Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori   作:Kohya S.

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彼との出会い

 かたり、とドアは軽い音を立てて閉まった。自室の机の上に通学鞄を置いて、南ことりはため息をついた。

「私、やっぱり向いてないのかな……」

 パステルカラーで統一されたことりの部屋。きれいに片付いている。小学生のころから使っている机に、ひとりで使うには大きなベッド。作り付けの壁面収納に加えて大きなクローゼットが目立つ。

 カーテンの隙間からのぞく空は、すっかり暗くなっている。

 

 ことりは明かりもつけず、そのままベッドに倒れこんだ。少し明るい色の長い髪が、ベッドの上に広がった。

 

 数週間前に、幼馴染の穂乃果と海未との三人で結成したμ's。

 以前からスクールアイドルには興味があり、かわいい衣装にもあこがれていた。観客のいないファーストライブには、ちょっとくじけそうになったけれど……。それでも頑張ってきたつもりだった。

 今日も放課後に学院で練習してきたのだが、ことりは何かが足りないと感じていた。

 

 穂乃果の、あのまっすぐな思いは本当にまぶしい。穂乃果を見ていると、きっと彼女なら夢を叶えてしまうのだろう、と信じられる。

 また最初は嫌がっていた海未にしても、武道で鍛えた体力、日舞で身に着けた立ち居振る舞いなど、私よりもよほどアイドルに向いていると思う。作詞の才能も……あの大和撫子然とした彼女から、どうしてあんなにカッコいい歌詞が生まれるのだろう。

 

「それに比べたら……」

 ことりはベッドの上でお気に入りの枕を抱え込む。

 

 衣装については思い入れがあるし、それなりにかわいいものに仕上がっていると思う。

 でも、ことりの趣味を押し付けているだけ、なのかもしれません。もちろん衣装なら買うことだってできます。

 

 穂乃果ほどの思いもない、海未のような才能も体力もない。

 

 学院でちらっと口にすると、もちろんふたりは「そんなことないよ! ことりちゃんのほうがよっぽど踊りも歌もうまいよ!」「そうですよ、それに、ことりには本当に助けられています」といってくれるのだが。

 

 練習の疲れが出たのか、ことりはいつの間にか眠りに落ちていた。その目の端には、一粒の涙が光っていた。

 

 

        ・

 

 

「いらっしゃいませ~」

 ことりはカフェのカウンターから、入ってきた客に声をかけた。

 フロアにいた別の店員が客に対応する。

 

 秋葉原の外れ、雑居ビルの上層階のメイドカフェ。

 20席ほどのフロアにカウンター、奥には厨房などのバックヤードがある。店内は落ち着いたダークブラウンの内装で統一されている。ことりは衣装や雑貨はともかく家具などは詳しくないのだが、ヴィクトリアンスタイルというらしい。

 

 他の店員と同じく、ことりもメイド服を身に着けていた。膝下までの黒一色のワンピースに白いエプロン、同じく白いヘッドドレス。フリルも大げさなものではなく本当にオーソドックスなメイド服だ。ことりは大いに気に入っていた。

 

 たまたま秋葉原の街中を歩いていたことりは、先日このメイドカフェにスカウトされていた。もともとあまり社交的な性格ではないし、いつもならあっさり断るところだが――μ'sの活動で悩んでいたこともあって、ついスカウトに応じたのだった。

 スカウトしてくれたメイドさんの衣装も、とても可愛かったですし……。

 面接でもあっさりと合格をもらい、数日の研修を経てこの日から働き始めていた。

 

 土曜日の午後とあって客は多かったが、それも時間が遅くなるといくらか落ち着いてきた。席は半分くらい埋まっているだろうか。

 

 ドアが開き新しい客が顔を見せた。店内から上がる「いらっしゃいませ」の声。

「ミナリンスキーさん、お願いします」

 カウンターの内側にいたことりに隣の先輩メイドが促した。

「はい、わかりました」

 ミナリンスキーはことりが懸命に考えた、いわゆる源氏名なのだが……やはり面と向かって言われると恥ずかしい。

 しかし、いよいよ研修ではない初めての接客だ。

 

 客は物珍しそうに店内を見渡している。休日の秋葉原では珍しいスーツ姿の若い男性だ。

「いらっしゃいませ、こちらのお席へどうぞ」

 ことりは空いている席のひとつに案内する。

 カウンターでお冷とおしぼりを用意して改めて男の席へ。テーブルの上にそれらを出してから、ことりはぺこりと頭を下げた。

「ご来店ありがとうございます、ミ、ミナリンスキーです。よろしくお願いいたします」

 と、思い切って名乗ってみる。

「みなりん……すき?」

 一瞬の間を置いて男がつぶやいた。怪訝な顔をしている。あっ、やっぱりこんな名前にするんじゃなかったかもしれません……。

「えっと、あの、その、メイドネームです……」

 あまり男性と会話する機会はなかったので、どうしても緊張してしまう。今日もらったばかりの名刺をテーブルの上に置く。

「ミナリンスキー……なるほど。こういう店は初めてなんですが、皆さんこういう感じの名前なんですか」

「うーんと、普通はもう少し、女の子って感じなんですけど、ちょっと頑張ってみました……」

 語尾が弱気になる。

「この手書きで足してある『てんはちてん』は……」

「あ、ことりさんです!(・8・) 可愛くないですか?」

 思わず前のめりになることり。それがおかしかったのか軽く吹き出す男。笑わなくてもいいですよね……。

 

 すると男は「あ、ごめんなさい」と、ことりの気持ちを感じたのかすぐに謝った。そしてことりを見ながらいう。

「可愛いですね、すごく」

 素直にそういわれ、ことりはなぜか戸惑ってしまった。

「どうぞごゆっくり、おくつろぎください」

 顔が少し赤くなっているのを感じながら、ことりはカウンターに戻った。

 

 カウンターの内側で深呼吸をして、ことりはようやく落ち着きを取り戻した。

 メイドカフェで働くなんて、うまくできるかどうかわかりませんでしたが、なんとか頑張れそうですね……。

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