オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇は震える

先頭を歩くのは、常識というものから外れた力を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

闇のような漆黒のローブを身に纏い、無数の魔法の装飾品で身体を包んでいる。フードの下は骸骨で、眼窩に宿った真紅の色からはなにを考えているのかをうかがうこともできない。顔と同じように皮も肉もない右手にはどす黒く濁った赤色のオーラを撒き散らす杖を携え、それは人間の苦悶の表情を表現しては消滅していく。まがまがしいという言葉を顕現させたような存在だった。

 

そうしてそのすぐ隣を人間のような…けれども確実に人間ではないと断言できる姿の人物が続く。

まず目を引くのは頭髪で、そこには髪の毛ではなく無数の蛇が蠢いている。

身につけた艶やかな革製の防具は薄い輝きを纏っており、それが魔法のかかった装備だということはすぐさま理解することができた。それも、目の前に並ぶ骸骨の軍勢たちが装備している魔法武器とは比較できないほど強大な力を持つ装備であると。

 

その後ろから黒い翼を生やした女性が、闇妖精の双子が、銀髪の少女が、異形の化け物が、尾を生やした人間のような男が、二人に付き従うように蜥蜴人(リザードマン)たちの集落があるほうへと歩を進めてきていた。

突如現れた巨人が投げつけた大岩へと向かい、その一団は骸骨でできた階段を上っていく。

やがて先頭を歩いていた骸骨がその白磁のような手を動かすと漆黒に輝く背の高い玉座が二つ出現し、その骸骨と、蛇の頭髪をしたものがその玉座に腰かけた。そして上位者だとわかる二人の背後に付き従っていたものたちが一直線に並んだところで侵略者たちの動きは止まった。

 

ザリュースは震えていた。ザリュースだけではなく、この場にいる蜥蜴人(リザードマン)の全員がぶるぶると身体が震えてしまうことを止められなかった。

それは「凍らないと言われていた湖が凍りついたことによる寒さ」だけではなく「自分たちよりも遥かに強大な力を持つものが出現した」ということへの恐怖であることは言うまでもない。

 

 

×××

 

 

Q:蜥蜴人(リザードマン)たちに格好つけるために、がち装備で来てくださいと言ったのは誰でしょうか?

A:モモンガさんでぇす。

 

天候変化の超位魔法を叩き込むならあらかじめ言ってほしかった。いくら耐性効果のある指輪をしていると言っても、それは環境によるペナルティを無効化するだけであって寒さを無効化するわけではない。

例えるならばユグドラシルでは指輪をしていれば行動遅延やら吹雪の被ダメージ、蛇系種族ペナルティによる一定時間の行動を取らなかった場合の睡眠状態負荷などを無効化してくれるのだけれども、それはあくまで「負荷」の無効化だ。

こんなことになるとわかっていたなら豚君だって「寒さ無効」のアイテムやら装備やらを整えてきましたよおぉ…。モモンガさんの「見せしめに魔法使いますね」なんて言葉に軽々しくどうぞどうぞなんて言うんじゃなかった。絶対に許さない、絶対にだ。

 

いや、ゲームならば寒さなんぞ「あー、体力ゲージが水色だなぁ」くらいの認識なのだ。無効化する装備を整えた時点でペナルティなんてものはあってないようなものなのだから、おれも「寒さ」そのものについては特別意識していたわけではない。

環境状態異常負荷にかなりの耐性を持つアンデッドならばそもそも耐性アイテムがほぼ必要ないので、モモンガさんは群を抜いてその意識が薄いのかもしれない。まさか寒さの状態異常がここまで過酷なものだなんて豚君不覚だわ。ナザリックに帰還したらまずは装備の見直しをしなければ。

 

そういう理由でおれはモモンガさんと蜥蜴人(リザードマン)たちとの会話なんぞ聞いちゃいなかった。

話が終わって<転移門(ゲート)>が開いたときにはせめて無様に走り出さないよう、けして走らず急いで歩いて、そして突入するという意識しか残っておらず、蜥蜴人(リザードマン)たちには目もくれずに極寒から逃げ出したのであったたた。

 

転送されたのはずいぶんと巨大なログハウスの内部のようで、おれはすぐさま部屋の窓際に寄ってほのかに差し込む日光を受ける。あったかい…。

 

「シュヴァインさん?」

「くっそ寒い…。寒さに対するペナルティ対策だけを重視した結果がこれだよ…」

「え、ちょっと大丈夫ですか」

 

あとから<転移門(ゲート)>を潜ってきたモモンガさんが部屋の隅でひっそりと日光浴をしているおれを不思議に思ったのか話しかけられたけれど、視線をモモンガさんのほうへ動かすだけでせいいっぱいである。断固として、断固としてここから移動してたまるものか…!

そうしているうちにアルベド、アウラとマーレ、シャルティアと順々に他の守護者たちがログハウスへと転移してきたことでおれたちの会話はそこで途切れる。

 

「ではアインズさま、シュヴァインさま、わたしはここでおわかれとさせていただきます」

 

お辞儀のつもりなのか丸い身体を揺らしながらヴィクティムが発言する。今回の蜥蜴人(リザードマン)たちの集落の訪問にはヴィクティムも、そして一時的にとは言えガルガンチュアも同行していたのだから、ナザリックの威厳を示すという意味でモモンガさんの本気度がうかがえるだろう。

 

おれが「おつかれさまですぅ」という言葉を支配者()的に言いながら近寄ってきたヴィクティムの頭だか背中だかを一撫ですると、そのまんまるい胚珠は「くふ! くふふ!」という声を出して笑ったあとに「ありがたきしあわせ」と身体をよじった。

ヴィクティムを撫でることについては蜥蜴人(リザードマン)のところへ足を運ぶ前にも好奇心に負けて、玉座の間で「よく来た」とごまかしながら撫でてみたが、それはもう吸いつくようにしっとりなめらかな感触だった。正直言うとちょっとくせになる。

こうも頻繁に接触してはセクハラ上司と認識されて訴えられても文句は言えないが、相手も「しあわせ」だと言っているのだから嫌がられているわけではないと思いたい。

 

「けれどもすこしおからだがひえておられるようです。ごじあいなさってください」

 

墓穴掘った。

 

 

ヴィクティムの去り際の言葉によりすぐさま用意されたタオルケットに身を包み、白湯をちびちびと飲むおれの威厳なんぞあってないようなものじゃないだろうか。

目の前で繰り広げられる光景からそっと目をそらし、一口、もう一口と白湯を口に含む。気まずいとはこういうことか。成人男性…骸骨がどう見ても未成年の少女を椅子にするというとんでもないプレイを見せつけられている悲壮感あふれる第三者の立場になってほしい。

むしろこの場にいる全員はどうして疑問を抱かないのか。

至高の御方だからですか、そうですか。

 

モモンガさんはそうまでしてこの椅子に座るのが嫌らしい。

確かにどう見ても人骨が組み込まれている玉座を二つ並べられても、その犠牲について考慮すると対応に困るが、だからと言って刑罰ついでに少女を椅子にするというのもどうなのか。まあこういうものはひとの価値観に左右されるものだから、ああだこうだと言うつもりはないけれども。

…それにしてもこの光景は、…なんという脱線した大人の世界。おとなになるってかなしいことなの。

 

「シュヴァインさまも、どうぞ…!」と椅子にされて喜んでいる少女に言われても遠慮願うのは当然の結果だった。与えられた選択肢に人骨椅子と羞恥プレイの二択しかないのならば、おれはどちらかと言えば人骨椅子を選びたい。

 

「いかがでしょう?」

「思っていたよりもしっかりしているな。誰かに作らせたのか?」

「僭越ながら、私がお二方のために作らせていただきました」

「デミウルゴスは手先が器用だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 

おれの首は九十度回ってデミウルゴスのほうを向いている。その反対側には、公序良俗に引っかかりそうな世界が広がっているのは言うまでもない。

けれどもおれの認識は甘かった。

まさかこのあとで普通に十八禁に引っかかる行為を「遠隔視の鏡」(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見ることになるとは想像もしていなかった。蜥蜴の交尾とか誰得…うわ…気まず…。

 

「全く不快なやつらです。これからコキュートスが攻め込むというのに!」

「そうです、その通りです!」

「あ、えっと、あ、あのぉ…」

「デミウルゴスの言う通りでありんすぇ、やつらには罰を与えるべきです!」

「うらやましい…」

 

確かこういう状態のことを「天使が通る」とか「天使が通った」と言うのか。

なにが起こっているのかわからないという沈黙が周囲を包み込んで、そして目の前の状態を理解するには十分すぎる時間が経ってから、デミウルゴスが憤慨したとばかりに声を荒げた。それに続いて一部の守護者たちも賛同の言葉を口にする。

豚君? 豚君は見ていませんよと主張するために明後日の方向を見ながら白湯を飲んでいます。いやまあいろんなあれやそれは見えてしまったのだけれども。

 

「…まあ、これから死ぬんだ。こういった場合、種族維持本能が目覚めるとかなんとか映画でやっているからな。なあシュヴァインさん」

「……そうだ…な」

 

やめてよして話題をおれに回さないで。

そうですね! と敬語で相槌を打ちそうになったのを修正して返事をする。尻すぼみになっていく言葉に支配者()感はおおよそ皆無だけれどもなぜか守護者たちを納得させるには十分だったらしい。ここまで演技がぼろぼろなのに疑われないとなると、豚君はそろそろ守護者たちが俺俺詐欺とかに引っかかるんじゃあないかと気が気でない。

 

「おっしゃる通りです!」

「あれぐらい許すべきですよね」

「全く、全く!」

「あ、えっと、あ、あのぉ…」

「私もアインズ様に…」

 

欲望にまみれた言葉が聞こえるのを無視して白湯のおかわりを要求する。たとえぼんくら支配者であろうともこれくらいは許されるだろう。せっかく暖まった身体が今のでまた戻った気がする。心が温もりを求めているとも言う。

おれの要求に「紅茶をお入れいたしましょうか」というデミウルゴスの申し出に「ぜひとも」と答える程度にはおれの心は疲労困憊しているのだったたた。

 

「いつも気をつかわせてすまないな」

「いいえ、私にとってシュヴァイン様のお役に立てることは無上の喜びですから」

 

ん? うん? うん。

首の後ろを撫でつけながらおれは「そうか」とだけ返事をしておく。こういうとき、どんな返事をすればいいかわからないの。

デミウルゴスだけでなく他の守護者たちもいる手前「報酬はきっちりお支払いするんだからいいんですよぉ、おれたちフェアにいきましょ」と言うわけにもいかないだろう。モモンガさんに第五位階魔法を落とされる可能性もなきにしもあらず。まあここはうなずいておけばいいだろう。

 

「あとは上映時間になったら、コキュートスの戦闘風景をじっくりと楽しもうではないか」

 

自己完結したところでモモンガさんに声をかけられて、おれの意識はそちらへ向いた。

 

 

×××

 

 

「いえーい」と盛り上がっているわりには勢いの低い声が響いて、なにかを打ち鳴らす音が部屋に木霊する。まあそのなにかとはおれの手のひらとモモンガさんの手のひらなのだけれど、蛇皮と骸骨がハイタッチをしたところで人間同士が皮膚をぶつけ合うような音は鳴らすことはできないという事実だけがわかった。

 

「いやあ見事に勝ちましたねぇ、圧勝ですよ」

「わたしはそれよりもコキュートスの成長が嬉しくて嬉しくて。部下の成長を見守る上司ってこんな気持ちなんですかねえ」

「お祝いにシャンパン開けます?」

「わたしは飲まないですけど景気づけにはいいですね」

「思いっきり振ったあとにモモンガさんの方向に向けて栓抜きしますね」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

おれの部屋でひとしきりはしゃいだあとで、お互いにずるずるとソファに座り込む。モモンガさんのほうからふぅ、と息をつく音が聞こえたあとで「あー…」と呻き声が聞こえたのでどうやら精神が強制的に安定化されたようだ。部下の成長がそんなに嬉しかったのか。上司の鑑である。

 

「それにしてもクルシュ・ルールーに交渉を持ちかけたとき、私の身体でしょうか、と言われたときはさすがに動揺しました。爬虫類はちょっと…」

「そうですかぁ? お手つきですけど結構な美人だったじゃないですか。豚君はありかも」

「えっ」

「えっ」

 

天使が通る。…しかし少しばかりの沈黙のあとで納得したと言わんばかりの緩慢な動作で首を左右に振り、モモンガさんは骸骨の指でおれを差した。

 

「アルビノだからですね? 珍しいもの欲しさの収集癖ですね?」

「図星ですぅ」

 

とは言うものの、人妻を寝取るような性癖は持ち合わせていない。だから「今からでも呼び戻しましょうか」なんて恐ろしい提案をしないでください。

いいですよおれにはこれまで収集してきた可愛い子ちゃんたちがいるんですから! と言えば「そもそもシュヴァインさんの好みってどんな感じなんですか」と予想していなかった変化球が飛んできた。まじかよそんな修学旅行みたいな話題をこの場で振っちゃうんですか。

「まじで」と声に出して確認すれば、目の前のギルド長は首肯するのだからどうやら逃げ道はないようである。よかろうならば教えてやろう、おれの好みを。

 

「おれの好みの子はレア度が高くて人目を集める子ですかね」

「アイテムではなくて」

「やっぱりがちなやつですか? …んー…おれは華奢な子よりはちょっと筋肉ついてるような子がいいと思いますよぉ。そういう意味ではだいぶ前に遭遇した金髪の女性とかいい感じでした」

「金髪の女性とやらがどんな女性かはわからないですけど、お姫様のような子よりもスポーティな子がタイプだと」

「そうそう、そんな感じですぅ。まあモモンガさんのほうは言わなくてもわかりますよぉ、おっぱい大きい子でしょう。愛しているとか設定しちゃうくらいですし」

「うがッ!」

 

修学旅行談義はそこそこに盛り上がったけれども、最終的にモモンガさんに第八位階魔法を叩き込まれて部屋の中が大変なことになったのでひとをからかうのはほどほどにしないといけないなぁと豚君は思いました、まる

 

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