多大なる手加減を期待しています」

「あ、あぁ……わかった。しかし、正直だな」

「今までの環境のおかげで。自分の意思をしっかり伝えておかないと、マイペースにどんどん進められるものでしたから」

 

 主に、アザゼル先生とか、タンニーンさんとか、アジュカ様とか、リュディガーさんとか、ミルたんとか……。うん、俺の周りにマイペースなヒトが多すぎじゃないか? ただこのヒト達の場合、ミルたん以外はわざと俺の声を聞いていないだけな気もするけど。メフィスト様とディハウザーさんぐらいだよ、何も言わなくても察してくれるのは。いつも正臣さんに遠い目をされるけど、ついつい愚痴りたくもなるさ。

 

 

 それから、シェムハザさんの術式授業が一通り終わった後、予想通り手合わせで雷光様に吹っ飛ばされながら、俺のグリゴリでの騒がしい日常は過ぎていく。時々俺の腕輪から送られた情報をアザゼル先生が端末にまとめ、シェムハザさんと一緒に検証していたが、今のところ俺に新しい情報は入ってきていない。それが少し気になるけど、焦っても仕方がないと、とりあえず切り替えておいた。

 

 あと、さすがに堕天使陣営のトップ3がずっと同じ場所にいる訳にもいかないらしいので、明日からは基本的にはバラキエルさんと訓練をしながら過ごし、時々アザゼル先生やシェムハザさんが研究に来るスケジュールのようだ。お忙しい中、ありがとうございます。正直、このすごい待遇に戸惑いの方が強いけど。まぁ、俺は言われた通りに頑張るしかないのだろう。

 

 その夜、シェムハザさんが日本人の俺のためにわざわざ用意してくれた晩御飯の和食に大歓喜しながら、バラキエルさんと白熱した日本食談議に花を咲かせたのであった。

 

 


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