ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか 作:宇佐木時麻
[壁]_・)/ (次話) ポイッ
_-)))コソコソ
バレてなーい、バレてなーい……!
喉の焼けるような痛みと肺が酸素を求めるような息苦しさにレフィーヤは意識を目覚めさせた。
「かはっ、けほっっ、ぁ……!?」
喉を押さえながら必死に息を吸い込もうとして気管が驚き呼吸困難に陥り、何度も咳き込みながら喉に詰まった異物を吐き出して気管の軌道を確保する。全ての異物を石畳にぶち撒けると混乱する思考を鎮める為に深く呼吸を繰り返し何が起こったのか物事を整理する。
「ッそうじゃない、他の皆さんは!?」
思い出した瞬間、レフィーヤは慌てて周囲の様子を見渡した。記憶が正しいのならば彼女は決闘の最中に気を失ったことになる。どれほど気を失っていたかは定かではないが、もしかすればまだ戦いは続いているかもしれず、こんなところで悩んでいる暇などない。
現在状況はどうなっているのか、それを確かめるべく顔を上げたその先には、
「―――意識を取り戻したか。そのまま虚の中を彷徨っていれば苦しまずにすんだものを」
絶望が、感情を宿さない冷酷な瞳で見下ろしていた。
「……ァ、あぁッ」
その視線に射抜かれた途端、レフィーヤの身体は主の意志に逆らうように硬直した。
蒼い外套を翻し白髪の髪を掻き上げ、何もかも射抜くような眼に僅かに発光する籠手と具足。その姿を見間違えるはずがない。
この決闘での敵―――バージル・クラネルが悠然と彼女の眼前に佇んでいた。
彼がこの場に居り、そして他の皆がいない事が明確な真実を告げていた。それは即ち、既に彼女以外の全ての仲間が倒されたという事実に他ならない。
自分など足手纏いにしかならない
「…………」
「ヒ………ッ!?」
一歩バージルが踏み込む。その姿にレフィーヤは無意識の内に小さな悲鳴を洩らし後退る。抑えの利かない身体の震えが彼女の心理を明確に告げていた。
怖い、勝てるはずがない。アイズさん達でも歯が立たなかった相手に私なんかが敵うワケがない。まるで湧き水の如く溢れ出てくる弱音が握りしめる杖すらも揺らす。
その姿は、まさに捕食者に食われんとする被食者そのものだった。
「――この戦いは終わりだ、フィン。この女にはもう戦う意志が見えん」
「…………あっ」
バージルが外套を翻し振り返る。その射抜くような視線から外された事でレフィーヤは腰が抜けたようにへたり込んだ。
汗が止まらない、身体の震えが言うことを聞かない。鼓動が耳障りなほど高鳴り、吐く息が燃焼しているのではないかと錯覚するほど熱い。
何よりも、助かったという安堵だけがその空虚な胸を埋め尽くしていた。
だからこそ、
「相手を選ぶならばせめて冒険者から選べ。戦う覚悟の無い者をこの場に呼ぶな」
「――――」
続くバージルの言葉。その正論が容赦なく彼女の臓腑を言葉の刃と為りて貫いた。
レフィーヤ・ウィリディスは冒険者ですらない、その宣告に彼女は何も言えなかった。何故なら彼女自身が一番それを理解していたのだから。
だって、仕方が無いじゃないか。私なんかじゃあの人達が束になっても敵わなかった相手に勝てるはずがない。
”―――本当に?”
これが最善の選択なはずだ。私なんかが、足手纏いでしかない私じゃ到底敵わない。だから、仕方が無い。
”―――本当に、
仕方が無い。諦めるしかない。今回は運が悪かった。次は頑張ろう―――なんて言葉で自身の心を誤魔化すしか術はなかった。
本当は分かっている。
だから、だから、だから―――私は、どうなりたかった?
「――――ぁ」
無意識に上げた顔。石畳ばかり見ていた視界に広がったのは蒼い外套の背中。その後ろ姿に、金色の剣姫の姿が重なった。
(そう、だ―――)
追いつきたい。
助けたい
力になりたい。
できることなら―――一緒にいたい。
余りに遠く、憧憬を抱いてしまうその背中達に、胸を張れる自分になりたいと思ったのではないか。
ならば、こんなところで何を蹲っている。こんな様で何があの人達の仲間だ。この背中に刻まれた証は何だ。この胸で刻む魂は何を表している。
恐怖を捨てろ。
前を見ろ。
歩くような速さでいい、進み続けろ。
決して立ち止まらず、その
私は、私の名は―――!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
突如、レフィーヤは獣の如く咆哮を喉から放ち、一瞬も迷うこと無く額を石畳に叩き込んだ。
鈍い音が響き渡り、額が裂け血が溢れ出る。誰しもがレフィーヤの突然の奇行に息を飲む中、バージルは悠然とレフィーヤへ向き直る。
そこに立っているのは先程までのただ怯えるだけの被食者ではない。額から血を流し、杖を構えるその瞳は、紛れも無い冒険者のものだった。
「私はっ! 私はレフィーヤ・ウィリディス! ウィーシュの森のエルフッ!」
それは宣誓。誰かに告げたものではなく自分自身への魂の誓い。言葉を力に、勇気に変えて彼女は折れた信念を取り戻す為の証。
「神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な
「その震える足でか?」
「………ッ!」
バージルの指摘した通り、レフィーヤの身体は今もなお恐怖で震えていた。
怖くないはずがない。目の前の相手はオラリオ内においても数少ないLv.6の一人。それを最年少で到達した紛れも無い怪物だ。彼女のようなLv.3程度が話になる相手などではない事は、彼女自身が誰よりも理解している。
「それでも……! ここで逃げたら、私は二度とあの背中を追いかけられなくなる! 他の誰でもない、私自身がそれを許せなくなる! だから―――私は逃げない! この背中に背負った証と共に、最後まで抗ってみせるッ!」
誰一人、逃げようとはしなかったはずだ。
皆最後まで抗い、全力を尽くしてから敗れたはずだ。
ならば自分も抗おう、最後まで。みっともなくて無様だとしても、己はロキ・ファミリアの一員なのだから。
「いいだろう、手負いをいたぶる趣味はない。一撃で終わらせてやる」
レフィーヤの決死の覚悟を感じ取ったのか、バージルは荘厳と拳を輝かせながら一歩踏み出す。その距離およそ十メイル。とても魔法を発動しても詠唱が終わる前に間合いを詰められ敗北するだろう。
それでもレフィーヤの目に敗北の色はない。最後まで戦う覚悟を決め、それを示すために脚を踏み出そうとして、
「―――ちょっと、一人で戦うつもり? それは水臭いんじゃない?」
「そうだよ、あたし達は仲間でしょ?」
「レフィーヤ……大丈夫?」
「ケッ……まあ、雑魚にしちゃあいい啖呵だったんじゃねえの」
優しい温もりと共に背後からそっと抱き締められる。その温もりに驚いて背後へ振り返ると、そこには傷つきながらも笑う仲間の姿があった。
ボロボロに傷つきながらもいつもの様に笑う彼らの姿を見て、レフィーヤの胸の奥が温かくなる。震えていた脚は止まり、芯の奥から力が湧き上がって来る気さえした。
「さあ、もう1ゲームといこうぜ―――バージル」
彼らの目には達観も諦めも無い、あるのは勝つという強い意志のみ。油断も慢心もなく、身体は初めより傷ついているがその闘気は比べるのが億劫なほどかけ離れていた。
初めての武器だから? 【
相手は誰だ。相手はあのバージル・クラネルだろうが。ロキ・ファミリア最強の一角であり、まだ自分達が到達できていないLv.6。自分達はまだ対等に戦える土俵にすら上がっていないというのに、思い上がるのも大概にしろ。
故に、あの頂に挑もう。まだ我々は挑む立場なのだから。足掻いて藻掻いて喰らいついて―――証明してみせよう。
冒険を―――始めよう。
「……手間を取らせる」
バージルはそう呟いて、冷然と拳を構えた。
そう、此処に来てバージルは初めて構えの姿勢を見せた。それは即ち彼らがそれに値すると判断したが故に。取るに足らない『無駄』な存在から、手間が掛かる『障害』へと。
「―――くくっ」
「―――ハハッ」
それが嬉しくて無意識に笑みが溢れ、それを飲み込むように獰猛な狂笑を浮かべ己の得物を構える。彼らの眼に迷いは無い、在るのはただ”勝利”という欲望のみ。それだけがまるで分かち合うように彼らの目に輝いていた。
「たまにはお前らの遊びに付き合ってやる」
「上等ォ、そのままついでに敗北もくれてやらァッ!」
「とりあえず、さっきのお返ししなきゃね!」
「あんまり突っ走らないでよね」
「みんなとなら、きっと勝てる」
「はい、行きましょう皆さん!!」
第二ラウンド―――試合開始。
◇◇◇
「あははは、流石はバージル。仲間相手でも一切容赦しないね」
「……それを分かってやったのだろう、お前は」
訓練所の壁端。目前で激戦区と化しているのにも関わらず和気藹々とフィンとリヴェリアは彼らの戦闘を眺めていた。
「問答無益で容赦なく戦ってくれるのはバージルくらいだからね。僕やリヴェリア、ガレスじゃどうしても手加減して”稽古”になるから。それとも、”母親”としてみれば不満かい?」
「……誰が”母親”だ。それにお前が云いたいことは分かっている。最近アイズ達はステイタス頼みの戦闘となって基礎が疎かになっていたしな。我々が言っても注意でしかならんだろう。それを身体で理解させられるのはバージルくらいしか居まい」
ステイタスが上昇するという事は身体能力が上昇し、やれる範囲が広がる事を示す。それは単独の戦闘能力が上昇することを示すが、逆に言えば自らが出来る範囲が広すぎるため連携が疎かになる恐れがあった。
昔ならば作業を分担して行っていた作戦も、ほとんどを一人でこなせるようになってしまう。それは確かに成長だが、連携が疎かになれば強者との戦いで待っているのは死だ。
本来ならばそれはフィンやリヴェリア達先達者が伝えねばならない事だが、アイズ達にとって彼らの言葉は親の説教染みた聞き慣れた言葉でしかない。だからこそフィンはバージルを選んだのだ。
フィン達と同じLv.6でありながら、それを実践させるために容赦のない人物を。
「正直に言えばアイズ達がやられた時にリヴェリアが飛び出さないかヒヤヒヤしたんだけどね」
「お前は私を何だと思っているんだ、フィン。それにしても親睦会などと嘯いてバージルを連れて来なくとも、正直に事情を話せば良かっただろう、こんな騙すような言い方をしなくとも」
「……騙したつもりはないんだけどね」
小さく呟いて、フィンはそっと手で握り締める刀を見た。触れている箇所から燃え上がりそうなほど熱を発する剣。主は貴様ではないと告げるようなその熱は、まるでこの剣の主のように触れるものを拒絶する。
その熱に魘されるように、フィンはある日の夜に語ったバージルの言葉を思い出す。
『フィン。俺は貴様らに敬意を持っている』
『誰かの為に、愛する心こそが人を最も強くさせる』
『俺にはそれがない。理解は出来ても共感することが出来ない』
『―――ならば捨てよう。それに勝るまで全てを切り捨てよう』
『強者には二種類しか存在しない。何かを背負い強くなる
『無論、この
「……バージル、君は一人なんかじゃない。君はただ先に進み過ぎて周りに誰も居なくなったからそう勘違いしているだけだ。だから気づいて欲しい―――君の後ろで追いかけている彼らの事を。その虚空を映した目を見開いてしかと確かめてくれ」
「……フィン?」
独り言染みたフィンの言葉にリヴェリアが訝しげるが、フィンの視線は戦場を捉えて離さない。
予感がしたからだ。この決闘、リヴェリアはアイズ達の為に開いたと思っているようだが、それは違う。この決闘の本来の目的は、他の誰でもないバージルの為だった。
もしも、この決闘でアイズ達が何も証明できず、バージルの瞳が
バージル・クラネルは、
そんな予感が、フィンの脳裏を横切っていた。
正直みんな忘れていると思うけど、とりあえず更新。
うん……なんかキャラ違ぇ!