Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori 作:Kohya S.
それ以来ことりはμ'sの練習の合間を縫うように、土日はときどき、平日は稀に、メイドカフェでのアルバイトを続けていた。
音ノ木坂学院、二年の教室。最後の時限が終わり、学院生たちは部活に行ったり帰り始めたりしている。今日は五時限目までなので終課は少し早い。
ことりは今日はメイドカフェの日だ。
「ねえねえ、ことりちゃん、今日は練習お休みだけど、これからどうする? お菓子でも食べに行こうよ~」
ことりの前の席に腰かけた穂乃果が、教科書とノートを片付けていたことりにいう。
「うーん、今日はちょっと予定が……」
「え~、最近ことりちゃん付き合い悪いよ~」
頬を膨らませる穂乃果。
「穂乃果、無理をいうんじゃありません」
そんな穂乃果を海未がたしなめる。
「だってだって~」とまだ不満そうな穂乃果。
「ごめんね~、穂乃果ちゃん」
メイドカフェでアルバイト、といえないことりは謝るしかない。そんなことりをじっと見つめる海未。
「ことり、もしなにか手伝えることがあったら、いってくださいね」
海未ちゃんは鋭いから、何か気付いているのかもしれませんね。ことりがアルバイトをしていることを……ううん、悩んでいることを……。
「ありがとう、海未ちゃん。でも大丈夫だよ」
ことりはそそくさと、着替えで少し膨らんだ鞄を手にする。
「じゃあ、また明日ね」
もう少し自分に自信が持てたら、ふたりに相談できるでしょうか……。そう思いながらことりは教室を後にした。
・
次の土曜日。ことりは今日もメイドカフェに来ていた。
メイド服に着替えると自分が変われるような気がする。
カフェでは不定期にミニコンサート――という規模でもないが、店員が数曲の歌を披露したり楽器を生演奏したりするイベントを開催していた。先日はことりも初めて歌を歌わせてもらい、人前に出ることは嫌いじゃないのかも、と思えた。
ただ、μ'sとして活動を続けられるのか、やはりそれが心から離れなかった。
カウンターで食器を整理しながらぼんやりと考えていると、「いらっしゃいませ」の声が店内に響いた。ことりもあわせる。
ことりが対応に出た。
客は、ことりが最初に働き始めた日に会話を交わした男だった。今日もスーツ姿だ。ことりはなんとなく、すこし疲れているようです、と思う。
「いらっしゃいませ」と精一杯の笑顔。
「あ、こんにちは」
彼はことりのことを覚えてくれていたようだ。嬉しくなる。
「今日はこれからイベントがあるんですよ。私も一曲だけ歌うので、よかったら聞いていってください」
「それは楽しみです」
彼が笑う。ちょっとドキッとする。
「どうぞごゆっくり、おくつろぎください」
ことりは顔を隠すようにトレーを抱えたまま、カウンターに戻った。
しばらくしてイベントが始まる。先輩店員に続いてことりの番が来た。
「ミナリンスキーです。よろしくお願いします」
フロアの客に挨拶する。客が拍手で答えた。ちらっと彼のほうを見ると、彼は手にしていたスマートフォンをテーブルに伏せて拍手に加わった。
今期開始のアニメの主題歌のイントロが流れ始める。マイクを握ったことりは不思議と落ち着いていた。
「♪~♫~」
曲に合わせて歌うことり。振り付けはいまひとつ心もとないが、それでも心を込める。体を動かすのにあわせてメイド服が揺れる。目の端に彼が映る。
「ありがとうございました」
最後まで歌い終え、ことりは頭を下げた。体が少し火照っているが嫌いな感じではない。フロアに響く拍手。彼も拍手している。
「今日のイベントはここまでです。お楽しみいただけたでしょうか……」
いったんバックヤードに下がり、服装や髪を整えてから、ことりはフロアに戻った。
ちょうど彼が呼んでいる。
「あ、ブレンドを追加でお願いします」と彼。
ちょっと間を置いて彼が続ける。
「歌、すごくよかったです。踊りもうまいし」
「とんでもないです、お粗末さまでした」
顔が赤くなっているのを感じながらことりはいった。
「普段からなにか練習とか、されてるんですか」
ことりは彼の何気ない質問に一瞬、躊躇する。
「えっと、実は学院でスクールアイドルを……いえ、友達と、ときどき歌ったりしてるだけです」
ここで自信を持って「スクールアイドルをやっています」といえれば、いいんですけど……。
ことりの躊躇を知ってか知らずか彼は続けた。
「友達、ですか」
「はい! 幼馴染の二人なんですけど、ひとりはすっごく元気があって、もうひとりはとてもカッコよくて……」
……二人とも私よりずっと上手なんです、と心の中で追け加える。
「仲がいいんですね。三人で歌ってるところも見てみたいです。とにかく、素敵でした、ミナリンスキーさん」
「ありがとうございます」
なぜでしょう、素直に喜べません……。
「ブレンド、すぐお持ちします」
ことりは注文を伝えるために厨房に戻った。