オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚界道中膝栗毛

「よし、行ったな。――おれたちも行くぞ、メーア」

「はッ…はい! しゅ、っポルコ様!」

 

城壁都市エ・ランテルの冒険者組合の建物から漆黒の全身鎧を纏った人物と、言葉を失うような黒髪の美女が出てきたのを見計らって、ポルコと呼ばれた男は側らの部下を呼んだ。

そうして先程の漆黒の戦士と同じように建物の中へ入っていく。

 

組合の人間から見て「ポルコ」と名乗った男は実に奇妙な装いをした男だった。

身長ばかりがひょろりと高い痩躯をしていて、身体を覆っている装備も、身体の凹凸が浮いて見えるような薄いものを身につけている。そのうえからみすぼらしいねずみ色の外套を羽織い、小さな皮の荷袋を肩に担いでいた。

そしてなによりも異色なのはその顔だ。

ポルコは、露出する部分が一切ないように布で顔全体を巻いていた。そしてほんの一片の隙間すら許さないと言うように、色硝子(いろがらす)を張った保護眼鏡(ゴーグル)を布のうえから着用している。

眼鏡などという高級品を身につけていることから貧乏人ではないと考えるのが普通だろうが、それにしては外套のみすぼらしさが不釣り合いだ。

 

保護眼鏡(ゴーグル)は恐らく盗品だろうと見当をつけ、今度は隣の人物へと目を向ける。

 

ポルコという男が盗賊じみた雰囲気をしている一方で、ポルコに「メーア」と呼ばれた少年は実に上品で質のいい服を身に纏っていた。

恐らく魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだろう。白を基調に複雑な模様の入った衣服を身につけ、藍色のローブを羽織っている。両手には黒檀のような素材の木の杖を大事そうに握りしめて、おどおどと何度もポルコの顔色を伺っていた。

ポルコの装いと比較すればあまりにも普通、…そもそも普通の感性を持っているならば自ら冒険者には志願しないのだろうが、特筆すべき点は一つだけ。少年が闇妖精(ダークエルフ)だというところだろう。

 

一瞬、近隣諸国でいまだ容認されている奴隷だろうかと考えたが、それにしては耳などが切りつけられている様子はない。それどころか自分よりも質のいい衣服を着せているのだから、どちらかと言えば奴隷ではなく稚児として連れているのかもしれない。

そういう(・・・・)趣味のものはどこにでもいるものだ。感染症などの危険を考えれば、特定の相手のほうが娼婦や陰間を買うより安全だとも言える。

少女のように愛らしい顔立ちをした少年なのだから、相手をさせるのにも不足はないだろう。

 

盗品の保護眼鏡(ゴーグル)を身につけ、闇妖精(ダークエルフ)を稚児として連れ歩くとは。

そうして組員の受付が「この男は行く行くはワーカーになるだろうな」という予想を立てたところで、二人の手には冒険者であることを証明する銅のプレートが手渡されたのだった。

 

「なにかとんでもない勘違いをされた気がする」

「え…? なにかおっしゃいましたか? ポルコ様」

「いやなんでもない。ああそうだ、メーア、おれを呼ぶときはポルコでいいぞ」

「そ、そういうわけには…!」

 

冒険者組合の建物から出たところで呟いたポルコの呟きは、メーアには届かなかったようだ。

わたわたと慌てるメーアの頭を撫でて、落ち着くのを待ってから、これからどうしようかとポルコは――シュヴァインは考えた。

 

 

×××

 

 

ことの発端はモモンガだった。

正確な情報収集を行うために冒険者として外に出る、と言い出したのだ。

無論モモンガから「そういったことを考えている」という説明は、シュヴァインは事前に受けていたけれど、案の定ナザリック地下大墳墓の部下たちからは不承認の言葉が飛び交った。

「ですよねー」と言いかけた言葉を口の中に押し込みながら、しかし今回ばかりはモモンガのほうも折れないと理解していたので、シュヴァインは我関せずとばかりにギルド長と守護者たちの論争を無言で眺めていた。

 

現在ナザリック地下大墳墓が握っている情報は、有効活用するにはあまりにも拙いものだ。

それを正確に補おうにも、ここの部下たちはあまりにもあくが強すぎた。そもそも人間社会の中に紛れることのできる外見をしているものが非常に少数で、その中の稀少な部下でさえ「人間はごみ以下だ」と罵る状態がテンプレートである。

こういうわけで、この事態を深刻に受けとめたモモンガが、自らナザリックの外へ出ると打って出た。それに便乗してシュヴァインも「え、モモンガさん外行くの? 豚君もおんも行くぅ」と近所のコンビニへ立ち寄るような気軽さで名乗りを上げた。

 

モモンガの発言に最も強い反応を示したのは言わずもがなアルベドである。

ひゅー、モモンガさんもてもて! とシュヴァインは内心でふざけていたけれども、ふと、セバスの発言で火種は飛散した。

 

「もしや…シュヴァイン様もアインズ様と同じお考えなのですか」

 

つまり外に行く気なのかという質問だった。

無論そのつもりだ。

それは当然と言えば当然なのだが、しかしシュヴァインには先日の脱走事件というモモンガ以上の前科がある。なのでセバスの警護という名の監視の目は厳しくなるのもうなずけた。そうしてそれが数日と経たないうちに今度は日程が定まらない遠征をする、と言っているのだからナザリック地下大墳墓の生活面の全てをその身に担う家令の目が、一層厳しくなるのもしかたないだろう。

 

皮膚が蛇皮ではなく人間のものであれば今頃、ひどい量の冷や汗をかいていたはずだ。

モモンガのように精神作用無効を身につけていないシュヴァインが家令からのプレッシャーに耐えられるはずもなく、そっ、と視線を逸らす。

その姿はモモンガから見ればまさに「蛇に睨まれた蛙」のようだった。シュヴァインさんが蛇のくせに、と後日のモモンガは語る。

 

しかしそれはナザリック地下大墳墓に住む者たちにとって「お前に言う必要はない」という支配者の態度として受容された。つまりモモンガの考えに賛同していると、シュヴァイン自身も遠征に向かうつもりなのだと。

 

「シュヴァイン様まで…」

 

誰かの言葉が静まり返った玉座の間に反響していやに大きく聞こえる。

そうしてわずかばかりの沈黙のあとで、片手を口元にやって考えごとをしていたデミウルゴスがアルベドにそっとなにかを囁いたのち、モモンガとシュヴァインの遠征は守護者たちに認められることになった。

彼がなにを言ったのかは皆目検討もつかないが、セバスの厳しい視線から逃れることができたシュヴァインは素直に感謝した。

「お前のおかげで話がうまく進んだ」という言葉に「助けてくれてありがとう」という隠語があることなど知る由もなくデミウルゴスは優雅に一礼を返す。アルベドとセバスも、至高の御方お二人の意見ならばしかたないといった様子だ。

 

そうして「どうか供はつけてほしい」の部下たちの言葉にうなずいて、二人は冒険者として城壁都市エ・ランテルへ足を運ぶことになったのである。

 

 

そうしてシュヴァインは名前を「ポルコ」と偽り、先程やっと冒険者登録を済ませた。

冒険者組合の受付の不躾な視線を受けて居心地悪そうにしていた相棒「メーア」――マーレも、開放された安堵からかほっと息をついていた。

 

これからしばらくシュヴァインたちは、一般の冒険者と変わらない生活を行ってこの世界の常識を学ぶのだ。

「アインズ・ウール・ゴウン」の名声のために活動する担当がモモンガだとするならば、一般の常識や民間の噂など、ナザリック地下大墳墓の部下たちにはできかねる情報収集を行うのがこれからの二人の主な仕事である。見聞の旅とも言う。

 

本物のRPGみたいだとシュヴァインは口に出さず考えた。

けれども他人の家に押し入って侵入した挙げ句、箪笥を物色して瓶を叩き割るのがさすがにまずいことだとは馬鹿でもわかる。

それはシュヴァインにとって「上等な獲物」が目の前を闊歩していても指をくわえて見ていなくてはいけないという意味と同義のことだ。ならばどうすればいいのか。その解答は「そのための隠密スキル」である。正直この遠征を志願したのはこのためであって情報収集はついででしかない。

ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ。

 

「ぽ、ポルコ様、どういたしますか?」

「んー…とりあえず冒険者組合の受付が言っていた宿屋に行く。モモンっ…もそこへ向かっただろうからな」

 

フルネームを呼びそうになって無理矢理に押し留めた。

紛らわしい名前をつけたものだとギルド長を少しばかり恨みつつ、シュヴァインは歩を進める。他にも気になるものがないと言えば嘘になるのだけれど…まずは冒険者としての一歩を踏み出さねばならぬ、と自分に言い聞かせて。

 

そうしてマーレが半歩後ろをついてくる気配を感じながら、シュヴァインは顔を動かさず視線だけで周囲の観察を始めた。目の周りの皮膚を隠蔽するのが保護眼鏡(ゴーグル)の目的だったが、どうやら視線を隠す意味でも役立ちそうだ。

やがて数十メートルも道を進むと、供として連れてきたのが「闇妖精(ダークエルフ)」のマーレであることは失敗らしいと悟る。だが失敗だとも言えるが成功だったとも言える。

シュヴァインたちに必要なのは知識だ。相手の反応を伺うことでなにが常識でなにが非常識でないかが見えてくる。そしてそれに沿って行動することが、環境に溶け込む条件になるのだ。

 

「メーア、少し不便を強いるかもしれないが、悪いな」

「い、いえっ! 僕がポルコ様のお役に立てるなら本望ですっ!」

 

シュヴァインは闇妖精(ダークエルフ)を見る人々の目は好奇心を多分に含んでいるものだと理解した。

つまり闇妖精(ダークエルフ)が人目につくところにいることはそうそうないのだと、しかし皆無でもないのだということを知った。

 

自分は今後どうするのか。

その収集するべき情報の多さと、収集したいアイテムの所在に、どの程度でその広大な範囲に見切りをつけるかを考えながら、シュヴァインはやがて見えてきた宿屋の入り口を開いた。

 

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