ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか 作:宇佐木時麻
アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv.5
力:D549→555
耐久:D540→547
器用:A823→825
敏捷:A821→822
魔力:A899
狩人:G
耐異常:G
剣士:I
(全然、上がってない……)
『遠征』を終え彼らの拠点である黄昏の館に帰ってきたロキ・ファミリア一行は長旅の疲れを癒す中、ただ一人アイズだけは直ぐに【ステイタス】の更新を行う為にロキ・ファミリアの主神であるロキの部屋に訪れていた。
【ステイタス】の更新が終了し羊皮紙に書き写された自分のアビリティの向上率を見て、アイズは眉を顰めながら独りごちる。
もうLv.5になってから三年が経過している。だというのにここ最近明らかにステイタスの上昇が微々たるものとなっている。それはつまり、アイズの現段階に置ける限界値だということを示していた。
ここが限界―――
その事実が彼女の身体を震わせ、羊皮紙に僅かな皺が寄る。
今のままでは駄目だ。ならば次の段階に昇るしかない。
――Lv.アップ。器の昇華。より強くなるにはもはやそれしかない。
普段の人形のような表情は鳴りを潜め強き意志の込められた瞳がゆらりと揺れる。
「……アイズ」
その瞳の危うさに気づいたのか、ロキがアイズに話しかけようとして―――しかしそれは扉をノックする音によって遮られた。
突然の来訪者に自然と視線が扉に向かう。丁寧にノックが三回鳴ると、「邪魔をするぞ」と男の声と共に扉が開き来訪者の姿が顕となる。
そこにいたのは白い髪を僅かに湿らせ、室内に居るためか蒼い外套は着ておらず脱ぎやすいシンプルな黒いシャツを着込んでいる男性。
来訪者はバージル・クラネルだった。
「なんやバージル、自分もかいな。はっ! さてはアイズたんの脱ぎ脱ぎシーンにどさくさに紛れて覗くつもりやったんやろ? 残念やったなぁ! アイズたんの裸体を見る権利があるのはうちだけや!」
「そんな事はどうでもいい」
ロキの戯れ言の一切合切を切り捨ててバージルは恐らく暇潰しの為に持ってきたのだろう書物を近くの机に置くとシャツのボタンを外していく。
「何のようや、っていう質問は聞くだけ野暮やな」
「ここに来る理由など一つしかないだろう」
バージルがロキに用事がある理由など、ステイタスの更新以外に在り得ない。
バージルはシャツを脱ぐと背中をロキに向ける。脱いだことで露となった上半身は一目で分かるほど無駄なく鍛え上げられており、そしてそれが見せかけだけのものではないこともアイズ達は知っている。ある種の芸術品を思わせるほどに引き締まった鋼の如き肉体は美しく、それを間近で直視したアイズはしばらく見惚れてしまった。
「フムフム、こうして見るとええ身体しとんのーバージルは。フィンは見た目ショタのアラフォーやしベートはモフモフやしガレスはおっさんやし。なあバージル、ちょっとそこでなんかポージングしてみてや」
「無駄口を叩く暇があるなら手を動かせ」
「相変わらずバージルはつれへんなー」
バージルの【ステイタス】を更新していく中、アイズは邪魔にならないよう少し離れた椅子に腰掛ける。ふと机を見ると、そこにはバージルが持ってきていた書物が置かれており、少々気になってその本を手に取った。
それは分厚く年月を感じさせる荘厳な雰囲気を持っており、何度も読まれたのが解るほど古びているが丁寧に保存されている。その本の題名は―――
「……『
それは英雄譚。一人の英雄とそれに寄り添う精霊との物語を描いたお伽話。
確かこれはバージルの数少ない私物であり、普段ダンジョンに籠りっぱなしのバージルが待機を命じられている時にいつも読んでいるお気に入りの本のはずだ。
アイズは少し頁を開いていると、ふとある単語が目に入り頁を捲る指が止まる。それは英雄に寄り添う精霊の名前であり、アイズにとってその名前は―――
「おぉ? アイズたんの持っとるその本……『
「……俺が何を読もうが貴様には関係あるまい」
「おふぅ、バージル言葉のドッジボールじゃなくてキャッチボールしようや。きっとその本読みながらその仏頂面の下では『ハーレムは至高!』とか思っとるんやろう? んんぅ? 素直に言ってみい、あっ、でもアイズたんはうちのもんやからな!」
「それ以上戯れ言を続けたいのなら死んでからにしろ」
バージルが殺気立つ中、アイズは未だぼんやりとその本を眺めている。その表紙をしばらく眺めていると、ふと言葉が漏れた。
「……バージルはこの本の中で誰が一番好き?」
その質問に深い意図はない。ただポツリと、無意識のうちに零れた言葉であり、数瞬後に今の発言が自身の口から出たものだと気づいて頭に手をやる。こんなくだらない話にバージルが応えるとは思っていないからだ。
だがバージルは一瞬眉間に皺を寄せた後、その思惑を裏切るように静かに告げた。
「―――『アリア』だ」
「――――」
その答えにアイズは息を呑む。
英雄でも、ハイエルフでも、ドワーフでも、獣人でも、小人族でも、アマゾネスでもなく。
精霊『アリア』が良いのだと、バージルは言った。
「へぇー、バージルはアリアが好きなんか。どんなところがええん?」
「理由などない。ただその中で誰が一番印象に残るかと聞かれれば彼女だっただけの話だ」
「しっかし、そうかぁー、アリアかー、ふぅーん、バージルはアリアが好きなんかー」
「……何が言いたい?」
人を挑発するようなロキの態度にバージルの視線が鋭くなる。だが、先ほどとは打って変わって不器用な息子を優しく見守る母のような口調で、ロキはふとバージルに語りかけた。
「―――なら、いつかバージルが英雄と呼ばれるようになった時、『アリア』が寄り添ってくれるかもしれへんな」
そう告げるロキの瞳は何故か一瞬自分を見ている気がして、アイズは無意識に本を胸に抱きかかえた。しかし、そんなロキの言葉を一蹴するようにバージルは否定の意を告げる。
「くだらん。
「――――」
その否定の言葉に―――英雄など興味がないという言葉に―――何故かアイズは、無意識の内に胸を抑えていた。
その言葉に、何か大切なものが傷ついた気がして。
「それよりも、【ステイタス】の更新はまだ終らないのか?」
「ん、それならもう終ったでー。ほい、これがバージルの【ステイタス】や」
バージルは自身の【ステイタス】が書き写された羊皮紙を受け取るとそれを眺める。
……本来他人の【ステイタス】を盗み見るのは御法度だとアイズも知っているが、どうしてもバージルの【ステイタス】が気になってしまいここに残っていた。目標とする人物がどれほどのものなのか。喩えそれが絶望的な差だったとしても、アイズは見据える先にあるものを知りたかった。
羊皮紙に書かれたバージルの【ステイタス】。それを横から盗み見て、アイズは絶句した。
バージル・クラネル
Lv.6
力:C619→C636
耐久:C648→C673
器用:B761→A806
敏捷:A876→S908
魔力:S905→S937
耐異常:G
精癒:G
治力:H
悪運:I
《魔法》
【
・魂の望む姿に変身する。
・変身を持続し続ける限り魔力消費。
《スキル》
【
・早熟する。
・懸想が続くかぎり効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
【
・魔力を自在に操作可能。
・瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
(全アビリティ熟練度、上昇値トータル150オーバー……!?)
それは在り得ない上昇率だった。
【ステイタス】の上昇率は評価Sに近づくにつれて上昇率は低下するのが基本だ。それもバージルのような第一級冒険者ならば本来その上昇率などアイズと同じかそれ以上に微々たるものとなるはずだ。
だというのに、この上昇率。つまりそれは、バージルの限界はまだここではないという事。
―――もうここが
「…………ッ!」
解っていたはずだ。理解していたはずだ。それでも現実を目の当たりにしてアイズはスカートの裾に皺が出来るほど握り締める。感じる無力感に視界が暗くなる。
遠い。直ぐ側にいるはずなのに、手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、何故か届くとは思えない。ひたすら突き進んで前へ疾走ってきたのに、それでもその手は憧憬を掴むこと無く空を切る。
アイズ・ヴァレンシュタインでは、バージル・クラネルには未来永劫届かないのではないかと心の何処かで思ってしまう。
それが悔しくて、不甲斐無くて、情けなくて―――
「……なあバージル。自分、いったい誰に憧れとるんや?」
葛藤するアイズなど眼中にもなく、用が済んだのだからいる意味もないと部屋を立ち去るべくシャツを羽織ったバージルの背中に、ロキはいつにもまして真剣な面持ちで問いかけた。
普段笑って細められている瞳が僅かに開きそこから見える眼光は一切の嘘偽りを許さないと語っている。その気迫を感じ取ったのか、僅かに扉を開いていたバージルは立ち止まり、しかし振り返らぬまま静かに聞き返す。
「それを貴様に言う価値があるのか」
「答えいバージル。それとも答えられん疚しい事なんか?」
いつにもまして真剣な様子のロキにアイズは首を傾げるが、その疑問は直ぐに解った。
バージルはオラリオの中でも数名しかいない数少ないLv.6の一人だ。だからこそ彼に憧れを抱く者は多いが、その逆は在り得ないはず。
まして彼は【ロキ・ファミリア】最強とも呼べる冒険者。そんな彼が憧憬する存在など数が限られているが、普段の彼の態度からそのような人物がいるとは思えない。だが、彼の持つスキル【
ならば、それはいったい―――
「……今の俺では程遠い。あの人の足元にも及ばん」
「ふーん、バージルがそこまで言うんなら同Lv.の奴らじゃなさそうやし……となるとオッタルかいな?」
「たわけ。奴などと一緒にするな」
あの唯我独尊のバージルが『あの人』と呼ぶほどの存在。そしてオラリオ最強の冒険者であるオッタルではない。だとすればアイズには皆目検討がつかなかった。
「――――」
だが、嫌な考えが頭を過ぎった。
それはつまり、現実に存在する人物ではないのではないかという考え。お伽話や英雄譚に出てくるような読み手を楽しませるために無理難題な試練を乗り越える空想上の存在に憧憬しているのではないのか。
そして、だからこそ思ってしまう。もしかしたらバージルは―――それそのものに成ろうとしているのではないのかと。
憧憬は大切だ。目標を持ちそれに目指すことが悪いことだとは言わない。アイズ自身そうであり、それを目指して飛躍するのは冒険者となった者ならば誰もが一度は通る道だろう。
だが、なんとなくバージルの憧憬は違うとアイズは直感的に思ってしまった。
その憧憬を目指して努力するのではなく、その憧憬そのものに成ろうとしているのではないか。バージル・クラネルという存在を削ぎ落とし、『誰か』に成ろうとしているのではないか。
そして、もしそう成り果ててしまったら―――二度と、この手が届かない場所に消えてしまうんじゃないかと。
「……バージルは、バージルだよ?」
その不安をかき消すようにアイズは気付けば口にしていた。他の誰でもない、貴方は貴方なのだと。言葉数の少ないアイズが必死に振り絞って込めた言葉を、バージルはやはり一度も振り返ることなく告げる。
「無論、言われるまでもない。―――俺が、バージルだ」
まるで自分に言い聞かせるような声。どこまでも咬み合わない歯車のように虚しく木霊する。
話は終わりだ、そう告げるように今度こそバージルは何も言わず部屋を後にした。扉の閉まる音。閉じられた扉がまるでアイズとバージルの境界線のように、彼らを遮るのであった。
◇◇◇
部屋に戻り明かりも付けずそのままベッドに寝転がる。あっ、そういえば『
それはそうと、ポケットから【ステイタス】の書かれた羊皮紙を取り出して再度見る。上昇したアビリティに思わず頬が緩みかけるが、自制の念を持って何とか抑える。
そうだ、この程度で満足していては本家から『有給ラッシュ!』をぶちかまされてしまうだろう。とてもじゃないが遠征の時の俺はスタイリッシュとは呼べなかった。あの程度バージル鬼ぃちゃんならきっとノーダメ且つスタイリッシュSSSに決めていたはずだ。この程度で満足していてはバージルロールプレイヤーの風上にも置けない!
しかし、ロキに誰に憧れてるか聞かれた時は非常に焦ったなー。ぶっちゃけ「スタイリッシュバージル鬼ぃちゃんです!」なんて真正直に答えたら「はぁ?」みたいな呆れ反応されるだろうし。そんな反応されたら今までコツコツ積み上げてきたバージルロールプレイのイメージが台無しになってしまう……!
しかし嘘を吐こうにも神様に嘘は通用しないから何とかお茶を濁したが……あれで大丈夫だよね? 後で皆の前で聞かれたりしないよね? 集団虐めとかされたら俺は本格的に引き篭もるぞ、ダンジョンにだけど。
まあ俺のバージルロールプレイ道もまだまだということが解っただけでも良しとしよう。【ステイタス】の上昇率から見てまだまだ本家に近づける余地はありそうだし。とりあえず俺がすべきことは、
「
―――まずは発声練習だ! 目指せ、DMDのスタイリッシュバージルロールプレイを!
ソード・オラトリアを読んで『穢れた精霊』にバージルが蘇させられて『ネロ・アンジェロ』になって【ロキ・ファミリア】と記憶を失ったまま対立する妄想をしたのは作者だけではないと信じている。