Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori 作:Kohya S.
「ワン、ツー、スリー、フォー。ワン、ツー、スリー、フォー」
海未の掛け声が学院の屋上に響く。ことりと穂乃果はそれに合わせてステップを踏む。
あれから数日。放課後、今日も三人は屋上で練習をしていた。初夏を迎え日差しも強くなってきた。そろそろこまめに休憩を取らないときつい。
「はい、ここまで」
動きを止めるふたり。
「ふえぇ~、疲れたあ」穂乃果が大げさにいう。
「ことり、すごく良くなりましたね」
ことりにタオルを差し出しながら海未がいった。
「ありがとう、海未ちゃん」
ことりはタオルを受け取り、ボトルから水を飲む。
三人は屋上の柵のところに腰を下ろした。
「一時期、あまり元気がなかったので心配していたんですよ」
ことりの隣に座った海未がいった。
「うん、ことりちゃんらしく、なかったよね」穂乃果もいう。
「ごめんね、心配かけて」
ふたりには悪いことをしてしまった、と思う。
悩んでいたことを、ふたりにちゃんと伝えた方がいいでしょうか……。いえ、それは止めておきましょう。ことりがひとりで悩んで、ひとりで決断したことですから。
「それに、付き合いも悪いし~」と穂乃果。
穂乃果ちゃん、それはあまり関係ないと思うんですけど……。
「でも、もう大丈夫そうですね」
「うん、これからはμ'sの練習にも、もっと参加するよ」アルバイトも少し減らした方がいいでしょうね。
「お菓子も食べに行こうね!」
「そうだね!」
カフェのデザートはすごくおいしいんだけど、穂乃果ちゃんと食べに行けないのは残念だな。
「それに比べて穂乃果はどうしたんですか。切れがありませんよ」
海未が改めて穂乃果を叱る。
「わわっ、ごめん海未ちゃん、ちょっと寝不足で……」
穂乃果はふざけて、頭を覆うように腕を上げてみせる。
「寝不足……本当に穂乃果といったら。アイドルとしての心構えが足りません」
「実はね……」穂乃果はそういいつつ、練習に持ってきた鞄の中をごそごそと探している。
「じゃーん!」と穂乃果が取り出したのはピンク色のスマートフォンだった。
「えへへ、買ってもらったんだー。もう高校生、それも二年生だからいいよねって」
「それで昨日は寝不足ですか……。子供じゃないんですから……」
「穂乃果ちゃん、いいな~」
ことりは中学時代から、いわゆる普通の二つ折り携帯を使っている。
「穂乃果、今日からは、ほどほどにしてください。スマホは一日一時間です!」
真面目に諭す海未。
「は~い」
穂乃果は素直に返事をした。
本当にふたりは仲がいいですね。
・
土曜日。メイドカフェに出勤したことり。
「ナナカさん、こんにちは」
先に来ていた先輩メイドのナナカに挨拶する。
ナナカはことりと同じくこのカフェのアルバイトだが、ことりよりも前から働いている。この近くの高校に通っている三年生だという。
「こんにちは、ミナリン。彼、来てるわよ」とナナカ。
「え、彼って……」内心動揺しつつも、なるべくさりげなく答えることり。
「またまた~、とぼけちゃって。いつも楽しそうに話してる常連さんよ」
そんなにわかりやすかったでしょうか……。
「ねえ、ミナリン、メイドに恋愛はご法度……という訳じゃないけど、怪しい男には気を付けてね。ミナリンはそんなに可愛いんだから」
そういうナナカも背が高くすらりとしていて、長髪にメイド服がよく似合っているのだが。
「はーい、気を付けます」
彼はそんな人じゃないです、と思いながらもそう答えておく。
「とりあえず挨拶してきたら」
「はい♪」
「……ほんと、素直なんだから」ナナカは笑った。
ことりは、なんとなくトレーを持って彼の席にいく。
「いらっしゃいませ、……さん」
「あ、南さん、こんにちは」
彼はそういいながら、手にしていたスマートフォンをテーブルに置いた。そして少し躊躇してから続けた。
「その、スクールアイドルは……どうされるんですか」
「はい、もう少し頑張ってみようと思います♪」
ことりにもう迷いはない。彼に胸を張ってそういえることをちょっと誇らしく思う。
「そうですか、よかったです」
彼は嬉しそうだった。
そんな彼を見て、ことりは昨晩考えていたことを口にする。
「……あの、それ、スマホですよね」
「そうですね」
「実は、友達が……穂乃果ちゃんがスマホに買い替えて。私も、いいなーって思ってるんです。お勧めとか、ありますか」
穂乃果の様子を見たことりは、先日、母にスマートフォンに買い替える許可をもらっていた。自宅のパソコンを使って調べはじめたのだが――機種や料金プランなど、いろいろあってなかなか難しいようだ。
そんな中、昨晩メイドカフェに行く準備をしていて、ふと彼なら詳しいかもしれないです、と思ったのだった。
「うーん、お勧めですか……」いいよどむ彼。
「はい、どうでしょう」
「いえ、すごく難しいんですよね……」
「そうなんですか……」
彼でも難しいんですね。スマートフォン恐るべしです。穂乃果ちゃん、実はすごいんですね……。
彼はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「やっぱり実物を見て決めるのがいいと思います。親御さんには話してありますか」
「もちろんです」とことり。
「親御さんと買いに行かれては」
ことりも母に相談したのだが、この週末は学院の仕事で手を取られ時間がないようだった。父は数日前から出張中だ。
「それが、なかなか時間が取れないみたいなんです」
彼はまた少し考える。そして続けた。
「……南さんさえ良ければ、買いに行くのに、お付き合いしましょうか」
思わぬ提案にことりはびっくりする。
「えっと、ご迷惑じゃないですか」
「大丈夫ですよ。どうせ暇ですし……明日とか、空いてますか」
明日はμ'sの練習は午前中だけだ。メイドカフェの予定もない。
「午後なら大丈夫です」
「では……この近くのYカメラとか、わかりますか」
Yカメラは大型の家電量販店だ。電気製品や携帯電話だけではなくて、おもちゃやフィギュアも扱っている。ことりもそういったものを見るのが楽しみで、ときどき訪れていた。
「ポイントカード、持ってます」とことり。
「ちょうどいいですね」
彼は傍らの鞄からメモを取り出し、なにか書いている。
「結構面倒なんですけど、この書類を準備してきてください」
一枚ちぎり、ことりに渡す。携帯電話の明細、身分証明書など、いくつかが書かれている。
「大丈夫そうですか」と彼。
「はい、用意できると思います」
「1時にYカメラの前で、どうでしょう」
たしかそこにはベンチなどが用意されていて、ちょっとした待ち合わせにはちょうどよさそうだ。
「わかりました」
「あの、携帯の番号、教えてもらっていいですか」彼がいう。
そうだ。番号がないといざというとき困るだろう。ペンとメモを借りて番号を書き込む。彼も先ほどのメモに番号を書き足した。
「では、よろしくお願いします」頭を下げることり。
「楽しみにしています」彼がいった。
ずいぶん話し込んでしまった。あわてて厨房に戻る。またナナカさんに何か言われてしまうかもしれない、ことりは思った。
そういえば、流れで伝えてしいましたが、ことりが男の人に連絡先を教えたのは初めてかもしれません……。それに、最後の言葉です。楽しみにしているのは私の方なんですけどね……。