これが今年最後の投稿です。
五河士道は、目的だった精霊との接触を終え、〈フラクシナス〉によって回収された。
「うわ……っと」
「お疲れ、士道」
初めに士道に声をかけたのは、妹でもあり、〈フラクシナス〉の司令官でもある琴里だった。
「……し、死ぬかと思った」
「確かに、第一接触は最悪ね。あの精霊、あそこまで人間嫌いだとは思わなかったわ」
「……シンと話している間、精霊の好感値がゴキブリ以下までいったからね」
琴里に続き、令音が言う。
ちなみにシンとは士道のことだ。
「……ゴキブリ以下」
それを聞いた士道は地面に膝がつきそうになるのをどうにかして堪える。
「はっきりとした情報は得られなかったけど危険を覚悟で接触して正解ね。〈プリンセス〉を助けることができたら、協力はなくとも、話だけは聞いてもらえる。それはうちにとってとてもいい情報よ」
「……ん?〈プリンセス」ってなんだ?」
士道は聞いたことのないワードに首を傾げた。
「士道は知らなかったわね。〈プリンセス〉って言うのは、識別名で、あの時士道が見た少女の精霊のことよ」
「へー、ってことはあの男の精霊にも識別名があるのか?」
士道は疑問に思い琴里に質問する。
「あー、あの精霊ね。あれは〈アンノウン〉よ」
「あ、あんのうん?」
予想外の名前に士道は思わず聞き返してしまう。
「ええ、何年か前に突然現れて消失(ロスト)しないで限界し続けているにもかかわらず
情報がほとんどないもの。天使も見たことないし、霊装すら着用していない。こんなんじゃあ、どんな精霊かわかるわけないじゃない」
「それで〈アンノウン〉か……」
琴里の説明に士道は納得した。
「取り敢えず、士道はあの〈プリンセス〉を口説くことを考えなさい」
「……あ、ああ」
「それじゃあ、もう今日は家に帰って休みなさい。次、いつ〈プリンセス〉が現れるかわからないし」
「わかった」
士道は、言われた通り〈フラクシナス〉から家へ戻った。
士道を見送った琴里に、友人である令音がコーヒーをトレーに載せて運んでくる。
「琴里、飲み物だ」
「ありがとう、令音」
琴里は令音からカップを受け取り、淵に口をつける。
「……あの精霊、どう思う?」
「そうね……、士道にも言ったけどやっぱり情報が少な過ぎるわ。でも、何であんなに人間が嫌いなのか気になるわね」
「それは、ASTが殺しにくるからじゃないか?」
令音の考えに、琴里は首を横に振る。
「いいえ。違うわ」
「……それは、どうしてだい?」
「なんとなくよ。ただ殺されそうだから嫌い、とはまったく違うような気がするの。何か別に他にもっとちゃんとした理由があるはずよ。人間に“大切な何か”を奪われた。みたいな感じの何かが」
そう言って琴里は顎に手を当てた。
「それにしても、これはどういうことなのかしらね?」
琴里は視界に映るモニターを眺めながら令音に尋ねるように言う。
そのモニターには零夜が映し出されていた。
「〈プリンセス〉と闘っている最中、〈アンノウン〉の中にもう一つの精霊反応がでた」
モニターに映るのは、ちょうど零夜と百里が入れ替わったところだった。
突如として現れたもう一体の精霊反応。出現したとき琴里たち〈フラクシナス〉のメンバーは全員愕然としたのは記憶に新しい。
琴里は、新たに見つけてしまった謎にため息をこぼしたくなるが、逆に新しいことが一つわかったということで無理やり納得した。
「これについては今考えても仕方がないわ。ーーーそれともう一つは霊力ね」
「ああ、正確にはわからないが〈アンノウン〉の霊力には波がある。数値は測れなかったがね」
そう。令音が言った通り、零夜の霊力は安定していなく、上がったり下がったりだ。
「特に、精霊がASTと交戦しているとき、急に不安定になったわ。そして、人間を見ると機嫌も大幅に悪くなる。これは士道のときと一緒ね。でもーー」
琴里の後に令音が続く。
「ああ、もう一人の精霊、〈プリンセス〉と接触してもあの精霊は霊力も機嫌も不安定になることなく、全て安定していた」
つまりーーー
「〈アンノウン〉は“人間”、それもASTと会うたびに機嫌を悪くしている。これは予想じゃなくて確定ね。それにともなって霊力も上がる」
「……そうだが、それだけかな?」
「……どういうこと?」
令音の言葉に琴里は眉をひそめた。
「いや、ただASTに会うだけでここまで霊力が上がったりするとは思えない」
零夜の霊力は何もしていないときは霊力は観測できるかできないかっというぐらい少ない。自分以外の精霊にあったときは、必要最低限まで上がるが、“人間”を、いや、ASTを見た瞬間から零夜の霊力は桁違いに跳ね上がる。しかし、令音はそれがただ人間が嫌いだからだとは思えないのだ。
「ふ〜ん。霊力が上がるのと人間嫌いは別ってこと?」
「いや、そうではなくて……………すまない。私自身もよくわかっていない」
令音は変わらず眠たそうにしながら自分自身も頭の整理がつかず、言葉を濁らすことしかできなかった。
「いえ、いいわ。まだ時間はあるんだから、じっくり調べていきましょう」
琴里がそう言うと、コップにあるコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
「今日は休みましょう。今詰め過ぎても後に響くだけよ」
琴里はそれだけを言い残し、扉の向こうに消えていった。
♢
「はぁ〜、結局何も買えなかったな〜」
零夜は帰るなりベッドに体を預けた。そのとき、お腹からぐう〜と、静かな部屋に響く。
『結局何も買えなかったわね』
『ああ、ごめんな。俺のせいでまたご飯が食えなくて』
『いいのよ。……それよりも、零夜。あなたにしては珍しいわね?』
『何が?』
『何がって、あなたがあの少年の力になるって』
零夜は少しだけ目をつむった。
『力になるとは言ってない。ただ話を聞くと言っただけだ。それに、話を聞くのはあの精霊を無事に救ってからだ。ま、人間に精霊を助け出すなんてことは絶対無理だろうがな』
『でも、彼は精霊を助ける方法があると言ったわ。精霊の脅威を人間の彼が目の当たりにして怯えるのではなく助けるって言えるってことは、本当に方法があるんじゃないかしら?』
『………』
百里の言葉に零夜は黙ってしまう。百里の言うことは一理あるからだ。世界を壊す絶対的な力を目にしてなお、向かい合えるっていうことは、彼が言ったように何がしらの対策があるのか、それともあの美しい少女に近づきたいと思う下心があるただのアホなのか……。
あの少年ーー五河士道の目を見た零夜は前者のような気がしていた。確信たる根拠はないが、あのとき、自分がいつ殺されてもおかしくない場面で、零夜を前にあそこまで強く出れたのは、ハッタリではなく……。多分、百里も零夜と同じことを思ったのだろう。
しばらく経った後、零夜は百里に語りかける。
『もし……』
『もし?』
『もし本当に………本当の意味で精霊を救うことができるなら、それに越したことはないだろ?』
『…………』
百里は、零夜がどれだけ精霊を救いたいか知っている。そして百里自身も、他の精霊に自分のようになって欲しくないため、零夜同様救いたい気持ちを持っている。そんな二人が頑張っても、武力からしか助けることができない。本当の意味で助けてあげることができないのに、人間が本当の意味で精霊を救うことができたなら、人間嫌いの零夜からするとどんな気持ちだろうか……。それをわかっている百里は、そう簡単に答えることができなかった。
『別に気にしなくてもいいぞ?』
零夜は百里の考えていることに気づき、気にしないよう言うが、そう早く切り替えれるものではない。零夜もそれはわかっているのか
それ以上は何も言わなかった。百里も黙ったまま、沈黙が続くなかで、いつの間にか零夜は眠っていた。
『………ふふふ』
いつも通りの零夜に、どうやら自分が気にし過ぎたようだと気づくと百里はひとり、笑った。
♢
「……いつの間にか、眠っていたようだな」
ベッドから体を起こし、そう呟いた。
「おはよう、百里」
『…………』
「……百里?」
呼びかけても反応が返ってこない。零夜は、訝しむように眉をひそめた。もう一度呼びかけようとしたところで、返事が返ってきた。
『………もう、限界……』
が、その声はいつものように力がない。弱々しい声が零夜の頭に響く。しかし、百里に元気がないのは仕方がないだろう。もう、三日間何も食べていないのだから。
「た、確かに……」
パスで繋がっている百里が限界ということは、零夜も限界なのは目に見えている。
『いまなら……人も少ないでしょ?…だから何か買いにいきましょ?』
「そのつもりだ……」
零夜は昨夜の服のまま、財布だけをポケットに入れて食料を求めて家を出た。
そして即座に弁当と飲み物を買い、精霊としての身体能力をここで行使し、ダッシュで家へ戻った。その際、周りに被害が及んだのだが、零夜が知る由も無い。
♢
「ぷはー、食った食ったぁ」
先ほどコンビニで購入した弁当を食べ終えた零夜は満腹になったお腹をさすりながらのんびりとしていた。
『そうね〜、やっと力が出てきたわ』
百里も今朝の元気のない声とは逆に、元気が戻った様子だ。
『ごめんな〜。次からは飯、気をつけるわ』
『そうしてちょうだい。わたしもこの空腹感はもう味わいたくないわ』
零夜は次からは気をつけようと心に誓った。誓うと言うと大げさに聞こえるかもしれないが、それ程にこの空腹感はきつかったということだ。
零夜は近くに置いてあるパソコンの電源をつけ、零夜と月乃の共有ユーザーを開く。まず初めに目に入ったのは、零夜と月乃のツーショットの画面だった。月乃が零夜の腕に抱きつきながらカメラに向かって二本の指を立てピースをしているところだ。零夜は抱きつかれたことが恥ずかしくて、目線をズラしているだけだった。
これは月乃と一緒に住み始めた頃に撮ったものだ。零夜はそれを懐かしそうに眺め、しばらくしてインターネットを開いた。零夜はいろいろな動画やゲームなどをして、いつも時間を潰していた。それは今日も同じで、いつも使っているページを開こうとしたとき、画面の端に広告が表示されていた。その広告をクリックするとそれは通販のサイトだった。その中には食品の通販も見受けられた。
『……百里』
『……ええ、わかっているわ』
零夜と百里は一拍置いてから、
『『どうして通販を今まで使わなかった??』』
そう、極力外に出たくない零夜は通販サイトというものを完全に忘れていた。これを使えば、外に出る必要はなく、会ったとしてもそれは届けに来る人間だけだ。商店街の喧騒のなかに行くより、全然ましだ。
何故こんな簡単なことに気がつかなかったのか、零夜も百里にもわからなかった。
ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー
「……空間震っ!」
空間震警報が発令され、未だ呆然としていた零夜は瞬時に我に返った。
『零夜、行きましょう』
「ああ」
零夜は即座にマンションを出た。
マンションを出ると、零夜の耳に轟音が届く。それと同時に、先日戦った少女の精霊と同じ力を感じた。
精霊が出現した位置は零夜がいる位置からそう遠くない。場所はこの付近にある高校、来禅高校だろう。
零夜がそこへ向かうと、学校の一部が空間震により破壊されていた。空にはASTが待機していて、精霊が出てくるのを待っているのだろう。
精霊は校舎内にいるようで、中から一向に出てくる気配がない。それに業を煮やした様子のASTが、武器を校舎に向けた。
その瞬間、零夜は黒い銃を抜き引き金を引く。銃口から黒い雷が迸る。ASTに直撃すると思われたが、領域(テリトリー)によって防がれた。
「誰だ!」
この部隊の隊長らしき人物が突然攻撃を受けて振り返る。遅れて他のメンバーも零夜を見る。その中には、先日零夜を攻撃した少女もいた。
「識別名〈アンノウン〉です!」
「チッ!こんな時に……!一人は〈プリンセス〉を見張ってて、その他は総員で〈アンノウン〉を!」
隊長と呼ばれた女性の指示の下、ASTが動き出す。
慎重に零夜との距離を保ち、対精霊用の弾薬を積んだ殲滅兵器で乱射し始めた。
弾は全て零夜目掛けて飛んでいき、全弾命中する。
煙が上がり、零夜の様子が見えなくなったASTは一度攻撃の手を休め、反応を待った。
煙が霧散し始め、人影が見て取れる程度になった。隊員は再度殲滅兵器を構えるが、リーダー格の女は煙の中にいる影が、右手を上に上げているのが見え、直ちに引くよう命令を出すが、遅かった。零夜が逃げられないよう付近を雷で、結界のように張っていたからだ。
今、この場にいるASTの真上には無数の槍が出現していた。その槍は全部が零夜の黒い雷から生まれたものだ。
「【黒雷の槍】……さあ、貴様らの随意領域
(テリトリー)がどこまで持つか、見ものだな」
零夜は上げていた右腕を払うように下げる。同時に、真上にある無数の黒い槍がASTを襲う。
初めは随意領域(テリトリー)で防げていたが、息つく暇もなく降り注ぐ黒い槍、一本一本が相当な威力のため少しつづ随意領域(テリトリー)が削られていき、暫くすると、一人、また一人と激痛のあまり耳を裂くような悲鳴が次々と上がる。
零夜はもう十分だろうと思い、攻撃を止める。結界内にある建物は零夜の技により原形をとどめていなかった。瓦礫の上には隊員が気絶して倒れていた。しかし、その中で二人の女だけは意識を持ち続けていた。その二人はリーダー格の女で、もう一人は零夜を襲った少女だった。
「へぇ、あれをくらって意識を保てるんだ。大したものだな」
零夜は全員が意識を失っていると思っていたのだが、二人も意識を保っていられる人間を見て感嘆の声を上げた。
「でもその様子じゃあ、意識を保てたとしても数分ぐらいだな」
零夜は意識を持っている二人に興味を失い、戦闘があったにもかかわらず出てこなかった精霊がどうしているのか気になった。
ここからでは空間震により綺麗に削られた校舎の壁が邪魔で、中の様子が見えない。零夜は今いる位置から移動した。
「ーーーっ! なるほど。だから出てこなかったのか」
例の精霊がいたのは学校の教室。そして、教室には精霊以外に、零夜の目の前で精霊を救うと言った少年ーー五河士道が向かい合い立っていた。
何をしているのか、ここから離れているためわからない。ただ何か話しているのだけはわかる。雰囲気も悪くないのを見ると、上手く会話が成立しているのだろう。
零夜は最後に、これ以上ASTが何もしてこないことを確認すると身体に雷を纏わせ一瞬にして消えた。