ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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久しぶりの戦闘シーン。容赦無いバージルが書けて満足です。


番外編3:強者の壁 -2-

 『遠征』から数日が経過したある日、俺は久しぶりにダンジョンに潜ることを決心していた。

 実が遠征から帰ってきてからダンジョンに潜ろうとする度に用事を押し付けられて阻止され続けてきたが、身体が完全復活したのでようやくお使い地獄から解放された……! イシュタルに伝言とか俺に任さず自分で行けやァ! 歓楽街の連中はしつこすぎてマジで面倒。あいつら十数人で襲いかかって来るもの。殺さず無力化しなければならない分モンスターより質が悪い。

 だが、もうそんな面倒事などしなくても良いのだ! 俺はダンジョンに籠もるぞロキぃいいい―――!

 『今まで色々と用事を任せてしまってすまんかったな。明日からはダンジョンに行ってもええで。た・だ・し! くれぐれも無茶しちゃあかんで?』と昨晩言質を取っているため、今日の俺は非常に気分が良い。しかもちょうど『遠征』で撃破した特殊階層主(イレギュラー)武器素材(ドロップアイテム)である『ベオウルフの爪牙』から造られた特殊武装(スペリオルズ)『ベオウルフ』が完成したと昨日専属鍛冶師である椿に渡されたため、俺のテンションはまさしく天元突破。流石だ椿、愛してるぜェ―――ッ!

 ああ、空気が旨い。

 身体が軽い。

 こんなに清々しい気持ちになるのは久しぶりだ。

 もう、何も怖くない―――

 

「アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ベート―――君たちには、これからバージルと決闘をして貰う」

 

 などと思っていた時期が俺にもありました。

 今朝清々しい気持ちでいざダンジョンに向かおうと自室の扉を開けると、目前にはニコニコと笑みを浮かべるフィンの姿が。「訓練所に集合ね」という団長命令に逆らう訳にもいかず大人しく向かうと、いきなり決闘宣言。しかも俺だけ魔法なしという縛りプレイ。相手はロキ・ファミリア幹部であるアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ベートの計五人。

 ……うん、MU・RI☆

 この鬼! 悪魔! 鬼畜! ショタジジイ! フィン!!(悪口) そんなに俺が憎いのか!? 実は俺が独断で『ベオウルフ』を撃破したこと根に持ってたのか!? 確かに相談もせず制止の声も無視して一人で突っ込んで行ったのは悪かったと思うけど、目の前で憧れのモンスターが現れたらファンなら当然の事だろう!? ……自業自得? デスヨネー。

 しかも逃げようと気配を消して出入り口の前に移動してたら直ぐ様バレて、「(翻訳)おんどれ一人で問題起こしておいて、逃げたらどうなるか分かっとんやろうなワレェ?」と脅される始末。

 ふふ、ふふふふふふ、不幸だ。何が今日は気分が良いだ。最悪の日じゃねえかこんちくせう。もういい、上等だ、やってやるやればいいんでしょやってやらァの三段活用!! ―――とりあえず【閻魔刀】は殺傷力が在り過ぎるんでフィンに預けておいて―――て、テメェらなんか恐かねぇ! 野郎オブクラッシャー!!

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 フィンの決闘開始の宣言と共に行動を起こしたのは敏捷のステイタスが高いアイズとベートだった。ベートは地を駆ける狼の如く身体を地面と平行になるほど屈めながら突進し、アイズもそれに劣らず剣を振り抜く居合の構えで風の如く地を蹴り飛翔する。彼らに続く形でティオネとティオナも距離を詰め、最後尾に控えたレフィーヤが詠唱を紡ぐ。

 それはパーティーとして基本(オーソドックス)な陣形だった。敏捷値の高いアイズとベートが前衛を務め、比較的冷静なティオネが指揮しティオナがフォローする。そして後衛であるレフィーヤが魔法という最大火力で仕留める。怒りで冷静さを失っていても指示無しで己の役割を理解し実行するその判断力は流石だと言わざるを得ない。

 だが、それは所詮”基本”の陣形でしかない。Lv.5が大半のパーティーで組まれた陣形ならば万が一の事態に陥っても単独の実力で乗り越えられるだろう。だからこそ、彼らは無意識の内に“強者”の慢心をしていた。

 戦術とは”弱者”が”強者”に勝つために編み出されたものだ。ならばこそ、相手が弱者ならば甘い戦術であろうと倒せるだろう。だが、相手が”怪物(強者)”ならば―――呆気無く戦術を打ち破り、蹂躙するだろう。

 

「――――」

 

 僅かに細められた眼に宿った感情は何だったのか。失望、達観、或いは、虚無か。それを悟る前にバージルの背後に無数の魔力で製錬された蒼い剣が浮かび上がる。

 

 幻影剣壱式―――急襲幻影剣。

 

 【魔力放出(ダークスレイヤー)】の応用で製錬された魔力の剣はバージルの十八番であり、それを見た直後アイズ達はやはりと歯を食いしばった。

 幾らアイズ達が第一級冒険者とはいえ、零の加速から十五メイルを無拍子で詰める事は出来ずどうしても一拍子掛かってしまう。それに対しバージルは幻影剣を無拍子で製錬、半拍子で射出する事が可能だ。更にスキルの応用で編み出された幻影剣だがその威力は深層のモンスター相手でも充分に通用する破壊力を秘めており、速攻魔法と同じと言っても過言ではないだろう。

 ”先ずは小手調べだ―――” そう眼で告げられたのを理解するのと同時に、幻影剣が同時連続投射される。閃光に匹敵する速度で放たれた幻影剣が空気の壁すら突破し迫り来る冒険者達に襲い掛かる。

 怪物すらも貫く幻影剣。されどそれはバージルを知っている者ならば誰しもそれが来ると理解している事だった。息を吐くこともなくベートの蹴撃、アイズの斬撃がそれらを打ち落とす。打ち損ねた残りの幻影剣も中衛であるティオナとティオネが迎撃するが、それでも全てを打ち落とす事は不可能だった。漏れた一本の幻影剣、それが詠唱中のレフィーヤの肩に深々と突き刺さった。

 

「レフィーヤッ!!」

「だ、大丈夫―――ガッ!?」

 

 です、と最後まで安否を告げる事が出来なかった。肩に突き刺さる激痛に耐えながら詠唱を続けようとして、気管を塞がれて詠唱を紡ぐどころか呼吸を強制停止させられる。突然の事態に混乱して何が起こったのか突き止めようとして、自分の身体が宙に浮いている事に気が付いた。何かに持ち上げられている、その起点はレフィーヤの喉であり―――持ち上げているのはバージルだった。

 先ほどまでバージルは確かに十五メイル離れた場所に立っていたはずだ。詠唱中もずっと姿を確認しており、幻影剣が肩に突き刺さった時でさえ意識がそちらに向いたとはいえ視界から一瞬たりとも外してなどいなかった。

 ならば、考えられる手段はただ一つ。レフィーヤの動体視力でも捉えられない速度で接近してきたという事に他ならない。先ほどの呼び声は安否を確認するためではなく、急襲を告げるものだったのだ。

 

 【魔力放出(ダークスレイヤー)】の変化―――エアトリック。

 

 魔導士にとって最も明確な弱点は何処か。それは敵に間合いを詰められ接近戦に持ち込まれるのが基本だろう。しかし魔法を詠唱しながら行動する『並行詠唱』を出来るリヴェリアの様に、絶対ではない。ならば何処を突くのが正解か。

 バージルの至った答えは至って単純―――即ち、詠唱させなければ良い。気管を塞がれ呼吸困難に陥れば誰であろうと詠唱を続ける事は不可能である。

 首を締め付けられ酸素が脳に回らず何とかその腕を外そうとレフィーヤの手がバージルの腕を掴む前に、バージルは持ち上げた身体を地面に叩きつけた。

 衝撃と断線―――レフィーヤの脳は揺さぶられ、酸素が脳に至らず意識が暗転する。抵抗しようと伸ばされていた腕は力無く地に落ち、意識が途切れた事を明確に告げていた。

 

「先ず一人」

 

 バージルの事務的な確認の言葉に、激昂と共に襲い掛かったのはアマゾネスの二人。

 

「レフィーヤッ!!」

「こぉんのぉっ!!」

 

 仲間がやられた事への怒りを明確に表しながら、二刀の湾短刀(ククリナイフ)大双刃(ウルガ)を叩きつけるようにバージルへ振るう。急旋回からの逆走で反転し、直ぐ様強襲を仕掛けられるのは流石は第一級冒険者と言うところだろう。

 だが、

 

「怒りを武器に込めた所で無駄だ。動きが緩慢になるだけに過ぎん」

 

 不自由な姿勢からの跳躍。それは万全とは程遠く、バージルにとってあまりに対処が容易だった。先に先行していたティオネが湾短刀を振るうが、まるで通り抜けたように無駄な動作なく最小限の動きで見切られ回避され、続くティオナが筋肉の筋が悲鳴を上げるのも無視してバージルの身体を叩き潰すが如く大双刃を上段から振り落とされる。

 当たれば必殺の破壊力を誇る一撃。それを前にして、バージルは呆れるように呟いた。

 

「愚かな。己の得物に振り回されてどうする。技術ではなく【ステイタス】に頼って振るっているからこそ―――」

 

 大双刃がバージルの顔面に振り下ろされる前に、バージルの身体が加速する。振り下ろすティオナの懐へ潜り込み、一瞬で視界から消えたバージルに驚愕する間に【魔力放出(ダークスレイヤー)】で強化された力値が大双刃の柄の箇所を握り締め、

 

「―――こうして【ステイタス(より強い力)】に容易に奪われる」

 

 自身の持つ力よりも更なる力に己の大双刃(得物)を奪われ、ティオナの思考が今度こそ空白に染まった瞬間にバージルはまるで己の得物のように大双刃を前後のティオネとティオナに身体を捻らせながら横切りに振るう。

 まるで小さな嵐だ、と自分の得物でありながら自分以上に振るうバージルに嫉妬の念を僅かに宿しながら、それでもティオナは咄嗟の反射で腕を盾代わりに身体への衝突は防ごうと身構える。見ればティオネも空中で在りながら身体を捻り湾短刀を盾代わりに受け止めようとしていた。

 それはその場の判断において確かに正解だっただろう。

だが、

 

「―――温い」

 

 大気を斬り裂いて唸る大双刃は、まるで蛇の如く瞬時に軌道を変化して二人の懐へ潜り込んでいた。

 それは、まだティオナが至らぬ境地。手首のスナップを利かせる事で大双刃を変幻自在に操る技術。超重量である大双刃を完全に使い熟していなければ不可能な技だった。

 悲鳴を上げる間もなく大双刃が二人の懐に深々とめり込み、筋肉と骨と内臓の形が変形し悲鳴を上げる。口から零れたのは悲鳴ではなく吐血で、薙ぎ払われた衝撃で互いに正反対の壁に陥没する勢いで叩き伏せられた。

 ―――直後。

 

「油断してんじゃねェええええええッ!!」

 

 攻撃直後の硬直を狙うが如く、狼は牙を獲物へと駆り立てる。自身の咆哮すらも置き去りにしてベートは床が陥没するほどの力で大地を足指で掴み、空気の層を突破して拳を奮う。

 紛れも無いベートが現状放てる最速最強の一撃。仲間の犠牲も利用した下劣で反吐の出る隙を付いたこれ以上ない好機。

 

「―――油断だと? これは余裕と言うのだ」

 

 だが、ベートの拳から伝わってきたのは肉質の感触ではなく、鋼のように硬い金属感だった。

 希望が絶望に染め上げられるように、ベートの目前には憎き怨敵がその眼に何の感情も宿すこと無く見つめていた。ベートの殴った先に在ったのは、ティオナの大双刃。宙に浮かぶ超重量の獲物はベートの拳に殴られ、一瞬の間もなく反対方向へ吹き飛ぶだろう。だが、その間攻撃を実行しているベートは、目前のバージルに対し何一つ対処を行うことが出来ない。

 それは奇しくも、ベートがバージルに突いた隙。攻撃直後の無防備な停滞を今度はバージルに狙われる事となった。そして、その隙をバージルが逃すはずがない。

 

 魔拳技弐式―――ライジングドラゴン。

 

 まるで力を凝縮していたように縮められていた体躯が唸りを上げながら解放され、四肢に込められていた力がまるで天に昇る龍の如く叩き上げられる。上体捻りも加えられた突き上げられた拳は容赦無くベートの伸びきっていた肘に激突し、大地に留まらずそのまま空中まで跳び上がった。

 利き腕の肘が容赦無く粉砕され、あらぬ方向へ螺子曲がった己の腕を抑えながらベートは腕に駆け巡る激痛を必死に奥歯を噛み砕きながら耐え、天井と平行摩擦を起こしながら壁と衝突し、地面に落下した。

 ベートを殴ったバージルの腕。それに嵌め込まれた籠手は薄い光を放っている。その効力は彼が倒した特殊階層主『ベオウルフ』と同質、即ち光を内側に侵略させ細胞を一時的に死滅させる―――言わば再生無効化と呼ぶに相応しい特殊武装だった。

 

 レフィーヤ、ティオネ、ティオナ、ベートが敗れ、残るのはただ一人。そしてその一人が、空中に放り出されて無防備となっているこの機会を逃すはずがなかった。

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 紡がれる詠唱は風への祈り。金色の髪を靡かせて、最後の一人となったアイズ・ヴァレンシュタインは自身の魔力を次の一撃に全て注ぐ覚悟で魔法を発動していた。

 正真正銘、これが最後のチャンス。仲間を守れなかった自身に奥歯を噛み締めるが、今は皆が紡いでくれたこの機会を逃す訳にはいかない。これを逃せば勝機は万に一つとしてない。

 

「―――【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 エアリエル()最大出力。自身に纏う風の魔力は制御できる限界まで引き上げられ、その矛先は一点に収束される。それはまさしく一点突破の神風。

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 アイズが放てる最大火力の突撃が宙に佇むバージルに向かって風の螺旋矢となりて放たれた。バージルならきっと反応し受け止めるだろう。だからこそ、それを突破する破壊力を込めなければならない。

 それを確信し、この一撃ならばバージルとて防ぎきれまいとアイズは見えた勝利に僅かばかりの希望を浮かべ、

 

 

 

「図に乗るな」

 

 【魔力放出(ダークスレイヤー)】の変化―――エアハイク。

 

 

 

 その希望を塗り潰すが如く、バージルは空を蹴った(・・・・・)

 

「…………え」

 

 零れた声は、目の前の光景を否定するためか。

 バージルの持つスキルの一つである【魔力放出(ダークスレイヤー)】は魔力を自在に操作する物だ。身体に魔力を帯びさせ瞬間的に放出することで能力を向上させることが出来る。そしてそれは彼が先ほど放った幻影剣の如く魔力を剣の形に練る事で敵を攻撃することも可能である。ならば必然的に、足元に魔力を固定させる事で足場を作り出すことなど造作も無い。

 つまり、バージル・クラネルにとって―――地上であろうと空中であろうと、問題なく足場を創造し移動する事が可能だった。

 だが逆に、アイズにはそれが出来ない。最大出力で放たれたという事は既に彼女の制御が手一杯という事であり、今更進路を変更する事など不可能。喩えそれが怪物の口の中だと解っていても、逃れられるはずがなかった。

 

 魔拳技参式―――月輪脚。

 

 アイズの剣は空を突き、その頭上ではバージルが半月を連想させる光の軌道を描きながら振り上げられた踵が彼女の利き肩に深々と突き刺さる。ベオウルフの細胞破壊と骨が砕ける音がやけにアイズの耳に残った。

 地面へと落下する直前、バージルの瞳が見える。地面に堕ちるアイズを見るその瞳には何の感情も込められていない。それはつまり、端から敵として見ていたのではなく―――時間の無駄だと分かっていたのではないか。

 

「――――ッ」

 

 それを、言葉にする間もなく、アイズはバージルの蹴撃に吹き飛ばされ、地面が陥没する勢いで激突した。

 




あれ……まだ終らないんですけど(冷や汗

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