オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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「 ××× 」

「現在の状況は数分前に<伝言>(メッセージ)でお伝えした通りです。シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました。そしてその時点から、シュヴァイン様の消息が途絶えております」

「ああ、マーレからも成り行きは聞いている」

 

凛としたアルベドの声は静かな空間によく響いた。

 

モモンガ――アインズ・ウール・ゴウンは皮膚も肉もない眉間を押さえて最悪の事実を改めて飲み込む。いったいなにがあったのかという質問に答えてくれる人物がいるはずもなく、とにかくこの問題を解決するべきだと自分に言い聞かせ、顔を上げてアルベドに向き直った。

 

カジットという名前の魔法詠唱者(マジックキャスター)を造作もなく屠り、冒険者組合よりミスリルのプレートを与えられたところで入ってきた情報は、アインズを悪い意味でひどく驚かせた。もしも表情筋が残存していたのであれば、ありとあらゆる方向に動かされたに違いない。それでも踏みとどまったのは、すでに精神作用無効によって鎮静化されたから、そして目の前の彼女がこれまで見たことがないほど落ち込んでいるのがわかったからだ。

花のようなかんばせは翳り、アルベドも不安を感じているのだとわかる。

ならば彼らの長たるアインズが泣き言を言うべきではない。アインズが第一にしなくてはならないことは、シャルティアがなぜ裏切ったのか原因を究明すること、そして行方がわからなくなってしまったシュヴァインを見つけることだ。

 

どちらにせよ、まずは玉座の間へ行かなくてはならない。

そう判断したアインズは、アルベドの後ろのほうで待機していたユリ・アルファから指輪を受け取ると、それを薬指にはめて転移の力を発動させる。転移先の大広間から玉座の間までを進む間にアルベドにいくつかの確認を済ませ、玉座の元へ辿り着いたところで目的の操作を行った。

 

「マスターソース、オープン」

 

言葉に反応して空間に浮かび上がった半透明の窓の中から、アインズはNPCのタグを選ぶ。そこに並んだ名前の一つに視線をやった。

このようになっております、というアルベドの言葉の通り白い文字で書かれた名前が続いている中で「シャルティア・ブラッドフォールン」の項目だけが黒くなっている。ありえない。精神支配を意味するその状態にアインズは大きく叫んだ。

 

 

セバスの話では、シャルティアは野盗と遭遇し、そのあとは野盗を捕獲するためにアジトへ向かったという。その一方でシュヴァインはマーレと他の冒険者たちと一緒に、同じく野盗を討伐するために森を捜索していた。

偶然にもその野盗のアジトが同じもので、不幸な行き違いから冒険者たちは壊滅したらしい。

そのあとで「なにものか」が接近してきたことを感知したシュヴァインたちは、つじつま合わせの意味も兼ねてマーレは別行動を取ることになったそうだ。

そうしてシャルティアとともに問題の元へ向かったところで消息は途絶えてしまった。

 

そのなにものかがシャルティアに、そしてシュヴァインになんらかの害を与えたことは想像に難くない。考えたくはないが、シュヴァインは精神支配を受けたシャルティアの手にかかってしまったのだろうか。まだ見ぬ敵に強い殺意がにじむ。

 

至高の御方に手をかけた不届きものを処すための討伐隊の編成を、と勇むアルベドをなだめて、次にアインズが向かったのはナザリック地下第五階層であった。

 

その中にある二階建ての洋館、氷結牢獄。

目的の場所に辿り着く間にアルベドに防寒具としてマントを与えたら「アインズ様の腕に抱かれているようです」と意味深なことを言われたり、アルベドが天井に突き刺さったりと紆余曲折あったものの、扉の前までやってきた。

アルベドが壁から生えた手に渡された赤ん坊の人形を受け取って、そうして扉を押し開く。アインズは何百という赤ん坊の泣き声に迎えられ、部屋の中央で揺りかごを揺らしている喪服の女を見つめた。

 

「そろそろ始まるかな?」

「だと、思われます。ご注意を」

 

その会話を合図にしたように女の動きが止まる。

そしてゆっくりと揺りかごから赤ん坊を、いや人形を取り出した。けれどもそれは、女の手で壁に叩きつけられてしまった。全力投球された人形は壁にぶつかって粉々になる。

 

「ちがうちがうちがうちがう」

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!」

「おまえたちおまえたちおまえたちおまえたち、こどもをこどもをこどもをこどもをさらったなさらったなさらったなさらったなぁあああ!」

 

巨大な鋏を構えて、こちらへ走り寄ってくる。ここまでがテンプレートだ。

 

「お前の子供はここだ」

「おおおお! …これはモモンガ様、そして私の可愛らしいほうの妹、ご機嫌よう」

 

人形を受け取って母親のように抱きしめてからそれをそっと揺りかごへ戻す。そうして女は、ニグレドはようやく二人にまともな視線を向けた。

 

「はっきり言おう。目標はシュヴァインさんとシャルティア・ブラッドフォールンだ」

「階層守護者と、……至高の御方であるシュヴァイン様をですか?」

 

今はモモンガではなくアインズ・ウール・ゴウンと名乗っていることを手短に伝え、挨拶もそこそこにアインズは氷結牢獄を訪ねた理由を告げる。

そうして探している人物の名前を聞いたニグレドは、皮膚のない顔を少しばかり顰めた。

その反応は当然と言えば当然だ。アインズが「至高の四十一人」の最高責任者だと言えどその立場は平等のものなのだから、そのプライバシーを職権乱用で侵害していいはずがない。

これが平常時のことであればニグレドが言うことはもっともだが、アインズはゆっくりと首を振った。事態は急を要するのだ。

 

「現在ナザリックは非常事態に陥っている。シュヴァインさんの行方がわからなくなっていて、最悪の場合は命の危険すらある。これでなにごともなければシュヴァインさんに謝罪すると約束しよう。よろしく頼む」

「……か、畏まりました」

 

自分の存在理由とも言える「至高の御方」を失う状況を想像したニグレドが、ぶるりと身体を身震いさせてアインズの命令を承った。そんな姉と同じことを想像したのかアルベドの顔色も悪い。

 

「お願いね、姉さん」

 

すがるような妹の言葉にうなずいて、ニグレドは魔法を複数発動させた。

皮のない手に汗がにじむ。もしも自分が見つけることができなければシュヴァインはすでに、という可能性がぐんと上がるからだ。

 

「…シャルティア・ブラッドフォールン、発見いたしました」

<水晶の画面>(クリスタル・モニター)を」

 

アインズの言葉に従ってニグレドは捜索用とは違う魔法を発動させ、名前の通り水晶の画面を空中に浮かび上がらせる。どこかの森の開けた場所でシャルティアは一人でぽつんと佇んでいた。

そこにシュヴァインの姿はない。それを確認したニグレドはすぐさま引き続きシュヴァインを探す作業に戻る。

 

目的の人物が片方しか見つからなかったことに少しばかり落胆する一方で、アインズはシャルティアの厳めしい武装に目を見張った。

身体に纏っているのは血に濡れたような真紅の全身鎧。白鳥の頭部に似た兜には左右から鳥の羽のような装飾が突き出していて、胸から肩を経由したところにも、鳥の翼をイメージしたような装飾が垂れている。普段はレースやフリルをあしらった豪奢なドレスを身につけている腰には、戦うために邪魔なものを一切合切取り払った真紅のスカートを巻きつけていた。

そしてなによりも目を引くのは、片方の手にしかと握りしめられたスポイトの形に酷似した巨大な槍だ。

――それは彼女にとっての完全戦闘態勢である。

 

「スポイトランス! ペロロンチーノ様がシャルティアに与えた神器級(ゴッズ)マジックアイテム!」

 

シャルティアの持つその武器を見て、アルベドが驚愕の声を上げた。

無理もない。神器級(ゴッズ)アイテムというのはそれほどの価値と威力を兼ね備えたものだ。

…つまりこれで、同行していたシュヴァインが生存しているという確率はますます下がった。

それを理解してアルベドがさらに顔色を悪くする。身体に皮膚や肉があり血が巡っていればアインズも同じ顔をしたはずだ。

 

「生きていてほしい」と願う側ら「もうだめなのでは」とそんな恐ろしい考えがよぎり、それを振り払うように首を動かしたところでニグレドが叫んだ。

 

「シュヴァイン様を発見いたしました!」

 

悲鳴にも歓喜にも聞こえるニグレドの声が響いて、もう一つ<水晶の画面>(クリスタル・モニター)が浮かび上がる。

そこに映っていたのは鱗模様の皮膚に無造作に束ねた蛇の髪をした男、間違いなくシュヴァインであった。

 

「ああ、ご無事だったのですね…!」

「…いや待て、アルベド。様子がおかしい」

 

ナザリック地下大墳墓を出立したときには身に纏っていた外套や巻きつけた布、保護眼鏡(ゴーグル)は全て取り払われている。冒険者として活動していることを「なにものか」にばれないために外したのだとしても森の中をそのまま歩くのは不自然だ。

そうしてなにより彼は、片手に恐らく人間だろう、首からうえのない死体を引きずっている。

ゆったりとした足取りは頼りなく、だらりと首を垂らして猫背のまま歩を進めていた。

 

「お怪我をされているようです」と告げたのはニグレドだ。黒い装備のうえからはわかりにくかったが、その言葉の通り、腹の辺りが濃い色をしている。傷をかばって歩いていると言われれば、なるほどと思うような歩きかただった。

しかし、アインズの中の疑問は尽きない。こうして無事ならばなぜ一度として<伝言>(メッセージ)に応答してくれないのか。シャルティアの状態を見る限りなにもなかったということはないだろう。

むしろ自ら連絡してきてもおかしくないほどの非常事態が起きているのに。

 

シュヴァインの様子とこの状況を比較して考えれば、シュヴァインも「なにものか」によって精神支配を受けていると判断したほうがいいだろう。

そうしてアインズはシュヴァインの石化の蛇(メドゥーサ)としての能力を思い出して、ない舌を打った。

 

「厄介だ…、あのスキルが発動している」

 

シュヴァインの選択した種族である「石化の蛇(メドゥーサ)」は状態異常にとても弱い。

それでも彼がこの種族を選んだ理由がこのスキルがあるからだ、と話しているのを聞いたことがある。特殊条件で発動するスキルが、精神支配とぶつかりあって彼を能動的に動かしているのだ。

コンソールが開かない以上は確認することができないが、シュヴァインの現状も精神支配、もしくは混乱状態に陥っているはずだとアインズは考えた。

 

「っ! アインズ様!」

「なっ…!」

 

ふと「なにか」に気づいたようにシュヴァインは顔を上げた。うつろな目は空中をさ迷って、やがて一点を捉える。

遠隔視の魔法越しであるはずだというのに、アインズとシュヴァインの視線が合う。

そうしてシュヴァインはにたりといびつな笑顔を浮かべると、いつの間にか手に握っていた細いスティックのようなものをへし折った。ばきんと硝子の割れる音がして<水晶の画面>(クリスタル・モニター)にひびが入り映像はそこで消滅した。

 

「も、もう一度投影いたします…!」

「…いやいい。今のはわたしがシュヴァインさんに渡していた対探知魔法対策アイテムだ」

 

アイテムはあれ一つではない。これ以上は無暗に魔法を放っても対策される可能性があるとニグレドに説明してから、アインズは先程の光景を胸中で繰り返し思い出す。

 

ただ一人、ともにこの世界へ来た仲間は生きていた。

仲間たちが残してくれたNPCも自ら裏切ったわけではなかった。

 

「…糞が! 糞、糞!」

 

しかしどちらも無事だとは言い難い。かけがえのないものたちをこのような状態にしたまだ見ぬ敵に、煮え立つような殺意が精神作用無効で打ち消されるたびに湧き上がる。

見つけ次第皆殺しにしなければ気が済まない。それも一瞬で昇天させてやるのではなく、生まれてきたことを心の底から懺悔するような処罰を下してやらなければ、この怒りはけして納まらない。

 

しかし現在はとにもかくにも、まず彼らを取り返さなくてはならない。

 

「アルベド、早急に守護者たちを集めろ。部隊を編成する必要がある」

「畏まりました」

 

 

×××

 

 

これは数時間前のことである。

 

まず彼らの前に現れたのは吸血鬼(ヴァンパイア)であった。

耳のうえまで避けた口が大きな半円を描いていて、無数に生えた小刀のような歯が口を動かすたびにきちきちと音を鳴らしている。その怪物が異様な強さを持っていることは、この場にいる誰もが理解できた。

災厄の竜王の家臣か、はたまた別の怪物か。

そう身構えた仲間のうち二人の首が宙に投げ出され鮮血を噴き出したところで、彼らは背後から奇襲してきた敵に気づいた。

 

迫る。目で追い切れない速度で接近したそれの一撃を防ぐことができたのは、長年闘いの元に身を投じていたからこそできた芸当としか言いようがない。しかし「防いだ」と確信した瞬間、敵の攻撃を防いだ武器が見る間に腐食を始める。

状態異常を引き起こす攻撃に注意しろと仲間たちに勧告したところで、繰り出された二撃目によって男の身体と首が引き離された。

 

正面から現れた怪物の一撃を防いだその部隊の隊長の判断は早かった。

「まず遅いほうを狙え」と、この絶望的な状況を打破するために的確な指示を飛ばす。

 

傾城傾国(ケイセケコゥク)

かつて人々を救った偉大な神の残したもの。

それを装備した老婆がアイテムを発動させる間に、また一人の首が飛んだ。それに続いて「気をつけろ」と知らぬ若い男の声が響く。しかしその忠告はもう遅い。

 

「ぎぃいいいいい!」

 

絶叫をあげて一匹目の怪物、吸血鬼(ヴァンパイア)は抵抗する。

その苦し紛れの攻撃がアイテムを発動させた老婆を狙い、それを守る盾を持った男ごと貫いた。非常に重要な人物の負傷に部隊内の人間はどよめいたが隊長はすぐさま喝を入れる。まだ敵は残っているのだ。その言葉を受けて聖職者(クレリック)がすぐさま老婆の治癒に入った。

 

「おい…おいどうした!」

 

完全に動きを止めた吸血鬼(ヴァンパイア)を案じてか、怪物がそのすぐそばに降り立ったことで、ようやく部隊はその姿を視認する。

 

月明かりに照らされた顔や腕はてらてらとした鱗模様の皮膚で覆われていた。

縦に割れた瞳孔は金色をしていて、動かなくなった吸血鬼(ヴァンパイア)の様子を不安気に伺っている。

そうしてなにより異質なのはその髪の毛だ。いや、それは毛髪ではない。その一本一本が一匹の蛇で、蛇たちはまるで怪物の感情に合わせているように複雑に身をくねらせている。

それを無造作に束ねてはいるものの、狂暴そうな蛇たちを拘束しておくにはあまりにも心もとない繊細な作りの飾り紐だった。

人と蛇を掛け合わせたようなおぞましい姿に隊員数名は息を飲んだ。

 

怪物が吸血鬼(ヴァンパイア)の肩を抱いて何度か声をかけても、当然、傾城傾国(ケイセケコゥク)によって精神支配を受けた吸血鬼はその問いかけに反応を示さない。

そうしてすぐさまその怪物はこちらがなにかをしたことが原因だと察し、恐ろしい目付きで隊員たちを睨みつけた。すると、ぱきんという硬質な音と誰かの断末魔が木霊する。

 

「石化能力を持っている! 目を見るな!」

 

武器の腐食に石化の力。蛇の類いであることから毒や麻痺の状態異常を負荷させてくることも想像には難くない。この怪物はどれほどの能力を持った存在なのかと、隊長は薄ら寒いものを感じて唇を噛む。

傾城傾国(ケイセケコゥク)の使用者が復活するまでは、なんとか時間を稼がなくてはならない。

自分たちをはるかにうえをいく速度で動く相手にどこまで持ち堪えることができるのか。

 

「うちのこになにをしたんですかねぇ」

 

ぬたりと地を這うような声が聞こえて左右に立っていたものの首が飛ぶ。

その怪物が手にしていたのは刀身、握りの部分にいたるまで鮮血の色をした細身のフランベルジェだ。まがまがしいオーラを纏った刀剣はそれ本体が脈打つように蠢いている。

 

しかし、

 

「あー…、くそ…」

 

これまでなんの反応も示さなかった吸血鬼(ヴァンパイア)がその姿を変えて、その巨大な槍で、武器を構えた怪物の腹部を背後から貫いた。

怪物は口から血を吐いて携えていたフランベルジェを取り落す。

アンデッドである仲間がまさか「精神支配」を受けるとは思っていなかったからこそ、怪物は不用意に武器を構えてしまったのだ。そしてその範囲内で攻撃する動作を行った。それを敵対行動と見なし、吸血鬼(ヴァンパイア)は対象を攻撃するというプロセスを決行したにすぎない。

 

――攻撃そのものが当たらなくても彼女はあれほど泣いたのだ。この状況を自分を知ったらどこかでひっそり自死してしまうかもしれない。

このときばかりは相手の意識がなくて助かったなあと口の中で呟いて、怪物は前方の敵対者を睨みつける。万全にはほど遠いが身体を横たえたまま、老婆が先程のアイテムをもう一度発動させようとしているのが見えた。

相変わらず老婆の持ち物から自分のスキルに対する反応は感じられない。

それでもあれほどの力を行使するアイテムとなれば、その答えは決まっている。

 

世界級(ワールド)アイテムとかまじ受けるんですけどぉ」

 

狂喜と憤怒がないまぜになった感情が、「怪物」(シュヴァイン)のきしむ頬を持ち上げた。

 

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