Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori 作:Kohya S.
数週間後。μ'sには新しいメンバーも加わり、ことりたちは日々練習に励んでいた。
学院からの帰り道。穂乃果と海未と別れ、ことりはひとり歩いていた。そういえば彼に会ったのもこのあたりですね……。
ことりのスマートフォンが鳴った。メールだ。開いてみると彼からのメールだった。あれ以来ことりからメールを出したことはない。彼からのメールもこれが初めてだ。
ことりは立ち止まり、メールを開いた。
「南さん、こんにちは」
そう書き出されたメールは、次のメイドカフェでの勤務予定を尋ねる内容だった。そういえばμ'sの練習も増えて、以前ほどはメイドカフェには行けていない。
ことりは急いで返信を書く。「今週末の土曜日、午後からの予定です」と。
メールを送信すると、すぐに返信があった。
「その日にお伺いします」
なんの用事でしょう……。ことりは胸がざわめくのを感じた。
土曜日。ことりはいつもより少し早めにメイドカフェに着いた。メイド服に着替える。
「こんにちは、ミナリン」
今日はナナカさんと一緒だ。
「ナナカさん。よろしくお願いします」
客の相手をしたり料理を用意したり、メイドは忙しい。仕事にすっかり慣れたことりはよどみなく作業をこなしながら、来客があるたびに気になっていた。
少し落ち着いたころ、扉が開き次の客が入ってきた。厨房からのぞく。彼だ。
「ミナリン、彼ですよ~」
一緒に厨房にいたナナカがことりにいう。
ことりは赤くなる。
「このこの~」とナナカ。
「そんなんじゃありません!」
そういいつつ、ことりは彼を案内するためにフロアに出た。
「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」
「こんにちは、みな……リンスキーさん」
いったん席まで案内し、お冷とおしぼりを用意して彼のところへ。
「ご注文は」
「今日は、レモンティにしようかな」
「はい、レモンティですね」
少し間を置いて、彼が切り出した。
「実は、こういうのがあるんですが、興味ありますか」
彼が取り出したのは二枚の細長い紙だった。「ヨーロッパ服飾史~ルネッサンスから産業革命まで」と書かれている。展示会のチケットのようだ。
「ちょっとしたことで手に入れたんです。南さんが、衣装に興味があるっていってたので……。よかったらどうぞ」
「わあ、ありがとうございます」
そういえば、そんな展示が開催中だとインターネットで見かけていた。興味はあったのだがチケット代がそれなりの値段なので、諦めていたのだ。
「でも、これって結構、高いですよね……」
「いえ、私も、もらったものなので、気にしないでください」と彼。「お友達とどうぞ。あ、三枚じゃなくてすみません」
とりあえずチケットを受け取り眺めてみる。
「あの、場所がちょっと、遠いですね」
「そうですね、S博物館ですから……でも、ここからだと、地下鉄なら乗り換え一回ですね。ただ、駅から少し、ありますね」
ことりは少し迷い、チケットを返す。思い切っていう。
「行ったことのないところなので……もしよかったら、ご一緒していただけませんか」
「えっ」と彼。
「あの、ご迷惑でしょうか」
私、ちょっと大胆ですね……。
「いえ、そんなことはないですけど。……南さんは、いいんですか」
どういう意味でしょう。でも否定する理由はありません。
「はい、もちろんです」
彼は少し考え込んだ。心なしか彼も緊張しているように見えた。そして、ふーっと息を吐くといった。
「わかりました、いつなら都合がよいですか」
「ありがとうございます! 明日は練習なので……。来週なら、土曜日でも日曜日でも」とことり。
「わたしも来週は大丈夫なので、土曜日にしましょうか」と彼。「細かいことは、また連絡します」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりとことりは頭を下げる。「失礼します」そういって厨房に戻った。
「話し込んでたわね」とナナカ。「顔、赤いわよ」
「あの、その、これは関係ないです」
顔に出てますか。恥ずかしいです……。
「それで注文は?」
「あっ、はい、レモンティです」
「ほんと、わかりやすいわね」ナナカが笑った。
そのあとは特に会話することなく彼は帰って行った。
ことりはどことなくふわふわした気持ちで、なんとか勤務を終えた。
来週の土曜日、楽しみですね……。あ、これは展示会が楽しみなんですから、と自分にいい聞かせることりだった。
・
その後、彼からメールがあった。何通かやり取りをして、博物館の最寄りのY駅の改札の前で午後1時に待ち合わせ、ということになった。改札は一か所だけらしい。
金曜日、梅雨に入り今日はあいにくの雨だ。
昼休み、ことりたち三人は教室でお弁当を広げる。
「雨だねー、残念だねー」
食事を終えた穂乃果が外を眺めながらいう。
「今日の練習はお休みですね」と海未。
「残念だね、穂乃果ちゃん」ことりもいう。
「明日からは晴れるそうですから」と海未。
「でもでも、今日練習したいんだよー」
「もう、駄々っ子ですか、穂乃果は」
「明日、やっぱり練習しようよー」
「だめですよ、メンバーも増えて、それぞれ予定もあるんですから。ねえことり」
ことりは突然話を振られて、うろたえた。
「そうだね、きっとみんな、何か予定があるんじゃないでしょうか」
「ことりちゃんはどうするの?」
穂乃果ちゃんに悪気はないんでしょうけど、その質問は困ります……。
「明日はちょっと、服の……衣装の検討でもしようかなって、思ってたんだ」
間違ってはいませんよね。μ'sの衣装にもきっと役に立つはずですから……。
「おおっ、さすがμ'sの衣装担当、ことりちゃん。穂乃果も一緒に考えるよ!」
「ひ、ひとりで大丈夫だよ、穂乃果ちゃん」
「穂乃果、そのくらいにしなさい」
海未ちゃんありがとう。助かりました……。
「海未ちゃんはどうするの?」
「私ですか? 私はこの機会に、母に稽古をつけてもらう予定です。最近、まとまった時間が取れませんからね……」
矛先がそれたことにほっとして、ふたりの会話を聞くともなく聞いていると、明日のことが自然に気になってくる。いつのまにかスマートフォンを握っている。
「……ねえ、ことり」
海未が話しかけているのに気付く。
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてました」
「大丈夫ですか」
「ぜんぜん大丈夫だよー」
「そういえば、ことりちゃん。最近なにか楽しそうだねー。いいことでも、あったの」と穂乃果。
「さっきも、にこにこしてましたね」海未もいう。
「べ、別に何もないよ」
と否定する。やっぱり私、わかりやすいんでしょうか……。
「天使のほほえみだね!」ぷにぷにと頬をつついてくる穂乃果。
「よかったら、後で教えてくださいね」と海未。
展示会に行くってふたりにいってもいいはずなんですけど……。やっぱりちょっと、躊躇しちゃいます。
もっと先になれば、話せるのでしょうか……。
その夜。雨は夕方までに上がっていた。ことりは入浴を済ませ、就寝しようとしていた。
自室のカーテンを開ける。東京の夜空は明るく星はかき消されがちだが、それでもいくつかの星が見える。
「明日は晴れそうですね」
空を見ながらことりは考えた。
明日、どんな格好をして行こうかな……。彼は、服飾展なんて興味があるんでしょうか。私に付き合ってもらって、申し訳ないです……。
ことりは展示会よりも彼のことが気になっていることに気付く。
私、彼のことが好きみたい……。
μ'sの活動を頑張ろうって決めたのに、私、こんなことでいいのでしょうか。友達なら、いいのかな。
ううん、それよりも、彼は私のことをどう思ってるんでしょうか……。
ことりの心は乱れた。
カーテンを閉める。西の空に青白い星が輝いていた。