当初、高坂穂乃果はイマイチこの展開に理解が追いつかなかった。
その日、高坂は偶然西木野のピアノの音色を聴き、すぐさま“スクールアイドル”に勧誘するも、失敗。それでもなおしつこく食い下がるその最中。
「…何やってんだ、アンタら?」
以前、どうしても一緒に“スクールアイドル”をやりたいと勧誘した、一つ学年が上の神峰が現れたのである。
勧誘は断れてしまったが、今もその気持ちは変わらず、偶然廊下等すれ違った時等に誘っている。
その高坂の執心に、もう神峰の勧誘を諦めていた園田が理由を尋ねると。
「だって、神峰さんと一緒やれば、もっと楽しくなりそうなんだもん!」
高坂が、神峰を誘う理由は、下心など微塵もない、ただその一点のみであった。
だから、これからも、“本当に”神峰が拒絶するまで、勧誘を止める気は更々なかった。
そして、高坂は西木野から、神峰がその道で有名な指揮者であることを告げられ、より一層神峰と一緒にやりたいと思った。
そしてその後、何故か神峰の指揮を見ることになったのだ。
それからあれよあれよと有志達楽団の最善列に座らされてる。チラリと横に座る西木野を見ると、まるで子供のように今か今かと演奏が始まるのを待っていた。
(何だか解らないうちに、こんなことになっちゃったけど、ここまで来たら楽しまなきゃ損だよね!)
経緯はともかく、高坂は今までこれほど近い距離で、ブラスを聴く機会はなかったので、ポジティブに捉えた。
そして、演奏が始まると、高坂は圧倒された。
大迫力の音量に、心を震わせる。と思ったら軽快なリズムに心を弾ませ、美しいハーモニーに心を奪われる。波のように次々と来る旋律に高坂は興奮を隠す事は出来なかった。
(すごい…!本当にすごいよ!!これが、本当の音楽!)
似たような音程の物はあれど、それぞれの楽器は違う音色を奏でる。更に、同じ楽器でも、奏者が変われば違う音色になる。全く同じ音は存在しないのである。
多くの個性が集まり、一つの巨大な個性を、“世界”を作り出す。
それが、神峰が目指す音楽であり、一つの極地と言える。
かの伊調剛健氏も、その彼だけの確固たる世界を作り出し、世界的指揮者としての地位を築いているのだ。
その音楽を作り出す者達の先人に立ち、先導する神峰の姿を、彼女たちは目を離すことは出来なかった。
(あれ?何だかヘンな感じがする…)
曲も中盤に差し掛かった所、高坂は何か、小さな違和感を抱いた。
演奏者達も、それを指揮する神峰にも、別段おかしな点も見受けられない。
隣の西木野をチラリと見るも、依然変わりなく夢中になって神峰の姿を見ていた。
(なんだろう…。このモヤモヤした感じ?歯車がちょっとずつ“ズレ”てきてるみたい…)
高坂が、心の中で抱いた違和感に悩んでいる、まさにその時だった。
「神峰先輩!?」
西木野は思わず驚きの声を上げた。
演奏中、神峰が突然と俯いてしまったのである。
「神峰さん…?」
高坂は俯く直前、まるで何かに気付き、“絶望”してしまった神峰の姿を見てしまった。
その姿は、触れた瞬間直ぐに壊れてしまいそうな、酷く脆い姿であった。
当然、神峰の異変に演奏者達も動揺が走るも、神峰は顔を上げずに指揮棒を振り、指揮を続けた。
そう。今までと“寸分変わらない”演奏を続けてしまっていたのだ。
突然の神峰の変化に、一瞬演奏が止まりかけたが、何とか立て直す事が出来て安堵する西木野。しかし、やはりその瞳は、神峰を心配そうに見つめている。
高坂は神峰を再び神峰に視線を向ける。
その痛々しい姿は、始めてあった屋上の時の、楽しそうに音楽を語る笑顔から、全く程遠い姿であった。
そして、高坂穂乃果は叫ぶ。
まだ知り合って一週間もたっていないが、彼女は理解している。彼には、そんな表情は似合わない。
音楽を心から愛し、ここに居る誰よりも優しい、“彼”の名前を、叫んだ─
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神峰はその時、暗闇の中で一条の光明を見た。
「神峰さん!ファイトだよ!」
「高坂さん…?」
神峰は眩い光に、ゆっくりと顔を上げる。そして、視線を僅かに逸らし、その光の方を見る。
視線の先には、眩い限りの笑顔の高坂穂乃果がいたのだ。
そして、高坂は神峰に向かって言葉を紡ぐ。
「神峰さん!こんなスゴい音楽を出来るならもっと笑って!じゃないと楽しくないし、勿体ないよ!」
高坂は、弾けんばかりの笑顔で言ったのである。
恐らく、高坂は神峰の思惑など、全くと言っていいほど理解していない。本当に、神峰が辛そうにしていたから声をかけたのであろう。
しかし、だからこそ。純粋無垢であったからこそ。
神峰の心に、届いたのである。
『そうだ…。何をグダグダ考えてんだ、オレは!クヨクヨする前に、やれる事だけ考えるんだ!』
俯いた顔を上げ、真っ直ぐ前を向く。その瞳には火が灯り、もう一点の曇りもない。
そして神峰は、“不敵”に笑った。
やることは一つ─
─全員、オレを倒せ!─
その指揮に、演奏者一同も思わず笑みを零す。まるで、待ってましたと言わんばかりに。
『何も成長してないなら、ムリヤリ経験値を溜めてレベルアップすればいいだけだ!』
神峰が選んだのは、自ら死地へ飛び込み、傷つきながらも前に進む。そういった戦いだった。
─トランペット!オレを飲み込め!─
─木管もそれに続け!─
(神峰、やはりお前は本当に面白い奴だ!)
音羽は、獰猛な笑みを浮かべながら、圧倒的存在感の音色を神峰にぶつける。
神峰はその迫力に押されながらも踏ん張り、更なる指揮を続ける。
─トロンボーン!オレを殴り倒す勢いで!─
─フルート!オレを貫け!─
(以前言いましたよね、神峰君!リーダーである指揮者が締まりの無い顔をしてはならないと。今の君は、凄くいい顔をしてますよ!)
(神峰君、お互いに“楽しむ”為に本気で行くね!それが私からの恩返し!)
『!!』
キョクリスの音の金棒と、吹越の槍が神峰に襲いかかる。だが、衝撃波が二人を遮り、神峰を守った。
『ありがとうございます!律田さん、重松さん!』
そう。神峰を守ったのはこの二人であった。
実は、二人は曲の前に“頼まれていた”のである。どのような状況になろうとも、神峰を助けるように。
(いい感じじゃねェか神峰君)
その張本人である飯島は、ニヤリと笑う。
彼は兼ねてより、神峰自身も気付いていない悩みをどうにかしてやりたいと思っており、この機会を活用する事にしたのてある。
“エル・クンバンチェロ”を選んだのも、初心者だった頃の、どんな困難な事も、ガムシャラにぶつかっていった、あの時の自分を思い出して欲しいという気持ちからである。
律田と重松にフォローを頼んだのも、高校時代、それぞれ天才たちの傍らでサポートしてきたからで、同じように神峰を支えられると判断したからである。
(…とは言え、ちょっと出来すぎじゃねェか?)
最初は当然纏まりのない演奏も、ぶつかりあいながらも、一拍事に凄まじい速さで上手くなっていく。指揮者も演奏者達も、更なる領域へと進んでいる事を、飯島も実感出来ている。
西木野も、当初不安そうに見つめていたも、曲が進むにつれ、どんどん曲に引き込まれていき、夢中になって聴いている。
そして、曲も終盤に突入する。
神峰も演奏者達も、全身の力を振り絞り、曲の最後の仕上げに取り掛かる。
『ありがとう…。アンタの御陰で、“あの頃”の自分を思い出せた。今度はオレがアンタを助ける番だ!アンタを、“高坂穂乃果”を導く!』
神峰は、後ろで自分の姿を真っ直ぐ見据えている、自分を取り戻す切欠となった少女に誓った。まるで、“あの時”同じように。
神峰は、最後の指示を出し、指揮棒を下ろした─
まさか連休終わってからこんなにペース落ちるとは思わなかった。 少しずつペースあげなくてはイカンなあ…