それでは、どうぞ!
※7月9日追記
雫石先生は、アニメ1期8話のあの先生に、私の独断で勝手に名前を付けさせていただきました。
そして日付は流れ。
7月16日、木曜日。
前日の晴天がウソのような、ザーザー雨降りの天気の中。
日誌の表紙に書いてある「日直の仕事」の欄とにらめっこして、これから自らのすべき仕事をひとつひとつ読み上げていく。
「―――…えーっと、日直の仕事はー、朝と帰りの司会してー、黒板消してー、日誌書いてー、日直の引継ぎしてー、放課後に教室の掃除してー…うん、
「………………」
「不備があったら翌日も、ってくだりも一緒だし…ま、普段通りにやれってことだね」
「………………」
「…そういうこったろ、
だがその声に相方が反応しないので、柊哉はわざと相方―――海未のほうを向いて、話を振った。
顔をそちらに向けて、自分は
そのわざとらしさに、海未はしぶしぶといった感じで言葉を返す。
「―――それで大まかには間違っていませんよ。あとはいくつか、先生からの仕事をこなすだけです」
「りょーかいっと。ありがとなー、海未」
「仕事はちゃんとしてくださいね?」
「そりゃあもちろん、海未の頼みとあらば」
「―――はぁ、そういうこと言うのはやめてください…」
「いや、真面目にするよ?流石に仕事放り投げたりはしないからね?俺がそんなに軽い奴に見える?」
「思いっきり見えますね」
「嘘デショ?」
(―――うん、いつものごとく塩対応だなぁ)
海未のにべもない反応に、柊哉はガクリと膝をつく。
海未はまだ柊哉に対して少し冷たい。ストーキングのときのあのかわいらしさなどまるでなかったかのように、淡々と応対している。
しかし。
(…まぁ、前に比べたら全っ然マシだけどさ…)
このような対応でも、まだ会話は増えたほうなのだ。
なんせ2週間前など、2人が会話をするほうが珍しい、という言葉さえもらったのだから。
当時、海未はよほど自分のことが嫌いなんだな、と涙をこぼしたほどだ。
そんな海未と、言葉少なとはいえ話を共有することが出来ている。
その事実さえあれば、柊哉は今の海未の冷たさも平気だった。
だから柊哉はいたって平穏な声音で、海未に声をかける。
業務連絡だからなのか、今度はしぶしぶといった感じではなく、海未も普段通りに言葉を返してきた。
「…んじゃあ、仕事すっかー。海未、日誌は取って来てるー?」
「はい、取って来ていますよ、柊哉さん」
「おお、でかした海未ちゃん!!」
「…ですが!…柊哉さん、この日誌がどこにあるのか分かっていますか?次に日直になったとき、取りに行くことができますか?」
「お前は俺の母親かっての。…まぁ、それの場所ぐらいは分かるさ。職員室の地味ーな棚の上だろ?あの、暴徒的体育教師の近くにあるやつ」
「…暴徒的体育教師って、髪を上で結んでいる
「その先生。…あの人俺がおちょくるとすぐ竹刀で殴り掛かってくるからな…それでも、ちゃんと周りに気を利かせるし、いい先生なんだけどさ」
「確かに…そうですね。ことりが一時期、作詞に悩んでいて落ち込んでいたときも、1番最初に『大丈夫か?』って声をかけていました」
「やっぱし、俺の思った通りだ。…で、その雫石先生の後ろにあんのが、日誌の入った棚だろ?」
「―――よく分かりましたね。知ってたんですか?」
「初日、男子トイレを探し回ってた時にめっけたんだよ」
「経緯が世知辛いですね…」
自慢げに語る柊哉に、海未は冷静にツッコんだ。
そのツッコミに対して、柊哉は口を尖らせて抗議するも、すぐに話題を変える。
「うるへー。…っつうか、そんなことよりも、日誌書いた?」
「え、今書くのですか?普通は帰りに書くものなのでは…?」
「いいじゃん、今のうちに書いとこうぜ。そのほうが早く練習に参加できるだろ」
「この大雨の中では、屋上で練習なんて出来ませんよ?…前に
「あれま…」
「しかし、本当に今日の練習はどうしましょうか…
「…講堂なら………ですがあそこは…」と呟いて、本当に対応を検討し始める海未。
その双眸はここではないどこかを見つめているかの如く。
やはり練習がしたいのだろう。練習場所を見つけたいようだ。
(練習熱心だねぇ。…ま、俺も、裏方として責務を果たそうじゃあないか)
柊哉はその姿にひとつ苦笑を零すと、おもむろに制服のポケットへと右手を滑り込ませる。
そして、綺麗に4つ折りにされた、1枚の紙を取り出した。
「―――こんなこともあろうかと」
「?…柊哉さん、それは…っ!?」
その紙を海未の前でゆっくりと開く。
そこには、「ライブハウス・
しかも、コンピューターの文字ではなく、今時珍しい手書きの文字だ。
ドヤ顔の柊哉に、海未はツッコミも忘れて疑問を浴びせる。
「にゃはは、備えあれば憂いなし、ってなー」
「ライブハウスを借りて来たんですか…!?いつの間に…?」
「昨日天気予報で『明日大雨です』って言ってたからな。それに1ヶ月後にゃ新入生歓迎会があんだろ?練習は一応しといたほうがいいじゃーん」
「で、ですが、この規模のライブハウスを借りるのは、そう簡単なことではないはずです!!…いったいいくらかかったんですか、柊哉さん!?」
「んな大した金額じゃねぇさ。実質
「―――どうして借りることが出来たのですか?」
「俺のツテ、昔の
そう。
柊哉が「
だから先日ストーカーを撃退した後、柊哉が穂乃果を連れてふらりと立ち寄り頼んだところ、もう「刹那」としか言いようのない速さで貸し出しが決まった。
簡単に説明すればそれだけだ。
と、柊哉はその辺の理由も、ストーカーのところ以外は海未に包み隠さず説明した。
海未もその説明を聞いて何か思うところがあったのか、納得した表情を見せる。
「そうなんですか…分かりました。なら、この学級日誌は今のうちに書いておいたほうが良さそうですね」
「おおよ!掃除終わらせて、さっさと行こうぜ」
「…柊哉さんと一緒に、ですか?」
「当たり前だろ?…え、もしかして嫌?」
「―――…
「うおぉぉぉぉぉい!?」
予想外の方角からの返答に、柊哉は驚いて飛び上がり、またも抗議しようとした。
しかし海未は既に聞く耳を持っていない。すまし顔でカリカリとペンを走らせている。
(―――ったく)
柊哉はその海未の、いつものような塩反応を見て、小さく、本当に小さく、笑った。
★
その後も柊哉と海未は、順調に日直の仕事をこなしていった。
この調子でいけば翌日の日直は別の人になることだろう。仕事を残すことはなさそうだ。
最後まで気は抜けないが、いくらか安心して明日を迎えることが出来る。
そんなこんなで迎えた放課後。
「………………」
柊哉は教室で、ひとり黙々と掃除に励んでいた。
(…くそ、何故に俺が掃除せにゃならん…)
箒で教室中を掃き、終われば窓を雑巾とモップを使って拭く。
黒板を丁寧に磨き上げ、終われば教室中の机を整頓して回る。
その掃除する姿はもはや機械的だ。
マニュアル通りに動き、仕事を達成して帰還するロボットのように、柊哉は掃除をする。
(―――わぁー、もう!!
しかし案の定、その心中は焦り、叫んでいた。
実は本来ならば、この掃除はクラスの美化係の仕事であった。
つまり日直の責務ではない。純然たる無関係の仕事だ。
当然柊哉と海未も、日誌を提出した後、そのまま
しかし日誌を提出した直後、2人は担任の山田先生に呼び止められた。
何事かと素直に話を聞くと、先生は、
『―――…今日、美化係の
と、柊哉と海未に美化係の代わりに掃除をしてほしい、と頼んできた。
おそらく普通なら、この頼みには肯定の返事を返していただろう。
しかし今日、2人には外せない練習がある。
ライブハウスを借り切ってしまったのだ。時間を破ることなど出来はしない。
柊哉は「すいませんが…」とその誘いを断ろうとした。
残念ながら、断るだけの理由を持ち合わせていた。
だがそこで、先生からさらに待ったがかかる。
『―――時間は10分もかからないから…』
その懇願につられるように、柊哉が腕時計を確認すると、示す時刻は15時57分。
『『…………………』』
柊哉は思わず海未と顔を見合わせた。
これなら10分間働いても、ライブハウスには間に合うだけの時間が残る。
それでは、少しくらい手順が増えたところで、支障はあまり出ないのではないか。
そう、決断があやふやになりかけている柊哉に、先生はトドメを差し込んできた。
『―――…私今日、神城くんの前の学校に行って、理事長さんに挨拶してこなくちゃいけないのよ…だから、お願い?』
かくして柊哉は、教室の掃除をすることとなったのだ。
そして海未も、同じ日直ということで、同じように掃除をすることとなった。
今この場にいないのは、単純にほかのμ’sメンバーに遅れることを伝えに行ったからだ。
別にサボタージュを敢行された、というわけではないだろう。海未の性格上、サボるということは絶対にないはずだ。
(…ないよな?)
柊哉は海未の好感度に疑問を持ちながら、3枚目の雑巾に手を伸ばす。
すると突如扉がガラッと開いて、件の海未が帰って来た。
「―――遅くなりました」
「おう、全然いいよ。もうすぐ終わる」
頭を下げる海未に、軽く言葉を交わして、柊哉は掃除を続ける。
今しているのは窓拭きだ。おかげで外の様子がすぐにわかってしまう。
外は土砂降りの大雨。まだ16時過ぎだというのに、空は墨を垂らしたかのように真っ黒だ。
おかげで人工灯の光が目立ってしまい、空気がよけい無機質になる。
どこか憂鬱な気分に囚われる。
さらに、何もしなくても聞こえるドザアァァァァァァという雨音は、聞きようによっては美しく、聞きようによっては残酷に、天然のエコーになって心を震わせていた。
言葉に表すなら、「切なく響く」だろうか。
雨が大声で叫んでいるかのようで、ふとしたら消えてしまいそうで。
アスファルトに叩きつける雨粒ひとつひとつが、まるで愛別離苦を訴えているかのようで。
雨が嫌い、という人の気持ちは痛いほど分かってしまう。
そうなると襲い来るのは静寂と寂寥だけだから。
そんな怖いくらいの「静けさ」と「
憂鬱に心が支配される前に、掃除を終わらせて、海未と会話するために。
ライブハウスへ行って、音の女神の神々しさを見届けるために。
(…寂しい、なんて、今の俺にそんなことを思う心の余裕はねぇよ)
柊哉は、自らを支配しようとやって来る憂いに、心の中で悪態をつく。
とりあえず、まずは窓拭きを終わらせなければならないのだ。
いちいちその程度で寂しがっていたら、窓拭きが出来ないし、終わらない。
「………………」
―――と、ここで柊哉は、拭く窓に映る海未が、何もしないで佇んでいるのを見つけた。
いったいどうしたのだろうか。
柊哉は直接確認しようと、いったん手を止めて、そちらを振り返る。
「…おーい、どしたー?…雑巾なら俺がいくらでも持ってるから、やるぞー?」
最初、柊哉はその立ち姿が、掃除道具を見つけられていなかったからだと考えていた。
だから善意で、雑巾を海未に向かって差し出して、言葉をかけた。
掃除をしようかと、すぐ後ろに居座る憂鬱から逃げるように。
―――だが、柊哉はすぐに、その行動が間違っていたと悟ることになった。
「―――…いえ、大丈夫です」
その手をとらなかった海未は、目を伏せて、閉じたドアのそばに立っていた。
いつもと同じように、背筋をピシッと伸ばして、凛とした立ち姿で、佇んでいた。
「――――――」
柊哉は息を呑んだ。
もちろんその美しさにも、だ。
大和撫子を体現したかのような、生粋の美少女に。
しかし、柊哉はもうひとつ。
彼女の「
(―――…んだよ…その姿は…)
あまりにも所在なさげだったから。
触れれば消えてしまいそうだったから。
…先程見ていた雨粒のように―――寂しそうだったから。
すっかり黙り込んでしまった柊哉に、海未は思いつめたような表情で語りかけてきた。
「―――柊哉さん…少し、聞きたいことがあります」
どうやら海未は質問があるらしい。
しかも恐らく、その質問はとても重要で、必ず聞かなければならないような質問のはずだ。
その切羽詰まったかのような横顔を見ればすぐに分かる。
―――だがほんのわずかに声が震えていた。
(…無理すんなっての…)
柊哉は意識して静かに微笑み、出来る限り海未を安心させようと努める。
不器用ながらも、大丈夫だ、大丈夫だ、と、繰り返し、手に取るように。
それで海未も少し落ち着いたらしい。声は相変わらず震えているが、小さく深呼吸すると、続きを話してくれた。
「―――…柊哉さんは、5日ほど前、この教室にいましたよね?」
「………ああ。いたよ」
「そのとき…電話をかけていましたか?」
「―――…かけたな。…つうか、なんでそのことを知ってる?」
「…すいません、その時の電話を、私盗み聞きしてしまいました…」
「あの時の気配は海未だったのか…」
海未の話をもとに、柊哉は当時のことを記憶から掘り当てる。
つい6日前、7月10日のこと。
確かに柊哉はあの時、この2年2組教室で友人に電話をかけていた。
理由はとある少女を助ける策を放つため。
そのために、柊哉は友人に電話をつないで、あるお願いをしていた。
そしてその間じゅう、ずっと柊哉を監視しているかのような目線があったのだ。
その目線の正体が海未だったらしい。
柊哉は6日来の出来事の新事実に驚く。
しかしその驚きは、海未が場を切り替えるように放った一言で、すぐに霧消した。
「―――今回、私が聞きたいのは、その電話の内容についてです」
「…ほう」
「その電話の中で、私はひとつだけ、どうしても気になってしまう一言があります…」
「………………」
(―――俺の、一言?)
その中に、柊哉は非常に気になる文言を見つけた。
だがそれ以上に慎重な柊哉は、ぐっと疑問をこらえて、無言で次を促す。
海未もその視線を受けて、粛々と言の葉を集めていく。
「…単刀直入に聞きます」
「………………」
その一言が、海未の口から放たれると同時。
何もかもが遅く感じてしまうような沈黙が、場をじんわりと満たした。
その沈黙に、聞かれた柊哉だけではなく、問うた海未すらも戸惑ってしまう。
しかし海未は、その困惑を引き連れたまま、その「質問」を問うた。
―――黒く主張する雨空に対抗するかのような、澄んだ群青の問を。
―――『大丈夫、あいつは俺が助けっから。任しときぃ☆』
「―――あの日、柊哉さんは…誰を、助けたんですか?」
いかがでしたでしょうか?
次の19話ももうちょっとシリアス、途中から日常パートになるかもしれません。
それでは、また19話で。