今回は、二人の会話が多めですね。
それでは、どうぞ。
希と別れた後、絵里はお気に入りの店に向かった。カルデラという名の輸入食品店だ。そこでは、コーヒー豆をはじめとして、世界各地の様々な食材を取り扱っている。普通のスーパーにはなかなか見られないような、珍しい調味料や、酒、菓子などがところ狭しと並んでいる。薄暗い店内に入り、さまざまなものを物色するのが絵里は好きだった。店内はコーヒー豆の香りだ。いつもの紅茶とチョコレートを手に取り、しばらく品物を見回っていく。いつも、こんなものが売っているのかと感心して、ため息をついてしまう。
商品を購入して店を出ると、次は書店へ向かった。都内ではそれほど大きい方ではないが、隣にカフェが併設されている。店内はそれほど混雑していなかった。クリスマス新書フェアなるものには目もくれず、小説のコーナーに向かう。海外作家の棚の前で立ち止まり、ドストエフスキーとトルストイの作品群を見つめる。両名ともロシアの作家であり、いつか作品を読んでみたいとも思うのだが、なにせ彼らの本は分厚すぎる。今回も見送りだ。
歩みを進め、「恋愛小説」のコーナーに向かった。全体を見渡すと、小さいが、「ガールズラブ」というコーナーがあった。あるのかな、とは思っていたが、本当にあるのね・・・・・・少し周りの目を気にしつつ、何冊かを手に取り、裏表紙のあらすじを読んでみた。女子高生が出てくるものはなかったが、女子大生が主人公のものが見つかった。絵里はそれを購入してみることにした。レジカウンターで、忘れずにブックカバーをかけてもらった。
絵里は購入した本を隣のカフェで読むことにした。Sサイズのカフェオレを注文した。腕時計に目をやると、12時までにあと30分ほどあった。外の通りから一番遠い席に着き、本を取り出して、周りの様子を確認する。カバーがかかっているとわかっていても、どこか後ろめたい気持ちがあったが、意を決して、読み始めていく。
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K大学二年生の高崎美菜は20歳である。茶髪のショートボブで、実年齢よりも幼い印象の顔立ちだ。彼女はゼミの友人たちと三人でバーに来ていた。ミナは酒に強いが、ほかの二人は既にかなり酔いがまわっており、大きな声であけすけな会話をしていた。たいていは、男についての話。ミナは、自分がレズビアンであることは二人には隠している。適当に相槌を打ち、話を合わせる。
午前3時を過ぎたあたり、さすがに飲み過ぎてしまい、三人は店を出て解散した。ミナが自宅(店からそう遠くないので、徒歩で帰ることができる)に向かっているとき、後ろから「ねえ君」と声をかけられた。低いが、女性の声だ。振り向くと、長身の美しい女性が立っている。スーツ姿で、黒髪のロング。ミナは、さっきバーで飲んでいた女性だと気づく。「これ、君の時計でしょう?」と言って、近づきながら、手に持っている腕時計を見せた。確かにそれはミナのものだった。バーに置き忘れていたのだ。ミナは、ありがとうございます、といい、時計を受け取る。そのまま二人はしばらく一緒に歩いて行った。
女の名前はレイといった。28歳で、とある出版社に勤めているという。二人はお互いに自分のことを明かしていった。初対面で、年齢も離れているというのに、なぜだか壁が感じられなかった。二人は家も近いらしい。別れ際にレイは名刺をミナに渡した。本名は、九条麗。名刺の裏には携帯の番号が書いてあった。「あのバーで、また会おうよ。ごちそうしてあげる。またね、ミナ」そう言って、レイは向きを変えて帰っていった・・・・・・
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テーブルに置いてあった携帯が鳴った。かなり大きな音がしたので、絵里は必要以上に驚いた。希からの着信だった。慌てて本をしまい、店の外に向かいながら電話に出た。カフェラテが半分以上残っていた。
「あ、もしもし絵里ち?今お仕事終わって、これから着替えるんやけど、どこにいるん?」
「ああ、お疲れ様。神社からそう遠くないところにいるわ」
「そうなん?すぐ着替え終わるけど、どこ行く?」
「うーん、じゃあ、ライデルはどうかしら」
「あ、ライデルにしよ!久しぶりやし。あと15分くらいで行けると思う」
「わかったわ。じゃあ15分後にね」
絵里は電話を切った。時刻は12時10分だった。約40分もあの本を読んでいたのね、全然気が付かなかったわ。絵里はライデルに向かい始めた。ライデルというのは、神田明神の近くにある小さなカフェの名前だ。絵里と希は、二人で何度か行ったことがある。絵里はそこのドリアが好きだった。希はグラタンがお気に入りだった。歩いているうちに、今日は開店しているかどうかが少し気になった。時たまあの店は臨時休業になるのだ。野良猫の様に気まぐれな店なのだ。
幸い、ライデルはいつも通り営業していた。木のドアを押すと、小気味良いベルの音が鳴る。店内を見回してみたが、まだ希は来ていないようだ。日当りのいい、窓際の二人席へ腰掛ける。絵里は本の続きが気になっていたが、この店で読む気にはなれなかった。店員がお冷をひとつ持ってきたところに、もう一つお願いします、と言った。すると、ちょうど希が店に入ってきて、すぐに絵里のいる席を見つけた。
「ごめん、お待たせ」
「お疲れ様。私も今来たところよ」
テンプレのような会話をして、二人はメニューを選び始めた。希は、いつもとは違うものにしよかな、と言っていたが、結局好物のエビのグラタンにした。絵里はカルボナーラを選んだ。どちらもランチセットということで、食後にデザートとコーヒーが付いてくる。
「絵里ち、カルボナーラなんて食べたら太るで~?」
「私は運動するからいいの。希だって、グラタン頼んでるじゃない」
「うちだって、さっき掃除して体動かしてきたから大丈夫や。多分」
「それにあとでデザートもあるのよ?」
「それもお互いさまやん・・・・・・今日のデザートはアイスみたいだし、カロリーもたいしたことないはずや」
「希、何味にする?」
「うち、バニラ」
「私はチョコレートにするわ」
「絵里ちはほんとにチョコばっかりやな?一口ちょうだい?」
「・・・・・・何よ、希も食べるんじゃない。いいけど、希のももらうわよ」
「いいよ?」
注文を済ませ、二人は水を口に含んだ。店内は暖房がよく効いていて、少し暑いくらいだった。店内には二人の他には客が二組しか見られなかった。絵里は、時々ライデルの経営状況が心配になってしまう。クリスマスの時期にこの客入りでは、来年はまたここに来られるかどうかわかったものではない。おいしいし、価格も手ごろで、良い店だと思うのだが。それに内装にも気を使ってある。アンティークの食器、よく磨かれた木のテーブル。気の利いたボリュームの、気の利いた音楽。どこかで聞いたことのある曲だ・・・・・・
そんなことを考えているうちに料理が運ばれてきた。ほら、出てくるのだって早いのだ。いや、それは客が少ないからか・・・・・・店員に、デザートのアイスの種類を聞かれたので、希は、バニラとチョコで、と答えた。なかなか可愛いらしい店員だった。茶に染めたショートカットで、前髪をヘアピンで留めている。目が大きく、顔が丸い。背が低いので、高校生だと言われてもまったく違和感を覚えない。ミナはこんな感じのヴィジュアルかもしれない。
「・・・・・・なに店員さんのことジロジロ見てたん?」
希は怪訝な顔で絵里を見ていた。なかなか見られない表情だった。
「絵里ちって、もしかしてああいう感じの子がタイプなん?」
「なっ、違うわよ!ただ見てただけよ」
「ええ~?でもあの店員さん可愛かったし。オトノキにもあんな感じの子いそうやん?」
責められっぱなしではいけないと思い、絵里は形勢逆転を図った。
「・・・・・・もしかして、やきもちかしら。うちが目の前にいるのに~って?」
「違うって。だって、絵里ちはうちが一番好きやろ?」
絵里だけに聞こえるように、顔を近づけて囁いた。
「ちょっ、・・・・・・何言ってるのよ。ほら、冷めないうちに食べるわよ」
絵里の作戦は裏目に出てしまい、彼女はここは負けを認めた。彼女の中では、相手を照れさせたら勝ち、というなんとも子どもっぽいルールがあるのだ。
二人は食事を終えて店から出た。店内の暖かさに慣れた体が、外気の冷たさに引き締められた。朝よりも少し風が強まっていたが、気温は太陽の位置とともに上がっているらしかった。行先も決めないまま、二人は適当な向きへ歩き出した。
「希、午後は何か予定あるの?」
「午後はなんもないよ。でも今日は夜にお父さんと会うんや」
「そうなの?珍しいわね」
「なんか今日だけ東京で仕事があるみたいなん。明日また大阪の方にとんぼ返りらしいわ」
「忙しいのね・・・・・・どんなお仕事なのかしら」
「そういえば、聞いたことなかったかも」
「・・・・・・確かに、父親の職業って私もよく知らないわ。」
「やっぱりそうやんな」
「それより、明日ってどうするの?」
「うん、会うのは夜からで、場所はうちの家やろ?・・・・・・時間は、あとでメールするってことでいい?」
「わかったわ。よろしくね」
二人は交差点に差し掛かった。家の方向的に、いつもここで別れるのだ。二人は立ち止まった。人々の足音と話し声と、信号の音声が混じり合い、意味を奪われたカオスとして耳に届く。
「二度目ね。クリスマス」
絵里がつぶやいた。その声は雑踏に溶け込んで、希の耳には届かなかった。不思議そうな顔をしている希の肩をポンと叩き、別れと、再会のための言葉を告げる。いつもの仕草だ。
「じゃあ、明日ね。バイバイ」
希は、揺れる金髪が人混みに見えなくなるまで、見つめていた。そして、絵里とは反対方向に歩き出した。
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