ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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異変発生 -Accident outbreak-

 ダンジョンにおいてモンスターが出現しない階層が存在する。その階層を安全階層(セーフティポイント)と呼び、冒険者が初めて訪れるであろう18階層は、その美しい地形から『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』という字で知られていた。

 そして、その地形を利用して迷宮内に作られた街がある。冒険者達によって作られた『ならず者達の街(ローグ・タウン)』。

 

 その名前は――『リヴィラの街』。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 という訳でやって来ましたリヴィラの街!

 正直に言えば俺はあまりこの街については詳しくない。いつも拾った素材やら魔石を預けるか宿屋を借りるぐらいしか利用してないからである。

 いや、そもそもこの街の物価が異常に高いのが問題なのだ。普通地上の十倍の値段とかぼったくり以外の何ものでもない。しかも宿屋で部屋借りててもあとから来た客が客室貸し切りにしたら追い出される始末。商売を何だと思っているのだと言いたい。

 まあ此処に寄ったのはフィン達が魔石やドロップアイテムを買取り所で引き取って貰うためだけだからすぐ去るだろうから問題ないだろう。

 ――と、思っていた時期がありました。

 

「何だか街の様子がおかしいけど、何かあったのかい?」

「ん? ああ、アンタら今街に来た所かい? 何でも、ヴィリーの宿で殺しがあったらしいよ。それで街の連中もそわそわしてるわけ」

 

 あっそう(無関心)。

 まあ珍しいとは思うけど、正直興味ない。今の俺の目的はロイヤルガードブロックを習得する事一筋だ。目指せ連続ジャストブロック!

 ……え? それは弟の技じゃないのかって? 細けぇ事はいいんだよ! 鬼ぃちゃんはスタイリッシュなんだから。兄より優れた弟など存在しねぇ!

 まあそれはさておき。さあ早くダンジョンに行こうぜ!

 

「団長、どうしますか?」

「此処で宿を取る以上、無関係でもいられないだろう。僕らも向かおう」

(えっ、本気(マジ)かよ)

 

 何処に関係があるのか詳しく尋ねたいが、何かもう皆行く雰囲気になっているのでここで一人離れたら腹黒団長から後でどんな面倒事押し付けられるか分からないので仕方なく後を追う。

 宿屋に向かえば俺達同様野次馬で見に来た冒険者が多くいたが、俺達がロキ・ファミリアと分かった途端慌てて道を譲ってくれた。

 ……ところで、何故かロキ・ファミリアよりも俺個人を恐れられた気がするけど気のせいだよね?

 

「あぁん? おいテメェ等、ここは立ち入り禁止――ってバババァァジルゥゥッ!?」

 

 犯行現場と思われる一室に入れば、そこには見事に頭部を潰されザクロのように赤い血を部屋中に撒き散らした死体と、部外者の乱入に怒ろうとして振り返った途端俺を指差して驚愕する男の姿が。

 というか、俺に対してその反応はなんだおい。

 

「ねぇねぇ、ボールスってばなんであんなにバージルに反応してるの?」

「ティオナあんた知らないの? ボールスの奴、Lv.2になって初めてこの街に来たバージルを騙してぼったくろうとして、逆にギャンブルで身包み全部剥されて逆切れして酒場にいた仲間全員で殴り掛かってバージルに全員半殺しにされて、それ以来バージルのパシリになってるって話。結構有名な話よ?」

「ああ、私も訊いた事あります。全員身包み剥されて全裸土下座でバージルさんに荷物を返して貰おうと懇願したとか」

「うるせぇぞクソ女共! その話をほじくり返すんじゃねえ!」

 

 ああ、そういえばそんな事もあったな。初めてこの街に来た時、宿屋と酒場を間違えて入店してしまい、その時にボールスによく分からん文句を付けられ何やかんやでポーカーをする事になって、向こうがもうあまりに稚拙なイカサマしているもんだから逆に利用して圧勝してやったら、急に怒り出したものだから全員ボコり倒したんだっけ。

 正直に言えば、あの時全員頭から輪切りにするのがバージルロールだと思うけれど、そんな事したらロキ・ファミリアに多大な迷惑を掛けてしまうから仕方なく半殺しで済ましたけど、やっぱりまだまだ本家バージルには程遠いな。もっと精進しなければ!

 

「おいボールス、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』持ってきたぞ」

「『開錠薬(ステイタス・シーフ)』って確か……」

「眷属の恩恵を暴く道具だな。正確な手順を踏まなければ神々の錠は解除できないからな」

 

 リヴェリアが豆知識を披露している中、神々の錠が解除され背中にステイタスが浮かび上がる神聖文字で書かれたそれを解読できるリヴェリアが読み上げた。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属ファミリアはガネーシャ・ファミリア」

「お、おい今ハシャーナっつったか!? 冗談じゃねぇ、【剛拳闘士(ハシャーナ)】といえば……Lv.4じゃねえか!?」

 

 Lv.4――即ち第二級冒険者を安易に殺害できる第一級冒険者が犯人だという事実に、場の空気が静まり返る。

 動揺を禁じ得ない中、現場の保存状態から犯人の特徴を探る。毒殺の件も考えられたが、ほとんどの異常効果を無効にするアビリティ『耐異常』Gを保持していた事からその線も消える。

 宿屋の主の証言から、ハシャーナと共に宿屋に来たのは艶めかしい肉体美を持ち、事件現場の争った痕跡がない事から、第二級冒険者を寝首を取れる第一級冒険者が犯人に違いないと推測される。

 そして、この場に数少ない女性の第一級冒険者の姿が。

 ボールス達リヴィラの街の住人の視線が、俺達ロキ・ファミリアの団員達に懐疑の色を宿して見つめてきた。

 

「ま、まさかお前らの誰かが犯人じゃねえだろうな!? 第一級冒険者がそうごろごろ居る訳がねえ! 偶然この街にやって来た装いをして誤魔化そうって寸法なんだろ!?」

 

 確かに、数少ない第一級冒険者で、且つ現在この18階層にいれば疑わしいに違いない。

 ボールスの言い分は分かるが、よくよく考えて欲しい。このメンバーの中で、色仕掛けが出来る奴がいるだろうか。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン――超絶天然精神年齢6歳児。

 リヴェリア・リヨス・アールヴ――潔癖処女拗らせババア。

 レフィーヤ・ウィリディス――クレイジーサイコレズ。

 ティオナ・ヒリュテ――絶壁無乳。

 ティオネ・ヒリュテ――クレイジーサイコショタアラフォーコン。

 

 うん――無理だ。本当ロキ・ファミリアって碌な奴いねぇ……。

 

「……あー、ボールス。残念ながら、彼女達には異性を誘惑する適正がない」

「お、おおぅ。どうやらその通りだな。疑って悪かった」

 

 散々ティオネに「私の操は団長のものだって言ってんだろ!」「てめーらなんて知るか!」「ふざけたこと抜かしてるとその股座にぶら下がってる汚物を引き千切るぞ!」などと罵詈雑言を浴びせられ股間を抑えながら同意するように何度も頷いて肯定の意を示した。

 やがて部屋を探索したところ、どうやらハシャーナはある冒険者依頼(クエスト)を受けていた事が判明した。そして、その荷物がまだ犯人の手元に渡っておらず、この街の何処かに潜んでいる可能性がある事も。

 

「きっとまだこの街にいるよ……勘だけどね」

「北門と南門を今すぐ封鎖しろ。それから街中の冒険者に至急一ヵ所に集まるよう集合を掛けろ」

「わぁー、何だか凄い事になってきたねぇ」

「でも、こんな事する人がまだこの街にいるなら早く捕まえないと」

「うん」

「そ、そうですね!」

 

 …………………………。

 …………………。

 …………。

 

 あれ、これひょっとして俺も付き合わなきゃいけないパターン?

 

 

 

   ◇

 

 

 

「うわぁー、流石に街中の人全員集めたら壮観だねー」

「リヴィラの街で全員が一ヵ所に集まるなんて早々ないから仕方ないわよ」

 

 リヴィラの街にある広場の一角。水晶広場と言われるそこに、この街にいた全員が集合させられた事で普段ならば屋台などで埋められている場所も、屋台全てが退かされて尚満員で人ごみと化していた。

 

「それにしても、こんだけ人が集まっているにも関わらず……」

「まあ、気持ちは分からないでもないけどね」

 

 密集し窮屈そうにする人々。だが、彼等の間にまるで見えない道でも存在するかのように一直線の隙間が存在した。

 その隙間の先にいるのは、蒼のコートを覗かせる灰色の外套を纏った男。被ったフードの隙間から覗かせる銀色の瞳は、無感情に冒険者達を見下ろしていた。

 

「バージルにじっと見つめられると、なんかこう、居心地が悪いというか……」

「別に悪気はないって分かってるけどねえ……」

 

 同じ団の仲間でさえ()()なのだ。姿を隠しているにも関わらず隠し切れてない。そもそもあんな剣吞な雰囲気を発している者などバージル以外にこのオラリオにいないのだから。

 しかも戦闘時のバージルを知っている分、あれでも抑えている方なのだと知っているアマゾネス姉妹はやれやれと嘆息した。

 

「それで、怪しい奴は見かけたか?」

「いや、そもそも向こうは騒ぎを起こすつもりだったんだから変装の一つや二つしているだろうさ。まあ、この中から一人を探し出すのは困難だけど、幸い半分には絞れるしね」

 

(しかし、それにしては――あまりに順調すぎる)

 

 もし、犯人が自身を探している事に気付いたならば、普通第一級冒険者達との戦闘は避けようとするはず。ならば冒険者達が集合する前に何らかのひと騒動を起こすはずだ。

 だというのに、何も起きていない。その違和感がフィンを蝕む。

 そして何より――

 

(――あのバージルが、何も言わずに此処にいる)

 

 誰もが認める戦闘狂が、何も言わずにただ佇んでいる。こんな無駄な時間に付き合うはずのない男が、何も言わずに。

 それはまるで、何かを待っているように。危険を知らせる親指の震えと伴い、何かが起こる前触れのようで……

 

「そうか、ハシャーナを襲ったのは女……しかも男の欲情をそそるような身体の持ち主……ならば!」

 

 フィンの言葉にボールスは嫌らしく笑みを浮かべながら一同の前に乗り出すと、天高らかに女冒険者達に向けて吼えた。

 

「よぅし、女どもォ! 身体の隅々まで調べてやるからさっさと服を脱げぇッ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』

 

 男性陣、絶叫。

 歓喜に叫びを高らかに歌い上げ、女冒険者達から罵声を浴びる。

「馬鹿な事を言ってるな。お前達、我々で検査するぞ」「はーい」「うん」「こいつらの結束力ってなんなの?」「わっ、分かりましたっ」

 冷静に検査をしようとするロキ・ファミリアの女性陣。

『フィン、早く調べて!』『お願い!』『身体の隅々まで!』「……………」「あ・の・アバズレども……!?」

 ショタコン共に押し倒されるフィン。

 あまりの混沌さにアイズとレフィーヤが茫然とする中、

 

 ――コツンと、何故か小さい靴音が一際大きく聞こえた。

 

 音の発生源は、空白だった隙間。誰もが通らなかったその間を、狼人(ウェアウルフ)の少女が佇んでいた。

 まるで、異常事態でも見るかのようにロキ・ファミリア団員の思考が空白に染まる。狼人(ウェアウルフ)の少女は顔を真っ赤に染めながら、両手を組んだ状態で胸の前に置いて、震える声で告げた。

 

「あ、あのっ、ば、バージルさん! よ、よよよろしくお願いしますッ!」

 

 瞬間――音が消滅した。

 クエスチョン。

 狼人(ウェアウルフ)の少女の目前にいるのは誰だ?

 狼人(ウェアウルフ)の少女は誰と呼んだ?

 狼人(ウェアウルフ)の少女は誰に頼んだ?

 

 アンサー。

 ――バージルである。

 

((((((何ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?))))))

 

 あの、バージルに検査を頼むだと?

 あの、バージル・クラネルに?

 あの、阿鼻叫喚死屍累累しか引き起こしそうになバージルに!?

 

(だ、大丈夫なのあの子!? 殺されたりしないよねっ!?)

(さ、流石にバージルさんでもそんな事で殺したりしないはずです! ……たぶん、きっと、おそらく……)

(レフィーヤ、あんたドンドン自信なくしていってるわよ)

(……………むぅ)

 

 戦慄するロキ・ファミリア団員が見ている中、バージルはフードの隙間からそっと瞳を覗かせて狼人(ウェアウルフ)の少女を見つめる。

 その視線に微かに怯える中、ガシャンと何かが外れる音がバージルの懐から聞こえ、ふと籠手が外され素肌が見える右腕が、そっと少女の顔に伸び、その頬に触れた。

 頬に。

 頸ではなく、頬に。

 そっと、触れた。

 

『――――――ッッッ!?』

 

 もはや、声にならない驚愕の雄叫び。

 

 あの、バージルが頬を撫でた?

 あの、バージル・クラネルが?

 あの、魑魅魍魎跳梁跋扈なバージルが!?

 

 もしや我々が集団幻覚を見ているのではないかと、天変地異な光景に愕然としている中、狼人(ウェアウルフ)の少女がまるで脳天から電流でも流れたように僅かに震える。

 熱い吐息を零し、震える瞳でバージルを見上げて――

 

「……違う。貴様ではない」

 

 小さく零し、その掌を退かした。

 

「……えっ?」

「貴様は違う。三度は言わん」

 

 もうお前は用済みだと身体で示すようにバージルは元の姿勢に戻ると、もはや狼人(ウェアウルフ)の少女に見向きもしなかった。

 その様子に少女は少し戸惑っていたが、やがて呑み込めたのかペコリと頭を下げると触れられた感触を思い返すように触れながら冒険者達の元へ戻っていった。

 突然終わった様子に一同戸惑う中、フィンはバージルに問い掛けた。

 

「バージル、今のはどうやって判断したんだい?」

「……魔力の質を確かめただけだ」

「魔力の質?」

 

 短く最低限の説明しかしないバージルの言葉に疑問を持つようにフィンが再度問い掛けると、バージルは一瞬億劫に感じたのか、それでも口を開いた。

 

「あの部屋には二人の魔力の痕跡が微かに残っていた。微弱だが、その痕跡とあの女の魔力の質を確認したまでだ」

「……一応訊くけど、頬に触れたのは?」

「もっとも感じとれるのが素肌だからだ」

 

 それ以外に何かあるとでも? と言い聞かすように睨むバージルに対し、やれやれと嘆息するフィン。

 この思わせぶりな態度は、どうしたものか。

 

「それにしても、よく魔力の質など感じ取れたな」

「……“全ての生物には魔力が宿る。例え魔法が使えなくとも、魔力を宿していない生物など存在しない”。そう教えを説いたのは貴様のはずだが?」

「――ああ、全くお前は、優秀なんだか問題児なんだか」

 

 そう笑って、嘗て教えを説いた教え子に笑みを浮かべるリヴェリア。

 

「なら、バージルに調べてもらえば、」

「どうやらその必要はないようだ」

 

 フィンが告げようとした言葉を遮り、バージルは一歩前へ踏み出した。様子を尋ねようとするフィンに目もくれず、バージルの視線は遥か先――此処ではない誰かを見ていた。

 

「――来るぞ」

 

 短く告げられた言葉と同時に、フィンの親指が震え――

 

 次瞬――地面が裂け、中から大量の食人花のモンスターが出現した。

 


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