オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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幕間前篇

「アインズ・ウール・ゴウンの名前を世界に轟かせる…。なんかゲームの目標みたいですね」

「あながち間違ってはないですけどね」

 

そりゃあそうだ、ゲームの中からこちらの世界へ転移してきたんだもの。

それが現実になったところで、会社と自宅を往復するだけの以前と同じような生活ができるはずがない。というかしたくない。ここがどこなのかはわからないが、こうして来てしまった以上は、必要な情報を得て適した目標を立てるべきだろう。

 

あれから草原から帰ってきたおれたちは、今後についての話し合いをしている。

どうしてこんなに真面目に額を突き合わせているのかと言えば、あと一時間もすれば、守護者たちを含めた上位の部下が玉座の間へ集まることになっているからだ。

発言のつじつまを合わせるための緊急作戦会議とも言う。

 

「目標は世界征服ってことですか? やだぁモモンガさんたら魔王ぅ」

「ち、違いますよ! そんな大層なものではなくてですね、わたしたち以外に、この世界に他のプレイヤーがいる可能性だってあるわけじゃないですか」

「なきにしもあらずですね」

「アインズ・ウール・ゴウンはよくも悪くも有名なギルドだったので、もしもなんらかの活躍でこの世界に名前が轟けば、その名前に釣られたプレイヤーをおびき寄せやすいと思うんですよ」

「そうして油断しているところを背後から奇襲する、と…完璧な作戦だ」

「しませんよ!? 超耐久型のシュヴァインさんがいるとしても、何人のプレイヤーがこの世界に来ているかもわからない現状では、敵を作るのはあまりに危険だと思います」

「PKの血が滾るぅ…」

「やめてください」

 

横槍を入れつつ話を聞いていくと、最終的な結論はこうであった。

「アインズ・ウール・ゴウン」を名乗り、その名前を世界に知らしめるべく行動するのだ。

おれたちのギルドの名前はいつの日かプレイヤーの耳に入ることになるだろう。その人物が敵になるのか、それとも味方になるのかはわからないが、名前を知れば必ずなんらかの行動を起こすはずだ。そしてそれまでに情報網を敷いておけば、そのプレイヤーの取った行動は情報としておれたちの耳に入ってくる。

まるでいたちごっこのような図式だが、まだ見ぬ相手を誘い出すには最も有効な手段だろう。

本当に理想的な状態をあげるなら、このナザリック地下大墳墓に引きこもった状態でプレイヤーの存在を知ることができたら最も素晴らしいのだけれど、理想論は理想論だ。こちらの情報も多少犠牲にしなければ、標的を捕らえることなどできないのである。

 

「わたしとしてはギルドメンバーが築いてきた結晶の名前を軽々と名乗ること自体、気が引けたんですけど…」

 

シュヴァインさんに相談もせず実行してすみません、と告げる骸骨に溜め息しか出ない。そんなおれの様子に、不安からなのか机のうえで組まれた骨の手がもじもじ動いている。

 

「モモンガさん真面目ですねえ。別にいいじゃないですか、今日からおれがアインズ・ウール・ゴウンな! で。それでいつかギルメンが帰ってきて怒るようなら非常事態だったんですぅ今日からおれは元に戻りますぅって開き直ればいいんですよ」

「…そうでしょうか」

「おれはそんな作戦も考えずに世界各国に奇襲をかけにいくタイプなんで、戦略やらを考えるのはまるで向いてないんですよ。モモンガさんの意見を聞いてなるほどと納得することだって多いんです。ユグドラシルのゲームだった頃はアインズ・ウール・ゴウンは多数決を尊重して動いていましたけど、モモンガさんはもっと自分の考えに自信を持ってもいいと思いますよ」

「シュヴァインさん…」

「まあそれを発言して実行したぶんだけ責任が付きまといますけど」

「社会人の重荷の部分じゃないですかやだー!」

 

両手で顔を覆って伏せったモモンガさんを見て笑い、カップの中の残り少ないお茶をあおる。飲み干したところで「ふぅ…」と聞こえたので精神が強制的に安定化されたのだろう。

おれの特殊能力(スキル)には精神作用無効はないので、客観的にモモンガさんを見ているとなかなか面白い反応だと思う。少し体感してみたい気もするが「めちゃくちゃ鬱陶しいですよこれ」と言われるのであまりいいものでもないようだ。

 

「でもやはりどちらがアインズ・ウール・ゴウンを名乗るかくらいはきちんと…」

「アインズさんよろしく」

「早すぎます。大切なことなのでもっと論議しましょう」

 

そんなこと言われましても豚君が豚じゃなくなったら豚としてのアイデンティティが崩壊するんですけど? 豚君の名前がギルド名に改名されたら、自分のこと豚君って呼べなくなっちゃう。

 

「なんですかその豚に対するこだわり」

「まあ正直に白状すると豚じゃなくて牛のほうが好きですかね」

「肉食系男子ですね」

「魚のほうがもっと好きです」

「だめじゃないですか」

「しかしこっちに来てからねずみ肉という選択肢が増えたことに悲しくて悲しくて震える。これはモモンガさん手ずから冷凍マウスを与えられるのも時間の問題かもしれない」

「やったぜ」

「鬼の子か貴様」

 

相変わらずきゃっきゃうふふと駄弁って話が議題から離れていくのだけれど、おれにはギルド名を名乗る気がない点と、モモンガさんがギルド長だという点、そして言い出しっぺの法則で「アインズ・ウール・ゴウン」という名前はモモンガさんが名乗ることになった。

 

「よろしくお願いしますアインズ・ウール・ゴウン様()」

「シュヴァインさんなんですからそこはモモンガでいいですよ」

「いえっさー」

 

そうして話は大元に戻る。というか時間がないのだから早く話を進めるべきである。

けれどもおれは先程こってりしぼられた疲労から、あまり集中できずにいる。肩を押さえて首を回せばごりごりとひどい音が鳴った。

石化の蛇(メドゥーサ)に疲労無効などという素晴らしいスキルはないのである。

 

「…帰ってきたとき、あれからどうでした? わたしとアルベドが<転移門(ゲート)>を使って戻ってきたときから、セバスにすごい顔でシュヴァインさんの居場所を聞かれましたけど」

「さんざんでしたよぉ…ていうかセバスだけじゃなくてデミウルゴスまでいましたし、あんなに恐ろしいお出迎えは初体験です」

 

魔法職を持っていない以上、そしておれにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使う意思がなかった以上、おれのナザリック地下大墳墓への帰還には必ず中央霊廟を通ることになる。そこで待ち構えていた阿吽像の姿を思い出し、おれはぶるりと身を震わせた。

 

「がんばって引きずってきた木偶人形も没収されちゃったし」

「シュヴァインさんが飽きたら拷問にかけろって指示は入れていたんですけどね。一言注意しておきますか?」

「いや大丈夫です。あれの使い道はあとはもう足置きにするくらいかな、程度だったんで」

 

 

×××

 

 

草原でのあの雰囲気からして、解散したあとは気づけば数日くらい経過してて「新しい冒険の始まりだ!」とかいう展開になっても不思議じゃないと思うじゃん?

しかしゲームの世界から転移したと言っても、そこが現実になった以上、現実は現実らしい。つまり厳しい。

 

さんざんに遊びたおして、途中までは「う゛ぇっ…う…ゆるじで…、おえ゛っ…」とかなんとかうめいていた人形から呼吸音しかしなくなった頃、行き道とは違いだらだらと歩いていたおれは、夜も更けた頃にやっとナザリック地下大墳墓へ帰還した。したのだが。玄関口とも言える霊廟の左右で金剛力士像の阿吽の如く降臨していたのは、とても厳しい顔をしたセバスと、口元だけで笑っているデミウルゴスであった。

その異様な光景に「やばい」と理解してすぐさま来た道を戻ろうとしたのだけれど「お帰りなさいませシュヴァイン様」と異口同音に言われてしまえば、逃げ道を塞がれたも同然である。

 

た…ただいまぁ…と声をしぼり出す勇気さえわかず、恐る恐る二人を見た。

「いやぁこれは怒ってますね、どうですか実況の豚さん」「今までに類を見ない怒りですよぉ解説の豚君」というそんな脳内会議で現実から逃避したところで稼げる時間は限られている。

精練された動きの一礼から頭を上げ、まず口を開いたのはセバスだった。内容はやはりというべきか「昨日あれほどお供を連れていけと言ったのに忘れたのかよ」という苦言を尊敬語と謙譲語と丁寧語で表現したものだ。ごめん…ごめんて…。

 

脱走同然で外に出たとは言え、その行為はおれの想像以上におおごとになっていたようだ。

そこからセバスのお説教にデミウルゴスが参戦し、いかにお供を連れて歩かないという行為が重大なことなのかを語られた。もうやめて、豚君のライフはゼロよ。

 

「…無論、私どもにシュヴァイン様の行動を制限するというような、恐れ多い意識は皆目ございません。ですが、供を連れずにとなりますと話は変わってまいります」

「御身になにかあったときに、私たちが側におらず至高のお身体が傷つくなど、それを想像するだけで恐ろしいのです。至高の御方にはご迷惑だと重々に承知のうえでお願い申し上げます。…どうか、どうか我々に寛大なる御慈悲を」

 

そうして長い説教のしめには「シュヴァイン様まで…他の至高の御方と同じくお隠れになられたのかと」と二人してさめざめと泣かれた。ごめんて。

お前いいかげんにしろよ! と怒鳴るような説教ならばあっかんべえでもして無視しておけばいいのだけれど、このようにしずしずと懇願されるような言い方をされると、こんなときどんな顔をすればいいかわからないの。

 

「二人の言い分はよくわかった。今回のことはおれが悪かったな」

「とんでもございません! 我々がシュヴァイン様に窮屈を強いてしまっているのです!」

「そうです、セバスの言う通りです! これも我々の不徳の致すところ、シュヴァイン様が悪いことなどなに一つありません!」

 

それは言い過ぎだろうデミウルゴス。…いや言葉には出すまい。会話で勝てる自信がない。

その場しのぎに「おれが悪かったですぅ、今度からちゃんとお供つけますぅ、たぶんね」と約束をしたところで二人の顔にやっと安堵が色が浮かんだ。

 

「ありがとうございます。慈悲深き至高の御方に感謝致します」

「構わないとも」

 

この調子だとこいつらだけでなく、ナザリックのいたるところで「豚様お隠れ疑惑」とやらが起きていることだろう。その予測は寸分違わず大当たりしてメイドに泣かれ、近衛にも泣かれ、おれを探すために派遣された探索部隊にも泣かれることになるのだがその辺りの話は長くなるので割愛しておく。

 

 

「我々ごときに貴重なお時間を使わせてしまい申し訳ありません」という謝罪に時間のくだりだけはまったくだとうなずきそうになったのを押しとどめ、やっと霊廟の中へ入る。そこにはさも当然のようにデミウルゴスが付き従った。もうなにも言うまい。

セバスは先に帰還していたアルベドからなにやら指示を出されているようで、仕事をこなすために足早にその場を去って行った。

 

身体一つならばデミウルゴスを従えずともリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで第九階層まで転移できるのだけれど、生憎今おれの手元には道具として数えられないお荷物がぶら下がっているので、気安く転移を使えない。

いや正確にはいた、だ。

デミウルゴスが紳士的な態度で「お持ち致します」と交代してくれた。やだ…いけめん…。

 

「この人形はシュヴァイン様のご興味がなくなり次第、特別情報収集官の元へ引き渡し、情報を得るようにとモモンガ様より伺っております」

「わかった、引き渡す時期についてはまた追って連絡する」

「畏まりました。…ですが…これは…」

「ん?」

「いえ…」

 

ちらりとデミウルゴスの視線を追いかける。そこにあるのは四肢のうち三つをなくし、顔をよだれや涙、吐瀉物で、そして身体中をこびりついた血で汚した人形の姿だ。破られて乱れた首元や肩にはおれが面白半分で実験体にしたあとがびっしりと残っている。

帰還の途中からこいつが大人しくなったのも麻痺や毒による影響が大きいだろう。一度は呼吸すら止まったので延命措置のために慌てて下位のポーションを少量与えたけれど、喚き声が大きくなったので少しだけ後悔した。

でも情報源にするなら生かした意味があった。よかった。めんどうくさくなって何度か放り出そうと思ったから…。

 

「どうした、言ってみろ」

「…シュヴァイン様の持ち物に対する無礼をお許しください。このように汚らしい人形は神聖なナザリックへ持ち込むにはいささか不釣り合いかと」

「そんなものか」

「はい。差し支えなければ、なぜこのようなものを拾われたのか伺ってもよろしいでしょうか」

「あー…ものすごく子供っぽい理由で恥ずかしいんだがな。欲しかったものをこいつに横取りされた、とでも言うのか。それでかっとなって憂さ晴らしをするのについ」

「なんですって?」

「ひぇ」

 

ぎょろりとデミウルゴスの目が人形を睨んだ。

それはもう、見たこともないほど恐ろしい表情で。思わず声が出た。

デミウルゴスが掴んでいた人形の足首からみしみしと音が鳴り、うめく声が聞こえたので、たぶんこれは複雑骨折はまぬがれないだろう。

お、おれのおにんぎょう…。

 

そうしてきつく人形を睨んでいた宝石の目が今度はこちらを見る。

ぶぅぶぅ、ぼく悪い豚さんじゃないよぅ。本日二度目の現実逃避をしてみたけれども、厳しい現実がそんなことを許すはずもなかった。

 

「シュヴァイン様」

「はい」

「…人形をお求めなのでしたら、後日、私がシュヴァイン様に相応しい…いえ、至高の御方に見合う生き物などこの世にはいませんね。失言をお許しください。どのような手を使ってでもシュヴァイン様にご満足いただける人形をご用意致します。ですのでどうか、この人形については…」

「いいとも、おまえにすべてをまかせよう」

「ありがとうございます。この人形にはしかるべき処置をしたあとで、私が責任を持って特別情報収集官の元へ引き渡します」

「たのんだぞ」

「はい」

 

 

×××

 

 

「あんな目で見られて嫌ですとか言えるわけないじゃないですか」

「はあ、そんなことがあったんですね…」

「がちがちで舌とか回りませんでしたからね。正直あのまま食われると思いました」

「味が鶏肉に似てるんでしたっけ」

「やめてよ!」

 

騒いでいると、不意に部屋の戸が叩かれたので二人揃って一気に黙り込む。顔を見合わせておれがうなずけばモモンガさんが「入れ」と声をかけた。

部屋に入ってきたのはセバスだった。

 

「準備が整いました。皆、玉座の間で至高の御方々をお待ちしております」

「わかった。すぐに向かうが、少し外で待っていろ」

「はっ」

 

入ってきたときと同じように綺麗な礼をしてセバスが退室するのを見送ってから、おれたちは恐慌状態で顔をつき合わせる。まじかよ知らない間にもうそんなに時間が経ってるとか聞いてない。

 

「どうするんですかこれ…! 作戦会議とか言ってなにも相談できてないじゃないですか…!」

「これはもう玉座の間でなんとかするしかないですよ!」

「そんなことを言って現場で事件が起きたらどうするんですか!」

「そのときはシュヴァインさんがフォローしてください…!」

「いやいやいや、おれたちの間でアイコンタクトなんか成立しないって学習してください!」

「さっきうまくいったから大丈夫ですよ! …ふぅ、シュヴァインさんは、死なばもろともという素敵な言葉をご存知ですか…?」

「うわこのがいこつむごい」

 

どうやら逃げ道は残されていないらしい。お互いうなずき合って、椅子から立ち上がった。

これから向かうのは百鬼夜行ひしめく玉座の間である。

今の気持ちを表現するならあれだ。

どう足掻いても絶望。

 

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