舞台は静寂に包まれる。
先程までの喧騒がまるで夢だったと思われる程、そこは無音であった。
いや、微かにだが声が聞こえる。過酷な演奏を乗り切った演奏者達の微かな息の音のみが、合奏室に響く。
中でも、神峰は大量の汗を流し、立っているのもやっとの位、疲労していた。
それもそのはず、指揮者という役割は、全神経、全身を限界まで使う、最も大変なポジションなのである。
それに加え、神峰の指揮は、演奏者だけでなく、観客の“心”を繋ぐ為、従来より繊細かつ大胆な指揮を求める必要がある。
演奏を終えると、神峰は毎回疲労困憊に陥る。これまでに何度も倒れかけた事もあり、実際転倒してしまった事もあった。
しかし、神峰は足を震わせながらも、笑っていた。
これ程の充実感は久しい。初めて指揮を、“あいつ”と一緒に音楽をやった時と同じ位、楽しかったのだ。
前方にいる演奏者達も神峰同様、顔に疲労が見えるが、やはり、楽しそうに笑みを零していた。
高坂達は、演奏が終わっても、そのあまりの素晴らしさに声を失っていた。
「…ハっ!?ブ、ブラボー!!」
数秒遅れ、西木野が有らん限りの歓声をあげる。
本当に、心の底から最大の讃辞を、とびきりの感動を与えてくれた演奏者達に拍手を贈った。
余談だが、音楽の世界ではこんな格言がある。
一流に対しては歓声が沸き、超一流に対しては人はまず沈黙する─。
今回の演奏も、まさしくそれだ。
観客は勿論のこと、演奏する者達すら、感動していた。
そして、それを導き出したのは、間違いなく、指揮者である、神峰翔太に他ならない。
西木野に続き、高坂も、満面の笑みで拍手を贈った。
(スゴい…!スゴいスゴい!本当にスゴい!これが、音楽なんだ!神峰さんの指揮なんだ!私も…、私達も、こんな音楽をやりたい!)
高坂の胸に去来した感情。それは憧れであり、目標であった。
そしてそれは、これから彼女と仲間達が歩むこととなる、大いなる道となる。
決して楽ではない、険しい道のりではあるが、彼女達は歩みを止めることはない。
終着点も見えない遥かな道の先に、確かな道標があるのだから─。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『良かった…。高坂さんも、西木野さんも楽しんでくれたみてェだ…』
当初の、二人の為に指揮をするという目的を忘れてしまい、自分の目的為だけに指揮を振ってしまった神峰は、二人の表情を見て、安堵する。
『指揮に夢中になって、高坂さんたちを忘れちまうなんて…。まだまだ半人前だな…』
音楽という物は、書いて字の通り、音を楽しむということである。
観客は勿論のこと、演奏者達も音を奏でること、聴く事を楽しんでこそだと、神峰は考えている。
神峰は、自分の未熟さに、思わず苦笑してしまう。
しかし、先程とは違い、表情は明るい。
もう、迷いはない。迷いのない感情は、何よりも強くなるのだから。
「…って、うお!?」
やはり、久しぶりの全力の指揮が無理があったのか、指揮台から降りる際、踏み外してしまった。
「神峰さん!」
「神峰先輩!」
神峰の様子にいち早く気付いた、高坂と西木野が、体制を崩した神峰を受け止める。
「すまねェ…。高坂さん、西木野さん」
「い、いえ…。大丈夫です…」
「はい…。わ、私も、平気です」
二人に抱きかかえられている形なので、神峰には二人の顔は見れないが、高坂達の顔は真っ赤であり、特に憧れの強い西木野の顔は、高坂以上に赤かった。
それもそのはず、音乃木坂はつい最近まで女子高であり、今まで異性を、ここまで近付けたことはない。しかも、数分前まで、神峰の“格好いい”姿を見ていたのだ。
思春期の彼女達に、意識するなという方が酷であるだろう。
しかしながら、客観的に見れば、微笑ましい光景ではあるが、何分状況がそれを許さなかった。
神峰の背後にいる者達による、奇妙な一体感が爆発するのに、そう大して時間はいらなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、神峰はとある場所に訪れていた。
「都会にも、こんな場所があるんだな」
神峰が訪れたのは神田神社、通称“神田明神”である。
古い歴史を持ち、観光スポットとしての一面があり、休日の早朝であるにしても、ちらほら参拝客が見受けられる。
日頃から東京特有の喧騒に少し辟易していた神峰は、こういった神秘的な雰囲気に浸る。
と、そこで。
「あ、神峰クンやん。こんな朝早くからウチに何のよう?」
振り向くとそこには、箒を携えた東條が立っていた。
「ちょっと野暮用でな。ってか、東條さんこそ、“そんな格好”して何やってんだ?」
そう。今現在、東條は“あの”巫女服に身を包んでいる。普通ではあまり見受けられない格好なので、訝しむように、神峰は質問する。
「たまーにやけど、知り合いの伝手で手伝わせてもらっとるんよ」
「そうなのか…」
『やっぱ、何を考えてるか解らねェな…』
神峰は、ニコニコ笑みを浮かべる彼女の“心”を見るが、前見た時と変わらず、広大な海が広がっているだけで、何も解らなかった。
やはり、何を考えているか“見えない”ためか、神峰は、彼女に対して苦手意識が拭えない。
「………(ニヤリ)」
端から見て、どうしても東條の姿にドギマギしているようにしか見えない神峰に、東條は何か閃いたかの如く悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「いややわあ神峰クン、ウチそんなに熱っぽく見つめられると照れるんよ♪そんなにウチの巫女姿に見とれたん?」
「んな!?イヤイヤ!そんなじゃねェって!」
「酷いわあ、ウチかて女の子なんよ?そんな言い方される傷つくわあ…」
神峰が慌てて否定すると、今度はしおらしくする東條。
東條は、ヨヨヨと、明らかにわざとらしい泣き真似をするが、そこは神峰である。
「え、ええと!凄い似合ってる!思わず見とれる位似合ってる!」
女性に対する扱い方が解らない神峰は、当然の如く騙される。そして、東條に対してどう接していいか判らず、四苦八苦する。
「…やっぱり、神峰クンはおもろいなあ♪」
東條は泣き顔から、急に満面の笑みに変わった。
「へ?」
突然の事に固まる神峰をよそに、東條はあっけらかんと言い放った。
「冗談やで♪」
ケラケラと愉快そうに笑う東條を見て、再び神峰は強く思う。
『やっぱこの人ニガテだ!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ところで、何のようで“神田明神”に来たん?」
気を取り直して、東條は神峰に問う。
「…、高坂さん逹がここで練習してるって聞いてな」
そう、この度神峰がここに訪れた理由は、昨日の演奏後のゴタゴタで、高坂と話せなかったたので、改めて彼女と話をするためである。
「あれ?高坂さん達の手伝いはしないんじゃないん?」
からかうように東條は言い、神峰はばつが悪そうに頭をかく。
「いや、ちょっと事情が─」
「わかっとるよ♪」
「え?」
東條は、本当に心の底から楽しそうに、こう言葉を紡ぐ。
「カードが全部教えてくれたんよ♪」
そう言って東條は、後ろを向き、神峰もその方向に目を向ける。
その先には───。
もう今年のプロ野球も、残す所日本シリーズのみになりました。
それも楽しみですが、それ以上に楽しみなのは、鉄人こと金本知憲が、阪神の監督に就任とのこと。アニキのユニフォーム姿を再び見れて、感無量です。
余談ですが、ワイちなDe。来シーズンのラミレス新監督の手腕に期待。