おれとモモンガさんがナザリック地下大墳墓ごと見知らぬ草原へ放り出されて二日が経過した。
モモンガさんはモモンガさんでなにやら忙しそうであるが、おれの場合は、今までコンソールの画面一つで引きずり出していた収集物がドレスルームにまるごとぶち込まれているというひどいありさまだったので、その整理整頓に追われていた。
メイドを三人も導入してかかっているのがこの日数なのだから、もし一人で片付けるとしたらとんでもないことになるだろう。
「これはいるもの! これもいるもの! これとこれとこれもいるもの!」とおれがテレビ番組でよく特集される片付けのできない芸人みたいなことを言うものだから、メイドたちの中でおれは完全に収集家というイメージが植えつけられたようだ。
間違っちゃあいないが、片付けのできない上司に対して「シュヴァイン様はものを大事になさる方なのですね。慈愛に溢れた素晴らしい方です」とかなんとか言っているあたり、鑑識眼がいかれているとしか思えない。
これが至高の四十一人パワーというやつか。
試しに「これは幸せになれる壺です」とか言ってポーションの空き瓶をナザリックのNPCに売りつけたら買いそうで怖い。そして本当に幸せになりそうで怖い。おれはアイテムが入らなくて入らなくて震えているというのに。
そうして比喩表現でなく雪崩を起こしたアイテムを見て「今日はここまでぇ。ああ、やだやだ休憩しよ」と作業を投げ出したところでふと思い出した。
そう言えばおれの身体能力は、こちらに来てからどう変わっているのかと。
体力的な意味ならば、ナザリック地下大墳墓の第十階層から第一階層まで全力疾走しても余裕があると実証された。
突然の好奇心で実行したことなので、各階層の守護者たちにはいったいなにごとかとものすごく心配された。咄嗟に「あっすみません見回りを兼ねた体力トレーニングです」とごまかしたが、非常に申し訳なさそうに「我々の配慮が足りず申し訳ありません。警戒を更に厳重に致します」とアルベドに謝罪されたので、おれが体力トレーニングを行うことは二度とないだろう。
まあそういうわけで、おれが気にしているのはこの「シュヴァイン」というアバターに、これまで積み重ねてきた
先日の
デミウルゴス自殺未遂事件の危険感知は、会話の端々からすでに怪しい雰囲気が漂っていたので発動したかどうかも怪しい。
秒2%体力回復と移動速度上昇Vについては豚君体力トレーニング騒動で発動した気がしなくもないが、身体能力の向上が素晴らしすぎていまいち実感に欠ける。むしろ自殺未遂事件を考慮して耐性効果のある指輪をつけていったことで「暑くない! そして熱くない! わたし風になってるううう!」と指輪による恩恵に感動するしかできなかった。
つまりは、目に見える
モモンガさんという裏切り者はなんと初日で魔法の発動を確認したらしい。魔法はね、わかりやすいね。おれも魔法職習得しとけばよかった。
後悔先に立たずの法則である。
「そもそもシュヴァインさんの目に見える
「そりゃあ、まずわかりやすく石化でしょう。
「豚…、おや? オークじゃありませんでしたっけ」
「おれが剛腕スキル持ちじゃなくてよかったですね。次に言ったら第三肋骨を奪取しますよ」
こちとら真面目に言ってるんですよう。
第三肋骨強奪宣言により目の前の骸骨が胸元を隠すというとてもシュールな光景が誕生したが、今のおれはそんなものに気を取られている場合ではない。
人払いをして二人きりになった部屋で支配者()の仮面を脱いで本音をぶちまける。
状況が状況でなければ「二人きり、だね…照れちゃうな…」とか学生時代の修学旅行のノリでネタを振るのだけれど、悩みは深刻なのである。
だってこのままじゃあ、おれだけちょっと運動神経がいいだけの怪物じゃないですかやだー!
おれだってなんか別世界に来たんだって実感欲しいんだもんんん!
机に伏せて訴えるとモモンガさんが「ふうむ」と唸って自分の顎を撫でて考える。
なにか妙案があるのかと期待の眼差しを向けて見つめたけれど、そのまま両手を肩の位置にあげて首を振った。ですよねー。
「シュヴァインさんて、どんなスキル持ちでしたっけ」
「アサシンと
回復道具を奪うのも同時進行だったので、相手の回復役のマジックポイントが尽きれば、あとはおれの独壇場だった。
「ていうか
「諸刃の剣ですねえ」
「ユグドラシルでは耐久型となるべくして生まれた種族だと思ってます」
この扱いづらい性能と異形種という見てくれのせいで、ユグドラシルでもなかなかに不人気な種族だったと記憶している。
まあおれはあらかじめ計画を立てて種族と職種を選択したので、サービス停止のその日まで楽しくギルド狩りを行えたのだけれど。にちゃんねる情報さまさまの時代である。
「そもそもモモンガさんがアンデッドじゃなければ、ちょっと噛み付いて状態異常になるかどうか実験できたんですけどねえ」
「さらっと恐ろしいこと言わないでください。…それならほら、草原にいる小動物で試してみるなんてどうですか?」
「あー…、…実はそれはもう試そうとしたんですよ。それでメイドにプレーリードッグみたいなやつを一匹捕まえてきてもらったんですけど…、あー…」
「どうしたんですか?」
「…蛇系の種族になったせいか、こう…小動物が…なんだか美味しそうに見えてしまって…」
「え」
「気がついたら小動物がいなくなって、そして満腹感が…」
「え」
おいやめろそんな目でおれを見るな。両手で顔を覆ってモモンガさんの視線から逃げる。
ちなみに捕まえてきてもらったメイドには「シュヴァイン様に直々に召し上がっていただけるなんて…!」といたく喜ばれた。ちょっとその情報知りたくなかった。
そんなわけで丸呑みできてしまう小動物はよろしくない。できれば自分と同じ頭身の生き物がいいのだ。状態異常耐性がついていないのが前提であるけれども。
「最終手段で守護者に耐性を外させて実験体に…」
「やめてあげてください! そもそも彼らはアインズ・ウール・ゴウンの仲間たちが作ったNPCですよ!」
「冗談ですよ。だいたい悪いこともしてないのに、そんな拷問みたいなこと…、…」
ここで一つ考える。一人、冤罪をこじつけられる相手に心当たりがあった。
いやこの件については適当に不問にするつもりだったのだけれど、有効活用できるのではないだろうか。
無論殺すつもりなど微塵もない。モモンガさんの言う通り、彼は友人の作ったNPCであり、このアインズ・ウール・ゴウンの子供のようなものだ。
ただ自分の
実戦になって「敵が現れた! 豚の攻撃! しかしなにも起こらない!」ではおれはただの鍛錬用のかかしになってしまう。それを回避するために状態異常を負荷する能力が発動するのか確認しておく必要があるのは、モモンガさんだってわかっているだろう。
手頃な他人がいればさくっと誘拐すればいいのだけれど、ない袖は振れない。
急に黙り込んだおれを見て、モモンガさんが顔の前で片手を振る。はぁい起きてますぅ。
「どうしました?」
「…あー、ものは相談なんですけどね」