ひとりひとりと、女神と人と。~改訂作業中~   作:M崎

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 読者の皆様。
 最近謝り倒しですが、今回も本当にすいません!!
 言った約束すらも守れないんでしょうか私は!!

 ということで大幅増量の21話です。
 ダジャレではありません。




21話

 

 

 それから3日後、7月20日(月曜日)、海の日。

 

 「…しっかし暑い。なんじゃこの人の入り。秋葉原人多すぎだろ…」

 

 神城柊哉(かみしろしゅうや)はスマホをつつきながら彼女らを待つ。

 時刻は集合時間のちょうど8分前。10分前行動は当然だ。柊哉にとって、美少女を待つことは別に苦ではないが、美少女を待たせるのは最悪にも等しい。柱にもたれかかって、じっと彼女ら(びしょうじょ)を待つというのが最適解だろう。

 それも今日は、絶対外せない「美少女との花火大会」なんて最高級レアリティイベントがこの後に待ち構えている。わざわざマイペースを貫く必要性は皆無だ。美少女とケンカした後に行く花火大会など気まずいにも程がある。それこそ柊哉が「最も避けるべき」事態。

 だからこそ、柊哉は黒の浴衣姿で、秋葉原駅電気街口にひとり。

 およそ3()0()()()から、彼女らの到着をじっと待っていた。

 辺りの話し声なんてお構いなしに、ただ彼女らだけを望んでいた。

 

 (…うーむ、ちと早く来すぎたかね…待ち時間はどーでもいいが、周りの目線が苦痛になって来たなー)

 

 しかしそれでも物事には限度というものがある。

 初デート待ちの女の子もかくやというくらい時間が余った柊哉は、当然目線に晒されていた。この秋葉原という町では、真っ黒な浴衣姿、という存在は本日珍しいものらしい。

 柊哉を指差して隣の人と話し始める人や、インターネットで花火大会の有無を確認する人、中にはコスプレと間違えて写真撮影を始める人まで、この30分だけでも様々な人の反応があった。最初は別に気にしていなかったが、ここまで長い間待っているとそれは嫌でも目につく。辟易、とまではいかないにしても、多少の居心地悪さは感じていた。

 「問題は結局翻って自分のせいであって、それを(ただ)す権利は自分にはない」

 柊哉は尊敬する先生(2次元)の一言を口に出して呟き、ふふっと自虐的に笑ってみる。まぁその先生も、つい1年前にBANされてネットから姿を消したのだから皮肉なものだ。

 

 「…ひょう」

 

 意味不明な奇声が口をついて出た。一気にまとわりつく視線の量が多くなる。

 柊哉はその視線に顔を伏せることで応えた。

 

 

 ―――そこへ唐突に訪れた、「空気が変わった」瞬間。

 

 

 柊哉は自分の周りを廻っていた目線が別方向へ動くのを感じる。

 まさしく避けられない引力の如く。向いた方角は柊哉がやって来た方角。もっと言えば、音ノ木坂学院、「和菓子屋・穂むら」がある方角。大きめのS○GAという看板の下を通っている。それはまさしく、待ち望んだ彼女らの登場に等しい。

 現に、先程からそちらの方面が妙ににぎやかだ。火事と喧嘩は江戸の華、だが現代(アキバ)ではそれに「美少女」が加わる。それはここの特有だ。もしくは、μ’s特有、と呼ぶべきか。

 

 (…あー…来たねこれは。着物美少女なんてもはや歩く天災かい)

 

 これだから美少女集団ってのは…と、柊哉は柱から背中を離す。時刻はちょうど5分前。生真面目な彼女たちらしい時刻だ。時計をちらと盗み見て、今度は嬉しさから小さく笑う。

 そしていつも以上に運命の神様に感謝を捧げる。

 あの日(7月1日)、ひいてはさらに前(6月26日)からカンストしっぱなしな感謝ゲージは、限界を知ることなく上へ上へと増えていく。それほどまでに、今自分は幸せなのだ。「幸福」だ。仕合わせだ。気分がいい。

 

 アガったテンションを表情の裏に隠すと、柊哉は彼女らに向かって手を振った。

 周囲がぎょっとした目線を向けてくるも、そんなもの柊哉の知ったことじゃない。しっかりと自分の存在を主張する。それが彼女らについていく唯一の方法なのだから。「関係者(サブ)」である柊哉はそうせざるを得ないから。

 メインである彼女らも、どうやら柊哉の存在に気づいたらしい。

 

 「―――あっ、柊哉だ!!ねぇ、おーい、柊哉ー…あ痛っ」

 「だから言ったではありませんか…下駄で走り回ってはいけませんよ」

 「海未(うみ)ちゃんお母さんみたい…じゃあ、私は穂乃果(ほのか)ちゃんの妹で、お父さんはしゅう君かな~?」

 「あっ、それいい!!柊哉、仕事してるときとか、なんかお父さんっぽいし」

 「どうして私と柊哉さんがっ!!け、けっ…」

 「??…どうしたの、海未ちゃん?顔真っ赤だけど…柊哉と結婚、そんなに嫌?」

 「静かにしてください穂乃果。私だって怒ることもあるんですよ?」

 「わあっ、ごめんっ!!…なんか触れちゃいけなかったのかなぁ…」

 「―――う~みちゃんっ」

 「っ!!な、何ですか、ことり…」

 「…ん~ん、なんでもないよ♪………ごめ~ん、しゅうく~ん!お待たせ~!」

 「何故今柊哉さんを呼ぶのですかっ!!」

 

 とても楽しそうに会話する彼女らに、柊哉は微笑みながら歩み寄る。

 今日は、いい日だといいな、と、七夕でもないのに、月に願いながら。

 

 「おー、全然待ってねぇぞー!…にしても海未サン、なんでんな顔赤いん?」

 「どうして柊哉さんもそこに食いつくんですか…!私のことはいいんです!!」

 「柊哉、実はね…」

 「穂乃果っ!!」

 

 素晴らしきこの日常を、手放すことのないように。

 

 

 

                   ★

 

 

 

 「…やっぱり、ことりちゃんの浴衣可愛い~!やっぱり美人さんは、何をやっても様になるねぇ~、うんうん!」

 

 東京都葛飾区、柴又(しばまた)

 着いて開口一番、穂乃果の口から放たれたのはどうにもオヤジ臭い言葉だった。それにことりは照れたように頭をかき、海未はジトっとした目を送る。

 でもそれに関しては柊哉も全力で賛成なので、穂乃果の援護射撃。

 腕を大きく広げて、わざとらしく同意を表現する。

 

 「そ~だよな、穂乃果!!やはりお前は俺と同じだと信じていたぜ!!」

 「いや、柊哉と同じってわけじゃないんだけど…それにしたって、本当に可愛いよね!」

 「ことりはなぁ。普段あまり着そうにない服も抜群に似合うというか、とりあえず着れば何でも似合ってしまうという神がかった美少女というか…」

 「ことりちゃんって基本、どんな服でも似合っちゃうんだよねぇ。不思議…」

 「それは褒めすぎだよ~…そういう穂乃果ちゃんだって、海未ちゃんだって可愛いよ!」

 

 今話題に上がっていることりは、ピンク地の浴衣に、チョコレート色の帯を合わせて身に着けている。それはまるでイチゴチョコレートのようで、言った通り抜群に似合っていた。それと同様に、穂乃果は薄い水色地に、金魚をあしらった浴衣、海未は青地を紫陽花(あじさい)が彩る浴衣をそれぞれ着こなしている。

 正直3人とも最高に可愛くて、柊哉は既にめまいがしそうだ。

 

 「まぁそれにも同意。穂乃果はもともとあったアクティブな可愛さが、浴衣っていうある種のスパイスで引き立ってんだよなぁ~!ああもう素晴らしい。可愛い。天使」

 「あ、えっと、その…」

 「またオーバーに褒める…」

 「そういう海未だって。元が大和撫子なだけに、浴衣みたいな和装が最高に似合ってるんだぞ~?文句なし、ってのも過言じゃないくらい」

 「それは分かるかも。海未ちゃん、弓道とか日舞とかしてるし、和の衣装を着ると、すっごく素敵なんだよね~!輝夜の衣装も似合ってたし…」

 「ことり…ありがとうございます…」

 「俺はやっぱスルーなのねん。まぁ、それが海未だからええんだけど」

 

 きゃいきゃいと柊哉を置いて話すオレンジ、銀白、水色和服の美少女3人。とても楽しそうだ。普段真剣な練習姿を見ているだけに、休日のオフの表情は、柊哉の目にはこの上なく新鮮で魅力的に映る。本当に可愛らしい。そこだけお花畑かのように、空気が穏やかなのだ。

 柊哉は心の底から癒される。今までの疲れなんてどこへやら。参加することよりも、見ているだけで意義がある、と某クーベルタン伯爵の名言を微妙に改変出来るくらいだ。それほどまでに美少女というのは大きな存在なのである。

 とりあえず、今現在柊哉はのけ者状態なので、白のスマホの画面に目を落とす。どうやら花火が始まるのは19時20分ごろからのようだ。時計を確認すると、18時46分。もう少し時間がある。

 柊哉は楽しげに会話を続ける彼女らに、そろそろ行こうかと告げる。

 

 「―――んじゃ、行こうぜ。屋台ももう開いてるし、花火が始まるまでも楽しめるだろ」

 「そうだね。私、久しぶりにわたあめ食べたいな~。しゅう君も一緒に食べようよ~」

 「よーし、私もお腹すいてきちゃった!花火始まる前に、いろいろ買いに行こうよ、柊哉!」

 「…まぁ、他に出来そうなこともありませんし、夕食でも買いに行きましょうか、柊哉さん?」

 「「「柊哉(しゅう君、貴方)の奢りで」」」

 「それはおかしいでしょ麗しい貴婦人様(マドモワゼル)?最初から俺に話しかけてきたのはこれが魂胆?」

 「まさか、冗談に決まってるでしょう。ほら、さっさと行きますよ」

 「ここも少し混んできたし、早く行こうよ、しゅう君!」

 「わたあめ~、イカ焼き~、かっき氷~♪」

 「微妙にラップにすんなよ…ま、行こうって誘ったのはこっちだしな、すぐ行きまーっす」

 

 そうことりと海未に言ってから、柊哉は辺りを見渡す。

 会場となる柴又野球場は、すっかりお祭りムード一色だ。縁日の屋台、提灯の灯り、「祭」と大きく書かれた団扇、そして浴衣姿の男女と、どれもかれもが目に楽しい。気分も高揚するというものだ。沈みかけの太陽も、名残惜しそうにその情景を見つめている。

 祭囃子の笛の音が、高らかに夕空へ響き渡った。

 談笑する美少女たちを守るように、柊哉は一歩後ろを歩む。

 そしてやたら屋台の種類が多いのも、ここに来て思う。パッと見ただけでもざっと20種類はあるだろう。それも食品販売、くじ引き、物品販売、ゲームなどと種類は多岐だ。迷ってしまう。柊哉はきょろきょろと辺りを見回す。

 ふと、ひとつ、鮮やかな水色の屋台が目についた。

 

 「―――金魚すくいか…」

 

 そこは、祭りの定番、金魚すくいの屋台だった。周りに食品販売の屋台しかない中、ひとつだけ、妙に鮮やかな水色が目立つ。その場違いさは、一周回って潔い。暫し見惚れていると、頭にタオルを巻いた、小麦色の肌のおじさんが、柊哉の視線を目ざとくキャッチして、「こっち来いよ」とばかりにニカッと笑った。赤と黒の金魚が、流行りのEDMに合わせて水槽で踊っている。

 夜空に、未だ夜の華は窺えない。

 柊哉が歩みを止めたことで、足音が聞こえなくなったからなのか、前を歩く美少女3人が、こちらを振り返ってきた。不思議そうに見つめる瞳は、どこまでも透き通って、深い。

 

 「―――あれ、柊哉、金魚すくいなんてするの?へぇ~…」

 「いんや、ちと目についただけさね…まぁ、懐かしいってのもあんだが」

 「確かに懐かしいよね~…金魚すくいって、私、幼稚園くらいからしてないかも」

 「昔は3人でよくしていましたけどね。穂乃果が一番上手かったんですよ?」

 「え、ほんとに!?…だめだ、全く覚えてないよー…うー、金魚すくい、金魚すくいぃ~」

 「そんなんじゃ記憶なんて出ねぇぞお嬢さん。もっと頭を振らなきゃ」

 「唐突に何を言い出すのですか…」

 「穂乃果ちゃん?しゅう君の一言を真に受けちゃだめだよ?」

 「流石に私も分かってるよ~。柊哉の言うことが嘘だってことくらい」

 「俺のボケはどこに行ってもスベるんですね…」

 「柊哉さんの自業自得ですよ。場所が悪すぎます」

 「とほほ…」

 

 柊哉は肩を落とす。流石にウケるとは思っていなかったが、追撃で心をえぐられるとも想像していなかった。まぁ、それも含めて柊哉の愛するμ’sなので、特に何も言うことはないだろう。わざわざここでムキになるような子供じみた行動をとるなんて悪手でしかない。

 柊哉はにしても、ともう一度軒先を睨む。

 「きんぎょすくい」の文字が、逆になって「いくすょぎんき」としか読めない。大して面白くもないその看板は、逆に人々を呼び込んでいるのだろうか。

 

 (…いや、まぁ、普通そんな感じデショ)

 

 柊哉は近寄ってみて、水槽を覗き込む。自由にパリピしている金魚の一匹と目が合った。そいつは「お前もこっち来いよ」と、男らしく誘っているかのようにヒレを動かす。なんとなく生意気だ。そんなキャラクターが見えてしまう自分も大概だが。

 なんにせよ、売られたケンカは買うこととする。

 

 「―――おっさん、2枚」

 「あいよ、600円」

 「ほい」

 

 2枚の硬貨と引き換えに、薄い紙の貼られたポイを2つ受け取る。

 柊哉はその紙質を確認すると、受け取った2つのポイのうち、1つを手に持ち、水槽に向き直った。

 そして、悠々自適に水槽を動き回る金魚を注意深く見つめる。家庭の水槽でも、縁日の屋台でも、彼らの泳ぎは変わることがない。一生懸命、でも自由気ままに、のびのびと泳ぐ。

 柊哉はその中の一匹、端っこのほうでやたら精力的に動き回る一匹に狙いをつけた。

 そして、じーっと、待つ。

 自分にとって有利な感じになるまで、待つ。

 

 「ほっ!!」

 

 そして、

 領域(テリトリー)に金魚が侵入した瞬間、柊哉はポイを斜めに入れて、水面を切った。ちゃぷんという水しぶき…ではなく、静かな波紋がふわっと起こる。近くを泳いでいた金魚が、身の危険を感じて逃げていく。

 だが柊哉のポイには、ビチビチと生きのいい金魚が一匹、乗っかっていた。

 

 「…ふー…取れた…」

 

 柊哉は満足げに額の汗をぬぐい、金魚をお椀に移す。正直まぐれだったが、何とか取ることが出来た柊哉は、ほっとため息。美少女の前で醜態を晒さずに済んだ、と海未たちのほうをちらりと見やる。

 彼女らの目線は、とても暖かだった。神城柊哉とはそういう人間だ、と言外に告げているかのように。何故だろうか、いつの間にか柊哉は本質を見抜かれていたのだ。

 苦笑して、グッと親指を立てる。

 穂乃果、ことりはそれに微笑みを返して、親指を立てる。海未もグッドサインこそしないが、穏やかな瞳でそれを見つめていた。

 

 柊哉はただそれだけで、みるみるうちに元気が湧き上がってくるのを自覚する。

 

 (…ありがとう、穂乃果、ことり、海未)

 

 おじさんから金魚を受け取りながら、柊哉は美少女に感謝する。

 すると、横に、するりとひとつ、影が割り込んできた。

 

 

 「―――柊哉さん。私も、久々に金魚すくいがしてみたいです」

 

 

 「海未?」

 

 そこにいたのは蒼色の女神。

 園田海未(そのだうみ)がいた。

 彼女は金魚の泳ぐ水槽の近くにしゃがみ込み、真剣な瞳を、じっと柊哉のポイに向けている。先程は穂乃果、ことりの傍にいたはずなのに、行動が早い。

 今の彼女の瞳の色は、いつも柊哉に魅せる瞳とはまた別種の色だ。例えば、ダンス練習のとき、手を叩いてテンポをとる海未が魅せる瞳のような、そんな色。

 大人っぽく、気高い美人に見える海未が、金魚すくいの屋台に真剣な目線を送る。

 柊哉はその色に驚き、そしてそれを確認するように尋ねる。

 

 「およ?海未もしたかったのか?コツなら教えてやるぞ?」

 「いつ私が貴方に教わりたいと言いましたか!!」

 「おおう、荒れてんなぁ」

 「…でもまぁ、確かに教えてほしくはありますが…」

 「だろぉ~?聞いといて損はないと思うぜ、ぶいぶい」

 「何故か一気に聞く気を無くしましたね…」

 「それこそ何故に!?俺ふざけたのマズった!?」

 「『マズった』って何ですかその言葉は。聞いたことないんですが…」

 「え、知らんの?…ヤバいことしちゃった~、とか、そういうヤツで使わん?」

 「私は初めて知ったんです!!…一番私が使いそうにない言葉ですし」

 

 確かに正論だ。柊哉は海未のジト目から逃れるように後ろへ目線を投げる。

 蜜柑色の女神と、スノーホワイトの女神はその視線に首を振った。

 

 「私は別にいいよ。海未ちゃんとしゅう君の金魚すくいを見てるだけで十分」

 「私もいいかな~。金魚は食べられないし、私が欲しいのはわたあめだし!!」

 「そっか?…じゃあ、悪いな。ナンパされそうになったら、迷わず俺の名前を呼べよ?」

 「うん、分かった!!遠慮なく呼んじゃうから!!」

 「ふふっ、しゅう君は優しいね♪ありがと」

 「おう、いいってことよ」

 

 柊哉は彼女らの厚意に素直に甘えることとする。別に、彼女らに金魚すくいを強制させるような気なんて全くない。一緒に出来たらいいな、くらいの、ちょっとしたお誘いだ。隣に蒼の女神(うみ)がいるだけで、柊哉は幸せなのだから。これ以上の贅沢は、高望みというものだろう。

 

 「何ですかあのクサいセリフ…柊哉さん、あれでカッコつけたつもりなんですか…?」

 「―――ま、まぁ、それは置いといて、だ。…おし、じゃあコツ教えるぞ~?」

 「あ、誤魔化しましたね…まぁ、いいんですが…」

 「まずはなぁ、ポイってのは…」

 

 何はともあれ。

 気持ち気合の入っている海未に、柊哉は金魚すくいのイロハを、実演を織り交ぜて丁寧に教える。海未は話し始めるとそれまでの笑顔を消し、真面目に柊哉の話を聞いてくれていた。教え甲斐がある、と柄にもなく思ってしまう。

 そしてそんな優等生・園田海未だからか、上達も早い。

 

 「…はっ!!」

 

 海未は聞いた次には有言実行、既に柊哉を超える「金魚すくいテク」を披露していた。アイドルとは実に多芸なものよのう、と柊哉の出る幕はない。予感というかもはや確信に近いが、海未は来年も同じようなテクニックを披露するだろう。どうですか!と、力のこもったドヤ顔に、柊哉は拍手を送る。

 「アイドルの才能」とはまさに天賦(てんぷ)の才。

 彼女が持つ天性の才能に、柊哉は興奮を隠せない。

 

 (―――やっぱ、アイドルってすげぇや)

 

 高まったテンションのまま、袋に入った金魚を受け取る海未のほうを振り向く。

 一度おどけた気持ちの昂り(ボルテージ)は、中々元に戻ろうとしない。

 柊哉の悪い癖だ。

 なんとなく負けたような表情のおじさんから金魚を受け取る海未に、柊哉は真剣みを帯びた状態で話しかける。

 

 「俺の大好きな美少女、海未よ」

 「っ!!!…な、何ですか、柊哉さん」

 「やっぱお前、すげぇな。流石、俺のアイドルだな」

 

 立ち上がった状況から、怯えるようにこちらを向いた海未の頭を、柊哉は撫でる。

 優しく、褒めるように。(やま)しい気持ちなんて一切なしで。

 それは不意打ち気味だったからか、海未は一瞬きょとんとこちらを見やるのみ。大和撫子の無垢な瞳が、柊哉を捉える。鏡のようなその瞳すらも美しい、と場違いな感想を抱いてしまった。美少女とはつくづく罪な生き物である。

 彼女の透き通るような瞳は、直後、今自分が何をされているかを理解したらしい。

 

 白磁のような海未の肌は、薄紅色にほんのりと染まった。

 

 「な、な、なっ…!!!」

 「はー…にしても海未の髪ってサラサラだわ…普段どうやって手入れしてるんだろ…」

 「し、しゅ、柊哉さんっ!!!」

 「ん?なんじゃ海未?」

 「何で、その、突然、あ、頭を撫でるんですか!!?」

 「…あ」

 「………………」

 「え、ちょ、もしかしてヤだった?そ、そりゃごめんよ…」

 

 柊哉は慌てて頭から手をどけようとする。迷惑どころか嫌がられたのでは、と心中ガックガクだ。美少女に嫌われた、なんて事実、柊哉に突き刺されば即座に瀕死状態。柊哉は即座に土下座出来る態勢を見越して手を離そうとする。

 

 しかしその手を引き留めたのは、他ならぬ海未の一言だった。

 

 

 

 「―――………ぃ、いえ…別に、嫌というわけでは、ないのですが…」

 

 

 

 「…え」

 

 破壊力抜群の言葉遣いに、体組織の全ての活動を一旦停止させ、全栄養を脳に回す。

 否、そうせざるを得なくなる。

 

 今、彼女は何と言った?

 今、海未は何と言った?

 

 脳内を駆け巡るのは混乱。

 

 彼女はなんと可愛らしいのだろうか?

 海未はなんと可愛らしいのだろうか?

 

 脳内で主張するのは愛情。

 

 「―――え、えっと………」

 「………………っ~~~!!!」

 

 頬を真っ赤にして目を伏せる海未に、こちらも気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 海未の頭に乗った手は、どうしたらいいのか分からなくて、所在なさげに空を切る。

 それはまるで初めての恋人のような距離感で。

 傍目から見ても微笑ましいと呼べる光景で。

 

 「―――ねぇねぇお母さん、あのお兄ちゃんとお姉ちゃんって、こいびとみたいだね~」

 「こ、こら!!そんなこと言っちゃだめじゃない!!」

 「ちがっ、そっ、わ、私と柊哉さんは、こ、恋人じゃないですっ!!!!」

 「そっ、そーだぞ~?」

 

 近くを歩く男の子に指摘されるくらい、分かりやすい「恋人同士」であった。

 

 そして当然、海未はもちろん、気が動転していた柊哉も、それを思いきり否定して。

 

 (…あ~…な~んか、変な感じ…)

 

 直後、感じた「違和感」に首を傾げた。

 

 

 

                 ★

 

 

 

 金魚すくいの屋台前。

 海未は男の子へ慌てて弁解しながら、だが内心別の気持ちを自覚した。

 

 

 (…なんで、なんでなんですか…!!)

 

 

 それは憤りにも聞こえるかもしれない。

 あまりいい感情ではないかのように感じるかもしれない。

 それはそうだろう。

 かもしれないではなく、まさしくそうなのだから。

 

 だが実際はニュアンスが違う。

 

 

 (―――ど、どうして…柊哉さんが気になってしまうのですか…!!)

 

 

 

 ―――前に感じた柊哉への引力が、前よりも少し強くなったこと。

 それに対する、「何故」という問いに答えられないことへの、自分への苛立ちだ。

 

 

 

 心拍数が上がる。

 顔を見ていられなくなる。

 引力が少し強くなったタイミングで、それは起きた。

 まるで、柊哉がトリガーになったかのように。

 海未には、その理由が、子供のように駄々をこねて、それでもなお分からない。

 

 (…なんなんですか、これは…!!)

 

 何なのだろう。

 この気持ちは、いったい何なのだろう。

 

 分かりそうもないそんな気持ちを抱えて、海未はうずくまりたい衝動に駆られる。

 

 

 そんな時、ふと後ろの情景が海未の目に入った。

 同時に、携帯の着信音も耳に入って来る。どうやらメールらしい。音は15秒ほどですぐに止んだ。

 

 それを不思議そうに見つめてくる柊哉から全力で目を逸らして、メールを開く。

 穂乃果からだった。件名も、本文も短い。

 

 『From:穂乃果

  Title:先に行くね

  先にことりちゃんとわたあめ買いに行ってくるね~!柊哉を頼んだよ!!』

 

 

 ―――海未はゆっくりと後ろの情景を見やる。

 

 

 楽しげに祭りを歩く他人()()が目に入った。

 恋人、友人、家族、夫婦、老若男女さまざまな人々が祭りを楽しんでいる。

 ひとたび見れば、たちまち心躍ってしまうような情景。

 

 でもその風景の中に、オレンジと白の女神はいない。

 

 (…え、ということは…)

 

 そして海未はその事実が指し示す新たな事実に戦慄する。

 それは、つまり。

 

 

 ―――柊哉と2人きりで、祭りを過ごさなければならない、ということだから。

 

 

 そしてその光景こそが、柊哉の感じた「違和感」の正体だった。

 

 

 

 




 いかがでしょうか?

 海未ちゃん編もあと2、3話で終わるはずです。
 私の文章構成が壊滅的でなければ。

 それでは。

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