ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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正直忘れさられてると思ってたからあまりの感想の多さに若干ビビってる。


強さ -power-

 怒号と咆哮、絶叫が恐怖となって伝播する。

 本来ならばありえない安全階層(セーフティポイント)、更にリヴィラの街に直接モンスターが出現するという異常事態に水晶広場に集まっていた冒険者達は皆混乱に陥っていた。

 

「クソッ! 一体全体見張りは何してんだ!?」

 

 ボールスは思わず悪態を吐くが、その真実は彼自身理解していた。

 安全階層とは言えモンスターが絶対に現れないという訳ではない。稀に階層を行き来する連絡路からモンスターが湧いて来る事もこの街では珍しくはないのだ。

 その場合見張りが連絡を行い討伐する。この街はそもそも冒険者達の街、討伐するのは安易だ。

 なら今回はなぜこれ程までに連絡が遅れたのか。

 否、そもそも前提が間違っている。見張りが連絡を遅れたのではない。

 

 ――食人花モンスター達は、この街から出現したのだ。

 

 だからこそ誰一人この異常事態に気付けなかった。そして更に最悪なのが、このモンスターが”未知”の相手だったということ。

 例えば、敵がどのようなモンスターなのか知っていればまだ対処が出来た。嗅覚が鋭い犬頭タイプのモンスターならそれを利用し自身より濃い匂いを纏わせることで誤魔化すといった対応が取れた。

 だが、突如現れた食人花モンスターの情報は不明。そして能力がモンスター達の方が高いと分かれば、もはや冒険者達は恐怖と混乱で闇雲に逃げ惑うしかなかった。

 それは、冒険者達を襲うモンスターからすれば自ら餌になってくれと言うようなものでしかなかった。

 

「ちょっと! みんな逃げちゃ駄目だって!?」

「チィッ! こんなにバラけちゃ対応できないわよ……!」

「これは……少々まずいことになったね……」

 

 唯一モンスターに対抗できる第一級冒険者のフィン達とは言え、全方位に逃亡してしまった冒険者達を守るのは不可能だ。

 しかもフィンが幾ら指示を出そうと、恐怖で混乱してしまっている彼等にフィンの声は届かないだろう。

 

「仕方ない、僕らは出来ることを成そう。リヴェリア! 敵は魔力に反応する、できる限り大規模な魔法で付近のモンスターの注意を引き付けてくれ! ボールス、五人一組で小隊を作らせるんだ、数で当たれば各班一匹は抑えられる! ティオナとティオネは彼等を広場に誘導してくれ!」

「わかった」

「お、おう!?」

「了解!」

「任せて下さい団長!」

「そして――」

 

 巧みな槍捌きで詠唱するリヴェリアに攻撃してくるモンスターを屠りながら、フィンは視線を横に移す。

 その視線の先にいるのは、フィン同様リヴェリアに迫るモンスターを一瞬で葬るバージルの姿が。彼はほとんどその場を動かず、ただ腰に携えた鯉口と鍔が鳴る音だけが響き渡る。

 それだけで、彼等の周囲に寄っていたモンスター達は不可視の斬撃によっていとも容易く切り刻まれていく。

 相変わらず出鱈目だと、フィンですら目視が困難な斬撃を放つバージルにフィンは先ほどの彼の言葉に問い掛ける。

 

「バージル、君はなぜ彼等の出現が分かったんだい?」

「……フィン。お前は『怪物の宴(モンスター・パーティー)』が発生しているのを見て、それ以外で何と形容する?」

「なるほど。感じ取れたから分かったという訳か。なら質問を変えよう――()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ダンジョンの仕組みを知っているのならば、何を当たり前の事をと首を傾げる問いに、バージルは一瞬フィンと視線を交差させる。

 銀色の、奥底が見えない彼の瞳。永遠とも思われる刹那の中。は、とバージルは微かに笑みを浮かべた。

 

「貴様の予想通り、まだまだ控えが残っているぞ」

 

 『怪物の宴(モンスター・パーティー)』とは、ダンジョンで起こる一度にモンスターが大量発生する事を指す。これは確かに異常事態だが、モンスターは一度湧けば暫く出現しないのが鉄則だ。

 だが、現状は明らかに異常だ。安全階層にモンスターが出現するのは確かに異常だが、それ以上にモンスター達が同時に、しかもタイミングを外しながら現れるなど前代未聞だ。

 もしも、このような状況が発生するならば、それはダンジョンの仕業などではなく、

 

 

 

「「――調教師(テイマー)」」

 

 

 

 カチリ、とパズルが組み合わさったようにフィンとバージルの言葉が重なる。この異常事態は、間違いなく人為的に引き起こされたものだ。

 そして、真実に辿り着いたと同時に、更なる異常事態が発生した。

 

「っ……!?」

 

 それは誰が零した吐息だったのか。だがそれを確定させる必要がないほどにその場にいた誰もが驚愕に息を呑んだ。

 崖上に作られたリヴィラの街。その崖下、高さ200M以上ある湖から夥しい量の食人花の姿が。

 そして。まるで絶望に心が砕けそうになる冒険者達を完全に終わらせんと、最悪が顕現した。

 

『――ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 咆哮は、己が絶望の体現者と名乗るようで。

 絶叫は、破滅へ誘う人魚のようで。

 そのモンスターの出現は、混乱の中必死に抗う冒険者達の最後の希望を消すのは必然だった。

 十本以上もの足は食人花モンスターからなり、その触手はまるで意思を宿すように蠢いている。上半身は極彩色の女体を象っており、その巨大な姿はまるで半人半蛸(スキュラ)のようだった。

 

(――まずい)

 

 嘗て50階層で見た下半身が芋虫の女体型モンスターと酷似するモンスターが街中で出現したのを見て、フィンの血の気が引いた。

 物事を冷静に判断しなければならない指揮者としての思考が、現状の最悪さを否応なしに伝えて来る。

 もしも、冒険者達の誘導が終わっていればまだ対応が出来た。

 もしも、リヴェリアの魔法が完成間近ならばそれをぶつける事で対処できたかもしれない。

 だが、現実は四方八方に冒険者達が逃亡した事でティオネ達は未だ誘導が終わっておらず、リヴェリアの魔法の詠唱も半分を終えたところだ。

 怒涛の連続に、対応が追い付かない。あのモンスターを討伐する事は可能だろう。しかしそれまでにどれほどの被害が出るのかフィンですら見当が付かなかった。

 

(どうする? 凶猛の魔槍(ヘル・フィネガス)を使う? いや駄目だ、この状況で指揮系統が滅茶苦茶になるのは危険すぎる賭けだ。リヴェリアの魔法に掛けるにも、これ程の冒険者達を守りながらでは幾ら手が在っても足りない! アイズ達を呼び戻して――駄目だ、あのモンスターの狙いはアイズの魔法だ!)

 

 落ち着け、考えろ。落ち着け、考えろ――。

 連続する異常事態(トラブル)に、流石の『勇者(ブレイバー)』も奥歯を噛んだ。時間が足りない、人手が足りない。ならば――と。

 『勇者(ブレイバー)』ではなく、指揮官として。

 何を選び、()()()()()()()という苦渋の選択に迫られたその刹那。

 

 

 

「――いい加減、目障りだ」

 

 

 

 神は人に試練を与え、悪魔は人の絶望を嗤う。

 ならば、その悪魔さえも泣かす男が彼だった。

 灰色の外套が宙を舞う。それに釣られ、フィンは咄嗟に背後へ振り返ってしまう。先程までの混沌とした思考が一瞬停止し、その姿をみた途端、あらゆる思考がはじけ飛んだ。

 そこに佇んでいたのは蒼い外套を纏ったバージル。だが彼が持つ剣は、フィンの想像を遥かに凌ぐものだった。

 黒い亀裂が、空間に刻まれている。そう錯覚するほどの膨大な魔力が、彼の剣に注ぎ込まれている。

 目視できるほどの高密度の魔力。逆手に握り締められた刀身はもはや本来の鈍い鋼色の光など呑み込んだようにただ黒く、底が見えない。

 まるでその剣は、バージルの心を示しているように――見ているもの全てを呑み込むような、神々しい黒き光を放っていた。

 

「伏せろ――二度は言わん」

 

 だから、その言葉に反応したのは必然で。

 フィンは迷うことなく伏せながら皆に向けて全力で叫んだ。

 

「全員、今すぐ伏せろォォ――ッ!!」

 

 フィンの咆哮に一瞬何事かと視線を向けるが、迸る黒い輝きにまるで神の神威を見て思わず首を垂れるように、気づけば彼等は無意識に身体を伏せてその輝きを見上げていた。

 そして。その直線上にモンスター以外の障害物が存在しなくなった瞬間。

 

「これで終わりだ」

 

 魔剣技抜刀弐式――オーバードライブ。

 解き放たれた黒き斬撃が、全てを引き裂いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 椿・コルブランド制作【フォースエッジ】。

 ベート・ローガが装備している特殊武装【フロスヴィルト】の改良品であり、正真正銘バージル・クラネル専用武装である。

 ベートの【フロスヴィルト】は彼自身の魔法【ハティ】を元に作られた魔力吸収(マジックドレイン)の属性が付与されているが、この武装は全ての魔力を吸収できる訳ではない。

 例えば、火の魔法を吸収したとしよう。”火の魔力”が吸収されている状態で、更に別の氷の魔法を吸収すればどうなるか。

 結論、ストックされている別の魔法として扱われ吸収されなくなる。

 このように、魔力吸収と言っても吸収できる量やら属性で大幅に制限が掛かってしまうのだ。

 ならば、ここで発想を逆転させてみよう。もしも、吸収する魔力を一つに、属性を文字通り一つにすればどうなるだろうか。

 そう――バージル・クラネルの魔力しか吸収しない剣。それ以外のモノは一切吸収せず、バージルの魔力ならば幾らでも貯蔵できる特殊武装。それこそがフォースエッジの機能だった。

 だが、魔力を武器に貯蔵するという事は魔力を体外に放出しているも同然。それも魔法という手順も通さず体内から武器へ、武器から外界へ放出するのは極限の魔力操作が必須となる。

 失われていく精神力の中、一歩間違えれば全身が弾け飛ぶほどの魔力暴走が起こる恐怖に耐えながら実行するのは至難の業だろう。

 けれど。

 

(それが、どうした)

 

 その程度、恐れることではない。

 本当に恐ろしいのは、ここで満足して立ち止まってしまうこと。

 夜空に浮かぶ月を見上げて吼えるのではなく、水面に浮かぶ反射した月を見下ろして手に入れたと勘違いすること。

 その方が、俺には何倍も恐ろしい。

 憧れに手を伸ばし続ける限り――俺は、生きている(バージルロールプレイ)! 

 

 

 

   ◇

 

 

 

「――――」

 

 頭上を横切った黒き閃光を見た瞬間、冒険者達は息を呑んだ。

 圧倒的過ぎる衝撃を目の当たりにして、精神と肉体が切り離される。何か言葉にしようにも、身体が追い付かない。

 宙に浮かぶは、蔦を切り裂かれ衝撃で頭上へ吹き飛ばされた食人花のモンスターと半人半蛸のモンスター。彼等の命とも言える魔石はまだ砕かれておらず、口を拡げて獲物に食いつかんと落下のタイミングを待っている。

 だが、いつまで経っても重力は働かない。それどころか、彼等は更に上へと引き寄せられていく。

 モンスター達を引き寄せていたのは、フォースエッジ。先程バージルがオーバードライブを放ったのと同時に宙へ投げ飛ばされていた剣は、バージルの魔力に促されるがままに回転を高めていく。

 それはもはや小さな竜巻のようで。遮るものの無い空中ではモンスターは成す術もなく一ヶ所に引き寄せられていく。

 そして、一ヶ所ならば。彼の剣技に距離は関係なく。

 

「頭が高い――ひれ伏せ」

 

 魔剣技、次元斬―――

 解き放たれた無数の斬撃は、今度こそ容赦なく魔石含めて粉微塵へと切り裂いた。

 

「―――凄ぇ」

 

 刀身に宿った魔力が尽きて操作を失い落下してきたフォースエッジを受け止め、閻魔刀と共に鞘へ仕舞うその姿を見て、ようやくそれを見ていた冒険者達の肉体と精神が一致する。

 それでも、口から零れるのは夢見心地な声音で。

 

「これが、剣鬼……」

「これが、バージル・クラネル……」

「これが、ロキ・ファミリア最強……!」

 

 この場にいる冒険者の中で、本当に一攫上げたいと思っているのは殆どいないだろう。誰しもが夢に破れ、理不尽な現実に打ちのめされた冒険者だ。

 けれど、そんな彼等でも憧れてしまう背中がそこにあった。圧倒的絶対的――“英雄”とはこういう存在なのだと、言葉ではなく五感で理解で納得せざるを得ない人物。

 

「……ロキ・ファミリア最強って言われてるけど、何か反論はあるかい?」

「まさか。あれほどを見せ付けられてはもはや何も言えまいよ」

 

 ただ一人佇むその背中を見て、リヴェリアは懐かしむように目蓋を閉じた。

 四年前、何の推薦もなくたった一人で入団してきた少年。誰よりも強さに餓え、何よりも無茶をし続けてきた。アイズよりも苛烈で、それなのに授業は今まで教えてきた中で誰よりも真剣に取り組むものだから怒り辛く、どうしたものかと悩まされてきた。

 その傷だらけの背中が――目蓋を開ければ、雄々しい背中へと変わっていた。

 

「子供の成長とは、早いものだな」

「そういうこと言うと、またロキにからかわれるよ?」

「……仕方ないだろう。四年で追い抜かれもすれば、そんな気持ちになるさ」

 

 まったく、歳は取りたくないものだな――とリヴェリアはバージルの背中に寂しさを感じていると、ふと何かを感じ取ったようにバージルはある方向を見て、

 

「――――」

 

 ポツリと、何かを呟くとまるで閃光のようにその場から姿を消した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一方、アイズは謎の調教師であろう赤髪の女と死闘を繰り広げていた。

 恐らく今回の事件の首謀者。そしてその女から告げられた『アリア』という言葉。それがアイズの『戦姫』に相応しい仮面を被らせ感情を暴走させる。

 相手が格下ならばまだ通用しただろう。しかし敵はアイズの魔法『エアリエル』を使用して尚互角。否、それ以上の実力を秘めていた。

 格上相手にそれは最悪の隙でしかなく――

 

「人形のような顔をしていると思ったが」

 

 全力で振り抜かれた大振りを躱され出来た大きな隙に、大振りのカウンターが放たれた。

 剣と剣が激突するが、そんなもの関係ないと言わんばかりにアイズの身体が衝撃の逆方向へ吹き飛ばされる。

 風を纏っていようが関係ない。否、もし『エアリエル』を発動していなければ衝撃で潰れていたかもしれない。

 どちらにせよ、その一撃はアイズの身体から抵抗を奪うには十分過ぎた。

 

(っ……! 身体が……動かな……!?)

「やっと終わりだ」

 

 衝突した衝撃で粉々に砕けた剣を放り捨てながら赤髪の女はアイズの元へ辿り着く。そして、握り締めた拳がアイズの頭部へと振り下ろされ――

 

(――あぁ)

 

 走馬灯のように拳がゆっくりと近づいてくるのを見ながら、アイズは歯を食い縛った。

 

(嫌、だ)

 

 また、だ。

 また、私は、きっと――

 

 拳が視界全体に広がる寸前、蒼が全てを呑み込んだ。

 

「なにっ?」

 

 

 

「―――クズが」

 

 

 

(また、その背中に追い付けない)

 

 赤髪の女はようやく迫った勝利を前にして、ある変化に気付けなかった。アイズと彼女の間に、透き通った蒼の剣が突き刺さっていた事に。

 瞬間移動のように突然現れ拳を受け止めた男の存在に、女の思考が一瞬静止する。そして、その隙はあまりに明確だった。

 ベオウルフを纏った拳が、蒼い魔力を放つ。握り締められた力に女は咄嗟にバックステップで回避しようとするが――身体が、動かない。

 まるで、自分の身体が自身のものではないような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、奇妙な痺れを感じて身動きできない。

 そして、その空白の間に男の拳の輝きは最大限に達しており――振り抜かれた拳は、容赦なく女の顔面を捉え彼女の身体を吹き飛ばした。

 

 例え、相手がアイズが苦戦した相手でも変わらず圧倒するその背中を見て。

 

(――バー、ジル)

 

 アイズは、未だ届かぬ悔しさに一筋の涙が流れ落ちていった。


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