Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori 作:Kohya S.
翌朝、ことりはすこし寝過ごしてしまった。朝昼兼用の食事を取り、準備を始める。
ことりは鏡の前で悩む。
今回は……やっぱりデート、ですよね。そう意識した途端、何を選んでいいのかまったくわからなくなってしまった。
服はどうしましょう。これはどうかな、やっぱりこっちかな……。リボンは留めたほうがいい? それとも外す?
「きゃっ、もうこんな時間ですか」
結局、なんとか一通り決められたのは、ぎりぎりの時間だった。
「いってきまーす」
母に告げて家から出た。
駅までは小走りだ。いつもの私服ではないので、ちょっと走りにくい。靴は歩きやすいものを選んできて正解だった。
「やんやん遅れそうですー」
それでも急いだ甲斐あって、ほぼ予定通りの電車に滑り込んだ。
「助かりましたー」
ようやく息が落ち着いてきた。地下鉄の電車の扉にことりの姿が映っている。
ロング丈のペールイエローのワンピースに、前結びのグリーンのジャケットという格好だ。髪には同じくグリーン系のリボン。肩からは大きめのトートバッグを下げている。
「おかしくないですよね……」
扉に移った姿を確認する。大丈夫そうですね。胸のボタンはどうしましょう……。
途中の駅で私鉄への直通電車に乗り換える。電車は地下から地上へ。
昨日の雨がうそのように外は良い天気だ。車窓をビル群が流れていく。
「告白日和、ですね」
なんとなくそんな言葉が浮かぶ。告白するなんて、まったく考えてませんけどね。
ほどなくして電車は目的地のY駅に着いた。待ち合わせの時間にはほんの少し遅れている。
彼も遅れていればいいんですけど、あ、でもそんなこと考えたらだめですよね。
ことりは改札から出た。
改札の外、ポスターなどが張られているコンコースの一角に、見慣れた人影が見えた。彼だ。ことりは足早に近づく。
彼もことりに気付いたようだ。
「遅れてすみません」
「いえ、私も来たばかりです」
彼はオフホワイトの半袖シャツにストレートのデニムパンツという姿だった。スーツ姿よりも少し若く見えた。
ことりは彼の視線が気になる。
「今日は、ありがとうございます。よろしくお願いします」とことり。
「こちらこそ。では、さっそく行きましょうか」
彼はことりにうなずくと、歩き出した。
目的地の博物館までは徒歩でも行ける距離だが、直通バスも出ているらしい。駅前でしばらく待つと、銀色の車体に赤いラインのバスが入ってきた。
バスはそれなりに混んでいた。ふたりは立つことにした。
バスは緑の多い街中を走っていく。
「このあたりには、よくいらっしゃるんですか」
吊革につかまりながら、ことりは隣の彼に尋ねた。
「そうですね、取引先があるので」
「どんなお仕事なんですか」
「お客様から注文を取ったり、納品に行ったり、ですね」
「ふーん、たいへんそうですね」
ことりにはよくわからないが、いわゆる営業さんという仕事だろうか。
途中、バスが左に大きく曲がる。ことりは思わずバランスを崩す。
「きゃっ」
「おっと」
彼が、倒れ掛かることりの腰を押さえて、支えてくれる。
「あ、すみません」
赤くなることり。
「大丈夫ですか」
「はい、ありがとうございます」
「ここ、ロータリーになってるんですよね」
曲がった先でいったんバス停に止まったバスは、再び走り出す。
ことりは、赤くなった顔を見られないように、窓の外を眺めていた。
「そろそろですよ」
彼がいう。バスは大きな公園の脇で止まった。バスを降りる。
「こっちですね」
彼が案内する。ふたりはレンガ敷きの道をしばらく歩いた。
「公園の中の博物館、素敵ですね」
「この公園はよく通りますが、私も博物館に入るのは初めてです」
緑はすっかり濃くなり、これから来る夏を思い起こさせる。
少し歩くと視界が開けて博物館が見えた。公園の中に複雑な形をした建物がいくつも建っている。
博物館の入口には特別展のポスターが掲示されていた。
「はい、どうぞ」と彼はことりにチケットを渡した。
受付で半券を切り取ってもらい、中に入った。
・
館内は白を基調にした内装だった。コンクリートか石かことりにはわからないが、透明感のある壁や天井が白く輝いている。それらは基本的にはシンプルだが、ところどころに意匠が施されていた。大きく開けられた開口部から光が差し込んでくる。
光と影のコントラストが美しい。
それほど人気のある展示会ではないのか、幸いそれほど混んでいなかった。
「カフェやレストランもあるんですね」とことり。
「そうですね、帰りになにか食べていきましょうか」と彼。
そして、彼はにこっと笑いながら続けた。
「デザートは、外せないですね」
すっかり覚えられてますね……。
特別展の展示は常設展とは別になっているようだ。
展示の入り口には、さっそく古風なドレスを付けたトルソーが飾られている。
「ちょっと待っていて、いただけますか」
ことりは展示の注意を確認した。
撮影は不可、残念ですが、当然ですね。メモやスケッチは大丈夫ですね。インクを使う筆記用具は不可。ふむふむ。色鉛筆ならおっけーです。
そこまで確認すると、ことりはトートバッグから小ぶりのスケッチブックと色鉛筆を取り出した。
そして彼にいう。
「あの……少し時間が掛かるかもしれないので、よかったら先に出てください」
「本格的ですね」
「せっかくの機会なので。すみません」
「ご一緒しますよ。行きましょうか」
ふたりは展示室に入った。
ことりの目は、最初に飾られていた深緑色の華麗なドレスにくぎ付けになった。深い襟ぐりの胸元、床まで届く、ドレープのあるスカート。
「わーっ、すごいです」
どうやら複製のようだが、そのぶん色は鮮やかだ。そして実際に触れるようになっている。
「この襟のレース、凝ってますね……」
細部まで確認することり。気になったところはスケッチブックにメモしていく。
ふと気づくと、彼はそんなことりを横で眺めていた。
「気にしないでください」と彼。
その先の展示は時代順に並んでいた。ことりの目が輝いた。
「素敵ですー♪」
ことりは気になった展示を順に確認していく。
「ふむふむ、パニエって、こうなってるんですね」
「あ、このデザインは、今でも通用しますね。かわいいです」
スケッチブックにイラストを描くことり。
彼が覗いていた。
「すごく上手ですね」
ことりは思わずスケッチブックを隠してしまう。
「あまり見ないでください……」
やっぱりちょっと恥ずかしいですね。
それから彼は少し距離を置いてくれた。
ことりはひとつずつ展示を眺めていった。
最後のコーナーには「ヴィクトリア朝のワーキングウーマン」と題して、何種類ものメイド服が展示されていた。
「やっぱりこの展示は……」と彼。
「最近、メイドさんは人気ですからね」とことり。
「午前用と午後用で、服が違うんですね」
「いわゆるメイド服、っていわれてるのは、午後用のほうですね」
ただ、展示されている服の大半は、装飾のほとんどない地味なものだ。本当は仕事着ですからね。
「あ、これはあのカフェの服装に似てますね」
「ほんとですね♪ あのカフェは正統派ですから、わりと本物に近いんですよ」
その接客用の黒いドレスは、白いエプロンと相まってカフェの制服によく似ていた。
スケッチをすることり。
「南さんに似合いそうですね」彼がぽつりと漏らした。
ことりは手が止まる。なんて返事したらいいんでしょう……。
ことりはしばらく戸惑っていたが、聞かなかったふりをしてスケッチを再開した。
・
展示を見終わって、ふたりは展示室からホールへと戻った。
思わず伸びをすることり。
「南さん、疲れてないですか」と彼。
そういえば気合を入れて見ていたせいでしょうか、体がちょっと、こわばってます。
「そうですね。ちょっとだけ疲れたかも」
「では、寄っていきましょうか」と彼はカフェの方に足を向けた。
カフェは博物館の中庭に面していた。カウンターで注文して自分で席を選ぶカフェテリアスタイルだ。屋内の席と中庭のオープン席とがあるようだ。
ことりはカウンターに並んだスイーツを眺める。
うーん、企画展連動の特別メニューのアフタヌーンティーセット、豪華ですね。でもサンドイッチにスコーンだと、さすがにちょっと重そうです。
あとはタルトに季節のケーキ、どちらも可愛いですね。プリンもおいしそうです。クレープも焼いてもらえるんですね……。あ、チーズケーキもありますよ♪
しばらく悩んだ末にチーズケーキのセットに決める。ドリンクはブレンドコーヒーを選ぶ。彼はアイスクリームとコーヒーを選んだようだ。
そして会計。
「私が払います!」とことり。
チケットをいただいたんですから、このくらいはしないとダメですよね。
彼は苦笑していたが、今回は素直にことりに任せた。
中庭のオープン席を選ぶ。少し傾いた日差しが差し込んでいる。風が心地よい。
「いただきます♪」
「私も、ごちそうになります」と彼。
チーズケーキをひとかけらすくって口に運ぶ。このほろほろと崩れる感じがたまりません。ほのかな酸味が効いてます。残念ながら手作りではないみたいですけど、なかなかですね。
思わず笑みがこぼれる。
「おいしそうに、食べますね」
彼は手を止めて、ことりが食べるところを見つめていた。
「……早く食べないと、溶けちゃいますよ」
視線が気になっちゃいます……。
ケーキを食べ終え、カフェを出た。
彼がスマートフォンをちらっと確認する。
「では、そろそろ帰りましょうか。暗くなるまでには、秋葉原に着きますね」
もうそんな時間ですか……。
「あの、駅まで歩くと、どのくらいですか」
「20分は、掛からないかな」
「よかったら、歩きませんか」とことり。そのぶんだけ一緒にいられますよね。「公園を抜けていけるんですよね」
「そうですね。その先も、駅まで遊歩道があります。でも、疲れのほうは、大丈夫ですか」と彼。
「大丈夫ですよ。スクールアイドルの練習で、鍛えてます」
「私も外回りで鍛えてますから、歩きましょうか」