オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚界道中膝栗毛 その三

ンフィーレア少年の生まれながらの異能(タレント)については保留する。

そしてブリタのポーションについても保留だ。

それならば、もうなにも気にすることはないだろう。おれは明日からの仕事に備えて、かび臭い木製ベッドに横たわりながらナザリックの羽毛布団を恋しがって寝るべきだ。

 

…なんてなるわけないじゃん? だって豚君だよ?

 

「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 

草木も眠る丑三つ時。おれはスキルを駆使してそっと宿屋を抜け出した。

いや、正確な時間まではわからない。だっておれの持ってる時計、時間を確認したら「シュヴァインお兄ちゃん、今は何時何分だよ」とかわざわざ音声付きでお知らせするんだもの。

偽名を名乗っている以上、別の名前が出てくるのはまずい。

というかこんなロリ声が聞こえるアイテムを所持している時点でまずい。職務質問不可避だ。

そして七時二十一分と十九時十九分に時間の確認をしたときに、それを人に聞かれた場合は現行犯逮捕もまぬがれないのである。

 

ところどころ明かりはついているが、ほとんどの人間が寝ついた時刻に街を明々と照らすような光源はない。脳内で流れるBGMは某ピンクいパンサーのテーマ曲である。

おれは屋根から屋根へと飛び回り目的のものを探していた。

 

この街に来たときからおれの盗賊スキルに引っかかっていたものが二つ、三つほどあるのだ。つまり、一定のレア度を保証するアイテムが。ちなみに宿屋から感じたレアアイテムならばそんな数では足りないのだが、言うまでもなくモモンガさんや、モモンガさんのお供として同行してきたナーベラル・ガンマの装備なので、さすがに身内から強奪するわけにはいかないだろう。

 

盗賊の感知スキルは一定のレア度を保証すると言っても、そのアイテムの個々のレア度までを細かく感じ取れるわけではない。これから向かう場所にあるのは感知できるレア度の範囲で、稀少価値が一番低いアイテムかもしれない。

まあそんなことを考えてもらちが明かないので、とりあえずそのアイテムを見に行くことにしたのだ。後生大事にしまわれているようなものならばそのままいただいて帰るし、その辺に放り出されているガラクタならば諦めてしまえばいい。

余談だが運営側の対策によってユグドラシルでは世界級(ワールド)アイテムの感知はできない。それについてはこの世界はどうなのだろう。感知できれば非常にありがたい。

 

そして。

 

「…見ぃつけた…」

 

屋根の下で、外套を纏った一人の女が歩いていた。

 

 

×××

 

 

彼女はある取引のために墓地に向かっていた。

 

追われている身ということもあって、尾行や襲撃の類いには十分に警戒をしていた。

しかしそれでも英雄の領域に到達した自分とまともにやり合える相手が、そう簡単に現れるとも思えない。そんな気持ちで薄暗い路地の道を曲がろうとしたところで、不意に声がかかった。

それもずいぶんと近いところで。

 

「お嬢さん、なんか面白いもの持ってるよねえ」

 

頬に息がかかる。

ざらざらとした皮のような感触が露出している腹に触れた。

そうして理解したのは、背後から抱きすくめられるような体勢になっていること。

 

瞬間、跳ねるように身を翻してスティレットを構えると、そこにいたのは顔や腕に布を巻きつけて保護眼鏡(ゴーグル)を着用している奇妙な人物だった。

無遠慮に腹を撫でた感触はどうやら、相手の装備しているガントレットのものらしい。

それこそ相手が話しかけもせず攻撃してきたら自分は息絶えていたかもしれない。そんな状態になるまで「敵」の接近に気がつかなかったことに歯噛みして、彼女はスティレットをきつく握った。いったい何者なのか。聞こえた声と身体つきから男であることはわかる。

 

「あんた、誰ぇ? 風花聖典の人間じゃないわよねえ」

「フウカセイテン…? いやそんな大層な名前は知らないけどさぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。お嬢さんに一つ聞きたいんだけどこれってマジックアイテムなの?」

「なっ…!」

 

男の指につままれていたのはきらきらと輝くサークレットだった。

蜘蛛の糸のような金属糸に無数の宝石が散りばめられ、中心には大きな黒い水晶のような宝石が埋め込まれたサークレットは、つい先程まで彼女が所有していたものだ。そしてこれから墓地に向かう理由でもあった。

いつの間に奪われたのか。焦りと、それ以上に自分が出し抜かれたのだという怒りが募った。

 

「…ずいぶん手癖が悪いのねぇ。女の懐まさぐるなんて最低よぉ」

「いやあ、なにぶん盗賊家業なもんでさぁ、いいものを見ると欲しくなるんだ」

「見る目は確かみたいだけど、こそ泥が持っていい代物じゃあないんだから。今すぐに返してくれたら腕の一本で許してあげるわよぉ」

 

実際返却されたとしても、生かして帰す気などさらさらなかった。

しかし相手は自分の背後を取り、さらには気取られずにマジックアイテムを奪い取ることのできる人物だ。一筋縄ではいかないだろう。

 

そうして警戒する彼女を尻目に男はサークレットを持ち上げて色々な角度から眺めてみたり、指の間でもてあそんで小粒の宝石が光を反射して輝く様子を楽しんでいる。

相手が彼女を警戒している様子は見られない。

その行動がまるで自分を馬鹿にしているような気がして、息を吸って、吐いて。そうして彼女は低く姿勢を取った。

――…頭を貫いて一撃で殺そう。

 

<疾風走破><超回避><能力向上><能力超向上>

 

背後を取った男の隠密能力を考慮して、短期で収集をつけるために武技を発動させる。

そして彼女のしなやかな両脚が地面を蹴った。

 

「オリハルコンかぁ…あー、コーティング? 下はミスリルかな。…んー」

 

彼女は間違いなく、相手の眉間めがけてスティレットを刺突させたはずだった。

しかしその剣先はむなしく空中を掻いて、体重を前方に乗せた身体は大きくバランスを崩す。

それは攻撃をいなされたわけでも、避けられたわけでもない。ただ彼女の視界から忽然と男の姿が消えたのだ。

 

この状況に驚愕する彼女が体勢を整えるよりも前に、その動きは完全に止まった。

抱きすくめるように。そしてこれ以上は武器を振り回せないように。片手は腹に回されて、片手はスティレットを握った彼女の手ごと握られる。

 

それは人間の可動域というものをよく理解した拘束だった。

直接拘束しているのは腹に回された腕と武器を握った側の手首だけだというのに、密着した背中と股の間に割って入り込んだ足が、身体をそれ以上動かすことを許さない。

最小限の力で最大限に相手を拘束する。これは間違いなく暗殺者の技術だ。それも自分をこうも容易く捕獲したのだから、よほどの手練れだろう。なんのために。本当に風花聖典からの追跡者ではないのか。

それならなぜ自分を狙って、なおかつ重要なマジックアイテムを一瞬で見抜いたのか。

 

湧きあがる疑問とこれまで対峙したことのない強さを前にして額から汗が垂れる。

 

しかしそんな彼女の心境など知る由もなく、拘束されてももがき続けようとする彼女の腕を、男はさも当然のようにスティレットごと引き寄せた。角度を変えて、眺めて、その視線はサークレットを掠め取ったときと変わらない動作で評価を下していく。

 

ふと、彼女の耳にはまるで蛇が威嚇するときのような音が届いた。それは間違いなく背後から聞こえてくる。それも自分の真後ろの、頭の辺りからだ。

興奮したような蛇の鳴き声は何度も纏わりついて周囲を飲み込もうとする。繰り返される以上な音が冷静な判断力を奪い、腹をえぐるような悪寒が背筋を駆け抜けた――そのとき。

 

「…はいはい豚君ですよぉ、なんですかぁ? …あ」

 

ほんの一瞬だけ男の腕が緩んだ。

その隙を見逃さず、彼女はすぐさま身体を捻って拘束から抜け出した。たった一度、天から与えられた最初で最後の機会を、獲物の側が得た瞬間である。そうして背後を十分に警戒しながら一目散に走り出した。

 

目で追うことのできない速度で彼女の背後を取る相手だ。今は勝てないだろう。今は。

「いつか絶対殺す」と決意して、彼女はエ・ランテルの夜道を駆け抜けた。

 

 

×××

 

 

ふえぇ…逃げられちゃったよぉ…。

走り去っていく女の背中を見送ってから、おれは今回見事に入手した「獲物」をアイテムボックスに叩き込む。本命は手に入ったのだからこれ以上同じ人間からものを奪うのは可哀想だろう。

きゃあぁ豚君優しいぃすてきぃかっこいいぃ(裏声)

武器のほうもコーティングじゃなくて刀身まるごとオリハルコンだったら欲しかったけどなぁ。

そんな馬鹿なことを考えていたら意識を<伝言>(メッセージ)を送ってきた人物に引き戻された。

 

『どうかしましたかシュヴァインさん』

「なんでもないですぅ。豚君、モモンガさんのお話ちゃんと聞いてますよぅ」

『酔ってるなら早く寝るべきですよ』

「いや素面(しらふ)です」

『救いようがないですね』

 

そんなことを言うギルド長はせいぜい背後に注意してください。ナザリック地下大墳墓へ帰還したあかつきには、隠密を最大限に駆使してメリーさんごっこしますからね。わたしぶたくんいまあなたのうしろにいるの。

 

「ていうかモモンガさんこそどうしたんですか、こんな夜中に<伝言>(メッセージ)なんて。よい子はもう寝る時間ですよ」

『その言葉そっくりそのまま打ち返します。そもそもアンデッドは飲食や睡眠は必要ないですから問題ありません。シュヴァインさんこそ寝たほうがいいんじゃないですか?』

「性欲はちょっとだけあるんでしたっけ? 魔法使いですもんね!」

『やめてくださいしんでしまいます。…現状確認のためにマーレに<伝言>(メッセージ)を送ったら「秘密裏に動くことがある」とか言って宿屋を出たそうじゃないですか。あなたのことですから収集癖を拗らせていたんでしょう』

「やったねモモンガちゃん死体が増えるよ! …収集癖についてはあたりですぅ」

 

ぶひぃ、と豚の鳴き真似をしてみせれば、溜め息が返ってきた。さーせん。

 

『せめて一言くらい言ってくださいよ』

「モモンガさんが寝てるのを起こすのは可哀想かと思って」

『だから寝てませんよ。どうせ起きてるなら定時報告をしようと思いましてね。…まあわたしたちのところはあまり収穫はありませんけれども』

「収穫…あー、おれのところは一つか二つくらいありますね。…そうだ、言おうと思ってたんですけどモモンガさんどこかの冒険者に「下級治癒薬」(マイナーヒーリングポーション)をあげたでしょう」

『ああはい、ちょっといろいろあって渡しました。……なにかありました?』

「やばいですよ。おれたちの下位のポーションがまじ弩級でサティスファイですよ」

『ちょっとなに言ってるかわからないです』

 

かくかくしかじかなんですよぅ、と今日のできごとを報告する。すると今度はおれに対する呆れではない、自嘲気味の溜め息が聞こえてきた。モモンガさん呼吸してないけどな。

自分でめんどうくさい種をまいた自覚があるんだろう。

 

「ヤッチマッタナー。まあ運よくその冒険者と一緒に行動できそうなんで、適当に見張って問題ありそうならおれのほうで処分しときますすすー」

『すみません、よろしくお願いします』

 

人間一人を殺すかもしれないという状況に罪悪感はない。だって不利になるということは、おれたちに危機があるということだ。安全のためならばしかたない。

 

「…あー、あと。生まれながらの異能(タレント)について。異能持ち見つけましたよぉぉ…」

『それはすごいですね! それはどんな人物なんですか…機嫌悪いです?』

「聞いてくださいよおおおぉ」

 

ンフィーレア少年についても報告報告ぅ。

おれの超個人的な意見が入りつつ、その生まれながらの異能(タレント)持ちの少年がそこそこの有名人であること、そして婆さんが有名な薬屋だということ、本人もポーションに興味を持っていたことなどを報告していく。数秒おきにはおれの彼に対する恨み言が出現するので、報告の終わり頃にはモモンガさんの返事もかなりおざなりになっていた。

ちょっとわたしの話ちゃんと聞いてよ! 仕事とわたしどっちが大事なのよ!

 

「あらゆるマジックアイテムを使用可能とかなにそれチート。うらやましぬ」

『確かに厄介ですね。気をつけるべき人物だと思います』

「薬屋らしいんですけどポーションに対する食いつき尋常じゃなかったんで、なにかしら接触してくるかもしれませんよ」

『了解です』

 

真面目な話には真面目に対応してくれるようだ。いや当然だけれども。

モモンガさんも明日は早朝から仕事を探しに行くようだ。

がんばってくださいねぇ、と緩く応援の言葉をかけると「シュヴァインさんのほうもがんばってください」とお返事をいただいた。

 

「あっそうだモモンガさん今一つ言いたいんですけどね」

『はいなんですか』

「…豚君めっちゃ眠い」

『早く宿屋に戻ってください。そこで寝落ちしたら翌朝ちょっとした騒ぎになりますよ』

「やだー、まだ一か所行ってないところがあるんだもんんん」

『大丈夫です明日も明後日も獲物に足は生えませんから寝ましょう? ね?』

「…かーちゃん…」

『違います死の支配者(オーバーロード)です』

 

 

そうしてかーちゃん…間違えた。モモンガさんの言葉に素直に従って宿屋に戻ったおれを出迎えたのは、言うまでもなくマーレである。爆睡しているブリタは除外。

 

「おれのことは気にせず寝ていいのよ」と言って収集活動に出たのだけれど、どうやらマーレはおれのことを律儀に待っていてくれたらしい。申し訳ないとは思ったが悪い気はしなかった。慕われて嫌な気持ちになるやつなんていないのだから。

そして嫌な気持ちにはならないが、気になることが一つ。

マーレ君さぁおれのこと出迎えてくれる直前におれのお布団の中に入ってたよね。

 

「ポルコ様が戻って来られたときに暖かいほうがいいと思いまして…」

 

まじかよ。おれが仕事ですぅ(はあと)とか言って趣味に没頭してる間にマーレはそんな豊臣秀吉みたいなことをしてたのか。これは素直に良心が痛む。だってこの貧乏宿屋のベッドマット、中身が綿じゃなくて藁なもんだからほとんど暖まらないんだもの。

 

「あー…お前の気づかいは嬉しく思うが、ま…メーア、お前はどうするんだ」

「えっ? ぼ、僕はポルコ様が戻って来られたので、こちらのベッドで寝させていただきます」

 

お前そっちのお布団寒いでしょう…。

きちっとシーツの敷かれたベッドにはどう見ても温もりなんてものはない。

こんな真夜中からもう一度布団を暖めることを考えると、冬場に夜勤から帰宅したばかりの絶望感を思い出す。

 

「……………風邪をひいたら仕事に差し支えが出るから、お前も今日はこっちで寝なさい」

「えっ!」

「声が大きい。…無理にとは言わない。電気がついていたら寝れないとか枕が変わったら寝れないとかいろいろあるだろう。他人が横にいたら寝れないなんて当たり前のことだから気にしなくてもいい。ただ一人で寝るならお前はこっちのベッドを使いなさい。おれは一応疲労回復のマジックアイテムを持ってきているからだいじょう…」

「いえ! 全然問題ないです! 大丈夫です! ぜひポルコ様と同衾させてください!」

「声が大きい」

 

あと同衾って言いかたなんかやだ。おれが悪い大人みたいだ。

ぶくぶく茶釜さんほんとうに申し訳ございません。悪気はないんです、ただあなたの息子が、いや娘…? いや息子…、…あなたの子供が風邪をひかないようにというおれなりの配慮なんですけしてやましい気持ちはないんです事案発生してません通報しないでええぇえ!

 

ひとしきり悩んだもののしかし睡魔には勝てないため、おれは素直にマーレが暖めてくれたベッドにもぐり込んだ。そして懐に入り込んでくるマーレの子供体温。あったかいんだからぁ…。

布団に入って数秒で意識は遠退いた。

 

翌朝になってブリタがおれを汚いものを見るような目で見てきたが、誤解である。

やめろ…! そんな目でおれを見るな…!

 

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