オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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走れ豚

豚は激怒した。必ず、かの人畜無害なギルド長に一つ言わねばならぬと決意した。豚には戦略がわからぬ。豚はしがない盗賊である。他者の持っているアイテムを奪い収集することを趣味にして暮らしてきた。そして面白いと感じることに対しては人一倍に敏感であった。

 

 

×××

 

 

村を助けに行った? はぁん? 襲撃しに行ったんじゃなくて?

 

いくら「脱偉そうな支配者宣言」をしたからと言ってもここまで崩すつもりはない。

あくまでも心の中で唱えた不服は口からこぼれ落ちることはなかった。

 

しかし問題はそこではない。

「もうこれも一種の芸術じゃあないか」と雪崩を起こしたアイテムの山に諦めを抱き始めた今日この頃。さぼりの事実を隠蔽して遊びに来たよぅとモモンガさんの部屋にやってきたら、なんということでしょう部屋がもぬけの殻だったでござる。

なんで部屋の主の許可なく部屋に入れたんだという質問に対しては不可視化と隠密行動と鍵開けのスキルを極めたおれに入れない場所はないと言っておく。ついでに報告すると天井裏からこの部屋に侵入したので、入り口を警護しているやつにばれると非常にまずい。

 

自分の護衛を振り切ってやってきたので、追いつかれる前にモモンガさんの部屋から早々に退室する。そうして行方不明のモモンガさんを探しているところでセバス・チャンに遭遇、まさかの報告を受けた。そして冒頭に戻る。

 

どうやらモモンガさんは「遠隔視の鏡」(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作するこつを会得しようとがんばっていたらしいのだが、偶然うまくいったところでどこかの兵士に蹂躙されている村を見つけたらしい。

そしてそれを助けるべく<転移門(ゲート)>で外へ向かったそうだ。

 

セバスからモモンガさんの動向を聞いて、真っ先におれが感じたのは怒りであった。

おれたちは今でこそ死の支配者(オーバーロード)石化の蛇(メドゥーサ)という見てくれだが、元は人間だ。人間が人間を助けることはなにも不思議ではないだろう。むしろ推奨すべきよい行いだ。けれどもおれが感じたのは村が蹂躙されている事実に対する驚きや同情よりも、モモンガさんがおれを置いて外へ出て行ったことに対する怒りであった。

こう言うとおれがめんどうくさい彼女かなにかのようでとても気持ち悪いのだが、今の心情はその一言に尽きる。おれも連れてってよ! 外! おんも! おれだってお外で遊びたい!

 

そうしてちりちりと燻り始めた憤怒の炎はどうにも収まりそうにない。

これは、おれたちのこれからのためにもモモンガさんに一つ言わねばならぬ。

 

お供も連れずに天体観測に出たことでモモンガさんと一緒にセバスに怒られてから十二時間も経っていないが、じっとしてはいられない。そしてお供も連れてはいられない。あいつら遅すぎ。移動速度上昇Ⅴと装備アイテムとドーピングの力を舐めないでほしい。

 

部屋に戻り装備を整え、移動速度に関する課金アイテムを取り出したところで、ドレスルームに収まらないため壁際に転がしてある鏡に映った自分と目が合った。これから向かうのは人間の村なのだから蛇の髪はまずいのではないだろうか。ついでに鱗模様の皮膚も、健常者から見れば新種の病気のように思われるのでは。

そうして「ないよりはましだろう」と、露出していた頭と腕の装備を入れ替えた。

 

てれってってー、ガスマスクぅ。効果はほんの少しばかり防御力が上がるのと、毒に関するバッドステータスが無効になるのは言うまでもない。

さらに腕の模様を隠すのに装備したのはもこもこしたガントレットだ。名前をクマサンハンドという。クマサンヘッドとクマサンボディという装備を揃えることでクマサンになれる、ユグドラシルの着ぐるみ装備シリーズの一つである。無論おれはヘッドとボディも持っているけれども、人目につく場所へ行くとわかっていてそこまで自分を捨て切ることはできなかった。

さすがの豚君も羞恥心には勝てない。

 

行ったり来たりと忙しいおれを心配していたメイドに「翻訳:豚君、おんもに行くからあとよろしくぅ」とだけ告げ、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させてまずは第一階層まで転移した。そしてここからが真剣勝負である。

 

ユグドラシルのゲーム仕様上では行ったこともない場所に転移用のスクロールは使用できない。

こちらの世界ではわからないけれども、着地地点が村のど真ん中だった場合の危険性を考えれば使用するべきではない。

ということでおれはここから目的地の場所まで自分の足で向かわなければならないのだ。

背後から迫る護衛という名の追跡者からおれが捕まるか。それとも逃げ切れるか。

まさに生死をかけた戦いが火蓋を切った! …いやこれで捕まったとしても死にはしないと思うけど。

 

「負ける気が! まるで! しないけどなァッ!」

 

課金アイテムによって装備と常時発動能力(パッシブスキル)が数時間底上げされた今のおれに追いつけるものなどナザリック地下大墳墓にはいないだろう。課金アイテムに勝るものなし! 

 

後ろからおれを追ってくる護衛の居場所は盗賊スキルの「標的捜索」(ターゲット・リサーチ)でなんとなくわかる。

そしてモモンガさんとアルベドがいるだろう場所もなんとなくわかる。

マジックポイントを消費して使う特殊能力(スキル)の効果範囲がどれほどのものなのかは把握し難いけれども、ゲームで使用していた頃と比較すれば随分と広いようだ。

視界にはマップもコンソールもないので「ここだな!」というように明確な地点がわかるわけではないが、間違いなくこっちだ、という根拠のない自信が腹の底から湧いてくる。ついでに言うとマジックポイントを使用した感覚もついてくる。なんとも表現し難い感覚だ。

 

そうしておれは自分でもどうやって認識して走っているんだと言いたくなるような速度で森の中を駆け抜けていた。

木の枝から枝へ飛び渡り、岩を蹴って、草に靴跡すら残さぬ軽やかさで地面を踏む。

まるで身体が「なにか」を覚えているように、普通の人間ではありえない身体能力で障害物をものともせず突き進んでいくのだ。

こ、これは…

 

忍者だ! 今のおれすごく忍者してる! 漫画で見たことある!

 

忍びはアサシンの上位職なのだからユグドラシルプレイヤーとして取得しているのは当たり前なのだが、頭に入っているのと実際に経験するのとはわけが違う。というか取得した職業がアサシンだけだったとしても木から木へ飛び移るくらいなんの問題もないのではないかという考えが一瞬過ったけれど、こういうのは気持ちが大事だと首を振った。

「取っててよかった忍者職!」と取得していた職業が思わぬ実力を発揮したことに喜んでいたところで不意に身体が動くのをやめた。

 

馬の蹄の音がする。

 

これが「普通の人間では遠すぎて聞こえるはずのない音」というのは今のおれには知る由もなかったのだが、警戒して不可視化と隠密をもう一度発動させる。

忍びは隠蔽系スキルの効果を底上げしてくれる能力を持っているので、今のおれはレベル80以下の相手には認識することができない。

 

そうして木のうえで息を潜めて待っていると、現れたのはやはり馬に乗った数名の騎士だった。

最初はあいつらが村を襲った兵士かと思ったのだが、それにしては鎧についた血の匂いは非常に薄く、時間が経ち過ぎているように感じる。

話を聞いているとこの騎士たちもどうやら村へ行くようだ。ここは情報収集のためにも便乗させてもらうべきだろう。

 

木のうえから飛び降りて、馬と一緒に並んで走っても誰一人としておれに気づく様子はない。つまりレベル80を超える人間は誰もいないということだ。

おれは先頭を走る指揮官らしき人物の後ろにつくと、その足元で揺れている影に身体を滑り込ませた。影潜みの術という。名前からして効果は想像できるだろう。

これも隠蔽系のスキルの一つなのだが、この特殊技術の使用者が影に隠れている間は絶対に攻撃を受けることはない、しかしその反面で影に隠れている間は絶対に攻撃することができないというのが特徴だ。ユグドラシルのときには他ギルドを見つけるのにとても重宝した。

ただし隠れた影の持ち主が死亡した場合は問答無用で吐き出されるので、できれば一番強そうなやつに寄生したほうがいい。おれが今この部隊を率いている男の影に滑り込んだのも、そういった理由があるからだ。

 

 

そしておれが影に滑り込んで、ほにゃらら時間。

不可視化も隠密も切れたので影から出た瞬間見つかるだろうなあと考えたり、心の中で歌ってみたり「おんまはみんなぁ、ぱっぱか走るぅ(小声)」して、もう太陽が西に傾き始めた頃に、一団は村へ到着した。お前ら遅えよ。おれだったら四分の一時間で到着したわ。

 

しかし無断でただ乗りしている以上は文句も言えない。

影の中から意識を研ぎ澄ませたところで、目的の人物はこちらへ悠々と歩いてやってきた。

 

「初めまして、王国戦士長殿。わたしがアインズ・ウール・ゴウンです」

 

ファッ!?

 

誰だお前。いや言うまでもなくモモンガさんだろう。声と体格は完全に一致している。その後ろには全身がちがちの甲冑に覆われているもののアルベドらしき人物の姿も見える。

なぜモモンガさんがギルドの名前を名乗っているのかはわからないが、なにか考えがあってそうしているんだろう。

 

しかしおれもひとのことを言えた義理ではないが、登場した自称アインズさん()の格好は一言ではとても語り尽くせないひどいものだった。というか仮面の存在感がたくましすぎて、それだけで劇的ビフォーアフターになっている。なんで装備するアイテムに嫉妬マスクを選んだし。

あまりにも衝撃的過ぎるモモンガさんの姿に「村について発見次第すぐさま一撃、二撃ほどお見舞いしてやろう」という意識もどこかに飛んでいってしまった。これ完全に出るタイミング逃したやつ。自分の身体が影の中に溶け込んでいなければ、両手で顔を覆っているだろうと予測できる程度には無力感に苛まれていた。

 

そうしてとりあえず、二人の間で交わされる会話に耳を澄ませる。

どこかでさくっと登場できる隙間があるはずだ。

 

と、思っていたのだけれど話が進むにつれて影から出るタイミングが遠ざかっていく。

そうして最終的におれが寄生している戦士長…ガゼフ・ストロノーフは村人たちのために死ぬ覚悟でアインズさん()と握手を交わして村を出た。おれを影に溶かしたまま。

おれの気分は完全にドナドナである。

 

 

それでもおれがこの男から離れなかったのは、この男の向かう先に「なにか」があると確信していたからだ。

おれは今腹の底がざわめくのを感じている。

心臓の音がうるさいと感じるほどおれを苛んでいるのは、えも言われぬ興奮だった。

 

不幸中の幸いか、髪の蛇の威嚇音は低かったので、馬が草原を駆け抜ける蹄の音に掻き消されている。けれど隠密の効果が切れている以上、声ばかりはあげてはならぬと、おれは無言で溶けた手のひらをきつく握りしめた。顔が見える状態だったならば、今のおれは間違いなく満面の笑みを浮かべていることだろう。

 

…兵士に蹂躙されたという村を見たときにおれの内心で真っ先に生まれたのは、大きな声では言えないけれど、それは「落胆」だった。

盗み聞きした会話によれば死の騎士(デス・ナイト)で倒せる程度の兵士に、容易く陥落させられた村だ。モモンガさんが来なければ今日という日に地図からなくなってもおかしくなかった。…この世界にわざわざこの村の名前を明記している地図があるのかはわからないけれど。

つまりおれにとってはあまりにも――「難易度」が低いのだ。

 

ただ金を払って手に入る重版物ごときに、いったいなんの意味があるだろうか。集める価値があるというのは、稀少性のあるものにこそ与えられる評価だ。そういう点で、まさにユグドラシルというゲームは素晴らしい環境だった。

まず初期状態の装備品がどれほど弱かろうと、ユグドラシルのアイテムはデータによって強化していくことが可能だという点。大抵のゲームも装備を強化することは可能だろうが、限界が存在するものが大半だ。なんの面白みもないそれらと比較して、ユグドラシルは例えひのきの棒であろうと強化次第では勇者の剣になりうるゲームだった。さすがに世界級(ワールド)アイテムには劣るのだけれど、運営が特別設置したアイテムと比べてやるのは酷だろう。

まあつまり、気に入った外装があればどこまでも強くできるのがユグドラシルの特徴だ。その強化のやり方も製作者によって個性が現れる。それは唯一無二の稀少性と言えるだろう。

 

その「稀少」を余すことなく集めることが、おれにとって、なにに勝ることもない悦びなのだ。

 

大切なものは――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでも、これまでギルドの奥地で大切にされてきたのだから、よそ者の手に奪われぬよう仕舞われているべきだろう。できれば何人もの騎士に警護され、魔法防御を何重にもかけられた場所がいい。

攫われぬよう奪われぬよう大切にされてきた稀少なアイテムを手に入れることができたら、それはまさしく至上の悦びになるだろう。

 

だから見るからに難易度の低いあの村は、おれにとってまるで価値のない場所だった。

兵士に蹂躙され死体が転がっていたという話を聞いても「へえ」としか感じていないおれ自身に驚きを隠すことができないが、むしろ驚いていることに驚いている冷静な自分が心のどこかに引っかかっている。これをモモンガさんが知れば軽蔑するだろうか。それともモモンガさんもおれと同じように、心のどこかで変化が生まれているだろうか。

 

話を戻そう。つまるところおれが興奮しているのは、これから、より稀少ななにかが手に入るのではないかと期待しているのだ。

 

例えば国の平穏を維持している魔法の冠が手に入るかもしれない。

例えば凶悪な怪物を封印している聖剣が手に入るかもしれない。

 

そんな子供が布団の中で寝る前に妄想するような情景を思い浮かべて、わくわくしているのだ。恥ずかしくないと言えば嘘になるけれども、それを抑えることができないほど今の自分は高ぶっている。

勿論、この戦士長が向かう先にいる敵が世界級(ワールド)アイテムに匹敵するようなアイテムを所持しているとは露ほども思っていない。けれどもおれにとって大切なのは「稀少」であることだ。わかりやすく言ってしまえば「誰かが欲しがるものが欲しい」という悪辣極まりない収集癖なのである。

 

この性格である以上、人間だったときから大人しいプレイヤーではなかったが、どうにもこの身体になってからおれは我慢をするということがひどく苦手になったらしい。人間ではなくなったことで自己抑制のたがが外れてしまったのか。

しかし、嘆いたところで今更なにかが変わるわけでもない。嘆く必要もなかったが。

 

閑話休題。

 

そうしておれの宿主と敵が相見える。

天使の群れを過ぎて、人間の群れの中の一人。

そいつの懐になにかがあると盗賊の常時発動能力(パッシブスキル)が騒いでいる。あれが欲しい。

 

タイミングを見て隙あらば奪おうと決めていたのだけれど、宿主は標的に近づくこともままならずに地面へ膝をついた。えぇー…ちょっと男子ぃ、しっかりしてよぉ。

 

影潜みの術には宿主が死んで吐き出されるときには、自ら影から出たときと違い、ヒットポイントが二割ほど減少するというペナルティがある。それを考えるともうこの男の影に隠れている必要はないだろう。

影からおれの身体が構築されたところで、天使の群れが突撃してくるのが見えた。

 

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