Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori   作:Kohya S.

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自分を信じて

 翌週。学院の放課後、メイドカフェでのアルバイトを終えたことりは、制服に着替え自宅への帰路についた。

 あたりはすっかり暗くなっていた。季節は春から夏に移ろうとしているが、日が暮れると少し寒さを感じる。

 カフェを出て裏通りから蔵前橋通りに出る。にぎわっている中央通りの周辺に比べると嘘のように静かだ。

 

 少し歩くと前から見覚えのある姿が来るのが見えた。カフェで何度か見かけた彼だ。向こうもことりに気づいたようだった。

 ことりは思わず立ち止まる。すると、そのまま軽い会釈で通り過ぎようとしていた彼も立ち止まった。

 

「ミナリンスキーさん?」

 躊躇していると彼の方から話しかけてきた。彼は今日もスーツ姿だ。

「あ、えっと、お世話になってます」

 ちょっと不思議なあいさつになってしまう。

「今日は、カフェのほうは、終わりですか」

「はい、さっきまで出ていたんですけど……」

「そうでしたか……では、私もこのまま帰ろうかな」

「カフェに行かれるつもりだったんですか?」

「そうですね。でもミナリンスキーさんがいないなら……」

 あれ、それってどういう意味でしょう……。一瞬、混乱することり。

 

「では、失礼します」

 彼は一礼する。

「はい、お疲れさまでした」

 ことりも礼を返すと、彼はそのまま歩いて行った。ことりも再び歩き始める。彼の台詞を思い起こしながら。

 

 あれって、ことりに会いに来たっていうことでしょうか……。メイドさんにはファンが付くっていうから、あり得るかもしれませんね。えへへ。

 なんとなく足取りが軽くなることりだった。

 

 

        ・

 

 

 カフェのドアが開いた。あ、知らない人ですね……。新しい客が来るたびに、ことりはつい確認してしまう。

 

 次の土曜日。ことりは今日もアルバイトに来ていた。店内は相変わらず盛況だったが、昼の時間帯を過ぎてようやく多少は余裕が出てきた。

 このカフェでは、基本的にフロアには出てこない店長を除くと、店員は全員がメイドだ。接客をしたり、注文に応えて料理や飲み物を用意したり、カフェのすべての作業はメイドがこなす。

 

 再びドアが開き「いらっしゃいませ」の声。フロアに出ていた店員が客を案内する。ことりが厨房からちらっとのぞくと、彼だった。

 今日はまだ時間はわりと早い。彼は今日は私服だった。グレーのカーディガンにシャツ、スリムなチノパンツ。

 一瞬、目が合ったような気がする。

 もう、こんなときに限って手が空いてないんですから……。

 

 対応に出た店員から彼の注文を聞き、飲み物を用意することり。

「私がお持ちしますね~」とあくまでもさりげなく他の店員に告げて、ことりはトレーを用意し席に向かう。

 

「お待たせしました、今日のブレンドになります」

「こんにちは、ミナリンスキーさん」と彼。

「こんにちは」にこっ、と営業スマイルに+αを込めてみる。

「あれ、それは……?」

 彼はことりが腰につけた、鳥のマスコットに気付いたようだった。

「小鳥さんです♪」

「ああ、あの名刺の……」

 覚えていてくれたんだ。嬉しくなったことりは答える。

「私が作ったんです。こういう小物とか、興味があって……。メイドカフェも、メイド服が着てみたくて、始めたんですよ」

「なるほど、器用なんですね」

「えへへ。衣装も作ったり、してるんです」

「メイド服ですか?」

 あ、思わず作ってるって、いってしまいました。

「いえ、その、ふつうのお洋服です」ことりは必死にごまかす。

「衣装まで作ってしまうなんて、すごいですね」彼は本心から感心しているようだ。

「ありがとうございます」面と向かって言われると照れてしまう。「そういえば、今日は私服なんですね」と話を逸らすことり。

「はい、今日は秋葉原に買い物に来たので」

「よくいらっしゃるんですか?」

「そうですね。趣味がパソコンとか、そういう感じなので……」

「私、そういうのには詳しくないので、尊敬しちゃいます」

「いや、あまり受けがいい趣味じゃないですけどね」

 彼も少し照れているように見える。

「えっと、ごゆっくりどうぞ」

 少し話しすぎてしまった、とことりは思う。

 厨房に戻ることりの姿を彼の目が追っているようだった。

 

 

        ・

 

 

 翌週。学院でのμ'sの練習を終えことりは自宅へと向かっていた。すでに日が暮れているが吹く風はずいぶん暖かく、もう寒いとは感じない。

 神田川をH橋で超えて大きなキャンパスの脇を歩いていく。

 

「ミナリンスキーさん」背後から声が掛かった。

 この声は……。ことりは内心、ドキリとしながら振り返った。やはり彼だ。見慣れたスーツ姿だ。

「あ、えっと、お世話になってます」また間の抜けた挨拶をしてしまった。

 彼も苦笑している。

「そういえば、名前がまだでしたね。私……」と彼はいいかけて、何を思ったのかにこっと笑い、スーツの内ポケットから何かを取り出した。

「こういうものです」とことりに名刺を差し出した。

「……さん」名刺を受け取り、つぶやいてみる。そういえば私も名前を知らせていなかった。

「私、南ことりといいます。よろしくお願いします」

「南さん。よろしくお願いします」

 ことりと彼は同時に頭を下げる。

 

「学校からの帰りですか」と彼。そういえば私、練習の帰りだった。汗くさくないでしょうか……。

「はい、今日はアルバイトもお休みなので……。……さんは?」

「今日は、会社帰りです。珍しく早く終わったので、秋葉原に寄って帰ろうかと」

「そうなんですか」

 二人はなんとなく連れ立って歩き始めた。

 

 彼はぽつりぽつりと自分のことを話した。近くの会社に勤めていること、休日出勤の帰りにカフェに立ち寄ったことなど。

 話が途切れ、しばらくは無言で歩くふたり。

 ことりは不思議に落ち着く。

 

 ふとした拍子に彼が通学鞄を見ていった。

「なにかの部活の帰りですか」

「えっと……」いいよどむことり。彼が尋ねかけるように頭を軽く振る。

「実は……スクールアイドルの練習の帰りです……」ことりは彼と目を合わさず、地面を見ながら小さい声で答えた。

「スクールアイドル」繰り返す彼。その様子からするとその言葉を聞いたことはあるようだ。

「幼馴染のお友達と一緒ですか」彼もことりには目を向けず、前を向いたままいった。

 

 決して答えを強制しているのではない、その雰囲気に引き込まれるように、ことりは口を開いた。

「はい。ひとりは……穂乃果ちゃんはすごく熱心で……昔から、私たちを引っ張ってくれるんです。すごく前向きで……」ことりは続ける。

「もうひとりの、海未ちゃんは、恥ずかしがり屋さんなんですけど、武道とか日舞とか、とっても上手で……」

「ことりなんか、ふたりと一緒にいていいのかなって、アイドルなんかできるのかなって……ちょっと器用なだけで……」

 ことりの歩みがゆっくりになる。

 

「それで……おふたりには相談したんですか」と隣を歩きながら、彼。

「もちろんふたりとも、ことりは頑張ってるし、すごく上達してる、っていってくれるんですけど」

 彼はしばらく黙った。そしていった。

「……南さんの幼馴染なんですよね。嘘をつくような子たちなんですか」

「ううん、ふたりともそんな子じゃありません」ことりは迷わずに答えた。

 彼がことりの方を向いた。

「……それなら、信じていいんじゃないですか」

 まっすぐな目で見つめられて、ことりはハッとした。

 

「それに……」彼はいいかけて目をそらす。そして続けた。

「メイドカフェで歌を歌っているときの南さん、すごく輝いてました。本当に好きなんだなって、そう思いました」

「え、そんなこと……」思わず否定しかけることり。

「アイドルに向いてない、なんて、絶対にないですよ」

 彼が少し力を込めていった。

 ことりはどう答えていいかわからなかった。再び沈黙が訪れる。

 

「少し話しすぎましたね。ごめんなさい」

 彼が心なしか早口でいった。ちょうど次の交差点が近付いていた。

「……じゃあ私はこれで。どうぞ気を付けて」

 彼は一礼すると秋葉原方面に足早に歩いて行った。

 

 ことりは交差点でしばらく立ち止まっていた。

 穂乃果と海未の言葉を信じられなかったのは、自分に自信がなかったからですね。でも……きっと私のことを、私以上にわかっているのは、世界であのふたりだけに違いありません。

 それに、彼の言葉もことりの胸に残っていた。

 

 もう少しだけ、頑張ってみましょう。

 ことりは顔をあげ、再び歩き始めた。

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