ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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また終わらなかった……!


番外編3:強者の壁 -4-

 まず動きを見せたのはバージルの方だった。

 先とは何が違うのか確かめるように初めの行動を模倣する。背後に錬成されるはバージルの魔力によって錬られた幻影剣。蒼き剣群は大気を唸らせながらアイズ達に襲いかかる。

 

 幻影剣壱式―――急襲幻影剣。

 

 音の壁を貫き螺旋を描きながら強襲する幻影剣の軌道の先にいるのはまだ未熟な魔導師。戦いにおいて弱者から蹴落とすのは当然のセオリーと言ったところだろう。ゆえに、それを予測するのもまた簡単だった。

 迫り来る蒼き剣が全て空中で叩き落とされる。変幻自在に空を斬り裂いたのは二刀の湾短刀(ククリナイフ)。詠唱を唱える姫を守るように眼前で仁王立ちして守護する騎士の如き少女は笑いながら剣を構えた。

 

「今度は使わないのね、あの瞬間移動染みた移動は」

「…………」

 

 ティオネの問いにバージルは答えない。否、そもそもこの男は戦闘中に口を簡単に開くほど容易に隙を作る男ではないことぐらい百も承知の上だ。だがそれでもある程度予測は立てる事ができる。

 

「もしかして、使わないんじゃなくて……使えないんじゃない(・・・・・・・・・)?」

 

 バージルの瞬間移動染みた超加速は確かに厄介だ。だが同時に一つの疑問が湧く。それほどの速度が出せるならとうに決着が付いているはずだ。Lv.5であるアイズ達が知覚できない速度、Lv.6であるフィンやリヴェリア達でさえその速度を出すのは困難だろう。

 ならば逆説的に、それを実行しているバージルはどうだろうか。客観的に見れば遅く見えるものも、主観的に見ればその何倍も速く感じるものだ。Lv.5であるアイズ達が知覚できない速度で、Lv.6であるバージルが果たして周囲の情報を知覚できるのだろうか。

 バージルのスキル【魔力放出(ダークスレイヤー)】はアイズの【(エアリエル)】と同じ付与系の類に属する。だからこそLv.6以上の身体能力で先ほどの瞬間移動染みた超加速さえも実現できるのだろう。だがそれはいわば暗闇を走るのと同一の事だ。

 過ぎた力は身を滅ぼす。幾らバージルがLv.6とはいえそれほどの速度で移動すれば自身が何処に居るのか空間把握すら難しい。だからこそ、幻影剣の存在が必要不可欠だった。

 自身の分身とも言える魔力で造られた剣。それは例え目を閉じていたとしてもその存在を知覚することが出来る。つまり幻影剣を敵に接触させそれをマーキング代わりにする事で敵の位置を把握し、あの瞬間移動染みた超加速を可能としていた。

 

「バージル、貴方のあの移動法は幻影剣が相手に刺さっていないと使えないんじゃない? あれだけの速度、なんの制約も無く使えるとは思えない。違う?」

 

 ティオネの問答にバージルは否定しない。だが静かに目を閉じ、呆れるように嘆息すると、

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

 避けられるならば、避けられない攻撃をすればいい―――

 そう告げるように、詠唱を続けるレフィーヤの周囲に円陣を囲うが如く幻影剣が取り囲んで出現する。

 

 幻影剣弐式応用―――烈風幻影剣。

 

 相手を拘束する様に出現した幻影剣の切先は全てレフィーヤに向けられており、その隙間は一メイルも存在しない。

 ちょうどティオネの背後に出現した蒼き剣群は、とても彼女が振り返ってからでは間に合わない。だというのにティオネは何も慌ててなどいなかった。

 それを決定付けるように、獣の咆哮が轟く。

 

「だからてめぇは……いつも人様を無視してんじゃねぇぇえええッ!!」

 

 無防備に詠唱を続けるレフィーヤに強襲をしかけた幻影剣が全てベートの白銀のメタルブーツに掻き消される。ティオネが振るった湾短刀の時とは違い、まるで存在を消滅させられたように音もなく姿を消した。

 否―――溶けた。

 

「俺を忘れてんじゃねえぞ、バージル」

 

 ティオネの隣に降り立ったのは白銀の狼人。僅かに発光するメタルブーツで石畳を踏み砕きながら、ベートは獰猛に笑った。

 ベートの持つ特殊武装(スペリオルズ)【フロスヴィルト】は精製金属(ミスリル)製のオラリオ唯一の魔力吸収(マジックドレイン)の属性を持つメタルブーツであり、バージルの幻影剣とは最も相性の良い武器だった。

 バージルが生み出す幻影剣は彼の魔力によって生み出された物に過ぎない。だからこそ魔力を吸収する属性を持つベートの特殊武装はバージルの幻影剣の天敵とも呼べる存在だった。

 まるで姫を守る騎士のようにティオネとベートがレフィーヤの前に陣取る。この二人がいる限り、幻影剣が通用することは先ずあり得ないだろう。

 ならば―――直接この手で仕留めればいいだけの話。

 一歩踏み出したバージルを見てアイズ達に緊張が奔る。ロキ・ファミリア最強の一角、その技量の差は先程交えただけでも隔絶とした間が在ることは承知の上だ。だからと云って集団戦を挑もうものならば容易に隙を突かれ前線は一気に崩壊し勝機を失うだろう。

 ティオナでは技術が足りない。

 ティオネでは戦闘スタイルが似ているが為にスペックが足りない。

 ベートでは耐久度が足りない。

 レフィーヤでは接近戦が話しにならない。

 ならばこの場において誰が最も戦うに適しているか。ベートのような敏捷があり、ティオナのような耐久度があり、ティオネのようなスペックでもバージルに抗え、接近戦技術に長けた者。

 それが適する者など、一人しか存在しない。

 

「任せたわよ、アイズ」

「―――【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 その想いに応えるように、旋風が吹き荒れる。

 嵐のような風を身に纏いし金色の剣姫、アイズは静かに剣を構える。【エアリエル】を最大限に展開し衝撃を吸収する鎧として、身体能力を上昇させる魔法として。

 この場において、バージルを止められる者など【魔力放出】と同じ付与効果を持つ【エアリエル】を扱えるアイズ以外にあり得ない。

 ならばこれは当然の事。

 故に、言葉は不要。

 

「行くよ、バージル―――ッ!!」

「御託はいい、来い」

 

 先の様な一撃必殺ではない。嵐のような風が吹き荒れる中、アイズは変幻自在に空中を闊歩し全方位から斬撃を繰り出す。それは遠見していたレフィーヤ達でさえ捉えきれない動き。まさに風に愛されたアイズだからこそ出来る技。

 だがそれは、

 

「―――無駄だらけだな」

 

 避ける、躱す、受け流される。既に百を超える斬撃を繰り出しているのにも関わらず掠りさえしない。少しでも安易な技を出そうものならば容赦なく反撃がアイズの肉体を壊しに掛かる。

 風の鎧が無意味と化すほどの、一点集中。風の壁を貫いて拳が身体に突き刺さり、そこから破滅の光が体内を侵食する。触れられた箇所には絶えず激痛が奔り、痛みは決して引くことなく体内に木霊する。

 だがそれでもまだましな方だ。もしも風の鎧が無ければその拳はなおも深く突き刺さり更なる損傷を与えていただろう。

 その痛みに歯を食い縛って耐え、空中で反転し突きの構えで風の足場を蹴る。死角からの刺撃。側頭部に放たれたその一撃は見事なものだった。

 

「全体を守る必要などない。それほどの魔力を消費するぐらいならば一点に収束しろ。己の細胞を一つ残さず掌握し、その箇所にのみ魔力を注ぎ込め」

 

 だが、その刺撃はバージルが振り向き瞳に突き刺さる寸前、空中に現れた幻影剣の刀身によって受け流された。滑る刀身に釣られアイズの身体が無防備に逸れ、その腹部に振り返った遠心力をも上乗せされた裏拳が容赦なく貫く。

 衝撃と激痛で肺から空気を無理矢理吐き出されたアイズはそれでも歯を食い縛り自身の身体を【エアリエル】で吹き飛ばして追撃の蹴撃を強引に躱す。もしここで安易な蹴りでも繰りだそうものならばその脚をへし折られていた事だろう。

 細胞が破壊され筋肉が弛緩して力の入らない腹筋を無理矢理風で人形の如く強引に動かす。その度に激痛が身体を蝕み倒れそうになるが、それでも彼女は立ち上がった。

 剣を握り締めボロボロに傷ついてもなお立ち上がる剣姫に対し、剣鬼はここにきて初めて問いを投げた。

 

「……何がおかしい」

「………?」

 

 バージルの投げ掛けた問いの意味が解らずアイズは首を傾げて、ふと気付いた。

 彼女の口元が少しだけ釣り上がっている事に。痛みに耐えながらもその頬は微笑の形を作っていた。

 自分でも何故笑っているのか解らず首を傾げて、ある答えがふと胸に収まった。

 思い出したのは、前の【遠征】の時。

 アイズが三十七階層主【ウダイオス】との集団戦で精神疲弊(マインドダウン)を起こして倒れた後、突如出現した特殊階層主(イレギュラー)【ベオウルフ】とバージルとの戦い。

 再生無効化という前衛(タンク)殺しに並外れた機動力を誇り、且つ白い翼の羽を散弾のように周囲に撒き散らす怪物。先の階層主との戦いで既に全霊を駆使していたロキ・ファミリアにとってその出現はまさしく最悪と呼ぶに相応しい存在だった。

 そして、それの相手を務めたのがまだ軽傷だったバージルだった。殿を務めるように誰に言うまでもなく一人で戦いを挑み、ボロボロに傷つきながらも何度でも立ち上がり、精神疲弊(マインドダウン)を起こしながらも勝ったその姿は、今も目蓋の裏に焼き付いている。

 痛かったはずだ、苦しかったはずだ。

 それでもバージルは泣き言一つ漏らさず、精神疲労で倒れかけながらもそれでも自分の信念を決して曲げる事無く最後まで戦い抜いた。

 その強さに憧れた。

 しかし同時に、どうしてそれほどまでに強く在れるのか理解できなかった。

 だから、きっと笑っているのはそういう事。アイズは痛みに耐えながらも笑みを浮かべて怪訝な表情を浮かべるバージルに本音を告げた。

 

「―――バージルに、近づけた気がするから」

 

 この痛みが、少しでも貴方の事を理解できた気がするから。

 

「――――」

 

 その返答にバージルの表情が怪訝なものから無に変わる。それは即ち驚愕の表情。こんな表情もするんだとまた一つバージルの事を知れた事にアイズの頬が緩んだ。

 

「そうか」

 

 ならばこれ以上は要らぬ問答だと告げるようにバージルの身体が加速する。ここに来て初めて攻勢に出た彼は、これ以上の無駄な戦いを終わらせるように拳を握り締めてアイズとの距離を一瞬で無に帰す。必殺の間合いに踏み込み―――

 

「そうは―――させないよっ!!」

 

 しかしその絶技を放つ前に巨大な大双刃(ウルガ)によって遮られた。

 まるでバージルとアイズを引き裂くように中間に振るわれた一撃を前にバージルはバックステップで距離を取り空中に回避する。その視線の先には崩れ落ちかける身体を必死に押さえるアイズの前に立ち守護するように佇むティオナの姿があった。

 

「アイズ、大丈夫?」

「ティオナ……うん、大丈夫」

「そっか、ならもうひと踏ん張りだよ」

 

 ティオナとアイズは己の武器を構えてバージルを見る。それに対し、バージルは少しだけ目を細めた。

 アイズを攻撃しようものならばティオナがフォローし、逆もまた然りだろう。そして二人の構えが受けの姿勢なところから容易に攻めては来まい。先まで攻めて来なかったのはおそらくバージルとアイズとの間合いが余りに近すぎた為、だがバージルが攻勢に切り替えた隙を狙ってティオナも参戦したといったところか。

 二人に増えて厄介となった。ならば一人減らせばいいだけの話。

 

「先ずは貴様から仕留めるとしよう」

 

 空中で魔力の足場を生み出し脚を付き、下場を見下ろしながらバージルは冷然と呟いた。

 それを証明するかのように、突如アイズ達の頭上に雨の如く幻影剣が生み出され、無拍子で容赦なくアイズ達に降り注いだ。

 

 幻影剣参式―――五月雨幻影剣。

 

「ガァ……ッ!?」

「ぐぅゥゥッ!?」

 

 突如降り注いだ剣群にアイズ達は反応できず、幻影剣は容赦なく身体に深々と突き刺さる。地面と縫い合わせるように突き刺さった幻影剣に身動きが封じられる中、苦悶に歪むティオナの目がバージルの姿を捉えた。

 視線の先には魔力の足場を蹴り上げ加速するバージルの姿が。右脚を前方に伸ばしながら墜落する様はまさしく流星に如く。その技は何度も見てきたバージルの十八番。

 

 魔拳技壱式―――流星脚。

 

 軌道を描くほどの見事な飛び蹴りの矛先はティオナに向けられていた。脚が縫い付けられているため回避行動不可、大双刃を盾代わりにしようとするが全身を幻影剣で貫かれている為うまく動けず間に合わない。

 直撃は避けられない。それを理解したからこそ―――ティオナは逆に脚が地面に陥没するほど踏み込んだ。

 直後、バージルの蹴撃がティオナの腹部に容赦なく突き刺さった。

 

「ガァ……ああああああああァァァッ!?」

 

 瞬間、噛み締めていたはずの口が開き絶叫が迸る。

 耐久値が高いティオナでさえ味わった事のない激痛。まるで焼けた鉄インゴットを直接内臓に埋め込んだような痛みが突き刺さった箇所から全身に広がっていく。

 それは破滅の光。細胞さえも殺すベオウルフの光と衝撃がティオナの脳天からつま先まで蝕み意識が白濁に染まる。下手をすれば失禁したかもしれない。

 

「……なに?」

 

 だからこそ、この状況が予測できたのはティオナの方であって、バージルには予想外の展開だった。

 本来ならば流星脚が直撃した後、その衝撃でティオナの身体が後方へ吹き飛ぶはずだった。しかし現状ティオナの身体は固定され、バージルの脚も突き刺さったままだ。触れているだけで細胞を破壊するベオウルフの具足はティオナの肉体を破壊するが、バージルはティオナの間合いに留まってしまっている。

 何故なのか、その理由は直ぐに解った。本来ならば吹き飛ぶはずの肉体が地面と結合している。否、地面にめり込まされた両足によって無理矢理固定されてしまっている……!

 肉体が吹き飛ぶほどの衝撃を脚のみで受けた影響か、ティオナの脚は在らぬ方向へねじ曲がってしまっていた。だがそれでも、ティオナはバージルの攻撃に耐える事に成功していた。

 

「チィ……ッ!」

 

 直ぐ様離脱しようとバージルは反対の脚で足場を作り彼女の腹部に突き刺さった脚を引き抜こうとする。

 だが、抜けない。

 

「捕まえた……!!」

 

 口端から血を流しながら、それでもティオナは笑った。

 今も絶えず腹部から激痛が溢れだし複雑骨折した脚が灼熱の如く熱を発しているが、それでもティオナは笑みを浮かべた。

 だって、そうだろう。

 アイズ(同僚)はこんな激痛を何度も味わっても立ち上がっているのに。

 レフィーヤ(後輩)があんな痛快な啖呵を言ったのに。

 同じロキ・ファミリアであるティオナ・ヒリュテ(あたし)が、情けない様を晒していいはずがない―――!

 

「確かに、バージルの言うとおりだよ……あたしにはまだ大双刃(こいつ)を上手に扱えてない。だから―――この一振りに、全てを込めるッ!!」

 

 技術が足りないなら、避けられない状況を作り出せばいい。

 生半可な力で届かないなら、後の事を考えない全力を注ぎ込めばいい。

 幻影剣で拘束された腕の細胞繊維がブチブチと切れる悲鳴を聞きながら、ティオナは両腕で大双刃を振り上げる。バージルが咄嗟に脱出しようと腹部に突き刺さる脚を引き抜こうとするが―――逃がさない。

 歯を食い縛り、気合いと根性で無理矢理腹部の筋肉を締め付け脚を捉える。同時に細胞破壊の光がなおも激しく体躯に襲い掛かるが、痛くない。目や鼻、身体の至る箇所から血が噴出するが、痛くない。

 こんな痛み―――

 

『それでも……! ここで逃げたら、私は二度とあの背中を追いかけられなくなる! 他の誰でもない、私自身がそれを許せなくなる! だから―――私は逃げない! この背中に背負った証と共に、最後まで抗ってみせるッ!』

 

 あの(おも)みに比べたら―――これっぽっちも痛くない!!

 

「いっけェェええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!」

「チィ―――!」

 

 想いの全てを開放するかのように、絶叫染みた咆哮と共に大気を引き裂いて大双刃が振り下ろされる。それを目前にして回避は既に不可能と判断したバージルは咄嗟に軌道を逸らそうとするが―――止める。この一撃は横から衝撃を加えた程度でズレるものではない。文字通りティオナの全身全霊、小細工で回避できるものではない。

 ならば迎え撃つ覚悟で一瞬だけ拳に全魔力を注ぎ込む。身体を捻り打ち上げ気味のアッパーを大双刃に叩き込む。

 瞬間―――衝撃。

 勝ったのは、少女の意地だった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああァァァッ!!」

「――――ッ」

 

 バージルの体躯が地面に激突する。それだけに収まらず、彼らを中心に衝撃で地面が陥没し粉塵が舞い、アイズ達を拘束していた幻影剣が跡形もなく砕け散った。地面が陥没したことによりティオナの脚は拘束から開放され、彼女自身の力に耐え切れずアイズを巻き込んで後方に吹き飛んだ。

 無様に地を転がり込み訓練所を血に染める。今のティオナは意識を保つ事で精一杯で、指一つ動かすことも困難だった。

 だから、

 

「……後は、頼んだよ、馬鹿姉貴」

「―――ええ、信じていたわよ、愚妹」

 

 ティオナなら絶対に成し遂げると、彼女は信じていた。

 何故なら―――彼女はお姉ちゃんなのだから。妹を信じるのは当たり前の事だろう。

 

「【リスト・イオルム】」

 

 粉塵が舞い視界が覆われる中、地に脚を付くバージルの四肢に突如縄のような魔力で紡がれた紐が縛り上げ彼の動きを拘束する。

 これはティオネの魔法。アイズ達を信じ隙が出来るその時まで練り込んだ拘束魔法。こんな機会はもう二度と訪れまい。

 故に、

 

「さあ、思いっきしぶちかましなさい、レフィーヤ!」

 

 ティオネの言葉に応えるように粉塵が膨大な魔力によって吹き飛ばされる。視界の開けた先にいたのは、巨大な魔法陣の上に立ち悠然と最後の詠唱を唱える魔導師。

 彼女こそ千の妖精(サウザンド・エルフ)

 オラリオ最強の魔導師が扱える魔法さえも掌握するロキ・ファミリア魔導師の新鋭。

 

「【吹雪け、三度の厳冬―――我が名はアールヴ】!」

 

 レフィーヤ・ウィリディスに他ならない―――!

 

「――――ッ!」

 

 魔法を放つ寸前、突如レフィーヤの全身に悪寒が奔る。その原因など言わずとも知れている。

 バージルの視線、ただ睨まれただけで息が止まるほどの威圧が彼女に襲いかかっている。これがバージル・クラネル。恐ろしさに杖を持つ腕が震え、喉が一気に乾く。出来ることならば逃げ出したくなる。

 その恐怖を飲み込むように、レフィーヤは情けない己自身に問いかける。

 何を悩んでいる。そんな事を考えている暇があるなら進め。憧憬するあの人達に胸を張れるように、ただ前へ、恐怖も迷いも置き去りにして―――先へ!

 震えていたのは一瞬だけだった。再度開いた瞳には迷いはなく強い意志が込められていた。

 そして、魔法は完成する。

 極寒の吹雪を呼び起こし、時さえも凍てつかせる無慈悲な雪波。

 その魔法名は―――

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪が、空間さえも凍りつかせる氷結が一直線にバージルへ襲い掛かる。動きを封じられ回避は不可能。まさしく絶体絶命の危機。

 

「調子に乗るな……!」

 

 されど、それを凌駕してこそ最強の一角(Lv.6)―――!

 レフィーヤが一瞬怯んだ隙。それはLv.6にとって充分すぎる時間だった。

 魔力を全開放で周囲に放出することでティオネの【リスト・イオルム】を力技で粉砕し、足裏に魔力を乗せて最大速度でその場から離脱する。紙一重となったが、それでもバージルはレフィーヤの魔法に対し回避を成功させていた。

 ここまでしても、バージルを捉える事が出来ない。その事実を前に、彼らの表情に浮かび上がったのは絶望―――ではない。

 

「ええ、知ってたわ。バージルなら躱すだろうって」

 

 油断も慢心もない。あの男なら恐らくこちらの策の更に上を行くだろうと信じていた。

 だからこそ、アイズ達がバージルに勝つ為にはその予測の更に限界を超えなければ不可能である。

 そして、その最後のピースが此処にいた。

 

「最後のシメを譲るんだから決めなさいよ、駄犬」

「ハッ―――誰にものを言ってやがる、ケツでか女」

 

 餓狼の牙が、歓喜の咆哮を上げた。

 限界にまで膨れ上がった筋肉が唸りを上げる。地面に這うように四肢で地面に罅を入れる様子はまさに飛びかからんとする狼だった。

 今まで溜め込んできた力を解放するのを歓喜するように、嘗て無い速度でベートは疾走を開始する。軸となった地面が抉れるほどの力を込めて、ベートが刹那の死場へ跳躍した。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】……!」

 

 その疾走に合わせて、アイズの一点に収束されていた【エアリエル】がベートのメタルブーツに注ぎ込まれる。魔力を喰らう特殊武装である【フロスヴィルト】は風を吸収する事でなお加速し、風の壁を蹴り上げることでベートの速度はまさしく神速の領域に到達する。

 ベートの加速は止まらず、右方から迫り来る三条の雪波に怯えを見せる事もなくバージルに接近する。バージルは紙一重で【ウィン・フィンブルヴェトル】の回避に全霊を注いでおり、迫り来るベートに対し何の対処もできずにいた。

 それこそが、彼らの最後の策。

 直撃と紙一重の間に潜り込み最強の攻撃を叩き込むことこそが一か八かの賭けだった。

 身体を捻ったベートの右脚が雪波に飲まれる。本来ならばその魔力すらも変換することが可能だっただろう。

 だが、

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」

 

 灼熱のような冷気が右脚から体躯に侵食する。時さえも凍てつかせる雪波は、ベートのメタルブーツに罅が奔るほどの魔力を注ぎ込んでしまっていた。

 即ち、容量限界(スペックオーバー)。まだ試作段階だった特殊武装では魔法攻撃を全て変換するまでの技術には至っていなかった。

 冷気の侵食にベートの視界が白濁に染まる。全身の感覚さえも凍り付いてしまった刹那の間に、ベートの意識は走馬灯のように別の記憶を思い出させる。

 

 思い出したのは、四年前の記憶。

 バージルがベートと同じLv.3となり、戦いを挑んだ時の記憶。

 フィンやガレスが興味深そうに見ている中、地べたを無様に這いつくばるベートをバージルは見下ろしていた。その時、バージルが憐憫や嘲笑の表情を浮かべていたならばベートは赫怒に狂い吠え叫んでいただろう。

 だが、その時のバージルには何も浮かんでいなかった。憐憫も嘲笑も、ただ無表情で何も映さぬ眼でベートを見下ろしていた。まるで景色を映し返す鏡のように、バージルの目はベートを捉えずただの有象無象と何ら変わらないモノを見るように見下ろしていた。

 

 再度思い出したのは、先日の遠征での記憶。

 階層主【ウダイオス】を討伐した後に現れた特殊階層主(イレギュラー)【ベオウルフ】。バージルとその階層主との戦いに誰しもがバージルの動きに見とれている否、ベートだけは気付いていた。

 ―――バージルの口端が僅かに釣り上がっていた事に。

 無意識に笑みを浮かべて、その瞳は然りと敵の姿を目に焼き付けている。そんな彼の様子など見たことがない―――否、一度だけあった。初めて逢った時、入団試験の時の彼は、確かにあんな表情を浮かべていたではないか……?

 

 それはつまり、もうバージルはベートの事を敵としても見ていないという事。取るに足らない有象無象の一人としか認識していないという真実。

 ああ、そんなこと―――認められる訳がねえだろうがァ……!

 

「バアアアァァァァァァジイイイイィィィィィィル―――ッ!!」

 

 赫怒が体躯に熱を与え、意識が現実へと帰還する。戻った視界の目前には、今もなお鏡のように誰も見ない瞳でこちらを見るバージルの姿が。

 それが許せなくて、腹立たしくて、凍り付く右脚に力を込め罅が奔る。

 なァ、てめぇはいったい何処の誰を見てやがる。いつまで虚空を映していやがる。目ん玉綺麗さっぱり洗って良く見やがれ。てめぇの敵は今ここにいんだろうが。余所見なんかせず、あの日のように―――初めて出会ったあの時のように、他のもん見ずにただ俺だけを見やがれ……!

 

「お前の相手は―――この俺だろうがァあああああああああああああああああッッッ!!」

 

 咆哮が轟き、その想いに応えるようにメタルブーツの輝きが増して周りの魔力を吸収する。ついに氷結した脚が自由を取り戻し、その牙がバージルに向かって解き放たれた。

 

「カッコ付けなさいよ、男の子」

 

 ティオネが呟く。

 

「届いて……!」

 

 ティオナが祈る。

 

「当たって……!」

 

 レフィーヤが告げる。

 

「ベートさん……!」

 

 アイズが見る。

 そして、

 

「ぶっ飛びやがれェェええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ベートの蹴撃にアイズの【エアリエル】、そしてレフィーヤの【フィンブルヴェトル】の全てが組み合わさった彼らが放てる最大威力。

 その一撃が直撃する瞬間、時さえも凍り付く刹那―――

 

 

 

 確かに、バージルの頬が釣り上がりその瞳がベートの姿を捉えたのを見た気がした。

 

 

 

「―――【悪魔の引鉄(デビルトリガー)】」

 

 そして、時を動かす詠唱が木霊した。




はい、試合終了!

今回は中々難しかったですね。元々バージルを負かすつもりで書いていたので、如何にしてバージルをカッコ良く負かすか、どうやって追い詰めるかが肝でした。
そして決めはベートきゅん! カッコいいよベートきゅん!

次回辺りで終わるといいなー。番外編が本編超えそうだし。

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