赤色の抱擁   作:ハルカナツキ

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こんにちは。ハルカナツキです。

第三部に入りました。やっと作中で二日目です。
読みやすさを重視して、話を小出しにしていきますので、よろしくお願いいたします!!

それでは、どうぞ。


第三部 希、絵里編(1)

 12月23日の朝は快晴で迎えられた。昨晩の鬱陶しい雨は降りやみ、アスファルトにその名残を残すのみだった。

 

 7時30分を告げる電子音が鳴り響いた。数秒の内に絢瀬絵里は目を覚まし、携帯の画面をタッチして、耳障りな音を止めた。いつも思うが、アラーム音というのは絶対に体に悪い気がする。しかし、時間に支配された現代人にはなくてはならない機能だ。

 

 ところで、昔読んだ本の中で、「人間は時計から解放されると、かえって規則正しい生活をするようになる」という一節があったが、本当だろうか?

 

 絵里はカーテンを開け、外が晴れていることを確認した。降水確率が40パーセントだった割には、空は澄み切った青を地球に披露していた。しかし窓を開けると、やはり空気は冷たかった。

 

 絵里は長い伸びをして、いつも通りストレッチとトレーニングを開始した。外の新しい空気は、室内の温くて古いとぶつかり合い、攪拌されてゆく。適度な刺激で温まった体には、それが心地よい。

 

 隣の部屋でアラームが鳴り、しばらくして聞こえなくなった。亜里沙も起きたようだ。彼女は今日も学校である。いつまでも部屋でゆっくりしていては、亜里沙に怒られてしまう。絵里は窓を閉めて、リビングに向かった。いつもの様に、朝食は亜里沙と一緒に食べよう。それが、学校がなくたって、寒くたって、絵里お姉ちゃんはしっかり朝早く起きるのよ、というメッセージになる。亜里沙にとっては、いつだって立派で、尊敬できるお姉ちゃんでありたいのだ。

 

 

 

 東條希は、本日四回目のアラーム音をやっとのことで黙らせ、むくりとベッドから起き上がった。8時15分だ。アラームは8時から5分おきに律儀に音を響かせていた。絵里の携帯の四倍は働いていることになる。アラームに体と心が与えられたら、希の頬をつねるくらいのことはするかもしれない。

 

 希はあくびをかみ殺しながら、カーテンを開けた。晴れてくれてよかった。今日は神田明神でお手伝いがある日だ。その時までに、地面の水たまりも消え失せてくれたら、百点満点である。お手伝いは9時半からなので、難しいかもしれないけど。

 

 時計に目をやり、水たまりの心配よりは自分の心配をした方がよいことに、希は気が付いた。お手伝いまで、あと1時間と少ししかないのだ。

 

 少し急ぎのペースで身支度をして、トーストを齧り、薄いコーヒーを飲んだ。寝起きの体にストロングのコーヒーは良くない、というのが希の持論だった。そしてそれは、医学的に間違ってはいない。

 

 テレビをつけると、今日は、気温は高くないにせよ、全国的に晴れ模様であるらしい。昨日の陰鬱な雨にうんざりしていた希は良い気分になった。彼女は、明日も今日みたく晴れてくれることを願った。あるいは、美しくて思慮深い雪が降ってくれることを。

 

 昨日ほどでないが、外はやはり冷え込んでいた。風もゆるやかなのに、太陽は何をしているのか。しかし、空を見上げると、太陽は雲に姿を隠されることなく、誇らしげに光を投げかけていた。

 

 希の家から神田明神までは、徒歩で15分かからない程だ。歩いていて少し温まった体に、思いついたように吹く冷たい軟風が気持ちがよい。首筋に抜けていくそれは、マフラーにこもり過ぎた熱を、優しく取り去ってゆく。日本の冬としては、十分に合格点を付けられる天気だった。

 

 しかし、道は昨晩の雨を忘れてはいなかった。小さな水たまりが、陽光できらきらと輝いている。こういう日は落ち葉の掃除が少し大変なのだ。葉が湿って、重たくなる。でも仕方がない。葉は落ちるものだし、雨だって降らなくてはいけないのだ。木々はいつまでも青い葉をつけてはいられないし、毎日が晴天なら、ガガーリンは「地球は黄色かった」ということになってしまう。いや、そもそも彼が生まれるまでに地球は死の惑星になってしまうに違いない・・・・・・

 

 そんな他愛もないことを考えているうちに、神田明神はすぐそこに近づいていた。男坂にさしかかり、長い階段をゆっくりと上がっていく。ここでも、ところどころに雨で色の変わった部分が散見される。階段を上がりきり、着替えるためにまず本殿へ向かう。呼吸が早くなっていた。やはり、あの階段は長すぎる。バリアフリーの意識が著しく不足しているわ、お年寄りの方だって参拝に来るはず・・・・・・絵里ちなら、こう表現するのかな?

 

 

 

 朝食を済ませて、亜里沙と両親を見送ると、急に部屋が静かになって落ち着かなかった。

 

 テレビをつけ、適当にチャンネルを変えていった。どの局も示し合わせたかのようにクリスマス特集を組み、ケーキやお菓子、アクセサリーや家電を次々に紹介していた。街頭アンケートで、男女のカップルに、クリスマスの過ごし方やプレゼントの内容を質問していた番組があった。彼らの顔面は幸せに支配されていて、カメラに緊張している素振りは微塵も見られなかった。

 

 そう、「男と女」なのだ、普通は。同性同士のカップルは画面に映らなかった。お茶の間への至極当然の配慮だ。絵里は、紅茶をいれるためにソファから立ち上がった。ジャムは入れなかった。カップの湯気越しにテレビを見つめる。

 

 別に関係ないわ。私には希がいるし、希には私がいるもの。そんな髭面の男より、眼鏡の優男風より、ずっと素敵よ。

 

 

 絵里はテレビを消して自室に戻った。机の隅に、昨晩完成したキルトが袋に包まれた状態で鎮座している。リボンをほどいて中身を取り出し、キルトを見つめた。当然、どこも変わっていなかった。赤と白。元通り袋に入れ、リボンを結んだ。そこにあることをしっかり確認したかっただけなのだ。

 

 本棚にある文庫本を適当に手に取った。中編の恋愛小説だった。パラパラとページをめくってゆく。ストーリーがかすかに思いだされてゆく。精神を病んでしまった美しい女性と、哲学を専攻している、偏屈な男子大学生のお話。やっぱり、「男と女」。

 

 そういえば、私の本棚には「女と女」の話なんてないわね、と絵里は気づく。それはそうだ。絵里は高校に入学してから小説を買ったことが無かった。それまでにそういったことを考えたことも。取り出した本を戻し、ベッドに座った。しばらくの間、呆けていた。彼女には珍しいことだった。思考がまとまらない。あのテレビせいかしら?

 

 外に出よう、と思った。今日は昨日ほど寒くはないし、よく晴れている。時刻は10時を少し過ぎたところだ。グレーのピーコートを羽織り、白のシュシュで髪をまとめる。今日の気温ならマフラーは必要ないと判断した。絵里は寒さに強いのだ。バッグに財布とポーチだけ入れて、さっさと外に出た。

 

 外の空気はそれなりの冷たさで絵里を包んだが、やはりマフラーはいらなかったわ、と絵里は思った。女性にしては大き目の歩幅でさっさと歩いていく。

 

 絵里はまず、神田明神にいる希に会いに行くことにした。表で掃除をしているはずの彼女に、少しちょっかいを出してやろうと思った。希がどんな顔をするのか楽しみで、歩みがまた少し早くなる。

 

 街は既にクリスマスだった。街はいつだって気が早くて、その日が過ぎればすぐに忘れてしまう。ハロウィーンの時もそうだった。日本という国はなんだって取り入れて、商売のネタにしてしまう。しかしそういった特徴は悪い点ばかりじゃない。大切な人と楽しく過ごすための、便利な口実になるのだから。

 

 皮のブーツをコツコツと鳴らし、男坂を上がってゆく。まだコンクリートが完全に乾ききっていなかった。湿った部分を踏まないように足を運んでゆく。今日は掃除が大変ね、と絵里は思った。

 

 階段を上がりきると、こちらに背を向けて、ほうきを動かしている希を見つけた。白衣と緋袴。丈長(たけなが)でひとつにまとめた紫の髪が揺れている。驚かそうと、なるべく足音を消して近づいていったのだが、あと5メートルほどのところで気づかれてしまった。

 

「あれ、絵里ち。どうしたん?」

 希は振り向いて、不思議そうに絵里の方を見た。

「おはよう、希。気付かれちゃったわね」

 絵里はほんの少しはにかんで見せた。

「雨、降りやんでくれて、よかったわね」

「こういうのは日頃の行いがモノを言うんよ」

「本当かしら。」

 実際、希は晴れ女だ。本当に彼女は運が強い。

 

「で、何しに来たん?お参り?」

「違うわ。希に会いに来たのよ」

「・・・・・・そんなにはっきり言われると、なんか照れるやん」

「ふふ。希は会いたくなかったのかしら?」

 絵里はいたずらっぽく口を曲げ、上目づかいで希を見つめている。

「・・・・・・そうやないけど、うち今日は12時までお手伝いやし」

 照れ隠しか、顔を背けて、希は掃除の続きに取り掛かる。

「じゃあ、終わったら連絡するから、お昼一緒にせえへん?」

「ええ、そうしましょ。私はどこか適当なお店にいるわ」

 実は母が昼食の用意をしてくれてあったが、それは夜に食べればいいことだ。

「じゃあね巫女さん、頑張ってね。また後でね」

 

 絵里は希の肩をポンと叩き、一瞬だけ目と目で見つめあった。向きを変え、上ってきた階段を降りて行った。希は絵里の姿が見えなくなるまで、目で見送っていた。そして、再び掃除に取り掛かった。なんだか、ほうきが少し軽くなったような気がした。

 




はい、ありがとうございました。

この話、私が夏休み中に書き終えられるでしょうか・・・・・・
でもしっかり完結させる予定です。

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