第3話 宵待月乃の精霊化
月乃は目の前の光景に混乱していた。月乃はただ、零夜と一緒に、少し前に住んでいた家に忘れ物を取りにいっただけなのに、何故、こんな事になったのか。
空に浮かんだ数十人の女性。全員が何やら武装をしていた。その女性たちが持っている武器を使って零夜を攻撃している。そして、それをいとも簡単に避け、空にいる女性たちを落としていく零夜。訳がわからなかったが、月乃は手を合わせ、ただ零夜の無事だけを祈った。
刹那ーーー
【力が欲しくないかい?】
「ーーーっ!?」
いつ現れたのか、いつその場にいたのか、全くわからなかったが、月乃の前に『何か』がたっていた。男か女かわからない声。まるで全体にノイズがかかっているかのような錯覚さえ覚えた。
「ーーーーっ!」
突然現れた『何か』に月乃は恐怖を感じたが、ポケットにしまってある紙とペンを取り出した。
『あなたは……何?』
月乃は思わず『誰』ではなく『何』という表現を使ってしまった。
【私が何かなんて今は関係ないよ。それより、答えて?君は力が欲しくない?】
月乃は当然困惑した。『力』と言われてもピンとこなかった。それを察したのか、『何か』はくすくすと笑った。
【そうだね。いきなり力とか言われても困るね】
『何か』は何処がおかしいのか、もう一度笑った。
【簡単に言えば、君に声が戻る】
「ッ………!?」
『何か』が言った言葉は、月乃にとって一つの希望に感じた。『何か』はそこで空で戦っている零夜を見る。いや、実際は見ているのかわからないが、月乃にはそう感じた。
【彼、黒神零夜くんは見てわかる通り人間じゃない。……いや、人間だけど人間じゃない、だね】
今、戦っている零夜を見れば、普通の人間ではないことはわかるだろう。しかし、それを否定したい自分がいる中、真正面から肯定されると、ショックが大きかった。
【彼は人間ではないが故に、この世界から否定され、ああやって排除……殺される対象になっている】
「ーーーーッ!?」
【そこでさっきの質問。力が、声が欲しくない?彼を魅了する声が、彼を守るための、そして君の大好きで仕方がない彼と永遠に一緒にいるための力が】
『何か』は月乃に向かって何かを差し出した。それは、皓い輝きを放つ、宝石のような物体。その美しさに月乃は一瞬、目を奪われた。
【さあ、力が欲しいなら、彼と一緒にいたいなら手を伸ばして】
月乃は訝しげに眉をひそめながらも、ゆっくりと手を伸ばし……その宝玉に触れた。
瞬間。
「ッ………!」
宝石は凄まじい輝きを放ったかと思うと、そのまま空中に浮かび上がりーー月乃の胸に吸い込まれていった。
何も起こらないことに、月乃は疑問に思い、宝石を渡した『何か』を見る。しかし、今の今までそこにいた『何か』の姿は忽然と消え去っていた。
月乃は幻覚だったのだろうか?と、結論づけようとした、そのとき。
どくん、と大きく心臓が脈動した。
これまで感じたことのない異常な感覚。月乃は思わずその場に膝をついた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
朦朧とする意識の中で。月乃は自分が別の存在に生まれ変わるかのような感覚を覚えた。
そして月乃は今も戦っている零夜の元へ駆けた。
♢
『……なあ、今のって』
『ええ、消失(ロスト)ね』
『百里、そういえばなんで俺たちは消失(ロスト)しないんだ?』
『そうね……、多分あなたが完全な精霊じゃないからよ』
少し考える間があったが、百里は零夜にそう言う。
『なるほど〜。じゃあ、もしずっと百里が表に出ていたら、消失(ロスト)する可能性があるってこと?』
『そうなるわね……それより』
百里の声が突然変わる。
『な、なに?』
『零夜、あの子とキスしたぁぁあああ!私だって一度もしたこと無いのに!』
『………………』
『私だってしたいのにー。したくてもできないのに!ずるいわあの子。私の零夜に手を出してッ!』
『………………』
『今度会ったら許さないんだからぁ!零夜を好きにしていいのは私だけなの〜!』
『………………』
零夜は恥ずかしくなり、そっと百里との会話を切った。嬉しかったが、本人が聞いている中で言われるのはとても恥ずかしい。
「しかし、告白の返事、出来なかったなあ〜。それに消失(ロスト)したってことは次いつ現れるかわからないし」
零夜はそこまで考えて肩を落とす。
「取り敢えず俺、どこに住めばいいんだろう?」
零夜のボロ家はミサイルにより壊された。月乃の家に住むという手はあるが、勝手に住んでいいのかわからない。
「ほんと、どうしよ……」
『そんなの、あの子の家に住めばいいじゃない』
どうやら、落ち着いたようで百里がそう提案する。
『いや、だってさ……』
『あの子はあなたと一緒に住みたいと言って家に呼んだのよ?それなら使ったっていいじゃない』
『…………百里はそれでいいのか?』
『本当は嫌だけど、物凄く嫌だけど……背に腹は変えられないわ』
『……祭ですか』
結果、このまま月乃の家で住むこととなった。
♢
『空間震』
発生原因、発生時期、被害規模全てが不明。空間の地震と称される突発性広域災害。
発生すると爆心地に存在する建物や地面は、巨大クレーターができる。空間震の最大の規模はユーラシア大陸の中央が、一夜にして消失し、一億五千万の死者が出た。
ユーラシア大空災から皮切りに、世界各国で小規模の空間震が多発し始める。
その六ヶ月南関東大空災を最後に空間震は途絶えた。
しかし、五年前からここ天宮市で発生し始めた。
天宮市の中にあるマンションの一室。零夜は月乃と暮らしていた部屋でくつろいでいた。
『なあ、百里。なんか面白いことないか?』
『面白いことってなによ……それより、こうして私と一緒にお話ししてるだけでは不満なの?』
『いや〜不満じゃないよ?ただもっと刺激が欲しいというか、何というか……』
『私はこうしてあなたと話しているだけで楽しいし、幸せよ』
『うっ……恥ずかしいこと言うなよ』
『あら?本当のことよ?』
『………………』
『零夜はこういうの弱いのよね?』
フフフと百里が悪戯に笑う。
『せっかくだからどこか出かけるか?』
『私はどっちでもいいわ。あなたとさえいれれば』
零夜はソファーから立ち上がり、外へ出掛けようとした刹那ーー
ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー
最近よく聞く警告音。空間震警報だ。
『ーーこれは訓練ではありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が予想されます。近隣住民の皆さんは、速やかに最寄りのシェルターに避難してください。繰り返しますーー』
「えらいタイミングだな。それと、空間震が起こるってことは……」
『ええ。精霊が現れるわ』
百里が引き継ぐように言う。
「よし!なら、心配ないだろうけど見に行きますか」
『それは精霊の方?それともーー』
「精霊に決まってるだろ?俺、人間嫌いだし」
零夜は百里の言葉を遮った。
『…………そうね』
それ以上何も言わず、零夜はベランダから飛び降りた。
♢
五河士道は誰もいない町中走っていた。それもそのはず、今は『空間震警報』が発令されていて、全員シェルターに避難しているからだ。そんな中で、士道は一人、シェルターに避難せず外を走っていた。
理由は妹の五河琴里が、『空間震警報』がなっているにも関わらず、外に出ているのが、GPSで発見したからだ。
士道は走りながら顔を上方に向けた。視界の端に、何か動くものが見えた気がした。
「なんだ……っ、あれ……」
士道は眉をひそめた。
数は三つか……四つ。空に人影のようなものが浮かんでいた。しかし、そんなものを気にしてはいられなくなった。
なぜならーー
「うわ……っ」
士道の視界が白く光る。直後に、士道の耳に轟音が鳴り響く。
「ーーはーー?」
士道は自分の視界に広がる光景を見て、間抜けな声を発した。
今の今まで目の前にあった街並みが、跡形もなく無くなっていたのだ。隕石が落ちたかのように巨大なクレーターが出来上がっていた。
「ーーあれは?」
士道はあまりの光景に呆気にとられていたが、巨大なクレーターの真ん中に、巨大な椅子ーー王座のようなものがそびえ立っているのが見えた。
士道はゆったりとした足取りで、近づく。
「ッ……!あの子は……?」
士道が見たのは、玉座の肘掛に足を置き、奇妙なドレスを着た、女神ですら嫉妬するレベルの美しい少女だ。
少女は、気だるげに士道を見る。少女はそのままゆらりとした動作で玉座の背もたれから生えた柄のようなものものを握ったかと思うと、それをゆっくりと引き抜く。
それはーー幅広く、虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ、不思議な巨大な剣だった。
少女が剣を振りかぶると、その軌跡をぼんやりとした輝きが描いていった。
「ーーーッ!」
士道は自分が死ぬことを悟った。目を瞑り、その瞬間が来るのを待つ。
しかし、一向に斬られたような痛みが来ることはなかった。士道は恐る恐る目を開ける。
「…………だ、れ?」
そこには、一本の長く、黒い剣と、黒い銃を持った士道と同じくらいの歳の男が立っていた。