ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか 作:宇佐木時麻
ベート・ローガは第一級冒険者である。
そんな彼だが、今日この瞬間、嘗て無いほど神経を研ぎ澄ませ集中させていた。
背筋に冷や汗が流れ僅かに顔が強張る。狼人の毛が逆立ち乾ききった喉に唾を呑む音が自身の鼓膜から聞こえてくるほど。普段より高鳴る鼓動は己が緊張しているのだと有無を言わさず伝えてくる。
それに対し、ベートは皮肉げに頬を吊り上げ笑った。ああ、確かにその通りだ。自分は今嘗て無いほど緊張している自覚がある。これと比べるならば階層主と戦う方がまだマシだ。
だが、それでも男には引けない時がある。困難だと解っていても挑まなければならないことがある。この試練を乗り越えた時、自分は更に強くなると確信出来る。
その試練とは―――
(―――アイズを、食事に誘うッ!!)
【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館にある食堂。そこでベートは食器を片手に嘗て無いほどやる気に満ち溢れていた。
他の連中には内緒にしているが、ベート・ローガはアイズ・ヴァレンシュタインに好意を寄せている。(なお知らないのは当事者達だけで、ロキ・ファミリアの全員が知っているが)
普段ならばアイズは喧しいアマゾネス姉妹に囲まれて話し掛ける事が出来ないが、今日は二人共クエストでダンジョン中層に潜っており、レフィーヤもリヴェリアと魔導書の件で朝早く出て行ったのを確認している。
つまり、今日のアイズは全くのフリーという事実。このチャンスを逃す訳にはいかない。
だからこそベートは朝一に食堂に訪れ、如何にもついさっき来ましたよとアピール出来る食堂窓付近の死角となる場所で冒険者としてのスキルを最大限に発揮し気配を消しながら身を潜めて待っていた。既にスープは冷めてしまっているがそんなことは気にも止めない。身だしなみを整えながら壁にもたれかかって目的の人物が来るのを今か今かと待ち望んでいた。
……もっとも、彼の気配を感じ取れる知り合いがいたならば、間違いなく呆れ顔をするだろうが。
そして数分後。彼にとって永遠とも言えるほど時が過ぎると、目的の人物の匂いが食堂にやって来るのが解った。ちなみにベートが好きな人の匂いを覚えている変態という訳ではなく狼人の特性として嗅覚が非常に鋭いから判別できたという事であしからず。
アイズは食堂に入ってくるのと同時にベートもついさっき来ましたよと言わんばかりに死角から出る。イメトレは何度も待っている間に済ませたので準備は万全。彼は余裕満々に不敵な笑みすら浮かべて声を掛けた。
「……よっよぉ」
全ッ然ダメだった。
朝一から今まで何をイメトレしていたのか問い質したいほど噛み噛みだった。
余裕の笑みだと本人が思っている表情は頬が引き攣っており、身体も不自然にギクシャクしている。正直な話見知らぬ人がこのような動作で話しかけてくれば不審がるほどの奇妙さだったが、アイズはそれを見ても何の疑いもなく挨拶を返した。
「ベートさん……おはようございます」
(ッよっしゃあ!)
チョロかった。
挨拶を返されただけで内面では渾身のガッツポーズを取るほど喜んでいた。その間にアイズは食器を取りに行き、ベートが一緒に食事を取らないか誘おうと声をかけるが、返事がない。不審に思い周囲を見渡すが既にアイズの姿はなく、食堂全体を見渡して彼女の金髪を見つけ―――直後、凍り付いた。
ベートにとってアイズは気になる人物だ。だが彼女と同じくらい気になる人物が存在する。もっともアイズに寄せる感情が好意ならばもう一人に向ける感情は敵愾心から来るものなのだが。
食堂の最端。食器を返すには往復しなければならないので混雑する時にしか埋まらないその席に一人の青年が座っていた。白い髪に蒼い外套。手元には何度も読まれた痕が見える『
その場所に座り、その格好をしている人物など、ロキ・ファミリアにおいてたった一人しかいない。食器を持ってきたアイズがその人物の名前を呼んだ。
「おはよう、バージル」
「…………」
【ロキ・ファミリア】幹部、バージル・クラネルに他ならない。
バージルはアイズが声を掛けてきた事に気づく素振りさえ見せず本のページを捲る。アイズもそれを解っていたのかそのまま無言でバージルの前の座席に座ると朝食を取り始めた。
その様子を、遠くから眺めながらベートは硬直していた。周りから不審な眼で見られていたがそんなことは考える余地すらなかった。
言っては何だが、ベートとアイズは長い付き合いだ。彼女が冒険者となり、成り立ての頃からの同期である。だというのに、未だ自分の呼び名は『ベートさん』と何処か距離がある。
対して、バージルがロキ・ファミリアに入ってきたのは四年前。片手で数えられるほどしか月日が経っていない。しかもバージルはソロでダンジョンに潜っているため付き合いがほとんどない。だというのに、彼の呼び名は『バージル』と呼び捨て。
何だ、この差は。そしてこの敗北感はなんだ。
「フワァ~、眠いっス。あれ? ベートさん何でこんなところで固まってんスか? あっ、もしかして自分のこと待ってくれたとかっスか? なんちゃって!」
「……ラウル、朝飯前の運動にちょっくら付き合えや」
「へ? いや自分腹ペコなんで飯食ってから―――っていただだだだだ!? ちょ、肩潰れる! 冗談抜きでメシメシって言ってるっス!? ちょ誰か助けぎゃあああああああああああああああ!!」
訳の解らないわだかまりを覚えそれを発散させるが如く後輩であるラウルの肩を掴むとずるずる引き釣りながら開けた中庭に向かう。背後から悲鳴らしき声が聴こえてきたが、湧き上がる苛立ちにベートは気にも止めなかった。
その感情を、ベートは決して理解できず他人に指摘されても認めはしないだろう。―――自分が、バージルに嫉妬しているなど。
(やっぱりあの野郎は……気に入らねえ!!)
◇◇◇
ロキ・ファミリア本拠、黄昏の館。その出入り口である門の前で、三人の人影があった。門の前に佇み出入りを阻害するように立つのはロキ・ファミリアの主神であるロキ。彼女に阻まれるように立つ二人はロキ・ファミリア幹部であるバージル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインである。
ニコニコと笑みを浮かべながら、されど眼は全く笑っていないロキ。笑顔は時に最大級の威嚇とも言われているが、まさに現在ロキが浮かべているような笑顔を指すのだろう。あと抑えきれない憤怒を隠すためでもあるが。
「なあバージルー、アイズー。自分らいったい何処へ行くつもりや?」
ロキの問いに対し、バージルとアイズは何一つ迷うこと無く即答する。
「ダンジョンだが」
「……ダンジョンだけど?」
「―――自分ら遠征中に
ロキの怒声が門の向こう側まで響き渡るが、彼女が激怒するのも無理はない。
先日まで行われていた遠征の最中、三十七階層の『
「アイズは魔法の使い過ぎで倒れとるし、バージルに至ってはその後現れた
「戦いに支障を来すほどの疲労はしていない」
「バージルが行くなら私も行く」
「だーかーらー! うちの話聞いとったか!? アイズ、もしうちの言うことを聞かず無視してダンジョンに潜るっていうんなら……」
「……言うなら?」
ロキの脅すような溜めにアイズは眉を寄せる。アイズ・ヴァレンシュタインの覚悟は鋼のように硬い。強くなるためならばダンジョンに潜らなければならない。それを邪魔するならば生半端な脅しではアイズには効かないだろう。
だからこそ、喩え何を言われても鋼の意志を持ってそれを断ろうと決心し、
「特別出来立てジャガ丸くん小豆クリーム味スペシャル引換券を上げようって思っとったけどやっぱ止めとくわ」
「解りました、今日は休みます」
スタッと、即答で見事な敬礼を取って休暇を受け入れた。
やはり疲れている時は無理せず休んだ方が効率が上がるはずだ。鋼の意志? 何それ美味しいの? と言わんばかりの切り替えの速さである。
「よぉし、じゃあ次はバージルやけど、もし無視してダンジョンに潜ろうもんなら……せやな、今度打ち上げの時に酔わせたアイズたんの隣に座らせるで?」
「……正気か、貴様」
「???」
ロキのバージルに対する脅しに対して、バージルは珍しく冷や汗を流し、話題となっているアイズには聞こえなかったのか首を傾げていた。
「フッフッフッ……酒を飲んだアイズたんはある意味無敵やからなぁ……あっ、思い出したら腹痛くなってきよった……グフぅッ」
戦慄するバージルに対し、ロキも過去のトラウマを思い出したのかお腹を抑える。
彼らがここまで恐れているのは、以前本拠である『黄昏の館』で行われた打ち上げの際にアイズが誤って水と酒を間違えて飲んでしまったのが原因で起こった悲劇を思い出しているからだ。
アイズ・ヴァレンシュタインは普段酒を飲まない。そして何より、彼女は酒を飲んでも顔色一つ変えることはない。だが、アイズが酒を飲むと―――ストッパーが外れ、暴走する癖があった。
ちなみにその時の被害者はロキ。普段通りにセクハラしようとアイズの肩に手を置いた瞬間、見事の腹パンが容赦無くロキの鳩尾を貫いていた。それだけならばまだ普段通りだったと言えよう。しかしアイズはその後更に馬乗りとなり容赦無くロキの顔面を左右から無言で殴り続けていた。流石に異常だと判断した他の団員がアイズを止めようとしたが、それに対しアイズは何と魔法で対抗。気が付けば打ち上げどころか死屍累々と食堂は跡形もなく粉砕され、しかもそれを引き起こした張本人は全く記憶にないとの発言。それ以来ロキ・ファミリアにおいてアイズに酒を飲ますのは暗黙の了解で禁止となっていた。
それを破るというロキの脅迫。それに対し流石のバージルでも頷くほか選択がなかった。
「……今日だけだ。明日からはダンジョンに往こうが異論はないな」
「おお、分かればええねん。という訳でアイズたん、今日はバージルの監視宜しく頼むなー。もしやってくれたら特別出来立てジャガ丸くん小豆クリーム味スペシャル引換券をアイズたんに上げるわ」
「―――解った。任せて」
「……どういうつもりだ」
「ん? どうせ休むんなら一緒でもええやろ。それにバージルの事だから休むって口では言っても鍛錬とかしそうやしなー。正直アイズたんクラスやないとバージル簡単に巻けるやろ? まあ今日一日だけやから我慢せい」
「……勝手にしろ」
アイズを監視に付けるというロキの発言に対し、バージルは返答するのも億劫と感じたのか背を向け本拠へと歩み、アイズもその後に続く。恐らく装備を置いて私服に着替えてくるためだろう。
何とか説得に成功したことにロキは思わず安堵の吐息を零す。こういった役目は普段なら団長であるフィンの役割だが、彼は仕事でこの場にはいない。となるとロキ自身ぐらいしか彼らを止められる者は居らずだからこそ彼女はこうして門の所に佇んでいた。
正直な話、二人には休んで貰わなければ困るのだ。二人共何ともない態度だったが
そんな極限状態だったのにも関わらず、なおかつまだ不完治の状態でダンジョンに潜られたら万が一があるかもしれない。ダンジョンに絶対は存在しないのだ。だからこそ無理難題を言ってでも二人を休ませる必要があった。
「全く、バージルがLv.5になってからアイズたん昔みたいに無茶するようになったし……どないしよっかなぁ~」
若い二人の危なげな行動に深々と嘆息して、二人の後ろ姿を眺める。
「……ホント、そうやって一緒に歩いとったら兄妹みたいなんやけどなぁ……」
前を歩く
それを眺めるロキの眼は、間違いなく
◇◇◇
迷宮都市オラリオの中心道であるメインストリートは相変わらず活気に溢れており、その道をバージルとアイズは歩いていた。普段ならばそのままダンジョンに潜るのだが現在の彼らの服装は戦闘服ではなく私服を着ており、美男美女の組み合わせの為か視線が集まるが二人共オラリオにおいて有名な冒険者なのでそういう類の視線には慣れている為、普段通り自然体に歩いていた。
「バージル、どこ行くの?」
「この先の広場だ。
「……そうだね」
バージルの言うことにアイズも同意する。ロキ・ファミリアの本拠である『黄昏の館』はアイズ達の帰る場所ではあるが、やはり数少ないLv.5という立場のせいか何処にいても団員達の伺うような視線を感じて落ち着かないのだ。
バージルもそんな視線を浴びるのは不愉快なのか、本を持って広場に向かっていた。普段着ている蒼い外套は脱いでおりズボンに黒シャツとラフな格好をしており、蒼い外套を着ていないだけでも随分と印象が変わっていた。
普段ダンジョンに潜る以外していないので見知らぬ場所に興味が湧き辺りをキョロキョロと見渡していると、いい香りと共に大好物のアイズは発見し眼を見開いた。
間違いない、あれは―――ジャガ丸くん!!
「―――ジャガ丸くんの小豆クリーム味、十個ください」
「うおぉっ!? お、おうっ」
ジャガ丸くんの店の店員が驚愕しながら慌てて返答する。店員からして見れば十歩以上離れていた少女が全く走る動作もなく気が付いたら目前に立っていたのだから驚くなという方が無理だろう。しかも直立しながら。
アイズはダンジョン中は体調管理のため保存食しか食さないと決めているので、好物であるジャガ丸くんを食べるのは実に『遠征』以来である。なので顔には出ないがウキウキで袋に詰め込まれていくジャガ丸くんを見ながら財布を取り出そうとして、
「……あ、れ?」
―――無い。財布が、無い。
幾らポケットに手を入れようがその存在は現れることなく、身体のあちこちを触っても出て来ない。無表情でパニックになりながら何故無いのか考えて……ふと思い出した。
そうだ。確か今日はダンジョンの帰りにジャガ丸くんを買って食べようと考えていて―――戦闘服の方のポケットに財布を入れておいたのだ。
ガガァーンッ!! とショックのあまり背後に雷が墜ちたような錯覚に陥る。ロキにバージルの監視を命じられているため黄昏の館に財布を取りに戻る訳にもいかず、今のアイズは一文無しなのでジャガ丸くんを買うことが出来ない。
ジャガ丸くんが買えない、その事実に思わず項垂れて落ち込んでしまう。心のなかでは幼いアイズも膝を抱きかかえて落ち込んでいた。
「……あの、すみません。やっぱり買え―――」
「400ヴァリスで構わんな」
アイズが断ろうと口を開いたその時、横から腕が伸びてきて強引に代金を支払った。驚いて腕の持ち主を見ると、そこには仏頂面でジャガ丸くんの代金を支払うバージルの姿があった。
「バージル……?」
「横で辛気臭い顔の奴が居られても不愉快になるだけだ」
恐らく店の前で落ち込んでいるのを見てアイズが財布を忘れてきたのを悟ったのだろう。店員からジャガ丸くんの入った袋を受け取ると問答無益にアイズへと投げるとアイズは抱きかかえて受け止めた。
胸元で温かい温度を感じる。その温度が内と外の二つから感じ取れた。
「……ありがとう。後でお金払うね」
「不要だ。400ヴァリス程度渡されても迷惑なだけだ」
「おーおーっ、お兄さんカッコイイねぇ! よっし、可愛い恋人の為に自らお金を出すその紳士っぷりにおじさんからのサービスだ! 持ってけ泥棒っ!」
恋人―――そう言われた瞬間、アイズはふと胸の奥が熱くなるのを感じた。
アイズにとって恋人達と聞いて思い描くのは両親の姿だ。そして彼らに追いつく為にアイズは強くなりたいのだ。だが、ふと偶に考える時がある。
……いつか、自分もあの人達のような大切な誰かを見つけるのだろうか。愛し愛し合う人生のパートナーとも呼べる存在が出来るようになるのだろうか。もしそうだとしたら、その人は―――
『「―――アイズ」』
「―――ッ」
「行くぞ」
「……うん」
声を掛けられ、先に進んでいたバージルの背中を追い掛ける。両腕で大事そうにジャガ丸くんが入った袋を抱き締めながら、ふと思う。
想像していた誰かの声。それが先ほど呼ばれた声と重なって聞こえた気がした。
◇◇◇
迷宮都市オラリオは冒険者が中心となっている都市だ。故に子供の数は少なく、昼間から広場にいる者などほとんどいない。先ほどまであれほど騒がしかった周りが一変して静寂に包まれ、まるで別世界に来たような錯覚をさせる。
バージルは途中で買った紅茶をベンチの肘掛けに置くと腰を下ろし、本を開くと静かに読書を始めた。アイズもそれに習い隣に腰掛けると先ほど買って貰ったジャガ丸くんを口に運びだす。
天気も良く心地よい温度に包まれながら紙の捲る音と咀嚼音だけが聞える。遠くから聞える騒音が遠い出来事のように感じ、まるで自分達の周囲だけ時間の流れが遅くなってしまったような錯覚にアイズは感じていた。
全てのジャガ丸くんを食べ終え、一息付きながらそっと背凭れにもたれ掛かる。視界一杯に広がるのは何処までも続く青空。そよ風がアイズの前髪を靡かせて、樹々の葉が揺れる音と紙を捲る音に耳を寄せる。全身に降り注ぐ心地良い陽気はアイズを嘗て無いほどリラックスさせていた。
果たしてその状況でどれだけの時間が過ぎたのか。青空を見上げていたアイズはふと口を開いた。
「バージルは……自分の中に黒い炎が燃えているのを感じたことはない?」
それは、普段ならば決して見せる事のないアイズの弱い本音だった。誰かに聞かせるものではなく、自分自身に向けられた問い。バージルは何も答えない。それが分かっていたのか、アイズの独白は続く。
「胸の奥で、強さを求め猛り狂う醜く汚い黒い炎がずっと燃えてる。その炎がずっと私を死地へと駆り立ててきた。私はその炎に抗うこともせず、炎の求めるままこの身を投げ打ってきた。それが―――怖かった。私と、あの怪物達。何が違うのか解らなかったから」
ただ炎に身を任せ強さを求め続けてきた自分。ただ衝動のままに冒険者を殺しにくる
ああ―――そこにいったい、何の違いがあるというのだろう。
「だから、私は怖い―――いつか、私も怪物に成り果てる気がして」
ああ、やはり
私は強く……なれない―――視界が涙で滲み、頬を伝う。太股に溢れる雫が何よりの証拠だった。
「……下らん」
ポンッと開いていた本を閉じる音と共にバージルの声が聞える。強さを求めてきた彼からすれば失望されて当然の話だろう。それに対して失望された眼を見るのが怖くてアイズは震える肩を更に縮こませる。
だが、聴こえてきたのは全く別の意味だった。
「貴様が悩んでいる葛藤はただの思い過ごしだ。貴様が怪物に成り果てるだと? ―――あり得んな。怪物は疑問など感じん。そうであるからそうなった。そこに疑問など挟む余地などない。自己の本質に疑問を抱くのは人間だけだ。人間だけが、己の行く末に葛藤し疑問を持てるのだから。それに何より―――」
グイッと顎を親指と人差し指の腹で捕まれ無理やり向き直される。そして、そっと親指で流れ落ちる涙を拭われた。その出来事にアイズは眼を見開いて、涙で滲む視界の中、確かに見た。
「―――怪物は涙を流さない。涙を流せるのは人間の特権だからだ」
―――だからお前は間違いなく人間だ、アイズ。
涙を拭った手が頭に伸びてアイズの髪を撫でる。その不器用な撫で方と見たことがない歳相応な笑顔は、何処かで見た気がして。
「……お父、さん」
『遠征』での疲弊、昼の暖かな陽気、安心できる誰かの隣。様々な要因で押し寄せてきた心地良い睡魔にアイズは安心して身体を委ねてそっと眠りにつくのだった。
◇◇◇
―――夢を見ている。
―――大きな巨樹の下で、少女が横になって眠っている。
――少女の枕元には青年の太股が置かれ、青年は優しい微笑を浮かべながら優しく少女の頭を撫でている。
――ふと、眠る少女に対し青年は独り言のように呟いた。
『いつか、お前だけの英雄に巡り会えるといいな』
◇◇◇
「…………」
睡眠と取っていた意識がゆっくりと覚醒していく。それと同時に、頭の上にあった感触が離れていった気がした。
目蓋を開き、ぼやけた視界の中で最初に見えたのは普段見慣れた殺風景な自室ではなく、仏頂面でこちらを見下ろす青年の顔だった。
「……バージル?」
「起きたか。ならばさっさと退け」
「…………?」
バージルに言われて意味が解らず首を傾げ、アイズはふと普段の柔らかい枕の感触ではなく、硬いが温かい何処か寝心地のよい物を枕代わりにしている事に気づいた。即ち、バージルの太股を枕代わりにしていたのである。
アイズが寝ぼけながら顔を上げると、自由になったバージルが固まった身体の節々を解すように立ち上がる。その時、夕陽が沈む空を見てようやく自分が寝てしまっていた事を理解した。
「…………夢?」
ならば、いったい何処からが夢だったのか。寝ぼける目蓋を擦ろうと指を寄せて、アイズはふと気づく。目元の周り、そこに確かに誰かに拭われた後があった。
「バージル……私、何か言った?」
「……何の話だ? 貴様は菓子を食い終わると途端に横になって眠りだしたが? お陰でいい迷惑だった」
アイズの問いにバージルは否定する。ならばあの時言ったバージルの言葉は夢だったのか。その答えは解らない。けれど、それで良いと思った。どうせ夢か現実か定かではないのならば、自分にとって都合が良いほうを選ぼう。
私は―――人間なのだから。
「もうすぐ日が沈む、か。戻るぞ、アイズ」
「うん」
声を掛けられ立ち上がり、ふと気づく。この時間まで待っていた。それはつまり―――
(私が起きるのを……待ってくれていた?)
置いていけばいいものを、ずっと傍で見守ってくれていた。その事実が嬉しくて、アイズはふとバージルの前に踊りでた。
「……何の用だ?」
訝しるバージルに対し、アイズは自然体のまま告げる。
「―――ありがとう、バージル」
それは、彼女が憧れる『
誰もが見惚れる、優しい満面の笑顔だった。
ばーじる(しまったあああああ! それは鬼いちゃんじゃなくて弟の方だったああああああ! こ、こうなったら夢オチで誤魔化すしかない!!)
正直今話は乗っけるかどうか悩みました。キャラ崩壊も激しいし、微妙な話でしたしねー。
ダンステですが、正直な話、作者の書きたい話はもう全部書いてしまったので気分的には完結作品なんですよね。あと書きたいとすればバージルとオッタルの頂上決定戦ですが、正直オッタルの強さがいまいち分からないので保留の形にしてます。一応番外編は考えているので、そちらを更新していく予定です。
今考えているのは、
《番外編2:強者の壁》
アイズ達幹部vsバージルの戦い。正直原作通りだと話に入れにくかったので番外編で書く予定です。(現状20%)
《番外編3:小さな英雄の産声》
ベルからみたバージルの印象を書きたいと思っています(現状40%)
今のところこんな予定ですかね。それではまた次回。