ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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専属契約者 -special contractor-

 北東メインストリートの先にある都市第二区画、工業区に隣接する道をバージルは蒼い外套を翻しながら歩いていた。筋骨隆々のヒューマンやドワーフ達が雄々しい怒声や金属音を立て鳴らす工業区にバージルのような細身の男性が歩いている事に一部の者達が奇妙な視線を向けるが、その蒼い外套を見て誰なのか正体を悟りすぐに仕事に戻る。

 周囲から向けられる視線に意にも介さずバージルは第二区画の中心に向かうと、とある平屋造りの建物が見えた。彼は声を掛ける事もなく自然とその建物の内部へと入っていった。

 バージルが声を掛け無かったのは、そもそも意味がないと理解していたから。建物の内部から響き渡る金属音のぶつかり合う音が、彼女(、、)が仕事中だと明確に告げている。

 建物の内部に入れば、そこは工房だった。鍛冶場特有の強い鉄の香りが充満しており、昼間だというのに薄暗く唯一の明かりは部屋の奥で灯っている炉の赤い炎のみ。

 その炉の直ぐ側。大型工具に囲まれたその場所にバージルの目的の人物がいた。

 

「…………ッ!」

 

 バージルが後ろに立っている事にすら気づかず彼女は真摯に鎚を振るっていた。まるで魂を吹き込むように鉄床の上にある精製金属を叩きつけ、一振一振に思いの全てを込めている。

 彼女がこうなっている以上、何をしても無駄だという事を過去の経験から知っているためバージルは待ち場所の定位置と化している壁にもたれ掛かると、鎚を振るう彼女の顔を静かに見つめる。

 カンッ、カンッと時間の流れが曖昧になるほど永遠と金属の打撃音が鳴り響く。その中で鎚を振るう彼女はいったいに何を考えているのか、不意に微笑み、また凛々しくなり、或いは笑ったりと表情が騒がしい。普段の面持ちからは予想出来ない表情の多彩な変化にバージルは新鮮さを覚え変化する横顔を眺めていた。

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。カァンと最後に感高く鎚を振り下ろすと、一息も付かずそのまま鉄床の上に出来た長剣を鋏で掴むと、水で一気に冷やし研ぎ磨かれる。大事に取ってあったのか布で包まれていた柄と鍔を組み合わせたその長剣を持ち上げるとあらゆる角度から見て満足気に頷いた。

 

「……よし、この出来ならばあやつも―――」

「椿」

「ヒャウンッ!?」

 

 気の緩んだ時に突然話しかけられ椿と呼ばれた女性は奇妙な悲鳴を上げながら身体が跳ね上がらせて思わず持っていた長剣を落としそうになりワタワタと慌てる。何とか地面に落下する前に掴んでほっと息を吐くと、恨めしそうに突然話しかけてきた来訪者を見る。それがバージルだと解ると屈託なく笑顔を浮かべると歩み近づいていった。

 

「おお、バージルか! なんだ来たのであればちゃんと挨拶をせんか。思わず剣を落としてしまうところだったではないか」

「話しかけたところで貴様が気づくと思えんが?」

「ふむ、まあそうだろうな。それよりも、工房にこもりっきりで人肌の温もりが恋しいのだ、抱き締めさせてくれー」

 

 彼女の中ではもはや決定事項となっているのか両手を広げ近づいてくる椿に対し、バージルはそれを無視するように無言で持っていた刀を椿に差し出す。前に突き出された刀を前に眉を潜めながら受け取ると鞘から抜いて刀身を眺めると、鍔の付近で視線が固定され端正な顔立ちが僅かに歪む。

 

「遠征の最中に刀身の歪みを僅かに感じた。念には念を入れそれ以上抜かなかったが、どうなっている?」

「賢明な判断だな。刀身の芯が歪んでいる。この状態でお主の抜刀を何度も受ければそれこそ刀身が耐え切れず壊れていただろう。全くお主といいロキ・ファミリアの連中は鍛冶師泣かせだの」

「………力任せに振るう奴等と一緒にするな」

「解っておる。この刀身の歪み方は力任せに剣を振るって出来るものではない。おそらく―――お主の抜刀に刀自体が耐え切れず歪んだのだろう。全く、『不壊属性(デュランダル)』を歪ませるなど相も変わらず規格外な奴だの」

 

 呵々と愉快そうに笑う椿に対し、やはりバージルは何の反応も示さず端的に、そして何より重要な事実を尋ねる。

 

「直せるのか?」

 

 バージルが聞きたいのはそれだけだ。その問いに対し、椿はまるで獣のような獰猛な笑みを浮かべながら自信満々に告げた。

 

「―――当然だ。手前を誰だと思っている。この『閻魔刀(やまと)』を打ち、お主の専属契約者だぞ? 五日あればこやつをより強く鋭く新生させてみせよう」

 

 そう笑う彼女の名前は椿・コルブランド。

 数多の上級鍛冶師(ハイ・スミス)が所属する【ヘファイストス・ファミリア】団長であり、名実ともにオラリオ最高の鍛冶師(スミス)である。

 

「そうか。ならば五日後取りに来る。代金はその時に払おう」

「まあ待て。お主も五日間無手で過ごす訳にもいくまい。お主の技量ならば並大抵の得物では使い潰すだろうしな」

 

 話は終わりだとバージルは背を向けるが、それを遮るように椿が制止の言葉を掛ける。訝しげに振り返るバージルに椿は丁寧に置かれていた籠手を渡した。

 

「ほれ、お主が以前狩ったベオウルフの籠手の部分だ。それを付けたまま剣を振るえるように改良してある。あとそれと―――」

 

 獣の腕のような鋭く爪が付いたベオウルフの籠手を渡し、更に取り出したのは先ほど打っていた長剣。白銀に輝く刀身は、素人であろうとこれが名剣であると一目で理解できる。その長剣を目にした時、バージルの眉がぴくりと震えた。

 何故なら、その剣はあまりに見覚えがあったから―――

 

「先ほど打った剣だが、『閻魔刀(やまと)』にも劣らん特殊武装(スペリオルズ)であると自負しておる。この剣ならばお主に使い潰されることもなく全力で振るう事が出来るだろう」

「……この剣の、名は?」

「ふむ、そうだな。造ったばかりで考えていなかったが、名付けるとしたら―――【フォースエッジ】でどうだ?」

「――――」

 

 その時、椿は珍しいものを見た。普段から仏頂面を崩さないバージルが珍しく目を見開いて驚愕した表情を浮かべ破顔したのだから。

 まるで、その名前を聞くとは思っていなかったと言わんばかりに。

 

「むっ、気に入らなかったか? ならばヴェル吉が名付けた小太郎で―――」

「フォースエッジで構わん。ただ……その名前に因縁を感じただけだ」

 

 そう言いながら籠手を両腕に身に付け感触を確かめ、背中に【フォースエッジ】と名付けられた長剣を背負いながら感慨深い呟く。

 

「……【閻魔刀(やまと)】に【ベオウルフ】、【フォースエッジ】に【(スパーダ)】か……つくづく奇妙な因縁だ」

 

 その呟きは恐らくバージル自身にしか解らないのだろう。「これらも五日後に払おう。それまでに代金を【ロキ・ファミリア】に請求しておけ」とそう告げると今度こそ別れだというようにバージルは振り返らず出口へと向かっていく。

 

「むっ、なんだ。試し振りはしていかないのか?」

 

 バージルに渡した長剣は椿にとって自信作だと自負しているが、それは振ってみなければ解らないだろう。柄の違和感、柄と鍔の固定の不具合など、実際に振らなければそういった細かな部分は細微な箇所までは解らない。故に試し振りをすると思っていたがそれをしないバージルに懸念していた。

 それに対し、バージルは振り返りもせずさも当然のようにその答えを口にした。

 

「貴様の打った剣だ。ならば問題などあるはずがなかろう」

「――――」

 

 それは、絶対の信頼。

 【ヘファイストス・ファミリア】団長としてではなく、バージル・クラネルの専属契約者としての信頼。今まで何度も剣を打ってくれた関係だからこそ、バージルは絶対の信頼を寄せる事が出来た。

 扉が閉まり、足音が去っていく。残るのは炉の炎が燃え滾る音のみ。それを静かに聞きながら、僅かに赤くなった頬を吊り上げて彼女は笑った。

 

「全く、お主という奴は鍛冶師(手前達)が言って欲しい言葉を簡単に言ってくれるの」

 

 その時感じた胸の熱さは、確かに鍛冶の時とはまた違った熱さを持っていた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「あら、その様子だと彼が来たようね」

「おお、主神様ではないか。……そんなに違うのか?」

「ええ、あなたがそんな表情浮かべるの彼が来た時ぐらいだもの。まるで恋する乙女みたいよ?」

「ふむ?」

 

 バージルが去った後。一本剣を打ち終えた事で一息吐いていると、椿が鍛冶に集中しすぎて飢え死にしていないか様子見に来た椿達【ヘファイストス・ファミリア】の主神であるヘファイストスが邂逅一番にそう告げてきた。

 そう言われて確認するように自分の頬を触ってみるが、やはりいつも通りにしか思えない。そうやって不思議そうに首を傾げる椿を微笑ましく見ていると、ふと疑問に思ったようにヘファイストスは口を開いた。

 

「しかし、あの【(スパーダ)】と専属契約を結ぶなんてやるじゃない。いったいどんな手を使ったの?」

「どんな手、とは?」

「確か彼、バージルと言ったかしら。噂だと堅物な性格だって聞いてるし他の鍛冶師が彼と専属契約を結ぼうとしたけど全部門前払いされたって話よ? そんな噂の英雄と専属契約したなんてどんな手を使ったか普通気になるじゃない?」

「……英雄、か」

 

 ねえどうしてどうして? とまるで乙女のように笑みを浮かべながら迫る己の主神に苦笑いを零しながらふと感慨深く椿は声を漏らした。

 僅か四年でオラリオにおいても両手で数えられるほどしかいないLv.6に至った人物。もはやこのオラリオにおいて知らぬ者は誰もいないだろうとされるほどの存在。そんな彼の昔姿を思い出して少し笑ってしまった。

 

 ―――椿・コルブランドにとって、バージル・クラネルは理想だった。

 

 椿が初めてバージルの事を知ったのは噂だった。

 僅か一ヶ月半でLv.2にカテゴライズされるミノタウロスを単独撃破しLv.2に至り、更に一ヶ月で階層主を単独撃破することでLv.3に至った最速到達記録(レコード)を二個も達成した冒険者。白い髪に蒼い外套がトレードマークだと聞く【(スパーダ)】だという二つ名が与えられた人物に対し、当時の椿は正直に言ってあまり好ましく思っていなかった。

 当時一年という最速だった【剣姫】の記録を軽く上回る記録。それははっきり言って異常だ。それ以上ともなれば彼女以上に必死にならなければならない。

 あの、抜き身の剣のような刃が刃毀れ砕け散るまで戦い続ける少女より。

 だからこそおそらくその人物に会っても自分は武器を作ってやりたいとは思わないだろうと椿は予想していた。それが覆されたのはダンジョンで彼と初めて出会った瞬間だった。

 椿がいつものように新作の魔剣を試し切りにダンジョンの中層に潜っていると、一人の冒険者を見つけた。白い髪に蒼い外套、それが巷で噂となっている世界最速(レコードホルダー)だと気づいて果たして如何なるものかと彼の戦いを眺め―――見惚れた。

 冒険者だけでは解らない。鍛冶師だけでも解らない。冒険者と鍛冶師の両方の目を持っている椿だからこそ理解できた。

 それは武器の担い手としての理想。最も鋭く、最も強く、最も速く、最も武器の性能を引き出す無駄のない動作。剣を打った自分が目指す剣士としての在り方を、自身よりLv.の低い冒険者が体現していた。

 それを見た瞬間、鍛冶師としての自分が強く疼いたのを椿は感じ取っていた。彼に剣を打ってやりたい。彼の振るう剣をもっと見てみたい。留めなく溢れ出してくる感情を理解しながら、しかし冒険者としての自分が冷静に冷めているのも理解していた。

 ―――まるで死に急いでいる。軽装は罅割れ、碌に休憩も取っていないのか息が上がっている。そもそも中層にまで一人(ソロ)で来るなど愚の骨頂だろう。

 だからこそ椿は悩んでいた。鍛冶師としての自分と冒険者としての自分。相反する二つの心が彼に話しかけるか躊躇わせる。

 だが、悩んでいたのはそれまで。恐らく彼の技量が剣の耐久値を上回っていたのだろう、彼の振るう剣が彼自身に耐え切れず砕けたのを見た瞬間、気付けば椿は駆け出していた。

 冒険者がモンスターに殺されるのはまだ仕方ない。―――だが、冒険者が己の剣に殺されるなど、冒険者としても鍛冶師としても見過ごせるはずがなかった。

 頭上から一気に飛び降りモンスター達を一瞬で蹴散らす。そして無手になったのにも関わらず戦い続けようとした少年に向かって椿は笑いながら告げた。

 

手前(てまえ)が、お主の剣を打ってやろうか?』

 

 それが、バージル・クラネルと椿・コルブランドの奇妙な関係の始まり。

 必要ないと切り捨てダンジョンに一人で潜ろうとするバージルに新作の試し切りだと笑って魔剣を椿が渡し、付いてくるなとバージルが睨めば行き先が同じなだけだと椿は笑う。決してそれは信頼における専属契約などではなく、一方的な奇妙な二人組(タッグ)だった。だがその時が最も楽しかったと椿はいま思う。

 そして、バージルが椿が来ることを諦め、名前を呼ぶようになるほど親しくなった頃。ふいに酒場に行こうと椿が提案しそれに珍しくバージルが了承し二人で酒を飲んでいると、幾らか酒を飲んで口が軽くなった椿がふいに尋ねた事があった。

 

『バージル、お主はどうしてそこまで強さを求めておる?』

 

 それは共にダンジョンに潜っていてもつくづく思っていた事だった。

 僅か数ヶ月で連続してLv.アップすれば普通ならば驕りや慢心する。自身を特別な存在だと自負し、それが死にたがり屋の理由だと思っていた。

 だが実際は違った。この男はそれを当然の事だと思っている。前代未聞のLv.アップをこの男は至極当然の事だと思っているように見える。

 

 まるで―――誰かがそうしてきたのを知っているように。

 

 だからこそ椿にはバージルがなぜそこまで強さを求めるか理解出来なかった。これが普段ならばここまで踏み込まず笑って誤魔化しただろう。だが酒の影響で自制心のタガが外れた椿は珍しく追求してしまった。

 そしてこれが普段通りのバージルだったならば、無言でそのまま立ち去っていただろう。だが今の彼も酒を幾らか飲み干しており若干酔ってしまっていた。だからこそ彼も珍しくその答えを口にした。

 

『……憧れている人が、いるからだ』

 

 それは無意識の内に出た言葉だったのだろう。据わった目のままバージルは零れ落ちるように言葉を続ける。

 

『巷で死にたがり屋と言われているのも知っている。だが、身体が、魂が、止まらない。目指している場所に少しでも近づけたと思うと、言うことが利かなくなる。どうしても追いつきたくて、何が何でもたどり着きたくて、だから、俺は―――』

 

 その時見た彼の表情を、椿は一生忘れる事はないだろう。

 いつもの険を帯びた顔とは違う、まるで歳相応な子供のような純粋な笑顔。それを浮かべながら彼は告げた。

 

『だから俺は、強くなりたいんだ―――』

 

 それを聞いて、椿は理解した。

 ああ、なんだ。この男は―――ただの”大馬鹿者”だったのかと。

 巷で噂されているような英雄などではない。噂を気にしていないのは興味がないから。死に急いでいるように見えるのは憧れを目指してひたすらに向かっているから。ただ夢を追い掛ける何処にでもいる冒険者なのだと。

 だからこそ、椿は見てみたいと思った。この少年の言う憧れを。この少年の夢の先を見てみたいと思った。

 冒険者と鍛冶師。相反していた心はもはや一つ。

 

『―――バージル。手前と専属契約をしてくれんか?』

 

 この男の物語を見てみたいと。

 これこそが真の二人の関係の始まり。奇妙な二人組(タッグ)から専属契約となった、バージル・クラネルと椿・コルブランドの真の関係の始まりだった。

 

「あやつは英雄などではないさ」

 

 過去の事を思い出しながら椿は渡された刀を眺める。椿が初めてバージルの為だけに打った魔剣。ヘファイストスからも最高傑作と言われた『閻魔刀(やまと)』は、まるで彼であるように刀身から鈍い蒼い輝きを放ちながら何かを訴えている。

 まだだ、まだ自分は戦える。まだ自分は斬れる。こんなところで終わりたくない―――持つ主のように険を帯びたその魔剣に椿は微笑みながら心で呟く。

 

 ―――安心するがいい。お主はまだ終わりではない、もっと強く、もっと鋭く生まれ変わる。手前がそれを果たして見せる。

 

 その思いが通じたのかは定かで無いが、刀身の輝きが収まっていく。それを眺めて微笑むと、彼女にとっての彼の印象を女神に告げた。

 

「あやつは―――”男の子”さ」

 

 夢を目指して何処までも突き進む、そんな何処にでもいる冒険者でしかない。

 そう告げる彼女の笑顔は、女神(ヘファイストス)が見惚れてしまうほど可憐な笑顔だった。

 




いつになったらこの兄弟は邂逅できるんだ……!

あと前話のステイタスを変更しました。

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