そこまで辿り着くのに6話使うとは…。
飯島を中心に、不定期だが、都内及び関東圏内の大学生または若い楽団員が集まり、有志による自主的な練習会が行われている。
飯島の呼び掛けから、最初は少人数であったが、その人柄からか徐々に人が増えてゆき、今や30人を超える大所帯となっていた。
因みに練習場所は、関東のレベルの底上げの為になるならばと、某音大が快く合奏室を貸してくれている。
その中に神峰は、東京に越してから毎回のように参加させてもらっていた。
「スンマセン、飯島先輩。ワガママ言って」
「いいって、神峰クンのワガママなんて今に始まったコトじゃないしなー」
有志のリーダーにて、バンド全体を支えるパーカッションのパートリーダー飯島亮輔。
「相変わらず、神峰クンは面白いですねー!」
元ソニ学、トロンボーンの鬼才と謳われた曲山・クリストファー・晴海。通称キョクリス。
「ああ。後先考えないで突っ走る所は、伊調にそっくりだ」
竹風出身、寡黙ながらも演奏は饒舌、チューバの律田定義。
「こんな面白そうな事、オレ抜きでやれると思うなよ」
都内の名門医学部に進学し、有名楽団に入団した狂いなきクールトランペッター音羽悟偉。
「これだけメンバーいれば、“彼女さんたち”も楽しんでもらえるよね」
女神の旋律と名高い、フルート吹きの吹越花澄。
「まったく…。何でみんな勝手に決めるんだかね…」
全国の基準点、“ミスター平均点”ことサックスの重松宏。
彼等の他にも、全国レベルの奏者が多く在籍している。まさに関東若手オールスターである。
これほどのメンバーと一緒に練習出来る事は、神峰は恐れ多いと思うが、やはりそれ以上に幸運と思う気持ちが強かった。
「それにしても、二人ともカワイイなチクショウ!どっちが本命なんだ?」
「はいっ!?」
飯島は、物珍しそうに楽器を見学している高坂と、他の演奏者と談笑している西木野を見て、ニヤニヤしながら神峰に絡みだす。一応二人のことは他のメンバーには見学というコトで通してある。本当の理由を知ったら演奏どころでは無くなるのは目に見えていたからだ。
「純真無垢な穂乃果ちゃんと、ツンツンデレデレな真姫ちゃんに邑楽ときたんだ。選り取り見取りじゃねーか」
「イヤイヤ!二人ともそんなんじゃ無ェッスよ!あと、何で邑楽先輩出るんスか!?」
「女子校に編入すると言い出した時もそうだが、お前は行く先々で、本当に面白そうな事をしでかす」
「そうやって、ドンドン女の子をオトしていくんですね」
「天然を装って釣る所も、伊調ソックリだ」
皆、ニヤニヤパカーンと擬音が聞こえそうな位楽しみ、神峰をイジり回す。これにはたまらず、会話を逸らす為、神峰は声をあげた。
「そーいえば!!今日何やるんスか!?」
「あー、逃げたー」
「神峰クン逃げましター」
「逃げたな」
「ハッキリさせないからメグメグ泣かせちゃうんだよー」
「うぐっ!」
皆の言葉が、ズバズバ神峰の心に突き刺さるも、今はひとまず無視だ。これは敵前逃亡ではなく、戦略的撤退である。
「ゴホン、やっぱ指揮者としては、自分の指揮する曲は気になるよな」
今回飯島の提案で、神峰だけ何故か演奏する曲を、直前まで教えて貰えなかったのだ。
飯島曰わく、神峰が今までにやった事のある曲らしいが、彼女達のこともあるし、やはり心配であった。
「そっスよ。もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないッスか?」
「おう、いいぞ。今回演奏する曲はな…」
ゴクリと神峰は固唾を呑む。周りが、何かを企み、本当に“イイ”顔をしているが、敢えてツッコミはしない。
そして、発起人飯島は、“心”の底から楽しそうにその曲名を言った。
「“エル・クンバンチェロ”だ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
─エル・クンバンチェロ─
“お祭り男”の意味をもつ、ラテン系の演目であり、その名の通り“ノリ”と“自分らしさ”を重要視し、指揮者の個性が特に出る、観客も楽しめる曲だ。
また、高校野球の応援歌として採用される事も多く、初心者向けの馴染みやすい曲でもある。
そして、神峰にとっても、初舞台の曲、ライバル伊調との初対決で演奏した、非常に馴染み深い曲であった。
西木野はともかく、ブラスバンド初心者である高坂のいる今回の演奏では、まさにうってつけの曲であろう。
指揮を振りながら、神峰はチラリと二人の様子を確認する。
最初はどこか落ち着きなく、そわそわしていた高坂達も、曲が始まるにつれ、二人ともリラックスして楽しそうに聴いてくれているようだ。
『高坂さんは初めての演奏なんだ。だったら─』
神峰は、音羽と飯島に向かって、勢いよく指揮棒を振るう。
─トランペット!目が覚めるような勢いで!─
─パーカッション!壮大に激しく!─
「うわあ…!」
音羽のトランペットの怪物が飯島のパーカッションの波紋を受け、迫力を増す。その力強い音を聴き、高坂も興奮を隠せないようであった。
『次に西木野さん。オレの指揮を楽しみにしてくれてたんだ。もっと楽しませなくちゃな!』
─フルート!楽しく歌うに!─
─トロンボーン!伸びやかに合わせて!─
吹越の旋律とキョクリスの音が合わさり、より美しいハーモニーを奏でる。
「これが、神峰先輩の指揮…!」
西木野も、憧れの“神峰”の指揮を生で見て、感動しているようだ。
『よし、西木野さんも喜んでくれてるみたいだ!』
それを確認した神峰は、テンションを上げ、更に指揮を重ねる。
─コンバスもっと鋭く!ユーフォ寄り添うように響け!─
─チューバ、木管を支えろ!─
流石全国レベルのプレイヤーだ。神峰のムチャな指揮にも、誰一人欠ける事なく付いて来る。
神峰も負けじと更に限界を越えようとする。
神峰は、それが楽しくて仕方なかった。
演奏者も、観客も、自分自身も、楽しそうに音楽を、音を楽しんでいる。
それが、嬉しくて堪らなかったのだ。
そう、“いつも通り”の指揮が出来─
『─いつも通り?』
それは、小さなコトであった。
他人が見たら、見逃すかほっておくかの、とても小さなモノ。
だが、神峰は気付いてしまった。
気付いてしまったのなら、もうそれは無視出来ない。その一点は、神峰の“心”に波紋のように広がる。
(おい!どうした神峰!)
「神峰さん…?」
周りも神峰の異変に気付く。だが、神峰は“いつも通り”の指揮を止めず、演奏を止める事はなかった。
『ああ…、そういう事だったのか…』
神峰は納得してしまった。認めざる得なかった。
『オレ、何にも成長して無ェんだ…!』
神峰の指揮は少々特別である。
神峰の目で、観客と演奏者のメンタルを把握し、直接相手の“心”に届けるといった、神峰しか出来ないやり方。神峰だけのやり方。
今回も、その“いつも通り”の演奏が出来ている。
去年、鳴苑高校を全国大会金賞に導いた、素晴らしい腕前だ。
だが、それだけだった。何も進歩していなかったのだ。
客観的にみれば、実力的には充分ではあるし、まだ転校してから一月もたっていないから、まだ進歩が見えないのも仕方ないとも言える。だが、その結果に、神峰は満足出来る筈も無かった。
これでは、伊調にも“あいつ”との未来にも届きはしない。
神峰は自分の不甲斐なさに激怒した。
『何が一度実践から離れるだ!何が一から勉強し直すだ!偉そうに言っといて、何も、何も変わって無ェじゃねえか!!』
自分に対する怒り、悲しみ、悔しみ、失望。
様々な感情が神峰を呑み込む。もう他の演奏者の音や西木野の心も何も聞こえないし、見ることも出来なかった。
そして、神峰の“心“は、自身の作り出した暗い海に沈む。
まさにその時だった。
「神峰さん!」
“腕”が、暗い海に沈みそうになった神峰を掴んだのだ。
「神峰さん!ファイトだよ!」
神峰は朦朧する意識の中で、“光”を見た。
そして神峰は、その“光”の中にいる少女の名を呼んだ。
「高坂さん…?」
アクセス数調べた所、12時代が一番多く、よくよく考えると、お昼辺りに更新するコトが多かったコトに気付く今日この頃。