これからの指標は「アインズ・ウール・ゴウン」を不変の伝説にすること。
それを至高の御方であるモモンガ――名前を改めたアインズとシュヴァインの両名が厳命したのだから、 今後のナザリック地下大墳墓の行動は、なにを置いてもそれが最優先事項となる。
玉座の間で下された言葉は、今もデミウルゴスの胸を打っている。
最高責任者であるアインズを守護する騎士のように、ナザリック地下大墳墓という一団を指揮する隊長のように。威風堂々たるその姿はナザリック全ての者を魅了してやまなかった。
あのお方は、玉座の間で語ったのだ。
英雄が数多くいるなら全て塗りつぶせと言ったアインズに続いて、最高責任者の全幅の信頼を得ているという証明のように受け取ったスタッフで床を叩き、その場にいるシモベたちへのたまったのだ。
「我らはわずかに一個大隊。召喚された者を除けば、千人に満たぬ兵に過ぎないだろう」
「だが諸君は一騎当千の古強者だとわたしは信仰している」
「ならば、我らは諸君とわたしで総力百万と一人の軍集団となる」
「いまだ我々を知らず、眠りこけている連中を叩き起こそう」
「髪の毛をつかんで引きずり降ろし、眼を開けさせて知らしめるのだ」
「連中に恐怖の味を教えてやる」
「連中に我々の足音を教えてやる」
「天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらないことがあると思い知らせるのだ」
「わたしは諸君の忠義を信じてやまない」
「どうか、どうか、諸君らの忠義を一本の矢として、その力をわたしに見せてほしい」
「征くぞ諸君」
「これはアインズ・ウール・ゴウンの名前のための聖戦なのだ」
「そう、これはわたしたちの矜持を賭けた戦争だ」
「諸君。わたしは戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる」
「諸君。わたしに付き従う大隊戦友諸君」
「君たちは一体なにを望んでいる?」
「さらなる戦争を望むか?」
「情け容赦のない糞のような戦争を望むか?」
「鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐のような闘争を望むか?」
シュヴァイン様の御心のままに、と打ち合わせたわけでもなく揃った声が玉座の間を満たす。
「よろしい、ならば戦争だ」
歓声が玉座を満たした。
まさに「至高」という言葉が相応しい御方々だと、デミウルゴスは恍惚とした溜め息を吐いた。
だからこそお二人のために、我らナザリック地下大墳墓の者はこの世界を献上するべく尽力しなければならない。
「世界征服なんて面白いかもな」と言ったアインズの声が頭の中で何度も反響する。
そうして先程のシュヴァインの演説で、その意思は確固たるものになった。
「至高なる御方の真意を受け止め、準備を行うことこそ忠義の証である。各員、ナザリック地下大墳墓の最終的な目標は宝石箱を――この世界を至高の御方々にお渡しすることだと知れ」
沸き立つシモベたちは、玉座の間を退場したあとで交わされたモモンガとシュヴァインの「なんですかあの恐ろしい演説」「よろしいならば戦争だ」「やだこの豚さん過激派」というやりとりなど知るはずもない。
いかなる手段をもってしてもこの戦争に勝利せねばならない、という意思だけが玉座の間に渦巻いていた。
×××
いまだ、首が熱を持っている。
デミウルゴスはそれが錯覚であると理解はしていたが、あの痛みを思い出すと、身体が沸騰してしまうのではないかと思うほど熱くなった。数日前のシャルティアの言葉を借りるのであれば、先日の行為はデミウルゴスにとってまさにシュヴァインの力の波動――褒美を賜るのと同義だった。
そしてあの演説。
デミウルゴスは興奮を抑えきれずに思わずぶるりと身体を震わせて、それでもなおあり余るほどの狂喜の感情をのどの奥で飲み込んだ。
四十一人のうちの、たった二人。
この地に残った最も尊い支配者たちにはこの浅ましい考えが見透かされているのだろう。
特に、無礼を働いた制裁としてこの処罰を下されたお方にはもはや申し訳が立たない。それでなお自分が仕えることを許してくださるのだから…と、そこまで考えてデミウルゴスは首を振った。
お二方の慈悲がまるで海のように深いことを知っていても、それに甘えることはデミウルゴスの臣下としての矜持が許さない。
今後も仕えることを許していただけたのならば、行動をもって恩義に報いるべきだ。
だからこそ「至上の御方が欲したものを横から奪う」という許し難い行いをした人間を、情報のためにとは言え生かしておかねばならないというのはひどく苦痛だった。
けれども、だからこそ。
特別情報収集官には、あの生きる価値もない人形が遅れて引き渡されることをあらかじめ告げてある。玉座の間から第七階層へ戻ってきたデミウルゴスは、迷うことなくある場所へ向かった。
「中身は殺していないだろうね」
「はっ、勿論です。全てデミウルゴス様のご指示の通りに」
話しかけたのは一人の悪魔だ。
身体にぴったりとした黒い皮の前かけをして、全身は白というよりも乳白色の皮膚をしている。
そんな「血色が悪い」の一言では表現できない身体には、薄紫の血管が全身をめぐっているのが見えた。頭部は一部の隙もなくぴったりとした黒い皮のマスクをしており、視認、呼吸、それらがどうやって行われているのかは皆目検討もつかない。
デミウルゴスに向かって跪いたその身長は起立すれば二メートルはあるだろう。その身体のパーツの中でもひときわ腕が長く、その手先は膝を超えるのが容易く想像できた。
その異質な姿をした悪魔をトーチャーという。言うまでもなくデミウルゴスの部下だ。
トーチャーが視界で見送った先には、火であぶられている牛の像があった。
真鍮製の像はその身体が黄金色に見えるほどに熱されて、灼熱を司る第七階層の中でも輝いて見える。本物の牛と見まがうほど丁寧に作られたその像の口からは、中身があぶられて発生した煙がもうもうとあふれ、牛に酷似した鳴き声が聞こえた。
「透視にて中身の監視は万全に行っております。定期的に像へ水をかけて上昇しすぎた温度を落とし、よほどの状態であれば治癒魔法をかけております」
「それは結構。これはアインズ様とシュヴァイン様からの大切な預かりものだからね」
デミウルゴスはトーチャーの回答に満足げにうなずいて、言葉を続ける。
「そう言えば特別情報収集官から聞いた話によると、捕らえた不届きものたちは情報をいくつか聞き出した途端に絶命したというじゃないか。それならば確実に情報を取れる体制を整えてから、あの人形を引き渡すべきだと思うのだが、君はどう思う?」
「おっしゃる通りかと」
「うん、私もそう思うとも。そして時間が来るまでは至上の御方からお預かりしたものは、きちんとした方法で保管しておくべきだともね」
ゆったりとした動作で牛の像の周りを一周して、デミウルゴスはその口から聞こえる牛の声に耳を澄ませた。何度聞いてもその声は、デミウルゴスの好む「人間の悲鳴」からはほど遠い。
だがそれでいいのだ。これには嗜好品になる価値もないのだから。
「時期が来るまでは今後もこの調子で頼むよ」
それだけ告げて、デミウルゴスはその場をあとにした。
その場所には人間の悲鳴などまるで聞こえない。聞こえるのは指示を受けたトーチャーが返答する声と、第七階層という環境にそぐわない牛の鳴き声が木霊している音だけだった。
「生きる価値もない人形だが、シュヴァイン様に触れていただいた痕跡を残しているんだ。それを我々が関与したことで息絶えさせてしまうのは、不敬なことだからね」
だから、皮膚が焼け爛れて、元の傷がわからなくなってしまえばいいのだ。