園田海未は辟易していた。
幼なじみの高坂穂乃果が、朝から同じ事を何度も何度も、それはもう楽しそうに語るのだ。
「それでね!こう、音がパーって跳ねて、スーッと吹き抜けたんだよ!」
「いいなあ、ほのかちゃん。私もききたかったなー」
こんなやり取りが、もう何十回と繰り返されているだ。
まあしかし、園田も南と同意見だ。高坂がこれほど絶賛する演奏に興味は湧く。
しかし如何せん、似たようなやりとりが、高坂と合流してから始まり、それも体力練成の間も繰り返し行われているのだ。
少々ウンザリしてくるのも無理はないだろう。
そして何より。
(どうして私も誘ってくれなかったんですか!!)
話を聞く所、その演奏会に集まったメンバーは皆全国レベル、中には世界に通用するかもしれない逸材もいたらしい。
吹奏楽とスクールアイドルでは畑違いではあるが、同じ音楽というジャンルで参考になる点もあるだろう。
それに、神峰の指揮も見てみたかった。
調べた所、吹奏楽の世界では神峰の事を知らない者はいないと言う程の、実力者らしい。
園田は、その神峰の指揮に、興味を持たない訳がなく、自分を誘ってくれなかったことに憤慨する。ようするに、拗ねていたのだ。
それに、腑に落ちない点がある。
(どうして神峰先輩は、音乃木坂に来たのでしょう…?)
仮にやむを得ない事情で、全国制覇を成し遂げた学校を去る事になったとしても、何故寄りにもよって“吹奏楽部が無い”音乃木坂に来たのか理解出来ない。
きっと、編入先も引く手数多だろう。尚更不可解だった。
園田はランニングしながら、思案するも、結局答えは判らず、最後の神田明神に上がる長い階段を登っていると。
「あっー!!」
「うわ!?ビックリした!」
「どうしたのですか、ことり?いきなり大きな声を出して」
「あ、あれ!」
「あれ?」
驚愕の表情を浮かべる、南の指す方向を見上げる園田と高坂。その方向にいたのは。
「神峰さん!!」
今、園田の最も不可解な人物が、そこにいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神峰は、東條の視線を追う。それと同時に何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「ほな、ウチ仕事に戻るな♪」
「あ、ああ」
そう言って、東條は境内の奥の方へ行った。鼻歌混じりに歩いている後ろ姿を見て、神峰はやはり、得体の知れない“何か”を抱く。
と、思案する最中。
「神峰さん!」
「!(ビクッ)」
急に名前を呼ばれ、少々吃驚しながら、神峰は背後に振りかえる。
「お、おう。おはよう高坂さん」
「はい!おはようございます!」
テンションの高さに、若干圧倒される神峰をよそに、高坂はまるで、尻尾を振る小犬のようにパタパタと嬉しそうに近寄ってくる。
「神峰先輩おはようございます」
「おはようございます♪」
「おはよう」
高坂に遅れてやってきた、園田と南にも挨拶を交わす。
『それにしても…』
神峰は、彼女達の姿を見る。運動着姿に少々息が荒い。神峰の言葉通り、しっかりと足腰とスタミナをつけるトレーニングをしているようだ。
「ところで、どうして神峰先輩がここに?」
「ああ、昨日高─」
「私が呼んだんだ!この時間にいるから、また来てくださいって!」
南の問いに答えようとするが、高坂が変わりに答え、少々苦笑いを浮かべる神峰。
『何で、こんなに懐かれてんだ?』
乙女心が解らない神峰は、どこまでも鈍感であった。
そして、気を取り直して、本題に入る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神峰は、語る。
どうして、“音乃木坂学院”に編入したかを。
どういった思いを持って、彼女達の誘いを断ったかを。
神峰は、誤解を恐れず、真摯に語った。
「──これが、オレの正体だ。アンタ達とは、“正反対”の人間なんだ」
そう。いくら変わったと言えど、本来の“神峰翔太”という人間は本質は、どこまでも怖がりで、卑屈で、臆病な、ただの少年なのだ。
三人は、神妙な表情て、神峰の言葉を聞く。その“心”も、深く、深く考えているようだ。
「…それで、その話をどうして私達に?」
長い沈黙を破り、園田は神峰に問う。
その“心”は、神峰に対する猜疑心で覆われており、神峰は、慎重に答える。
「本当のオレを、“弱い”オレを知って欲しかったんだ」
嘘偽りのない自分を知って欲しかった。
「その上で、アンタ達の手伝いがしてェ」
例え、その願いが叶わなくとも、眩い“心の輝き”を放つ彼女達に、知って欲しかったのだろう。自分とは“違う”、最初から逃げない彼女達の光に憧れて。
「………何だ、“そんなコト”だったんだ」
「え?」
しかし、彼女達にとっては、取るに足らない“そんなコト”だった。
「私達だって、“弱い”です。本当に“スクールアイドル”をやることで、廃校を防ぐ事が出来るかと」
「でも、あの時屋上で、神峰先輩が拍手してくれて、褒めてくれて、本当に嬉しかった」
「私達は“スクールアイドル”を選んで、間違いじゃなかったって思えたんだ」
彼女達は、あの時の、神峰の行動に救われていたのだ。
“真っ暗”で“大荒れの海”の上で、“光”を見つけたのだ。
彼女達は更に言葉を、紡ぐ。
「私達があったのは、本当に偶然です」
「でも、あなたに救われたのは本当です」
そして、高坂は、真っ直ぐに神峰の目を見据え、あの時と変わらず、言った。
「私たちと一緒にスクールアイドルをやりませんか!!」
答えは、迷うまでももなかった。
「ああ…!オレがアンタ達を導く!辛い時は支え、迷った時は道標になり、一緒に前に進む!アンタ達の“指揮者”になる!」
神峰は、そう力強く宣言する。
これから先、幾たびの試練、困難が待ち受けていようとも、決して諦めず、彼女達の指針になるよう、神峰は誓う。
そして、そんな神峰に呼応するように、彼女達も笑った。
その柔らかな笑顔は、どこまでも優しく、そして、美しかった。
「これから宜しくお願いします、神峰先輩」
「一緒に頑張りましょうね、神峰先輩♪」
「絶対に、絶対に成功させよう、“翔太”先輩!」
『ん?“翔太”先輩?』
突然の名前の呼びに、神峰は首を傾げる。
「ほ、ほほほほほのか!?いきなりどうして名前で!?」
“何故か”顔を真っ赤にして、園田は高坂に詰め寄る。
そんな彼女をよそに、高坂はあっけらかんと答える。
「だって、仲間になったんだし、何時までも名字じゃよそよそしいかなーって」
「だとしても、年長者に、それも男性の名前を…!」
「まあ、オレは構わねェけど」
現に、“あいつ”の姉に名前で呼ばれているし、自分も名前で呼んでいるので、別に抵抗も無ければ違和感もない。
「それじゃ、私も名前で呼ぶね♪翔太センパイ♪」
「ことりまで!?」
「海未ちゃんはどうするの~」
「一人だけ名字で呼ぶの~♪」
高坂と南は、ニヤニヤとからかうように、園田に聴いた。そして、観念したのか、大きな溜め息をつく。
「わかりました。呼べばいいんでしょ、呼べば!」
(別に、男の人の名前を呼ぶ位、どうって事ない!…ハズ)
園田は真っ赤になりながらも、神峰の前に立ち、顔を見上げる。そのあまりの迫力に、神峰は思わずたじろぐ。
『そもそも、何で名前を呼ぶだけでこんなに恥ずかしがってんだ?』
それは複雑な乙女心なのである。
「しょ、しょしょ、しょう、しょうた………ってやっぱり無理ですー!!!」
「海未ちゃーん!!」
案の定、園田は羞恥心に負け、逃亡してしまった。そして、それを追いかけて行く高坂と南。
ポツーンと、神峰は一人、そこに取り残されてしまった。
そして、その状況に、思わず笑みを零す。
こういった、“絞まらない”始まりが、何とも“今の自分”に相応しい。後は、最後の“締め”を最高の物にすれば良いのだから。
そうして、神峰翔太は、彼女達を追って、走り出した─
先日、巨人の高橋由伸選手の現役引退、監督就任が決まりました。
本来は喜ばしいコトではありますが、まだ引退も早いですし、引退試合もありません。
不祥事に始まり、それを考慮してかドラフトも目玉選手を指名しませんでした。
そのしわ寄せが高橋由伸選手に行っているようにしか思えません…。
来年の高橋由伸監督の頑張りを応援します。
………ラミレス新監督の応援も宜しくお願いしますね。