『ねえ、零夜?あなた、走ってるけど空間震が、精霊が出てくる場所、わかってるの?』
『わからん。でも、空間震なんて規模が大きかろうが小さかろうが起きたらすぐにわかるからな』
零夜は部屋から出ると、とにかく走り出したのだ。そんな零夜の計画の無さに、百里はため息をついた。
『まったく……無計画なんだから』
『そんな事、とっくのむかーーー』
零夜の言葉は、まばゆい光と、轟音にかき消された。
『あそこか……、行くぞ百里』
『ええ。わかっているわ』
途端、零夜の身体全体に、黒い雷が迸る。
そして、バチン!
と、雷が弾ける音と共に零夜は消えた。
いや、消えたのではなく、雷の速さで移動しているのだ。そのお陰で、現地へすぐに辿り着いた。今回の空間震は、少し規模が大きい。空間震に巻き込まれていない大きなビルの屋上から見てそう思った。
「さて、どんな精霊が来るのかな………あれ?」
空間震に巻き込まれなかったギリギリの場所で、人が突っ立っているのが零夜の視界に入る。
「なんで空間震警報が発令されてるのに外に人が出てるんだ?」
それは零夜にも言えることだが……。
『あそこにいる子、このままじゃあ、死ぬわね』
百里が言っているのは正解だろう。ちょうど、クレーターの真ん中にいる少女ーー精霊が大きな玉座から剣を引き抜いた。
「……チッ!しゃあねぇー」
『あら?人間が大嫌いなあなたが人間である子を助けるの?』
『……違う。あのままあの人間を殺したら、余計に精霊が有害扱いされるだろ?』
零夜の答えを聞いた百里は、どこか可笑しそうに笑う。
『なんだよ』
笑われたことに零夜は機嫌が悪くなる。
『フフフ、ごめんなさい。……でも、あなたらしいと思っただけよ』
『それなら笑わなくたっていだろ?』
『だから、ごめんなさいって。ほら、早くしないと死んじゃうわや?』
百里が言った通り、精霊の少女は巨大な剣を振りかぶっていた。零夜は即座にビルから地まで瞬間的に移動し、右手を開くとそこから真っ黒な『銃』が出現する。そして、迫り来る斬撃に向かって銃口を向ける。
「威力は抑えるから、大丈夫だよな」
零夜は自分に確認するように呟き、人差し指にかかっているトリガーを弾く。
銃口から放たれたのは、一直線に伸びる黒い雷の軌道。
それは、斬撃とぶつかり合い、すさまじい轟音を炸裂させる。二つが衝突したことで離れにある建物などが破壊され、さらに被害が拡大した。
「なんだとッ……!?」
少女はあり得ないものを見たかのように驚いていた。
これが零夜の武器の一つ。
《レールガン》
零夜は恐怖で腰が抜けたのか、地面に座り込んだままの人を一瞥し、
「さっさとここから逃げろ」
今しがた現れた、武装した女性たちと精霊の少女が戦っていた。
零夜は身体に雷を瞬時に迸らせ、一瞬でその場を蹴る。
「相変わらずだな、お前たちは」
「ッ……!いつのまに!?」
零夜はいつ取り出したのかわからない、一本の剣を抜き、回り込んだ女性に斬りかかる。
「ぐッ……!」
しかし、何やら女性の周囲を随意領域(テリトリー)が守り、剣は弾かれた。
「……なるほど」
零夜は一旦距離を取る。その時、不意に百里が零夜に提案をする。
『私の力、使う?』
百里の力を使えば全てが簡単にすむが、
『いや、この程度俺一人で何とでもなる。精霊が相手なら別だが、人間相手に遅れをとることなんてない』
零夜ははっきりと断った。
『そう?別に遠慮する必要はないのよ?この力は私のだけど、『あなたの力』でもあるんだから』
少し残念そうな声が聞こえ、罪悪感を覚える。
『ああ。その時は頼りにさせてもらうよ。でも、こいつら『人間』相手に百里の力は必要ないよ』
『ふふ。あなたも一応『人間』なんだけどね?』
『…………』
『ごめんなさいね。私の協力を拒んだんだから、これぐらい許してよね。ーーー私だってあなたと一緒に戦いたいんだから』
悪戯っぽく答えると、それきり話しかけてくることはなかった。
零夜は空いてある右手を空高く掲げた。掲げた手の周辺に、黒雷が勢いよく集まり始め、槍の形に模っていく。
「《黒雷の槍》」
できた槍は、十メートルは、超えるか、と言うくらいデカイ。
零夜はそれを『地面』へ向かって投げた。
地面に当たった槍を中心に大きな円の黒雷の柱が立ち昇る。
黒雷の柱に呑み込まれた女性たちは、シールドを簡単に破られた。
「キヤァァァァァァァアアアッ!!」
「痛いぃぃぃいいいい!!」
「イヤァァァァァア!!」
断末魔のような悲鳴を発しながら全員が地えと落ちる。
まだ誰かと戦っている少女の精霊が視界に入る。精霊と戦っているのは、零夜と同い年くらいの少女だった。髪は白く、顔には表情がない。
「あの女、他の連中の中では強いな」
一人で精霊と戦っているのだ、戦闘力は高い瞬時に判断できる。
「だけど、それじゃあ、精霊には勝てない」
零夜がそう口にした通り、少女は今では完全に押されていた。
ブレードを振りかぶるが、全て精霊が持つ巨大な剣に阻まれる。何度も何度も攻撃するが全て防がれる。どうやっても無理だと悟ったのか、少女は距離をとった。その時に、少女は零夜が近くにいることに気づいた。
「ーーッ!?もう一体の精霊……」
少女はボソッと呟いた。
「ーーーー!」
次は零夜をターゲットにしたのか、地を蹴ったと思えば、零夜に刃を向けた。
「ーーー何故いきなり俺なんだ?」
零夜は誰にも聞こえない程度の声で言う。
「それは、あなたが精霊だから!」
しかし、それは少女に聞こえていたらしく、怒気の含んだ声で、絞り出すように言う。
「……そうか、でも止めておけ。無駄に命を散らしたいのか?」
剣で受け止めながら、少しだけ殺気を放つ。
「く……ッ!それでも、あなたたち精霊はいるだけで有害。だから、私は精霊を殺す!」
一瞬気圧されたが、お腹から声を振り絞り、自分に言い聞かせるように発する。
「俺は、お前たち人間の方が死ぬべきものだと思うがな」
「何を……ッ!」
少女が何か言いかけたが、零夜が押し返したことで少女は対応に意識を向けた。
少女は零夜から距離をとり、零夜ともう一体の精霊との間に着地する。
まだも戦闘意思があるらしく、武器を構え、零夜と精霊を見据える。
しかし少女は突然構えを解き、片方の耳を抑えるように手を置いた。誰かと通信でもしているのか、精霊である二人を警戒しながら、時々頷いている。
正直言えば、そんな警戒など無意味だ。零夜や、現れた精霊がその気になれば武装をしていようが簡単に人間など殺せる。零夜は無駄な殺戮を望まないため殺したりしないが、もし殺すことに躊躇しない精霊が相手なら今この瞬間、あの少女は殺されているだろう。
今現界している精霊も、殺しはしないのか攻撃を仕掛けることはしない。それどころか、精霊は少女を見ていない。ジーっと零夜を見つめていた。零夜は精霊の握る巨大な剣がいつ自分に来るかと、警戒した。
二人は元から、人間である少女に眼中がなかった。その少女は二人を見ながらこの場を飛んで空へ去っていった。
残ったのは零夜と精霊。
双方向かい合うように立っている。
「貴様、何者だ?」
沈黙が続く中、精霊の少女が剣先を零夜に向けながら先に口を開く。
「俺は黒神零夜。お前と同じ精霊だよ」
「私と、同じ……」
「俺は君と戦うつもりはない。だから、その剣先を俺に向けないでもらえるか?」
零夜は剣と銃をしまい、両手をあげる。
しかし、
「それは出来ない。私がこれをどかした途端に狙われるかもしれないからな」
疑うような視線。零夜はどうしたもんかとため息をついてしまう。その仕草が癪にさわったのか、精霊の少女は一瞬にして零夜との距離を縮め、剣を振るう。
「いっ……、いきなりかよ!………って重っ!」
再度剣を抜き受け止めるが、あまりの力に膝をついてしまう。
「少しでも私が殺される危険があるのなら消す」
「くそッ!」
零夜はもう一度右手に銃を取り出した。
「ッーーー!それは、さっきの……」
この銃の威力を知っている精霊の少女はさらに力を込める。
距離をとれば撃たれる。精霊の少女は、さっきの銃の威力を考えれば近くで撃たないと考えついたようだ。そのため、一気に力で押し潰そうと思い至ったのだろう。
しかし、
「《レールガン》!」
「なにっ!?」
こんな至近距離から撃たれるとは思っていなかったようで、《レールガン》がお腹に直撃し、吹き飛んだ。
『容赦無く撃ったわね。あなたなら躊躇うと思ったのだけど』
『そんな余裕なかった。あのままなら俺が死んでたからもしれない。それに、一応威力だけは最小限には抑えたから、多分、傷ひとつ無いと思うぞ?』
『そうね。あの子、お腹に直撃する瞬間にあの大きな剣を間に入れて防いでたからね』
『いくら威力を最小限にしたとはいえ、普通なら《レールガン》は反応できる速度じゃあ、無いんだがな』
零夜と百里はお互い苦笑した。
そんな会話をしていると、土煙りから最初に相殺したもの以上の斬撃が、地面に亀裂を入れながら迫ってくる。
しかし、冷静な零夜は刀身に黒い雷を纏わせ、それを受け止める。
「〜〜〜〜ッ!結構、衝撃強いな」
受け止めた衝撃で、数メートル後ろへ下がる。
「なあ、俺は本当にお前と戦う気なんてないんだよ」
零夜は土煙りから出てきた少女に言う。
「なら何故私に武器を振るう?」
「それをお前が言うか!?」
武器を振るう原因を作った張本人が言うことではない。
「では、貴様は何をしにここに来たのだ?」
少女の大きくて綺麗な瞳が、零夜を真っ直ぐと見つめる。
「俺は、お前を助けるためにここに来た」
「助けに……だと?」
少女は訝しむように眉をひそめた。
「ああ、俺たち精霊はいるだけで有害。さっきのように何度も誰かが殺しにくる。精霊にも気の弱い奴もいるかもしれない。だから俺は今回現れた精霊を助けるためにここに来たんだよ」
零夜は最後に「ま、お前には必要なかったようだが」と、肩をすくめた。
「……そうか」
少女はそれっきり口を開かなくなった。いや、実際には少しだけ開いていて、ぶつぶつと何か考え事をしているようだ。零夜は考えが纏まるまで、静かに待った。
五分近くが経過した頃、考えがまとまったのか、少女はまたも剣をとる。
そして、
「やはり信じられん!」
「何故だ!?」
「そうやって私を騙して殺そうとしたやつは前にもいたからだ!」
「いや、ちょっ!……まじで!?」
まさか、攻撃されるとは思ってもみなかった零夜は少女の剣を受けきることができず、柄から手を離してしまう。
「やば………ッ!」
剣は弾かれ、銃は既に直してある。今から銃を出したところで、眼前にまで迫った剣には間に合わない。零夜はこのままなすすべなく斬られるだろう。第三者から見ても、それは一目瞭然。それは少女も同じだろう。刃が零夜の右肩から斬られようとした瞬間。少女の目の前で信じられない光景を目の当たりにした。
それは、
巨大な大剣を右手の手のひらと、親指で挟むように掴んでいた。片手白刃取りというやつだ。
「ば、かな……!」
少女が、愕然とするなか、さらに衝撃なことが起きる。
「あなた、私の零夜になんてことしようとしてくれてんのよ」
黒色だった目は金色に変色し、さっきまでの少年の声とは違い、透き通るような、透明感のある綺麗な女性の声だった。
零夜?はその右手に金色のオーラを発し、それが少女の剣をも覆う。
「ーーーーーッ!?」
少女は何かを感じたのか、焦ったように零夜?から退く。
「あらあら、あなたのその剣、大分頑丈ね。まあ、“天使”なんだから当たり前ね……」
「……………」
少女は、今日あった中で一番強く警戒する。
「さすがの私も“天使”なしで“天使”を“破壊”するなんてできないわね」
「お前は何者だ?黒神零夜という奴ではないのか?」
「ん〜。私は黒神零夜でもあるし、そうでもないわ」
「む?どういうことだ?」
言っている意味がわからず、少女は問い返す。しかし、返ってきたのはくすくすと笑い声だけだ。
「あ、そうそう。あなた、私の零夜に手を出したら………………、許さないから」
「っ……!?」
初めのほんわかな雰囲気とはまるで逆。どこまでも冷たく。鋭く突き刺さるような声に、少女は一瞬怯んだ。
「くそっ!百里のやつ、助かったがいきなり入れ替わるなよ!」
零夜は地団駄を踏んだ。それを見ていた少女は、毒気を抜かれたような顔になっていた。
「お前はよくわからん奴だ」
「ん?なんだって………あれ?」
零夜は突然消えた少女を探すように周囲を見渡すが、どこにもいない。
『消失(ロスト)したんでしょ?』
『あ、そうか……って、百里。助かったが、いきなり入れ替わらないでくれよ』
『あははは。別に助かったんだからいいじゃない。それとも、あのまま斬られたかった?』
『うっ……!』
『フフフ。ほら、もう精霊もいなくなったんだから帰りましょ?』
何か釈然としないまま、零夜は家へ帰っていった。