そこはまさしく地獄と表現するにふさわしかった。洞窟内に木霊する、泣きわめく声、響く轟音。それはもう天災の域、そして何よりも恐ろしいのは、それが人為的なものだということだ。
洞窟だった場所を拠点にしていた、彼らのリーダー格である彼は思わず呟いた。
「何なんだ、一体何が起こっているんだ」
今まで色々な悪事をしてきた。何時かしっぺ返しが来るとも覚悟していた。だが、これは何だ。こんな事がただの生き物に出来るものなのか。
大の大人が泣き叫ぶ。顔から体液を垂れ流しながらだ。それを情けないとは思わない。彼自身も体が震えているのだから。逃げ出したいが、すでに出口は塞がり、どうすることも出来ない。
ちょうど今、泣き叫び、命乞いまでした奴が死んだ。その血が足元まで飛んできた。視線を足元から前に向ければ、この惨状を作り出したと思いもしない、純白のドレスを着た萌えもんが居る。まるで天使だと彼は思った。天使が口を開く。
「死んでください。私の......いえ、マスターのために」
そこで彼の意識は消えた。そして天使は口を開いた。
「安心してください、マスター。貴方は私が守るから」
そして何事もないようにまた一人、また一人と確実に処理していった。
◇◇◇
「いいかい、フィー。あの技は絶対使っちゃダメだからね!分かったね!」
「ん、分かった。ご主人様が言うなら使わない」
「ならいいんだ、ごめんね僕が言い出したのに」
もし、もしもだ。あの技が人に向かって放たれたらとんでもないことになる。それだけはどうやっても防ぎたい。僕はこの娘達をジュンサーさんから追われるようにはしたくないからね。
「ご主人様、ありがとう」
心を読んだのか、はたまた僕が分かりやすいのか、僕が知ることは出来ないけど、感謝された。それが素直に嬉しかった。
「何であいつだけ......死ねばいいのに」
「今なら巻き戻しでなかったことに......」
これが無かったらもっと喜べたんだろうなぁ。と僕は考えて
「ご主人様が困ってる。醜いからやめろ」
「お前こそコハクの心を勝手に読んでるじゃない!」
これじゃあ簡単に考え事も出来ないじゃないか。僕がお互いに手を出さないように言ったから、そこまでひどくはならないだろうけど、これじゃあ何時暴走するか分かったものじゃない。
僕が頭を抱えると、ふんわりと甘い香りが僕の鼻をくすぐり、柔らかい感触を感じる。数拍遅れてアルに抱き寄せられたのだと気付く。正直もう少しこのままでいたいけど、僕にも恥ずかしいという感情はある。名残惜しいがアルを引きはがす。
「あああ、アル!離して!」
「えへへ、ますたぁ~。安心してください、アルはマスターを心労で悩ましたりしませんから!どっかの誰かより」
だが、たかが13歳少年が伝説の萌えもんに腕力で勝てるわけもなく、なすがままにされる。そして分かりやすく喧嘩を売られた2人は即座にコハクを取り戻そうとする。
「その無駄にでかい胸を押し付けるな!この痴女!」
「ご主人様が嫌がってる。即座に離れるべき」
「マスター、嫌ですか?もし......嫌ならば、アルは離れます」
いや、いやじゃないけど恥ずかしいし、でもこの柔らかい感触はやばい、気持ちいい。ハーレム系主人公を目指したくなるくらい。もう、一生このままでいいかも。いやいや何言ってるんだ。僕にだって男として譲れないものとかある、けどもうなんだっていい気がしてきた。このままアルに抱き着いたまま生きていくのもいいかもしれない。男としてこれほど男冥利なことはないし、据え膳食わぬは、とか言うし、このままが一番幸せなんじゃないかな。うん、ぼくこのままでいいやー、なにもかもほっといてさー。
「このぉ!コハクを離せぇ!」
「‘サイコキネシス‘」
「うーうー......うわぁ!」
「くっ!」
「いてて、あれ?僕何してたんだっけ?」
何だか意識が朦朧としている。さっきまでいがみ合っていたセーレとフィーがキョウリョク(仮)してアルと小競り合いしているし、何か記憶が飛んでる。何だか、すごくイイ体験した気がする。
「その無駄な脂肪でコハクを誘惑するなぁ!」
「そんな駄肉でコハクは喜ばない」
「あはは!無駄ですよ!マスターだって喜んでくださいましたから!ね、マスタ-?」
「とりあえず、そんな所で遊んでないで帰るよ。もう日が落ちる」
そろそろガンテツさんも帰っているだろう。決してアル達の会話を聞かなかったことにしたかったわけではない。アル達もちゃんと僕の言葉を聞いて争いをやめてくれる。......睨み合ってるけど。
「先にガンテツさんの所に行ってから、今日は休もうか。お願いフィー」
「‘テレポート‘」
視界が森林から街並みへと変わる。すでにアル達はボールの中に入っているので一人で歩く。何だか1人で歩くのが懐かしく感じている。これまでならアルが居たし、セーレにフィーも加わったのだから、1人ではなかった。でもそれが嫌なわけではない。寧ろ楽しかった。ただ、もう少し仲良くしてくれたら胃に優しいんだけどなぁ。
そんな風に思考を巡らせていると目的地が見え始めた。
「すいませ~ん、コハクです」
少し遅い時間帯だが、この時間帯ならいるだろう。
「ご主人様、居ない」
「え?まだ居ないの?」
「うん、居ないよ」
「そっか、じゃあ、もし明日待っても居なかったら書置き残して帰ろうか。とりあえず今日もポケモンセンターに泊まるから騒がないでね」
最後に挨拶くらいしておきたいし、居てくれるといいなぁ。そんなことを考えているとアルがボールの中から息を少し荒くして聞いてくる。
「ま、マスター。添い寝は......」
「ダメだよ。ボールの中に入っててもらうから」
僕はもう同じ過ちは犯さない。よって此処は強制させる。アルがすすり泣きをするが心を鬼にして無視する。頭の中ですすり泣くアルを思い浮かべると笑いが込み上げてきた。
◇◇◇
マスターが眠ったのを感じ、ボールの中から自力で出る。少し、ほんの少し視界を動かすと2人が私と同じようにボールから出ていた。
「分っていますね」
「本当はコハク以外の言うことは聞きたくないけど、コハクに少しでも危険が近づくなら、聞いてあげなくもないよ」
「私も......でもちゃんと見張ってるから」
私を見て睨んできているけど、その程度でたじろぐほどやわじゃない。それを分っていながらマスターに気付かれない位で殺気を浴びせてくる。分っていてもやめられない。それが私達の関係なのだから。
「マスターの前ですから止めておきましょう。では行きましょう」
「私はご主人様の護衛に残る」
「いえ、私なら遠距離でもマスターを守れます。だから、
「......分かった」
別に1人でもいいのだが、全員で行くのはただお互いを見張っているためだ。1人だけが残れば、その間にマスターが汚されてしまうかもしれないのだから。
「町外れの洞窟でしたね。行きましょう」
お互いに無言。別にそれが息苦しいとは思わない。寧ろ全力で消し飛ばしてしまいたいくらいだ。だが、それをしてしまうと確実にマスターは怒る。怒るくらいならまだマシだ。嫌われる。そうなったら最後だ。だから、私達は何もしない。マスターが望まないのだから。
洞窟に‘テレポート‘し、中に入る。中ではこの町のシンボル、ヤドンが変な奴らに尻尾を切られていた。そいつらは黒い服の胸の所に特徴的なRの文字があった。だけど、そんなもんはどうだっていい。
「‘裁きのつぶて‘」
こいつらが悪事を働いていようが、マスターに危害がなければいい。こいつらが死のうと、マスターが無事ならばどうだっていい。でも、こいつらが近くに居るとマスターに危害が及ぶかもしれない。だから―――
「死んでください。私の......いえ、マスターのために」
マスターは目立つのを好まない。誰かを傷つけることを好まない。だけど、私は貴方が傷つくことの方が怖い。だから決めた。
「安心してください、マスター。貴方は私が守るから」
口に出したのは誓いのようなものだ。マスターを守る。例え―――私がどうなろうとも。
ロケット団
完全なモブキャラ。
サブタイトル
天国と地獄。
アルの一言
「ばれなきゃいいよね!」