赤色の抱擁   作:ハルカナツキ

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こんにちは。
とうとう大学がスタートして絶望しておりますが、少しずつ書いていきたいです!

お気に入りに登録してくださった方々、本当にうれしいです!ありがとうございます。

それでは、最新話、どうぞ。


第三部 絵里編(1)

 東京に住み始めてからもう長いが、人混みというのはどうも得意ではない。バッグを肩にかけ、体の向きをいろいろ変えながら、絵里は人の波をすり抜けて前へ進んでいく。名も知らぬ人間の体がコートと擦れあうのが、不快だ。次の交差点にたどり着き、右に折れると突然人通りが少なくなった。絵里は歩くペースを落とし、自宅へと向かった。なぜか、お腹の中でスパゲッティが胃液に溶かされ、細切れになって消えていくのをイメージした。

 

 絵里は、食事中のことを思い出した。幸せそうにエビを口に運ぶ希、ありふれた会話。グラタンの油でなまめかしいつやを帯びた、希の厚い下唇。上気した頬、顔にかかる髪・・・・・・自分が食べたはずのカルボナーラは、いったいどんな味だったかしら?あまりよく覚えていなかった。彼女の神経は、舌ではなく眼球に集中していたらしい。

 

 家に着くと、絵里はまずコートを脱ぎ、顔を洗い、歯を磨いた。彼女は学校にも歯ブラシを持っていき、昼食後には歯磨きを欠かさなかった。今日も、午後は家に誰もいない。髪をほどき、暖房のスイッチをつける。わざわざ部屋に上がるのが億劫で、リビングのソファにもたれ、例の本を開いた。ミナとレイの物語。紅茶は入れなかった。歯を磨いた後の紅茶やコーヒーは、いつも絶望的な味がするのだ。

 

 

 ******

 

 

 レイと出会った次の日の夜に、ミナは彼女に電話をした。本当なら出会ったその日の夜にレイの声が聞きたかったのだが。金曜日だった。四回コールした後、はい、もしもし、と低くけだるい声が聞こえた。あの時の、レイの声だ。

「もしもし、あの、私ミナです。あのバーで、時計を届けてもらった・・・・・・」

「ええ、声でわかるわ。こんなに早く電話してくれるなんて、予想外よ」

「あの、お仕事中でしたか?」

「もう九時過ぎだもの、帰ってるわよ。忙しい時期は会社に泊まりになるけれど」

 レイは続けた。

「ねえ、あなた暇なら、今からあそこのバーに行かない?約束通り、勘定は私が持つわ」

 レイの方から誘ってくれた。もちろん、大丈夫です、と応える。

「三十分後でいいかしら?じゃあまたね」

 レイはミナの返事を待たずに電話を切った。

 

 ミナが店に着くと、そこには既にレイの姿があった。ジーンズに白のシャツ、グレーのカーディガン。少年のような恰好だ、とミナは思った。レイは飲み始めていた。ミナも彼女と同じものを注文した・・・・・・

 

 レイはミナにさまざまな質問を投げかけた。大学のこと、高校のこと、中学のこと、音楽の趣味、好きな食べ物、酒、映画、芸能人、時間、数字・・・・・・アルコールも手伝って、ミナは素直に事実を話していった・・・・・・

 

 ミナもレイに質問を投げ返す。レイも淡々と、ヴィンテージの弦楽器ような声で応える。彼女はアルコールに恐ろしいくらいに強いらしく、一向に態度に変化が見られない・・・・・・

 

「私、実は結婚してるのよ。夫とは別居中だけど。」

 レイが唐突に話し始めた。ミナは、驚きを思い切り表情に出してしまった。

「いろいろと事情はあるのよ。けれどそれらは、ひとつの原因に集約できるわ。それはつまり、彼が男だってことよ」

 ミナにはわけがわからなかった。ただでさえミナが既婚者だということで、ショックを受けていたのだ。彼女もやはり、自分とは違う人間なのか・・・・・・幻惑の液の混じった血が全身を駆け巡り、世界が揺れ始めるのを感じた。いや、揺れているのは、私なのか。レイに合わせて、飲み過ぎてしまったのか・・・・・・

 

「出ましょうか。ちょっとあなた、きついでしょ」

 レイの肩を借り、ミナは立ち上がった。二人は店から出た。ミナは、レイが自分を彼女の家へ連れて行っていることを理解した。ゆるい夜風が髪をなぶる。少しずつ酔いが覚め始めたが、そんなそぶりは見せず、なされるがままにしていた。レイはそれに気が付いていた。レイのマンションが見えた。広く明るいエントランスに入り、エレベーターで地上十六階まで上がる。レイの髪のにおいと、緩やかな加速度を感じつつ、ミナは、これから何が起こるのかを思い、心臓の拍動の高まっていくのを感じた。レイは一言も口にしなかった。まるで、言わなくてもわかるでしょう、とでも言いたげに。

 

目的のフロアに到着し、ドアが開く。

機械音。

目の前が、1609号室。

レイの部屋だ。

たどり着く。

鍵が開き、ドアが開かれる。

ネズミが短く泣くような音がして、目が、暗い部屋を、鼻が、人間の生活の刻む独特の香りを、認識する・・・・・・

 

 ******

 

 本から顔を上げると、絵里は、そこが自宅のリビングであることを思い出した。いつも家族で過ごしているこの空間で、この本を読んでいるのが、何だか一種のタブーに触れているかのような感覚がした。私は、読んでいるとき、どんな顔をしていたのか・・・・・・そんなことを考えていたら、絵里は、この部屋にいることが自分にとって不自然なことに思われてきた。リビングにしみ込んだ日常と、幾枚もの紙に閉じ込められた、この物語とのギャップ。

 

 しかし、絵里は早く続きが知りたい気持ちを偽ることができなかった。自室に戻り、マフラーを取ってきた。コートを着、バッグを手にして再び外に出た。

 

 




はい、ありがとうございました。
ラブライブ!感がゼロで、ご期待に応えられていなかったらすみません。

第三部の絵里編はあと一話で終わり、次は第三部の希編です。
二人が絡むのは、第四部(最終章)です・・・・・・

それでは!
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