Sweet, Smart, Suite. ~ Story of Kotori 作:Kohya S.
芝生の中のレンガ敷きの道をふたりは歩いていく。随所に樹が植えてあり、影を落としている。
ところどころで子供たちが遊んでいるし、散歩をしている人もいるが、公園が広いためか不思議と静かに感じた。
彼が口を開いた。
「参考になりましたか」
「はい、とても。どうも、ありがとうございました」ことりは彼に礼をいった。「あの、退屈だったんじゃ、ないですか」
「いえ、ぜんぜん」
彼はやや大げさに首を振った。彼の優しさでしょうか……。本当に楽しかったなら、いいんですけど。
「そういえば、スクールアイドルのほうは順調ですか」
「はい、新しくメンバーも加入したんです♪ みんな、いい子ばっかりですよ」
「それはよかったですね」
やがて公園の出口に着いた。通りを渡ると、住宅街の中を遊歩道が伸びていた。
車でも通れそうな広い石畳の道。両側に緑の植え込みがあり、街路樹が並んでいる。
「素敵ですね」とことり。
「駅までもう少しありますよ」と彼。
こんな道なら大歓迎です。
「……さんは、お仕事はいかがですか」ことりは聞いてみる。
「ここしばらく忙しかったんですが、ようやく落ち着きました」
「お疲れさまでした」
しばらくは無言で歩く。
不思議と沈黙が気にならない。彼が歩調にあわせてくれていることに、ことりは気付いた。
風でことりのスカートが揺れる。
曲がり角を曲がった。そこからは遊歩道の片側が水路になっていた。水路には透明な水が流れている。道が少し細くなり、彼との距離が少し近付いた。
日はだいぶ傾いてきた。街路樹が長い影を投げかけている。
向こうから手をつないだふたり連れが歩いてきた。高校生くらいだろうか。
彼とことりは道を譲ってすれ違った。
ふたり連れが遠くに去ってから、ことりは思い切って口を開いた。
「……お付き合いしている方とかは、いらっしゃるんですか」
彼はしばらく無言で歩き続けた。そして。
「……今は、いませんけど」
そう、小さい声で答えた。ことりは彼の顔を見ることができない。
ことりは立ち止まった。彼も少し先で足を止めた。
ことりは彼の背中に向かっていう。
「あの……よかったら、私と……」
彼が振り向いた。
「それ以上は、いわないでください」
彼の顔が悲しげに歪んでいる。
彼は向き直り、また歩き出した。
「どうして、ですか」
彼についていきながら、ぽつりと、ことりはいった。彼は無言だ。
「やっぱり、年の差ですか。私なんか、子供ですよね」
「……そんなことありません。南さんは、立派な大人ですよ」彼はしっかりとした口調でいった。
「じゃあどうして……」
「私には、そんな資格はありません」
少し先で遊歩道の一角が広くなり、ベンチ等が置かれたちょっとした広場になっていた。
彼がそのひとつに腰を下ろした。ことりもうつむきながら隣に座る。
しばらくして彼が話し始めた。
「……ちょうど南さんに会ったころ、彼女と別れたんです。仕事が忙しくて、あまり会うことができなくて」
彼は続けた。
「きっとわかってくれるはずって、思ってました。でも、どこかに甘えがあったんです」
「でも、それは仕方ないです……」
ことりは彼のほうを見て、そういった。彼は力なく笑った。
「最後は、彼女の方から、別れを切り出されました」
ことりはなんといっていいのか、わからなかった。地面を見つめることり。
彼はことりから目を逸らす。そして続けた。
「そんなときに南さんに会って、一途なところに、すごく惹かれました。メイドカフェでメイドさんを好きになるなんて、ほんと、漫画みたいですよね」
えっ、それって……。
「でも、だめなんですよ。きっと、また同じことを繰り返してしまう」
そんな……私なら、そんなことはないです……。そう思うことり。
彼がことりのほうを向いた。ことりも顔を上げた。目が合った。
「南さんは、すごく優しい人ですね」彼が笑う。
「あの、私……」
「私が、南さんを、縛ってしまうかもしれない」
その言葉に、どきりとすることり。
彼はまた目を逸らし、続けた。
「そうなってしまったら、今度こそ、私は自分を許せないでしょう」
ことりは言葉を返せなかった。
しばらくして、彼は中空を見上げていった。
「それに、南さんの……μ'sの動画、見ました」
「ご覧に……なったんですか」
驚きを隠せないことり。しかし、秋葉原のスクールアイドル、という情報だけでもμ'sにたどり着くことは容易だろう。
「すごく輝いてました。南さんも、ほかの皆さんも……」
彼がことりの方に向き直った。
「きっと、南さんは、いえ、μ'sは、この後もずっと大きくなっていく……」と彼。「そうなったときに、私と南さんが、どうなるのか」
ことりは一瞬、迷う。しかしすぐにいう。
「……そんなの、関係ありません。私、あなたのことが……あなたのことが……」
彼のことを見ていられなくなり、ことりは目を落とす。
涙がこぼれていく。
街路灯が一斉に灯った。
「ごめんなさい。一緒に買い物になんか、行かなければよかった」
彼はそういって立ち上がった。
「帰りましょう、もうずいぶん遅いです」
その言葉にうなずき、のろのろと立ち上がることり。
彼が歩きだし、ことりを振り返り、しばらく待つ。ことりが追いつくと彼は再び歩き始めた。
ことりは彼の横をゆっくりと歩いていく。そして、小声でいった。
「……あの、今日だけでいいので……ことりって呼んでくれますか……」
「……はい、ことりさん」
・
遊歩道はほどなくして終わり、駅ビルが近付いてきた。
駅の改札を通る。プラットフォームに上がり電車を待つ。
「秋葉原まで、送りますね……ことりさん。末広町で、よろしいですか」
「はい、ありがとうございます」
電車が入ってくる。都心に向かう電車は空いていた。
なんとなく座る気になれなくて、ことりは吊革につかまった。彼も隣に立った。
窓に映るふたりの姿。私、ひどい顔をしてますね……。
「手を握っても、いいですか……」
彼は無言でことりの手を握った。ことりもぎゅっと、その手を握り返した。
地下鉄に乗り換えた。降りる駅が近付いてくる。
末広町駅でふたりは電車を降りた。外はすっかり暗くなっていた。
「家のお近くまで、送ります」そういってくれる、彼の優しさがうれしい。
ことりが彼の手を握ると、彼も握り返してくれた。
通りではメイドが客引きをしている。
「あの……気にしないで、またお店に来てくださいね」とことり。
「はい、お伺いします」と彼。
秋葉原の喧騒を離れて、蔵前橋通りを行く。
大きな交差点の手前で、ことりは彼の手を放した。彼は問いかけるようにことりを見る。
「あの、ここで結構です」
「わかりました」
ことりは最後にもう一度、深く頭を下げる。
「今日は、ありがとうございました。……それに、ごめんなさい」
彼は頭を振っていった。
「やめてください。ことりさんは悪くない」
そして、振り絞るように続けた。
「では……、気を付けて。……ことりさん」
「……さんも、お気をつけて」
彼はうなずき、歩き出した。
ことりは彼の背中を見守る。彼は一度だけ振り返り、一礼すると、そのまま去っていった。
ことりは彼の姿が人込みに紛れて消えるまで、そのままたたずんでいた。
ことりはゆっくりと歩き始めた。大通りから離れて脇道に入る。
上を見上げると、いくつかの星が瞬いていた。昨日と同じ星空のはずなのに……ことりにはずいぶん違って見えた。
・
ことりは翌日の練習に、盛大に遅刻をしてしまった。
翌週も心はずっと沈んでいて……穂乃果と海未に大いに心配された。
「ことりちゃん、大丈夫?」
「どうしたんですか、ことり。体でも悪いのですか」
心配してくれるふたり。ありがとう、穂乃果ちゃん、海未ちゃん。でも、これは、ことりが自分でなんとかしなきゃ、ダメなんです。
あれ以来、彼からの連絡はなかった。またμ'sの活動が本格的になるにつれて、メイドカフェにもあまり行けなくなっていた。
しばらくは、ことりの心は何を見ても痛んだが……。それでもいつしか、彼への思いはゆっくりと落ち着いていった。
その後、秋葉原で路上ライブを行ったときには、衣装作りに服飾展でのスケッチが大いに役立った。
「すごい、本格的ですっ!」「ハラショー」「凛には、かわいすぎるにゃ~」とメンバーにも好評だった。
スクールアイドルに打ち込むにつれて、ことりは彼の言葉がわかるように思う。
私は……アイドル活動よりも彼の方が大切……その思いは、変わらなかったでしょう。でも、きっと、彼の優しさに甘えてしまった……。
スマートフォンに残った数少ないメールと、彼の連絡先。きっとことりは、この先も決してそれらを消せないだろう。
彼との出会い、別れは……ことりの心の中で、いつしか結晶のようにきらきらと輝く、ひとつの欠片になっていた。
行き先を見失いそうになったとき、それが力を与えてくれる。ことりはそんな気がするのだった。