ひとりひとりと、女神と人と。~改訂作業中~   作:M崎

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 今回もキツキツでしたが投稿できました…。
 それでは、どうぞ!

 ※7月9日追記

 雫石先生は、アニメ1期8話のあの先生に、私の独断で勝手に名前を付けさせていただきました。


18話

 そして日付は流れ。

 7月16日、木曜日。

 

 

 前日の晴天がウソのような、ザーザー雨降りの天気の中。

 神城柊哉(かみしろしゅうや)は、音ノ木坂学院に来て初めての日直をすることとなった。

 日誌の表紙に書いてある「日直の仕事」の欄とにらめっこして、これから自らのすべき仕事をひとつひとつ読み上げていく。

 

 「―――…えーっと、日直の仕事はー、朝と帰りの司会してー、黒板消してー、日誌書いてー、日直の引継ぎしてー、放課後に教室の掃除してー…うん、安津(前の学校)とほとんどおんなじ仕事ってわけかー」

 「………………」

 「不備があったら翌日も、ってくだりも一緒だし…ま、普段通りにやれってことだね」

 「………………」

 「…そういうこったろ、海未(うみ)?」

 

 だがその声に相方が反応しないので、柊哉はわざと相方―――海未のほうを向いて、話を振った。

 顔をそちらに向けて、自分は海未(あなた)に話しかけているのだ、と確実に分かるように。

 そのわざとらしさに、海未はしぶしぶといった感じで言葉を返す。

 

 「―――それで大まかには間違っていませんよ。あとはいくつか、先生からの仕事をこなすだけです」

 「りょーかいっと。ありがとなー、海未」

 「仕事はちゃんとしてくださいね?」

 「そりゃあもちろん、海未の頼みとあらば」

 「―――はぁ、そういうこと言うのはやめてください…」

 「いや、真面目にするよ?流石に仕事放り投げたりはしないからね?俺がそんなに軽い奴に見える?」

 「思いっきり見えますね」

 「嘘デショ?」

 

 (―――うん、いつものごとく塩対応だなぁ)

 

 海未のにべもない反応に、柊哉はガクリと膝をつく。

 海未はまだ柊哉に対して少し冷たい。ストーキングのときのあのかわいらしさなどまるでなかったかのように、淡々と応対している。

 しかし。

 

 (…まぁ、前に比べたら全っ然マシだけどさ…)

 

 このような対応でも、まだ会話は増えたほうなのだ。

 なんせ2週間前など、2人が会話をするほうが珍しい、という言葉さえもらったのだから。

 当時、海未はよほど自分のことが嫌いなんだな、と涙をこぼしたほどだ。

 

 そんな海未と、言葉少なとはいえ話を共有することが出来ている。

 その事実さえあれば、柊哉は今の海未の冷たさも平気だった。

 

 だから柊哉はいたって平穏な声音で、海未に声をかける。

 業務連絡だからなのか、今度はしぶしぶといった感じではなく、海未も普段通りに言葉を返してきた。

 

 「…んじゃあ、仕事すっかー。海未、日誌は取って来てるー?」

 「はい、取って来ていますよ、柊哉さん」

 「おお、でかした海未ちゃん!!」

 「…ですが!…柊哉さん、この日誌がどこにあるのか分かっていますか?次に日直になったとき、取りに行くことができますか?」

 「お前は俺の母親かっての。…まぁ、それの場所ぐらいは分かるさ。職員室の地味ーな棚の上だろ?あの、暴徒的体育教師の近くにあるやつ」

 「…暴徒的体育教師って、髪を上で結んでいる雫石(しずくいし)先生のことですか?」

 「その先生。…あの人俺がおちょくるとすぐ竹刀で殴り掛かってくるからな…それでも、ちゃんと周りに気を利かせるし、いい先生なんだけどさ」

 「確かに…そうですね。ことりが一時期、作詞に悩んでいて落ち込んでいたときも、1番最初に『大丈夫か?』って声をかけていました」

 「やっぱし、俺の思った通りだ。…で、その雫石先生の後ろにあんのが、日誌の入った棚だろ?」

 「―――よく分かりましたね。知ってたんですか?」

 「初日、男子トイレを探し回ってた時にめっけたんだよ」

 「経緯が世知辛いですね…」

 

 自慢げに語る柊哉に、海未は冷静にツッコんだ。

 そのツッコミに対して、柊哉は口を尖らせて抗議するも、すぐに話題を変える。

 

 「うるへー。…っつうか、そんなことよりも、日誌書いた?」

 「え、今書くのですか?普通は帰りに書くものなのでは…?」

 「いいじゃん、今のうちに書いとこうぜ。そのほうが早く練習に参加できるだろ」

 「この大雨の中では、屋上で練習なんて出来ませんよ?…前に穂乃果(ほのか)が雨の中で倒れて以来、雨天の場合は練習しないということで決まっていたので…」

 「あれま…」

 「しかし、本当に今日の練習はどうしましょうか…絵里(えり)に一度相談してみて、対応を検討しなければ…」

 

 「…講堂なら………ですがあそこは…」と呟いて、本当に対応を検討し始める海未。

 その双眸はここではないどこかを見つめているかの如く。

 やはり練習がしたいのだろう。練習場所を見つけたいようだ。

 

 (練習熱心だねぇ。…ま、俺も、裏方として責務を果たそうじゃあないか)

 

 柊哉はその姿にひとつ苦笑を零すと、おもむろに制服のポケットへと右手を滑り込ませる。

 そして、綺麗に4つ折りにされた、1枚の紙を取り出した。

 

 「―――こんなこともあろうかと」

 「?…柊哉さん、それは…っ!?」

 

 その紙を海未の前でゆっくりと開く。

 そこには、「ライブハウス・4444(カルテット)」の文字と、「使用許諾」の文字が燦然と輝いていた。

 しかも、コンピューターの文字ではなく、今時珍しい手書きの文字だ。

 ドヤ顔の柊哉に、海未はツッコミも忘れて疑問を浴びせる。

 

 「にゃはは、備えあれば憂いなし、ってなー」

 「ライブハウスを借りて来たんですか…!?いつの間に…?」

 「昨日天気予報で『明日大雨です』って言ってたからな。それに1ヶ月後にゃ新入生歓迎会があんだろ?練習は一応しといたほうがいいじゃーん」

 「で、ですが、この規模のライブハウスを借りるのは、そう簡単なことではないはずです!!…いったいいくらかかったんですか、柊哉さん!?」

 「んな大した金額じゃねぇさ。実質無料(タダ)だしな。支配人(オーナー)もそれがいいらしいし」

 「―――どうして借りることが出来たのですか?」

 「俺のツテ、昔の(よしみ)さ。…それに、支配人(オーナー)μ’s(あなたたち)のファンなんだよ。μ’sが行くっつったら快く貸してくれたわけだ」

 

 そう。

 柊哉が「4444(カルテット)」を借りられたのは、経営する柊哉の友人が、同じμ’sファンだったことが大きいのだ(ちなみに絵里推しだった)。

 だから先日ストーカーを撃退した後、柊哉が穂乃果を連れてふらりと立ち寄り頼んだところ、もう「刹那」としか言いようのない速さで貸し出しが決まった。

 簡単に説明すればそれだけだ。

 

 と、柊哉はその辺の理由も、ストーカーのところ以外は海未に包み隠さず説明した。

 海未もその説明を聞いて何か思うところがあったのか、納得した表情を見せる。

 

 「そうなんですか…分かりました。なら、この学級日誌は今のうちに書いておいたほうが良さそうですね」

 「おおよ!掃除終わらせて、さっさと行こうぜ」

 「…柊哉さんと一緒に、ですか?」

 「当たり前だろ?…え、もしかして嫌?」

 「―――…僭越(せんえつ)ながら…」

 「うおぉぉぉぉぉい!?」

 

 予想外の方角からの返答に、柊哉は驚いて飛び上がり、またも抗議しようとした。

 しかし海未は既に聞く耳を持っていない。すまし顔でカリカリとペンを走らせている。

 

 (―――ったく)

 

 柊哉はその海未の、いつものような塩反応を見て、小さく、本当に小さく、笑った。

 

 

 

                    ★

 

 

 

 その後も柊哉と海未は、順調に日直の仕事をこなしていった。

 この調子でいけば翌日の日直は別の人になることだろう。仕事を残すことはなさそうだ。

 最後まで気は抜けないが、いくらか安心して明日を迎えることが出来る。

 

 

 

 そんなこんなで迎えた放課後。

 

 「………………」

 

 柊哉は教室で、ひとり黙々と掃除に励んでいた。

 

 (…くそ、何故に俺が掃除せにゃならん…)

 

 箒で教室中を掃き、終われば窓を雑巾とモップを使って拭く。

 黒板を丁寧に磨き上げ、終われば教室中の机を整頓して回る。

 その掃除する姿はもはや機械的だ。

 マニュアル通りに動き、仕事を達成して帰還するロボットのように、柊哉は掃除をする。

 

 (―――わぁー、もう!!4444(カルテット)16時30分(四時半)からしかとってないのにぃ!!急がなければー!!)

 

 しかし案の定、その心中は焦り、叫んでいた。

 

 

 

 

 

 実は本来ならば、この掃除はクラスの美化係の仕事であった。

 つまり日直の責務ではない。純然たる無関係の仕事だ。

 当然柊哉と海未も、日誌を提出した後、そのまま4444(カルテット)へと向かおうとした。

 

 しかし日誌を提出した直後、2人は担任の山田先生に呼び止められた。

 何事かと素直に話を聞くと、先生は、

 

 『―――…今日、美化係の本間(ほんま)さんが休んじゃったから、教室の掃除をする人がいないのよ…。日直の神城くんと園田さん、お願いできる?』

 

 と、柊哉と海未に美化係の代わりに掃除をしてほしい、と頼んできた。

 

 おそらく普通なら、この頼みには肯定の返事を返していただろう。

 しかし今日、2人には外せない練習がある。

 ライブハウスを借り切ってしまったのだ。時間を破ることなど出来はしない。

 

 柊哉は「すいませんが…」とその誘いを断ろうとした。

 残念ながら、断るだけの理由を持ち合わせていた。

 

 だがそこで、先生からさらに待ったがかかる。

 

 『―――時間は10分もかからないから…』

 

 その懇願につられるように、柊哉が腕時計を確認すると、示す時刻は15時57分。

 

 『『…………………』』

 

 柊哉は思わず海未と顔を見合わせた。

 これなら10分間働いても、ライブハウスには間に合うだけの時間が残る。

 それでは、少しくらい手順が増えたところで、支障はあまり出ないのではないか。

 

 そう、決断があやふやになりかけている柊哉に、先生はトドメを差し込んできた。

 

 『―――…私今日、神城くんの前の学校に行って、理事長さんに挨拶してこなくちゃいけないのよ…だから、お願い?』

 

 

 

 

 かくして柊哉は、教室の掃除をすることとなったのだ。

 そして海未も、同じ日直ということで、同じように掃除をすることとなった。

 

 今この場にいないのは、単純にほかのμ’sメンバーに遅れることを伝えに行ったからだ。

 別にサボタージュを敢行された、というわけではないだろう。海未の性格上、サボるということは絶対にないはずだ。

 

 (…ないよな?)

 

 柊哉は海未の好感度に疑問を持ちながら、3枚目の雑巾に手を伸ばす。

 すると突如扉がガラッと開いて、件の海未が帰って来た。

 

 「―――遅くなりました」

 「おう、全然いいよ。もうすぐ終わる」

 

 頭を下げる海未に、軽く言葉を交わして、柊哉は掃除を続ける。

 今しているのは窓拭きだ。おかげで外の様子がすぐにわかってしまう。

 

 外は土砂降りの大雨。まだ16時過ぎだというのに、空は墨を垂らしたかのように真っ黒だ。

 おかげで人工灯の光が目立ってしまい、空気がよけい無機質になる。

 どこか憂鬱な気分に囚われる。

 さらに、何もしなくても聞こえるドザアァァァァァァという雨音は、聞きようによっては美しく、聞きようによっては残酷に、天然のエコーになって心を震わせていた。

 言葉に表すなら、「切なく響く」だろうか。

 雨が大声で叫んでいるかのようで、ふとしたら消えてしまいそうで。

 アスファルトに叩きつける雨粒ひとつひとつが、まるで愛別離苦を訴えているかのようで。

 雨が嫌い、という人の気持ちは痛いほど分かってしまう。

 そうなると襲い来るのは静寂と寂寥だけだから。

 

 そんな怖いくらいの「静けさ」と「(わび)しさ」に囲まれて、柊哉は暫し無言で手を動かす。

 憂鬱に心が支配される前に、掃除を終わらせて、海未と会話するために。

 ライブハウスへ行って、音の女神の神々しさを見届けるために。

 

 (…寂しい、なんて、今の俺にそんなことを思う心の余裕はねぇよ)

 

 柊哉は、自らを支配しようとやって来る憂いに、心の中で悪態をつく。

 とりあえず、まずは窓拭きを終わらせなければならないのだ。

 いちいちその程度で寂しがっていたら、窓拭きが出来ないし、終わらない。

 

 「………………」

 

 ―――と、ここで柊哉は、拭く窓に映る海未が、何もしないで佇んでいるのを見つけた。

 いったいどうしたのだろうか。

 柊哉は直接確認しようと、いったん手を止めて、そちらを振り返る。

 

 「…おーい、どしたー?…雑巾なら俺がいくらでも持ってるから、やるぞー?」

 

 最初、柊哉はその立ち姿が、掃除道具を見つけられていなかったからだと考えていた。

 だから善意で、雑巾を海未に向かって差し出して、言葉をかけた。

 掃除をしようかと、すぐ後ろに居座る憂鬱から逃げるように。

 

 

 ―――だが、柊哉はすぐに、その行動が間違っていたと悟ることになった。

 

 

 「―――…いえ、大丈夫です」

 

 その手をとらなかった海未は、目を伏せて、閉じたドアのそばに立っていた。

 いつもと同じように、背筋をピシッと伸ばして、凛とした立ち姿で、佇んでいた。

 

 「――――――」

 

 柊哉は息を呑んだ。

 もちろんその美しさにも、だ。

 大和撫子を体現したかのような、生粋の美少女に。

 

 しかし、柊哉はもうひとつ。

 

 

 彼女の「()()」に、静かに息を呑んだ。

 

 

 (―――…んだよ…その姿は…)

 

 あまりにも所在なさげだったから。

 触れれば消えてしまいそうだったから。

 …先程見ていた雨粒のように―――寂しそうだったから。

 

 すっかり黙り込んでしまった柊哉に、海未は思いつめたような表情で語りかけてきた。

 

 「―――柊哉さん…少し、聞きたいことがあります」

 

 どうやら海未は質問があるらしい。

 しかも恐らく、その質問はとても重要で、必ず聞かなければならないような質問のはずだ。

 その切羽詰まったかのような横顔を見ればすぐに分かる。

 

 ―――だがほんのわずかに声が震えていた。

 

 (…無理すんなっての…)

 

 柊哉は意識して静かに微笑み、出来る限り海未を安心させようと努める。

 不器用ながらも、大丈夫だ、大丈夫だ、と、繰り返し、手に取るように。

 

 それで海未も少し落ち着いたらしい。声は相変わらず震えているが、小さく深呼吸すると、続きを話してくれた。

 

 「―――…柊哉さんは、5日ほど前、この教室にいましたよね?」

 「………ああ。いたよ」

 「そのとき…電話をかけていましたか?」

 「―――…かけたな。…つうか、なんでそのことを知ってる?」

 「…すいません、その時の電話を、私盗み聞きしてしまいました…」

 「あの時の気配は海未だったのか…」

 

 海未の話をもとに、柊哉は当時のことを記憶から掘り当てる。

 つい6日前、7月10日のこと。

 確かに柊哉はあの時、この2年2組教室で友人に電話をかけていた。

 理由はとある少女を助ける策を放つため。

 そのために、柊哉は友人に電話をつないで、あるお願いをしていた。

 

 そしてその間じゅう、ずっと柊哉を監視しているかのような目線があったのだ。

 

 その目線の正体が海未だったらしい。

 柊哉は6日来の出来事の新事実に驚く。

 

 しかしその驚きは、海未が場を切り替えるように放った一言で、すぐに霧消した。

 

 「―――今回、私が聞きたいのは、その電話の内容についてです」

 「…ほう」

 「その電話の中で、私はひとつだけ、どうしても気になってしまう一言があります…」

 「………………」

 

 (―――俺の、一言?)

 

 その中に、柊哉は非常に気になる文言を見つけた。

 だがそれ以上に慎重な柊哉は、ぐっと疑問をこらえて、無言で次を促す。

 

 海未もその視線を受けて、粛々と言の葉を集めていく。

 

 「…単刀直入に聞きます」

 「………………」

 

 

 その一言が、海未の口から放たれると同時。

 

 

 何もかもが遅く感じてしまうような沈黙が、場をじんわりと満たした。

 

 

 その沈黙に、聞かれた柊哉だけではなく、問うた海未すらも戸惑ってしまう。

 

 

 しかし海未は、その困惑を引き連れたまま、その「質問」を問うた。

 

 

 ―――黒く主張する雨空に対抗するかのような、澄んだ群青の問を。

 

 

 

 ―――『大丈夫、あいつは俺が助けっから。任しときぃ☆』

 

 

 

 「―――あの日、柊哉さんは…誰を、助けたんですか?」

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか?

 次の19話ももうちょっとシリアス、途中から日常パートになるかもしれません。

 それでは、また19話で。

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