えりち編のクライマックスです!
7話以降に織り交ぜていたフラグを、怒涛の勢いで回収いたしました。
上手く纏められている自信は全く無いのですが…。
矛盾やおかしなところは温かい目で見てくれると助かります。
そして、この12話、スクロールの量の割に文字数が少ないです。
それでも6600文字ちょいなんですが…。
それでは、どうぞ。
カレンダーの示す日付は7月12日。
時計の示す時刻は16時38分。
スタジオ内を全力で駆け回る
視線を360度全方位へと回さんばかりの勢いで首を動かし、あの
(―――絵里がいそうな場所…)
絵里を探す、という、オンリーワンでナンバーワンの理由のために、柊哉は体を限界まで動かす。
可能性をひとつずつ考察し、潰して、場所を探す。
足も頭も止めることは無い。4分間稼動しっぱなしだ。
―――そして行き着いたひとつの可能性。
本当にいるかどうかの確率は、多分30%もない。ただ単に、状況に合っている、というだけで選んだだけの選択肢。
確率論も何も関係ない。柊哉の直感と勘が、そこかもしれない、と
しかし、柊哉はその勘こそを信じて、走るペースを上げた。
「…いる『らしい』んなら、真っ先にそこを疑うだろ…!!」
眠気のせいか、はたまた興奮しているからなのか、頭で考えていたことが言葉に漏れ出てしまう。
やっべ、俺、そろそろ寿命かも、と柊哉は苦笑をひとつ。
(…まぁ、実際ほんとに辛いんだけどな)
そもそもの体調が最悪のコンディションなのだ。
無理をしているのはこちらのほう、死にそうになったところでしかたがない。
でも、今はやめて欲しい。
絵里を悲しませるから。
体の不調を左回し蹴りで蹴倒して、柊哉は最後の長い廊下を駆けた。
ダダッ、という音すら置き去るようなスピードで、只ひたすらにまっすぐ、進む。
それにあわせて、廊下の壁に書いてある数字が、1、2、3と徐々に大きくなっていく。
その数字が6になったとき、柊哉は両足にブレーキをかけて急停止。
そして、流れるように左へターンすると、目の前のドアをほとんど無意識に開け放った。
ガシャン、という重金属の音が、煌々と明かりのついた部屋の中に響き渡る。
ドアに手をついて、はぁ、はぁ、と上がりまくってる息を整え、柊哉は前を向く。
果たして、そこには。
「――――――…見つかっちゃった」
柊哉の読み通り。
まるで
自分の足で。
彼女はセリフとともに、トレードマークの金髪ポニーテールを揺らしてこちらを振り返る。
(…やっぱ、絵里って美少女だよなぁ…)
その立ち姿に、柊哉はどうしても見惚れてしまう。
場違いだとは分かっていても、可愛い、美しいと思わずにはいられなかった。
最後の審判を受ける直前の女神。
柊哉の心中で、そんな言葉が泡となって、浮かんで、膨らんで―――…消えた。
パン、と泡が弾ける音と、自分が
柊哉は少しだけ感じた感傷と共に、セリフを返した。
「…見つけたよ…あぁ、くそっ、もっと早く気づいときゃ良かった…」
歯噛みして地団駄を踏もうとする柊哉は、だが唐突な
やはり体はもうとうに限界を超えていたらしい。
本当に眠たい。今すぐブッ倒れて、楽になりたい。
そんな弱音が、いつの間にか柊哉の
ああ、なんて情けないのだろうか。
こんなに弱い自分のまま、絵里を「救う」などと抜かしていたのか。
柊哉は不甲斐無さをエネルギーに
そんな柊哉の姿を見たからなのか、絵里は沈痛な表情になって、そっと目を伏せて
そして、震えそうになるのを懸命にこらえたような、そんな声音で、質問して来た。
「―――…ねぇ、柊哉…何をしたら、そんな姿になるの…?」
(―――まぁ、そりゃ聞きたくもなるよなぁ…)
その質問は、実際のところ、柊哉には予想の
そりゃそうだ。誰だって、この姿を見たら何があった、と心配するだろう。
それだけのことをやってきたのだから。
だから柊哉は、嘘も妄想も、誇張表現も用いず、ただ事実だけを答えた。
「―――…2日間完徹してた。理事長に土下座して絵里の仕事を減らしてもらって、スタジオの社長に土下座してマネージャー就任を伝えて、
「―――…っ!!!」
その言葉を言い終わるか終わらないか、絵里は俯いていた顔を、勢いよく上げる。
そして、怒りすら見える、責めるような瞳で、こちらを見据えた。
「………………」
ロシアの血が入った絵里の、透明なアクアマリン。
柊哉はそれに、
睨まれて当然だ。
絵里は理不尽なんかではない。理不尽は
誰にも言わず、突如消えたと思ったら、死にそうな体で現れる。
残された人々の後悔、悲しみなんて全く、考えてすらいない。
世界は自分中心に廻っているはずなんてないのに。
絵里はそんなワガママな柊哉に向かって、さらに言の葉をかぶせる。
2回目の質問。声は前よりも震えてはいない。
「…だから、あなたは、後ろにいたの…?」
その、軽すぎるといえば軽すぎる問いかけに、柊哉はただ横を向いて、頷いた。
絵里の、はっ、と息を呑む音が聞こえた気がする。
「後ろにいた」、というのは、表現としては間違っていない。
というのも、柊哉はこのMV撮影で、ずっと後ろで、―――
撮影の始まる2時間前、11時には会場入りして、スタンバイ。
昼飯を食うヒマもなく、スタジオの社長に土下座して、マネージャー就任を伝えて、DJの急変更を謝った。
スタッフに挨拶して、制服から着替えて、DJのキャラ作り。
撮影が始まると、柊哉はμ’sと会話できないもどかしさを抱えつつも、仕事をこなし。
休憩時間に、絵里のセリフで
そのまま二言三言だけを交わして、撮影を終わらせ、マネージャーとしてバスの手配。
そして、彼女たちを出迎え、後押しされて、廊下を全力疾走して、絵里を発見する。
これが今日の、11時からの柊哉の動きだった。
そしてこれを、質問に答えるために、全部、
絵里には反応がない。綺麗な目を前髪で隠し、何かをこらえるように、下を向いていた。
とはいえ、まだ質問は終わっていないらしく、ほとんど呟くように、次の問いをかける。
「―――じゃあ、その前は…?」
会話の順番からいけば至極真っ当なその問いに、柊哉は虚勢と胸を張って答えた。
「DJのスキルを友人に習ってた。…昔やってたとはいえ、3年もしてないと只の素人だしな。夜10時から朝7時まで頑張ったぜぇ」
これも全く嘘を含んでいない。
自分が、彼女らをフォローするには力不足だと感じたから、友人―――
その代償として、多大なる「睡眠時間」を奪われただけのことだ。
そう、ただ、それだけのことなのだ。
柊哉にとっては、少なくともそうだった。
―――だが。
―――柊哉にとって、そうだからといって。
―――絵里にとって、そんなわけがあるはずもなく。
「…どうして」
ぽつり、と。
呟かれた言葉。
震えていた。
糾弾していた。
―――怯えていた。
「…どうして…?」
唇から紡がれる。
端から零れるように。
何かが破れたように。
―――柊哉を、突き刺すように。
「…どうして、あなたは無理をしたの!!?」
ついに声が荒ぶった。
一昨日、決別しかけたときと全く変わらない声音。
まるで詰問しているようでもありながら、逆に悲痛に叫んでいるようにも聞こえる、聞くとどうしようもない哀愁の漂う声。
柊哉は、絵里のその声色に対しては何も言わない。
―――分かった上で何も言わないようにしている。
言ったところで、絵里の苛立ちを止めることにはならないから。
だが絵里は、逆に柊哉が黙っているのにいらだったのか、声のキツさを更に上げて、感じたままの疑問を、柊哉に向かって投げかけてきた。
「―――私があの時言ったこと聞いてなかったの!?…貴方は
「………………」
「…なのに、それなのに…!」
「………………」
「…貴方は、私の仕事まで受け持って、私以上に無理をして…!!」
「………………」
「―――…貴方が、私の全部を、肩代わり出来るわけ、ない、でしょう…っ!!」
その声は、次第に熱を帯び、湿っぽさを帯びて、感情を帯びていった。
ダメだ。
柊哉は涙で濡れた絵里のその声を聞いて思う。
こっちまで泣きそうになってしまう。
その悲痛さに涙を零しそうになってしまう。
これ以上聞いてはいられない。
きっと聞いたら、大の男が美少女の前でカッコ悪いところを見せてしまう。
だから柊哉は、その声にわざと冷静な声音をかぶせた。
悲しみの感情を必死に押し殺して、取り繕ったような声を作って。
「…そうだよ。俺ひとりじゃ絶対に肩代わり出来ない。マニュアル作んのだって、もし俺しかいなかったら今ここにいられないし」
「…だから、他人に頼ったの…!?」
「………ああ。ひとりじゃなくても、何人かなら一緒に支えられるだろうしな」
「―――…じゃあ、どうして…?」
「ん?」
「…どうして、貴方はそんなに、辛そうになるまで、寝るヒマもなく、動いたの…っ!?」
「………………」
「…貴方がそこまでする必要性は無いでしょう…!?ひとりじゃないのだから…!…なのに、どうして…!」
「―――分かんないかねぇ」
痛ましげに、柊哉に疑問を浴びせる絵里を、柊哉は静かな声音で静止させる。
そして声から冷静さを少しだけ捨てて、ありったけの真剣味をこめる。
その言葉だけは、絶対に届けて見せる、という強い気迫も隠し味に。
―――超の字がつくような恥ずかしいセリフを、柊哉は全く怖気づくことなく、だが感じざるをえない恥ずかしさを胸に抱え、
…相手に手渡しで届けるように、右手で頭をかきながら、伝える。
「―――俺は、
瞬間。
涙で濡れた絵里の瞳は、予期せず全開になった。
驚くように、だが気づいたように、柊哉だけを見ていた。
その呆然とした視線を、柊哉はしっかりと受け止め、微笑みかける。
「…別に俺だけで仕事してたわけじゃねぇさ。でも、俺の役回り的にそういうことをしなきゃいけなかったんだ」
「………ほんとに…?」
「ああ。…だから俺のことは気にすんな。絵里のためなら、出来ることは何でもしてやるよ」
「―――………っ…!!!」
「流石に死ぬのは御免だけどな…ちくしょう、今更になって、こんなこと言ってる自分が恥ずかしくなってきた」
「………………」
「…もういいや。今恥ずかしさに構ってる余裕ねーし…それに、だ」
柊哉はここで、言葉を一度切る。
リセットの意味がこもった間を、中間に差し込む。
その間、もう一度視線を下げて、うつむいてしまった絵里に向き合う。
―――そして。
―――柊哉は。
「…前、絵里は言ったよな?『今の私の悩みを、貴方はどう手伝うって言うのよ』、って」
―――今まで見た中で。
―――まるで悪戯っ子のような、一番無邪気な笑顔を見せて。
「答えはこうだ。…『こうやって手伝うよ、何度でも、な』。…だから」
―――絵里の今までの行動を評価するように。
―――あるいはフォローするかのように。
「…ワガママでごめん。でも、俺はお前をちゃんと見てるぞ…絵里!」
―――壁から手を離し、絵里に向かって、手を差し伸べた。
「…っ!!!!」
それに何を感じたのかは知らないが。
柊哉の言葉を聴いた絵里は。
まるで足の力が抜けたように、6番スタジオの床にへたり込んだ。
もう本当に、ぺたん、という擬音が似合うほどに。
「―――おい、大丈夫か、絵里?」
それを見た柊哉は、老体に鞭打ち、速攻で傍に駆け寄り、心配の声をかける。
彼女を心の底から心配して。
その相手。
暫し固まって、スタジオの一点を凝視していた絵里は、やおら柊哉の方を向くと。
「―――…変に、カッコ、つけないで…バカ柊哉…また、泣いちゃったじゃない…」
柊哉に、自然と出たような、でもとびきり可愛い微笑みを魅せて。
そのロシアンブルーの瞳を
そのまま、流れるように、その端整な顔を、柊哉の胸へと埋める。
「…おい、絵里っ?」
柊哉は突然の行動に驚く。
声が裏返ってしまった。体が一瞬硬直してしまう。
だが、彼女の静かな嗚咽が聞こえて来ると、途端に大人しくなった。
絵里のなすがまま、胸を貸して、涙が乾くのを待つ。
―――不意に上を向いた柊哉は、小さく、絵里にだけ聞こえるように、言葉を付け加えた。
「―――…ったりめーだ。カッコつけて生きる、それが俺だぜ」
涙。
笑み。
そして、和解。
3つを同時に味わった柊哉は、言い知れない満足感と共に、瞼を閉じる。
そして、気持ち優しげに忍び寄る睡魔に、身を委ねて、意識を落とした。
―――その寝顔には、やりきった、という。
―――
―――湛えられていたのかも、しれない―――。
★
泣いて。
泣いて。
泣き続けて。
泣き疲れて。
絵里は柊哉の胸から離れた。
もっと正確に言えば、ようやく泣き過ぎたことに気づいた。
(…すこし、泣きすぎた…)
目を左手でくしくしとこすって、目の端で行き場をなくした涙をふき取る。
それは指に触れると同時に皮膚にしみこんで、力を入れすぎた両手を冷やした。
その冷たさが脳にまで伝達したのか、絵里は冷静を取り戻す。
随分長い間、泣いていたらしい。
柊哉のシャツの胸元には大きなシミがある。
ちょうど、絵里の顔があった辺りだ。泣いているときは気にならなかったが、いざ離れてみると、そのシミは否が応でも目に入るほど大きい。
そして。
そのシャツの持ち主である柊哉は、何も言わず、ただ目を閉じていた。
絵里が泣いている途中で寝オチしてしまったらしい。
「…何も寝ることは無いでしょう」
両手を後ろの床につき、まるで上体を反らすような格好で眠る柊哉の姿に。
自分の真剣な気持ちを浴びてなお、まどろむことが出来る豪胆さに。
絵里は最早呆れるほか無い。
彼のデリカシーのなさに。
でもどうしてか、嫌な気持ちは全くしなかった。
何故か。
理由は、彼の表情にあった。
「―――でも、すごく嬉しそう」
彼の眠る表情は、やりきってやったぜ、と雄弁に語っていた。
右の口角が少し上がり、ニヒルに微笑むような、そんな顔だった。
絵里は頬を緩める。
自分も嬉しかったから。
柊哉のやってきた苦労が報われたことが、たまらなく嬉しかったから。
絵里は彼の隣にしゃがみこむと、彼の頬を、その白魚のような手で撫でる。
そして、今まで溜め込んでいた気持ちを、柊哉の眠る今、伝えようと、唇を開いた―――。
★
―――ねぇ、柊哉。
―――今だから言えることがあるの。
―――あのときの、柊哉のことば。
―――『絵里が何か抱えてるんなら、俺は相談に乗るし、一緒に手伝うぞ?』
―――昔の私はきつく当たって、拒絶しちゃったけど。
―――今の私は…。
―――…そうね、ああ、なんでオッケーしなかったんだろう、って、後悔してるわ。
―――何でかって?
―――…少しは自分で考えて頂戴?ほら、5秒あげるから。
―――5、4、3、2、1…はい、時間切れ。
―――どう?答えは出た?
―――ふふ、分かんないか。
―――じゃあ、ヒントをあげる。
―――とびっきりのヒントを、ね。
―――今だから言える、今しか言えないヒント。
―――ねぇ、柊哉。
―――…助けてくれて、ありがとう。
―――…私と、一緒に、悩んでくれて、ありがとう。
―――ずっと言いたかった、ずっと言えなかった…これが、私の真剣な気持ち。
―――はい、ヒントはこれでおしまい。
―――2度も言わないわよ?
―――さあ、答えは、何かしら?
いかがでしたでしょうか?なんともいえないでしょう?
…まぁ、クライマックスらしい、と言っていただければ幸いです。
あと今回の話の主人公、後半死ぬほどカッコいい奴になってしまいました。
わが主人公ながら戦慄の一言。
感想、アドバイス、ご指摘など、心からお待ちしています。
さて、次は恐らく後日談です。小数点つきかな…。
13話からは新しいヒロインの物語をしていきます。
くじ引きして決定します…多分あの人になりそうですが。
それでは、また、次の話で!