えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第九十九話 認識

 

 

 

 駆ける。跳ぶ。滑る。反転。蹴る。転がる。等々、人間にできるあらゆる動作をこれでもかと行い、もはや余計なことは一切考えず、無心になって身体をとにかく動かす。常に相手の間合いに気を付けて距離を取り、あらゆる角度から来る光を捌き、ほんの僅かな隙を一瞬で見つけて回避を行う。正直もう目が追いついていかないぐらい、展開が次々と変貌していく。

 

 さらに襲い掛かってくる武器も多種多様であり、俺が確認出来ただけでも刀剣・レイピア・槍・斧・槌・フレイル・杖・鞭・ドリル・苦無・弓、等々。それらは光が形を変えて形成するため、間合いや射程がコロコロと変わるのだ。鉄球をブン投げられた時は、意地でも絶対に回避したけど。ランダムで変化する武器を瞬時に見極め、身体で学んだ武器ごとの特徴からスタイルを変更し、とにかく相手の間合いから逃げ出すことを念頭に置く。

 

消えろ(デリート)っ…!」

 

 短く息を吐き、『分解(アナライズ)』で作った短槍に三つの枠を付与し、すぐさま投擲する。効果は『空気抵抗の消去』、『光力の消去』、『オーラの消去』。相手が武器を振り下ろす瞬間を狙った手首への攻撃。ただの小技だと彼が身に纏う光力だけであっさりと弾かれてしまうし、多少の手傷ならものともしない。そのため、相手を少しでも怯ませるためには、「それ相応の一撃」が必要になるのだ。

 

 回避だけでは間に合わないと判断した時は、相手の行動を遅延させるための一撃をこまめに放つことが重要である。このままだとあと二手ぐらいで詰むと判断したため、カウンター気味に手痛い一撃を間に挟む。これで相手が攻撃を喰らえば最良の結果だけど、そんなことは起こらないので動きを阻害できればそれでいい。

 

 現に相手は前進を止め、振り上げていた腕を捻ることで短槍の軌道からあっさり逸らしてしまった。だが、足が止まったことで、欲しかった間合いの外をなんとか確保することに成功できた。今のところ槍の穂先の一点にしか効果を発揮できないが、仙術もどきの攻撃は「一撃」としてカウントできるようだ。というより、これ以外まともにダメージを与えられそうなものがない。

 

 色々状態異常を起こす技はあるけど、一瞬だけの効果じゃ雀の目にも涙だ。なら、人外だろうと一瞬でも掠ったらヤバい攻撃を加えるしかない。仙術もどきはめっちゃしんどいから、本当に緊急事態の時にしか使えないんだけどねっ!

 

 『オーラの消去』はまだまだ練習中の技だったんだけど、そんな泣き言を言っている暇なんてないぐらい必死こいて使わなかったら無理レベル。マジで攻撃が止まらないんだよ、このヒトっ! どれだけスタミナがあるんだよッ!? もしかしてスタミナ無限か、このフンフンおじさんめッ!!

 

「良い反応だ」

 

 たった一言の短い賛辞が耳に入ったが、すぐに俺の頬は盛大に引き攣ることになる。バチバチと目に見えるほどの高エネルギーが紫電を形作り、相手の手の中に集まって膨張していく。今までの彼との戦闘経験から、あの雷光が範囲攻撃であることを悟った。俺はすぐさま地を駆け、包囲網を突破するために槍を握りしめる。同時に、弾け飛んだ雷光から大量の光の槍が生まれ、俺に向かって上空から一斉に降り注いできた。

 

「むっ、無理無理無理ッ!? 相棒、助けてェッーー!!」

 

 数百は確実に超えるだろう光の雨。俺にはラヴィニアのように、身を守れるほどの硬度を籠めた氷の盾は作れない。イッセー達のように、数の不利をひっくり返せるようなパワーもない。なら残る唯一の方法は、敵の攻撃が当たらないように避けるしか手がないのである。しかし、角度や時間差でズレがあるため、一回だけ回避して終わりじゃない。俺の感知能力や目では、もう追いつくことが出来ないだろう。

 

 数回は避けられても、それ以上の被弾は確実だとわかる。そんな俺に残された最後の手段が、たった一つだけあった。そう、俺に出来ないのなら、出来るやつにお願いすればいいのだ。俺は肺に溜まった息を全て吐き、ありったけの集中力を目ではなく相棒へと向けた。

 

 自分の中の焦りの感情を消し去り、作戦に必要な土台を無理やり作り上げる。神器の能力によって強制的にだが精神を落ち着かせ、すみやかに神器との同調を始めた。そして、紅のオーラが自分の身を包みこんだと同時に、作戦名『相棒に丸投げ』を俺は発動したのであった。

 

 作戦内容の説明は至極簡単、『勘で避ける』だ。もっと言えば、神器が持つ危機感知能力を頼りにした、相棒任せによる感覚的な回避術。消滅の能力の配分を全て相棒に回し、思念の指示通りにひたすら実行するのだ。時に神器は、予知めいた『直感』を発揮する。アザゼル先生と行ってきた感知の修行の集大成であり、神器との同調率の高さと信頼関係を誇る俺達だからこそ使える切り札。

 

「右、後ろ、右、左…、――上ッ!」

 

 鋭く発せられる予感を疑うことなく、全力で身体を滑らせていく。足りない距離は相棒が自発的に『空気抵抗の消滅(デリート)』を俺の足に発動してくれるので、俺は無心になって届くと信じて足を踏み込めばいい。『概念消滅』が使えるのは、俺と相棒だけであり、相棒は自分の意思で能力を使うことが出来る。それってつまり、一つの身体に並列した別の意思が存在しているってことだ。

 

 俺の感知能力では、相手の攻撃に合わせて能力を即座に切り替えて発動するような器用なことは難しいし、まず認識してからでは間に合わない。なら、俺は一切能力を使わず、相棒に能力操作も含め、全て委ねればいいと判断した。アザゼル先生からは、「ついにおんぶに抱っこどころか、介護レベルに悪化しやがった…」と色々な意味で戦慄されたが、他に手が思いつかなかったので仕方がないと思う。

 

 ちなみに相棒からは、「今までの延長みたいなもんだから、もういいよ」と思念による了解は得ている。若干諦めにも似た思念っぽかったけど、日常から戦闘まで幅広く大活躍する姿には「さすがです、相棒様!」という台詞しか言えないな。さて、そろそろ本気で集中しないと俺がヤバそうだから、光の弾幕を僅かに身体を横にズラしてよけながら、無心で直感に身を任せた。

 

 それから、数十秒後。待ち望んでいた制限時間のブザーがトレーニングルームに鳴り響いたと同時に、俺は全身汗だくのまま力なく床に倒れ込んだのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「し、死ぬか、と思ったぁっ……!」

「食事中は肘をテーブルにつけてはならんぞ」

「もう腕が疲れて上に上がらないんですよ! というより、バラキエルさん。最後のアレはなんですかっ!? あれだけの範囲攻撃を延々と続けるとか鬼ですかッ!」

「戦闘が対等の条件で行われる場合など、ほとんどない。時には、敵の数が想定より多いこともある。さっきのように、後方から圧倒的な物量で押し切るのも一つの戦術として使われるだろう」

 

 教官殿の教えには必ず理由があり、その必要性も手合わせが終わった後にこうして丁寧に教えてくれる。それでも、毎回ボロボロにされるこっちの身が持たない。前回教わったことができるようになったら、さらにレベルアップしてくるのは当たり前。しかもこちらが全力で対処することができれば、乗り越えられるだろうギリギリの範囲を狙ってくる。達成感は確かにあるし、強くなっている実感もつくけど、正直言ってキツイです。

 

 たぶん、今まで教えを受けてきた先生の中で、バラキエルさんとの戦闘講座は俺自身でも成長を強く感じることが出来ただろう。思えば、タンニーンさんは人間に修行をつけるのは初めてとか言っていたし、正臣さんも初めて弟子を取ったとか言っていたな。二人の教えが基礎としてしっかり身についてはいるけど、教官として多くの部下を育ててきたバラキエルさんだからこそ、発展形である応用に長け、長所を伸ばすポイントも的確に把握できているのだと思う。

 

 神器に関する修行ならアザゼル先生だけど、戦闘に関する修行ならバラキエルさんが一番だと、彼と手合わせをする前に先生が言っていた通りだな。俺はプルプルする腕を頑張って持ち上げ、空腹を満たすためにご飯を口に運ぶ。今日はぶりと根菜の煮物であり、少し冷めてしまっているが、それがより味をしみ込ませている。相変わらずの美味しさである。これがあるから、バラキエルさんとの地獄の訓練を頑張れるのは間違いない。

 

「そういえば、今日の午後の予定って何か聞いていたりはしますか?」

「シェムハザが来るとは聞いているが、アザゼルは仕事だそうだ。私も別の任務を任されているため、三時間ほど抜けさせてもらうぞ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 先日までは神器の奥を調べる検査を入念に行っていたんだけど、どうやら聖書の神様が作ったらしいブラックボックスみたいなのに阻まれ、かなり難航していると聞いている。俺の神器からシステムに続くラインを辿ろうとしているみたいだけど、いくつもの壁が立ちはだかっているらしい。相棒は特に何もしていないみたいなので、元々存在する防衛システムだろうと教えてもらった。

 

 以前俺は、相棒がいる深奥へ迷い込んだことがあったけど、アレは相棒と深くつながっている俺だから出来たことだろうと言われたな。俺の神器は他の神器に比べてシステムへの壁が薄いことは事実なので、結果的に失敗はしているが、成果としてはそれなりにあるみたい。神器と俺の魂は繋がっているからか、神器の奥を調べられると魂まで刺激してしまうようで、この検査はあんまり受けたくないのが本音ではある。でも、先生達は俺の体調を優先してくれるから、多少の我慢は仕方がないと思っていた。

 

「それにしても、グリゴリに来てもう一週間とちょっと経ったんだよなぁ…。大変だったけど、人間頑張ればなんとかなるもんだ」

「制限も多く、かなり窮屈な生活を強いられただろう?」

「まぁ、はい。でも大丈夫ですよ。自分の身を守るためですし、先生達に迷惑もかけられませんからね」

 

 アザゼル先生達の配慮のおかげで、少なくとも他の堕天使に絡まれるという事態は起きなかった。だが三人の内の誰か一人でも傍にいなければ、完全にロックされた個室の中で過ごすことになる。その時は、宿題をやったり、個人で出来る修行をしたり、シェムハザさんから借りた本を読んだり、ゲームで遊んだり、ラヴィニアと通信で話をしたり、と個人の時間としてのんびり使っただろう。

 

 ほぼ半日以上缶詰状態な時もあったけど、さすがに好奇心を出す場面じゃないのはわかっていたので、きちんと大人しくしていた。そのことに関しては、俺は特に気にしていない。バラキエルさんの心配の言葉には、俺を通して別の誰かに向けて言っているような感じはしたけど。たぶん窮屈な暮らしをさせてしまっているのだろうその誰かに、本当は口にしたい疑問。俺の返答にどこかホッとしている様子も含めて、色々不器用なヒトだと思った。

 

 

「こんにちは、カナタくん。お待たせしてしまいましたか?」

「こんにちは、シェムハザさん。いえ、ちょうど宿題が全部終わったところです」

 

 バラキエルさんと交代でシェムハザさんが迎えに来るまで、部屋で黙々と宿題を頑張った俺は、無事に夏休みの課題を終了させられたことに身体が軽くなったような爽快感を感じた。これで表側に関しては、心置きなく夏休みを過ごせるだろう。去年は夏休みの作文という名の難敵がいたけれど、今年は読書感想文だったから助かった。夏休みの作文とか、ファンタジーしか書けねぇよ。

 

 それからシェムハザさんに連れられ、午前中にバラキエルさんとも使ったトレーニングルームまでの道のりを歩く。天井が非常に高く、バラキエルさんが雷光を降らせまくっても問題ないぐらい広々とした部屋だ。俺、そろそろ雷光がトラウマになりそうです。

 

 シェムハザさんとトレーニングルームを使う時は、だいたいが術式関係だったけど、今日もそんな感じなんだろうか。光力を使った術に関しては、やはり適性が高かったようでそれなりに高度な術にも対応できるようになってきた。さすがに悪魔であるアジュカ様では、光力を使った『概念消滅』の修行はできないので、ここにいる間にしっかりスキルアップしておきたいと思う。

 

「さて、今日は神器を使った実験を行いたいと思います」

「あれ、そうなんですか? そういうのって、アザゼル先生と一緒の時の方が多かったですけど」

「今日の実験は、そこまで大それたことをする訳ではありませんからね。ですが、こちらの想定通りの結果が出れば、カナタくんの『認識』を応用した新しい技術を身につけられることでしょう」

 

 おぉー、それは楽しみだ。新しい技を覚えられると聞いて、わくわくしない訳がない。それにしても、『認識』を応用した技術か…。たぶんいつものように、攻撃系統の技ではないんだろう。俺の傾向的に仕方がないけど、どんどんサポート性能ばかりが尖ってくるな。

 

「サポートタイプかぁ…。今のところラヴィニアとしか組んだことがないから、他のヒトとちゃんと組めるのか少し心配だけど」

「カナタくんはサポートタイプとして、万能に近い能力が使えます。それこそ、チーム単位で動くような任務なら、とても心強いですよ」

「そうですか?」

「えぇ、味方の回復や状態異常の治療、隠密による奇襲や情報収集、状態異常を施すデバフ、相手の術式やバフを奪うことによる阻害、仙術を用いた気配察知、予知にも似た危機感知、そして何よりも想定外が起こった時にそれをカバーできるだけの応用力。……私から見ても、チームに一人は欲しいと思いますね」

 

 さすがに俺一人だけで大人数をカバーするのは限度があるし、負担が半端ない。なので、俺の能力が最も真価を発揮するのは、チーム単位で動く時だろうと言われた。それにそれぞれのチームによって足りない部分を補うことが出来るため、チームメンバーとの相性さえ問題なければどこに入っても需要があるらしい。

 

 例えば、もしも俺がグレモリー眷属のサポートに入ったとしたら、アーシアさんとの回復二枚看板で前衛のパワータイプをバンバン特攻させたり、敵を状態異常や性転換させてイッセーの手助けをしたり、光力や聖水のような悪魔の弱点となる効果を消滅させたり、と色々できそうな手は思いつくかな。シトリー眷属なら、隠密を用いて罠を設置したり、気配察知で不意打ちをしたりなど、彼女たちの策に合わせて動けばいい。俺はすごく忙しくなりそうだけど、暇しているよりかはいいだろう。

 

 

「今回の実験は、『remove(リムーブ)』を使った認識の応用です」

「『取り除き(リムーブ)』ですか…。一部だけを取り除いて消滅させる技で、今までにも結構使ってきていますね」

 

 魚の骨だけを消去したり、日焼けした肌の色素だけを消去したり、壁の落書きの掃除にも使えたり、と様々な用途で使ってきただろう。うん、今思い出しただけでもほとんど戦闘に関係ないというか、日常の便利技的な扱いなのは目を逸らしておいた。

 

「という訳で、カナタくん。ここに箱を用意しました」

「えっ、はい」

「それでは問題です。この箱の中には、何が入っているでしょう?」

「えっ?」

 

 ニコニコと微笑むシェムハザさんが、突然片手で持てる大きさぐらいの箱を取り出し、俺に見せてくる。どこにでもあるような普通の茶色い立方体の箱で、箱の上下に蓋の部分と底の部分がある。そのため、どこからどう見ても箱しかわからない。

 

「開けてもいいんですか?」

「いいえ、箱を開けずに中身を当てて欲しいのです。振ったり、落としたりもせずに」

「透視の魔法は…」

 

 二コリ、と優し気に笑われた。わかった、笑顔だけで使うのはNGだと理解する。怖いので、普通に言って下さい。

 

「……直感じゃ無理だし。これはもうマジックの域だよな」

 

 なんかタネでもあるのか? 実は何かをすると自動で箱が開くとか、合言葉を言うと開けゴマしたりとか…。いやいや、思い出せ。これは神器の修行だぞ。しかも、シェムハザさんから事前にいくつかヒントをもらっている状態だ。使う技は『remove(リムーブ)』で、必要なのは『認識』の応用。

 

 『認識』とは、知ること。つまり、知覚することだ。俺が認知した事柄を理解することで、認識になる。人間が生きる上で、大切な意識の働きの一つである。つまり、その意識の働きの一部だけを、消滅させろってことなんだろうか?

 

「では、更にヒントです。この箱の中身を確認するために、必要ないものは何ですか?」

「箱の中身を知るために、必要がないもの…」

 

 俺はじっと箱を見つめる。見つめても、箱の中身が見えたりはしない。やっぱり透視しかなくね? 中身が知りたいだけなら、ぶっちゃけ箱そのものがなくなればいいんだけど…。

 

「あっ」

 

 そうか、箱を消してしまえばいいのか。必要ないものは、箱そのものだ。俺の目に見えている景色の中から、『箱』という『認識』だけを消滅させる。つまり、透視の魔法の神器バージョン! 俺は相棒のオーラを纏い、意識を集中させるためにいったん目を閉じる。ただ目に映る箱を消しただけでは、中身も含めて見えなくなるかもしれないから、透視の魔法の術式の原理を媒介に、さらに仙術もどきでオーラの感知範囲を広げる。

 

認識の消去(リムーブ)

 

 そして、目にオーラを集中させ、能力を発動させた。シェムハザさんの手の上にあったはずの箱がブレだし、徐々にその姿が掻き消えていく。まだ調整が甘いみたいで、相棒にもコントロールを手伝ってもらいながら、ゆっくりとピントをあわせていった。数分ほど時間をかけて馴染ませたことでようやく力が安定し、次に俺の目に映ったのは赤い美味しそうな林檎だった。

 

「……林檎ですか?」

「正解です。しかし、なるほど…。これが成功しますか」

「えーと、透視の魔法の術式に用いられる計算式の原理と、仙術もどきによるオーラ感知の補助も使いましたが、それでなんとか」

 

 シェムハザさんが興味深そうに頷くと、空中に電子端末のようなものを呼び出す。俺の報告を聞きながら、そこに指を這わせていく。実験と言っていたので、結果をデータとして残しているのだろう。箱から取り出された林檎を見せられ、こちらがレポートをまとめている内にどうぞ、とご褒美にもらった。お礼を言って、口に含むとシャリと良い音が鳴る。うん、おいしいです。

 

 それにしても、こういう能力の使い方もあったんだなぁー。自分の目にしているものの一部を認識できなくする。この能力なら、おそらく生物も問題ないだろう。これ、コンサート会場とかで観客の頭で見えづらいステージを心置きなく見ることが出来そう。遊園地のパレードとかにも、絶対に重宝するな。透視の魔法って、単体を対象にしないと使えないし、生物を完全に透視することはできないんだよね。人間に使ったら、服が透けて裸になるか、骨とか内臓が見えだすから。リアル人体模型は怖いです。

 

 

「でも、これ地味ですね」

「地味かもしれませんね。だから、私一人で実験も行っていますし」

「なるほど。これって、目以外にも活用ってできますかね?」

「やってみましょう」

 

 結果として、活用は出来た。有効的に使えそうなものは、耳とやはり目だな。大音量の音楽が流れている中で、シェムハザさんの声を聞きとる。俺の耳に入る音を消滅する際、一部の音だけを対象に能力を使えば彼の声だけを拾うことが出来る。情報収集をする際など、周りの雑音が聴こえなくなるのはかなり便利だと思う。魔法でもそこまで細かく設定するのは難しい。その代わり、音による感知能力が下がるので、周りへの警戒には気をつけないといけないけど。

 

 今すぐには利用法が思いつかないけど、味覚や嗅覚や触覚にも使えると思う。うーむ、相棒からもらった思念からは、もっと神器の能力が上がれば、それだけ性能も上がるみたい。今は魔法でもできそうな範囲ばかりだけど、スキルを磨いていけば活用範囲も必然的に広がっていくのだろう。

 

 それにこれは、敵に対するデバフにも使える。槍で刺した相手に「こちらの武器が認識できない」という状態異常を付与できれば、疑似騎士王ムーブの完成である。見えない武器とかカッコ良さそう。俺は扱える気が全くしないけど。

 

「アザゼルがカナタくんに『感知』の修行を重点的に行っていた理由の一つに、この『認識』の一部消滅を利用できないか、と考えたのもあるんです」

「『感知』との組み合わせですか?」

「えぇ、あなたは仙術を使ってオーラを感じ取ることが出来ます。例えば、街の人込みを見る時に『人間』が見えないように認識を消したら、その後は何が見えると思いますか?」

「そりゃあ、建物や道路とか車とか…」

「そして、『人間』以外の種族とかですね」

 

 シェムハザさんの付け足しに思わず目を瞬かせてしまったが、確かに『人間』だけを認識できなくすれば、それ以外の種族が浮き彫りになるかもしれない。俺にはオーラを感じ取れる力があるので、人外のオーラと区別しやすい。それに人間の中でも、一般人と異能の力を持つ者とでは、オーラの質がやっぱり違うのだ。一般人の中に異物が紛れ込んでいても、それを迷わず見つけ出せる目を持てるという訳か。

 

 こうして色々とやれることを並べられると、『概念』にまで作用する力って、本当に様々な応用が出来るのだと改めて感心する。前にアザゼル先生が、俺と同じように『概念』にまで力を及ぼせる神器の一つに『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』をあげていたな。原作で覚えている分だけでも、数万単位の術式を文字通り一瞬で全て斬り伏せていたのを覚えている。

 

 魔法使いである俺は、原作で魔女ヴァルブルガが悲鳴を上げていた理由がよくわかる。ランダムに組まれた数多くの術式を、問答無用で黒く染め上げる様に全て斬り捨てるなんて、正直人間技じゃない。似たようなことが俺にも出来るからこそ、その練度の高さと無茶苦茶さに固唾を呑んでしまう。『ハイスクールD×D』では裏方として登場し、寡黙でカッコいい『神の子を見張る者(グリゴリ)』が誇るエージェントの姿。

 

 アザゼル先生やシェムハザさん達の様子から、おそらくグリゴリには、白龍皇であるヴァーリ・ルシファーや、黒き狗神である幾瀬鳶雄(いくせ とびお)さんはまだいないのだろう。それにもし保護されているのなら、俺と能力の傾向が似ている幾瀬さんと会わせてくれるはずだと思うし。幾瀬さんの過去は謎に包まれているけど、神滅具を持っていることから、きっと壮絶な幼少期とかを迎えたとかあって、それで原作のような影のある渋い男になったのかもしれない。もし会えたら、仲良くなれるといいんだけど。

 

 俺がサポートタイプの『概念使い』なら、幾瀬鳶雄(いくせ とびお)さんはアタッカータイプの『概念使い』なんだろう。ある意味で、戦闘が苦手な俺とは真逆の道を行った使い手なのだ。気にならない訳がない。いつか彼と出会った時、同じ『概念使い』として足手まといにならないように、今後も修行を頑張っていかないとな。

 

 

「では、ここに赤と青と緑と黄色のボールがあります。この中にある、赤いボールだけを見えないように『認識』してください」

「はーい」

 

 それからしばらく、シェムハザさんの指示を聞きながら『認識』の修行を行っていた。複数のものの中から、決まったものだけを選んで消していく。赤玉しか見えない箱の中に、一つだけピンクのボールが入っているから、それを一瞬で取れ、とかちょっとゲームみたいな感じのもあった。目には見えないのに感触はあるという体験は、なんだか不思議な気分だったな。

 

 そんな実験の最中、ちょっと試しに近くにある壁の認識を消す実験を行ってみる。というのも、グリゴリで用意された部屋に引きこもっている際、やはり少しばかり暇な時もあるのだ。なので、それなら周りの部屋の様子とかを覗けたら面白そうだと思ったのである。『認識』の練習にもなるし、安全に好奇心を満たすこともできるし、きっと許してくれるだろう。

 

「おぉー、見えた見えた。これで暇つぶしと修行が両立できるな」

「……カナタくん。壁の方を見て、どうかしたのですか?」

「あっ、いえ。あそこの壁の認識を消したら、さっき歩いてきた廊下が見えたので。これでこの施設の中を安全に見れるなぁー、って思ったんです」

「……えっ?」

「えっ?」

 

 あれ、シェムハザさんが固まった。しばらくフリーズし、難しい顔で顎に手を当てだす。次に小声でブツブツと何かを呟き、なんだか頭が痛そうな様子に見えた。えっと、どうしたんだろう…。壁の『認識』の消去とか、特別なことではない気がするんだけど。そうだよね? 俺、今回は何もやらかしていないよね?

 

「うーん、なるほど。確かに理論的には不可能ではないはずですし…。そうですか、壁の向こう側が見えてしまいましたか……」

「えーと、はい。廊下が見えてしまいました」

「……カナタくん。もしかして、あなたの視界に入る壁全ての認識を消すことはできますか?」

「全てですか? じゃあ、遠視の魔法と組み合わせてみれば…。んー、あぁー。……出来ました」

 

 シェムハザさんから、すごく困ったような笑みをもらった。俺も同じように笑うしかない。たぶんなんかよくわからないけど、俺がやらかしたらしいことは悟った。

 

「あの、何かまずかったですか?」

「そうですね…。理由は簡単に説明できます。カナタくん、次は魔法による透視で壁を見てください」

 

 魔法で透視? とりあえず、言われた通りに魔法力を目に集中させ、先ほどと同じ壁に意識を向ける。この魔法は、兵藤家の家の様子とか探ったりでお世話になったな。しっかり魔法が発動したのを確認し、神器の消去と同じように壁の向こう側を確認しようとしたが、あることに気づき、驚愕に声が出てしまった。

 

「……えっ、壁が透けない?」

「えぇ、そうです。魔法による透視は、誰でも簡単に習得できる技術です。故に、その対策は当たり前のようにされています。要人の使う施設が外から丸見えでは、防衛ができませんからね。建築に使う材料に特殊な鉱石を混ぜ、術などの効果を阻害する役割を持たせるのが一般的です。他にも魔法の効果を弱める結界で覆うなど、様々な方法で対策がされているのですよ」

 

 シェムハザさんの説明を聞いて、確かにそれはそうだと納得する。思えば、アジュカ様の隠れ家を探索した時だって、ほとんど透視は役に立たなかった。一般人相手なら問題なく透視は発動するだろうけど、人外や異能者なら対策を施しておくのは当然だ。透視であらゆる場所が見られるのなら、それこそ誰もが覚えるべき必須魔法ぐらいの扱いを受けていたはずだろう。

 

 一流の透視魔法の使い手なら阻害されても見えるかもしれないけど、一つの魔法を極めるのだって相当永い修練が必要だと思う。そこまで透視を極めたのなら、何も文句はない。でも、そんなヒトは少数だろうから、透視の魔法の需要はあまり多くないという訳か。一般人以外には防がれやすいという弱点は、裏の者にとっては意味があまりないのかもしれない。

 

「でも俺、普通にさっき透視が出来ちゃったんですけど…」

「はい、出来てしまいましたね…。透視の魔法は、魔法力などを隔てている向こう側に通すことで効果を表す術式です。つまり、透視したい対象となるものに、まずは働きかける工程が必要なのです。だから、その対象となるものに防がれたら、透視の効果は発揮できなくなります」

「……その説明でいくと。俺の疑似透視って、もしかして対象に働きかける工程がないから?」

「えぇ。カナタくんの能力は、厳密には透視ではなく、認識の消去を『自分に』かけているだけですからね。壁にいくら細工をしても、壁そのものの認識を本人が消してしまっているんですから、阻害に意味はないですよね…」

 

 シェムハザさん、そんな遠い目で考察を述べなくても。そりゃあ、俺が疑似透視をすれば、要人の施設をほとんど覗き放題ですものね。しかも、透視の対策はちゃんとしているからと向こうは完全に油断しているため、ほぼ確実に不意を打てる。自分でも思う、これはひどい。

 

「姿が消せて、気配が消せて、感知が出来て、さらに透視で相手の拠点を丸裸に出来る。暗殺や潜伏、情報収集に必要な能力がこれでもかと揃っていますね」

「俺、ランサーのはずなのに、どんどんアサシンに近づいていっている件」

「ある意味、カナタくんの性格に救われていますね。あなたがその神器の宿主でよかったです。暗殺に特化した能力なんて、敵にしたら厄介なんてものじゃないですから」

 

 俺自身は、すごく弱いですからね。しかも、戦闘なんてやりたくないし、好き好んでヒトを殺したいとも思わない。そう考えると、この神器を使う宿主として、俺はかなり平和的な所有者なのかもしれない。例え、気づいたら暗殺者なんてヤバい方面に適性を出していたとしても。うん、心の平和のためにそう思っておこう。

 

 もし俺が、ヴァーリのように好戦的な性格だったら、暗殺者として生計を立てるとかしていたのだろうか? でも、今の俺の能力構成は臆病で弱者であるからこそでもある。戦いが好きなら、直接戦闘に使える能力に偏るだろうし。何より、相棒に頼りまくる俺とは違うだろうから、神器との関係も変わっていた可能性だってある。今更この性格を変えるのは難しいから、もしもを考えても仕方がないのかもしれないけどね。

 

「カナタくん。わかっていると思いますが、その疑似透視を悪用してはいけませんからね」

「はい、わかりました。ちなみに、悪用って例えば?」

「アザゼルなら、透視した壁ごしにシャワー室をガン見するんじゃないですか」

 

 この副総督様、総督相手に容赦ねぇ。でも、先生ならやりそう。ガブリエルさんのシャワーシーンとかがあったら、絶対にやりそうな信頼があった。

 

 

「ところで、ずっと気になっていたことがあったのですが」

「えっ、何ですか?」

 

 シェムハザさんとの修行も終わり、自然と解散ムードになっていた中。副総督様はポンと手を叩いて、何かを思い出したように呟きをこぼす。彼には大変お世話になっているし、俺に答えられる疑問ならだいたい話してもいいと思っている。俺はシェムハザさんの方へ振り向くと、次にくる質問を待った。

 

「カナタくんは半年前のあの事件で、駒王町へ応援に来たアザゼルと一緒に教会と悪魔と戦ったのですよね」

「先生は友達と一緒に、公園で悪魔やエクソシストの皆さんを足止めしてくれましたけど…」

「えぇ、そう聞いています。ただ、アザゼルは堕天使の総督だとバレないように介入したとだけ報告してきて、それ以外どうやっても口を割らなくてですね…」

 

 ……あっ、これはまずい。シェムハザさんは、アザゼル先生が半年前に何をやったのかを知ろうと、俺に矛先を向けたのだと悟る。アザゼル先生が口を割らなかった理由は、だいたい想像がつく。というより、あの巨大ロボはやっぱりシェムハザさんに無断で作ったのだと納得した。絶対に『ザゼルガァー』の製作理由は、ノリと勢いだもんな。

 

『おい、カナタ。グリゴリで過ごす上での約束事として、あと一つ言っておくぞ。もしシェムハザに半年前のことを聞かれたら、本当のことは言わずに上手く誤魔化しておいてくれよ』

『えっ、何でですか?』

『何でもだ。いいな、男と男の約束だぞ!』

 

 グリゴリでの約束事の最後に付け加えられた、先生からのお願いの内容である。あの時はよくわからなかったけど、確実に今の状況のことを言っていたのだろう。どうせ和平が成立したら、悪魔や教会側から何があったのかはバレるだろうに…。アザゼル先生に回避不能な雷が落ちるだろうことは、簡単に想像できた。

 

 しかしである。ここで俺がバラすのは、果たしていいのだろうか。いずれバレることだろうけど、俺が真実を告げるのはちょっと違う気がするのだ。本来なら、先生のやらかしたことをシェムハザさんに報告することに葛藤なんて湧かないんだけど。でも半年前のことは、俺の我儘を聞いてくれた先生の好意であり、実際に俺達はアザゼル先生のおかげで助けられたことなのだ。

 

 だから俺としては、半年前の先生のやらかしをチクる行為は、その恩を仇で返すことと同意な気がした。それにあの時、先生は俺の黒歴史を笑わないでいてくれた。同じ傷を持つ者同士、シェムハザさんには申し訳ないけど、今回だけはアザゼル先生の味方をさせてもらおう。

 

 しかし、どうやって誤魔化そうか。簡単な嘘なら、あっさり見破られそうだし…。とりあえず、先生が巨大ロボで暴れまくったことを、シェムハザさんに知られなきゃいいんだよな。あと、誤魔化すにしても、先生が隠したくなるような理由があって、グリゴリの経済的にも問題ないようにしないといけない。お金がかかるような嘘だと、シェムハザさんがアザゼル先生に突撃しちゃうかもしれないから。ヤバい、今更だけどこれかなり難度が高くないかっ!?

 

「えーと、ですね…。半年前ですかぁ……」

「カナタくん、知っているのなら教えてくれませんか。仮にも総督が直接赴いた事件です。それに、教会や悪魔は知っているだろうことを、副総督である私が知らないとなると、後々問題にもなるかもしれませんから」

「それは、そうなんですけど。でも、アザゼル先生は大丈夫だって」

「アザゼルの大丈夫には、二通りあります。そして今回の大丈夫は、私の長年の勘が告げるに、大丈夫ではない方の大丈夫だと思っています」

 

 さすがはグリゴリの副総督にして、アザゼル先生の親友である。まったくもって、その通りです。どうしよう、どうやって誤魔化せばいいんだ。ぐるぐると思考を必死に回す俺の肩に、ガシッと大きな手が乗せられる。恐る恐る顔を上げると、まるで天使のように慈愛に満ちた笑みを浮かべるシェムハザさんが目に映った。

 

「安心してください。あとでアザゼルには、しっかり言っておきますので。第一、もういい年した大人を通り越しているような年齢なんですよ。だから、カナタくんが気に病むことなんてありません」

「あの、その……」

「さぁ、何も心配することはありませんよ。肩の力を抜いて、本当のことを話してください」

 

 後光が射すかのような温かな光が、シェムハザさんの背中から溢れ出ているような錯覚が目に映る。まるで、陽だまりようなぽかぽかとした優しさに、身を包まれているかのような安心感。これが、元天使による昇天スマイルなのか。笑顔と言葉と態度は天使なのに、使い方は人間を堕落させようとする堕天使らしい方法ですけど。

 

 しかし、もう本当に時間がない。シェムハザさんは俺が誤魔化す猶予を与えないように、外堀からどんどん埋めていっている。とにかく、何か言わないとまずい。頑張れ、俺の脳みそよ。今こそフル回転して、この場を乗り切る最良の手を思いつくんだ! ロボのことは言わないで、アザゼル先生が秘密にするだけの理由になって、シェムハザさんが諦めてくれるような、そんな発想をッ!

 

「カナタくん」

「……い」

「い?」

 

 考えすぎて真っ白になった俺は、思いついた言葉を勢いのまま口にした。

 

 

「いっ、一緒に魔法少女をやりましたァァッーー!!」

「……? ――!! ――――!!??」

 

 盛大に自爆した。シェムハザさんは語彙力を失った。

 

 

 次の日、アザゼル先生から「シェムハザが何か悩みがあるのか、って妙に優しいんだが…」とどこか怖々とした様子で聞いてきたけど、そっと目を逸らしてしまった。一応、「ロボのことは誤魔化しておきました」とだけ伝え、俺もしばらくはアザゼル先生に優しくしようと心に決めたのであった。

 

 


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